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マスター:文ノ字律丸
シナリオ形態:ショート
難易度:普通
参加人数:8人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/05/14


みんなの思い出



オープニング

●――この山の頂上には、化け物が住んでいるという。
 上空をトンビが飛んでいる。
 初めは優雅に滑空していたが、カラスのテリトリーに入ってしまったのだろうか、甲高い喚き声が聞こえてくると、その巨体を旋回させて去っていった。
 トンビも、狡猾なカラスには敵わないのだろう。
 頭をもたげて、見るともなしにそんな光景を目に取り込んでいた俺は、小山の中腹で立ち止まっていた。
 なにも、迷子になったわけではない。山、と呼べるのかわからない、少しばかり丘陵に迷子をさせるような魔力があるかもわからなかった。
 ここは、ただの森だ。
 しかも、町から少ししか離れていない、人の匂いのついた森だ。
 迷子になんてなるはずがない。
「‥‥さて」
 行こう、と足を踏み込むのだが、その一歩で打ち止め。そこから次につながらない。
 行かなければならないのに、足が進まないのだ。
 震える腿を平手打ちにして叱咤するのだが、前に進もうとしない。
 まるで本能で、それ以上進んだら死ぬ、ということを予感しているかのように。
 額からあふれ出てきたのは、冷や汗だ。その塩分で、からからの口腔がさらに水を欲し始めた。喉が乾いて、痛みさえ催している。
 それでも、俺は前に進むしかなかった。
 猟銃を手にしながら、一歩ずつ歩んでいく。
 この山に、人が入らなくなったのはいつからなのかわからない。きっと、昔は人の足で踏み固められたり、あるいはコンクリートで舗装されたりした道が存在していたのかもしれないが、今は獣が通った後程度の道しか存在していなかった。
 青い匂いが鼻を突き、虫の羽音がうるさい。
 なぜ、そんなことまでして、山を登っているのかと言えば、この山の頂上に草原があるからだ。
 その草原に、俺の息子を殺した奴がいる。
 俺は、息子を殺した奴を、殺しにここまで来たのだ。
 その日、俺の息子はこの山を登っていた。
 登って、
 登って、
 登りつめて、
 そして結局、帰ってこなかった。
 俺にはわかっていた。
 この山頂に住む何者かが、息子を殺したのだということを。
 町では、この山の頂上に住む化け物のことを天魔だの、剣士の霊、悪霊と呼んで恐れているが、俺からしてみればただの人殺しだ。俺の息子を殺した、ただの人殺しだ。
 やっとのこと、開けた場所が見えていた。
 今まで背の高い草が方々に生えていたのに、そこはまるで草刈り機でもかけたかのように、草の頭が膝程度にしか伸びていなかった。
 だから、俺は、そいつをすぐに見つけられた。
 目も鼻も朽ちているのか、顔が見つからない。茶色く、むしろ黒く濁った包帯が体中に巻かれていて、所々が赤いのは返り血を浴びたせいなのかもしれない。片手に磨かれたばかりの真鍮のような輝きを放つ日本刀が握られていた。
 その姿は、まさに悪魔。
 あの噂は本当だったのだ。
 そいつの足下には、空に手を伸ばすような状態で白骨が埋まっていたのだ。その腕にはめられていたのは、俺の息子の時計だった。
 恐怖よりも、怒りの方が勝った。
「うおおおおおおおおお」
 走った。
 止めどなく流れでる涙は、頬を伝い、風に消えていく。
 その化け物は、頭部のような場所に残っていた、裂けた口をにやっとさせた。
 死体臭を嗅ぎつけたのだろうか、騒がしくなったカラスの鳴き声が瞬間、耳にこびり付いて、ついぞ離れてくれはしなかった。
 
●依頼斡旋所
「その山には野良のディアボロが出るらしいのです。確認はとれていませんが、現地での聞き込み調査をしたところによると、数年前から山に登った人間が行方不明になるという事件が連発しているようなのです」
 人差し指をくいっと立てたその女性は、注意を仰いだ後、続ける。
「とある目撃情報によると、そのディアボロは、山頂にある草原から一歩も出ないそうなのです。ただし、その草原に入ったが最後、出てくることはかなわない」
 まるで、都市伝説のようだ、と答えると、女性はうなづく。
「初めはそういう見識だったようですよ。でも、相次いで遭難者が出ると、どうもそうじゃないらしい、という意見が占め、ついに撃退士に出動願いが出たのです」
 そのディアボロの特徴とか情報はないのか、と訊くと、女性は渋い顔をした。
「なにせ、目撃情報が少ないですし。でも、刀を持っているということで、いくつかに絞られることは絞られるんです。現在、もっとも有力視されているのが、クシフォスデルマという上級ディアボロですね」


リプレイ本文

●山頂に辿り着く
 真昼だというのに深い暗闇に閉ざされた、閑かなる山だった。声を出すことさえ制限されるように、しんと静まりかえっている。
 その異質な空気は山頂に近づくごとに強まるようだった。
 鬱蒼とした木々の群れの中を歩き、パッと開けた場所が目に入ってきた時、木陰に集結した八人は、そこに異形のものがいることに気づく。
 黒ずんだ包帯でその身を巻き、草原の真ん中にただ立ち尽くしているだけの木偶の坊。
「ミイラ男なんてまたケッタイナ奴が相手やのぉ。まっ、とりあえず……ワイはワイのやりたいことをするかのぉ」
 古島忠人(ja0071)の黒く澄んだ瞳は、木陰からそれを見つける。気合いを入れるためにか、頭に巻いたバンダナを、少し頭が痛くなるくらいにきゅっと結び直していた。
「間違いないですね。あの刀。しかし、当たらなければどうという事はない、と言うけどもし当たってしまったら‥‥どうなるかな?」
 グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)は木陰に隠れると、右の青と左の茶、色の異なる瞳でそれを注視して、眉根を寄せる。
「クシフォスデルマか」
 力の衰えではなくむしろ強くなる力の影響であるという、白みを帯びた髪を風に流した戸次隆道(ja0550)は、およそ驚きもせずその異形を見つめていた。
「うっとうしいなぁ‥‥そんなとこで、誰を待ってるっていうのさ‥‥。まあ、どうでもいいや‥‥天魔はころすころすころすッ!!」
 すでに猛り始めていたのは、さっきまで大人しそうな雰囲気を醸していた少女、エルレーン・バルハザード(ja0889)。ブラウンカラーのショートカットヘア。その毛先が、交戦中の猫のように逆立っていた。
「さぁてと、ここまで来たのだし討伐のお土産持って帰らなきゃくたびれ損さぁねぇっと」
 中華服に身を包んでいた九十九(ja1149)は、伸びをしながら口元に小さな余裕を見せた。けれども、その漆黒のまなざしは何一つ緩んでなどいなかった。むしろ鋭く尖っている。
「二つ名通りエスコートはお任せあれ‥‥、まあ、ただしエスコート先はあの世へだけどな」
 烏田仁(ja4104)はスッと息をつくと、赤目の眼光を光らせる。落ち着こうとしたのか、パイポに手を伸ばした。
 だが、今はそんな余裕がないと思い直したのだろう、伸ばした手をだらりと下げる。
「山の頂上にディアボロなぁ。聞けば上位種のようだが、何故そんな所におるのやら。――で、ヴィエナは何故、こんな依頼を受けたんだ?」
 インレ(jb3056)の瞳の黒は、単色の黒ではなく、様々な色が合わさって出来ているようだった。長年の蓄積。長い間生きて培ってきた智識。
 その目を後方に立っていた少女に移した。
「何故‥‥。それは話に出てきた“化け物”の事を確かめる為に‥‥。インレ様こそ‥‥何故‥‥?」
 Viena・S・Tola(jb2720)、ヴィエナはその薄く透き通るような肌を照らすかすかな陽だまりに立っていた。ブロンドの髪の毛をそよがせ、なんの計略もない純粋な無表情でインレを見つめ返す。
「わしはこれ以上尊きモノが失われる事が我慢ならんかっただけだよ。どんな理由にせよ、もうこれ以上、奴の好きにはさせやしない」
 インレの決意は、森の中に吸い込まれて消えた。

●戦闘開始
 風が背の低い草を撫でて通り過ぎ、包帯を体中に巻き付けた異形、クシフォスデルマは枯れ柳のようにゆらりと揺れながら足を踏み出した。
 抜き身の刀は艶めかしく光っている。宝石のように美しい。こびりついている脂は、人斬り道具の証だった。
「決めるなら短期決戦や。出し惜しみなくいくで」
「まぁ、負ける気はないです。やる以上は勝つ‥‥当然ですね」
 草間を刈るように二つの影が飛び出した。
 その一人、忠人はまっすぐに駆ける。
 対して、隆道は木立を利用しながら回り込む機動。
「貫け、電気石の矢よ。我が眼前に盲して立つ死人を払え!」
 散開する仲間を援護するように、射程ぎりぎりまで近づいた、グラルスのトルマリン・アローの放電が空気を切り裂く。
 雷鳴の触手が襲いかかるが、そのミイラ男は、気怠そうにステップを踏んで避けた。
 その態度には、グラルスも呆れて苦笑いを浮かべてしまう。
「いくら回避能力が高いからと言って、ずっと回避し続ける事は難しいはず。隙さえ付ければ、勝機はあるだろうね」
「このッ! ぷりてぃーかわいいえるれーんちゃんがあいてだあっ、来いッ!」
 忠人を追い越して前に出たのはエルレーン。誰よりも接敵しているというのに、仁王立ちで腕を組むという不敵な態度だった。
 彼女の放つ光に吸い寄せられるようにクシフォスデルマは、ゆっくりと足を踏み出し、素早く切り込んだ。
 だが、その攻撃は空を切る。
「ふふん…あったらないんだよおぉ、そんな攻撃ッ!」
 スクールジャケットが裂かれていたものの、エルレーン自体は無傷。
 囮組が敵前に揃い踏みしたのを機に、クシフォスデルマの背面へと回り込んだ九十九は、薄かがりの雲から差し込む光の中、身長ほどもある洋弓を構えて振り絞り、
「蒼天の下、天帝の威を示せ! 数多の雷神を統べし九天応元雷声普化天尊」
 放つ。
 矢が当たる直前、耳心地の悪い叫声が響く。それはクシフォスデルマの気合い、なのかもしれない。
 クシフォスデルマは刀を担ぎ、放たれた矢の鏃にぶつけることで方向を違え、簡単に受け流してしまった。
「やはり普通に狙っただけじゃダメだねぇ。一斉にいくしかないかなぁ」
「わたくしも‥‥側面につけたのだと思います‥‥」
 自分のことなのに、まるで他人事。抑揚のない声で呟いたヴィエナは、袖口より札を取り出した。
 なびいたその札。現れたのは無数の鉄の玉だった。
 重力を無視して空中に浮き、ヴィエナの周囲を回遊魚のように飛び回ると、一斉にクシフォスデルマを目掛けて襲いかかった。
 鉄玉は、その異形の足下を穿ち、土煙を上げる。
 薄い煙が晴れると、クシフォスデルマの姿が浮かび上がった。
 なんと、全て受け流したようだった。
「ほう。単体攻撃は当たらない、か?」
 呟いたインレは纏う光の質を変え草原に進入し、クシフォスデルマに一直線、向かっていく。
 それに追随しているのは、仁だった。
「囲むしかないな。あんたできるか」
「やれんことはないな」
「そうか」
 両手に大鎌を構えた仁は、インレに先行し、異形の首を刈りにいく。
 案の定、避けられてしまったが、時間稼ぎにはなった。
 インレが背面に回り込んだのを確認した仁は、側面に移動して構え直す。
「点で当たらないなら線、線で当たらないなら面であろう?」
 数本の鋼糸を振るったインレは、擬似的な面攻撃をフェイントを掛けながら、その回避行動の先に先回りして差し出す。
 クシフォスデルマは、その攻撃を避けられないものと予期したのか、刀を盾にしてダメージを最小限に防いだ。
 その間に、迂回をして背面に回り込んだ隆道が、クシフォスデルマに気づかれぬ位置に付く。
 前面に忠人、エルレーン、グラルス。
 側面に仁、反対側側面についたのはヴィエナ。
 背面に、隆道、九十九、回り込みに成功したインレ。
 少し時間はかかってしまったが、四方を囲む陣形が完成した。
 すると、クシフォスデルマの口が『やっとか‥‥』とでも言うように、にたりと不整合に曲がる。
「‥‥今までの行動パターンと違うんとちゃうか? なんか来るぜ」
 忠人の言葉を受けて、全員その動向に注視した。
 やがて、クシフォスデルマが抜き身の刀を下段に構えた。
 殺気の塊を前にしながら、焦りも見せないインレは構え直しながら呟く。
「ほう、ようやく本気を出すのかのう。だが、わしは少し眠いくらいだ」
「インレ様‥‥。流石に‥‥戦闘中に呆けの症状はご勘弁くださいね‥‥?」
「そうは言うが、ヴィエナ。今日は良い天気だぞ」
 見上げたインレの前髪を、強めの風が過ぎ去る。風向きが変わった。ざわざわと森が鳴いている。
 クシフォスデルマが持つ刀の波紋が、打ち崩された波のように荒々しく照り。
 ギン、と。
 鋼が鋼を穿つ衝撃波が辺りに響いた。
 その時、風に乗った斬撃が飛ぶ。
 全面で戦っていた三人は逃げ場を失い、幾千飛び交うその矢面にさらされた。
「だぁッ、範囲攻撃は、空蝉じゃかわしきれないってのッ!」
 エルレーンは憤りを露わにした。
 クシフォスデルマは攻撃を仕掛けた直後、自重を支えきれないとでも言うように、前のめりにつんのめっている。
 先ほどの攻撃によって生じる隙も大きいということだろう。
「今、一斉攻撃に転じる機会ってやつだねぇ。でも、けが人が優先か。ここは任せるよぉ」
 九十九は、隆道に視線を送る。
「ふ‥‥ようやくですか。待ちかねた!」
 火花が散る。それは猛火の赤色になり、隆道を包み込んだ。
 彼は、血よりも濃い深紅の中で、髪も目も染め上げていく。
 グラルスの放った雷撃、トルマリンアローに気を取られている間隙に、隆道は間合いを詰めて、クシフォスデルマの胴体やや上方を蹴り抜いた。
 連携の取れた一撃だったが、クシフォスデルマは、その回避能力に物を言わせて紙一重で避ける。
 しかし‥‥。
 避けられる、ということは隆道の予想の範疇。
「ここだ!」
 振り切ろうとしていた足を引き戻す。かかと落とし。脚に一撃を与えることに成功した。
 鈍くなったクシフォスデルマのわずかな動きを見逃さなかった仁は、大鎌の柄で刀を受け流し、そのまま斬り込む。
 間一髪の際で避けた敵の首に、鎌を捨て構えたアサルトライフルのストライクショット。
 クシフォスデルマは吹っ飛び、低空で受け身を取って着地する。
 その攻撃につなげるように、正面に出たヴィエナは、鉄心護符が呼び出す弾丸をその身に浴びせかける。
 回避の隙を与えないように。
 四方から波状攻撃をしかける一同。
 クシフォスデルマは、光に吸い寄せられるように、エルレーンに突撃をした。
「当たらないよッ!」
 凶刃が切り裂くのは、スクールジャケットだけ。
 二度も攻撃を完全に見切られ、クシフォスデルマも苛立っているようだ。
 撃退士達は、この好機を逃すわけにはいかないと、攻撃の手を強める。
 広範囲に渡る斬撃の風が、また吹き荒れる。トウランミダレバ。それに捕らえられた撃退士は多かった。攻撃に集中するあまり、密接しあっていたところを狙われたのだ。
 クシフォスデルマは、立て直そうとする撃退士達の隙を突くように、また刀を構えた。
「ぬはははっ、ワイのことを忘れて貰っちゃ困るのぉ! 」
 技を放とうとするクシフォスデルマの背面から、飛ぶ斬撃を放ったのは忠人だった。
 その間に、他のメンバーも立ち上がる。
 クシフォスデルマは、四方からの攪乱に、見えない目を泳がせていた。
 またとない好機。
「ここが勝負どころだ、一気に行くよ。黒玉の渦よ、すべてを呑み込め!」
 グラルスの風魔法を先発として、隆道のフェイントを入れた上段蹴りや、多方向からの遠距離攻撃。
 クシフォスデルマは360度から仕掛けられる全ての攻撃をいなすことがかなわず、直撃を数回受けている。
 矢継ぎ早に押し寄せる攻撃の連携が途絶えた瞬間、クシフォスデルマは突きの構えを取った。
 間髪入れず放たれた直刃の剣技は、目の前にいたインレを突き刺す。
 だが、インレはその攻撃を読み、刃が当たる直前、特殊な呼吸法で筋肉を締めた。皮一枚でその攻撃を受け止めたのだ。
「──捕まえたぞ」
 クシフォスデルマは刀が一体化しているその体の形状ゆえ、刀を止められてしまうと逃げ出すことができない。
 袋のネズミの背を持ち上げるように投げ飛ばしたインレ。
「はううーっ!萌えはせいぎいぃ!」
 投げ飛ばされ倒れているクシフォスデルマに、追撃をしたのはエルレーンだった。彼女の、迸る情熱を具現化したような雷撃が襲いかかる。
 痺れ、立ち上がることも困難そうなその異形の体。
「しねっ、しねっ、うすぎたない天魔しんぢゃえよッ!」
 と、まるで徹夜明けのように血走った眼で、彼女は包帯の隙間から見える腐りかけた箇所へ斬りつけた。
 最後の一撃は、忠人が放った遁術、火蛇。
 炎という即効性の毒が、クシフォスデルマの全身に回ったのは、本当に一瞬だった。
 断末魔の叫び声は、ほの暗い井戸の底から響いてくるように、意外にも低い。
 彼を包んでいた包帯は燃え尽きて、灰になり、風に揺れ、塵と化す。

●そして‥‥
「一人では倒せない相手だった」
「同感です」
 隆道と、グラルスは、下山口へ通じる道へ差し掛かっていた。
 その分かれ道。
 先行していた隆道は振り返り、グラルスに目を向ける。
「私はこのまま学園へ戻ろうと思う」
「僕は、一度町に寄ってから」
 では、と二人は別れた。

 供養もしてやりてーけどそっちは学園とかに任せるかの。
 そんなことを思いながら、忠人は草原に散らばる骸から遺品と思われるものを集めていた。
「安心しとけ。お前さんらのことはちゃーんと連れて帰ってやるからの」
 誰に語りかけるでもなく呟く。
 仁も遺品を拾い集めていた。
「ちゃんとあるべきところに帰せればいいんだがな」
 二人はもう一度、何もない草原を見渡した。
「あの、け、怪我してる? 私、みんなの応急処置をしているの」
 救急箱を持ったエルレーンが、少し人見知り気味に歩み寄ってくる。さきほどの強気な印象とは異なり、幼げだ。きっとこちらが本当の彼女なのだろう。
 二人は顔を見合わせ、どちらからともなくエルレーンに近寄っていった。 

「なぜ‥‥あの“化け物”はあんなところにいたのでしょう‥‥?」
 さっきより幾分か明るみを帯びてきた森の中に、ヴィエナは立ち尽くしていた。
 傍らには、インレがいる。
 クシフォスデルマに殺された被害者の骸を葬った土の上に、それらしい石を乗せていたのだ。
「わしにもわからんよ。ただ、あいつは強さを求めていたのかもしれない」
「強さ‥‥とは‥‥?」
「自らをより強くなるための強さか、あるいは自らを滅してくれる強さか」
 ただのディアボロがそんな思考を勝ち得ているわけがない。奴は本能でここを選んだ。
 ただそれだけのことだ、とインレは鼻で息を抜いた。
「時に、ヴィエナ。おぬしはこの戦いで何を知った?」
「何を‥‥? さあ‥‥。でも‥‥インレ様‥‥強さの果てには何があるのでしょう‥‥?」
「さあのう」

 九十九は山の入り口にある、切り株に腰掛けていた。
 ポケットから笛子を取り出し、もの悲しいメロディーを吹き鳴らした。
 もうこの世界にはいない誰かに届くように。
 ただ、その葬送曲を。

 草原の中。
 草の根に埋もれて、包帯の端切れが落ちていた。
 紫を帯びた小さな炎が、その包帯だけに灯る。
 飛び火しようと思えばできただろう。
 だが、ただそれだけを燃やしているのだ。
 それは、やがて灰になる。
 炎は役目を終えたとばかりに、柔風に吹き消されたのだった。

 


依頼結果