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マスター:飯賀梟師
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:8人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2014/04/11


みんなの思い出



オープニング


 そのディアボロを既存の生物に例えて表現するのならば、ゴリラだ。
 発達した前足……いや、腕とするべきか。それに比較して後足は短く、素早く運動するには向かない。その分、他の筋肉は隆々。胸、腹、背はそれぞれ肉の鎧と形容できる。
 ゴリラとの相違点があるとすれば、一つは犬歯だ。ゴリラのそれとは打って変わり、サーベルタイガーを思わせる巨大な犬歯は、一撃で致命傷を与えるに至るだろう。
 もう一つの違いは、体長。通常のオスのゴリラは150cm程度だが、このディアボロは3mを越えている。ナックルウォーキングをしているその状態でさえ、見上げねば頭が見えないほどだ。
 鼻息荒く、ゴリラはのっそりとした動きで獲物を追っている。
 ディアボロというからには、獲物は人間。今追われているのは老婆と、中学生と思われる少年。散々逃げ回り、体力が尽きたと見える老婆は、少年に背負われていた。
「大志、もういいんだよ、私のことはどうか、置いていっておくれ」
 老婆はそう口にするが、少年は応えず歩を速める。
「大志!」
 声を荒げる老婆。
 何とか背から降りようと体を揺さぶるも、大志なる少年は腕を離してくれなかった。
 背後にはゴリラが迫っている。追いつかれるのも時間の問題だ。
 確実に距離が縮まりつつある。こんな時に少年が思い浮かべていたのは、遠い夏の日のことだった。


「こりゃーっ!」
 老婆は杖を振り上げ、怒鳴った。
 これを目にした幼き少年たちが口々に悪態をつきながら一斉に散って行った。
 蝉の声響く河川敷に残されたのは、あの大志なる少年。この時はまだ八歳だった。
 お気に入りのシャツは泥だらけ、ところどころ破れてしまっている。それが悲しくて悲しくて、大志は泣いていた。
「あんたもメソメソするんじゃないよ。ほら、涙をお拭き」
 差し出された手ぬぐいも受け取らず、大志はひたすらオイオイと泣き続ける。
 彼はいわゆるいじめられっ子だった。弱虫で、泣き虫で、いつもいじめっ子にからかわれて、物を隠されたり壊されたりしていた。
「服だったらまたばあちゃんが買ってやるから、ほれ、分かったら帰るよ」
 老婆に手ぬぐいを握らされ、腕を引かれて家路へ着く。
 道中、大志はグズグズと鼻をすすり、泣きやまない。
 老婆は小さく息を吐く。すると目の前に、小さな駄菓子屋があった。大志は老婆に待たされ、駄菓子屋へ消える老婆を見つめる。しばらくして、老婆はメロンの形をした容器に納められたアイスクリームを買ってきた。
 駄菓子屋の前には小さなベンチがあり、そこへ座ってアイスを握る。
 しばらく手の中のメロン容器を見つめる大志。彼はこのアイスが大好きだった。だが、今は、これを口にするだけの元気が出ない。
「大志。お前は、大志ってどんな字を書くかもう学校で習ったかい?」
「大きいに、何だか難しい字……」
 小さく呟く。
 うむ、と老婆は頷く。
「もう一つはね、ココロザシって字なんだよ」
 大志は小首を傾げた。
 志とは何か、この歳では理解ができなかったのだ。
「志というのは、夢のことさ。寝ている時に見る夢じゃないよ、将来の夢、なりたいものや、やりたいことのことさ」
 少し空を見上げ、目を細める老婆。
 お天道様の光が草木に染み入る。夏の盛り、大志が生まれた日も、こんな陽気だったようだ。
 名前は、この老婆がつけた。
 誰もが一つは持つ、自分の名前。何かしらの意味を以て与えられる名前。この時までは、大志という名前の意味を、本人は知らずにいた。
「大志ってのはね、大きな夢って意味なんだよ。お前はね、大志、お前のやりたいことを叶えておくれ。そうなるようにって祈って、大志って名付けたんだからね。だから、こんなことで泣いていちゃいけないよ」
「ボクの、やりたいこと……」
「そうさね。大志、将来、何がしたい?」


 あの時、確かに答えた。
 自分のやりたいこと、成し遂げたい夢、大志。
 それは……。
「降ろさんかい、大志!」
「ばあちゃん。俺、さ」
 ディアボロの拳を着く音が響く。
 老婆は背から降りようと捲し立てるが、大志はお構いなしに口を開いた。
「約束した、よな。俺、あの日に。ばあちゃんが、名前の意味、教えてくれた時。俺の、やりたいこと、俺の大志、は――ッ!?」
 蹴躓いた。
 人を背負ったまま逃げ続けるのにも限界がある。大志の体力は限界を迎えていた。
 息も絶え絶え、足を取られて彼は前のめりに倒れた。背の老婆が投げ出されないよう抑えるのに必死だった。
 その代償に、アスファルトに鼻を打ち、出血。痛みを自覚すると同時におびただしい量の汗が噴き出た。
 だが、負けている場合ではない。へこたれている時間はない。
 すぐさま起き上がると、彼は老婆とディアボロの間に立って両腕を大きく広げた。
「オデのダイシは、ばーちゃんお、まもるゴトだ!」
 出血のせいで、ハッキリとした言葉にならない。
 それでも、言わんとしていることは、老婆にしっかりと伝わった。
「馬鹿な真似はよしとくれ、大志! お前だけでもお逃げ!」
「ヤダ!」
 揺すっても叩いても、大志はその場を動く気配がない。
 ついにディアボロが追いつき、ニタリと口元を歪めた。
 その大きな腕が振り上げられる。
 大志は老婆を守るのに必死だった。あの腕に殴られれば、自分の命はないだろう。それでも、その間に老婆が――祖母が逃げる隙を作れるのなら、それでも良いと思った。
 でも怖い!
 思わず瞼を閉じ、顔を逸らした。
 その時だ。
「やめとくれ!」
 渾身の力で、老婆は大志を突き飛ばした。
 踏ん張ろうとしていた方へと押され、大志はいとも容易く素っ転ぶ。
 何が起きたのか分からず、彼は慌てて立ち上がり、周囲の様子を確認する。
 すると目の前には。
「ば、ば……ぢゃんっ!」
 右肩、そして頭部がひしゃげ、血も肉も骨も目も脳さえもが飛び散った老婆の姿がそこにはあった。
 当然、死んでいる。


リプレイ本文


 その機械音は、鼓膜に爪を立てるような、不快な音とも思えた。
 次いで響いたのは、爆音とも形容できる連続的な破裂音だ。
 老婆を粉砕し、次の狙いを大志少年に定めていたゴリラディアボロ。
 両の拳を握り合わせてハンマーのようにしたディアボロは、腕を振り上げる。
 瞬間、無数の鉄の雨が脇腹を捉えた。
 衝撃に唸り声を上げ倒れ込むゴリラ。
 建物の陰から飛び出したのは、ガトリング砲を携えたガル・ゼーガイア(jb3531)であった。
「この糞ゴリラ!」
 鼻息荒く、こめかみに青筋を立てたガルは、銃口でディアボロを睨みつけながら怒声を上げた。
 血走った眼に映る、老婆の死体。
 いや、それが老婆であるのかどうかさえ、無残な死体の状況からは班別できない。
 ともかく、間違いなくこの人物は、目の前のゴリラディアボロによって殺害されたのだ。あまりにも非情なディアボロに対し、そして救援に間に合わなかった己自身に対し、ガルは激しく憤った。
「……駄目だな。あの人はもう死んでいる。生きているのは子供だけか」
 状況を確認したジョン・ドゥ(jb9083)は、膝を着いて呆然とする大志少年を見据える。
 目の前で人が死んだのだ。無理もない。
 だが、いつまでもそうしていてもらっては困る。
「邪魔だ、下がっていろ」
 光の爪を構えて、Darkness(jb0661)が進み出る。
 少年は力なく嗚咽に似た声を漏らすのみで、動く気配がない。正確には動けないのだろう。
 ディアボロは、ガトリングを放ったガルに狙いを移すかに思えたが、しかし至近にいた大志少年へ再び襲いかからんと右の拳を振り上げた。
 絶望に目を見開く少年。
 これを阻止すべく、Darknessが飛びかかるが、左手に叩かれ失敗に終わった。
 振り降ろされるゴリラの拳。
 その巨大な拳は少年を木端微塵に砕き潰した――かに見えた。
「ぐ、う……。早く、逃げ……」
 間に割って入った廣幡 庚(jb7208)。彼女は巨大な盾をディアボロの拳に叩きつける要領で滑り込ませ、少年への攻撃を食いとめた。
 しかしその衝撃は凄まじく、掠れた声で必死に少年に退避するよう呼び掛ける。
 尚も動けぬ少年。
 ゴリラは再び腕を振り上げると、掲げられた盾へと向けて振り降ろした。
 その度、庚が苦痛に表情を歪ませる。
 錯乱状態にあるのか、腰が抜けたのか、大志少年は動かない。何とか落ちつけてやりたいが、拳の降り注ぐこの状況では難しい。
 ここへ駆け寄ったのは、逆廻耀(jb8641)と一ノ瀬・白夜(jb9446)であった。
 三度振り上げられるディアボロの拳。
 庚を突き飛ばさんばかりの勢いで飛び込んだ耀は、シールドを構える。
 インパクトの瞬間、ディアボロの背後へと回り込んだ白夜が忍鎌をその腱へと引っかけた。
 踏ん張る際に踵が伸びる。そのタイミングを図り、白夜は鎌を力いっぱいに引く。
 ディアボロの腱が切れ、少量とはいえ飛び散った血液が白夜を紅く染める。
 体の支点を失ったゴリラは、拳に力が入らず、半ばもたれかかるような形となった。
 かなりの重量。最大限の力を腹に込め、耀はディアボロの体をいなす。
「残念だったな、ゴリラ。おい、そっちは早くしろ!」
 振り返った耀が捲し立てる。
 一つ頷いた庚は、大志少年の肩を掴んで強引に立たせた。
「とにかくここを離れますよ、歩けますか?」
 答えない。大志少年は、老人のなれのはてにくぎ付けとなっており、正常な呼吸すらままならないようであった。
 このままでは埒が明かない。担いででもこの場から引き離そうとした庚だが、大志はこれに抵抗した。
「ダメだ、ばーぢゃんが、まだばーぢゃんがぞごに!」
 撃退士達が初めて聞いた、少年の声であった。
 この様子では、避難させても安全なところで大人しくしているとは思えない。
 ディアボロへ攻撃するタイミングを伺っていたヒヨス(jb8930)は、この声を聞いて優先順位を変えた。
「あなたのおばあさまなのですね?」
 声をかけながら、ヒヨスは少年へと近づく。
 この少年は、何を訴えているのだろう。何を求めているのだろうと、幼いなりに思考を巡らせながら。
 息を荒くしたまま、少年は頷きもしない。だが、否定もしない。
 先ほどの言葉から察するに、ヒヨスの口にした通りなのだろう。
 その事実は分かる。だが、少年がどのような心境なのか、残念ながらヒヨスには理解が出来なかった。
 それでもいい。今大事なことは、この少年を安全な場所へ避難させることだ。
 庚がマインドケアを以て少年の心を落ちつける。
 荒れた呼吸は、幾分か正常なリズムを取り戻していった。
「歩けるな? こっちだ、離れるなよ」
 これを確認したジョンは、まずは敵の攻撃が及ばない地点を目指して先立つ。
「でも……」
 口ごもる少年。
 納得がいかないのだろう。これに声をかけたのは、やはりヒヨスであった。
「おばあさまのことでしたら、ヒヨたちでなんとかします。ですからどうか……」
 要するに、戦闘の邪魔。
 敵は一匹であるといえども、一般人を庇いながらの戦闘はリスクを伴う。
 大志はようやくこれを理解したようだった。
 千切れるほどに強く唇を噛み、拳を震わせる少年は、悔しさにうなだれてジョンと庚についていった。


 一方で、腱を切られディアボロが体勢を崩した瞬間をチャンスと捉えた藤巻 雄三(jb4772)は剣を掲げて斬りかかっていった。
 しかし、その腕は健在。近寄る雄三を、左の拳で薙ぎ払うと、ゴリラは大きく吼えた。
 接近すると危険。
 そう判断した白夜は、一度距離を取って影手裏剣を放った。狙うは、筋肉の少ないと思われる喉だ。
 ディアボロはこれを右腕でガード。
 空いた脇腹へと、ガルが迫る。
「零距離は外れねぇよなぁ……! えぇ、どう思ってんだ糞ゴリラ!!」
 ピッタリと銃口を突きつけ、螺旋の渦から無数の弾丸を連続的に発射。
 悲鳴を上げて倒れ伏すゴリラ。
 その際、至近のガルを大きな掌に捕えた。
 唸りと共に、大口が開かれる。
 発達した犬歯がギラリと光り、動きを封じられたガルの肩へと食い込んだ。
「ぐぎゃァァッ!?」
 声帯を破壊し尽くさんばかりの絶叫。
 Darknessは、自分に攻撃が向かないこの瞬間を狙った。
 ありったけの筋力の収縮を以て飛び上がった彼は、ゴリラの額へと光の爪を突き立てる。
 苦痛に身をよじるディアボロ。
 投げ放たれたガルの身を受け止めたのは、戦列に復帰したヒヨスだった。
「舐めるなよ」
 体勢を立て直した雄三は再びゴリラへと迫り、刃を右腕に突き立てる。
 一方では、小型の斧を携えた耀が距離を詰めた。
「ミンチにしてやる!」
 大きくスイングしたその斧はゴリラの腹部に深く食い込んだ。
「いけません、うごいては……」
「黙って、られねぇんだ!」
 肩の傷を癒す間もなく、ガルはヒヨスの制止を振り切って駆けた。
 この動きを援護したのは白夜だ。
「分からない……。体を、傷つけるだけなのに」
 それは正しくなかった。
 体を傷つけるだけだと分かっていたからこそ、白夜は光のリングを放ったのだ。
 こうして注意を引くと同時に、彼は翼を展開して飛翔。ディアボロの視線を誘った。
 釣られて白夜へ目を移すゴリラ。
 狙いは、ここにあった。
 白夜は、夕陽を背負って飛んだのだ。
 強烈な光を直視し、ディアボロは思わず目を覆った。
 好機を得たガルが肉迫する。
「マグナムナックル鬼神一閃!!」
 拳に装着した魔具が紫の焔に包まれる。
 一歩踏み出す度に、肩から血が噴き出す。激痛に倒れそうになる。
 しかし、精神を強く保ち、この身も果てよと拳を撃ち放った。
「砕け散れえぇぇー!!」
 風を裂いて飛ぶ拳はゴリラの犬歯をへし折り、喉を捉え、めり込み、食い込み、突き刺さり、貫通した。
 強烈な衝撃によってディアボロの首は千切れ、絶命したのである。


 戦いは終わった。
 戦場に残ったのは、ディアボロと老婆の死骸。
 庚は一人戻ってくると、老婆の死体にシートを被せた。野ざらしにしておくにはあまりにも忍びないからだ。そこには弔いの念と共に、あの少年に祖母の無残な死をこれ以上深く焼きつけたくないという想いがあった。
 ディアボロの死骸は、撃退庁の人間が片付けるだろう。だが、この老婆はやがて遺族の下へ届けられ、後に葬儀が開かれることとなる。
 きっと、棺桶越しに顔を見ることは出来ないだろう。その顔がなくなってしまったのだから。
 最後の別れとして、安らかなる表情を前に言葉をかけてやることは出来ない。それはどんなに辛く、切なく、悲しいことだろうか。
 今、あの大志なる少年はその実感がないだろう。後日、改めてその悲しみを噛みしめることとなるのだ。
「どうか、安らかに……」
 ほんの少し黒に染まったシート越し、庚は手を合わせずにはいられなかった。

 少し離れたビルの合間。
 少年はそこへ避難させられていた。
 己の無力に苛まれ、膝を抱える大志。これを放っておいたまま帰るわけにもいかず、撃退士達はほとほと困り果てていた。
「いつまでそうしている気だ」
 呆れ果て、雄三は吐き捨てるように声をかけた。
 こうしていても前へは進めない。いじける少年に、雄三の苛立ちは募る。
「それで、あの婆さんが戻ってくるのか? 生き返るのか? 違うだろ。現実を見ろ」
「よせよ」
 言葉を遮るガル。
 あまりに酷だと感じた彼は、少年のやるせなさを汲もうとしたのである。
 俯く少年の肩に手を置き、ガルは頭を垂れた。
「守れなくてすまねぇ……。俺が、俺達が、ヒーローになってやらなきゃ、ならなかったのに」
「……そうだ」
 緩慢な動きで視線を上げた大志は、正面のガルを見据える。
 すっかり生気の抜けた虚ろな瞳に、ガルはぞっとするような寒気を覚えた。
「もう少し、もう少しだけ早く来てくれれば」
 低く呟く大志少年。
 一度言葉を切ると、飛び付かんばかりの勢いでガルの胸倉を掴んで食ってかかった。
「ばあちゃんは死なずに済んだんだ! アンタ達が、もっと早く来てくれれば、ばあちゃんは!」
「寝言を言うな小僧」
 見下すように漏らしたDarknessは、少年の襟を掴んで引っ立たせた。
 少年がガルにしたように、彼は胸倉を掴み、そして壁へと打ちつける。
 聞き捨てならない。
 仕事を全うしたというのに、何故このように文句を言われねばならないというのか。
「ババアが死んだのは、貴様が弱かったからだ。身体だけでなく、心までな。だから死んだのだ。いいか、そのババアは、『お前が殺した』んだ」
「そんなこと、ディアボロ相手に、俺だって、立ち向かったんだ! でも無理だった、俺はばあちゃんを守りたかったんだ!」
「残念ながら共感できません」
 ヒヨスは首を振った。
 悲しみや怒りの感情が欠落した彼女は、少年の心を理解出来ない。
 それだけではない。少年の言い分を受け入れてやることが出来ない立ち場に、彼女らはいるのだ。
「そんなに憎いか、遅れた俺らが。殴りたければ殴れ」
 Darknessの腕を降ろしてやりながら、耀が声をかける。
 そして腕を広げ、無防備な状態のまま、歩み寄った。
 殴ろうとすればいつでも殴れる。そんな距離感で、大志は、手を上げることも出来なかった。
 それで自分が納得出来るわけではない。何かが変わるわけでもない。吹っ切れるわけでもない。
 ただ、何倍にも膨らんだ虚しさに苦しむだけだ。
「くそっ、クソッ!」
 泣き崩れる大志。
 何度も何度も、その拳でアスファルトを叩く。皮が裂け、肉が擦れ、漏れ出た血が沁み入る程に。
 痛々しい光景に、ジョンは眉をしかめてその場を離れた。
 見ていられない。
 耀は、振り上げられた大志の腕を掴んで一喝する。
「何考えてんだテメェは!! テメェの親が痛い思いしてでも、この世に残した命、傷つけんじゃねえよ!」
「じゃあどうすりゃいいんだ、どうすりゃいいんだよ! ばあちゃんを守れなくて、何も出来なくて、俺は!」
 そのやりとりに、何も口を出せずにいたのは白夜だ。
 彼はヒヨスとは違い、感情そのものが希薄。故に、こうも感情をむき出しにする大志の言動に理解が及ばないのだ。
 それ故に発した彼の疑問は、思わぬ形で大志を救うこととなる。
「あのお婆さんは、キミに何を残したの?」
 大志の体から、力が抜けた。
 ハッとした表情で、大志は白夜に視線を投げる。
 白夜はというと、キョトンと首を傾げるだけだ。
「大志だ……。ばあちゃんを守るっていう、俺の大志……。俺、ばあちゃんを守れなかった。けど」
「何だ、言ってみろ」
 言葉の先を、耀が促す。
 少年が祖母に誓った大志は、果たすことが出来なかった。
 しかし、いずれは訪れたであろう別れ。その先のことを、今まで考えなかったわけでもない。
 彼の抱いた新たな大志。それは……。
「ばあちゃんはいつも、俺を心配してくれた。だから」
 いつまでも、元気で、幸せに。


「どうしたのですか?」
 ふらりと現れたジョンに、庚が声をかける。
 肩を竦めるように息を吐いたジョンは、老人の亡骸の脇に座り込んだ。
 いびつに膨らんだシートに目を落とし、また溜め息を一つ。
「分からないな。人間一人死んだだけで、あの少年は何であんなに感情的になるんだ?」
「大切な人だから、では?」
「そんなものか」
 初めから答えが分かっていたかのようにそっけなく返すと、ジョンはふらりと立ちあがって陽の沈む方へと歩き出した。
 背中が小さく見えて、「どこへ?」と庚が声をかける。
 そっと手をあげたジョンは、振り向くことなく応えた。
「一人になりに」


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 撃退士・逆廻耀(jb8641)
 影を切り裂く者・一ノ瀬・白夜(jb9446)
重体: −
面白かった!:7人

撃退士・
Darkness(jb0661)

大学部3年312組 男 ナイトウォーカー
嫉妬竜騎兵ガルライザー!・
ガル・ゼーガイア(jb3531)

大学部4年211組 男 阿修羅
撃退士・
藤巻 雄三(jb4772)

大学部3年59組 男 鬼道忍軍
星天に舞う陰陽の翼・
廣幡 庚(jb7208)

卒業 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
逆廻耀(jb8641)

高等部3年3組 男 ルインズブレイド
撃退士・
ヒヨス(jb8930)

小等部5年2組 女 アカシックレコーダー:タイプA
大切な思い出を紡ぐ・
ジョン・ドゥ(jb9083)

卒業 男 陰陽師
影を切り裂く者・
一ノ瀬・白夜(jb9446)

大学部2年91組 男 鬼道忍軍