●嵐の前の静けさ
春の陽射しが新芽を照らし、初々しく黄緑色に輝かせる。そんな明るい昼間に、八人は件の公園へ到着した。日が落ちるまでに聞き込みを済ませて、公園内をぐるりと回った。
準備は万端だ。
しかし、そんな長閑な風景も夜になれば一変した。森の中は物騒な闇が支配し、風が吹けばざわざわと、不穏な擦れ音が辺り一体を包み込む。
八人は気合の入った表情で公園と対峙した。
「蝙蝠たちの住処だった場所はここで、街灯はこの辺か。明かりが届く範囲での戦闘を心掛けたいところだよな」
「昼間見て回った通りそうしよう。僕たちは真っ直ぐ頂上を目指そうか」
「それが妥当だな」
天羽 流司(
ja0366)と御影 蓮也(
ja0709)が、地図を見ながら相談していた。そこに、獅童 絃也(
ja0694)も混じる。
「頂上に隠された土地はなかったな。俺たちは街灯の無かった道を通って、できるだけ暗がりを回り頂上の城跡に辿りつくようにする」
獅童の言葉に、御影は地図にバツ印を書き込んだ。
傍観していた神崎浩斗(
ja0209)も、重い腰を上げて近づいてくる。
「っと、細かいけど携帯の音もちゃんと切っておかないと。それじゃ絃也さん、よろしくお願いします」
神崎はのらりくらりと挨拶を交わした。しかし、そのポーチには入念に選定した道具が入っているのを獅童は見逃さない。神崎の手を取り、信頼の握手を交わした。
「礼野君。私たちは一旦、北の端まで行くのでどうだろう?」
「成程。襲われた方の半数もその周辺だったようです。異存ありません」
一班と二班の言葉を受け、天風 静流(
ja0373)が礼野 智美(
ja3600)へ相談を持ちかけた。落ち着いた口調で、年上の女性である。提案もスマートで、礼野も落ち着いて受け答えをしていた。
「あはは☆ 楽しみだね!」
「物陰に何かが隠れていたりする可能性もありますので、見逃しがないようにしたいですね〜」
「モチロンだよっ☆」
そして三班のさらに背後に、エステル・ブランタード(
ja4894)とルーミア・M・レギンレイブ(
ja6866)が朗らかに会話をしていた。エステルはランタンやカメラを確認しながら、二人で分担している。年の離れたコンビだが、お互いがまとっている和やかな雰囲気は、姉妹のように違和感がない。柔らかな空気を醸し出していた。
「それじゃ、行きますか」
八人は四班に分かれ、健闘を祈って街灯を背にした。
それぞれの方向へ、八つの影が伸びていく。
●遭遇〜山頂の戦い〜
公園の道はところどころ土がむき出しで、靴の底から柔らかい感触がした。昼間なら気持ちの良い木漏れ陽に濡れることができるが、今は濃い紫色のような闇がちらついていた。
そこに、神崎のペンライトの光が走る。木々の合間を抜けて、生い茂る草むらを掻き分けていく。
「……あの枝、あんなに折れてたかな」
神崎の呟いた声に、獅童が立ち止まる。
「怪しいな。行こう」
足元も確認しながら、頭上に折れた枝を辿っていく。
「このまま行くと、山の休憩所につきそうです」
神崎が地図にライトを当てて、現在地を見失わぬよう進む。
「昼に通った時は屋根とベンチがあるだけだったが……」
獅童が木陰から覗く。
その休憩所を見て、二人は息を潜めた。屋根の下には大きな影と、吸血コウモリ五匹が集まっているのが見えた。大きな影は人のような形をしていたが、とても人の大きさではない。巨大化している吸血コウモリにも関わらず、片方の肩に二匹とまれるほどの大きさだった。
「本来なら虎穴に入らずんばだが、今は君子危うきにか」
そっと、獅童は携帯で撮影をした。
一人と五匹は何か相談しているように見え、二人は息を飲んでその様子を見張った。ほどなくして、大きな影は森の奥へ去っていく。頂上とは反対の方向のようだった。残されたコウモリは、三匹が頂上の方角へ飛んでいき、ちょうど二匹が休憩所の中で留まっている。
「強さ的には手頃か、上手くさばいてくれよ」
「分かりました。あ、頂上へ連絡しておきます」
「頼む。……では、行くぞ」
獅童は眼鏡を外すと、凄い形相で吸血コウモリへ一直線に走り出した。
草むらを踏みつける音で、コウモリたちは一斉に飛び上がる。獅童はすかさずスクロールを広げて光の玉を生み出した。光弾が飛ぶも、コウモリの翼を掠めていく。
「早々あたるものでもないか、ならば」
獅童は鉤爪を構えた。コウモリは光弾に驚き、獅堂に狙いを定めて降りてきた。そこを狙って神崎が一気に飛び出す。ショートソードを抜き放ち振り下ろすと、コウモリは空中で急ブレーキすることもかなわずしたたかに切りつけられた。しかし、コウモリも負けていない。切りつけられてなお、神崎の腕にしっかりと噛み付いてくるのだった。
「大丈夫か」
獅童の鉤爪が唸る。噛み付いて離れた瞬間に一閃。そのまま組み伏せて確実に一体を仕留めるのだった。
もう一体のコウモリが獅童の背後から首元を狙って襲ってきた。獅童は組み伏せた直後の隙で、がぶりと噛み付かれる。素早く体を捻り、もんどりうって振りほどいた。そして、下から上へ鉤爪を振り上げる。
切り上げられたコウモリに向かって、神崎が渾身の力を込めて刃を振った。コウモリは横一線にまっぷたつになるのであった。
「よし、まずは二体」
「頂上に急ぎましょう」
二人は息絶えた二匹を見下ろし、すぐさま頂上の三匹を追って走り始めた。
「よくあるホラーだと、こういった森での襲撃が定番だな」
御影は電話を受けて、森の方を睨んだ。連絡のあった通り、三匹のコウモリが飛んでくる。
「ホラーかどうか。見極めてやろう」
天羽が明るい光の玉を打ち出し、頂上一帯を照らしだした。コウモリたちはその光に驚いてさっと翼をかざした。翼の隙間から、前方に立つ御影に狙いを定め急降下してくる。
後方に構えていた天羽はスクロールを広げて光弾を放った。先頭きった一匹が正面からそれを喰らい失速する。背後の二匹はそのまま御影に突撃し、両腕へと噛み付いてきた。コウモリは血を吸おうとするも、それを見越していた御影が許さない。素早く振りほどく。
「羽根を切られれば飛べないだろ」
御影は打刀を振り下ろした。一匹は翼を斬りつけられる。もう一匹はすぐさま離れて上空へ逃げていった。よろよろと地表付近を飛ぶ一匹へ、間髪入れずに天羽が光弾を撃ち放った。
「その調子だ」
御影はもう一匹を追って走った。再び急降下してきたのを見計らって、レガースで蹴り抜いた。コウモリは城壁まで蹴飛ばされ、叩きつけられると、地面に落ちそのまま動きを止めた。
「所詮雑魚だな」
しかし、最初に失速した一匹がまだいるはずだった。しかし、二体にかまっている間に、距離を置いたようだった。
周囲を飛ぶ羽音を頼りに、二人は警戒して背中合わせになった。視野を補い合う。
「こっちだ」
天羽が影を見つけてすぐに光弾を撃ち放った。距離もあってかコウモリは難なく避けて、からかうように飛行しながら降りてくる。
「任せろ」
くるりと御影に入れ替わると、向かってくるコウモリへ向かって剣を一閃。すれ違いざまに斬りつけた。御影は袖口を牙で切りつけられるも、コウモリを地面に切り伏せた。
どちらからともなくフウと息を吐き出し、武器を納める。周囲に倒れたコウモリを見ていると、神崎と獅童の二人がやってきた。
「良かった。無事に倒したんだな。下で大きな影を見てしまったからな……」
獅童は写真を二人に見せた。
「蝙蝠と言ったら吸血鬼なんだけど。とりあえず撤退のタイミングは間違えないようにな」
御影が神妙に頷くと、エステルから着信が入るのであった――。
●襲来〜広場の戦い〜
公園の北側には巨木が乱立する遊歩道となっていた。
足元を照らす街灯は途切れることなく配置されていたが、頭上を飛ぶコウモリ相手には覚束ない光源だった。
天風と礼野は、暗くて見えないところだけ懐中電灯を使った。大木に穿たれた洞をのぞき、崖に出来ている穴の奥など細かいところまで調べていく。
「ちょっと、あれ!」
と、天風が礼野を呼んだ。
その視線の先は、ゴルフ場に続く雑木林だった。人通りが少なくなっていたのか、雑草が人の背の丈ほどに伸びている。そして、その生い茂る雑草の間に、小規模なゲートができているのが発見できたのだ。
天風は周囲に気を配りながら、携帯で撮影した。暗くて鮮明な画像ではないが、ゲートを確認するのに十分な画像が映っていた。
「これ以上は危険ね……」
悪魔の姿は確認できないが、この距離で鉢合わせたら洒落にならない。二人はすぐさま遊歩道の方向へ向き直る。
「キィ!」
そこに、吸血コウモリが飛び掛ってきた。
「くっ!」
撮影の僅かな隙を突いて、コウモリが背後から接近してきていたのだ。天風はハルバードを構えると、瞬間的に体内のアウルを爆発させて、横に凪いだ。高速の一撃はカウンター気味にコウモリを捉えると、一撃で真っ二つにした。ぶわっと雑草も腰の辺りで刈られて、視界が一気に開ける。すると、四匹ものコウモリが飛んでくるのが見えた。
「ここは一旦、集合場所へ!」
「はい!」
天風が走り出すと、礼野も立ち上がる。苦無を投げて牽制してから、街灯前へと駆け出すのであった。
この、道を走る騒がしい足音がエステルの耳に届いた。
「何かありましたか?」
エステルが顔を出す。
エステルは公園に併設された総合施設の周辺にいた。そこで地面に描かれた魔法陣をカメラに収め、妙な雰囲気を持った赤い玉を拾ったところだった。大きさはちょうどビー玉くらいである。
「エステルさん! ルーミアさん! コウモリが来たわ!」
エステルの間延びした声に、駆け抜けるようにして天風が答えた。エステルはすかさず身を翻し、遊歩道に飛び出す。
「ルーミアさん! 行きましょう!」
エステルが声をかけ、天風と礼野の背を追いかけながら走り出した。
「さぁて、張り切っていこう!」
同じく探索していたルーミアも、すぐさま三人の後を追って走り出す。
しかし、コウモリたちも素早い。遅れたルーミアに狙いを定めて、すぐ背後まで迫っていた。
「ルーミアさん、こっち!」
先に街灯の下に立つ三人が武器を構えてルーミアを呼ぶ。エステルは光の粒を一帯に生み出し、周囲を照らした。街灯とあわせて、より広い範囲を明るく照らす。
走り抜けるルーミアの背後から、コウモリが二匹噛み付いた。左足と右腕に噛み付かれ、走っていた体勢がよろめく。
「ルーミアさん、大丈夫!?」
転ぶルーミアへ、エステルがすかさずライトヒールを送り込む。
「んふふ、いけない子」
ルーミアはコウモリを振り払うと、一瞬黒い光に包まれ、その姿を一変させた。再び現れた姿はすらりとした長身で、長髪になっている。その長い四肢でカットラスを構えると、コウモリが空へ逃げる前に、翼を狙って切りかかる。
「ほぉら、お逃げなさいな」
ルーミアは余裕の笑みを浮かべてカットラスを閃かせた。コウモリは切り付けられ、ルーミアから一旦距離を取った。
「深追いは禁物ですからね。慎重に行きましょう〜」
エステルの声に促され、周りを三人がカバーして陣形を整える。
コウモリは四人の周りを周回していた。まずはそこへ、エステルが先制攻撃を放つ。スクロールを広げて光弾を打つと、コウモリは十分な距離を取っていたためひらりとかわした。
その動きを利用して、エステル目掛けて急降下してくる。首筋を狙って飛んできたのを、エステルは地面に転がって交わした。その一瞬の攻防の間隙を縫って、天風が高速の突きを打ち込んだ。その矛先が見事にコウモリを貫く。
しかし、一匹を倒したところで、次のコウモリが天風に噛み付いてきた。肩に噛みかれて血を吸われるところを、ルーミアが引き剥がそうとした。カットラスを振るうも、コウモリは読んでいたのか、ひらりとかわす。
「いつまでものさばらせはしませんよ」
ただ、そのルーミアの攻撃もフェイントとなり、礼野が石火で一刀両断に切り伏すことに成功する。
陣形を立て直し、四人は周囲に視線をめぐらす。残った二体を探して、エステルが周囲に目を凝らした。しかし、二匹の姿が見えない。
「礼野君! 下だ!」
そこに天風が叫ぶ。礼野の足元を狙って、地面を滑るように二匹が突撃してきていた。
天風がカウンターを狙って立ちはだかり、ハルバードを真っ直ぐ振り下ろす。しかし、滑空するコウモリを直線では捉えられない。コウモリは素早く礼野へ接近して足首へ噛み付き、ダメージを与える。
痛みに耐えながら、礼野は逃がさんと痛打でコウモリの翼を打った。よろよろと地上を這うコウモリ。すかさずルーミアが止めを刺した。
もう一体も、エステルが逃がさない。ロッドでぱこんと打ち落とすと、さっきの空振りを挽回するように、天風がどすんと石突で押し潰した。
「キィ」
コウモリは一鳴きして、そのままぐったりと倒れるのであった。
天風はハルバードの柄を持ち上げ、くるくると回して鞘へしまう。三人も武器を納めるのだった。安堵の溜め息が漏れる。
「これで五匹ですよね。あちらがどうなっているか、聞いてみましょうか」
エステルはさっと携帯を取り出すと、御影へ電話を掛けるのだった――。
●吸血コウモリの討伐、完了☆
――こうして、御影は電話を受けたのだった。
「五匹倒しましたよ〜。そちらはどうですか〜?」
「そうか。こちらも五匹倒したところだ」
エステルが五匹倒したことを報告すると、頂上でも五匹倒したところだったとお互いに報告しあう。上手く班行動を取れたことで、難なく十匹の吸血コウモリを討伐することができたのだ。
「討伐は完了したんだ、この場はいったんこれくらいで帰ろう」
御影の言葉に、エステルも了承して電話を切った。
頂上から四人が降りてくると、お互いの姿が戦闘の様子を物語っていた。
御影の袖口が裂け、神崎や獅童、天風や礼野に噛み付かれた後が残っている。神崎はポーチから簡単な救急セットを取り出すと、袖口を縫い、傷口に絆創膏や包帯を巻くのだった。
八人は無事にコウモリを倒し、怪しい証拠を持って久遠学園へと帰路につく。
「吸血コウモリを従え、ゲートもある。天魔が活発なのは間違いないようだ」
「ああ。大きな影を見たよ。あいつに見つかってたらやばかったな」
「それにこの……ビー玉でしょうか? 調べてもらう価値はありますよね」
「あはは☆ とにかくこれで安心だよね☆」
天風や獅童はカメラに収めた写真を神妙に眺め、エステルも拾った証拠品に神妙に頷くのだった。
一方、それはそれとして、今回の成果を確認して明るいルーミアに、一堂は達成感とともに公園を振り返った。
公園では、ぱたぱたと普通のコウモリたちが空を埋め尽くしている。吸血コウモリがいなくなり、元の住処へ戻っているようだった。