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「本当に上手くいくのかなぁ」
梨農園を襲うディアボロ。対策として実行された作戦に、佐藤 としお(
ja2489)は疑問の声を漏らした。
敵が潜伏している食べ放題エリアは網で仕切られており、立ち並ぶ木々が視界を覆う。
つまり、無策に突入したところで、簡単に敵の姿を発見できはしないだろう。
この策を立案したのは、城里 万里(
jb6411)だった。
「大丈夫大丈夫。敵もそろそろ、梨に飽きてきた頃だと思うんだー」
今一度、食べ放題エリアをよく見てみよう。仕切られたエリアのど真ん中には、バスケットに溢れんばかりのフルーツ盛り合わせが設置されているではないか。
先ほど万里がエリア内へ突入し、設置してきたものだ。奇襲を受けないよう素早く脱出し、物陰に身を潜めて経過を観察するのである。
釣りだ。
ディアボロがこの盛り合わせに興味を惹かれ、木から降りてきたところが狙い目。一気にエリア内へ突撃し、殲滅してやろうというのだ。
……それから、三分が経過。
「全然ダメみたいねェ」
おかしそうに笑みを漏らし、黒百合(
ja0422)が呟く。
待てど暮らせど、敵は姿を現さない。まさかフルーツバスケットに気づいていないなんてことは……なかろう。時折、風もないのに木葉が揺れているのだから、間違いなく奴らはそこにいる。
「恐らく警戒しているのだろうな。あれを不自然だと考える程度の知能は、持ち合わせているんだろう」
観察から得られた結論を口にした鳳 静矢(
ja3856)が腰を上げる。
罠が上手く機能しない以上、ここで待っていても仕方がない。動くしかないのだ。
「わわっ、待って待って! もう少しだけ、ね、きっともう少しの辛抱だから!」
万里は静矢を物陰に引っ張り込み、今しばらくの猶予を嘆願した。
これ以上梨が食い散らかされる前に、さっさとケリをつけなければならないが……。それでも、作戦の成功を、万里は祈っていたのだ。
「では、もう一分だけ。それ以上は待てない」
嘆息し、礼野 智美(
ja3600)は農園の方へ目を移した。
と、その時。
「あ、ホラ、動いた! 出てくるよ!」
万里が指さす。
バスケットの真上で、枝が揺れる。
目論見通りならば、ここから敵が降りてきてフルーツにむしゃぶりつくはずだ。
息を呑む一同。武器を構え、いつでも飛び出せるように姿勢を整える。
数秒の間。
再び枝が揺れ、木葉の影から何かが落ちた。
「いきますよ、突撃!」
としおの合図で、一斉に飛び出す撃退士たち。
仕切り網を潜り抜け、バスケットに落ちた影に狙いを定めれば。
「ズコーッ!」
落ちた影とは、食い散らかされて芯だけになった、梨の残骸であったのだ。
拍子抜けしたいくらかのメンバーが盛大にずっこける。
「キキキキッ」
その頭上。
まるで彼らをバカにしたような、サルの声が聞こえた。
「ふざけやがって……」
膝についた土を払い落とした城里 千里(
jb6410)が、憎々し気に見上げる。
枝ががさがさ揺れているが、敵の姿は見えない。
「私をコケにして……生き延びられるとは思わない事ですね」
冷たく、鋭く、突き刺すような語調で、雫(
ja1894)は体制を立て直す。
木々が揺らめくのは見えるものの、敵の姿を捉えるには至らない。
情報から察するに、敵はかなりの小型。さらにすばしっこいようだ。例え一瞬影を見つけたとしても、すぐに見失ってしまうだろう。
「どこから来るか分かりませんねー。索敵できませんかー?」
「……駄目だ。上手く見つけられんな」
弓に矢を番えつつ、澄野・絣(
ja1044)が視野を広く保つ。
撃退士の中には、敵影を捉えることを得意とする者もいる。千里がそうだった。
しかし、いかんせん敵が小さすぎる。ほんの一瞬、ディアボロの腕が見えた瞬間があったとしても、また木葉に隠れて見えなくなった。
「農作物を散々荒らして……。楽しみにしていた梨狩りを台無しにしてくれた恨みは、必ず晴らす」
怒りか、苛立ちか。智美はワイヤーを握る手に力を込めた。
「天魔を退治して梨園を駄目にしては、元も子もないですからね」
「分かっている」
念のためだ。雫が忠告する。
短く返事した礼美の瞳は、忙しく動き回っていた。
いつ、どこから奇襲を受けるか分からない。緊張を解くわけにはいかないのだ。
「……! 絣さん」
「分かってますよー」
木葉の動きが止んだ。
その位置は、ちょうど絣の真上。
静矢が忠告を入れると、彼女はギリと矢を引き絞った。
ざわ……。
再び、木葉がざわつく。その瞬間を、絣は見逃さなかった。
「しっ!」
影が飛び出してきた。
その瞬間、絣が矢を放つ。
確かな手ごたえ。命中だ!
どさり、と地に落ちた影。だがそれは……。
「やられた!」
としおが叫ぶ。
絣が射止めたのは、梨だったのだ。
そしてその後から、メガネザルディアボロが飛び出してくる。
「どけ!」
智美が絣を押しのける。
繰り出された爪の一撃をその腕に受け、代わりにワイヤーを張ってディアボロの胴に傷を刻んだ。
悲鳴のような声を上げてのたうち回るディアボロ。
今こそ、仕留める好機!
「さっさと処分しましょォ」
黒百合がスナイパーライフルXG1を構え、照準を合わせる。
その瞬間。甲高い猿の鳴き声が響いた。
敵は一匹ではない。黒百合の頭上へと移動していた別のディアボロが、彼女へと飛び降りたのだ。
腕を掴まれ、思わず発砲してしまう。弾丸はあらぬ方向へと飛んだ。
「くっ、調子にのってェ」
苛立ちに奥歯を噛んだ黒百合が、銃床でディアボロの顔面を殴打。
反動で離れたディアボロ。
その隙を逃すまいと、としおがアウルの光を打ち込んだ。
背に光を受けたディアボロは、よろけるそぶりすら見せずに木を駆け上っていった。
先ほどワイヤーで傷を負ったメガネザルも、いつの間にか木の中へ隠れてしまっている。
「……厄介ですね。せめて、一匹だけでも位置が分かれば」
「分かりますよ」
雫の呟きに、としおが答える。
先ほど彼が撃ち込んだのは、マーキングの光だったのだ。
光の気配を辿れば、敵の位置は手に取るように分かる。
少なくとも一匹からの奇襲だけは察することができるようになったわけだ。
「……敵は正面から戦うタイプじゃない。ということは弱い」
千里が分析。
連携に奇襲。それは、非力だからこそとる行動。
つまり、一匹ではできることが限られるということ。
「一匹でどうにかできない奴は、追い詰めると仲間に頼りだす。それを利用したい」
「そういうことならみるか」
頷いた静矢が、としおの視線を頼りにディアボロの居場所に当たりをつけた。
すっと息を吸い込むと、ニタリと笑みを浮かべてビシリと指を突きつけるように伸ばす。
「おいエテ公、お前達の牙は梨を砕くしか能が無いのか?」
敢えて口悪く、挑発。
言葉が通じたかどうかは別として、少なくともマーキングを受けたメガネザルは見事に引っかかった。
勢いに任せて枝を蹴り、猿が飛び出してくる。
この瞬間を、撃退士たちは待っていた。
「今度こそー」
矢を射る絣。
それはディアボロの後ろ足を貫いた。
バランスを崩して落下したメガネザルに、撃退士たちが畳みかける。が、トドメは刺さない。
傷だらけの体を引きずって、ディアボロが木を登る。
「えっと、これで怪我をした敵が……二匹?」
「もう一匹、いるはずです。これ以上、私達が食べる分の梨を消費させないためにも、早く決着をつけなければ……」
万里が確認すると、事前情報と絡めて計算した雫が割り出す。
この一匹が、まだ姿を見せていない。
としおの視線が動いた。
緩慢な動きで、枝から枝へ移動しているのが分かる。が、それは逃げようとか、奇襲をかけるためだとか、そういったものではない。
迷いなく直線的な移動だが、何かを探しているかのような、そんな動きに見えた。
「睨んだ通りだな」
千里がほくそ笑む。
やがて。としおの視線が止まった。
「そこねェ」
目標を定めた黒百合が、氷の夜想曲を放つ。
身も凍るような冷気が周囲へ広がるも、それを感じられたのは三匹のディアボロだけだったであろう。
過ぎた冷たさは、痛みとなる。体力は急激に失われ、抗いようのない眠気が襲ってくる。
すると。
枝から、メガネザルが三匹、落ちてきた。
地に叩きつけられた衝撃があっても目を覚ますことなく、深い深い眠りへと落ちているようだった。
ここまでくれば、仕留めるのは容易い。
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梨農家を悩ませていたディアボロは討伐され、一応梨狩りを再開する目途も立った。
後始末、片づけ……農家の人間にとってはやるべきことがたくさんあるのだが、何にも優先して行うべきことがあった。
それ即ち、撃退士への礼である。
「本当は、弟や妹たちと一緒に来るはずだったのにな」
木からむしり取った梨の皮を剥きつつ、智美が呟く。
礼というのは、その場で梨狩りを体験してもらうことだった。
本来の目的が目的なだけに、撃退士たちは喜んで梨を食べていくのだが……智美にとっては、少し残念な気持ちもあったらしい。共に来るべき人たちがいたのだ。だが、ディアボロが出現しているという危険な場所に、彼らを連れ出すわけにはいかない。その上で、一人梨を楽しんでいるのだ。少し後ろめたい気持ちにもなる。
「だったら、また来ればいいだけだと思うわァ」
シャリと音を立てて梨を口に含みつつ、黒百合は満足気に目を細めた。
それもそうだ、と気を取り直す智美。
いずれ梨狩りも再開されるのだ。今、急ぐ必要などどこにもないではないか。学園がツアーを組まなくとも、個人的に訪れればいい。
だとすれば、この農園にある梨の種類を、そしてより味の良い梨の木を覚えておいて損はないだろう。
食べやすい大きさにカットした梨を口に含む。
「うむ……やはり旬の梨は瑞々しいねぇ」
感想を、静矢が代弁する。
初秋。梨はまさに旬を迎え、食感も、味わいも、まさに程よい水分量とほのかな甘みが堪らない。
フルーツ狩りといえば、どれだけの量を食べられるかを競ってしまいがちになるが、梨の場合はそうもいかない。一つが大きいからだ。
だから、まさに採れたてもぎたての味を楽しむために、梨狩りは存在する。
スーパーや八百屋で売られている梨とは違う。例えるなら、そう。太陽の味だ。
「お土産でいくらか持って帰れるようですね。島へ帰るまで、新鮮さを保てるでしょうか……」
「心配ないでしょう。一日や二日くらいで駄目になるようなら、八百屋で扱ったりしませんよ」
雫が少々不安を抱くも、としおの言葉に納得。
お腹を満たしたら、必ずお土産をもらおうと考えられる程には、梨の味に満足がいった。
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一方で、団体様の姿もあった。
千里、万里……それから絣である。
「ほら、コレ剥いて」
「ハァ? 何で俺が……」
「ウサギの形ね」
「自分でやれよ」
「何でよ!」
「何でだよ!」
城里兄妹。梨を剥く役目を巡って争いが勃発。
歯を剥き出しにしていがみ合う二人。
たった一つの梨のために、血を分けた兄妹が争い合う……なんて時代だ!
この悲しみは、連鎖していくのか。分かり合う日は来るのか。
「喧嘩するほど、仲が宜しいのですねー」
にこやかに笑みを浮かべつつ器用に梨の皮を剥いていく絣。
途切れることなく、地に着かんばかりに垂れる皮。華麗なるナイフ捌きだ。
しかし、彼女の言葉に、兄妹は敏感に反応した。
「誰がコイツなんかと――」
「絣お姉様! お兄様と私が仲良しなワケが――」
「あら……」
全力で抗議する城里兄妹。互いのことを顎で使うような関係の、どこが仲良しだというのか。
だが、絣としては、せっかくの兄妹、仲良くしてほしいというのが本音であろう。
「仲良し、ですよねー?」
丁度梨の皮を剥き終え、片づけるためかナイフを持ち上げた瞬間。
果汁に濡れそぼった刃が、太陽光に反射してキラリと光った。
その時。城里兄妹は、何かを幻視した。
そして何故か、本能的に感じた。
殺される……!
「「はい、すっごく仲良しです!!」」
背筋を伸ばし、腹の底からありったけの大声量で答える兄妹。
くすくすと笑う絣。
皮の向けた梨を紙皿の上に切り分け、芯を切り落とし、三人分の楊枝を刺して差し出す。
「そこそこ上手に剥けたので、良かったら一緒に食べましょー」
「「はい、ありがたく頂戴致します!!」」
他のメンバーからしたら、うるさくて仕方がないといったところだろう。
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農家のおじさんの粋な計らいで、なんとお土産用の梨が五個セットで全員にプレゼントされた。
撃退士は八名なので、合計で四十個の梨が大奮発されたのである。
……が、中にはもっとお土産に欲しいという者もあったので、追加で購入していった撃退士の姿もあった。
とにもかくにも、こうして梨農園の被害は最小限に留められ、無事梨狩りが再開できることとなったのである。
後日。
智美が弟妹友人を連れて再びここを訪れたのは、また別の話。