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マスター:文ノ字律丸
シナリオ形態:イベント
難易度:易しい
形態:
参加人数:18人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2013/10/15


みんなの思い出



オープニング


※このシナリオはIF世界を舞台としたマジカルハロウィンナイトシナリオです。
 WTRPGの世界観には一切関係ありませんのでご注意ください。



 ――僕は夢を見たんだ。
 
 十二枚の翼を持った翼竜の話しを知っているか?
 それは白銀の目を持ち、とても賢いが、それゆえに人間と馴れ合わない。月のように孤高で、気高く、それでいて奴は優雅に飛ぶんだ。踊るように舞うのさ。
 ドラゴンニプス。
 みんなはそいつをそう呼んでいた。
「貴様、人間か?」
 僕が出会ったそいつは、とても飛べるという雰囲気ではなかった。
 地面に腹ばいで横たわり、十二枚の羽は全てぐったりと萎れてる。
 だが、白銀の瞳に宿った敵意だけは失せず輝いていた。
「君、どうしたんだい?」
「なに、少し瘴気にやられただけだ。人間、さっさとここから消えろ。でないと取って食うぞ」
「そっか、動けないから、お腹が減ってるんだね。待ってて、今食事を持ってくる」
「貴様……。この私が、人間の施しを受けると思っているのか?」
 でも、僕はそれから数日、ドラゴンニプスの体調が回復するまで食事を運んだ。
 初めのうちは見向きもしなかった彼だが、そのうち観念したように食べ始める。どうやら、腹の虫には勝てなかったようだ。
 お別れの日――。
「世話になった礼がしたい、何でも言え、人間」
「じゃあ、僕を君の背中に乗せてくれよ。夜空を飛ぶのが夢だったんだ」
「よかろう」
 そして、僕は夜空を飛んだ。
 十二枚の翼はゆっくりと羽ばたく。
「どうだ、人間、夜空は気持ちいいか?」
「ありがとう、ドラゴンニプス。素晴らしい気分だよ」
「そうか、私もだ」
 風が頬に当たる感触を、僕はいまだに覚えている。
 あれほど鮮明な記憶が夢だったなんて、どうしても思えなかった……。


リプレイ本文

『モンスターワールド』


●雪室 チルル(ja0220)の夢
 氷龍コキュートスに戦いを挑んでこれで何回目になるんだろう――。
 チルルはそんなことを思いながら一歩一歩青い雪原を歩いて、再びその巨大な龍を目の前にする。 魔龍とも、邪神とも言われる、鼻息だけで吹雪でも起こしそう巨躯の龍。氷龍コキュートスは雪原の真ん中で、挑戦者を待つように寝ていた。
 それを目の前にして、チルルは、ふふんと鼻を鳴らす。
「久しぶりね! あたいのライバル!」
 まるでため息を漏らすように体を起こしたコキュートスは、ブルークリスタルの瞳を細めて、チルルを見つめた。
 そして、わずかに口を開き、人後を操る。
「またお前か」
 それは、腹の底に響くような、雪崩の崩落音に音階が付いたような声だった。
「挑戦しに来たわよ」
 チルルは、小柄な体格に合わない大剣を振りかざし、それを雪原に突き立てた。
 腕組み立ちで自信満々のチルルの様子に、コキュートスは今度、威圧するように目を見開いて睥睨するのだった。
「貴様、まだ我に勝てるとでも思っているのか?」
「もちろん」
「19回も我に負け越しているのに、その自信はどこから来る」
「なら20回目の正直ね。あたいってば、最強を目指しているんだから」
「最強か……最強を目指してなんとする」
「凄い撃退士になるんだから」
「……はっきりしているような、曖昧のような。しかし凄い撃退士……か。単純明快で悪くない」

 コキュートスは自分がいつになく昂揚していることに気付いた。目の前の少女は、我を乗り越えるべき、それに足りうる敵と認識して剣を携えたのだ。何度も何度も。これが嬉しくないならば嘘になる。
「よかろう、若き撃退士よ、この氷龍を冠するコキュートス、そなたの挑戦受けて立つ!」
 完全に四足で立ち上がったコキュートスは、口から氷の柱を吐き出す。
「いっくわよ、コキュートス!」
 氷の柱を転がり避けたチルルは、雪煙の中から弾丸のように飛び出し、大剣を振りかざした。
 チルルとコキュートスは互いに不敵な笑みを浮かべて、支線を交差させる。
 こうして、最強を手にするべく、20回目のチルルの挑戦が始まったのだった。


●鷺谷 明(ja0776)の夢
「我は始まりにして終わり。いかなる場所でも真なる者なり」
 昔、とある化け物がそう語ったとされている。
 その化け物の名をバルトアンデルス。
「ほう? これはバルトアンデルス君。久方振りだねぇ」
 書斎で古書を紐解いていた明は、ふと手にした筆ペンがにやっと笑ったので、目を留めて微笑み返した。
「鷺谷、久々に出向いてやったぞ。というのも、我は少しばかり退屈を持て余している」
 万有変化の魔物、バルトアンデルスは明の手を抜け出して机から転げ落ちると、気味悪げににやついた黒猫へと変化した。
「ところで鷺谷、最近何か面白いことはないか?」
「最近も何も私は常に愉しいなぁ。この久遠ヶ原という土地は私を飽きさせてはくれない」
「くくく」
 明のことを笑った黒猫は、
「なるほど、楽しいでははく、“愉”しいか。どうしてなかなか、お前らしい言い草だ、鷺谷。心よどみなく愉しいというのは、その実あり得ない感情だぞ。不完全で、不一致で、不気味で、不毛だ。お前の笑顔を見た奴からすれば、不当だとも思う」
 と部屋を徘徊して、不意に鏡に化けた。
 そこに映されていたのは、明自身の絶えることのない笑み。それを見て、明はなおも笑い続ける。「鷺谷、お前は我に似ている」
「それは光栄の至り」
「まるで心から、しかも笑顔で、そう言ってのけることが出来る人間は、きっと世界中を探してもお前だけだろうな、鷺谷」
「そうかもしれないな」
「我はお前を気に入っている。もはや他人とは思えないくらいにな」
「そうか……。バルトアンデルス、変わりやすい月を紋章に持つ者よ、私は、幼い頃からあなたのようになりたかった。竜の如く飛び、巨人の如く歩き、大魚の如く泳ぎたかった」
 明はそこで言葉を切り、空を見上げた。絶え間なく雲の行く青い空を。
「だが、私が竜になる日は、おそらく来ないだろうねぇ」
 悲しみの告白をしている時でさえ、明は笑顔だった。
 バルトアンデルスは瞳孔の開ききった目をぎゅっと絞るように瞑ると、唐突に変化をした。鏡から木葉へと、木葉から木綿布へと、樫の木の棒へと、そして小鳥へと姿を変え、明の肩に止まる。
「鷺谷、我が友よ、一ついいことを教えてやろう」
 小鳥は再びペンへと成り代わり、メモ書きに字を書き出した。
『――無常こそが我の常、不易は不倶戴天の敵なり』
 からん、と落ちたペンは、きっとバルトアンデルスではなくなってしまったのだろう。笑い声の一つも漏らすことはなかった。
「バルトアンデルス、我が師にして、私の友よ」
 明は一瞬だけ顔を暗くし、やがて穏やかな笑みを浮かばせたのだった。


●ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)の夢
「コルヴォ、そこで垂直降下からの攻撃だよ!」
 家先にある公園に咲いた花は色づき始めて、春の空気に花弁をそよがせていた。その香りを思いっきり吸い込みながら、ソフィアは叫ぶ。その命令に反応して、木々を揺らした小さな影は次第に大きくなっていき、黒い鳥の形になった。
 と思いきや、……ズドン!
 漆黒の羽を持った鳥型の使い魔、コルヴォはソフィアの命令通りに急降下し、その銀色の縁取りをしたクチバシを地面に突き刺してしまったのだった。
 唖然としてしまったのはソフィア。
「あ……わァ!」
 急いで駆けつけたソフィアは、くるくると目を回しているコルヴォを抱き上げた。
「大丈夫!? コルヴォ?」
「く、くぁー」
「ごめんね、あたしまだまだあなたのマスターとして力不足かも知れない」
「くぁ、くぅん」
「励ましてくれてるんだね。うん、そうだね、一緒に頑張ろう!」 
 ソフィアはコルヴォをぎゅっと抱きしめ、つぶらな瞳にありがとうとキスをした。
「使い魔だって大切なパートナーだもん、ちゃんと息を合わせないとね。そしてその為には、一緒にいたりして信頼関係を築くこと、かな」
「くぁ?」
「まずは一緒にお風呂に入ろうか?」

 それからソフィアとコルヴォのペアは、来る日も来る日もお互いの技を教え合い、鍛え上げ、心を通じ合わせていった。
 季節は緑が色づく頃、空に昇った太陽は尚も熱さを増していき、そろそろ酷と思えるほど地上を照らしている。
 ソフィアとコルヴォは今日も公園に出て、訓練をしていた。
「コルヴォ、連携いくよ」
「くぁ」
 空高く羽ばたいた黒い影の下で、ソフィアは魔法書を開く。敵に見立てた薪木に雷をぶつけてそれを空中に持ち上げると、瞬間コルヴォが急降下し薪木をその鋭いクチバシで射貫いたのだった。
「やった! 成功だよ、コルヴォ!」
「くぁー」
「よくやったね」
 ソフィアは旋回して主の元にやってきたコルヴォを抱き留めて、その頭をなでつける。使い魔も使い魔で、気持ちよさそうな声を出した。
「あたし達、最高のパートナーだね」
「くぁ!」
「あはは、コルヴォもそう思うんだね。うん、あたし達、これからも一緒だよ」
「くぁ」
 そして、ソフィアはコルヴォを空へ解き放った。
「じゃあ、もう一度さっきのおさらいやってみよう、コルヴォ」
「くぁ」
 片手をひさしにして空高く舞い上がったコルヴォを見上げたソフィアは、ゆっくりと微笑みかけるのだった。


●エイルズレトラ マステリオ(ja2224)の夢
 ――ここはどこでしょうか。
 真上に見えた血の色をした満月はありえないほど大きく、もしかしたら落下の直前かもしれないとエイルズレトラは思った。あの月が落ちてきたらきっとこの世界は崩壊してしまうのだろう、と。
 温度を持たない風が産毛をくすぐり、前髪をなびかせ、ふと足下を見れば、ここはどこかの屋根の上だ。
 目の前に黒い影が見える。
 それは人のようにも見えれば、擦り切れたボロ布が風にたゆたう様子にも見える。形のはっきりしないその影のことを、エイルズレトラは知っている気がした。
 そして、呟く。
「いい加減、呪うのをやめてくれませんか?」
「無理だ。今の我はただ祟るだけの存在であり、意思などない」
 口も耳もない、ましてや生きているかもわからない、その影はエイルズレトラの言葉を理解し、返答をする。
「あなたはもうすでにマステリオ家への恨みを感じていないはずだ、そうでしょう?」
「何百年、我は貴様らを見てきた。たしかにその過程で我の思念は、傷み腐りそして溶けていくのみ」
「あなたのおかげで、僕はこの矮躯な体を掴まされてしまったのです。この気持ちがわかりますか?」
「成熟しない体、それはたしかに滑稽ではあるな」
「滑稽……ですか。かもしれませんね。僕はいつも取り残されるんです。家族にさえ、あの一族の異常な強さの中で僕は孤独」
 エイルズレトラは次第に胸中に隠していた愚痴を、目の前の黒い影に心情を吐露する。
「僕は今までずっと」
「……」
「あなたにわかりますか、この気持ちが。僕のこの気持ちがっ」
「……」
「神よ、僕はあなたを恨みます! 僕をこんな体にしたあなたを」
 黒い影の背後に見える地平線に光が差した。
 エイルズレトラはハッとして背後にあるであろう満月を振り返る。
 赤い月は、昇る太陽に追い出されるように落ちていくところだった。
「もう夜明けだ」
 影は宣う。
「ま、待て」
 その言葉は届かなかった……。

「……あ! 待てッ!」
 そう叫びながら目覚めたエイルズレトラは、息を上げながら見慣れた天井に手を伸ばしていたのだ。自室の窓から差す太陽の光は穏やかで、いつもと変わりはなかった。
 ――夢か。
 エイルズレトラは、現実に引き戻される感覚を味わいながら、伸ばしていた手を下ろす。
「まだ文句も言い足りないのに……まあ、少しはすっきりしましたけど」
 ふふ、と半ば自嘲気味に肩を揺らして、それから上半身を起き上がらせて伸びをしたのだった。

●杷野 ゆかり(ja3378)の夢
 ――ああ、お掃除とか、お掃除とか上手にできるようになりたいなぁ。
 門からまっすぐに伸びたレンガ道の脇には色とりどりの花々が綺麗に咲き誇り、人工芝は一面同じ長さで刈り取られている。噴水付きの中庭を通り過ぎると見えてきたのは白亜の豪邸。インターホンなど付いていないベージュの扉を開くと、一流ホテルのロビーかと思わしきエントランスルームに出た。一段の幅の広い階段を上がり終えると、少女のため息が聞こえてきたのだった。
 天蓋付きのベッドの縁に腰掛けて、ゆかりは再びため息を吐いた。
 その時、不意に目の前が真っ白になってしまった。
 目を開けてみると、そこには髪の長い綺麗なお姉さんが立っている。よく見てみると、その背中には透明な羽が生えているではないか。まるでフェアリーテイルに出てくる妖精のように綺麗な羽だった。
 しかし、あまりに突然のことでゆかりは驚き立ち上がってしまった。
 後じさりをしながら、伺いを立てるように訊いてみる。
「あの、あなたは誰ですか?」
「こんにちは、わたしはシルキーと言います。ゆかりちゃんの声を聞いて、思わず来てしまったの。ごめんなさいね、突然お邪魔してしまって」
 その朗らかな笑顔に、たちまちゆかりの警戒心はほどけてしまった。もとより悪事を働いたりできるような人(妖精?)には見えなかったのだ。昔から知っている親戚のお姉さんという懐かしささえ感じる。
 ゆかりは、今度は自ら近づいていった。
「私の声を聞いて?」
「うん、家事が上手になりたいんだよね?」
「あええと、家事はそんなに元々得意じゃないんだけど、お掃除とかお裁縫とかを上手に出来るようになりたいなぁって思っていたの。お掃除のこつとか、綺麗な刺繍の仕方とか、例えばハンカチにスミレの刺繍とかやってみたくて」
「うんうん。でも、急に何で?」
「何でって言われるとその…お料理では勝てそうにもないからっていうちょっと個人的な事情で…もごもご」
 シルキーというお姉さんは何でもお見通しのように、
「彼氏さんかな?」
 と言い当てる。
 たちまち、ゆかりの顔は真っ赤になってしまった。
「きっと料理の得意な彼氏さんなんだね。よし、じゃあ、ゆかりちゃん、お裁縫とかお掃除とか上手になって、彼氏さんに誉めてもらおう!」
「うん!」
 それから二人はお裁縫道具を持ってきて、裁縫の練習を始める。
 毎日、ゆかりが暇になるとどこからかシルキーが現れて、裁縫の手ほどきや、掃除のコツを伝授していくのだった。
「できたよ、シルキーさん、ほらスミレの刺繍」
「本当だ、おめでとう、ゆかりちゃん。掃除も上手になったし、よく頑張ったね。じゃあ、今からその刺繍を見せに行っておいで」
「え、でも……」
「大丈夫、彼氏さんもきっと、ゆかりちゃんを誉めてくれるから」
「大丈夫……かな?」
「うん!」
「わかった。見せに行ってくるね」
 ゆかりはそう言って部屋を出ようとして、ふいに耳元でささやかれるのを聞いた。
 ――頑張ってね、ゆかりちゃん。
 ゆかりは目を細めてうなずき、駆け出すのだった。

●ラグナ・グラウシード(ja3538)の夢
 ――こんな、夢を見た。
 そこは果てしない草原だった。見上げれば青い空。誰もいなければ、誰かがいるという気配もしない。ただ心地よい風が吹き抜ける不思議な空間だった。
 ふと、目の前を見れば……何かがいる。
 顔くらいの大きさの妖精?
 額部分に「リア充滅殺」と書かれた茶色い紙袋を被った、謎の妖精だ。
 ラグナはその文字を見た時、彼の考えていること、置かれている状況、過去に何があったのか、そしてこれから何をしたいのか、その全てを悟った。そして言いしれぬ同胞感をひしと感じていたのだった。
「そうか…貴殿は、リア充を撃滅するために生まれてきたのか」
 妖精は一言も発しない。だが何度も頷いていた。
「尊く気高い使命を背負っているのだな…」
 妖精も仲間の匂いを嗅ぎつけたのだろう。ラグナの言葉に必死に耳を傾けている様子だった。
「リア充、それは憎むべき仇。確かに人は我々のことをただの敗北者と貶すだろう。だがしかし、彼らリア充は我々のことを血度でも顧みたことがあるだろうか。否、断じて否! 公共スペースである公園を独占したり、花火大会ではまるで招かれざる客のような視線を浴びせる。このような暴挙がはたして許されるのだろうか。そうだ、だから私は非リア充の同士のために心を鬼にして、戦いに勤しんだ。来る日も来る日もリア充を見つけては戦ってきた! だが、まだこの世からリア充を根絶するには至っていないのも事実……」
 ラグナは激闘の記録と、その身に宿す情熱を妖精にぶつけた。
 すると、妖精は立ち上がり、ぴょんとラグナの頭上にちょこんと乗っかった。
 そして、彼方を指差す。
「まさか、貴殿!? ……そうか、私と共に戦ってくれるのか!」
 ラグナはその指指した方向を見る。
「よし、行くぞ、同士よ!」
 そして、ラグナと妖精の二人は、まだ見ぬ非リア充のエデンを探しに出かけたのだった。


●礼野 智美(ja3600)の夢
 白い霧をかき分けて、戦闘向けにアレンジした巫女装束を着た智美は走っていた。
 深く息を吸い込むと山の空気が一気に肺を冒すように入り込み、吐いてもまだ土の匂いがこびりついている。里で吸い込む朝霧の空気とはほど遠い、重い空気。山ならではのぴりりとした緊張感も纏わり付いてきた。まだ入り口付近だというのに、拒絶感を肌で感じている。
 智美はぬかるんだ道を避けて、硬い土だけを選び、踏み込んで跳ぶ。
 追いかけているのはツバメのような白い鳥。目がない。きっと使いなのだろう。
「待て、その髪飾りを返せ!」
 しかし、ツバメは速度を緩めず、すいーっと木々の間を行ってしまう。
「それは親友のものなんだっ」
 そして、深山の奥地にたどり着く。ここは長のいる神域だ。
 ということは、あの使いは長の配下……。
 いったい、なんの用があって髪飾りなど盗ませたのか。智美はキョロキョロと見回す。気配は……ない。長は用心深かった。もしかしたら近くにいるかもしれない。
 智美は木々の黒い葉を見上げて叫ぶ。
「長! 使いが親友の髪飾り取っていったんだがどういう事だっ」
 解れることのない糸を張ったようにピンと張り詰めた空気の中で、カサカサと足音が聞こえた。
 智美はその足音のする方へ目を向ける。
 陰からぬっと出でるように現れたのは、銀色の毛並みの狼。土地神の夫である男神の使いとされる神の眷属だ。その大きさは人間の大柄な大人くらいはある。胴の長さはその二倍以上あるだろう。
「長、どうしたんだ?」
『すまない。お前とその友を間違えたのだろう』
 長と呼ばれた銀色狼は、青い目を細めてふぅとツバメにとがめるような視線を送った。ツバメは自分の立場の悪さに感づいたのだろう。早々と退散してしまった。
『緊急事態でお前を呼び出したかったのでな。とりあえず返そう』
 長は、智美の掌に髪飾りを落とした。
 智美は、あっけなく返してもらったことにどこか拍子抜けしながら、それを懐にしまった。
「それより、俺を呼び出したかったって」
『うむ。妙な邪気が入ってきた、退治に力を借りたい』
「わかった、連れて行ってくれ」
『恩に着る』
 長は膝を曲げて、伏せるような姿勢を取り。
 御神刀を佩いた智美は、その背中に飛び乗った。
 智美を乗せて走る長――。

 その風を頬に浴びて、智美はハッと目を覚ます。
 上半身を起こして、その手の内を見た。そこには銀色狼の毛が朝日に輝いていたのだった。
「……夢、だよな?」


●雨宮 歩(ja3810)の夢
 外灯がチカチカと点滅している夜の道に、歩は気付いたら立っていたのだった。知っているような知らない道。まるで誰かに歩かされているみたいに、自分がどこへ向かっていたのかもわからないということに気付いて、立ち止まる。
 ボクはどこへ向かっているのだろう。
 そもそもここはどこだ?
 足を止めた歩は、ふと顔を上げる。そこにはぷかぷかと浮いている黒猫がいたのだ。艶やかな毛並みに赤い瞳。背中に蝙蝠の翼を生やしていた。
「コウモリ猫?」
 黒猫は『へ』の字の口を気怠そうに開いて、
『にゃあ』
 と鳴いた。まるで見ればわかるだろ、とでも言いたげだ。その不遜な態度を見て、歩は既視感を感じた。
 よくよく見てみると、自分はこの黒猫を知っているのだ。いや、もちろん背中に蝙蝠の翼を生やしている黒猫なんてものは聞いたこともないのだが、その毛並み、赤い目、そして気高く見下すようなふてぶてしい態度が、既知の黒猫を彷彿とさせる。
「翼が生えたのか、それともそれがお前の本当の姿なのかなぁ?」
 黒猫は歩の質問には答えず、勝手気ままにくるくると回っている。おもむろに空中で毛繕いまで始めた。
「どうしてこんなところを飛んでいるんだ?」
『にゃあ』
 それはコウモリ猫だからにゃ、とでも言いたげな声色。
「ここがどこだか知ってる?」
『にゃあにゃあ』
 知っているはずないじゃにゃいか、とでも言っているつもりなんだろうか。
 まるで、こちらの質問を全て理解しているというような反応だった。猫離れした賢さだ。
 いや、ただの猫じゃなくて、コウモリ猫なら当たり前なのかな?
 ……まあ、どっちでもいいか。
 歩はちょっと考えてから、自分の周りを飛び回る黒猫の自由気ままなさまを見てなんとなく頭を悩ませていることが馬鹿馬鹿しく思えてしまった。
「さて、こうしてであったばかりだけどこれからどうする?」
 歩はコウモリ猫に尋ねる。
 くるりと、宙転した猫は無言で歩の頭に乗り、ぽんぽんと叩いた。さっさと歩けということだろう。
 肉球の感触がなんとなく気持ちいいような、文字通り足で使われて情けないような。
 歩は、肩をすくめて。それから、ふふとおかしそうに笑う。
「それじゃ、散歩と行こうか」
 黒猫を乗せた歩は、見知らぬ道を再び歩き出したのだった。


●カーディス=キャットフィールド(ja7927)
 高くなった空に上った太陽が地上をぼんやりと照らし出す、まどろみの午後。
 小高くなっている丘には、小さな花を手折ることのない穏やかな風がどこからか金木犀のかぐわしい匂いを乗せてさぁっと流れていく。
 その光景は見ているだけでも、あくびが出てしまうほど穏やか。平和すぎて流れる雲の影を追いかけてごろごろと転がりたくなる。どこまでも転がっていき、お気に入りの日だまりスポットでも探してみようかと想ってしまう、そんな今日この頃。
 ――陽気はポカポカ空も高く風も爽やか。これは絶好のお昼寝日和です☆
 黒猫ボディのカーディスは、まるでリズムを取るように、つったかつったか丘を登っていた。
 目の前に見えてきたのは、なだらかな坂道で寝ているキジトラの猫。
 体長三メートルの化け猫、嶋太郎さん。
 目をこすってまだ眠いのか大あくびを漏らしていた。
 カーディスは嶋太郎さんの顔を覗いて、にこりと微笑む。
「こんにちは、嶋太郎さん」
『かーでぃすクン、今日も来たのかい? キミも暇だね〜』
 ひげを愉快そうに揺らしながら、嶋太郎さんは優しげに目を細めて笑った。
「いいじゃないですか! もこもこの秋とも言いますでしょう?」
『もこもこの秋かぁ〜なら仕方ないね〜』
 嶋太郎さんは今度は小刻みに体を震わせて笑うのだ。
 心の底から楽しそうに、笑い声を上げる。
 カーディスもつられて笑う。
 そして、嶋太郎の隣にごろんと寝転んだ。
「そうですよ〜仕方ないのですよ〜嶋太郎さん〜後でおやつにしましょうね〜」
『ボク、ササミが食べたい……』
 それから二人は、zzz……、と寝息を立てて眠ってしまう。
 まったりとした空気は二人を包み、時計でさえもつられてしまったのか、時間の動きまでものんびりしていた。
 まどろみの時間はゆっくりと、ゆっくりと、ゆっくりと流れていくのだった。


●鑑夜 翠月(jb0681)
 さわやかな空気を全身に浴びて、果てしなく続く石垣に囲われた道を、ゆっくりと歩いていた翠月は、途中で黒い猫と出会った。尾が二本に分かれて生えている。猫又だ。
 その猫又は石垣の上で気持ちよくお昼寝をしていたのだが、翠月が通りがかった時、おもむろに飛び出して行く手を阻んだのだ。
「お嬢さん、どこに行くのかにゃ?」
「あの大きな木を見に行こうと思ってですね」
「大きな木、ああなるほど世界樹だにゃ」
「世界樹と言うんですね?」
「そう、この世界に魔力と知性をもたらす神樹にゃ。たぶん、そのまま行っても辿りつかにゃいだろう」
「え、そうなんですか?」
「気を落とすことはないにゃ。この猫又、少し退屈していたところ、案内してあげるにゃ」
「ありがとうございます、猫又さん。ええと、それから僕はお嬢さんじゃなくて、男ですよ」
「にゃんと、これは……くはは、面白い面白い。これはいい暇つぶしが見つかったにゃ」
 翠月は猫又の案内で、不思議な世界を旅しながら世界樹を目指した。
「ここは世にも不思議な下から上へ流れる滝にゃ。あっちは、毎日ポーズを変えるヴィーナス像。じゃんけんの勝負を挑んでくる針葉樹に、ドラゴンの牙が突き刺さった谷に、決して入っては行けない洞穴なんかもあるにゃ」
 途中で、猫又の観光案内なんかも挟まれたりして。
 翠月は見たこともない景色に目を丸くしたり、素っ頓狂な声を上げたり、怖がったり、そんな様々な反応をした。猫又は、実に面白そうにそれを見ていたのだった。
 そして、翠月は草根を分けて、やっとのこと世界樹の根元に到着する。空すら貫いて立っているような巨大な木。もはや木という概念さえも超えて、山とか町とかそういうものであるとすら思ってしまう。
「よく頑張ったにゃ」
 猫又が足下で見上げている。
「……ん、疲れたのかにゃ」
 そういえば、と翠月は思う。瞼が重い
「歩き回ったら眠くなったですね」
「それなら、こっちにゃ」
 後に付いていくと、空を覆う木々の間からこぼれた日差しが日だまりになって、そこだけどこよりも明るい日だまりだった。花畑になっている。
「ここにゃら、きっとよく眠れるにゃ」
「本当ですね。じゃあ、僕、一眠りします……ね」
 翠月は花畑の中に寝転ぶ。
 なるほど、甘い香りに包まれていい気持ちで眠れそうだ。
「俺も眠くなったにゃ」
 眠りに落ちていく感覚の中で、翠月は腕の中に入ってきた猫又を見たのだった。


●月乃宮 恋音(jb1221)
 ――夢だと気付いたのは、きっとここが現実感のなさ過ぎる場所だったからに違いない。
 夢の中で目を覚ました恋音は、肩をすくめて怯えながら周りを見回した。
 そこは閉塞的な部屋だった。奥行きも高さもないあるのは何枚も貼られた鏡だけ。
 鏡に映っていたのは自分。前髪に隠れた自分の姿。
 ……醜い自分。
 その瞬間、鏡に映っていた自分の影が消えた。
「……あ、れ?」
 呟いた時だった。
『……こっちですぅ……』
 背後から声がする。恋音は驚いて慌てて振り返る。
 一枚の鏡の中にだけ、“自分”がいたのだった。しかもその“自分”は被写体である自分と、全く違う動きをする。それは、言うならば、ドッペルゲンガー。不吉な意味で使われるあやかしの類いだった。
 でもその時、たぶん夢だからと言うこともあるのだろう思うが、恋音はそれを不気味だとは思わなかった。普通に鏡を見ている気分だった。
 ……ただただ醜いと気落ちしてしまう。
『……あなたは私……私はあなた……ですぅ……』
「……私は、……あなた……ですかぁ……?」
『……そうですぅ……』
 その“自分”は口調や外見こそ自分そっくりだが、どこか違う気がする。
 だから、恋音は尋ねてみたくなった。『私』のことをどう思っているのかを。
「……あなたは、こんな自分でいいのぉ……?」
『……こんな自分……? ……あなたはこんな自分で嫌なのですかぁ……?』
「……そうですぅ……」
 鏡の向こうの“自分”は、恋音の告白を受けて少し落胆したような、歯がゆいような顔をして思い切ったように顔を上げた。
『……どうしてですかぁ……』
「……だってこんなに醜い……」
『……違う、違いますぅ……! ……あなたは醜くなんてない……』
 鏡の中の“自分”は前髪をちらりと掻き上げて、おでこをあらわにする。
『……ほら、こんなにも綺麗です……』
「……で、でも、体型がアンバランスで気持ち悪くはないですかぁ……?」
 恋音はもじもじと鏡にしゃべりかける。
『……違いますよぉ……。……まったく、まったく、気持ち悪くなんてないです……!』
「……な、なんの役にも立たないですよぉ……」
『……事務仕事だって、家事だって頑張ってるですぅ……。……もっと客観的に自分を見ですぅ。きっと自分のことを見直すですよぉ……』
 恋音はその言葉を聞いてもなお首を振った。
「……そ、そんなこと、あり得ないですよぉ……」
『……それじゃあ……』
 鏡の中の“自分”は泣きそう目になって言う。
『……[私]は、あの方の目を、疑うのですかぁ……?』
 
 恋音は唐突に目を覚ました。
 切なさが胸にこみ上げてきて、涙が一滴垂れる。
 そして、無性に袋井雅人に会いたくなったのだった。

●袋井 雅人(jb1469)の夢
 雅人は生徒会室に用があり、その用事が思いの外早めに済んだためこれから何をしようかと思い悩んでいた。
 だから、これといってその休憩室を利用する当てがあったわけでも、立ち入る理由があったわけでもないのだ。
 ただ、その部屋の前を通りがかった時、ふとした感覚に苛まれた。まるで誰かが自分を呼んでいるような、懐かしい感覚。
 雅人は思わず、その扉を開いてしまった。
 無人の教室。遮光カーテンが閉まっているせいで昼間だというのに真っ暗だ。雅人は壁を手探り、スイッチを見つけた。ポチッ。
 教室が蛍光灯の光で満たされる。その白色の下に現れたのは鈍い鉄色の塊だった。人間の子供大。雅人の腰の高さくらいまでしかないそのオブジェは、ドラゴンの形をしていた。
 ドラゴンゾンビ――。
 雅人が手作りした作品であり、その材料はくず鉄になってしまった魔具や魔装だった。
「あれ、でも、ちゃんとガラスケースの中に飾られていたはずですけど」
 目線をそちらに動かすと、粉々になったガラスケースが見えた。
「これは……っ」
 泥棒!
 いや、待て待て、その中身がこうしてここにあるのだから道路棒が盗む目的でガラスケースを割った、ということはまず考えられない。
 それにおかしな点がある。
「外側にガラスの破片が飛び散っている……」
 これは内側から外側に何かが飛び出したという状況でしか起こりえないはずだ。これらの状況証拠を合わせて考えると……。
 雅人は、ちらりとドラゴンゾンビを見る。
「もしかして、ガラスケースを壊した犯人は君ですか?」
「ぐる」
 漆黒の目をぱちくりとさせて、ドラゴンゾンビはうなづいた。
「う、動いた!」
「ぐるる」
 驚き腰が抜けそうになってしまった雅人だったが、瞬間電撃のようにひらめいて、ずり落ちそうになっていた眼鏡をつまみ上げて直す。
「付喪神ですね! なんだ、納得」
 どこか見当外れな納得をした雅人は、腰を屈めてドラゴンゾンビの手を取る。
「物にも心が魂があるんですね!! くず鉄なんかにしてしまって本当にごめんなさい。ドラゴンゾンビ君、例え姿形が変わってしまってもずっと私の側にいてくれますか?」
「ぐるぅ」
 そのドラゴンゾンビの返事は肯定の意味に聞こえた。
「ドラゴンゾンビ君、私もこう見えてかなり強くなったんですよ。これからは私と一緒に恋人の月乃宮 恋音さんを守っていきましょうね!」
 雅人はドラゴンゾンビの頭を撫でる。
 ドラゴンゾンビは、ぐるるる、と気持ちよさそうな撫で声を出したのだった。


●ジェラルディン・オブライエン(jb1653)
 その大きな影を目の前にしてジュラルディンは呆然としてしまった。もう言葉も出なかった。
 その日、ジュラルディンはたまたまおやつをあげようと思ってパートナーであるヒリュウを召喚したのだが、その日はどこか様子が違った。
 いつもなら煙幕を焚いて出てくるなんて過剰演出はしないし、翼で嵐を起こし大地が揺れるほどの着地なんてするはずもない。そしてなにより……。
「お、大きすぎます……」
 見上げなければ顔まで見えない。それは、まるで神話か伝説にある伝承上のドラゴン。あれれ、この前まで腕の中で抱えられた幼体だと思ったのに、どうしてこんなに育ってしまったのだろう。
 ――いやいや、まさかまさか、あり得ない! 
 ――でも、カラーリングとか、形とか見覚えはあるし……。
「マスター、おやつでしょうか」
「ヒリュウ、あなた喋れるのですか!?」
「何を言います、今までだって喋っていたではありませんか」
「キィとかそんな可愛らしい声ではなかった?」
「きぃ」
 空から降り注ぐ声は重かった。
「む、無理して言わなくても……。……あ、ええと、おやつでしたね。って届かない。そうだ、ヒリュウ、手に乗っけてあなたの口元まで運んでくれますか」
「わかりました、マスター」
 差し出された掌の上に乗ったジュラルディンは巨大化したヒリュウの顔の前まで運んでもらう。
「でもどうして、そんなに大きくなっちゃったの?」
「実は、私は最強と謳われる偉大なドラゴンの化身なのです」
「偉大なドラゴン」
「マスターのお役に立てるよう、真の姿を…………マスター聞いてますか?」
「首のふにふにすごく気持ちいいんだもん」
「マスター、くすぐったいです」
 注意されても、このふにふにを手放すわけにはいかないとジュラルディンは、全身で掴まえてその感触を味わっていた。
「マスター、おやつも食べましたし、これから天魔の討伐を」
「うん。今夜はずっとこうやって過ごしましょう!」
「ですが、マスター」
「ううん、だってヒリュウとこうやってお喋りしたりできたんですよ! 今夜はあなたとずっと過ごしたいんです」
 それから、ジュラルディンは巨大になったヒリュウと心ゆくまで遊んだのだった。

 ぺろり。
 頬を舐められたことに気付き、ジュラルディンは目を覚ました。寝ぼけ眼を左に振れば、そこには元の大きさのヒリュウがいる。
「おはようヒリュウ。目覚ましありがとうございます」
「キィ」
 やっぱりあれは夢だったのか。
 たしかに現実感はなかったけど妙にリアルな夢だった。
「……あれは夢だったのか現実だったのか。どっちだと思いますか?」
「キィ?」
「わからないですよね。あああ、でも現実にあんなサイズまで育たれたら、たまにあげてるおやつ代がとんでもないことに……」
 ジュラルディンはヒリュウを撫でて苦笑を浮かべるのだった。


●海城 恵神(jb2536)
 青い暗闇が落ちている。そこはどこかの城、そのエントランス。扉はぴったりと閉ざされていて、星明かりが上階下階に取り付けられたガラス窓から入り込んでくる。その夜の空気を浴びて、床に彫られた幾何学模様が浮き上がった
 恵神は手をひさしにして、足下の光を防ごうとするが目がくらんでしまった。
 やがて光が収まり半目を開けてみると、手に持っていたはずの鞭がない。
 両目を開き探すと、数メートル離れた場所に落ちているのを見つけた。恵神は、どうしてあんな場所に、とは思ったがそれよりも早くこの手に取り戻さなければ、そんな思いに駆られてしまったのだ。
 足を進ませた時、異様な光景が目に入ってきた。
 鞭が空中に浮かび、見る見る人型に変形していく。
「なっ……」
 恵神は絶句してしまった。
 それは自分に似ている真っ白な男だったのだ。
『戦闘訓練です』
 真っ白な男は真面目そうに口ずさむと、指をコキコキと鳴らす。
 恵神はどうしてだか知らないが、その男の言葉が真実味を持って聞こえた。戦わなければならない、体の奥底で誰かがそう呼びかけていたのだ。
 戦わなければならない、それなら――。
「先手必勝! 食らうがいい!」
 恵神は男の間合いに入った、と思ったその瞬間、足払いをされていつの間にか床に頭を打ち付けていた。
『この程度とは笑止、まったくこれでは儂の使い手として、いえロマーノの血を継ぐものとして如何せん不甲斐なさすぎます』
「お前は一体……」
『そんなことはどうでもよろしい。今は恵神と言うんでしたか、おぬしはこの学園に来て少し弛んでいるようですね』
「そんなことはない」
『ならば、それを証明してみなさい』
「……組み手を」
『来なさい』
 恵神に過信はなかった。全力でぶつかったつもりだ。
 まるっきり同じ技を返されたというのに、寸分の差で競り負けてしまう。キレが違う。
 ――思うように動けんだと!? くそぅ!
 もう十数回と倒されていた。床に背中を付けながら、覗いてきた白い男の顔を見上げる。
『ここがもし戦場だったら命はないぞ』
 恵神は奥歯をぎりりと噛み、己の未熟さを痛感した。
『よいか思い出しなさい、カイリスよ』
 
 ――もしかして、これが先祖達の…ハッ。
 恵神は上半身を起き上がらせていた。そこは自室だった。
 起きたばかりだというのに息は上がっており、背中には服が張り付くほど汗をかいている。
「何か思い出せそうな気がしたが…うーむ。凄く大事な事を忘れている様な気がしないでもない!」
 思い出すことを諦めた恵神はそして、もう一度眠りについたのだった。


●美森 仁也(jb2552)の夢
 夜のとばりが降りていた。獣ですら入るのをためらう深山の奥地に、仁也の姿はあった。いつもは眼鏡を掛けた好青年のような容姿なのだが、今は冷酷な顔つきからいって普段の彼ではない。頭から生えた二本の角は濃紫、背中に生えた翼は皮膜のように薄い、尾は黒く、その姿は『悪魔』であった。
 彼本来の姿だ。
 深山の霊的な力をぴりりと感じながら、仁也が目をそらさなかったのは、目の前にいる銀色の狼だった。大きさは大人の男くらいはあるだろう。
『…悪魔がなぜ御山に入ってくる』
 狼は悪魔など見慣れているのだろう、怖じ気づきもせず、それどころか自分の方が優位であると余裕すら持っている。神格かそれに次ぐものかもしれない。
 仁也は気を抜かないよう下っ腹に力を込める。
 ――かなり強い…交渉次第か。
「白い鳥に髪飾りを取られたと妹が泣いている」
『妹だと?』
「そうだ」
 狼は身じろぎもせずまっすぐに見つめてくる。
 仁也も負けじと見返した。
 それが数秒続いた後、狼から口を開いた。
『…真実のようだな。済まない。不審な輩が入り込んだので戦巫女を呼ぶ為に使いを放ったのだが隣にいた人間の物を使いが取って来てしまったもので』
「ならば、返してもらえるのか」
『いや、我は土地神の夫男神の眷属、悪魔の願いを聞く立場ではない』
 やはり、こうなってしまうのか。仁也は金色の瞳をきゅっと絞って、戦いの構えを取ろうとした。
 この土地は完全に向こうの支配下、分が悪いか。
 しかし、狼は戦いの気配を見せなかった。足下を顎で差される。仁也は言われるがまま、そこを見る。
 斬り殺された小鬼共の死体が転がっていた。きっと山の邪が具現化したものだろう。
 それは邪魔だったので、仁也が斬ったものだった。
『物は巫女に渡した。住民に害をなすモノを退治してくれたので今回は不問にするが害意があれば容赦しない』
「俺の妹に害意が無ければこちらも危害を加えない。こちらにも事情があるからな」
『お前とは共存できそうだな』
 銀色の狼はそう言って去って行く。
 仁也はその背中に頷き返したのだった。


●ミリオール=アステローザ(jb2746)の夢
 ここは外気圏。地球と宇宙空間の間の、少し宇宙空間に足を突っ込んだ場所。地球が丸いということが湾曲した地平線を見て理解できる特別な場所。人工衛星がものすごい速さで頭上を通り過ぎたりしている。スペースデブリ(宇宙ゴミ)から顔を覗かせたのは、黒いスライム状の生物の群れ。
「集まってくださーいですワーっ!」
 と、ホイッスルを吹きながら黒スライムを集めていたミリオールは、音が鳴らないはずの宇宙空間でピッピッとこだまさせ、黒スライム達を円上に並ばせる。
「さぁさ、今日の議題は、地球支配についてですワー」
 ミリオールは、地上10000km上空で物騒なことを言い出した。
 黒スライム達は、まるで頭を悩ませるように一斉に押し黙り、中にはひそひそ隣接している黒スライム同士で相談している個体もいる。
 その内、ちかちかと点滅し始めた者がいた。
 鈴の音のようなものを、ちりんちりん、と鳴らしている。
『地球支配ってそもそも何するのですワ?』
 黒スライムが尋ねる。
 ミリオールは口も鼻もないこの未確認生命体となぜか意思疎通ができるのだった。
「それは地球を巡って争うのですワっ」
『支配ではなくて、争うことが目的?』
「そうそう、戦うのですワっ」
 まるで夢見る少女の顔でミリオールは、そう言ってから身をよじる。待ちきれないといった様子だ。
『むー、わたしは過激なのは良くないと思うのですワ。今の生態系を維持してこその魅力もありますし』
 とたんにミリオールは真顔に戻る。
 その気配を察してか、ミリオールの元に集まった黒スライム達は、ざわつき始めた。
「今、発言したのは誰ですワ?」
 トーンを落とした彼女の声に、まずまずい、と黒スライム達は慌てだした。
 その中で一際慌てていた個体を見つけたミリオールは、それに近づいてむっとした顔を近づける。
 黒スライムは明らかに動揺していた。
「あなたですワっ?」
 ミリオールは人差し指を突き出してぐりぐりと責める。その黒スライムは恐怖で失神してしまったのか、泡を吹いて動かなくなった。
「他に何か意見を出してくださいですワっ」
 ミリオールの言葉に、黒スライムは真剣になった。
『そうですね…まずは邪魔なライバル一掃ですワ』
 その意見に賛同するように、黒スライム達が一斉に点滅し出す。
 ミリオールもその意見には大賛成だった。
「みんなありがとう。それでは、今日はここまで、いずれまたですワっ!」
 それは解散宣言だった。ミリオールを中心に集まっていた黒スライム達は、まるで流星のように流れて消える。
 ミリオールはそれをいつまでも見送っていたのだった。


●ルルディ(jb4008)
 休日、歩行者天国になるこの町は、地方から、はては海外からわざわざ出てきてまで見物に来る人がいるほど魅惑的なところだった。中央を走る幹線道路以外は入り組んだ道が多く、一度脇道に入るとまるで迷路に迷い込んでいるよう。顕著なのが最寄り駅の構内だった。注意して進まないと目的の改札にはたどり着けないというところから「ダンジョン」とあだ名されている。
 その町の大通りに、名物のクレープをぱくつきながら歩く二人組がいた。
「此処のクレープ最高なんだよ〜」
『確かに美味しでしょ★』
 赤いロリータ服を着ているルルディと、黒ゴスロリ服のバクだ。改札を出た辺りから二人は少しそわそわしていたのだが、その理由というのが、ちゃんと女の子に見られているか、だったのだ。どこからどう見ても女の子な二人は、実は男の子だったのだ。
「この町、けっこう上級者が多いから、ボクすぐにバレちゃうかと思ってたけど、案外バレないもんなんだねー」
『ルーは、どこからどう見ても女の子だもんっ☆』
「バクだって」
 二人はくすりと微笑み合う。
「あ、バク、耳!」
『ひゃ!? もう出てない?』
 歩くたびにさらりとなびく、バクの長髪の間ににょきっと生えていたのは狼の耳だ。
 バクは慌てて頭を押さえながらしゃがみこみ、銀色の瞳を波打たせながらルルディを見上げる。
「もう大丈夫だよ」
『はあ良かった……。注意してくれてありがとうね、ルー☆』
「どういたしまして」
 それから二人は町をあてどもなくぶらりと歩いた。途中でスイーツを見つけては立ち寄ったり、可愛い小物を見つけてはうっとりと見つめている。
 それは本当に女の子の休日だった。
 ゲームセンターに入った二人がクレーンゲームを素通りして駆け寄ったのは、対戦型のレースゲーム。
「バク強すぎなんだよ……」
『ルーが弱いんでしょ?』
「うう……じゃあ、次プリ撮ろ?」
『うん、いいよ』
 最新型のプリクラに入り二人揃って可愛いポーズを決めたり、抱き合ったりして、できあがった写真を見ておかしーと笑い合った。
『ルー、今度は格ゲーやろ?』
「いいね、やろう」
 そして、二人はゲームセンターを出て、再び町の散策を始めた。
 ルルディは、隣を見た。夢にまで見るほど欲しかった女装友達がいる。
「バク、ボク達、これからもずっと友達だよっ」
『もちろんっ☆』
 そんなことを見つめながら言い合う二人の前に、
「ぐふふ、お嬢ちゃん達、ちょっとおじさんに付き合ってくれない、悪いようにはしないから」
 と見るからに怪しい中年男性が現れたのだ。
 ルルディと、バクは、ぎろりとその男をにらみつけた。
「鞭打ちすっぞ?」
『噛み殺されたいのか?』
 ひぃと悲鳴を上げて逃げていく男を見ながら、二人で笑い合ったのだった。


●日下部 司(jb5638)
「貴様、どこの組織の回し者だ」
「俺達は、どこの組織にも属さない空賊だ! 悪に荷担する者ども観念するんだな!」
 武器の密輸や製造を秘密裏に行っているマフィア組織のアジトを襲撃した司は、逆上してマシンガンをぶっ放してきたマフィアから逃げるように、崖から飛び降りる。
「バカめ、逃げられないと観念して自ら落ちたか」
「そんなわけないだろ!」
 司の声に、マフィアの構成員は全員驚いた。崖の下から上がってきたのは飛竜。その背中に司が乗っている。
「貴様、待てぇ!」
「じゃあな、悪人どもっ」
 そして飛竜と一緒に飛び去った司は、縄張りの霧の深い谷に戻る。
 そこには空賊の仲間達がいた。
「うぐっ、頭領が怖い顔をしてる……。これは、なにか怒られるかもしれないな。飛竜、谷底には戻らないで、このまま飛んでくれないか」
『がうっ』
 了承したとでも言うように、飛竜は一気に上昇して谷を飛び越えていく。夜空を斜めに裁断するように飛ぶ。司は頬に当たる風に身を縮こませながらも、こうやって飛竜の背中に乗って飛ぶのが好きだった。
「飛竜、今日のマフィアは面白い顔してたよな。金塊はごっそりいただけたし、ついでに武器庫も壊したし。強きを挫き弱きを助ける、って精神にも違反していないはずだ」
『がう』
「それなら、なんで頭領怒ってたんだろう」
『がう?』
「あはは、わからないだろうな」
 笑い合いながら飛竜と司は空を飛ぶ。
 司は飛竜の背中を撫でた。
「飛竜、君との付き合いも長いよな。もうずっと一緒にいる気がする……。……なあ、これからもよろしく頼むよ」
『がう』
「よし、このまま飛べるところまで行ってみよう、飛竜!」
『がう!』
 そして、司と飛竜は地平線の向こうを目指して飛んでいくのだった。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:8人

伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
紫水晶に魅入り魅入られし・
鷺谷 明(ja0776)

大学部5年116組 男 鬼道忍軍
太陽の魔女・
ソフィア・ヴァレッティ(ja1133)

大学部4年230組 女 ダアト
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
聖夜の守り人・
杷野 ゆかり(ja3378)

大学部4年216組 女 ダアト
KILL ALL RIAJU・
ラグナ・グラウシード(ja3538)

大学部5年54組 男 ディバインナイト
凛刃の戦巫女・
礼野 智美(ja3600)

大学部2年7組 女 阿修羅
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
夜を紡ぎし翠闇の魔人・
鑑夜 翠月(jb0681)

大学部3年267組 男 ナイトウォーカー
大祭神乳神様・
月乃宮 恋音(jb1221)

大学部2年2組 女 ダアト
ラブコメ仮面・
袋井 雅人(jb1469)

大学部4年2組 男 ナイトウォーカー
七花夜の赤薔薇姫・
ジェラルディン・オブライエン(jb1653)

大学部8年258組 女 バハムートテイマー
常識は飛び越えるもの・
海城 恵神(jb2536)

高等部3年5組 女 ルインズブレイド
最愛とともに・
美森 仁也(jb2552)

卒業 男 ルインズブレイド
ファズラに新たな道を示す・
ミリオール=アステローザ(jb2746)

大学部3年148組 女 陰陽師
黎明の鐘・
逆廻桔梗(jb4008)

中等部3年9組 男 バハムートテイマー
この命、仲間達のために・
日下部 司(jb5638)

大学部3年259組 男 ルインズブレイド