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「待て!」
天使は双子を伴って立ち去ろうとする。
これを呼び止めたのはジョン・ドゥ(
jb9083)であった。
仲間の危機を耳にしたジョンを初めとする撃退士達は、その救助のためにこの場を訪れていた。情報通り、仲間は既に地に伏している。一刻も早く彼らを回収し、引き上げたいところだ。しかし、状況がそれを許そうとはしない。
純白の羽持つ女性と、二人の子どもの姿。
敵はサーバントであったはずだが、目の前の女性は見るからに天使だ。
いったい何があったのか。その子ども達はいったい何なのか。これを確かめないわけにはいかない。
(おいおいおい、回収撤退だけじゃねえのかよ……サボれねえだろが)
心中悪態をつく嶺 光太郎(
jb8405)。
予め気配を消し、味方にすら気配を悟らせないよう同行していた彼は、仕事が楽になった、と捉えていた。
本来なら、彼らもまたサーバントを捜索し、撃退する任務を帯びた者達。だが戦力の半数が倒れたことで状況は変わった。
もう周辺にサーバントがいないのであれば、味方を回収して撤退する。それだけならば、敢えて自ら手を出さずとも、こっそり同行していれば良い。要するにサボっても問題ない、と光太郎は考えていたのだ。
しかし目の前に天使がいるとなれば話は別だ。
「さ、参りましょう」
「まぁ待ってよ。折角だから、ちょっと遊んでいかない?」
くるりと踵を返し、立ち去ろうとする天使。
無視されたことにジョンは苛立ったが、彼よりも先に雨野 挫斬(
ja0919)が言葉を発した。
サーバントを探していたら、天使に出くわした。本来なら急ぎ撤退すべき場面なのだろうが、挫斬にその選択肢はない。
何故なら、より強き者と戦い、その身を解体することに至上の悦びを覚える挫斬にとって、これは願ってもない快楽を得る機会なのだ。
それでも天使は見向きもしない。行ってしまう。このままでは。
「そこの少年、君も天使なのか?」
だがこれはハッキリさせたい。あの女性は間違いなく天使であろう。では、彼女についていこうとする少年達は何者なのか。
もしレアティーズ(
jb9245)の投げかけた問い掛けに肯定が返ってきたのであれば、対策を練らねばならない。この場に天使が三体もいるということなのだから。
「ちがう。ちがうけど、でも天使の国にいくんだ! もうだれにもバカにされない、だれにも美羽をきずつけさせない、そんな世界にいくんだ!」
「天魔の舌、甘い天使の囁きに惑わされたか? 天使に連れられても、二人揃って化け物にされるだけだぞ」
「う、うるさい!」
少年は答えた。
言葉から察するに、この子どもらは人間。これから天使と共に天界へと向かうのだろう。
その先に待っているものといえば、撃退士ならば容易に想像出来る。
サーバント、もしくはシュトラッサーとなり、人間の敵となることだ。間違いない。
「よほど、酷い目に遭ったのでしょうね」
只野黒子(
ja0049)がそんな呟きを漏らす。
こんな年端も行かない少年少女が、天使の誘いに乗る。それにはよほどの事情があると見なせるだろう。
その細部まで推測し切ることは難しいが、何らかの衝撃的な出来事がこの二人を襲ったのだろう。
「人間なんて、信用できない! でも天使なら、きっと俺たちをたすけてくれるんだ!」
「無償で助けてくれることなどありえない。人間だけじゃない、天使だって同じだ!」
水城 要(
ja0355)の言うことは尤もだろう。天魔にも自我があり、立ち場がある。もし人助けをすることがあれば、そこには見返りが求められる。
ただし、これは、必要な教育を受けた人間の価値感。撃退士の常識でしかない。
幼い子どもにとっての天使とは、慈愛の心を持ち、全ての人々に救いの手を差し伸べる存在でしかないのだ。
「構うことはありません。参りますよ」
天使は去ろうとしている。
その間際、挫斬は急ぎデジカメのシャッターを切った。天使、そしてあの子どもらの姿を、何としても手元に残しておきたかったからだ。
「させるかよ……!」
地を蹴るジョン。
だが、それを阻害するものがあった。
突如地面から生えるようにして現れた、骸骨兵士だ。
天使と子どもらだけでなく、救助対象の撃退士までをも遮るようにして現れたそれは、明らかに時間稼ぎのために放たれたものだ。
倒さねば、先には進めない。
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一方で、光太郎は静かに戦線を離れた。
この期に及んでサボろうなどとは光太郎も思わない。むしろ、やることを見つけたのだ。
今優先すべきことは、骸骨兵士を倒し、仲間を救助することだろう。
しかしただそれだけでは駄目だ。あの天使と子ども達の足取りを追わねばならない。
二人が望んでいることとはいえ、目の前で天使についていこうとする者を放置するわけにもいかないのだ。
連れ戻せるなどと大それた期待はしていない。それでも、何もせずにはいられないのだ。
(……ド畜生が)
脇道に入り、天使達の向かった方角へと進む。
気付かれたら終わりだ。天使と戦闘になったら、現状勝ち目はないだろう。
せめて、どこへ向かうのかだけでも……。
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「一気に倒して、早く天使を追わないと!」
「いや、無駄でしょう」
要が武器を構え、早期決着の算段を脳内に組み立てる。
しかしこれに、黒子が頭を振った。
「下級のサーバントを、たったこれだけの数で展開するということは、足止めにはこれで充分、ということです」
「じゃあ、どんなに急いでも間に合わないってのか?」
尋ね返してきたジョンに対し、黒子は頷きで返した。
つまらなそうな表情を見せたのは挫斬だ。せっかく強者たる天使を目の前にしたというのに、これでは快楽を得られない。
腹いせに暴れるのも良いが、今私欲に走るわけにもいかない。
救助対象を傷つけないよう、この場を切り抜けるにはどうしたら良いか。万が一にも、仲間を人質に取られるわけにはいかない。
ならば、先手を打つまで。
「仕方ないわね、遊んであげる!」
ハイ注目、とばかりに挫斬が前に出てタウントを発動。
四体の骸骨兵士の目が彼女に釘づけとなった。これなら、妙な行動を取られる心配もない。
その隙にジョンとレアティーズが飛翔。骸骨兵士の真上に位置取る。
レアティーズが真上からフレアシュートでサーバントを一体焼くのに合わせ、ジョンは炎陣球によって敵を火の海に沈める。
黒子の睨んだ通り、この骸骨兵士に強い個体はいない。
あっという間に敵は瓦解し、仕留めるのにさほど時間はかからなかった。
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天使達の後を追っていた光太郎は、ふとした瞬間に急に手応えを感じなくなった。
この先に誰かがいる、という感覚を頼りに追跡していた彼だが、いつのタイミングからか、気配を感じなくなったのだ。
空間転移だろうか。いや、それにしたって、この辺りにゲートがあるなんて情報もない。
とすれば、知らぬ内に飛び去ったのだろうか。それではこれ以上追跡のしようもない。
「見失ったか……」
光太郎は諦めて踵を返した。
が、その時だ。
「何を見失ったのですか?」
「ゲェッ!?」
背後。振り向けば鼻と鼻がくっつきそうな距離に、ソレは立っていた。
あの天使だ。
いつの間にか、追跡が気付かれていたのだろう。その時点で天使は気配を絶っていたに違いない。
……逃げることも出来ない。光太郎の背にじわりと冷たい汗が浮かんだ。
「あっ、あの二人、どうするんだ?」
何とかしてこの場を切り抜けねばならない。現状の最優先は自らの命であることは明白だ。
苦し紛れとも思える質問。まともな回答が得られるとも思えない。
が。意外にも天使はあっさりと答えた。
「使徒にします」
「ハッ、そんな素直でいいのかよ」
強気に応答しつつ、光太郎は逃げ道を探していた。
その様子に天使が気付かないわけもないだろうが、しかし天使は何も構わないといった態度で続けた。
「何故隠さねばならないのですか? あの子達があなた方と会うことは、恐らく二度とありません。そのことを隠しても無意味なことでしょう」
駄目だ。この状態ではどうあがいても逃げられない。
天使の言葉は、「知ったからにはここで死んでもらう」という意味にも取れる。
不味い。このままでは殺される――!
遂に観念した光太郎は、キュッと瞼を閉じた。
が、何も起こらない。
不審がって目を開けると、天使はどこかへと去っていた。
見逃された、のか? 今は、そうとしか考えようがない。
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骸骨兵士達を撃退した一行は、真っ先に仲間の下へと駆け寄った。
意識はない。揺すっても目を覚ます気配すらない。
救助対象である撃退士の身体を調べても、外傷らしい外傷は見当たらなかった。それもそのはず、光纏は既に切れているのだから。実際に攻撃を受けた魔装は今やヒヒイロカネの中ということだ。分かることといえば、骨折が確認できるといったところか。
これでは、彼らをここまで叩きのめしたのは、あの天使だったのか、それとも元々追っていたサーバントだったのかも分からない。
だがここで、黒子の推理力が光った。
「刃のない武器、もしくは素手による攻撃にやられていますね。とすれば、天使にやられたと見るのが妥当でしょう」
「どういうことだ?」
ジョンが聞き返す。
これに応えて、黒子は倒れた撃退士の一人、比較的軽装の女性を指差した。
「この方が分かりやすいでしょう。火傷、凍傷、裂傷が見られません。そして腕は骨折しているようです。つまり、雷撃などの魔法的攻撃、及び刃物による攻撃を受けたとは考えにくいのです」
彼女の言葉が全てだろう。
もし付け加えるとするならば、周囲の様子が参考になる。これといった破壊の痕が見られないのだ。ということは、本能だけで行動するサーバントが暴れたとは思えず、また広範囲に及ぶ魔法的攻撃が行使された様子もないということだ。
これだけ分かれば今のところは充分だろう。
急ぎ彼ら救助対象の撃退士を医療施設へ運ばねばならない。
光太郎が戻ってきたのは、丁度そんな時だった。
「あら、どこへ行っていたのかしら?」
顔面蒼白とでも形容すべき表情の光太郎に、挫斬はほんの少しだけ棘のある口調で尋ねる。
肝心の戦闘時にいなかったのだから、当然かもしれない。
しかし光太郎からすれば、立派な理由がある。
「あの天使と子どもをこっそり追ってたんだよ。で、天使と話した」
「……よく生きてたな」
思わずレアティーズが舌を巻く。
天使と一対一の状況になって、無傷で帰ってくるなどまずありえない。
そのことに関しては、会話で得られた情報と共に光太郎の口から聞かされた。
ふむ、と唸って要は腕を組むが、どういうことなのか、よく理解出来ない。相手に何か思惑があるとしたら、それは一体何なのであろうか。
「今考えても仕方ない。とりあえず、こいつらを搬送するぞ」
倒れた撃退士の一人を、レアティーズが軽々と抱える。
重症者を無暗に動かすのはよろしくないのだが、この状況で六人分の救急車を呼ぶのは期待出来ない。自ら担ぎ込んだ方がまだマシだ。
後は、意識を取り戻した彼らから何か有力な情報が得られれば良いのだが……。
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その後、あの子どもらについて調べた撃退士達だが、有力な情報はなかった。
どうやら孤児であるらしく、誰にも保護されないままストリートチルドレンと化していたらしい。
食糧に関しては、コンビニの廃棄物を漁っている姿が目撃されていることから、自力でなんとかしていたのだろう。
もちろん廃棄物を漁ることも一種の犯罪に当たるのだろうが、実害の出るような犯罪行為は確認されていない。
何故彼らが人間に敵意を持ったのか、あるいは天使についていったのか、その動機となりうるものは、孤児になった原因にあるのではないか、という推測が立つだけだった。
とはいえ、孤児になったのは、両親を交通事故で失ったことによる。そして引き取り手が誰もいないまま、家を追い出されてしまったのだとか。
不運なのかもしれないが、それが原因で天使についていこうとなどするのだろうか……?
そして、使徒とされることが明言された彼ら。
ジョンは心中祈らずにいられない。主導権を握っていると思しきあの少年に対して。
妹の手は決して放すな、と。
それから数日後。救助された撃退士達が病室で目を覚ました。幸い、命に別状はないそうだ。
得られた情報は、既に撤退していたサーバントについてだ。三メートルはある大蛇の体に、獅子の顔と前足、一角のツノがあったとのこと。しかし、そのサーバントがどのような攻撃手段を持っているのかは分からないという。
何故なら、戦闘に移ろうとした瞬間、女性の天使が現れ、何をされたのかも分からず、気づけば病院に運ばれていたのだから。
この事件は、どこにゴールがあるのだろう。
あの鬼蛇とでもいうべきサーバントを倒せばいいのか?
双子を取り戻せばいいのか?
天使を倒すべきなのか?
この中に答えがあるのかもしれない。ないのかもしれない。
だがもし、ここにゴールがあるとしたら……。