●館前
踏みしめる度に緑が匂い立つ。草木を掻き分けたところに、目印の焚き火があった。そこには負傷したいちごを介抱するリーダーと洋子がいる。
「いちごさんのお加減はいかがですの?」
育ちの良さが窺えるような艶やかな金髪と、純真でむくな茶色の瞳、朱利崎・A・聖華(
jb5058)は倒れているいちごを心配するように顔をくぐもらせながら、焚き火の前にいたリーダーに訊いた。
「ああ、大丈夫だ。だろ?」
「……はい。皆さんにはご迷惑を」
「そんなことありませんわ」
心からいたわるように聖華はいちごの傍にしゃがみ、その肩に手を置いた。
「それで、中の様子はどうなっているんですか?」
意志の強そうな黒い瞳と、清潔な長さに保たれた黒髪、日下部 司(
jb5638)は洋子に近づいた。
彼女は、司に気付いてこくりと頷き口を開いた。
「ええ。そうね。一階にいるのは3体のこうもり、これはもともとエントランス奥の部屋にいたんだけど、あたしがおびき出しちゃったから、もしかしたらエントランスに出てきてるかもしれない」
「屋根の上にいたという布きれに擬態したディアボロは?」
その質問にはリーダーが頭をもたげる。
「あれを見たのは私たちだ。外から見ただけではわからないところにいる」
それから司は、リーダー達に館の内部構造を聞いて、聖華とともに館が見える木陰に潜んでいる六人のもとへと戻った。
木陰に居た六人は、司と聖華が持ち帰った情報を共有すると、視線を交わして、それから館の入り口まで走った。入り口まで来ると、突入前の機動隊のように壁に張り付いてタイミングを計る。
「やはり中は暗いな」
司はフラッシュライトを点けた。
「屋根の上にも敵が居たという事は、既に私達も監視されているかも知れませんね」
聖華が、周囲を警戒するように目を動かしながら呟く。
このパーティー最年少である小等部五年生の楊 礼信(
jb3855)が、確認するように口にする。
「……ともかく館に取り残されている麓太の救出が最優先ですね。僕も最善を尽くさせてもらいます」
それから間もなく、8人は館の中に飛び込んだのだった。
●エントランス
薄暗い部屋の中、情報通りエントランス奥の扉は開いていて、そこから3体の巨大なコウモリ、ブラッドサッカーが飛び出してきた。
「まずは救出班が先だ。俺があいつらを引きつける」
飛び出してきたブラッドサッカーに駆け出して行ったのは、ディザイア・シーカー(
jb5989)だ。首に提げた懐中時計を揺らしながら、黒一色の影は薄暗い闇の中に溶ける。
彼は、光纏しつつ、大局的な状況を踏まえて阻霊符を発動。
白銀色のドッグタグが全身に纏った光に反応して変化し、アサルトライフルになると、敵に狙いを付ける。
だが……、
「ここじゃ狙い辛いな。もう少し近づくか」
狙いを付けられるまで近づいたディザイアは足場の悪さを克服するために、閃滅を発動。全身が淡い緑色に発光した。雷を両脚に、風の如くさらに疾走。
黒い翼をはためかせ跳ぶと、ブラッドサッカー一体の鼻頭を狙い撃った。
が、それは避けられた。
「チョロチョロすんなよ、落とし難いだろー?」
ディザイアはすぐさま、次の攻撃を準備する。属性攻撃、冥魔に効果の発揮する一撃だ。
その頃、突撃していったディザイアの背後では救助班の3人は地下への階段を目指して活動を始めていた。
地上班も各自で連携を図りながら行動を始めている。
地上班の一人、扉を開いた時点で、聖華は星の輝きを発動。
「情報では聞いていましたけど、やはり薄暗いですわね」
「それに埃っぽいです」
頭のライトと、手に持った懐中電灯を点灯させていたのは、照明係を買って出た東條 美咲(
ja5909)。滑らかにわずかな光源を反射する緑の長髪を払い、余裕たっぷりにニヤリと笑う。光纏をすると細身の杖、ケーンを現して手に持った。
「でも、奥の部屋よりこっちの方が明るいみたいだし、好都合って事かもしれないですね」
三体のうち一体が、ディザイアから離れて、地下の階段を目指して進んでいる救助班の方向へ飛んでいる。
「そちらには行かせませんわ」
それを最初に見つけた聖華は、指に装着した聖なるリングから生み出した五つの弾を飛ばして、その出鼻をくじいた。
ブラッドサッカーは攻撃目標を変えたらしく、聖華達の元へ飛んでくる。
その隙に救助班は階段へと到達に成功したのだった。
●地下救出班
地下の階段へなんとか滑り込んだ救助班はいつまでも続く、長い階段を下りていた。進むごとに闇が深くなる気配だ。伴って、獣のようなうなり声も大きくなってきた。
「しかし、これはどこまで続くんでしょうか」
礼信は黒い瞳をしっかりと前に向けて、司の背中を追って歩いていたが、いつまでも続く同じ景色に少し緊張の糸が解れてしまったのか私語が口をつく。
「だんだんと闇が深くなってきた。もう少しだと思う」
司は先頭を歩きながら、近づいてくる獣の声と闇の深さを考慮しながら分析を口にする。
「こんなところを一人で行ったのか、麓太ってやつは」
二メートルに近いその大柄な体型のSHOW(
jb1856)は、ぶっきらぼうに呟いた。
頭の中では、その麓太という要救助者について度胸はすごいと思ったが、それだからこそ自分の力を過信してしまったのだろうな、とも思っていた。
「(明日は我が身……ってな。反面教師としましょうかね)」
そして、3人の前に扉が見えてきた。内側に向けて開け放たれていた扉の奥にあった異質の暗闇からは、獣のうなり声が聞こえている。
「暗闇の度合いが違いますね。やっぱり何かのスキル」
「気を引き締めて行こう」
「ああ、了解だ」
3人は互いの位置を確認しながら扉の中に入った。
そこは灯りなど意味を持たない、真の暗闇だった。
礼信は、スキルである星の輝きを身に纏わせる。たしかに見える範囲は広がったかも知れないが、それですら一メートル先がやっとだ。
SHOWは持参したスティックライトを入り口付近に二つ置いた。
司はそこで大声を上げる。
「麓太君、いるか? 返事はしなくていい! 我々は後発パーティー、君を助けに来た。今そちらに行くから、できる限り身動きは取らずに隠れていてくれ!」
返事はない。生存は確認出来ないが、もし下手に動いて気付かれてしまったら、それこそ救出が不可能になってしまうだろう。
それにこの声掛けには、ハウンドドッグの注意をこちらに向けるという意味もある。
狙い通りこちらにやって来たハウンドドッグの気配に、これでいい、と心の中で頷いた司は透き通るような蒼いオーラを身に纏った。
「よし、行こう、みんな」
SHOWも、礼信もその司の合図に暗闇の中に入る。
「麓太、姿勢を低くしてろよ!」
SHOWはオートマチックのマシンピストルを構えてセレクターを指で弾くとフルオートモードに変える。安全装置を外して、それを撃ち鳴らした。狼のうなり声が悲鳴にかわり、闇の中にこだまする。
「来いよワンコロ共!テメエらの獲物はここに居るぜ!」
「生命探知開始します」
礼信は目を閉じて、スキルによって闇の中の気配を探った。ヘルハウンドの群れから離れて存在する生命反応にあたりをつける。もしそんな存在がいれば、麓太である可能性が高い。
ヘルハウンドの群れから孤立して存在する生命反応は……見つけた。
「皆さん、ここから右斜め前方に要救助者らしき生命反応があります」
「よし、俺が先行しよう」
礼信の指示通りに、暗闇の中を司が走り出した。
「了解した。俺の撃つ弾の射線に注意してくれ」
不意打ちを仕掛けてきたハウンドドッグを銃身でぶん殴って蹴散らしたSHOWもその気配に続く。3メートルごとにライトを設置しながら、ハウンドドッグが近づいてこないように弾幕を張りながらの追従だった。
礼信もその二人の後を追いかけた。
3人が辿り着いたのは防空壕のようなくぼみだった。星の輝きによって灯りになっている礼信がその中に下りる。
「あなたが麓太さんですか?」
壕の中に居た少年は、礼信の登場に安堵の表情で気を緩ませながらも、切実にコクコクと頷いていた。
「今、足を治療しますから、動かないで下さいね」
礼信はライトヒールを、麓太の足に当て回復を図っている。
傷口が痛むのか、麓太は顔を歪ませながらも、弱々しげに声を絞っていた。それは謝罪の言葉だった。涙声だったのかもしれないが、彼にも男の意地というものがあったのだろう気付かれまいとしていた。
「……俺、みんなに迷惑かけてばかりで」
「謝罪や感謝は後だよ。今はここを切り抜けることだけを考えて」
壕の外でハウンドドッグの足止めをしている司の声だった。その声は厳しいながらも、生きていてくれたことに安心したのだろう、穏やかな口調だった。
「はい」
それを嗅ぎ取ってか、麓太はまたコクリと頷くと黙った。
壕の外で足止めをしている司と、SHOWは暗闇の中から襲いかかってくるハウンドドッグの、その圧倒的な数に辟易していたところだった。叩いても叩いても敵の気配は以前消えず、いくら弱い敵だと言ってもさすがに堪える。
「くそ、こいつら……うじゃうじゃ湧いて来やがる」
SHOWはそうは言いながらも、声が高い。暗闇に昂揚しているのだろう。いつもは冷静な彼も、このスリルに気持ちが抑えられないのかもしれない。
「ここを通すわけにはいかないんだっ」
司はフラッシュライトを払い落として低く構えると、目にもとまらぬ早さで剣を振りかざし、同時に襲いかかってきた3つの気配を斬り払った。
やがて礼信の声がくぼみの中から聞こえてくる。
「回復、終わりました!」
「よし、それじゃあ退却だ。俺が道を切り開く。みんな少し下がっていてくれ」
そう言って、司は入り口方向であろう元来た道を向いて、そこにため込んだエネルギーを一気にぶっ放した。封砲。直線上の敵を全て蹴散らす光の衝撃波だった。暗闇に消え、途端に幾重もの悲鳴が聞こえる。
「一気に駆け抜けるぞ」
合図を送った司は先頭に立って走り出し、壕から出てきた礼信と麓太がその後を追う。
しんがりを努めたのはSHOWだ。振り返り振り返り弾幕を張りながら、襲いかかってくるハウンドドッグを近寄らせないようにしていた。
やがて、全員が扉に辿り着くと、それを見計らって礼信が巨大なアウルの塊を放った。コメットと呼ばれるその技は、地下の密室で強大な威力を誇り、それでもまだかすかにハウンドドッグの声が聞こえる。
「重圧で動けないはずなんだけどな……」
「俺が少しここで様子を見ていく」
「任せました」
最後まで残っていたSHOWは、先に行った3人が中腹まで階段を上ったであろうことを確認すると、銃を下ろして自分も階段を上ったのであった。
●エントランス攻防戦(VSブラッドサッカー)
救出班が作戦を決行していた頃、地上組はブラッドサッカーとの攻防戦が続けられていた。
入り口に固まっていたのは、四人。そこへ一体のブラッドサッカーが飛んでくる。
「一体でこちらへ来るとは都合が良い」
冷静で穏やかな雰囲気を保つ、天風 静流(
ja0373)は行き交う人々が振り返って見とれてしまうほどの黒髪に端整な顔立ち。暗闇よりも黒い光を身に纏った後、オーラが霧散し青白く光る粒子に変えると、その中から大弓フェルノウトを出現させ、その弦を引き絞り放った。
一撃目は足止めに過ぎず、二撃目に転じた時、彼女の全身から禍々しい邪気が放たれ始めたのだ。
鬼心。それは見る者を戦慄させる恐怖の技であった。濃密な殺気を宿した矢がブラッドサッカーの腹に一撃を加える。
その刺すような一撃に怯んだのかブラッドサッカーの動きが止まった。と見るや、固まっていた3人はそれぞれ、その一体のブラッドサッカーを囲むように展開する。
その一人、美咲は右翼に展開しケーンを構える。
「一対四じゃ勝ち目がないでしょ?」
魔法の杖から放たれた一撃は、ブラッドサッカーの翼をかすめて飛んでいった。
左翼に転じたのは、聖華。星の輝きが持続しているおかげで彼女を中心に半径二十メートルを明るく照らしていた。ナイトリーを警戒し扉などから離れながら展開して、もう一度聖なるリングによる攻撃をお見舞いする。
ブラッドサッカーの足下をくぐり抜けて、背面に回り込んだのは、暗闇にもほうっと灯ったような白の着物を着ている織宮 歌乃(
jb5789)。着物をなびかせて、髪の毛は暗闇すらも染めるような赤。淑やかな立ち姿で、その雰囲気は、どこか人間離れしているようだった。
そんな彼女が目を閉じて思うのは、暗き場所に取り残された者の恐怖。
「……だからこそ、闇を祓う朱き破魔の剣として、参ります」
見開くと、鴛鴦翔扇という大ぶりの扇を手にし、そして闇を切り裂くように扇ぐ。
「赤き椿花にて、掻き消えなさい。闇にて血を啜る天魔」
舞い散る花びらにも似た斬気の塊が、空気を切り裂きコウモリにまで到達した。
コウモリのものだろう、闇に痛々しい叫声が放たれたのだった。
痛々しく鳴いていたブラッドサッカーだったが、攻撃に転じたらしくためらうように空中を旋回した後、当初の目標通り静流に急降下で攻撃を加えてきた。
「急降下の攻撃は予想通りだ」
ブラッドサッカーの急襲に備えていた静流は、その攻撃を辛うじて避けきり、鬼心による攻撃をカウンター気味に決める。
「そろそろですか?」
美咲の言葉に歌乃と聖華も頷き返し、ほぼ同時に3方向からの同時攻撃を仕掛けた。
ブラッドサッカーは逃げ場を失い、その攻撃をまともに食らうと、空中で目を白くさせて地面に落下するのだった。
「やりましたわ」
「まだ一体ですけどね」
「それでも紛う事なき確実な一体です」
「じゃあ、もう二体も軽く行くぞ」
四人は勝利の余韻にひたることなく、すぐにその場を移動した。
二体のブラッドサッカーを引きつけていたディザイアは、ヒットアンドアウェイの攻撃を繰り返すそれらに苦戦していた。
「チッ、だいぶ体力を持っていかれたか」
ブラッドサッカーの吸血スキルによって、ディザイアの体力が減っているというのに、二体はまだピンピンしている。これ以上の長期戦闘は不利だと思った。
遠くで、一体のブラッドサッカーが倒された様子がある。
「よし、この時を待っていた!」
アサルトライフルを構え直し、閃滅の気を纏うと銃口を引く。
飛び出した弾丸は、ブラッドサッカー一体の翼を裂き、地面に落とす。
「あんま時間をかけたくないんだ、ここで潰れてろ」
駆けつけたのは歌乃。地面に墜ちたコウモリにとどめの一撃を繰り出す。
「大丈夫でしたか?」
「ああ、平気だ」
「二体もお任せして申し訳ございませんでした」
「こんなのかすり傷だ。気にすんな」
残り一体となったブラッドサッカーは、五人が集結する様子を見てまずいと思ったのか、奥の部屋へと引き返そうとしている。
「させんよ」
鬼心を発動させていた静流は、ブラッドサッカーの背に向けて矢を放つ。
それは見事に命中し、がくっと低空飛行になったそれを、五人の一斉攻撃によって沈めたのだった。
そして、再び静かになるエントランス。
●エントランス攻防戦後
「どうやらもう敵はいないようですわね」
聖華は張っていた気を一旦払って、それから四人が集まっているエントランス中央に行く。
そこで、五人はこれからのことを話し合っていた。
「ブラッドサッカーは倒したわけだが、次はナイトリーだな」
ディザイアは歌乃の治療膏によって回復しながら、その話題を出した。
ナイトリーという言葉に反応した歌乃は治療しながら、一枚の紙を取り出す。
「そのことですが、ナイトリーが良そうな場所を地図にしてもらいました」
「二階もしくは屋根の上か。有力な線では屋根の上かな」
静流は、その地図を見ながら唸る。
「先発メンバーがナイトリーに出会ったのも屋根の上だったですよね……」
美咲は事前情報を思い出して言葉にした。
その美咲の言葉を聞いて、聖華はハッと声を上げる。
「もしかして、ナイトリーは瞬発的な機動力はあっても、持続性のある機動力がない。あるいは何かの事情で屋根の上から動けないってことはないですの?」
うーんと唸ったのは、静流だった。
言葉にしたのはディザイア。
「たしかに、先発メンバーのリーダーが館から逃げた時も追ってこなかった。それも十分に考えられるが」
「どちらにしろ、可能性の域に外ならないということか」
静流もディザイアと同じ意見のようだ。
「そういうことだな。どちらにしろ二階の、ナイトリーが良そうな場所の捜索をしなくては。そういうことでいいか?」
ディザイアと静流の意見で全員の意思が統一された。
では、いつ出発するかという段になって、ディザイアが言葉を発する。
「俺は救出班と合流した方が良いと思う」
「たしかに、この傷はもう少し回復してからがよろしいかと思いますが、倒すならば早めに動くべきでしょう。戦局を常に変化するものですから」
「まだ地下に行った班が帰ってきてないから、数人がこの場に残った方が良いと思いますが」
歌乃の意見に、美咲が付け加えた。
「ならば、先発として二階を捜索する班と、地下の救出班を待ち合流してから二階に来る後発班に分かれるのはいかがでしょうか?」
聖華が全員の意見を折衝して新しい意見を出した。
全員がその意見でまとまり。
先発捜索隊として立候補したのは、静流、聖華、歌乃の3人。
救出班を待って合流してからの後発捜索隊として、美咲、ディザイアが残ることになった。
「それでは、救出班のことは任せたぞ。戻ってきたら連絡を頼む」
「そちらも、気をつけてくださいね」
静流と美咲の二人が挨拶を交わし、先発組は二階へ上がる階段へと行ってしまった。
残ったディザイアと美咲は照明を焚きながら、周囲を警戒し救出班の帰りを待った。
●合流
そして、数分後、地下へ繋がる階段から足音が聞こえてきた。
美咲がディザイアにそれを知らせる。
「帰ってきたみたいですよ」
「ああ、だな。とにかく無事なら何でも良いが」
どうやら救出組が戻ってきたようである。
戦闘で出てきた司は、ブラッドサッカーを警戒してか慎重な足運びだったが、戦闘状態にない様子のディザイアと美咲を見つけて警戒を解いたようだった。
後ろを振り返って、階段を上ってくる班員に声を掛けると、エントランスに残留していた二人に近づいてきた。
「どうやら、ブラッドサッカーとの戦いは終了したみたいですね」
「ああ。なんとかな。そっちはどうだ。救助は成功したのか?」
「はい」
階段から出てきたのは、要救助者である麓太と彼を護衛している礼信だった。その後からSHOWも出てくる。
全員がエントランスの中央に集結した。
「ハウンドドッグの奴ら、階段を上れないのか、光を嫌うのかあの地下室から出てこれないみたいだ。一匹も付いて来ない」
しんがりを務めていたSHOWが言う。
「今回の任務ではハウンドドッグは討伐対象にないから、放っておいても構わないと思います。まあ、その情報はこの後に来るパーティーのために持ち帰るとして」
司は、麓太を見た。
「大丈夫かい?」
「あ……はい、なんとか」
「よし、今から君を先発メンバーのところへ連れて行こう。それからナイトリーの討伐に向かう。それでよろしいですか?」
そうだな、とディザイアは頷く。
「負傷者を戦場に連れて行くわけには行かないしな」
「だからと言って、ここに残しておくのも危険ですよね」
美咲も同調する。
「なら、ちゃっちゃと行くぞ」
SHOWは持ち前のがたいの良さで麓太を担ぎ上げ、お姫様だっこ状態にすると早く戦場に戻りたいと言うように早足で駆け出した。
「俺も一緒に行きます」
「僕も」
司と礼信は、二人に付き添って外に出た。
やがて、三人がエントランスに戻ってくる。
「よし、じゃあ無事合流したことだし、先に行ったメンバーに追いつくとするか」
美咲はトランシーバーで、メンバーに報告をする。
『こちら東條、これからそちらに向かいます』
●先発捜索隊、屋上へ
『了解、我々はこれから屋上へ向かう』
美咲からの連絡を受け取った静流は二階の一番奥の部屋を調べ終わったところだった。
やはり、ナイトリーはおろか、一体のディアボロも発見できなかった。
「ということは、やはり」
「屋根の上ですわね」
星の輝きを継続中の聖華は、ため息をついて、屋根の上へと上がる階段を見つめた。
「こちらの訪れを待っているということでしょうか」
歌乃もつられて階段を見ている。
「余裕か、罠か。どちらにしろ油断は禁物だな」
静流は3人の先頭に立ち、階段を上った。中腹に来ると振り返って付いてきている二人と視線を交わせる。
「見つけたら一斉攻撃だ、いいな?」
「了解ですわ」
「了解いたしました。さて、緋を以て闇を散らしましょう」
屋根の上に出る窓口を見つけると、静流と歌乃が飛び出し、続いて聖華が窓枠をこえる。
館の屋根の上は、傾斜はひどくないものの高さもあってそれなりに怖い。
そこにあったのは、黒い布きれ――すぐに見つけられた。
静流は壁を伝って一段上に上がり、弓を絞ると放ち、その黒い布きれに攻撃を加える。
「まずは射止めさせていただきます」
歌乃は、紫電を生みし霊弓、雷上動に武器を取り替え。離れた距離から、相次いで――アウルが血の色に染まり、それを払うようにして放つ一撃――呪血の斬撃を浴びせた。
聖華は聖なるリングによって操る五つの魔法の弾を放つ。
息を合わせるようにして放たれた3つの攻撃は、どれもナイトリーに直撃したように見えた。
しかし、ナイトリーはピンピンしている。
「チッ、さすがに一筋縄ではいかないか」
パーティー全員で襲いかかれば何とかなっただろうが、先制攻撃も3人分ではさほどの威力にはならなかったようだ。一言で言うと火力が足りなかった。
一陣の風が吹いたようだった。その風に混ざっていたのは、殺気。
ナイトリーの遠距離攻撃だと気付くのは一瞬遅かったようだ。空気に混ぜられた風は切り裂くように、刈り取るように静流を薙ぐ。それをもろに喰らってしまった静流は弱い攻撃にのけぞることはなかったが。
「しまった」
足が動かない。
瞬発的に動いた黒い影は、静流の前に現れる。
「(避けられないか……ならばっ)」
ナイトリーの手に持っていたのは刀だ。振り下ろされるタイミングに合わせて、静流も銀色に輝くその弓を接近してきたナイトリーに合わせてカウンター気味に放ち、その影を吹き飛ばす。
しかしナイトリーの攻撃も静流に直撃し、さすがの静流もよろけてしまった。
「くっ……」
「静流さん!」
駆けつけてきたのは、聖華。
すぐにライトヒールを発動させると、静流の傷口にその柔らかい光を当てる。
「大丈夫だ……」
「いいですから、じっとしていて下さい」
立ち上がろうとしている静流を座らせると、ライトヒールを継続する。
その二人を狙う機動で再び迫ってきたナイトリーに対して、空気を裂くような鮮血の一閃がその動きを止める。
「これ以上の狼藉は、この朱に染まりし我が髪にかけて許しません」
ゆっくりとした口調で淡々と語る歌乃の目はいつになく、熱を帯びているようだった。
とはいえ、麻痺をし負傷している静流と、その治療に当たっている聖華を除けば、実質万全に戦えるのは歌乃一人。
「……退くのも手でしょうか?」
戦略的にはあり得る。もしこのナイトリーがこの屋上から動かないのだとすれば、一度退いて立て直すのも一手。
しかし、そのナイトリーが屋上から動かないというのは仮説でしかない。状況証拠を信用しすぎるのは、悪手になりかねない危険があった。
どうすれば、と歌乃は穏やかな表情の裏でそんなことを考え、やがて、後ろから足音が近づいてくるのを聞いた。
「逆王手ですか……」
歌乃はゆるやかに微笑んだ。
●後発合流班の到着
「遅くなった!」
駆け抜けたのはディザイア。閃滅の気を纏った彼は、誰よりも前に走ると、そこからアサルトライフルで一撃を決める。そして、壁になるようにさらにナイトリーに近づき、構えた。
「後ろにゃ手出しはさせんぞ」
その挑発に乗るようにナイトリーが刀を取り出して、ディザイアに振り下ろした。
予測防御によってその軌道を読み切っていたディザイアは即座に防御の構えを取り、ダメージを最小限に抑える。
屋根の上に集まった後発合流組は、遠距離武器を構えながら散開している。
「これでもくらいやがれ!」
SHOWは拳銃でナイトリーを狙い撃ちにし。
礼信は忍術書を広げて、指でなぞりながらその奥義を読み込む。すると、雷の気を帯びた矢が出現し、ナイトリーを直撃した。
「着々と削れています。もう少しです」
座り込んでいた静流は麻痺が解けて、おもむろに立ち上がる。
「もう大丈夫だ」
「本当ですか?」
「いや、ありがとう。もう戦えるくらいには回復した」
大弓から、グリースという金属製の武器へ持ち替えると、静流はディザイアよりも前に出て、向かってきたナイトリーを絡めとった。
そして、はじき飛ばすような一撃。
ナイトリーは屋根に叩き付けられ、ふらふらになっていた。
ナイトリーが身動きをとれないと知ると、飛び出して行ったのは歌乃だった。後方の支援射撃をかいくぐるように走りながら、白い雪のような刀――緋願を抜き身で持つ。
側面に回り込むと、
「この剣花にて、夜を切り裂き赤く染めさせていただきます」
緋願の静謐な湖のごとき刀身は無数の赤い花びらを纏い、まるでそれを凪ぐように揺り動く。それは、花吹雪の一陣を引き連れているようだった。
椿姫風――。
壮絶なる朱の一撃だ。
ナイトリーが踊る花びらの中に閉ざされたと思ったその一瞬、鈴が鳴るような高音が響き、黒い影に切れ込みが入った。
この世のものとは思えない断末魔の叫びが響き。
「隙だらけだぜ」
ナイトリーの近くに居たディザイアは黒翼を開いている。その腕は、電撃を一束にまとめ上げ、鋭い剣に成形されていった。それがふらつき気味のナイトリーの土手っ腹に決まる。
立て続けに大技二つを受けて、さすがのナイトリーも疲弊している様子が見て取れた。
「これで終わりにしよう」
静流はグリースを清姫の薙刀に変えて、静かに息を整える。彼女の周りに噴出していた黒いアウルが瞬間、虹のように七色にその色を変えた。
息を止めた静流は間髪入れずに、ナイトリーに迫り、一撃を食らわせる。神速にも勝るとも劣らないスピードで、二撃。さらに、三撃。唐竹割りのように、四撃目は真上から真下へ貫くような一閃。
細切れになった黒い影は、ぴくりとも動かなくなる。
空気が流れ去り、その場に居た全員がナイトリーの活動停止を悟ったのだった。
●依頼解決後
ナイトリーを倒した後、8人は館を出ることになった。
ディザイアは最後まで館の入り口でその荒れ果てた館を見回していた。地下の階段付近から響いてくるのは獣の吠え声。
「戦いか……いつか終わる日が来れば良いな」
そう呟いて、館を出る。
森に入る途中で静流は振り返り、その古びた館を見た。屋根の上を見上げる。そこには黒い影などあるはずもなく。思い出すのは、あの刀の剣技だ。あれは間違いなく一級品のキレだった。
「この私に一太刀浴びせるとは……いや、まだまだ鍛錬が足りないと言うことか」
美咲と歌乃は森の中の開けた場所に立っていた。
目の前には、ブルーシートがかけられた干涸らびた死体に両手の指を組んで祈りを捧げている聖華がしゃがんでいる
「仇は討ち果たしましたわ。どうか安らかにお眠り下さいませ……」
その横に並んでしゃがんだのは歌乃だった。彼女は両手を合わせて合掌だ。
「このような者を生み出すことのないように努めることが、我々の使命なのではないでしょうか」
「……そうですね」
美咲はただ、それを見下ろしていた。彼女は森に吹いた冷たい風を追うように空を見上げて、ただ一つため息とも付かない重い息を吐き出すのだった。
「では、いちごさん、怪我はもう大丈夫なんですね」
「……あ、はい、もう大丈夫です。ありがとうございます」
焚き火を囲んでいる後発メンバーを見に行ったのは司だった。
司はリーダーに依頼解決までのあらましを説明した。
「なにはともあれ、依頼解決ご苦労様でした」
「あなた方の情報があったから解決できたんです」
その横で、礼信は麓太と話していた。二人は年も近いこともあってか、もうすでに仲良しのようだ。
「今回はしくじったな。礼信、回復ありがとうな」
「僕は何も。二人が一緒じゃなかったら、あんな暗闇の中で動くことも出来なかったと思います」
「いや、命の恩人だよ、ホント」
礼信は照れながら笑っていた。
「麓太のことありがとう」
「まあ、依頼だからな」
SHOWは腕組み立ちで、冷静に躱す。
「素直じゃないわね」
「うるせえ」
そうは言っていたが、SHOWは無事に笑っている麓太を見て目を細めたのだった。