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「妙だな。暴れるのが目的でも無さそうだが……」
現場に急行した撃退士の一人、ジョン・ドゥ(
jb9083)。彼は討伐対象であるグールの行動に一つの違和感を抱いた。
天魔に属する者で、なおかつ最下級ともいえるディアボロやサーバントならば、暴れて人を襲うことを本能的に行う場合が多い。
既にグールの進行ルート予測範囲の住民は避難しているのだから襲う相手が付近にいない。それを理由とするにはやはり不可解だ。
というのも、襲うべき人間を探しているというよりは、どこか一つの場所を目指して、迷わず歩を進めているように見えたのだ。
そこにどんな意図があるのかは、撃退士には分からない。そもそもディアボロやサーバントに、意図を持って行動する知能があるかといえば、大抵の場合に於いてはNOだ。
「目的地がこの先にあるのか?」
様子を眺めつつ、藤井 雪彦(
jb4731)は疑問を漏らした。
明らかに不可解。どう見ても不思議。
そこには凶暴性も狂気もありはしない。
ただどこかへ、ひたすらに、迷わず、一歩一歩踏みしめるかのような足取りには、「何かある」ことを予感させた。
「ええ、なにかおかしいですね。目的を持って行動している節があります」
鈴代 征治(
ja1305)も同じ疑問を抱いた。
しかしこれを調べる余裕があるのか、調べる手立てがあるのか、彼らには思いつかなかった。
もしも、このグールをしばらく泳がせて、どこへ行こうとしているのか、何をしようとしているのか、様子見をしてみようと考える者が多ければ、何か掴めるものがあるかもしれないのだが。
「相手の目的を知るなら、このまま歩かせてみるのもいいかもな」
「いえ、迅速に排除しましょう」
この違和感の正体を突き止めたいという思いからジョンは提案したが、これに切り返したのは雁鉄 静寂(
jb3365)だった。
「だな。被害が出たら嫌だし」
「でも避難は済んでるって話だろ?」
「万が一があったらどうする」
敵がディアボロである以上は火急速やかに討伐すべしという静寂の意見に同調するように、龍崎海(
ja0565)は口を開く。
不服そうに反論するジョンだが、彼の意見に賛成する者はなかった。
傍ら、スマホを弄る少女の姿があった。神ヶ島 鈴歌(
jb9935)だ。
彼女が覗いているのはニュースサイト。この町で起こった事件を調べているのだ。
「もしかしたら、素体さんにヒントがあるかもですぅ〜。例えば、素体さんが亡くなってしまう原因を作った人に会ったり、場所に行きたいとかですかねぇ〜?」
これが決定的と言えただろうか。
もしグールのことを知りたいのであれば、後から素体について調査すれば良い。
鈴歌が調べているように、ニュースを洗ってみても良いだろう。もしそれで要領を得ないのならば、直接警察に資料提供を依頼しても良いだろう。
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グール討伐の第一歩、観察は終わった。
どこかを目指しているらしい、ということは把握できたものの、具体的にどこへ向かっているのか、何をしようとしているのか。そこは不明のまま。
だがそれを特定する時間はない、と撃退士は判断した。
そうであるならば、早速第二歩、攻撃に移る。
「まずは小手調べだ。仕掛けるぞ」
先手に出たのは海だ。魔法書を開き、綴られた文字を言葉でなぞると、ふわりと具現化したのは石の塊。
指さす先にはグール。
指示通り、塊はディアボロへ向かって飛んだ。
直撃。砕ける石、弾け飛ぶ腐った死体。
筋組織まで腐敗したグールの左腕は、容易に千切れた。
肘から先を失い、それでも尚グールは立ち上がり、撃退士に目を向ける。
だが……。
「どういうことだ?」
雪彦の疑問は深まるばかり。
反撃してくるどころか、グールはまたどこかへ向かってよろよろと歩いていくではないか。
攻撃本能がないのか、それとも別の目的を優先しているのか。
とはいえこの現実は、撃退士にとっては好機以外の何物でもなかった。
相手がこちらを攻撃してこないのであれば、一方的にしかけることが出来る。
これで仕事を達成し、報酬を得られるのだから、こんなに楽なことはないだろう。
もちろん、何か裏があったらそれはそれで恐ろしいのだが……。
次々と、撃退士は攻めかけてゆく。
攻撃を受ける度、グールの腕が飛び、足が飛び、ついには頭と胴体だけのダルマ状態となったグールは、最早立つことも叶わない。
「辛そう……なのですぅ〜」
それでも懸命に、グールは顎を地に着いて胴体を引っ張り、少しでも前へ前へと進もうとしている。
そんな様子に、鈴歌は胸にチクリとした痛みを覚えた。
そこまでして果たしたいことは何なのか。
満足に動くことすら出来なかったグールは、よく見ればぼろぼろの衣服を纏っている。男物か女物かも見分けがつかないその出で立ちは、この素体の正体を掴むには情報として不足。
背格好でいえば子供のようだが、そもそも大人の死体を利用して子供サイズのディアボロが作られる場合も少なくはない。
ディアボロは、素体を元に姿かたちを作り変えられたもの。素体の原型が残っていたり、面影を残している場合は極めて稀だ。
また、原則として、ディアボロの素体は悪魔もしくはヴァニタスによって殺されていなくてはならない。これはまた別の話ではあるのだが、後にグールの素体について調べるならば、この町近辺に悪魔やヴァニタスの出現報告がないか、というところから調べていく必要があるわけだ。
後にそうしたところから手をつけていくことになる彼ら撃退士だが、今はそのことまで考えが及ばない。
最優先事項は、目の前のディアボロを討伐することなのだから。
「何となく気持ちは分かる。……まるで未練を残して死んだ亡者だ」
鈴歌の肩に手を置いて、征治は短く嘆息。
だがそんな気持ちを引きずってはならない。
彼らは撃退士なのだから。
「しかしその存在がすでに人類の脅威。ここで排する!」
キッとグールを鋭い眼光で射抜いた彼は、武器を手に躍りかかった。
手に握るは気高き槍。
煌めく残光を夜に描き、朱に染まる渋きに顔は濡れそぼる。
伏したるディアボロは天を仰ぎ、ギョロリと右目は白になり、垂れた左目は千切れて路地裏へ転がりゆく。
動かないディアボロ。
死だ。
二度目の死。
これぞ正しく慈悲であろう。
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見事に被害はゼロ。撃退士の仕事は完遂といって良かった。だが一つ、彼らには調べておきたいことがあった。
再三になるが、それはもちろん、グールの動きに抱いた違和感の正体だ。
何故グールは反撃してこなかったのか。
グールはどこへ向かっていたのか。
グールは何をしようとしていたのか。
今、撃退士の手元にあるヒントは「素体が怪しい」というものしかない。
「背格好や服装を見て私と同じ年の子と思うですぅ〜」
倒れたディアボロの姿を観察し、鈴歌はそう口にする。
彼女と同じ、中学生くらいの子供。確かにグールの背格好や服装を見る限り、そんな感じがしないでもないのだが……。
目で見たものしか信用しない人間は、世にごまんといる。しかし、この場合に於いては、目で見たものが必ずしも真実に繋がるとは限らない。もちろん、真実と繋がっている可能性が全くのゼロというわけでもないだろうが。
「偶然、そういう姿に作られたかもしれないわ。そして、素体がこの町で調達されたとも限らないし。とはいえ、調査の取っ掛かりにはいいのかもしれないわね」
顎に手を当て考えつつ、静寂は頷いた。
素体を調べるにしても、ある程度情報が絞れた方が良い。
そしてもう一つ、手掛かりになりそうなことといえば……。
「グールが向かっていた先には何がある?」
「えーっと……待って、今地図出すから」
海の問いに、幸彦はスマホを取り出し、マップアプリを起動した。
現在地、そしてグールが歩いていた道の先にあるものを確認。
目につく施設といえば、市役所、市立病院、警察署、刑務所、裁判所。
公的施設が集中した街の中心が、そこにある。
このうち、どこを目指していたのかが特定出来ればかなり有力な情報となるのだが。
「ん〜、もしかして病院ですかねぇ〜? なんだか、グールさんからは悲しそうな雰囲気を感じたのですぅ〜」
「不幸な事故、あるいは病気にかかって無念の死を遂げ、その未練から、息を引き取った病院を目指した。考えられねぇ話ではねぇな」
マップを覗き込みながら、鈴歌が口を開く。
考えを巡らせながらジョンは一理あると頷くが、それでもまだ、彼の胸には違和感の杭が突き刺さったまま。
もし病院が目的地だとしたら、そこで何をしたかったというのだろうか。すぐには考えが及ばない。
「素体が仮に子供だったとして、例えば親が警官だったというのはどうでしょう。死してなお、親の顔を見にいきたかった、とか……。もし病院が目的地だとしたら、親に会うため警察署へ向かう途中に事故に遭って、運ばれた先の病院で息を引き取ったという可能性も」
征治も推測を深めるが、特定に至らず、推測の域は出ない。
同じように、マップを覗いていた海は、一つの閃きを得た。
「待った、あのグール、どこから出てきたんだ? この道をまっすぐ来たなら……」
マップをスクロールしてゆく。
この通りを、街の中心地から離れてゆくと行き当たるのはどこか。
どこからともなく現れたとするならば、人目につきにくい場所から出てきたに違いない。
だとするならば。
行きついた先は、山だった。街の西にそびえる山。ここから現れたと見るのが妥当だろうか。
「なるほどね。これでキーワードは一つ確定したわ。西の山、これね。後は病院とか警察署ってところだけど」
「調べてみようぜ。警察署に行けば何か分かるかもしれねーし」
静寂が情報をまとめると、ジョンの提案に従い、一同は警察署へと向かった。
ただ一人、征治を除いて。彼は西の山へと向かうこととした。これは、グールの出現場所が西の山であるウラをとるため。出現の形跡が見られれば、キーワードは揺るぎないものとなるはずだ。
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「だから、これは今後の被害拡大を防ぐために……!」
「あのね、さっきから言ってるように、いくら撃退士でも、緊急を要しないのであればダメなものはダメなの」
警察署に赴いた一行は、ここ最近の事件に関する資料を提供してもらおうと掛け合っていた。
雪彦の必死な訴えかけは、警官の頑なな拒否に遭ってしまう。
資料には、事件の被害者や加害者の個人情報が記載されている。これを部外者である撃退士に見せることは、個人情報を保護する上で、警官としてはできないというのだ。
ちなみに、警官の言う緊急というのは、撃退士の求める資料が天魔撃退に直結し、なおかつすぐに利用しなければ撃退士としての仕事を全うできない場合のことだ。もちろん、そうした場合には撃退士の持つ権限は法を超えるため、資料閲覧が許可されるのであろうが、今は違う。既に依頼は達成してしまっていることもあり、今、このタイミングでその資料が必要であることが認められない。
撃退士たちは途方に暮れた。せっかくいくつか手掛かりを得たというのに、何も特定することができないのは非常にむなしい。
「でも、そうだなぁ。いつ、どこで起きた事件が天魔に直接関わっているか。状況証拠や推理でも構わないから、提出してくれたら、該当する資料を見せてもいいのかもしれないけど」
「悪魔やヴァニタスの目撃情報は?」
「ないね」
「だとしても西の山よ。今回のディアボロは、そこから出てきた可能性が非常に高いわ」
ようやく、警官が少し妥協した。
何かしらヒントがあれば、いけるかもしれない。
ここぞと踏んだ静寂は身を乗り出した。
「ですから、西の山に関連した事件を調べさせてください。もし関連が認められたら、そこに悪魔が何らかの形で関与している可能性が濃厚に。そう、非常に濃厚に」
「わ、分かったから、少しそこで待ってなさい」
畳みかける静寂に気圧された警官は署内へと入っていった。
待つこと十数分。
彼はいくつか資料を持って出てきた。
西の山に関連する事件は、ここ数か月の間に十数件発生している。遭難、不慮の事故による死亡、喧嘩、死体遺棄その他諸々。
当然個人名は黒く塗りつぶされ、一応の個人情報保護がなされている。
与えられた時間は三十分。
この時間だけ資料の閲覧が許可された。
撃退士たちは手分けして資料を漁ったが……。
「分からない。それっぽいのはあるけど」
「特定は、難しいね」
海と雪彦が唸る。
そうこうしている内に時間は過ぎ、資料は回収されてしまった。
諦め、その場を後にする彼らだが……。
「気になるか?」
「はい、ですぅ〜。でも、確定ではないのですぅ〜」
資料に目を通した中で、ジョンと鈴歌は気になるものを見つけていた。
だがそれが確たるものと断言できないし、これ以上食い下がっても時間の無駄なのは明白だった。
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夜。
征治からの連絡で、西の山にディアボロ出現の形跡が見られたとの情報を得たジョンは、一人刑務所へと忍び込んでいた。
彼の目に留まった事件は、死体遺棄事件。被害者や加害者を特定できたわけではないが、その加害者は刑務所に身を置いていることが資料には書かれていた。
となれば、本人の口から直接事情を聞きたい。
面会は恐らく何らかの理由をつけて断られるであろうから、夜、透過能力を駆使して刑務所へと侵入したのだ。
「西の山に死体を捨てたのはお前か?」
これだけ問いかけて、外れだったら他へ。これを繰り返すこと五回。目当ての人物はすぐに見つかった。男だった。
男は驚いた様子を見せたが、おずおずと頷いた。
そして聞いた。
谷口牧子という少女のことを。
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ほぼ同時刻。
今回のディアボロの素体は谷口牧子なる少女であろうとジョンから連絡をもらった鈴歌は、墓地を訪れた。
他の撃退士たちは、既に帰途についてしまっていた。
それでも、と聞き込みを行っていた彼女は、今、こうしてここにいる。
谷口牧子の墓標がある、ここへ。
「あなたは……誰ですぅ〜?」
そこには人の姿があった。白髪が混じっているが、まだ子を宿せる年齢であろう、やつれた女性。彼女は、牧子の墓に手を合わせていた。
「母親よ。この子の……」
「あれ、刑務所にいるんじゃ?」
情報が矛盾している。
牧子の母親も、今は刑務所に囚われているはずだが。
「いいえ、それは、育ての親の方よ。私はね、生みの親、なの」
その後、鈴歌と母親は言葉も交わさず墓に手を合わせた。
(牧子さん。お母さんが迎えに来たのですぅ〜。未練はあるかもしれないけど、お母さんの顔を見てくださいなぁ〜。ほら、お母さんですよぉ〜)
上辺だけの、親子の再会。鈴歌は、あまりの空しさに涙を浮かべた。
西の方にぼんやりと光が浮かんだように見えたのは、そのせいだろうか。