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マスター:文ノ字律丸
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
形態:
参加人数:19人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2013/09/25


みんなの思い出



オープニング

●前段
 メイドとは何だ?
 メイドとは――夢と希望だ!

「ご主人様、少しお待ちください。天魔を倒して参ります」
「お待たせして申し訳ございません、ご主人様」
「わたくしは世界と、ご主人様をお守りいたいますわ」

 可憐に平和を守りながら、清楚に主様のお世話をする完璧なメイド。
 なんて格好いいんだ!

 なぜ久遠ヶ原にメイド専門育成スクールがあるのかって?
 もちろん、そういうスーパーメイドさんを見たいからに決まってるからじゃないか!

●久遠ヶ原メイド専門育成スクール
 ここは、様々なメイドを養成するために設立された久遠ヶ原メイド専門育成スクール。
 洋館の豪邸をモデルにして作られたその学校の門戸を叩いたのは、五人の生徒だった。

「ちーっす、俺、メイドになりに来ました。食事の作り方を勉強したいと思ってまーす」
 チャラチャラした金髪青年、足田は台所女中(キッチンメイド)志望。

「拙者、メイドになりたく候。洗濯の仕方を学びたく候」
 腰に刀を差したサムライ、五十嵐は洗濯女中(ランドリーメイド)志望。

「おで、メイドになる。雑用やる」
 いつもニコニコ少し馬鹿そうな、浮田は雑用女中(メイドオブオールワークス)志望。

「え、え、えと、自分は、メイドになりに来たんだけれども。こ、こ、子守を学びたいとかそう思ってたり」
 ちょっとオタクが入ったバンダナ男、江本は子守女中(ナースメイド)志望。

「なるほど。ちょっと待て機関からの妨害だ。なに、僕の事か? 話してやらないでもない。そうだな、僕はメイドに、そうだ、メイドになりに来た。なにをだと? 決まっているだろう、そうだ、教育を施すメイドだ」
 少しめんどくさい中二病の青年、緒方は女家庭教師(カヴァネス)志望。

 ってか、全員男じゃん!

 ――ところで、今回の君達への依頼だが。

 メイドは主を守る強さがあって当たり前!
 その教育のために、戦闘訓練も積み重ねてきた。
 戦闘の実地訓練として彼らと戦闘を行って欲しい。
 
 そして、ここからが普通の戦闘と違うところなのだが、彼らを説得して欲しいのだ。
 教えている身として、彼らの夢を絶つのは忍びないのだが、メイドを目指すのをやめるよう説得して欲しい!

 だから、メイドは女の人しかなれないんだってば……。
 何度言ったらわかってくれるの……?


リプレイ本文

●maid servant school
 白百合の花の甘い香り。
 その匂いに導かれるまま、その茂みを越えてごらん。
 白亜の豪邸が見えるはずだから――。
                                                                                          
 久遠ヶ原学園のどこかにあると言われる、メイドの園、メイド専門育成スクール。
 そこには、メイドになることを夢見る少女淑女達が足繁く通うのだという。
「学長、今日を逃せば、彼らをこのスクールから排出することになってしまいます」
「そのために依頼を出したのではないか。大丈夫、彼らならやってくれる」
                                             

●食堂にディナーのご用意を
「では足田君、キッチンメイドとしての実戦訓練だ」
「うぃーすっ」
                                                                                          
 窓から入る斜光が、静謐に満たされている部屋の中に落ち、ワックスで磨かれたタイルの上を滑る。ここは館の中で一、二を争うほど大きな部屋、食堂。その作りはさながら中世ヨーロッパの貴族が客人を迎え入れ、宴を催すような絢爛な作りだ。三十人以上は掛けられるような縦長のテーブルには、レースの付いたクロスが敷かれていた。その上には、火の付いていない蝋燭立てと、料理のフルコースが置かれている。
 今、そこに入口と反対側の壁を背にして、髪を金色に染めた青年が立っていた。ロングスカートのメイド服に身を包み、両手には肉切り包丁。傍らには、新鮮野菜やら、食材がある。
 彼の名前は足田――、台所女中(キッチンメイド)志望・足田。
                                                                                          
 足田の前に、一人の少女が歩み出る。小柄で子供っぽい容姿の少女。
「こんにちはですわ」
 おっとりとしていてかつ清楚に丁寧に。そんな心遣いがうかがえる挨拶。
 膝下長めのスカートを備えた純白のメイド服が、その小さくて華奢な体を包み。白銀の髪は、ふわりと流れて揺れる。喫茶店『キャスリング』のメイド長でもある、斉凛(ja6571)はまず始めに丁寧なお辞儀をした。
 その一挙手一投足は真似の出来ない凄みがあり、ああこれぞメイドだ、という雰囲気を湛えている。
 しかしながら、足田は反省の色すらない。
「うっす」
「……言葉遣いから、ですわね」
「ああ、それまえから言われてるッス。でも、これ、俺の個性なんで」
「個性、ですか。そんなものが。……失礼しました、つい口が滑ってしまいましたわ」
 凜の目の中に一瞬だけちらついたのは黒い感情だった。けれどそれを外面の白さがこれもまた一瞬で打ち消す。メイドとはかくあるべき、なのかもしれない。
                                                                                          
 その背後からやってきたのは蓮城 真緋呂(jb6120)。三つ編みが清楚な雰囲気を醸し出している女の子。
 メイドスクールだからメイド服着るのかしらどうせだからね、と真緋呂はメイド服を借りてきていた。始めはどことなくぎこちない仕草だったものの、時が経つにつれ慣れてきたようで今では平然と歩いている。背筋がいつも以上にしゃんと伸びているのは、やはり衣装のおかげかもしれない。
 ……裾を踏んで転ぶところもご愛敬だろうか。
「何故メイド希望なの?」
 真緋呂は納得できない顔だったが、その口調は優しく語りかけるようなものだ。叱りつけるよりもなだめて説得する方が成功することを心得ているようだった。
「俺、メイドって感じじゃないっすか」
「……えっと」
「特に理由は無いッス。なんかメイドいいなって思ったから」
「つまり、何でも良かったってこと?」
「うす」
 これには真緋呂もあきれ顔だ。
                                                                                          
 その足田の態度に、肩を怒らせて前に出たのは、みくず(jb2654)だ。
 碧い目をきゅっと絞り、淡い銀髪から見せた狐の耳をピンと張り詰めさせる。
 ヴィクトリア調のモデルだろうか、古くレディーズメイドの制服だったレトロなメイド服、そのスカートを翻らせて、さらに一歩出る。
「メイドは女性がなるもの! 男性だったら執事でしょ!? だからさっさと諦めるのー!」
 キリッとした口調で言い放った。
「英国メイドのあるべき姿を壊さないでください!」
「は? 何言ってんの?」
 みくずはほっぺたをぷくっと膨らませて、詰め寄る。
「秋葉原に行けばわかると思いますーっ!」
 足田は鼻で笑うばかり。
                                                                                          
 みくずの肩を取って、歩みを止まらせたのは、彼女の兄である紫 北斗(jb2918)だった。
 普段愛用しているジャージを脱ぎ去り、家令(ハウススチュワード)のように、燕尾服に黒い蝶ネクタイを着けている。
 足田に、その鋭い眼光を移した。
「男ならなんで執事目指さへんのや?」
「ぶっちゃけどっちでもいいっすよ」
「そんな覚悟で、仕事をしようとしているのか?」
「なにマジになっちゃってんの?」
 退屈そうにあくびを漏らした足田は、包丁をお手玉のように扱うと、
「んじゃ、そろそろ始めちゃっていいっすか、実戦訓練ってやつ。俺、この後遊びに行く予定なんすよ」
                                                                                          
「言って聞かないなら、仕方ありませんね」
「そうだね」
「やってやるです!」
「ったく、しょうがないやつやね」
 四人は、四方に散って構えた。
 足田は包丁を両手で構えて突撃。
                                                                                          
「喫茶店キャスリングメイド長として、メイドのなんたるかを教えて差し上げますわ」
 凛は、足田の突進をひらりとかわすと、紅茶を取り出す。
「キャスリングでは、紅茶の種類をダージリン、キーマン、アッサムとよりどりみどり取りそろえておりますわ」
 攻撃をかわしながら、ティーカップのお湯を一度捨てる。
「グレードは、オレンジペコ、ペコ、スーチョンのどれがよろしいでしょうか」
 ティーストレーナーを通して紅茶を注いだ。
「セカンドフレッシュの紅茶。最高級品を淹れさせていただきました」
 包丁の一撃を持ち替えたシルバートレイで防ぐ。
 カトラリーを投げて牽制した。
 その隙に乗じて、流れるように立ち位置を変えたのは真緋呂。
 緋色の目でターゲットを認識すると、飛鷲翔扇から、阿弥陀蓮華に持ち替えて斬る。
 バックステップでよけた足田は、包丁を横薙ぎで構えてカウンター。
 真緋呂は受ける。
 つばぜり合い。
「ご主人様にお仕えする為の包丁を武器にするなんて言語道断。それで料理を出すつもり?」
「だからなんなんすか?」
 足田はさらに後ろに下がり、カボチャを手に取ると投げる。
 真緋呂は、さらにアイスウィップに持ち替える。
 カボチャを絡め取ると、電撃を手に溜め剣状に伸ばす。
「食材を投げるなんて、メイド以前に人として許せない」
 磁場を形成し床を滑る。
 みくずは戦いを真剣な顔で見定めていた。
 だがその実、別の魔とも戦っている。その名を……空腹の魔。
 お腹すいた!
 ……お腹がすいて力が出ない……。
 と、そこに足田の投げたキュウリが目に入る。
 これは……。
「食べ物祖末にしちゃいけません!」
 ぱくり
 おいしい
 ハンバーグ飛んできた
 キャッチ
 ぱくり
 おいしい
 ぱくり……
 みくずはハッと気付く。
 敵から施しを受けている場合じゃない!
「お、お兄ちゃんも何か言って! ……って、何か言ってる?」
 北斗が取り出したもの。
 それは、妹から情報を得て手に入れた成人向けメイド本。
「んん……」
 喉の調子を確認する。
 そして、意思疎通を発動させ 脳内に直接流し込む。
 タイトルは『鬼畜ご主人様と、女装メイド』……。
 リバ無しで、受けはもちろん女装メイドだ。
 だとしたら、高い声色に変えなければ。
 ……脳内に再生しています。

女装メイド「くそ、なんで俺がこんな格好を……」
ご主人様「いいから、ご主人様と呼んでみろ」
女装メイド「い、いやだ。誰がお前なんか!」
ご主人様「そうか、ならじっくりと調教してやろう」
女装メイド「やめろ、そ……そこはっ……あ、うあ……アーッ」 

 北斗は無心になって朗読している。
 ――しながら思った。
「地球人の妄想力って…すごいんどすな…」
 足田の脳内に、悪魔のささやきを流し込む。
「メイドをこのまま目指すと大変な事になるぞ」 
 足田はうげーっと顔を青くして、震えだした。
 その間隙、真緋呂がサンダーブレイドをたたき込んだ。
「うがっ」
 麻痺した足田は、最後の力を振り絞り包丁を振り抜こうとする。
 凜のLSが火を噴いた。
 回避射撃が間に合い、真緋呂は後方へ。
 そして、凜が足田の背後に迫る。
「チェックメイトですわ」
 精密射撃――。
 銃声とともに、足田は膝を屈した。
 ポットからカップへお茶の一滴を落とし終えた凜は、優雅にお辞儀をする。背後にまるで本当に立派な洋館とそこに仕える従者が見えるようだった。
 凜は厳かに、慎ましやかに微笑む。
「お茶会の準備ができましたわ。皆様キャスリングへどうぞお越しくださいませ」
 

 戦闘が終わり、凜は床に倒れている足田の袂に立った。一流のメイド長たる所以でもあるその優しさ、雅さ、上品さ、それがなびかせた髪の毛一本一本から伝わってくる。
「メイドに必要なのは優雅さ。貴方にメイドは勤まりませんわ」
「メイドたるもの、これくらい戦いながら出来なくては」
 言いながら真緋呂は手際よく、食材を料理に変えている。その目はすでに藍。さっきまで滲ませていた戦闘の気配はまったく感じられず、あるのは明るく素直な本好きの少女。食材を選別しながら、足田に投げかけた。
「男ならコック目指したらいいのに」
「みくずの胃袋を満足させられないやつがどうして一人前のメイドになれるん?」
 北斗は黄金色の瞳を開かせたまま、言い放つ。 
 真緋呂の作る料理と、アフタヌーンセットの匂いに釣られたみくずは、倒れている足田に呟いた。
「てゆかなんで執事じゃないの? 執事モテるのに…」

「執事か……。それなら、俺も……」
 足田はそう言って気絶した。


●ランドリーには刀がつきもの?
「五十嵐君、準備はいいかね?」
「拙者はいつでも覚悟は出来ております故」


 天窓から注ぐ光に照らされる螺旋階段は、吹き抜けの廊下の中頃にある。一階、二階、三階と接続しており、階段の根には人一人がやっと通れるほどの戸が用意されている。そこをくぐり抜けると、コの字に造られた館の、大きな中庭が見えた。
 晴天の青空の下――。
 サッカーフィールド並に広いその中庭では、真っ白いシーツが幾枚も揺れている。
 シーツに黒い影が現れた。
 ロングスカート、腰には大太刀の柄。
 洗濯物を干し終えたその人影は、洗濯物籠を頭に被った。
 侍を自称する彼の名前は五十嵐――、洗濯女中(ランドリーメイド)志望・五十嵐。


 野武士のような、修験者のような、メイドではないような出で立ちの五十嵐。
「拙者、五十嵐という依然メイドにはなりきれぬもの。そなたらが臨時講師か?」
 ええそうね――。
 そう答えたのは口元のほくろが魅力的な淑女、百嶋 雪火(ja3563)。
 ワンレングスの黒髪が艶やか、知性的に揺れている。
 青みがかった瞳と、その上に被さる長いまつげが、憐憫の情が宿ったかのように少し曲がる。
「五十嵐さん?」
「なんでござるか?」
「男の使用人はメイドとは呼ばれないのよ…?」
 五十嵐は数秒硬直した後、ふふと笑ってあしらう。
「なにを仰るのでござるか? メイドとは武の道。呼ばれる呼ばれぬの問題ではござらん」
「執事、従僕、小姓、下男、従者、近侍、御者…男性使用人の呼称はどうやってもメイドにはならないの」
「……ハハ、なにを馬鹿な」
 雪花は現実を突きつける。
「男なんだから『男中』よね?」
「……あ」
「でしょ?」
 五十嵐は、しかし首を振る。


「メイドとは主従に使える現代のもののふ。そして、その道は武芸十八般を収めた拙者にこそふさわしい。たとえ、そこが修羅の道であろうとも!」 
 五十嵐は柄に手を掛け鞘走り、居合い切りの踏み込み。
 二の太刀を構えた時、
「あらあら、洗濯物が汚れてしまいますわ」
 と、姫路 神楽(jb0862)が歩み出る。
 小柄な体格にメイド服、頭の上には狐耳カチューシャ。
 ぴょこぴょこと愛らしく跳ねている。
 振りかざした刀を気にする仕草などおくびにも出さず、平然とその前を通り、五十嵐が暴れたせいで落ちた洗濯物を拾い集めていた。
「拙者は実戦の稽古と聞き及び候」
「そうらしいですね」
「ならば、稽古を賜りたい」
「洗濯物をないがしろにして?」
「それよりも大事なことがある」
「……そう」
 神楽はくりくりしているが切れ長の目で、五十嵐を見上げる。


「ブレイカー、ブレイカー♪」
 どこか耳馴染みのあるメロディと共に現れたのは、学生起業を目指す、日本撃退士攻業 美奈(jb7003)。
「サムライの内職なら傘貼りか封筒貼りでもしていることね」
 スカートから突き出た二本の足。
 ほどよい肉付きと、筋肉の描く曲線。
 その二つは、男女を問わずほうっと見惚れてしまう造形美をしている。
「あたしの足技は時代錯誤の侍メイドなど敵ではないんだよ!」
 美脚すぎるとネットでも有名な彼女の武器である華麗なる美脚から繰り出す上段回し蹴りは、五十嵐の首元を捉えていた。
 しかし、五十嵐は紙一重で避け、シーツの陰に隠れる。 
 いくら逃げようと、視点が低ければ関係ない。
 逆立ちになって構えた美奈は、その遮蔽を利用して、回り込んだ。踊るようにして蹴りを放つ。
 蹴りをいなした五十嵐は、野太刀を引きながら振り下ろす。
 受け止めようとした美奈だったが、あまりの迫力にカポエラマスターの勘が働き、その場は避けた。
 立ち回りを変わるように現れたのは小柄な人影。
「…さてさて、回収も終わりましたし、…メイドとして大切な事を、教えましょう…」
 メイル・ブレーカーを構えた神楽は、五十嵐の前に現れると、にこり上品に笑う。
「洗濯物がある所で暴れるのは、清潔感を保つメイドとしてダメですよ。…だからやめましょうね?」
「く」
 神楽は五十嵐の振り回す太刀の機先を制して受け流し、一撃を加える。


 追い込まれた五十嵐は、負傷部分を押さえながらバサリと振るう純白の大型シーツの前に立っていた。
 ウィングクロスボウを構えた雪火が五十嵐に狙いを定める。
「今、ペイント弾がセットされているの。あなたが避けたりなんかしたら、その洗濯物はどうなるかしら。よく考えなさい」
「……おのれ」
 五十嵐は太刀を鞘にしまい、居合いの構えを取る。
「拙者の居合い術は鞘走りの瞬間、音速を超える。その弾丸とどちらが早いでござるか?」
「それがあなたの答えなの? ……一つ言っておくけど」
 雪花は撃ちながら口にする。
「どうしてもメイドになりたいなら女になって出直しなさい!」
 にやりと笑った五十嵐の背後には、美奈が立っている。
 そして、男に対してなら一撃必殺の攻撃「金☆的」をお見舞いする。
「んごおおおおおうっ」
 顔を真っ青にして動けなくなった五十嵐の顔に、ぺちゃりとペイント弾が当たった。
「ったく、仮面のアレはフィクションなんだから現実を見ろ」
 美奈の言葉は届いていないみたいだった。


 ようやく回復してきた五十嵐の袂には神楽が立っている。
「貴方にはもっと良い仕事があると思うので、メイドではなくもっとカッコいい仕事をして欲しいですね♪」
「……かもしれんな。ふふ、拙者もこんな少女に説得されるようでは……」
「私、男ですよ」
 ぴしり、五十嵐にヒビが入った。
 そして、戻ってくる。
「はは、なるほど、メイドになれる男とはおぬしのようなものを言うのだな。拙者にはどうやら無理でござる」
 神楽はふと思い出したように頭を下げた。
「名乗っておりませんでしたね。“キャスリング”の準従業員、姫路神楽です。今度は普通のお客様として、キャスリングにおいで下さい。美味しい料理でお持て成ししますので♪」
 皆様も、と神楽は顔を上げたのだった。


●ザツヨウインザマンション
「浮田君、準備は良いかね?」
「おで、頑張る」

 西洋風の館をモデルにしているこのスクールの一番長い廊下は、エントランス上階にある。そこには金で縁取られた臙脂色の絨毯が敷き詰められていて、等間隔にはめられた窓から日の光を採り入れている。風からやってきた風。高級そうな壁紙に当たって拡がる。
 廊下の真ん中に誰かが立っていた。
 手には、フローリング清掃用のモップ、ロングスカートのフリルエプロン。
 彼の名前は浮田、――雑用女中(メイドオブオールワークス)志望・浮田。
 

「否定はしないが 一般的には罰ゲームでしかないよね。何故執事という発想がないのか。どうして?」
 窓から落ちたひだまりの中に立ったのは、鴉乃宮 歌音(ja0427)。
 金色の髪はいかにも女性的なしなやかさを帯び、薄く塗ったファンデーションにチーク、自然な色のルージュはそれを引き立てている。
 甘く上品な香り。
 風に運ばれたその香水の匂いに惑わされれば、『彼』のことを女の子と本気でしまいそうになる。たとえ男の娘だとわかっていても。
「おで、わからない」
「わからないって、じゃあなんでその服を着てるんだ?」
「この服じゃないとメイドになれない」
「……話が通じないなあ」


 次に、ひだまりの中に現れたのは、光を浴びて輝くような漆塗りの黒、そんな長髪を持った少女ステラ シアフィールド(jb3278)だ。
 慣れた様子で自前のメイド服を着こなし。
 両足を揃えて立ち止まると、スカートの裾をつまみ上げ、片足を片足の後ろへ。
 クロスさせた両足をわずかに屈するようにして首だけでお辞儀をする。
 カーテシ−。
 それは、西洋貴族における女性の挨拶だった。
「お仕事中に失礼致します、わたくしステラ シアフィールドと申しますお見知りおきを」
「おで、浮田」
「ええ、存じております」
 ステラは微笑み返す。
「些末な疑問ですが、なぜメイドなのでしょうか? 使われる身分より使役する側の方が、男性にとっては本懐ではないのでしょうか」
 浮田は少し考えるように中空を睨む。
 だが、答えが出なかったようだ。
「おで、わからない」
 と、だけ答える。
 そうですか……。
「ありがとう存じます」

 ひだまりを通過して、一団より数歩前に出たのは、睦月 芽楼(jb3773)。
 彼女のたおやかな銀色の髪を流したのは時代的に初期のメイド制服、ヴィクトリア時代のメイド服だった。
 芽楼は、銀色の瞳を細くして、キッと睨みつける。
「メイドオブオールワークスとは本来、複数人のメイドを雇えない中流階層の家に雇われる事の多かったプロフェッショナル! ただ一人で家の中の事を取り仕切るメイドの中のメイド! 掃除、炊事、洗濯、ご主人様の日程管理、来客のおもてなし。すべてができて初めて名乗れるものなのです! 貴方にその覚悟がおありでしょうか! 」
 浮田はその剣幕に飲まれてしまい、ポカンとしている。
 その態度がよけいに芽楼を刺激した。
「あるのですか、ないのですか?」
「おで、わかんない」
「もういいです……。……それならば、私がメイドオブオールワークスというものを見せてあげるのです!」
 ピッと人差し指を伸ばして、教育なのです、と意気込む。


 遅れて現れたのは、ガーネットとブラック、二色カラーのメイド服に身を包んでいるルルディ(jb4008)だった。翼は赤。腕には包帯を巻いていて、露出は少ない仕様になっている。
 その瞬間、風も吹いていないのに躑躅色の髪の毛がなびく。
 橙色の光が螺旋のように舞い飛び、刹那、髪は青、翼の色は赤黒身を帯びた気がしたが、瞬きの間に元にも出っていた。光だけが彼女を覆う。
 紫の瞳は、お喋りをしましょうとばかりに、にこやかに微笑んでいた。
 浮田はその微笑みに絆されたような顔をしている。
「ボク達が集められたのは、あなたを教育するためです」
 浮田はうなずく。
 ルルディは、高めの声で続けた。
「理解しているなら話が早い」
 テュランウィップを顕現させて、手に持つ。
「浮田さん、突然ですが私と勝負ですのよ!」
 ルルディは踏み込み、勝負という声に反応した浮田のモップの振り回しに反応して、高い天井へと逃げる。
 その攻撃に続いたのは芽楼だった。
「喫茶店『キャスリング』のメイドとして鍛えられた戦闘力と掃除力を見せつけるのです!」
 芽楼はプルガシオンを手に、その内容を唱える。背後に浮かんだ光の玉は、一直線に浮田にぶち当たり、カウンターが来る前に死の翼を顕現させて飛翔。
 次の攻撃に移るのかと思いきや、物質をすり抜けて向かったのは壁に掛けられた柱時計。
 その内部を丁寧に磨いている。
 こんな汚れにまで目がいくとは、さすが一流のメイドだ!
 芽楼が隅々まで廊下を掃除している頃、歌音は戦闘状態に入った折、一気に距離を取り、彫刻の影に潜り込んだ。
 開幕――幻視猛進『遊撃兵』。
 歌音の周囲に揺れる陽炎は、見る者に兵士達の幻を見せる。
 伏せ撃ちの構えで、足を狙い撃つ!
 ステラは、歌音よりもさらに後方へ。芽楼は掃除に余念が無い。
「雑用と言うものは色々ありますわ! 辛く大変でもご主人様の為に貴方は命を捧げられるのですか? 捧げられないと言う軟弱ものはとっとと撃退士の勉強しやがれ!」
 ルルディの天使の微笑みは浮田の足を止めた。
 その隙に、鞭でモップを絡め取る。
 モップを取られた浮田は、うおおおおおおおおおと、痛む足も忘れて猛然と走り出した。
 そこには歌音がいる。
『遊撃兵』による近距離射撃。
 冷静かつ正確な射撃によって、浮田の足は再び止まる。
「チェックメイト」
 幻視殺劇『暗殺者』――。
 冷酷無比な影を纏った歌音の放つ銃声によって、浮田は動かなくなったのだった。

 歌音はそれがもはや戦う意思を無くしていることを察すると、喋りかける。
「君は……女装したいだけではないのか? 戦う執事(バトラー)も格好良いとは思わないかね
。燕尾服あるから着てみなさい。きっと似合うから」
 ふと自分を客観視してみる。
「私は、趣味と職業柄両面で着ている。見た目で惑わす『武器』故にね」
「ふぅ、やっと掃除終わりました。まったく、ぜんぜん汚れていたのですよ。メイドをやるなら、もっとしっかり掃除しなくちゃイケナイのです!」
 芽楼は満足げだ。
 ルルディが肩をすくめていた。
「ボクみたいな女の子にやられちゃうなんて、ダメだよ?」
「そうだ……。おで、弱い」
「そう、弱い。それに、ボクのこと男とわからないようじゃ終わっているんだよ」
 冷たく言い捨てると、その場を去って行く。
「では、わたくしは皆様の治療に当たりたいと思います。まず始めは、浮田様からですね」
 ステラはそう言って、浮田の治療を開始する。
「……おで、強くなる。メイドじゃなくて、強くなりたい」
 そう言って、浮田は泣いていた。


●子守歌にピストルはいかが?
「では、江本君、準備は良いかな?」
「え、えと、自分は、はい」

 朝日を多く取りこむため、このスクールの子供部屋は東南にある。真っ白いレースのカーテンが波を打ち、窓を臨む場所にはシンプルでいて頑丈そうな四つ足の机。キングサイズにも匹敵する天蓋付きのベッドには枕が一つ。その傍らにはたくさんのぬいぐるみ。どうやら、女の子の部屋という設定らしい。他に家具があるとすれば、二十以上の引き出しが重なった巨大な洋服棚、二メートルはある全身鏡、教材が詰め込まれた本棚。娯楽に関するものは見当たらなかった。いかにも、貴族のお嬢様が暇を持て余すようなお部屋だ。
 そこにいたのは江本、――子守女中(ナースメイド)志望・江本。
 頭にバンダナ、腰にはヒップホルダー、肩にはライフル弾の弾帯を装備したメイド服だった。

  
「よっこらせ、ん、入らないねえ。ちょっと手伝ってくれる?」
 子供部屋の両開きの扉に見えたのは、ミセスダイナマイトボディー(jb1529)。
 撃退士のような半分肉体労働の職種には珍しく、でっぷりとした体型の女性だ。まるで機敏な動きが出来る様子が想像できない。
「…押すけど、大丈夫?」
「ほな、よろしく頼むわ」
「…わかった」
 後ろから背中をイスル イェーガー(jb1632)に押してもらい、やっとの思いでミセスは子供部屋に上がり込む。
 と、江本を見つけた。
「江本やな?」
「そ、そうだけど、なに?」
「なにやない。うちはあんたを教育しにきたんや」
「ふーん」
 江本はまるで気にならないように目をあさっての方向に向ける。
「ところで、あんたは子守がしたいらしいけど」
「だ、だめなのかよ」
「いや、それは止めん。でもな、子守がどんなに大変なんかわかっとるか? 子供相手っていうのはな、それこそ戦争みたいなもんや。ちょっとしたことが命取りになる。ちょっと目を外しただけ、ちょっと叱っただけ、ちょっと忘れただけ。それだけで取り返しのつかないことになるかもしれんのや、その覚悟があるか?」
「そんなの、ただ子供を見てればいいだけじゃん」
「……だめ、やな。そんな覚悟じゃ子守なんて任せられへん」


 ミセスの横に歩み出て並んだイスル。
 赤褐色の肌に黒い髪。
 自然に見開かれた青の双眼は、なんの先入観も無く目の前のメイド服男を、ありのままとして見定めている。その無表情からはなにも読み取ることが出来ないが、どうやら哀れむような雰囲気だけは伝わってきた。
 何とか説得しようと、口を開く。
「…メイドとしてでない方向で、子供と向き合えないのかな?」
「ほ、他になにかあるのかよ」
「…たくさん、あると思う」
「たとえば?」
「…保育士?」
「だめ、保育園とかうるさいだろ。あんなところで働く気がしない」
「…それは、メイドでも一緒じゃ」
「違うし。メイドが相手するのはお嬢様だけだし」
「…え?」
「だから、お嬢様はおしとやかだから世話焼かせないんだよ。わかったかよ」
 どうだ俺って頭良いだろみたいな顔をして鼻で笑うもんだから、さすがのイスルも頭に来てしまった。
「…うん…少し、頭冷やそうか。ねぇ?」


 今し方、子供部屋に、もう二人、影が増えた。
 エステリーゼ・S・朝櫻(jb6511)と、望月 六花(jb6514)だ。

 エステリーゼは桃色の瞳をくりくりと動かし、江本を見つけた。
 ふわふわとした茶気の髪を踊らせながら、近づく。
「そもそも前提からして間違っているのに気付かないのかしら?」
 そう呟きながら、足音を高く響かせて止まった。子供部屋にしては大きい部屋だったが、その広さを一瞬たりとも驚いていないのは、馴染みがあるからだろうか。物静かな印象だが、やはり生粋のお嬢様なのだろう。
「さ、貴方の担当は何?」
 淡々とした言葉遣いで質問する。
 江本はその高貴な迫力に負けてしまっていたが、やがて頬を赤らめながら答える。
「こ、子守女中」
「…………は? 子守女中? …………」
 ここにいる以上、それに気付くべきなのだろうが、彼女にしてみたら目が点だったのかもしれない。まさか、男が子守女中なんて。
「私の生活していた家にも使用人はいたけど、男が子守女中なんて聞いたことがない……」
「じ、自分、仕えるなら君みたいので」
 その言いぐさに、エステリーゼはぴくりと眉を動かした。
「なぜなの?」
「だって、幼女だし」
「…誰が幼女ですって?」
 淡々としていた口調が、その時だけ色味を帯びた。


 六花は主人であるエステリーゼの機微に気付き、制するように前へと出る。
 月明かりのもと、しんしんと積もる雪のように真っ青な瞳で、六花は江本を見据える。
 紳士的な対応――。
 好印象を与えるような仕草に、江本も気を許したようだった。
「メイドになりたいという事でしたが、子守りをするのならばもっと自分自身がしっかりとしなくてはなりません。よろしいですか?」
 自らの経験を踏まえて、六花は続ける。
「言葉づかいは勿論動作、それに身だしなみは大事な要素ですよ。それが分からないようではメイドはとてもつとまりません」
「関係あるんだ」
「自分を捨て、主を守る。メイドとはそれに尽きるのです」
「……自分を捨てる」
「そうです。おわかりいただけましたか」
 それはそうと……。
 六花はそれまで湛えていた微笑みをスッと消して、メガネをずり上げる。レンズの奥に覗かせたのは、殺意を薄く引き延ばした怒気のようなものだった。
「……今、エステリーゼ様を変な目で見ませんでした?」
「へ、変な目ってなんだよ」
「幼女とか」
「それは……」
 江本の吃りを答えと見なした六花は、突然光纏を始める。
 薄く青みがかった白の中に、粉雪がちらちら。
「そうですか。ならば、全力でお相手しましょう」
「く、来る……」
 恐怖に駆られた江本はホルスターから拳銃を二丁取り出して、それを撃ちはなった。
 その弾丸は、全て漏らすことなく、六花のシールドが阻んだ。
 六花は飛苦無を投げ打ち、江本を居着くように牽制すると、扇に持ち替える。
「あたしのことを幼女って……」
 エステリーゼはまだ怒りに震えている。
「エステリーゼ様、あれは私にお任せください」
「退きなさい、六花。我慢できないわ」
 いつもは冷静なエステリーゼも幼女呼ばわりには向かっ腹を立てたらしい。
 緊急障壁を展開し、その上でクリスタルダスト――。
 鋭い氷の錐が江本を目掛ける。
「そこの下郎……間違えたわ。メイド志望だったわね。ごめんなさい。少し教育をしてあげようと思っただけなの」
「教育、これが?」
「ええそうよ。個人的感情なんて入って居ないわ。ええ、入っていないとも、うふふ。子供って理不尽な物だもの。仕方が無いわ」 
「お、お嬢様なんて……」
「なに、かしら?」
 ヒュッという風切り音と共に氷の錐は飛ぶ。
「ひぃっ」
「許してあげるわ、あなたのこと。だから、」
 氷の錐は飛ぶ。
「許しを請いなさい?」
 エステリーゼは上品に笑っている。
「うわあああ」
 江本は逃げ出した。
 そこに待ち構えていたのはミセス。光纏した瞬間、まるで体内にため込んでいたものを放出するように萎んだ。
「驚いた、うち……私の姿に」
 口調まで変わっている。
 さっきまでの面影はなく、綺麗な女の人がそこに立っていたのだ。
 イスルがその細身の姿見て、唐突に呼びかける。
「…昔、って言うほどじゃないけど、以前の姿だね」
「そうやろか?」
「…たぶん」
 二人で同時に、江本を見る。
 その迫力は江本の恐怖心を煽るには十分だった。
 イスルは走り、銃弾をかわす。
 彼が壁となっている間に、ミセスはハイドアンドシークで潜行し江本のすぐそばまで接近すると、ゴーストアローを放った。その闇の矢は知覚されずに江本にぶち当たり、目標を床に転がす。
 起き上がったところで、イスルのフォースが発動する。機械剣S-01から放たれた光の波はさらに江本を突き飛ばし、壁際まで追い込んだ。
 ミセスの放った弾丸が、江本の持つ二丁拳銃を狙う。
 拳銃は弾かれて床に転がったのだった。


 江本を囲んで四人が、腕を組んでいる。
 みんなの気持ちを代表するようにエステリーゼが口を開く。
「あなたにメイドは無理よ。……というか、始めから男にメイドは無理よ」
 江本はがっくりとうなだれている。
「な、なにが足りなかったんだよ」
「いい? 主人との信頼関係が大切なのよ」
 そんなことも気付かないの、と言うような口ぶりで偉ぶったエステリーゼは、ふと六花が自分を見ていることに気付いた。
 いつになく顔を赤らめたエステリーゼは、少し口を尖らせる。
「べ、別に六花のことを信用してるとか……そんなこと、あ、当たり前でしょう」
「ええ。私もエステリーゼお嬢様のことを親愛しております」
 六花は穏やかな笑顔を向ける。
 その数秒後、今度は江本に目を向けた。
「私程度も突破できないようならば、子どもを守ることはできませんよ」
「でも、じ、自分は……」
「わかりました」
 六花は、江本を立たせると埃をはたいて身なりを整えてやる。
「でしたら、こちらをお使いください」
 手渡したのは几帳面にたたまれた執事服。
「メイドではなく、こちらで主様のために尽くしてみてはいかがでしょうか」
 江本は執事服に目を落として、沈黙していた。


●家庭教師について機関報告書NO.000(ノーコード)
「残ったのは君だけだね、緒方君」
「なに計画が早まっただと!? 金と権力にしか頭にない能なし共めっ。しかたがない、今回はそちらに付くことにしてやる。MP(メサイアプロトコル)にそう伝えてくれ」

 館とは一階から続く連絡通路で繋がっている別館に講堂がある。すり鉢状に長机が並んだ教室で、おおきなブラックボードが南側一面の壁に張り出されていた。そこでは、メイドにおける知識や常識を教え込むのが常。時折、現役のメイドを臨時講師に招いて講演会なども行われていた。防音加工も施されているので、発声の練習にも使われることもある。
 その講堂に立っていたのは、メイド服の上に白衣を着込んだ怪しげな男。
 メガネはダテで、本人はそれをくいっと持ち上げる仕草がお気に入りだ。
 彼の名前は緒方、――女家庭教師(カヴァネス)志望・緒方
 

「これより、作戦ネーム『コキュートス』を発動する。なに、こちらから出向かなくとも『奴ら』から現れるさ。お前も知っているだろう、黒き狼(フェンリル)。そう、あの世界での『奴ら』の名称のことだ。その名も、Evill Gainer――。俺と真逆の存在さ」
 黒板の前で、緒方は意味深でいてその実、内容がなさそうな言葉を言い立てた。
 エルレーン・バルハザード(ja0889)は、眉をひそめる。言っている言葉の半分もわからないのだ。難色を示すのも当たり前だ。
 むしろ、言っている本人ですらなにを話しているのかわかっていないだろう。
 緒方は襟に向かって喋りかけているが、そこには通信機などなく、カフスボタンが付けられているだけだったのだから。
「わあ、えにかいたよーなちゅーにびょうだよぅ…。うーん、ニジゲンだったらゆるせるけど、リアルだとマジでうざきもいね☆」
 エルレーンは、ポケットからスマートフォンを取り出して録画のボタンを押す。
 後で正気に戻った時に見せつけてやろうという魂胆だ。
「貴様、幻影に取り憑かれているな? 黒い狼、奴らの中にも感染者が」
「ねえねえ、さっきからいたいよぉ……」
「痛い、だとぉ……。ふんっ、思想統制をされたチルドレンか。どやらまだアナザーチルドレンである我々のことは……おっと、これ以上を話したら『奴ら』に嗅ぎつけられるな」
『奴ら』とは、もちろん架空の存在だ。
 こういう人達の話す代名詞や指示語は当てにならない。
 エルレーンもそれを知っているから、俺って格好いいだろオーラで見てくる緒方の言葉を真に受けない。
 先ほど録画した映像を確認してみる。
「うはーレンズ越しでもきもいねえ( ´∀`)」
 これはもう……生暖かい目もできない。
 エルレーンは胸焼けがする思いで、もう一度録画を続行するのだった。


 ミニスカのメイド服、いわゆるフレンチメイド服を着たスピネル・クリムゾン(jb7168)は、金色の眼を三日月型に曲げてキャキャと笑うと、イタズラっぽく八重歯を見せた。桃色の髪の毛が流れるように揺れて、その笑みは思案顔へと転じる。
「緒方…ん〜…オガちゃんだねっ」
「オガちゃん!? 我が名は緒方・G(グレイプニル)・S(シモンマグス)」
「うん、だから、オガちゃん」
「貴様、……まあいい。この名に込められた意味を解くことなどモノリスを用いても不可能だろうからな」
 スピネルは、人差し指を唇に付けて、
「でもさ〜」
 と、一房だけ色が違う前髪を指で弄びながら口をつく。
「ねえ、オガちゃん、男のメイドって執事じゃないの?」
「……なにをわけのわからないことを」
「もしかして、オガちゃんって、馬鹿?」
「貴様、私を侮辱するのか?」
「だって、本当のことだもん」
 スピネルに言われて、緒方は顔を真っ赤にしていた。
 彼はどうやらポーカーフェイスが出来ない人らしい。
「ねぇオガちゃん、あたしより可愛くなってから出なおしておいでよ〜。ほら、あたしメイド服すっごい似合ってるでしょ?」
 くるりと回ったスピネル。
 ただでさえ短い丈のスカートが遠心力で捲り上がり、太ももが露わになっていく。
 注目を集めておいて、トンと立ち止まったスピネルは上目づかいのかわいらしいポーズを取る。口元は、またイタズラっぽく笑っていた。


 最期に講堂に入ってきたのは、樋口 亮(jb7442)。
 きっちりと整えられたヘアスタイルには几帳面さもうかがえるが、全体の雰囲気としてはどこか裏のある人物にも見えてしまう。その自分の顔がどんな風に笑うのか知り尽くしているとでも言いたげな微笑みがそう感じさせてしまうのだろうか。
「いやぁ濃い濃い。皆さんキャラ立ってますし、これ私は頑張らなくてもどうにかなりますよね」
 飄々、というよりやる気の感じられない語り口で階段を一段一段下りてくる。
「私としてみれば、緒方君でしたか? 君がメイドになっても良いと思っています。ただ、今回は君を止めなければならない。なぜだかわかりますか? そういう依頼だからです」
 前衛後衛で言うと、後衛の位置に止まった亮は、さらに続ける。
「強いて言うならば、そんなに激してはいけない。冷静を欠いては出来ることも出来ないでしょう」
「俺が、自らの内に宿している獣に負けるとでもいいたいのか?」
「いいえ。あなたの虚栄心を持ってすれば、怒りなど些細な事柄です」
「なに?」
「失礼。言葉が過ぎました。――それからもう一つ」
 亮は指を一本立てて見せる。
「講堂は勉学の戦場。暴力はいけませんよ暴力は」
 ふんっ、と緒方は亮を視界から遠ざけた。


「この作戦には機関の協力が必要不可欠だ。いまさら神話の頃の不可侵条約なんて持ち出さないさ。そっちもその気だろう?」
 緒方は相変わらず独り言を続けていた。
 講堂に入ったのは、柘榴明日(jb5253)。肩先に切りそろえられた黒髪、制服は着崩されている様子がなく、一見優等生に見える彼女だったが、じとっと萎ませた緑色の瞳が限りなく強情な心の内を表している。
 象徴的なのが、片手に持った釘バットだった。
「喫茶店キャスリングでメイドとして務めております、柘榴明日と言います」
「我が名は終末(ラグナロク)への対抗手段(セフィラパス)として生み出された――」
「緒方さんですよね」
「ち、違う、そんな平凡な名前じゃない」
「平凡ですか?」
「我が名は、緒方・G(グレイプニル)・S(シモンマグス)。GSと呼んでくれ」
「教育する前に教育された方がいいんじゃないですか?」
 明日もさすがにこのやりとりに辟易したのか、その無愛想な口から怒りをにじませていた。
「まず、子供に悪影響を受けさせるような勉強は間違ってます。そして、中二病という特殊な病気なのでそこから再教育です」
 明日はそう言って、釘バットを担ぎ上げた。
「ふん、再教育など必要ない」
 対して緒方が白衣の中から取り出したのは鞭。
 それを巧みに扱い、明日の目先を狙うようにしならせたが、明日はその攻撃を読んでかわす。逆に釘バットを横に薙いで一撃を決めた。
 と、その瞬間、緒方は白衣を目くらましに使い、釘バットの軌道をわずかにずらして受け流す。
 明日は攻撃に備えたが、バットと鞭ではリーチに差がある。
 その差は後ろ飛びでは埋められるものではなかった。
 鞭の風切り音が、耳横でかすめる。なんとか釘バットを盾にして防御することには成功したが、今度は鞭がバッドに絡みついている。
 これでは身動きが取れない。
 にやりと笑う緒方。
 一閃――。
 跳んできたエルレーンの剣技が、鞭を切り裂いた。
「だいじょーぶかな?」
「ありがとう、ございます」
 その脇に付いた亮は、明日の手を取って立ち上がらせる。
「学生時代のバイトで、暴徒鎮圧なら慣れています。頑張りましょう」
「なるほど、機関の手はここまでのびていたかしっかあしッ! 俺はこんなところでまけるわけにはいかない!」
 緒方は斬られた鞭を捨てて、代わりに鞭を二本取り出す。両手に持ち、サーカスの猛獣使いのような格好だった。
 立ち向かっていったスピネルは、背中に蝶の翅の様な4枚の翼を生やした。その線まで透き通って見えそうな翼は、炎を発現したような緋と、暗闇の中に生まれた靄のようなはっきりとしない闇色を見せる。
 羽ばたかせて飛んだ。鞭の攻撃を避けながら、緒方の周りを回るように旋回しながら上昇する。
 スピネルが持っていたのはヴィリディアン。金属製の美しい糸だ。
 緒方は糸の罠に気付いていなかった。
「これでも食らえッ」
 振るった鞭は、エルレーンを狙い澄ます。
 捉えたと緒方は思ったのだろう。しかし、そこにあったのはスクールジャケットだけ。
 エルレーンは紙一重で避けていた。
「そんな馬鹿な」
「馬鹿は、オガちゃんだよ〜っ」
 スピネルの言葉に、緒方が耳を澄ませた時、同時に体の自由が利かなくなっていることに気付く。糸で雁字搦めになっているのだ。
 飛び込んだのは、明日だった。
 スタンエッジ――。
 その一撃で、緒方は沈黙する。

「オガちゃんさぁ、カヴァネスするって言うわりにはキャラがブレブレだよ〜? まず見た目で論外。執事修行がヤだからってメイドに逃げるとか良くないよ〜? 」
 スピネルは、指さしで指示する。
「ほら、アレもコレも、ソコもだめ。だめだめだよ〜? 」
「今の貴方‥‥8点ですね。100点満点で」
 そう告げたの亮は、理解していない様子の緒方に、ふむと考え込む。
「ではあなたにわかりやすく言いましょう」
「……俺にわかりやすく?」
「あなたの様なディスティニーレコードに名を刻まれている人間は、まず就職案内センターに行くことで第三人格(オーロック)の形成を計る必要がある。 そこで時計の分針と時針がわずかにずれた特異点より送り込まれた第五象限的意思に従い、貴方は新たなる転生をすべきだ。OK?」
 緒方はその言葉に胸を打たれたのか、亮を二度見してこくりと頷いた。
「さてと」
 エルレーンが倒れ込んだ緒方の前に立ち、スマートフォンを突きつけた。そこで再生されていたのは、緒方の偉そうな態度。さっき撮った映像を見せつけているのだ。
 なにより、メイド服の自分を見るというのは、少なからずダメージがあるらしい。
 緒方はうつむいてしまった。
「ね?男がメイドとか、めのどくだよ?」
「では、俺はどうすればいいのだ……」
「男なら、ごしゅじんさまのほう、めざしなよね(´・ω・)-3!」
「しかし、……だが俺には機関を打倒するという計画が」
 そこで緒方の前に出たのは、明日だった。
「私のことは上官と呼びなさい」
「なん……だと……」
「黙っていましたが、私は貴方の上司です。あなたを調査していました」
「ということは、この試験に俺は合格したのですか?」
「いいえ、これからが本当の試験です。今から徹底的に、このキャスリングのメイドである私があなたに教えます」
 そして、明日はほんのりと笑うのだ。
「覚悟しなさい☆」


●そして、その後……
「学長、本日、五人の退学届が提出されました」
「そうか、次からはちゃんと募集要項に『女性に限る』と明記しておくように」
「わかりました」
 そして、この白百合が揺れるメイドの園から男性の姿は消えてなくなったのでした。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: ドクタークロウ・鴉乃宮 歌音(ja0427)
 ┌(┌ ^o^)┐<背徳王・エルレーン・バルハザード(ja0889)
 紅茶神・斉凛(ja6571)
 食欲魔神・Md.瑞姫・イェーガー(jb1529)
 黎明の鐘・逆廻桔梗(jb4008)
 勿忘草のお気に入り・エステリーゼ・S・朝櫻(jb6511)
 美脚すぎる撃退士・日本撃退士攻業 美奈(jb7003)
重体: −
面白かった!:10人

ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
┌(┌ ^o^)┐<背徳王・
エルレーン・バルハザード(ja0889)

大学部5年242組 女 鬼道忍軍
撃退士・
百嶋 雪火(ja3563)

大学部7年144組 女 インフィルトレイター
紅茶神・
斉凛(ja6571)

卒業 女 インフィルトレイター
狐っ娘(オス)・
姫路 神楽(jb0862)

高等部3年27組 男 陰陽師
食欲魔神・
Md.瑞姫・イェーガー(jb1529)

大学部6年1組 女 ナイトウォーカー
悲しみを終わらせる者・
イスル イェーガー(jb1632)

大学部6年18組 男 ディバインナイト
サバイバル大食い優勝者・
みくず(jb2654)

大学部3年250組 女 陰陽師
己の信ずる道貫き通す・
紫 北斗(jb2918)

卒業 男 ナイトウォーカー
愛って何?・
ステラ シアフィールド(jb3278)

大学部1年124組 女 陰陽師
撃退士・
ガイスト(jb3773)

大学部4年4組 女 ナイトウォーカー
黎明の鐘・
逆廻桔梗(jb4008)

中等部3年9組 男 バハムートテイマー
『楽園』華茶会・
柘榴明日(jb5253)

高等部1年1組 女 ダアト
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
勿忘草のお気に入り・
エステリーゼ・S・朝櫻(jb6511)

大学部5年261組 女 ダアト
守護の決意・
望月 六花(jb6514)

大学部6年142組 女 ディバインナイト
美脚すぎる撃退士・
日本撃退士攻業 美奈(jb7003)

大学部7年273組 女 アカシックレコーダー:タイプB
瞬く時と、愛しい日々と・
スピネル・アッシュフィールド(jb7168)

大学部2年8組 女 アカシックレコーダー:タイプA
名司会者・
樋口 亮(jb7442)

大学部7年146組 男 陰陽師