●初心者講座スタート♪
体育館に到着すると、入口には『すたっふ様 専用でいり口』と殴り書きされた張り紙がされていた。その矢印に沿って裏手の扉を潜ると、ぐるぐる眼鏡の少年が体育座りで待っていた。
「やあやあ、みなさん!」
顔を見るや慌てて立ち上がり、出会った時のような自信満々の表情で一人一人に握手を求めた。その手は緊張で極度に冷たくなっている。十人はそれぞれ、温かく少年の肩を叩いて体育館へと入っていく。
体育館には、すでに性豊かな数十人の中学生がずらりと待ち構えていた。眼鏡少年はその前にスタッフを並べると、満面の笑みで紹介した。
「こちらが僕の自慢の精鋭たちです! さあ、食堂の食券いちまん久遠分は誰が手にするか!? バトミントン大会の開始ですよ!」
中学生たちから自然と拍手が沸き起こるのだった。
まずは、柳津半奈(
ja0535)がネットの低いコートを借りて、初心者を集める。
「簡単に、バトミントンのやり方を説明しますわね」
集まった中学生の中からお調子者の男子を選ぶと、柳津は優しく、集まったみんなに見えるように手取り足取り動き方を指導した。
「ボールを投げるような動きで腕をふって…そう、一緒に足をだす、です」
一通り終わると、向かい側に構えてもらう。
審判の位置にはリュカ・アンティゼリ(
ja6460)が立つ。リュカが笛を吹くと、柳津がサーブを打った。綺麗な放物線を描いて、シャトルはゆっくりと少年に落ちていった。飛んで来たシャトルを少年は狙う。しかし、ガキンと音を立てて、へろへろと蛇行しながら柳津の元へ帰ってきた。
「羽の落ちてくる場所を予想して、回りこむのがコツですよ」
柳津が声をかけ、少年へもう一度サーブをあげる。だが、やっぱりガコンと枠に当たってしまうのだった。リュカが、サーブから始めたらどうかと少年にシャトルを渡す。
「ラケットの面をシャトルに水平に向けるように意識してな」
すると、今度はボッと音を立てながらも、ようやく面に当たって柳津にシャトルが飛んでくる。それを笑顔で打ち返した。少年も励まされて、徐々にパコンパコンと打ち返し始める。
「前方に落ちてくるシャトルを、腕を伸ばし叩き落す感じで…」
段々と、ドライブやドロップを伝授し、スマッシュも打てるようになってくる。
「そう、お上手ですわ」
「お、当たるじゃねェか。うまいうまい」
柳津とリュカが的確に励まし、声をかけることで、少年はめきめきと上達していった。
「上達が早いですわね。少々、驚きました」
打てるようになると少年はお礼を言ってコートを降りた。それを見て、不慣れな子たちが続々とコートにあがってくる。半奈先生とリュカ兄さんのバトミントン講座は盛況となっていく。
そうして慣れた子は練習用コートへ移動していくのだった。
●練習ラリーは和やかに♪
初心者に混じっていた仁良井 叶伊(
ja0618)は、輪の中に入れずにいる大人しい少年を試合コートに誘った。
「一緒にやりませんか?」
少年は戸惑って返事の声も聞こえなかった。その様子を見ると、仁良井はコートに引っ張って率先してサーブをあげた。彼は慌ててシャトルを追い始める。シャトルを追う内に、声が出てくるようになった。懸命にラケットを振れば、動きも滑らかになり声も出てくるものだと、仁良井は考えたのだ。
「その調子です!」
仁良井が言うと、彼は笑顔になっていく。自分から仁良井に声をかけ、サーブを打つようになってきた。
「行きます!」
仁良井は彼の笑顔につられて片手をあげる。
大人しかった少年も、シャトルを追うのに夢中になった。そうなれば、仁良井こそ不器用なところが出始めて、あっちやこっちにとコート外へ打ち飛ばすようになって二人して大笑いしてしまった。
隣のコートでは、ウェマー・ラグネル(
ja6709)が打ち合っていた。
相手はウェマーと同じくがっちりした体格で、もう少年とは呼べないほどの背丈だ。世間話をしながら、ゆったりとしたリズムでシャトルが行き交っている。
「他のスポーツをされていたのですか?」
ウェマーが聞くと、青年は頷く。
「柔道をやってました。でも左肘を怪我しちゃったんです。バトミントンをやろうって声をかけてくれたのは、嬉しいタイミングでしたね」
青年はその体つきから、力強いハイクリアを打っていた。
「それは良い出会いでしたね。始めてみて、どうですか?」
ウェマーも力強く、ハイクリアの大きくゆったりとした軌道で打ち返す。青年はそれを見上げながら、大きく頷いた。
「ええ、気持ちいいですね。なんか幸先良い再スタートが切れたような気がします」
ウェマーはにっこり笑って、それじゃ行くよとペースを上げた。お互い運動センスがいいのか、徐々に初心者の域を脱していく。
どのコートでもラリーが繋がってくると、眼鏡少年がコート体育館の中央で手を挙げた。
「えー、そろそろ賞品をかけた試合を開始しましょうか! ダブルスやら個人戦と、各種試合を組んでいきますので、スタッフのみなさんも協力お願いします、ですよ!」
と、眼鏡少年が言うや、体育館の二階、手摺りのかかる踊り場からトウッと一人の女性が飛び降りる。
ダン!
と体育館に着地音が響くと、それはフレイヤ(
ja0715)だった。その胸には『ばとみんとん四天王』とプリントされたバッジが輝いている。
「よっし、それじゃあ四天王のフレイヤさんと僕で、そこの君からスタートだ! 隣のコートは誰がいいかなー……」
練習はここまでとなり、いよいよ試合が開始される。
●愛と友情のダブルス試合♪
「ちぇすとぉぉぉ!」
フレイヤの奇声があがる。渾身の力が込められたスイングが、見事に唸りを上げて空振りし、シャトルが地面にぽとりと落ちる。ころころとシャトルが転がった。
「のーーー! 眼鏡君、なんで拾ってくれないのよ!?」
「ラケットが怖いからですよ!」
フレイヤの希望で、主催の眼鏡少年と一緒にダブルスを組んでいた。四天王のバッジを眼鏡少年も喜んで胸につけている。
しかし、二人ともレベルは高くない。
「行くよっ! ……あ、ダメだ!」
フレイヤが右往左往すれば、眼鏡少年も前後に揺さぶられる。
「任せました! ……あいてっ」
掛け声も的外れで、任せたつもりが顔面に落ちてきたりする。
フレイヤはあっさり負けると、汗だくになりながら派手にその場に倒れた。
「くくっ、私はバトミントン四天王の中でも最弱。今後も私以外の四天王があなたを狙うわ。やられたくなければ同好会に入会する事ね! ふははは!……げふぅ」
その隙に、眼鏡少年は対戦相手と握手を交わし、名刺と連絡先を渡すことに成功する。無事に同好会へ勧誘ができた。起き上がったフレイヤは眼鏡少年と笑いあい、ハイタッチを交わすのだった。
ダブルスは希望した子は、入れ替わり立ち代わりでコンビを組んでいく。
眼鏡少年は次に、『3−3 しずく』と書かれた体操着を着た雫(
ja1894)とコートに入った。
「しずくさん、足を引っ張らないでくださいよ!」
そんな威勢の良い声で、眼鏡少年は丁寧に雫と握手を交わした。
初心者ばかりだった中学生たちも、見る見るうちに上手くなっている。眼鏡少年と雫はアイコンタクトを交わしながら、襲い掛かるシャトルに喰らいついていく。
「思っていた以上にハードなスポーツです」
相手は体格の良いスポーツ少女たちで、勘も良いようだった。
そこに、眼鏡少年のミスで、シャトルが高くあがってしまった。相手はしめたとばかりにスマッシュを打ち込んだ。しかし、それを読んでいた雫がネット前に詰め、素早くネット前へと打ち落とす。
「背と胸の大きさなんて飾りなんです。貧乳とちびっ子は希少価値があるんです」
胸を張って、眼鏡少年を振り返った。眼鏡少年はアイコンタクトで、やるじゃないですかと雫を褒めるのだった。
●白熱、正義のシングルス♪
体育館の反対側では、霧咲 日陽(
ja6723)が順繰りに中学生の相手をしていた。
「わ、私もびびりですが頑張りますから! 一緒に頑張りましょう」
なかなか試合を申し込めないおどおどした子の手を引っ張っては、優しく声をかけて相手をしていた。
その矢先のことだった。
「ねーねー。あんたも四天王なの?」
おとなしい子を掻き分けて、年上の霧咲にタメ口で話しかけてくる男子が現れる。それでも霧咲は柔和に対応し、試合を受けた。
試合が始まると、相手は何度かバトミントンをしたことがあるようで、コートの中を縦横無尽に使う内容となる。しかし、霧咲が手加減をしているのも気づかずに調子に乗って、
「なんだ。やっぱ四天王も大したことないな。賞品は俺がいただきだね♪」
余裕の表情でスマッシュを打ち込んできた。
その瞬間、霧咲はスマッシュを容赦なく拾い、ネットにかかるかのような絶妙のドロップショットで返球した。
「今、バドミントンを真面目にしている人を馬鹿にしましたね?」
男子は反応すらできていない。
「え、え、え?」
その後、どんなに力を込めてスマッシュを打っても、霧咲は華麗にドロップショットで打ち返す。男子も気づいて必至に追いついても、それも容赦なく霧咲は打ち込むのだった。
「ちょ――と、なに、きび――しいって!」
男子はすっかり息が上がり、足がもつれてコートの中に転んでしまった。ラケットを投げ出して大の字に倒れる。
「ちょっと教育的指導、なのです!」
倒れた少年に向かって、ラケットを差し向ける霧咲。優しかった表情が一変して、メッ! と叱った。
「す、すみませんでしたっ」
「大人気ないことしてごめんなさいです。でも過信して人を馬鹿にするのはいけませんです」
男子はすっかり改心して、霧咲に頭を下げる。
霧咲が対応をしているコートの隣では、フレイヤにバッジを無理やり渡された四天王の一人、ビクトリーダイガー(
ja4592)が試合を行っていた。
「よし! いい球だ!」
ウェマーが最初に打ち合った青年で、今ではすっかり優勝候補だ。
ビクトリーダイガーは、相手が取れる範囲をぎりぎりまでしっかりと見極め、的確な位置へとシャトルを打ち込む。
「その調子だ。できるじゃないか!」
相手が単調に感じ始めたのを見れば、すぐさま際どいコースに放り込む。また、体勢を崩したら優しい場所に打ち上げる。それも、わざとらしくならないように、自分もギリギリのように見せていた。
相手はビクトリーダイガーから一点を奪おうと躍起になる。
「これなら、どうですか!」
高い打点から放たれたスマッシュはお手本のように見事だった。
しかし、残念ながらそれはビクトリーダイガーが打たせたスマッシュだった。すかさず軌道上に入ると、相手の手元へ向かって普通に打ち返す。少年はあっさりと返され、手も出せずにゆるゆると落ちるのを見送ってしまうのだった。
「少年、まだまだ油断があるな。バトミントンは奥が深いのだ」
ビクトリーダイガーが颯爽と決めると、少年は興奮した様子で続きをせがむのだった。
●楽しければ全て良し!
「皆さん、バトミントンは楽しんでいただけましたか?」
眼鏡少年が見渡すと、みんな汗だくになって体育館の隅に座り始めていた。優勝賞品は件の青年の手に渡っていたが、みんなまだ物足りないと言わんばかりの表情をしていた。
そこで、試合を終えた鳴上悠(
ja3452)と、丁嵐 桜(
ja6549)がコートへ呼び出される。
リュカが審判に立ち、変則エキシビジョンマッチが宣言された。点数を取られた方が顔に墨を塗られるという、羽子板方式だ。
二人の試合は、コート奥のラインを狙ったハイクリアから、超高速のドライブショットまで、観る物を魅了する試合展開となった。わずかなミス、シャトル半個分のズレもジャッジするハイレベルな戦いで、少しずつ、少しずつお互いの顔に墨が付けられていく。中学生たちもバトミントンとはこういうものかと感心しきりだ。
そして最後、額しか墨をつける箇所が残っていないところで、鳴上のサーブとなる。
サーブはネットすれすれでコート前方に落ち、丁嵐はすかさずコート奥深くへ打ち返す。鳴上は一足飛びで後方へ下がり、高速ドライブで丁嵐の顔へ打ち返した。丁嵐は華麗にしゃがみながら、ネットに掛かるギリギリのドロップショットで攻め返す。
シャトルはコート右前方へ落ちそうになる。鳴上は最奥から最前方までダッシュし、飛び込みざまにシャトルを拾った。これを契機にヘアピンショットの応酬が続く。右、左、真ん中、かと思えば左、右。ネットを挟んで相手の視線を読みながら、左右へ飛び交う。見ている全員が思わず息を飲み、この均衡がいつ崩れるのかとはらはらして見守った。
と、丁嵐のヘアピンがネットに乗った。わずかな間、動かない。
緊張の糸が張り詰め、何人かが唾をごくりと飲み込んだ。そして、その音によって倒れたかのように、シャトルが鳴上のコートへと傾く。
すかさず鳴上はコート奥へ打ち返す。さすがの丁嵐も追いつかないのではないかと、観ている全員がそう感じた瞬間だった。
アウル全開の丁嵐が、出来うる限りのジャンプで舞い上がる。そして全身のバネを使った渾身のスマッシュを叩き込んだ。
バズン!
と、聞いたことも無い音がして、鳴上の足元へシャトルが突き刺さる。
一拍置いて、観客からはち切れんばかりの拍手が沸き起こった。
「リュカさん、それではお願いします」
鳴上が素直に額を差し出す。
「リュカさん、墨を貸してください♪」
すると、丁嵐は惜しげもなく墨を使って鳴上の顔にペケをつけた。またそれで終わらせず、自分の顔にも大きくバッテンを描くのであった。二人のラケットは、両方ともガットが切れて穴が開いてしまっているのだった。
墨塗りエキシビジョンが会場のテンションを最高潮にし、時間の許す限りみんなで行うこととなった。みんながみんな、顔に墨をつけて、バトミントン大会は最後まで笑いに包まれる。
眼鏡少年が大会を締めくくった後、全員の手を改めて握ってお礼を述べた。
「おかげで、これからもバトミントンをやりたいと言ってくれる人がたくさんいました。全て、みなさんのおかげです」
涙ながらに言う……そして言ってから恥ずかしくなったのか、咳払いを一つする。
「……お、おほん。まぁ、僕の目に狂いは無かったということですね! 大したお礼はできませんが、僕はいつだって皆さんの力になりますからね!」
少年は改めて名刺を渡して手を振った。
体育館を出ると、そこにはバトミントンの興奮覚めやらぬ中学生たちに溢れていた。十人が出てくるのを見つけ、改めて一人一人に感謝の言葉を述べて帰っていく。
その熱い手の温もりを感じ、充実感に溢れた背中を見送れば、スタッフ一同は今日一日の疲れをすっかり忘れてしまうのであった。