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水島香のパンツを盗んだ一団のことは、仮にパンツ教団とでも呼称しよう。
彼らは十字架にパンツを磔にした上で持ち主たる香を呼んだ彼らの目的はただ一つ。目の前で、このパンツを履かせることだ。
それにより、この世の楽園が出現すると彼らは言う。
不幸な被害者、水島香。彼女のピンチを救うべく、呼びかけに答えた学生の姿があった。
話を聞くに、教団の崇めるパンツは水に濡れてしまうとご神体としての力を失ってしまうらしい。ということは、パンツを濡らしてしまえば教団の戦意を削ぐことが可能。
都合よく売店で売られていた水鉄砲を手に、学生達は駆ける。
その最中。
「ご、ごめん、行く前に、ちょっとお手洗い……」
ロシールロンドニス(
jb3172)がトイレへと駆け込んだ。
水かけ合戦というまるで子供じみた遊びに見えても、これは仕事であり、戦いだ。まさかその中で粗相するわけにもいかないし、我慢しながら戦うのも酷な話。
「これから仕事だというのに。仕方ねぇ、こっちの準備を先にしとくか。行くぞ、龍て――」
「ストップ!」
光纏しようとヒヒイロカネを握った雪ノ下・正太郎(
ja0343)の手を、咲魔 聡一(
jb9491)が握って諌めた。
不服そうな表情を浮かべる正太郎だが、聡一としてもただ無意味に制したわけではない。ちゃんと理由がある。
「ここは学園内だよ。V兵器の使用は、ちゃんと学園の許可を得ないと」
「え、光纏もダメなのか?」
「武器としての魔具、防具としての魔装。合わせてV兵器ですわね。学園、とりわけ校舎内でのV兵器使用は、校舎を傷つけることになりますから、使用禁止ですわ」
桜井・L・瑞穂(
ja0027)の解説も加わり、正太郎はぐぬぬと呻きを漏らした。
戦場に於ける正太郎は、青龍をモチーフとした青きスーツを身に纏う正義の味方リュウセイガーとして活動している。今回もその姿へと光纏しようとしたのだが、まさかヒーローを自称する彼が学園の決まりを破るわけにもいかない。
「あ、でも準備はしないとね! 水鉄砲にお水入れないと!」
「それもそう、だね。トイレなら、水道……あるし」
水鉄砲があっても、弾薬がなければおもちゃにすらならない。焔・楓(
ja7214)の声に捌拾参位・影姫(
ja8242)は応え、また呼応するように他の面々もトイレへと足を向けた。
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「来たな、女神を守る騎撃退士―聖撃退士達よ!」
空き教室へ到着した撃退士達を、パンツ教団の長たる神田満が両手を広げて迎える。
見るからにウジウジしたなよっちい風貌の彼であるが、この場に至ってはまるで自らをも崇めるかのような、仰々しくかつ尊大な態度をとっていた。絶対の自信に溢れたかのような態度に、依頼を受けた撃退士達は……。
「いや、仕事なだけだっての」
非常にそっけないものだった!
やれやれと首を振る正太郎だが、これに対して満はどこ吹く風。自分の世界に浸っていた。
「しかし我々は、聖騎士の域を超えた存在――黄金聖騎士なのだ!」
「おふざけもそこまでですわ」
先手必勝とばかりに瑞穂が水鉄砲を発射する。
しかし教団員の一人が身を投げ出し、パンツと瑞穂とを結ぶ直線に立ちふさがった。
打ち出された水は、彼の顔にぶっかかって瑞穂の目論見は敢え無く失敗に終わる。
「チッ、あいつらのやってること、普通に犯罪じゃねぇか。おい、一気に終わらせるぞ!」
教団側はその身を犠牲にしてでもパンツを死守するつもりだ。さっさとケリをつけたい。
そんな正太郎の脇を、肩で風を切るようにして進み出たのが聡一だった。
「先鋒か! よし、俺もお前に続い――」
「悪いけど、僕はパンツ教団側につかせてもらうよ」
その行為は裏切り。
どういうつもりか知らないが、聡一は敵に寝返った。
証拠と言うべきなのか、それとも証明か。彼は手に握った水鉄砲をロシールの方へ向けた。
苦笑しつつも両手を上げるロシール。降参の意を示すかのようだが、それは少し違う。
「待ってくださいよ。僕だって、彼らの信仰の果てに何があるのか、興味があるんです」
手を上げたまま、ロシールもまた進み出て教団側へと就いた。明確な裏切りである。
「……面白いこと、するね。あの子達」
「感心している場合ではなくてよ!?」
ニタリと口角を持ち上げる影姫に、すかさず瑞穂がツッコミを入れた。
教団員は六名。そこに裏切り者が二名で、計八名。
対する撃退士達はたったの四名。戦力差は倍に広がってしまった。
これを、ドアの陰に隠れて伺っている者があった。依頼主たる水島香その人である。
「あ、あわわわ、とんでもないことになっちゃってるし。私のパンツ、どうなっちゃうのぉぉ……!?」
彼女が心配するのも無理はなかろう。パンツを取り返してほしい、ついでにワケの分からないあのヘンテコ儀式を止めて欲しいと依頼したのは、他ならぬ彼女なのだから。
自分のパンツの行方は、いったいどうなってしまうのであろうか。
「香さん……貴女の気持ちは、よぉーっく解りますわ」
傍へ寄った瑞穂が同情の念を顕わにする。
まだ撃退士としての力を上手く扱えない香に、共に戦えというのも酷な話だ。
彼女のためにも、何としてもパンツを奪還せねばならない。
「パンツ……単体ではただの布切れであるそれが、踏み込まれてはならない花園を守る最後の砦となる。この違いを生むのが、『パンツを履く』という行為だ。『パンツを履く』という行為には、無限の可能性が秘められているんだよ! 男のパンツではこうはいかない! だから僕は……この白とパステルグリーンの縞模様のパンツを、必ず守り抜く!」
「なんだかよくわからないけど、勝負なら負けないのだー!」
意気込む聡一に突撃する楓。
机を蹴り、飛び上がった二人。
掴みかかってくる聡一。
身を捩って回避した楓の目に、パンツまでの直線が一瞬クリアになった。この隙を逃しはしない。
「いっただきー!」
空中で反転しつつトリガーを引く。
だが聡一の反応は早かった。
水鉄砲を蹴飛ばす要領で足を延ばすことで、水の塊を防ぐ。
この時飛び散った水は、楓に降り注いだ。
「あー……濡れちゃったのだ。気持ち悪ぅ」
着地した楓は、びしょ濡れになった制服に不快感を覚える。
生地は水を含んで重くなり、シャツにまで浸透して肌にまとわりついた。それも全身ではなく、部分部分だからこそ余計に不快感は増す。
「んしょ、と」
そこで彼女がとった行動は、とりあえず脱ぐことだった!
ブレザーを脱ぎ、リボンを解き、シャツのボタンに指をかけ。初等部の膨らみかけの胸に外気が入り込むことに濡れそぼった体が喜びの声を――。
「って、何をしていますのっ!?」
いけない。このままではいけない。未成熟な幼き少女の裸体が衆目にさらされることなど、倫理的にあってはならない。あれ、でもそれなら公園の水場で裸になって遊ぶ就学前の女の子はどうなるのだろう。あれこそ倫理の観点上よろしくないような、しかしだからこそ許されているような。……そんな論議はこの際どうでもいい!
ともかく瑞穂は止めた。止めに入った。
組み合う楓と瑞穂。
だが、これを好機と捉えたのが影姫であった。
二人の影に入れば、それは死角となる。この隙間を縫えば、相手の不意を打てる。
ほんの一瞬、ご神体パンツとの射線軸がクリアになった。今こそその時だ!
息を止めて、水鉄砲を発射。
ご神体へとまっすぐ向かう、はずだった。これが通常の弾丸ならば。
しかし忘れていた。これはただの銃でもV兵器でもない。水鉄砲だ。飛距離もなければ勢いもさほどではない。
チョロリと放たれた水が着弾した場所。それは、瑞穂だった。
「うぶっ!」
「……あ」
ここは学園内であるから、大抵の者は制服姿なのだが、大学部である瑞穂は私服で登校していた。シアンとホワイトのチェック柄なワンピースは、水に濡れて肌にぴったりとくっつく。冬場だというのにやや薄手の服であったことが不運だったというべきか。水分を含んだ胸元に、下着の形がくっきりと浮き上がった。胸元の開いた服装を活かすため、胸を支える下着は南半球とその核を覆いつつもこんもり盛り上がる北半球は露出させている。
まるで中世ヨーロッパ貴族の女性を描いた絵画のように、手では掴みきれないほどのバストと引き締まったウェスト。気品すら感じさせるそのボディラインは、濡れることによってはしたなさと同時に筆者としては辛抱堪らん興奮を――。
話を戻そう。ともかく瑞穂の服は濡れたのだ。
「か、影姫ぇ……なんてことをなさるのです」
「……ごめん。気持ち、悪いよね。……だから、脱ご?」
謎の論理を展開し、瑞穂を脱がしにかかる影姫。
抵抗する瑞穂。
勝手に脱ごうとする楓。
それをまた止めようとする瑞穂。
もうこの三人は依頼がどうこうという状態ではなくなっていた。
●第四九話 絶体絶命! リュウセイガー龍転不能
一方で、唯一依頼をまともに遂行する正太郎。だが、手にした武器の弾数は限られている。しかも多勢に無勢。何より、彼本来の力を発揮するためのリュウセイガーに龍転できないことが、より状況を厳しくさせていた。
「キェーッ!」
組みかかってきた教団員を肘打ちでいなし、背後に回った教団員に回し蹴りを浴びせ、ちぎっては投げの奮闘を見せるものの、彼らは何度でも立ち上がってくる。
「頑張りますねぇ。でも、そこまでですよ」
実際にはかなりの粘り強さを発揮している教団員だが、見た目にはやられてばかり。
しびれを切らしたロシールは、正太郎に向けて水鉄砲を構えた。
半透明な緑色のそれには、中に充填された水が揺らめいて見える。が、それはどうも普通の水ではないようだった。水鉄砲の色と混じり合って分かりにくいが、どうも中身は茶色か黄色のよう。
「チッ、それがどうしたってんだ!」
「僕、さっきトイレに寄りましたよね? 中身、何だと思います?」
タプリと揺れる茶色の液体。
ロシールは確かにトイレへ寄っていた。そこの水道で水を充填した姿を見た者はない。
「ま、まさか……!」
そう、そのまさかに違いない!
ニヤニヤ笑みを浮かべたロシールが、正太郎ににじり寄る。
恐れ、慄き、じりじりと後ずさる正太郎。
その脇を、脚を、背後を、教団員が固めた。
「残念でしたね、ガチョーン天使リュウセイガー……。いえ、雪ノ下・正太郎!」
「我龍転成だ、間違えるな! くっ、龍転さえできればこんな奴ら……」
●次回予告
龍転不能となったリュウセイガー。
恐るべき悪の教団員に魂を売ったロシールロンドニスの凶弾が、リュウセイガーに迫る。
立て、我龍転成リュウセイガー。その雄姿を、再び僕らに見せてくれ!
次回、我龍転成リュウセイガー!
最終話「さらば! 怒りの龍転」
お楽しみに。
●
「勝手に……終わらせるなァーッ!」
怒りに身を委ね、一つ新たな境地に達した正太郎。
拘束してくる四人の教団員を滅茶苦茶に振り回す。足元の二人を蹴飛ばし、脇の一人は前方へ投げ飛ばして、空いた手で背後に肘打ちし、残ったもう一人を殴りつける。
「わ、なんでこっち――」
投げられた教団員がロシールに激突。彼は怪しい液体入りの水鉄砲を取り落とした。
これを拾い上げ、駆ける正太郎。
ロシールの肩を踏み、その鼻先に水鉄砲の銃口を突き付ける。
「お前の落とし物だ。自分で処理するんだな」
「ふ、ふふ……。僕は怯みませんよ。その中身は僕のお小水ではなく、ただの緑茶なのですから!」
種を明かした彼は不敵な笑みを浮かべた。
だが、それが何だというのだろうか。中身が緑茶だとしても、やることは変わらない。
「そうか。ならば美味しくいただけ」
噴射、噴射、また噴射。
三度引き金を引けば、あっという間にお茶はなくなった。全ての緑茶はロシールの顔面に飛び散り、ベタベタにしてゆく。
「どうやら、まともにやる気があるのは、最早キミだけのようですね」
「だが、たった一人でも出来ることがある。しかし何故だ。何故、俺達を裏切った?」
教団員が五人倒れ、ロシールも戦意を失い、残るは満と、裏切った聡一だけ。
遊び感覚だったロシールと、聡一とは違う。彼は理知的なタイプだ。考えなしに裏切ったとは思えない。
そこに何か深い考えがあることを、正太郎は感じ取っていた。
「教えてあげましょう。僕の五代前の先祖がある研究をしていてね。あるものがあるべき姿を取り戻す時に放たれるエネルギー、それをカオティックエナジーと呼んでいた。上手く取り出すことが出来さえすれば、理論上は魂や精神なんかよりずっと効率的な強化が可能になる……」
今語られる、聡一裏切りの理由。
カオティックエナジーとは、いったい何なのか。ともかく名前を聞く限りとんでもないエネルギーのようだ。
純粋な悪魔である彼の五代前といえば、何千年という単位の遥か過去。そんな時代にそのようなエネルギーがあったとするならば驚きだ。もしかしたら、当時の悪魔はこの超エネルギーを、天界との戦争に用いようとしていたのかもしれない。
だがこの話には一つ問題がある。
「そ、それとお前の裏切りと、一体何の関係があるというんだ!」
「ふふ、分からないようですね。カオティックエナジーの源と成り得る物質。それがこれだ!」
聡一が指差した先にあるもの。それは、磔刑となった香のパンツだ。
「『パンツを履く』という行為には、あるべき場所、即ち聖域へと回帰することで至上のカオティックエナジーが発生する! 究極のカオティックエナジーを手に入れることが僕の目的なのです!」
「ご、ごちゃごちゃと……!」
長い演説に辟易した正太郎が構える。
これに聡一も対峙。
最後の戦いだ!
「必殺、リュウセイ……」
「カオティックぅ……」
高まる二人の魔光<アウル>! 爆発的なエネルギーの高まりに、満は身動きすら取れない。
君は、魔光を感じたことがあるか!
「「ナッコォ!!」」
繰り出された拳は頬を捉える――満の。
「へぶぅ!?」
倒れこむ満。
その背を、ハチャメチャピンク劇場を繰り広げていた瑞穂以下三名が踏んだ。
「さぁ、観念なさいな。貴方の負けでしてよ」
「な、何故……」
裏切ったはずの聡一が、総帥たる満に反旗を翻した。彼はそれが納得できない。
「作戦ですよ。隙を探り、チャンスを掴むための、ね」
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かくして、香お気に入りのパンツは無事持ち主の元へと戻った。
トイレでパンツを履き替えた彼女は、胸中こう思ったという。
「……あれ、よく考えたら、私のパンツ、男の人に見られた、んだよね」
ようやくそれに気づいた香は、とたんに頬を沸騰させる。
恥ずかしい。この上なく恥ずかしい。
「もうお嫁に行けなーーーいっ!」