●出発直前
後発組として集まった十人は、すでに顔合わせを済ませ、出発しようとしていた。
斡旋所の依頼受け付けをしていた少女が駆け寄ってくる。
「すみません、これを。申請にあったインカムの貸し出しです。それと、農村の地図です」
千葉 真一(
ja0070)が、少女に顔を向けた。
「敵についてなんだが、少しでも判ることがあれば教えて貰えないか。場所は向こうに有利だからな」
「はい。ですが、依頼書にあった情報が全てで、こちらには何も」
「わかった。ありがとう」
「お気をつけて」
おう、と返事をして真一は歩きながら地図を広げ、拠点にできる場所を確かめた。
「命を犠牲にしてまで得た情報‥‥活かさねば報われぬと言う物でしょう」
真一と少女の会話を聞きながら、アステリア・ヴェルトール(
jb3216)は、決意を新たにしていた。
●現場到着
件の農村跡に近づくにつれて、霧は濃くなっていく。
ナイトビジョンを付けた真一を先頭に、後発組が一列になって、足場の悪い中を行進していた。
一行は、大きな茅葺き屋根の家の前で止まる。
この農村の中で一番大きな建物。
ここを拠点に二班に分かれ、敵をおびき出し、取り囲み叩こうという作戦だった。
しかし、資料でわかっていたが、この霧では味方と敵の区別も付けにくい。
新崎 ふゆみ(
ja8965)の発案で、それぞれを色で認識するため、互いの洋服を記憶した。
「わはー☆ これ、だーりんとのデートの時に着る勝負服なんだよっ★ミ」
スーツや制服の中、ふゆみはド派手なピンクのワンピースだった。
しかも、うさみみカチューシャにペンライトを取り付け、簡易ヘッドライトにしている。
これなら誤射の心配も無いだろう。
しかし、それだけでは不安だ。
雨霧 霖(
jb4415)の、合い言葉を決めるべき、という意見に反論はなかった。
「じゃあ、山って言ったら川でいい? まぁ、霧で周りが見えないのは仕方がないさ、対策をしっかりやって頑張ろう!」
霧で見えないのは正直怖いけど‥‥皆の前で怖がるわけには‥‥と思っていた彼女だったが、彼女の持ち前の演技力だろうか、誰も気づいていないようだ。ほっと息をつく。
それから、全員はそれぞれ持ち場に向かった。
●待ち伏せ班
「くうっ‥‥まわり、真っ白で何にも見えないんだよっ。こんなの怖いよっ(´;ω;`)」
いるなら早く来てよ、とふゆみは泣きそうになりながら呟く。
しかし、弱気な心を追い出すように首を振った。
「きっと、敵は体温で見つけてるんだよっ、オイルライターでイッパツ★なんだよっ。さあ来いっ、天魔☆ミ」
拠点の近くで、乾いている石の上に薪をくみ、新聞紙を置く。そこへ火をつけた。
そして、さらに見つけやすくするため雷打蹴を構えたが、火があれば平気だろう、と思いとどまった。
パチパチと弾ける焚き火は全部で三つ。
その周囲には、待ち伏せ班である六人が、思い思いの形で周囲を警戒していた。
その一人、日下部 司(
jb5638)は火種にした新聞紙の残りを尻に敷きながら座り、ここに来るまでに記憶した地形を思い出していた。
「ここは建物が多いから、複数敵には有利かもしれない」
そして、息を抜いた。
必要以上に肩に力が入っているのは、初めての依頼だからだろうか。
「いつもの通りやれば大丈夫。仲間の足を引っ張らないように、俺の出来ることを粉骨砕身でやるだけだ」
彼の真向かいに現れたのは、近くの池からバケツに水をくんで持ってきたパルプンティ(
jb2761)だった。
紫色の瞳に司が映る。
頭上に生えた二本の角が、ピンと立った。
その場から離れ、数歩進んだところでパルプンティは何かにつまずいた。
しばらく地面を見つめた後、気を取り直して立ち上がる。
置いてあった安物のラジオを取ると、それを最大音量で流して木の葉に隠した。
誰もいない焚き火を見つけて、傍にあった石段の上に座り、改めて辺りを見渡す。
真っ白だ。何も見えない。
「‥‥アレですね、超アウェイ状態。って言うか霧全体が悪意と死の気配で満ちてる様で恐ろしいのです」
ビクビク震えながら、首をすくめる。
「もうこんなところでやられたら人界で言うところの、死して屍拾うもの無し、とか、落ちてる饅頭拾うもの無し、とかって扱いになっちゃうワケですか? 人界には毒饅頭を落とすと、ニンジャが拾い食いするゲームすら有るそうですからやっぱり落ちてる饅頭は危険なんですね」
とりとめのない独り言を漏らしていた彼女だったが、はて、と小首をかしげる。
「ん、何故か饅頭のこと考えていましたが、お陰で少し緊張が抜けたですねー。後は勝って霧のデスゾーンから堂々帰るだけです。いっちょ頑張りましょう!」
なぜかやる気を出したパルプンティから少し離れた距離に、孤立して立っていたのは、イアン・J・アルビス(
ja0084)。範囲攻撃を予想して、メンバーから距離を取っていたのだ。
獲物が食いつくのを待つように、あえて気配を漏らし、自らを囮にしていた。
「視認できないわけではないと思いますが‥‥どうなのでしょうか‥‥見えなかったらどうしましょうか‥‥」
その時は、攻撃から予想するしかないでしょうが、と鼻から息を抜く。
「不意打ちに耐えるだけならば‥‥」
イアンは周囲の空気を半透明な銀色に変えて、その身に纏った。
拠点が見えないくらい離れたところに、また一つ焚き火が見える。
「いやあ、清清しいくらい前が見えないね!」
ナイトビジョンとスナイプゴーグルを交互に付け替え、スナイプゴーグルを選んだ森田良助(
ja9460)は、大きな建物の陰で焚き火をたき、待ち伏せをしていた。
事前に聞いていた話しだと、この場所は拠点のある場所に次いで、隠れる場所も多い。
狙撃にはぴったりだ。
その時、白く蠢くものが見えた。
すかさず、火を消して、物陰に隠れる。
それは、報告にあったアスブログラミだった。
手の甲を緋色に輝かせた良介は、その光を宿したマーキング弾を撃ち込み、知られぬまま後退した。
インカムを叩いて、応答を願う。
「こちら、森田。アスブログラミ一体発見。進路は西向き。拠点へと向かっています。拠点より1キロメートルほどの距離。およそ3分くらいで着くと思うよ」
●誘き出し及び追撃班
「此方はお任せしますの。鬼姫は少しお散歩して参りますの」
紅 鬼姫(
ja0444)はそう言って、拠点の設営を残ったメンバーに任せ、姿を霧の中に隠した。
平原の中程にあった櫓を見つけ上り、焚き火を確認しながら、目を凝らしていた。
だが、敵を見つけられない。
それどころか、何も見えない。
「本当に真っ白ですの…この濃霧の中では中々見つからないはずですの」
はふ、と弱音を吐く。
その時、霧の中に大きな影が見えた。
それは、ゆっくりと近づいてくる。
気づいた鬼姫は、気配を霧に紛れさせた。
その影がターゲットのアスブログラミだと確認できるほどまで近づいた鬼姫は、ふいに姿を現すと、青い稲妻を走らせた蹴りをその胴体に先制する。
くるりと一回転して、敵が起き上がるのを待つことなく、櫓まで引き返した。
アスブログラミは、何もなかったかのようにすくっと立ち上がっている。
「もう一度ですの」
雷を纏わせた脚部を蹴り上げ、土のぬかるみに大きな穴を作りながら突進する。
攻撃と防御の要であるというマントを剥がそうと試みたが、掴もうとすると、それは意思を持ったかのように、なびいて避けるのだ。
鬼姫は仕方なく、もう一度離脱する。
「これを拠点まで…骨が折れそうですの」
追いかけてきたアスブログラミを背後に置きながら、鬼姫は小さく歯がみをした。
「出てきたか」
まるで小高い塔のように屹立するアスブログラミを見つけた時、真一はナイトビジョンを外して、コキコキと首をならした。
「変身っ! 天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
――CHARGE UP!
赤いマフラーをなびかせて手を掲げると、その体にまばゆい光を纏い、収束し、赤いアーマーに変化していく。
そこには愛のためならば自己犠牲もいとわない、真っ赤な正義のヒーローが立っていた。
「ここで逃がす訳にはいかないぜ。ゴウライ、反転キィィック! 」
すかさず空中へ宙返り、急滑降の豪快な蹴りを決めた。
ズドン、という音が響く。
偽翼を展開させ、それを空中から見ていたアステリアは、射程範囲ぎりぎりから弓を引き絞り打つ。
その矢は、わずかに外れて、木立に突き刺さった。
木立の中に隠れていた霖の、身に纏った青く淡い光が煌めく。
その光から出てきたのは、幼体のヒリュウ。
霖は、方位磁針と地図で場所を確認した後、ヒリュウと一緒に、さきほど大きな音がした方へ突き進む。
大きな影があった。
「山」
霖は、赤いフィルムを貼ったフラッシュライトを振りながら、合い言葉を求めるが、返事が無い。
攻撃対象だ、と判断した。
「ヒリュウ、トリックスター!」
飛び回り攪乱するヒリュウを囮にして、剣で一撃を加える。
「雨霧さん、千葉さん、拠点へ行きましょう」
上から聞こえてきたのはアステリアの声だ。
二人は頷いた。
●集結
追撃班からの連絡が相次いで届いた待ち伏せ班は、その情報をインカムで共有し、それぞれが迎え撃つ構えを取った。
影と音に注意を払っていた司は、真北の方向に何かの気配を感じる。
目を凝らしながら叫んだ。
「北の方向、何かいないか?」
「何か来ますー?」
パルプンティの疑問符に返答があるだけの間は無く、その白い影は姿を現した。
アスブログラミだ。
真っ白なマントを鋭利に尖らせたかと思えば、それを地面に叩きつける。
その攻撃をなんとか避けることができた待ち伏せ班のメンバーは、体勢を立て直して、一斉攻撃の姿勢を取った。
「ゴウライ、パァァンチ!」
のめり込むように倒れたアスブログラミの背後には、 真一が立っている。
「今だみんな!」
銃口で睨めつけたのはイアンだった。
「さて、よそ見するのは禁止ですよ」
相手に見せつけるように、ズラトロクH49をスライドさせて撃鉄を起こすと、片手で構えて引き金を引く。
銃弾は倒れて動かない、その一体に何発もめり込んだ。
「攻撃は、得意とは言い難いですからね」
彼はそう言って、射程ギリギリまで下がり、援護射撃を続けた。
取り囲んで一斉放射という作戦が功を奏したのか、アスブログラミは早急に沈黙する。
拠点に一度戻るだけの時間も無く、相次いでやってきたのは、もう一体のアスブログラミだった。
引き連れてきた鬼姫は、待ち伏せ班の存在を視認すると、ふっと霧の中に隠れてしまう。
滑空したアステリアはそのアスブログラミを見つけると、蛍光ペイントボールを投げたが、それはすり抜けて廃屋の壁にぶつかった。
「透過されてしまいましたか、仕方ありません」
壁の近くにいたパルプンティは、持ち上げていたバケツを下ろす。その中の泥水もすり抜けてしまうものだと思いとどまったのだ。代わりに光り輝く剣を手に取った。
アステリアは、まだ一体目を倒して間もない待ち伏せ班の上空で旋回する。
「みなさん、敵が来ます。警戒してください」
その後、地上に降り立つと、弓を双剣に変えて待ち伏せ班に合流した。
アステリアが到着してすぐ、霧の中に現れた真っ白な巨像は近づき止まると、その体をぐにゃりと曲げる。
アスブログラミのマントが、幾何学的に変化したのだ。
鋭利な刃物が広範囲を切り刻む。
その間隙を攻めたのは、ふゆみだった。
全身から立ち上るアウルを留め、滾らせた視線で、アスブログラミの白を見つける。
「真っ白は敵だねっ☆」
蒼く輝く細糸が彼女の手の中から飛んだ。
すでに、誰かに攻撃を加えられた、その跡を見つけたふゆみはそこに向かって攻撃を加える。
糸を雁字搦めに巻き付いて動きを封じた。
「ふふーんっ☆ ふゆみのワイヤー‥‥きれるってゆーんなら、やってみなよぉ★ミ」
ギリリギリリ、軋む音が響き渡るが、糸がほつれる音は聞こえない。
それを機に、八人の集中砲火が始まった。
みなさん離脱してください、という注意の後にアステリアが放ったファイヤーワークスが、その巨体に直撃。
アスブログラミは、直立のまま静止したのだった。
チカチカ、と何かが霧の中で光る。
全員、そちらを注視して構えた。
「川、川! 味方! 僕は味方です!」
慌てて両手を挙げているのは、良介だった。
「もうすぐここに、ターゲットがやってきます」
それを伝えると、良介は建物の屋根に上がっていく。
その時、何かが飛んできた。
いち早く気づいた司は、カオスシールドを展開させて、その攻撃を受けた。
三体目のアスブログラミだ。
鬼姫は、四方から影手裏剣を投擲した。
アスブログラミは、その攪乱に惑わされて、攻撃の座標が定まらないようだ。
「どちらをご覧になってますの? 鬼姫を見つけてくれませんの?」
姿を現した鬼姫は、
「そのお足は必要ありませんので頂きますの」
と、太刀で下半身を刈った。
それを屋根で見ていた良介は、絶好のチャンスだと、ゴーグル越しに倒れたターゲットに狙いを定めて宣言する。
「狙撃行きます!」
銃口から飛んでいった弾丸は、流星のような光を帯びてアスブログラミの頭部と思わしき部分に命中した。
立ち上がろうとするアスブログラミを釘付けにしておこうと、弾幕のように、多方向から攻撃が飛んだ。
「私が、攪乱させるからその隙にとどめを刺してくれ!」
ヒリュウをけしかけた霖の言葉を合図に、飛び出していった真一は、
「ケリを着ける。行くぞ!」
と叫び、空中へ跳躍した。
――IGNITION!
「ゴウライ、反転ドリルキィィィィック!!」
それは、アスブログラミの硬質化させたマントを突き破り、反対側に抜けた。
真一が着地して、しばらくすると、アスブログラミは甲高い鳴き声を上げながら地に伏したのだった。
●霧は晴れていく。
立ちこめていた霧が晴れてきた。
怪我をした人の応急処置に走る良介や、光纏を解いていく人が散見する最中。
ジジジ‥‥こちら、応援部隊。後発組、応答お願いします。
後発組の応援に駆けつけた、という応援部隊の音声を受信した。
「こちら、後発組。アスブログラミは三体とも倒した」
ヒリュウを腕の中に抱えながら、霖はその声に答える。
「三体とも? 本当ですか? まさか‥‥。あのアスブログラミをこんな短時間で。凄すぎます!」
その言葉を聞いた瞬間、後発組、全員の頬が緩んだ。
「遺体を回収しようと思うんだが、誰か手伝ってくれないか」
真一の遺体回収の一人に名乗りを上げた司は、
「俺達がもっと早く来ていれば、助けられた命かもしれない。もっと強くならなくちゃいけないんだ」
と、そう呟く。
一人でも多く、助けられるように。
ぬかるみの中を歩く司は、以前よりも精悍な顔立ちになっていた。