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情報の有無、そしてその精度は、どのような状況であっても物事の進捗に大きな影響を及ぼす。今回の件に関しては、幸か不幸か状況を握っている町の学生があった。それ故に、その学生は友人を失うことになってしまったわけだが。
ともかく、相手が辛い思いをしていようがいまいが、話は聞いておくべきだろう。
「天魔を目撃した館について調べたことを教えて頂けませんか?」
ユウ(
jb5639)が尋ねたのは、そもそも事件が起こった館というのはどのようなものなのか、という根本的なところだった。
というのも、稀にその土地所縁の人間や生き物が天魔となって現れる場合がある。敵は館に住み着いているというのだから、元はそこの住人だった者が天魔になっている可能性を否定しきれるものではない。
全てが可能性の上での話だが、それでも、情報を持っているのと持っていないのとでは、当然持っているに越したことはない。
山へと入る前に学生から聞いた話では、かつてこの屋敷に住んでいた身分ある者が、町民によって皆殺しにされたという歴史があるらしい。その際には館に火が放たれ、今ではボロボロになったその佇まいだけが残っているのだとか。
何故町民はそのような狂気に走ったのか……それは未だに明らかにされていない。いや、表に出されていない、の方が正しいか。当時に関する資料は町が管理しており、資料館に提供されているものはその中でも極一部。何かが秘匿されているらしいのだが、わざわざ秘匿しているのだから、町に掛け合ったところで資料の公開はならないだろう。
ただ、学生はこうも言った。
「館の主ってのはな、どうやら刀を武器に町民と戦おうとしたらしい。返り討ちにあったって話だけど……。そういえば、あの骸骨も、刀のような、剣のような……何か持ってた。それで、そ、それで、アイツの首を……」
「まぁ、あれですね」
話を遮るのは東條 雅也(
jb9625)。少々イカつい風貌は威圧感を与えるようであるが、その言葉遣いは礼儀正しさを思わせる。ちょっとしたギャップだ。
「町民の方はそんなに恩義を感じていなかったってことなんでしょうね」
簡単にまとめてみせる。それが真実かどうかは分からない。だが、これで真意を探る話は終わりだ。
他に得られた情報といえば、主や使用人も含めた館の住人は、焼け跡となった館の裏庭にまとめて埋葬された、ということくらいだろうか。
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「大気に怒りが満ちているべ」
そんなスピリチュアルな発言をする御供 瞳(
jb6018)は、ぶるると身震いした。
ただのネタ発言かと思いきや、その顔は青ざめ、今にも胃の中身を吐き出してしまいそうな様子。具合が悪そうだ。
旅行のツアーなどで、戦時中に使われた防空壕を見学すると、気分を悪くしてしまう人というのは存在する。瞳の場合もそうなのだろう。
目の前に聳える、焼け跡となった館。得も言われぬ黒くよどんだ空気、というものは肌をピリリと刺激するようではあった。
「聞いた話の全てが真実なのかは今となっては……。ただの思い込みですよ」
そう言って仁良井 叶伊(
ja0618)が瞳の肩を叩いていやる。
しかしそれが何かのキッカケだったかのように、彼女は目元に玉のような涙を溜めて蹲ってしまった。
「あーぁ、こりゃダメだね。あたしが見とくから、先に館の周りを調べといておくれよ」
瞳の背中をさすりつつ、アサニエル(
jb5431)が人払い。
見るからに具合の悪そうな瞳の方をチラチラと振り返りつつ、撃退士達は散っていった。
彼らが見えなくなったアサニエルはゆっくりと瞳を木陰へと移動させ、「もういいよ」と言った。
ぷるぷると頭を振る瞳。
一つ嘆息したアサニエルは、彼女の顔を上げさせ、背中を撫で上げるようにしながら口に指を突っ込んでやった。
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一方で、館の周囲を調べていた一ノ瀬・白夜(
jb9446)は、裏庭へと回っていた。
館の外で怪しい場所といえば、住人が埋葬されたこの場所くらいだろう。
埋葬された形跡というのは、まるで石碑のようなものだった。大きさは、大人の男性程のもの。それが全部で四つ。恐らく、地面に対して垂直に立てられていたのだろう。この中でも一つはその姿勢を保っているものの、残りの三つは倒れていた。そして倒れた石碑の近くでは、等間隔に三つの穴。
掘り返されたような形跡があった。
「素体は……間違いない。でも、三つ……?」
「えっと、天魔って一体なんだよね?」」
同じくこの裏庭を調べていたのは莱(
jc1067)である。
目撃情報と、この墓の状況では多少の差異があることには疑問を抱かずにはいられない。もしかしたら、天魔は一体だけではないのかもしれない。
と、そこへ。
「あぁ、いたいた。瞳がいくらか具合良くなったみたいだから、中の調査に移るよ。他の連中は先に行ったからあんたらも急ぎな」
アサニエルが迎えにきた。
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「やっぱり本命はここですね」
館の内部をあらかた調べ、一行は二階の最奥、書斎へとやってきた。
これまで調べてきた広間や使用人の部屋などにはこれといったものは見当たらなかった。
残るはこの書斎のみ。いかにも主が構えていそうな部屋だ。最も怪しいこの部屋を最後まで残しておいたのは、奇襲に備えたからに他ならない。書斎は最も怪しいが、館の最奥にある。万が一敵が他の部屋に身を置いていた場合、最初から追い詰められた状況で戦闘に入らねばならない。それだけは避けたかったのだ。
叶伊はすっと息を吸い込むと、焼け焦げた扉のノブに手をかける。
ゆっくり、ゆっくりと押し開けば、徐々に煤だらけの書斎が開けてきた。
かつては多くの蔵書が詰め込まれていたのであろう本棚の数々。中身が焼けて表紙だけが残った床に落ちる本は、荘厳かつ豪華な意匠が凝らされた姿の名残を見て取れる。
中央最奥には両手を広げたくらいの幅を持つテーブルが設置されており、脇には積み上げられた、焼けた本。
そして、そのテーブルに向かう者の姿があった。
漆黒の外套を羽織ったまま、煤と化した本を広げ、そこに目を落とす――燃える炎の色した骸骨だ。
「こ、この装束、もしかして……!」
骸骨の纏う外套を目にした叶伊に緊張が走る。
刀を武器とする点、そして黒の衣装。彼には思い当たる節があった。
「新撰組か!?」
よく、新撰組というと浅葱色の羽織が想起されがちだが、その装束は池田屋事件でいくらか目撃されたという程度で、以降は黒を基調とした羽織を用いたという。
もしもこの骸骨が、新撰組隊士だったとするならば、かなりの手練れということになるが、よく考えてみよう。
「だとしたら、こんな洋館に住んでたわけないだろ。新撰組は幕府側、洋式の館なんて真っ平なはずだし、維新の後にこの館を建てる財産をどっから得たっていうのさ」
数多 広星(
jb2054)の指摘。
そう考えてみると、叶伊の思い過ごし、ということになる。
だが、その真偽がどうあれ、やるべきことに変わりはない。目前の天魔を撃退する。ただ、それだけのことだ。
一方で骸骨の方はというと、未だに読めもしない書物に目を落としている。
撃退士に気づいていないのか? いや、そんなはずはないだろう。
「遺体の搬出は終わり……って、どうしたのですか?」
そこにユウを初め、アサニエル、白夜、菜が合流する。
この館で殺害された学生二名の遺体を外へ運び出したユウは、書斎の入り口で中の様子を確認している仲間達にキョトン。既に戦闘が開始されていてもおかしくないが、その撃退士達は武器を手にすることもなく佇んでいたのだ。
「相手が動かないから、おかしいと思ってたところだべ」
状況を説明する瞳。
敵は天魔だ。撃退士を見るなり襲い掛かってきても良さそうなものだが、この骸骨はただただ、無意味で無益で無価値な読書の真似事を続けるばかり。
様子がおかしい。
「早く、倒してあげなきゃ……」
進み出る白夜。
概ねの、過去については聞いた。墓の状態からして、骸骨の素体は館の主であると断定しても良いだろう。白夜としては、そのような話など全く以て興味なし。そのはず、なのだが、何かが気になる。
さっさと倒して帰りたい、仕事はさっくり終わらせたい。そういった感情とは、違う。すぐにでも倒さねばならない、倒してあげなきゃならない。どう表現すれば良いだろうか。
敵に対する情け? それとは違う。
人としての情愛? そうでもない。
ただ何か、強い意志のようなものに突き動かされる感覚。
愛用の棍を手に、ゆっくり進み出る。
接近しても、骸骨はこちらを見向きもしない。
「危ない!」
雅也が叫んだ。
咄嗟に身を仰け反らせた白夜の鼻先を、光の筋が走る。見れば、あの骸骨が目にもとまらぬ身のこなしで、腰に下げた鞘から刀を抜き、凪いでいたのだ。
もしも雅也の声がなければ、首を刈られていたかもしれない。
「手練れだ! 本当に隊士だったんじゃないだろうね?」
「バカ言ってんじゃないよ」
ニタリと笑む叶伊にアサニエルがツッコミを入れつつ、急ぎ撃退士達が包囲網を形成する。
テーブルを囲むように配置した撃退士。
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がった骸骨は、周囲の撃退士をぐるりと見回した。刀を脇構にし、出方を伺いつつ積極的に攻める姿勢といったところか。
だが、焼け跡となった館の二階で戦うのは些か不安。なるべく足場の良いところへ誘い出したいところだ。
そこで策を打ったのが雅也だ。
「見栄だけの館が建てられて満足か? かぁーっ、下々の俺らからすりゃ、嫌味だねぇ。家族もまとめてブチ殺したくなるのもなるのもムリねぇや」
先ほどまでの礼儀正しさとは一変。もちろんこの口調は彼なりの演技。己の、不良にも見えるような風貌を利用した、汚い言葉を用いた挑発である。
幸いにして、この骸骨はある程度人語を理解する知能があるらしい。品定めするように撃退士達をぐるりと見ていた骸骨は、雅也を見据えると一気に飛びかかった。
左腕に刃を掠めた雅也は一瞬表情を歪ませると、剣劇を可能な限りかわしつつ窓際へと移動。
「こっちだ!」
そしてガラスなき二階の窓から身を躍らせる。
狙い通り、骸骨は雅也を追って飛び出す。
他の撃退士もこれに続き、窓枠を蹴って地上へと降りた。
「怒りの元は、ここで断つべ!」
身の丈の倍以上はあろうかという大剣を引っさげ、瞳が骸骨へと切りかかる。しかし武器の巨大さ故に動きは見切られ、ひらりとかわされてしまう。
だがそこには一瞬の隙が生まれる。
続いて飛び込んだのは菜であった。
瞳とは打って変わってナイフを武器とする彼女は、己が身の小ささをも利用して懐へ飛び込んでゆく。
身を捻って足元がお留守の隙。この体勢ならば自慢の刀は振るえまい。
が――。
「キシェェェッ」
空気が擦れるような音を発しながら、骸骨は口から炎のようなものを吐いた。
正面からこれを受けた菜が、あまりの熱さに悶絶する。
「何故眠っていられないんですか。全て過去のことなのに!」
ユウが拳銃のトリガーを引く。
吐き出された弾丸が、骸骨の肩で弾けた。
よろりと体勢を崩す骸骨。
これを好機と見たのは叶伊。雷帝霊符を抜き、掲げる。
雷が符に集い、そして刃を形成して飛び出す。
しかし骸骨は振り向きざま、その刀を一振り。
切っ先の軌跡に合わせた光が、延長線上を辿るように飛ぶ。
雷の刃と光の刃がぶつかり合い、そして弾ける。二つの刃は消滅した。
「厄介な技を持ってるね。悪いけど、それは禁じ手さね!」
攻撃の機会を奪われては面白くないと、アサニエルが魔方陣を展開。敵の物理的攻撃手段以外を封じるシールゾーンだ。
炎、そして刀の衝撃波を封じられた骸骨は、今度は雅也に目を移し、飛びかかる。
不意を打たれた雅也は動けない。
振り下ろされる刃。
ガチリと金属音が響く。
その刀を受け止めたのは、広星の剣であった。
「何のためにその刀を振るってるんですか?」
ギチギチと鎬を削る音を滲ませながら、彼は問うた。
「自分が殺された事への恨み? それとも愛する家族の方? どちらにせよ――お前が刀を振るうべき相手はもういないんだよ」
剣を振り払う。
飛び退く骸骨。
追撃とばかりに叶伊が符を構えるが、その瞬間、二階の窓から飛び出す二つの影があった。
炎の骸骨に比べて一回り小さい骸骨、さらに小さい骸骨――それぞれ中骸骨に小骸骨といったところだろうか。
その着地地点にいたのが、叶伊だった。
「くっ、この……っ!」
二体の骸骨に組み付かれ、身動きを封じられる叶伊。
「そう、いうことなの、ね……」
何かを理解した白夜が地を蹴り、棍を凪ぐ。
すると二体の骸骨はそれぞれ頸椎をへし折られ、あっけなく倒れた。
その様子を見ていた炎の骸骨は、刀を取り落とす。そしてよろよろと頼りない足取りで二体の骸骨の元へと歩み寄って、膝と手をついた。
目の前で家族を失った人間のような反応。
いや、正しくそれなのだろう。
「首を差し出せ」
そこに詰め寄って言い放つ広星。
そして自慢の剣を構えた。
「介錯してやる」
骸骨は、全く反応しない。広星に全てを委ねたかのような、諦めにも似た姿は、悲哀の様相を呈している。
す、と振り下ろした刃は、骸骨の首を切り落としたのである。
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戦闘が終わるとほぼ同紙に、あの屋敷は音を立てて崩れた。そもそも、今の時代になるまで形を残して立っていた方が不思議なくらいだ。たんなる風化と老朽によるものであろうが、それは二度主を失った館が、守る者を失って役目を終えていく姿に見えて仕方ない。
「強敵でした……」
菜が呟く。
「これでようやく怨念の燃えがらも尽きただろうね。この館と一緒にさ」
瓦礫の山と化したそれを眺めつつ、アサニエルが口から漏らした言葉にはどこか説得力のようなものがあって、勝利したというのに撃退士達の心に寂しさの風が吹き抜けた。
今、この場には、動かぬ骨がある。あの骸骨の、死骸だ。
「今度こそ、永遠で安らかな眠りにつけるように」
拾い集めた広星は、裏庭の方へと回ってあの石碑のような墓に埋めてやる。三体分の骨、全部を一つの墓に。
死して、また死して。この家族はようやく一つところで安らかに。
そこで、瞳はあることに気づく。
「ん、体調がすっかり良くなってるべ。大気の怒りが、静まっているべ!」
「本当ですか! よかった、じょーぶつ、できたのかな」
にっこりと笑む菜。
先ほどまで降っていた雪もいつの間にか止み、光が差し込んでくる。
再び建てられた石碑の前に膝を着き、手を組んだユウは、胸の内で呟くだけでも良いその言葉を、敢えて口に出して言った。
「もう……。おやすみなさい」