●番組直前
控え室の脇にある控え室の大部屋には、依頼を受けて『久遠の自慢野郎』に出演する予定のメンバーが揃っている。
コンコン。撮影スタッフが、その部屋の中に入った。
「――最後に何かご質問はございますか?」
「幼女と沢山の猫が出る、という宣伝は流したんじゃろうな? そうか、出したなら良いんじゃ」
八塚小萩(
ja0676)は、青い園児服を着ている。少し前まで着ていたその服をわざわざ引っ張り出してきてくれたらしい。
それからスタッフは、革帯暴食(
ja7850)を探して見つけた。
彼女は、控え室に用意されていたお菓子を犬食いしていた。手をベルトで拘束しているせいで、手がうまく動かせないのだろう。
「あの‥‥大食いと言うことでしたが、文房具なども購入してしまったのですが」
彼は、こちらのミスだろうと思っていたのだが、暴食はクッキーが入れてあった缶まで、ボリボリと食べ始めたのだ。事情を察し、口を閉ざした。
「あら‥‥この番組は今回、失敗したら打ち切りなんですか? お困りですのね。私でお役に立てることなら、そうね、水着のアシスタントなんていりませんか? それから他の出演者さんの助手もできますよ」
大胆なドレスを着こなし歩み寄ってきたのは、江見兎和子(
jb0123)だ。
扇情的な上目遣い。ふっくり下唇が割れるたびにその男性スタッフは、喉を鳴らす。
兎和子は、その様子を楽しそうに見つめて、微笑んだ。
「私自身は、たいした技ではありませんけれど、ご覧になる皆様に楽しんでいただきたいわ。こちらこそ、よろしくお願いしますね」
席に戻っていく兎和子に、はっとしたスタッフは部屋を見渡して、仁王立ちで胸を張っているネピカ(
jb0614)に気づいた。
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
ネピカは何もしゃべらない。
ただ、
(「久遠の自慢野郎」‥‥あぁ、あの微妙な番組じゃな。ついにネタ切れかや。 よしよし、私が極上のネタを提供してやるぞよ。DONと任せい!!)
ふんぞり返ったその態度は、どこかそう語っているようだった。
「‥‥ん。カレーを。予算。いっぱい。大盛りで。沢山。所望する」
「はい。ご用意しています」
最上憐(
jb1522)はまるで人形のように、こくりと頷いていた。無表情だが満足げ。
スタッフにおずおずと寄ってきたのは、鈴木一成(
jb2580)だ。
「あの、スミマセン」
「あ、はい、聞いています。裏方希望の方ですね」
「それでその、思うのですが、演出についても少し提案して良いでしょうか。たとえば、実況やガヤなんかを取り入れたり。制作側も」
「そうですね。今からならまだ間に合うと思います。後で私に付いてきてもらえませんか」
「スミマセン」
スタッフは一成の意見を聞きながら、ふと鏡の前で自分を見つめている男、マクセル・オールウェル(
jb2672)に気づいた。上半身裸。筋肉祭り。
‥‥そっとしておこう。
「スタッフさん。今日はよろしくお願いします」
やってきた安原水鳥(
jb5489)は、デコレーションしたエレキギターのストラップを肩に提げ、笑顔を振りまいていた。
「スタッフさんも、視聴者さんも、みんなでHappyになるのです♪」
そんな笑窪を向けられたら、スタッフも頑張らないとは言えない。
「はい。皆さん、今日は私どもも全力でサポートしますので、よろしくお願いします」
●久遠の自慢野郎、放送開始。
タイトルコールの後、流れたのは、毛糸玉の群れのように見える、愛くるしい沢山の子猫だった。
「かわいい〜っ☆ えっとね、ハギにゃんね。猫さんにモテモテなの!」
どんな子猫とも仲良くなれるという触れ込みの幼女、小萩がそこに混ざっていた。
だが、子猫はミャーミャーと鳴くだけで彼女に近寄ろうともしない。
「うー、しょうがないなぁ。ちょっとだけだよぉ〜」
彼女が今回、披露する演目には「私、脱ぐとすごいんです」という意味深なタイトルがつけられている。
その理由はすぐにわかった。
小萩は、園児服を脱ぎ放ち薄着一枚、つまりシャツとオムツ姿になってしまったのだ。
すると、さっきまで見向きもしなかった子猫が小萩にすり寄っていく。
「あはは! くすぐったいにゃ♪」
幼女と戯れる子猫、というより、子猫に弄ばれる幼女の絵。
ロリコン趣味?
ただ、女の子が子猫と遊んでいるだけですよ?
続いて画面に映し出されたのは、セクシーなドレスを着たお姉さん、兎和子だった。
剣舞を披露するようで、その相手役になる男達を、その美技によってのしてしまった。
意味ありげに掻き分ける黒髪。
チラリチラリ見える太もも。
腰の辺りまで開いた背中。
ゆっくりしっとりとした動きで、御御足を槍の柄に絡ませる。
その動き一つ一つが、男を籠絡させる魔力を持っていた。
「ふふ、お気に召したかしら‥‥。挑んでくださるなら、いつでもお受けしましょう。貴方の力強さで、私を好きになさっていいのよ…?」
悩ましげな視線をカメラに向けていた。
レンズ越しに男共の愚息をあざ笑っているような、悪魔の媚笑だ。
カメラはまた違う方向を向いていた。
サーチライトが照らし出したのは、真っ白な歯、健康的な褐色の肌、蒸気を上げる筋肉、筋肉祭り、その名はマクセル。
「我輩の自慢はこの筋肉に決まっているのである。さあ、見よ、この筋肉。そして、我が力! ふん!」
彼は、二十枚もの瓦を木っ端微塵にしたあげく、指をチッチッチと振る。
「冷めた目で見るのではないのである。これは単なる準備運動である。本番はこれからであるので安心されよ。――まずは、バーベルを‥‥」
片手に持った100キロ超えのバーベルを、くるくる回し始める。それはまるでバトントワリングのよう。
優雅で、しなやかで、そしてキラリ輝く笑顔!
「無論。偽物ではないのである」
スタッフに手渡されたバーベルは受け取ることができずに落下。ガコンめしっ。軽くめり込んだ。
「まだまだこんなものではないのである! このセットを持ち上げて見せよう。軽い軽い。さぁ、スタッフよ、乗るが良い。準備は良いな、いざ! ふむ、楽勝であるな。ふんぬぅーっ! さて、他に何かやって見せるものはないであるか? トラックや装甲車に戦車、ダンプカーであろうとドンと来いなのである! ‥‥それとも、新幹線アタックを見せた方が良いのであろうか?」
マクセルは真顔。その筋肉の躍動は本物だった。疑う余地もない。
そこに現れたのが、出稽古に来ていた相撲部のメンツ。
彼らを乗せてセットを動かせるだろうか、という実況は、マクセルの闘志に火をつけてしまう。
「くっ、さすがに、ここまでか‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥と、いうと思ったであるか? 行くぞ、本気中の本気!」
筋肉が肥大化し、血管が浮き上がった。気合いと共に計5トンはあろうかというセットが持ち上がったのだ。
「ふむ、今日はここまでとして置くか。む、そうである。我こそはと言う筋肉の持ち主がおれば、この辺に出てくる連絡先に連絡するが良いのである。正々堂々とこの番組で勝負するのである!」
コマーシャルを挟み、『久遠の大食い自慢』という新コーナーが始まった。
スモークが晴れていく中に立っていたのは、暴食と、憐だ。
「さぁ、喰わせろッ! 何でもいい、どうでもいいッ! とりあえず喰わせろッ! 話しゃあそれからだッ! 肉だろうが野菜だろうが果物だろうが魚だろうが菓子だろうが飯だろうがパンだろうが、鉄だろうがプラスチックだろうがアルミだろうがスチールだろうが紙だろうがビニールだろうがガラスだろうが木だろうがぁッ!? 何だろうがどれだろうが全く以て構わねぇッ! 一切合財有象無象、森羅万象八百万ッ! 全てを全てブッ喰い潰してやんよぉッ! ケラケラケラ!」
騒ぎ出した暴食の前に用意されたのは、食べ物とは言い難い無機物の数々。
その山に、暴食は頭を突っ込んだ。
ミキサーに入れてはいけない物を入れた音が響く。
「喰うが故に愛し、愛するが故に喰うッ! 喰いモン全てが愛おしいッ! この腹に収めるならば、その全てを心ん底から腹ん底から愛し尽くそうッ!」
無機物の山を攻略した暴食はそれを載せていたテーブル、自分の座っていたイスを喰らい始める。
もはや、食欲という名の破壊衝動だ。
その横で、憐がカレーが入っている寸胴鍋に手をつけていた。
中身を見た彼女は表情こそ変えないが、口から涎を垂らしそうになっていた。ジュルリ。
「‥‥ん。大丈夫。この程度なら。問題。無く。飲める。試しに。飲もうか? この。カレーを。今から。全部。一気に。飲む」
冥府の風が憐の体を包み、まるで何かの奥義を出そうかという雰囲気の中、持ち上げた寸胴鍋を傾けてまるで浴びるように中身を飲み干してしまった。
「‥‥ん。結構な。喉越し。五臓六腑に。染み渡った。カレーは。飲み物。飲む物。飲料」
その言葉をアピールするように親指を立てた憐は、不意にその姿をカメラの前から消してしまう。
カメラが彼女の姿を見つけたのは、収録を観覧していたディレクターにそのレンズを向けた時だった。
「‥‥ん。報酬。頂戴。帰りに。カレーを。飲んでから。帰るので。ダメ。なら。ロケ弁は。出る? おかわり。自由? 食べ放題?」
根負けしたディレクターは、収録途中だが、彼女に茶封筒を渡す。
「‥‥ん。また。カレーを。用意して。くれるなら。呼んでね。今度は。もっと。大盛りで。カレー。うどんでも。パンでも。コロッケでも。鍋でも。カレーなら。何でも。可」
ちょうどロケ弁を運んできたスタッフに詰め寄った憐は、ちゃっかり一つもらっていた。
「‥‥ん。後。ロケ弁。今度は。もっと。大盛りで。数も。沢山。用意してね? 一応。祈っている。番組が。継続する事を。継続すれば。また。タダで。飲めそうなので」
じゃ。
憐は次の瞬間には、画面の端にすら映っていなかった。
――満点モグ。超名人モグ。
その声にカメラは戻る。
そこにはアーケードモグラ叩きゲーム『神土竜バスター』と、それに頭突きをかます少女、ネピカがいた。
「‥‥‥‥‥‥」
どうやら彼女は、頭突きだけで完全制覇をするらしい。もうすでに最高の8レベルをクリアしていた。
赤くなった額をこすり、ネピカはカメラにスケッチブックを見せる。そこには文字が書かれていた。
(正直ここまでは進める自信はあったのじゃ。 だが、このモグラ叩きゲームには、さらに上位レベルの隠しステージ「神土竜モード」が存在するのじゃ。 出てくる人形がモグラからドラゴンに変わり難易度はチートじゃ。 実を言えば、私はこれを突破したことがないのじゃよ)
パラリ。ネピカはページをめくる。
(ただ出来る事を自慢するのではなく更なる上に挑戦する。エンターテイメントじゃろ?)
甲高い怪獣の鳴き声と共に、神土竜モードに突入した。
「‥‥‥‥‥‥」
その前人未踏の戦いに、果敢に挑戦するネピカだったがミスを連発し、さすがに苦しそうだ。
カメラは、彼女が落としたスケッチブックが、偶然めくれたのを見つけた。
(……昔の私ならこのまま押しきられとるが、今の私ならっ!! うぉおおおっ!!!)
その言葉の通り、筐体の上に飛び乗って、逆立ちをしたネピカは頭突きを加速させる。
ドドドドドドッ。
対抗するように、ドラゴン人形が目にも留まらぬスピードで動き出した。俗に言うラッシュ。
ネピカは月面宙返りをする。まるで宙を泳ぐ人魚。
ドドドドドドドドドドドッ。
ディスプレイに、ドラゴンが傷ついて倒れているのが見える。
ネピカは勝利したのだ。
尺が余ってしまったのか、もともとドッキリでやらせるつもりだったのか、カメラが映し出したのは一成だった。
彼は何が起こったのか理解し、呆然とした後、ぶつぶつ何か呟き始める。
それは次第に大きくなった。
「‥‥お聞きしますが面白いことをやれと言われて、面白いことをやらなければならない人間の立場を考えたことがありますか? 今からこの人がめっちゃ面白いことをしますよ、なんてとんでもない前振りされて、ハードルが上がりきった状態じゃ、例え面白いことをやったとしても失笑しか取れませんよ! 他人を失笑という名の断頭台に送るなんて人道に反する罪ですよ! だいたい一口に面白といっても様々な要素がありジャンルが多岐にわたってるもんでしょうが! 全年齢老若男女オールジャンル相手に笑いを取れるようなチート級のネタがあるなら今頃お笑い芸人やって稼いで豪遊してんだよチクショオオオォッ!!」
一成の突然の激ギレに怯えるようにカメラは、天井にそのレンズを向けていた。
舞台は、円形のコロシアムの中心。
アンプなどの音楽機器が並んだステージに移る。
きっと、スタジオの中にあるもう一つのセットに違いない。
そこには、バンドメンバーに囲まれて、デコギターのネックを支えている水鳥が立っていた。
「さあ、みんなでHappyになるのです♪」
弦をかき鳴らしたと同時、光を纏った水鳥は、
「ハッピー! いっしょにみんなをHappyにするのです♪」
召喚獣であるヒリュウのハッピーを召喚した。
ドラムのリズムと、ベースの重低音に合わせて、ギターはメロディを刻む。
水鳥は歌いながら、部隊を縦横無尽に走り回り、ジャンプをしたり、まるでハッピーと飛び回っているかのようだった。
それは、見ている人を幸せにする演奏であり、歌。
楽しさが伝わってくる。
この番組にぴったりのEDソングだったのだった。
●番組反省会
それから一週間、番組へのアンケートが届いた。
市川と仁井田はそれに目を通していた。
「ハギにゃん、かわいい。ハギにゃん、マジ天使」
柑橘系の匂いが嫌いな猫と、素肌にマタタビを塗ったという簡単なトリックだったが、そんなこと可愛い幼女がするはずがないという心理が働いたのだろう。
それは小萩自身が計算していたとおりだった。
「文房具おいしそうでした」
「カレー飲もうと思います」
たしかに彼女たちは、おいしそうに食べて(?)いた。
「ふん、俺の筋肉の方が上だ。マクセル待っていろ」
また筋肉か、と市川は苦笑気味だ。
「鈴木さんの意見を聞いて私も、自分を見つめ直すことにしました」
これの便りが結構多いことには、二人も驚いていた。
「嘘だろ。あれをクリアできる人物がいようとは」
まさかの開発者からの便りだ。
「僕はあの日以来、貴女の太もものことばかり考えています」
プロポーズが五通ほど送られてきている。
「あの歌は最高です」「幸せを感じました」
一番反響が多かったのはEDソングだった。
そして、おもしろかったというアンケート結果が、おもしろくなかったというものより圧倒的に多かったのだ。
「やりましたね、市川さん」
「ああ、これで打ち切りを免れる」
久遠の自慢野郎は、打ち切りを免れた。