●
赤の鳥居が並ぶ坂道。その石段の中腹に陽波 飛鳥(
ja3599)が立っていた。リボンで結んだ赤髪の房が風の海にたゆたい、仁王立ち。彼女は瞼を薄く開く。
足音。脇の木々が葉を鳴らした。
顔を見せたのは、背の高い鬼神A。
飛鳥はキッと目を見開かせた。踏み鳴らし。足下から黄金にも似た焔の粉塵を現した。
鬼神の向こう側には、もう二体の鬼神も見える。
ショットガンを光纏の内に顕現させると、トンッと軽く石段から飛び降り。鬼神Aを引撃つ。
ギロリと飛鳥を睨む鬼神A。
飛鳥は引きつけるような速さで、後退を始める。
銃声が聞こえる。開戦の狼煙。きっと姉さんのものだ。
風の音の中にそれを感じてほくそ笑んだのは、陽波 透次(
ja0280)だった。鬼神のいる森の中で、どこか安心感を感じている。それは危うい感覚。自分でもわかっているのだ。それが誰かを泣かせてしまうかもしれないということを。
大型に属する拳銃PDW FS80を片手に持ちながら、石段に出る。
頭一つ飛び抜けた鬼神が見えた。それに向かっていく。
「姉さん。背中は任せたね」
飛鳥とすれ違う。
「透次、無茶するんじゃないわよ」
「ん……仮に無茶してもフォローしてくれるでしょ?」
二人の目の揺らぎが交差する。
信頼と、誰にも断ち切ることのできない愛情。
「バカじゃないの」
飛鳥は、透次を睨んだ。
「そんなに怪我したきゃ勝手にしなさいよ!」
飛鳥は知っている。自分の言葉でも彼の危うさは治らないと言うことに。むしろ、自分を守るために、いつか本当に大けがをしてしまうのじゃないか。そんな予感すらあるのだ。だから、彼が離れていってしまう背中を見ると切なくなる。手の届かない場所に行ってしまいそうで。
透次は飛鳥の言葉に頷くと歩を進めた。PDWを構えて、鬼神Aを撃つ。注目の効果を発動。
――矢面に立つのは生きてる実感がある。
そんな感覚が支配する。
透次に釘付けになって、他二体から引き離された鬼神Aの背後に、紅いオーラが近づいていた。音も無く忍び寄る紅き瞳。死線をくぐり抜けてきた経験に裏打ちされた動き。元傭兵の自信。
紅きオーラの中にある黒ずくめのシルエット、ルナジョーカー(
jb2309)は、神速の剣技を構える。
「止まってんなよ、的になるぜ」
呟き、放つ。
「神速の剣さばき、そのデカイ身に刻み付けてやる」
居合い切り。
鬼神殺しの大剣は唸る。
鬼神Aは釘付けにされた目を血走らせて、背後を覗いた。圧倒的なプレッシャー。その眼光はおそろしく剛健なものだった。
「文字通り鬼神ってか」
だがな……、
その迫力にジョーカーは飲まれない。その大きな目玉を睨み返す。誰かに誓うように言う。遠くにいる誰かを想って言う。
「俺は同じ過ちを繰り返したくないんでね。神様だろうがなんだろうが関係ない」
月の紋様が浮かんだ霊符を指先で操り、水紋が呼んだ水で編んだ刃が中空に浮かび、それを振るった。鬼神殺しの札。それが奏でた一閃は高く響いた。
「これが日本の鬼、という妖怪ですか……大きいですね……」
鬼神Aを討つ現場から少し離れた距離を取りながら、エリシア・パーシヴァル(
jb4001)が様子をうかがっていた。スマホを片手に戦闘の成り行きを見守っている。青い瞳が鬼を見る。
混じりけの無い白銀の髪を手で払い、耳にスマホを当てる。
「現在、交戦中です……ロア様――はい、了解です」
ゆっくりとスマホを下ろし、ふぅと息を吐くと、目に力を込めたエリシアは光纏し、世界蛇とも訳される神話の大蛇の名前を冠した小銃を取り出す。
細い眉をきりりと伸ばし、銃口を鬼神Aに向ける。
「この地方に住まれる方達の為にも必ず倒します」
引き金を引いた。
瞬間、閃光が放たれた。アウルの散弾が縦横無尽に散らばり、それが時を待たずして連続したのだ。遠くから見ていたら、その攻撃は徒党を組んだ集団による一斉攻撃のようにも見えただろう。少なくとも三人、その位の火力はあったはずだ。
――デスペラードレンジ。
しかし、それを放ったのはたった一人の撃退士だったのだ。
「これまた面倒臭い手合いが出てきましたねぃ……」
十八 九十七(
ja4233)はショットガンSA6を翼の片側にするように、両手を広げながらクツクツと静かにこぼした。
「まぁ、ちゃっちゃかブチ■しますが」
もう一度、デスペラードレンジを構えた九十七。躊躇は無かった。またも狂気が弾け飛ぶ。怨嗟ではない正義のための狂気。それは、彼女のアイデンティティであり、信条でもあった。
「いいですねぃ、この感じ!」
余韻が溜まらないという感じで舌なめずり、グレネード弾を取り出して次の攻撃に備える。
コツコツ……ゆっくりと石段を上がる人影がある。木陰から伸びた日の光に照らされて見えるその影は銀色の目、浪風 草慈(
jb6615)だ。オートマチック(自動式拳銃)のシュティーアB49の背を摩りながら、にたりと笑みを浮かべている。
「鬼の断末魔聞けるのは楽しいなぁ」
すでに戦闘は開始している。先ほどから響いてくるのは銃声と叫声だ。
額から鼻梁にかけて縦に入った傷がドクドクと疼いている。草慈は体が欲しているのだと気付いた。――戦いを。
それは鬼神の気に当てられての愉悦。どうしようもなく楽しい。
笑いが止めどなかった。
そうしながらどんどんと鬼神Aに歩み寄っていく。
一番にいい倒し方とはどんなものか。色々とシミュレーションをしながら。妄想に浸りながら、そしてついに鬼神Aの目の前に出る。
……やっぱりこれしかないでしょう。
もう一度、にたりと笑う。
素早く、一気に間合いを詰めて、懐に入る。
顔面に目掛けて、ゴーストバレッドの濃密なアウルの弾丸を撃ちつけた。
ぴょこぴょこ。鬼の周りで楽しげに踊っているウサギ。中頃で折れた耳が木々の間から出ている。頭隠しても耳まで隠せず。鬼が動けば、うひゃー! と叫び、場所を移動しているのは大谷 知夏(
ja0041)という元気だけが取り柄の少女だった。(ウサギはもちろん着ぐるみだ!)
「やっぱり、鬼はでっかいっすね!」
彼女は、鬼の動きに集中する。これまではなんとか敵の攻撃範囲から避けるように行動していたが、いつまたこちらを睨んでくるかわからないのだ。
だが、そこは撃退士として慣れたもの。桃色の髪の毛を振り乱しながらも阻霊符を展開させながら、前衛への中衛的支援を怠らない。常にアウルの鎧を発動させ、さらには隙を見て回復支援も行っているのだ。
ともすれば弓で攻撃の準備もできている。
「よーし、知夏の出番はまだっすかね!」
元気たっぷりに、待っている。
後は削り作業だ。
飛鳥は足下で殺戮の悪魔の名を持つ斧槍グラシャラボラスを振り回し、薙ぎ払い。
「神殺しの剣…………なんちゃって」
ジョーカーは、干将莫耶の直剣を突き立てる。
草慈は、死角移動でのゴーストバレッドだ。
後方支援組の攻撃も加わり、徐々に鬼神Aは弱っていった。
鬼神Aの鉄拳が石段を破壊する。ありでも踏みつぶすように足を持ち上げて、振り下ろす。
粉々になった鳥居と石段。
粉塵が舞い、それまで斬撃を利用して死角へと逃げていた透次だったが、爆雷符でうまれた一瞬の隙に、その背中へと跳ね上がる。壁走りの要領で背骨を一直線に駆け上がる。
兜割りをアクティブに。
攻撃の直前、
「しまっ……」
伸びてきた腕に気付かなかった。
握りつぶされる。予感が透次を支配する。
瞬間、手首が切り落とされた。斧槍の刃が光る。
……飛鳥だ。
「無茶しないでよっ」
「お相子だよ、姉さん」
飛鳥は透次を助けるのに必死な余り、自分の事を考えていなかったのだ。
透次は、落ちようとしていた飛鳥の手を、掴まえていた。
「皆さん、……誘導をっ」
拡声器を使ったエリシアの声が響く。
●
鬼神Aへの先制攻撃と同時刻、三体の中で一番筋肉質の鬼神Bは森の中にいた。
見つけたというより、出会ってしまったの方が近いだろうか。静馬 源一(
jb2368)は鬼神を目の前にして体をこわばらせてしまった。
「…リアル一寸法師で御座るの……」
足なんかブルブル震えている。幸いあちらはこちらに気付いていない。このまま目を逸らさずに後退して。
風になびいたマフラーを掴んで、気持ちを落ち着かせる。
大丈夫だ、落ち着け……。
自分自身に言い聞かせる。
「はは…これはなかなか、楽しめそうだねぇ☆」
源一はぞわっと背筋を粟立たせながら振り返る。
そこにいたのは、ジェラルド&ブラックパレード(
ja9284)。赤紫の光の中にある紅い目が優しげに湾曲した。
「大丈夫かぃ?」
「だ、大丈夫。大丈夫でござる」
源一は強引に胸を張る。
ジェラルドは微笑みの色を強くした。
その時、銃声が響く。どうやら他の班が鬼神と接触したらしい。遠くで起こっていることを知る由もない二人だったが、今やることははっきりとしている。
赤紫の光の内から赤黒いオーラ、闘気を噴出させたジェラルドは、源一を置き去りに駆けだした。
走りながらエーリエルクローを取り出して装着。神の獅子という由来を持つ白塗りの三本爪は、ジェラルドの闘気を受けて鈍く光沢を見せている。
一気に加速。
「遅いねぇ♪」
ジェラルドの爪は、膝から臑にかけて切り裂いてから、一度距離を取る。
源一はその瞬間を見逃さない、光纏の光の中から手裏剣を取りだしそれを打つ。ジェラルドの攻撃箇所を狙った。
目測通り、針の目を通すような精度で飛んだ十字の手裏剣。
ジェラルドはアサルトライフルAL54に、源一はプルガシオンに代えて。
間髪入れずに放つ。
源一が前線に出て行くのを、楊 玲花(
ja0249)は少し複雑な気持ちで見ていた。幼い弟と重ねてしまっていたのだ。自嘲するように顔を歪ませてから、撃退士としての仕事を思い出す。
しかし、彼もまた撃退士。
ならば、私のできることは一つです。
光纏。その光の中で迷いの一切を消した漆黒の瞳が光を強くする。
「……三体同時に、とは少し厄介ですね。 ともかく全力で当たることとしましょう」
鬼神Bのうなり声に合わせるように、玲花は歩を進める。
緊張と言ってもいいのかもしれない。それは久しぶりの戦闘だからということもある。あの鬼の影に、天使を見るからかもしれない。
舞鶴 希(
jb5292)はそんなことを思いながら、あの日のことを思い出しながら深く息を吸い込む。
金と黒の光。その中に囚われた希の淡い金髪の一部が黒く染まっていき、目が暗くなっていった。緑色の線を残して疾走する。
鬼神Bにギリギリ届く射程圏内で立ち止まり、五個一組の指輪を出現させる。
光のリングが、希のアウルを受けて発光したようだった。前衛組の間を抜けるようにかまいたちを飛ばす。
……腕を何とか落とせれば。
白い玉が中空に浮かび、それを見上げる。飛んでいけ。
「同時に倒さなければいけない……しかも状態異常は回復される。……なかなか面倒だなぁ」
希はふっと吐いたため息の中に、緊張の色があるのを感じていた。
ふと思い出したのは、家に残してきた子猫のマンチカンのこと。いい子で留守番していてくれていますでしょうか。そんなことを思い出してほっこりするのは、もしかしたら幸せなことかもしれない。
御堂・玲獅(
ja0388)は、鬼神が住まう森の中で場違いな考えを思い巡らせながら、けれどもだからこそ帰ろうという気概が生まれるのだと光纏する。
白蛇の盾を顕現させ、さらにその上からアウルを纏う。防御に特化した形状。アウルの鎧。
玲獅は、誰も傷つかせない。傷ついて欲しくない。みんなで帰る。
その決意を胸に飛び出した。
空に溶けていく煙の先から辿っていくと、それは桐山 晃毅(
jb6688)が咥える葉巻だった。
「伝承の鬼神に似た天魔……か」
煙と共に消えていくほどのかすかな言葉。
「ご丁寧にも伝承通りの能力を持つ可能性もあるときた……。面白い、鬼神を騙る輩の討伐……やってみせよう」
小麦色の無表情が厳めしく変わった時、晃毅の全身を光が包んだ。屈強な片腕には破壊を具現化したようなドリルが装着される。近くにいれば耳を塞ぐほどのモーター音。大きさからも推し量れるように超重量の負荷がかかるはずだ。
だが、晃毅は意にも介さない。
強ければそれでいい。そう言っているかのようだった。
最前衛に躍り出た晃毅は、鬼神Bに一撃を入れる。ゴーストバレット。気合いを込めた連続。
「大男、総身に知恵が回り兼ね……貴様らにもそれは当てはまりそうだな」
晃毅は言葉を重ねる。
「……鬼神だろうが……なんだろうが、意思のないものに負けるわけにはいかない」
「厄介な相手です、ね……」
今回の任務の要である連絡係を担うミルシェ・ロア(
jb6059)は、その傍ら鬼神Bが振り上げた木材を弓矢で打ち砕いた。
その木が破片となるのをなにより心苦しく思う。
けれども、これもまた緑を思うからこそ。
「この依頼、必ず果たします……。そうでなければ、あの子達が報われないです……」
スマホに連絡が入る。
そろそろ、機も熟してきた頃合い。
ロアは連絡をするために、電話を掛ける。
「追儺の鬼ねえ。そういうのがサーバントたあ、随分と和風かぶれだな。3体まとめて倒さないといけないってのは厄介だが、やるっきゃねえ。 いっちょ鬼退治といきますか」
空に一点の染み。それが人の影の形を成した時、強烈な一撃が加わる。土手っ腹だった。鬼神Bは思わず体をよじる。
紅蓮の炎にも見える揺らめきを右腕に宿した青年が着地する。鐘田将太郎(
ja0114)。メガネをかけ直し、好戦的な目を鬼神Bに向けていた。
雷打蹴の連続使用。鬼神Bは徐々に後退していった。
最前衛に張り付いていた晃毅に目で合図する。
――力業で押し切る。
肯き合った二人は、まるで玉転がしのように鬼神Bを押し戻していく。
――最前衛に斬り込んできたのがもう一人。
目の前に見えるのは血の雨。
神喰 茜(
ja0200)の闇は紅かった。身に纏う光も血の赤。今は神が金色に染まり、赤がさらに深く、紅く、紅く、そして紅く……。
抜き身で持つのは古き刀。その刃こぼれは歴史の証。殺戮の証。殺戮の歴史。
(ふふ、楽しい楽しい鬼退治♪ 好きに斬りたいけど、斃せないなら仕方ないか)
茜の目は笑っていなかった。
事前に打ち合わせしたとおり、事は着々と進んでいる。
光の翼によって浮遊した番場論子(
jb2861)は、班内の陣形を俯瞰し確認すると、連絡手段として指定されたスマホを手に取る。
通信相手は、連絡役として指揮を執るミルシェだ。
「ロアさん。こちらは体力を削りつつ、もうすぐ丘にまで上がります」
「……わかりました。……そのままお願いします……」
「了解です」
連絡を終えて、論子は魔法書を開く。何かを掴むように手を翳して、前衛の動きを見る。
中空にはアウルの渦。準備の完了した遠距離魔法衝撃破。
――撃つ。
狙いは顔。うまくいけば目。威力は序盤通常くらいでも怯むのは間違いない。当たらなくてもこちらに気を逸らすことができるはず。
論子は狙いをつけ、もう一度撃ちこむ。
鬼神Bは自慢の筋肉から蒸気を放つと、近くにあった気を引っこ抜きそれを振り回す。
茜はそれを体捌きで最小ダメージに抑えきり、攻勢に転じる。腕を切り落とした。
「残念、当たらないよ」
最前列が一旦待避する。
次いで、鬼神Bの前に現れたのは、ジェラルドと源一だった。
「やろっか☆」
源一は涙目で頷く。その腰には縄が巻かれている。命綱と呼んでも良さそうだった。
「源一! 逝きますで御座る!」
ヤケになった源一は叫びながら、ジェラルドを踏み台に跳び上がる。ジェラルドはタイミング良く上へ押し上げた。
注目の効果を狙ってニンジャヒーローを使用した源一。
鬼神の顔の前辺りまで上がると、震えた声で挑発。
「ばーかばーか! で御座る」
その挑発に乗ったのかわからないが、鬼神Bは手を振り下ろした。
「……させない☆」
ジェラルドがタイミング良く、縄を引っ張る。
源一はなんとか着地。息を吐く暇もなく。
鬼神Bの目が源一を見つける。
「うおー! 逃げるんで御座るよ〜!?」
必死に叫ぶも、着地した直後では身動きも取れない。
あわやという時、火の玉が飛んできた。
巻物を持った玲花だ。彼女も自身に注目の効果を付与させている。棒手裏剣に代えると、それを投げつけた。
「……こちらですわよ! 付いてこられるかしら?」
玲花に標的を定めた鬼神Bが、山を登っていく。
合流地点である丘まではもうすぐだ。
●
三本角の鬼神Cは、合流地点である丘の頂上のすぐそばにいた。
三本角?
他が二本なのに?
じゃあ、きっとこいつが一番偉いんだ!
そうだろう!?
野山を駆け巡り鍛えた野生の勘らしい。緋野 慎(
ja8541)はそう言うと、まっさきに鬼神Cのもとへ駆けだしてしまった。とりあえず誘き出すようにという作戦は伝えたものの、本当にわかっているのか定かではない。そんなおおよその期待を裏切り、慎は自分の役割をわかっていた。
森に焔で引かれた一本の線が現れる。アウルで紡がれた炎は燃え移りはしないが、あたかも本物の火で引かれた線だ。
これはスキル炎身を発動させた慎が通った道だった。そのスキルの本質は引くことでは無く『引きつける』こと。
風で編まれた手裏剣が無造作に飛ぶ。
「鬼って、この程度なんだ?」
風遁――、それが書かれた忍術書をお手玉のように扱いながら、鬼神Cを挑発していた緋野慎。
丘の上には七人の影がある。慎の他、鬼神Cの討伐を志した者達だった。見たところ女子が多い。
「他の班も……鬼と接触したようです……」
連絡役のミルシェが伝えられた情報を班内に流す。
丘の端に立っていた稲葉 奈津(
jb5860)は、すでに光纏をして臨戦態勢になっていた。慎の野生の勘ではないが、彼女にも天才ゆえんの第六感というものが存在する。人とは違う感覚。それゆえに、冷めた考えをするようにもなってしまったのだが。
(背が高い、筋肉質、角が多いねぇ……鬼って言うからには角が凄く気になるところね……狙ってみますか♪)
奈津はふふんと漏らしていた鼻歌を消して真顔になる。
そして、慎が飛び出してきた。
「あ、あんた」
慎は奈津にただ一言。
「来るよ」
突然、森が切り開かれたかと思えば、鬼神Cの巨体が現れたのだった。
「まったく、急すぎるのよ」
すぐに反応できたのは、奈津一人。
全力跳躍で、腕、肩、頭と一足跳び。
「この角がなくなると何か起きそうな気がするんだけどねっ!!」
スマッシュ攻撃がヒット。
鬼神が聞いたことの無い咆哮を放った。
あの雲みたいになりたいな。
なんて、エリーゼ・エインフェリア(
jb3364)は光の翼を背中に広げてその時、気が緩んでいた。相手が冥魔では無かったから。いや、あり得ない。今は堕天した身なのだ。その分はわきまえている。
――冥魔相手でなくともそれなりの魔法攻撃が出来るという事を見せてあげましょー♪
そんな気概で挑んだ今回の依頼。
ふふっ。天界なんかより、人間界の方が面白いのに。あちらに思いを馳せるなんて、やっぱりあり得ない。
突然の悲鳴、咆哮が聞こえる。
眼下を覗くと、丘の上に鬼神がいるではないか。
「おっと、出遅れてしまいましたー♪」
急行下、逆さまになりながら灰燼の書による一節を詠唱する。
魔法最大射程、高度、敵の側面・背後維持……
――深淵の槍『トリュシーラ』、形成。
「ファイヤー」
嵐が鬼神の肉体をむしばみ喰らう間、次の呪文を詠唱。
ジリリジリリと空中に電気を帯びたアウルが飛び交う。
――雷の槍『ブリューナク』。
朦朧としている鬼神の頭を目掛けて。
「いっけええええ!」
だが、鬼神の体から煙が立つ。依頼書にあった鬼神の能力だ。バッドステータスは回復されてしまう。意識を取り戻した鬼神C。雷の槍は肩口を切り裂いて空の彼方に飛んでいった。
パラパラパラ……。
魔法書をめくる。
ピタと止まったそこには、捌きの光――の魔法が載っていた。
鬼退治。いや鬼神退治か……。
撃退士になって初めての依頼がこんな大物。
普通なら緊張して固くなってしまうのだろう。
だが今、樒 和紗(
jb6970)にはそれがなかった。
恐怖が無いということではない……。
失敗の心配が無いわけではない……。
知紗は光纏に発する小雪のような結晶を目にする。綺麗だ。それに手を伸ばし、ホトトギス色の弓を顕現させる。それを掴んで重みを感じた。
……俺、は自分で撃退士になるという選択をした。
それに迷いが無い。それだけだ!
「――躊躇はありません」
弓を引く。
射貫いた。
ぐらつく鬼神。
ダメージが蓄積されているようだ。
スマホを取り出して連絡。
「ロア。鬼神は着実にダメージを蓄積しています。あと二手というところでしょうか」
きらきら光る星のカーテンのような、たなびく光纏。その形のはっきりとしないオーラの向こうに、大剣を担いだ白い少女がいる。若菜 白兎(
ja2109)だ。
彼女が持つツヴァイハンダーFEは、全長が180cm。彼女のちょうど二倍の大きさはある。
なんとも不釣り合いな武器の選択だが、格好がついているのはこれまでの経験がにじみ出ているからだろうか。
とはいえ、白兎はまだ6才。戦いには抵抗があるようだ。
できれば甘いものを食べていたい。
そう思い馳せながら、前線に出る。
「……みんなを守るの」
大剣を盾にしながら、攻撃を受け流し、
「痛いのは嫌なの、自分も、……誰かが痛いのも」
ライトヒール。
癒やしの風。
それを使い分け、これだけの戦闘で傷ついて倒れる人間は誰もいない。
鬼神Cが手を出せないのは、鉄壁の守り目がいるからだった。
シールドを使い切ると、ヴォーゲンシールドを顕現させて持ち替える。
「まだ、戦えるの!」
「悪鬼祓滅の意と、赤き剣心を以て、参ります」
白い布地に紅い帯。薄く開かれた口から暗誦の歌が響き、それを諳んじていた少女、織宮 歌乃(
jb5789)が歩き出す。光纏し、紡ぎ出したのは紅き獅子。彼女の周りをぐるぐると回り、その姿が消えると同時、一振りの刀に代わる。
刃は彼女のアウルを映しだし、ほの紅い。
中衛に位置し、瞬発的に加速する。ヒットアンドアウェイ。それを肝に据えて。
「獅子の爪牙にて、鬼斬りの刃を」
背面を目掛けて、側面に赤き斬撃を飛ばす。
目をつけたのは腕。それがなければ、戦闘がたやすくなる。
回り込み、斬撃を飛ばす。
鬼神Cの目が、血走り、歌乃を睨めつけた。
「……効きませんよ」
彼女を守るように貼りついた赤き獅子が吠える。
「守護の火衣にて、お守り致します。故に、存分に攻めて下さいませ」
歌乃と、白兎。
二人の守備は鉄壁だった。
「厄介な敵だが…村に行かせるわけにはいかない、ここで倒させてもらうぞ!」
揺らめく炎。
それを形取るのは、赤髪の魔法戦士、香具山 燎 (
ja9673)。彼女の光纏した姿はまさしくそれだった。その中で水色の瞳だけが涼やかだ。
炎翼。彼女の背中に生えた翼は、猛る炎柱のよう。
それが襲いかかるのだ。まるで焔の波が意思を持ち、鬼神Cの首やら頭やらを一閃。振り払おうとした腕にもかからず、逆に腕への一撃を加える。
ギロリと剥いた目。
それが燎を見る。
瞬間、タウントを発動させて、中央に降り立つ。
「私はこっちだぞ、鬼!」
鬼神が走り、燎を捕まえようとした時、上空から強烈な一撃がお見舞いされる。それはエリーゼの裁きの光『ジャッジメント』。エネルギーの砲撃と呼んでもいい、魔法攻撃だった。間髪入れず、地上では歌乃の爪牙斬が飛ぶ。
鬼神Cは丘の中央、計画通りの場所で倒れた。
●
鬼神Aは透次の鳳凰臨に誘き出されて、階段を上がっている。その間も体力削りは続行された。透次はPDWで引き撃ち、飛鳥は透次に檄を飛ばしながら掌底で、九十七のドラゴンブレス弾は追いつこうとしていた鬼神Aを押し戻しもしていた。
鬼神Bは、源一を守るようにしてスキルを発動させた玲花と、雷打蹴で注目効果を得た将太郎と、源一の三人がジグザグに走って誘き出している。
鬼神三体がそれぞれ体力を減らされた状態で、丘に揃った。
後は、中央で三体を同時に討てばいい。
中央にいるのは、注目のグッドステータスを付けている者。その輪割りを固めているのは、中央の者を守る者。鬼神の背後には殲滅攻撃を行う者。
穴熊囲いのような陣形だ。
……後はタイミング。
これを逃せば、あるいは大惨事にも繋がりかねない。
木の投擲。
「お任せください」
玲獅が前に出て、シールドを展開させる。防御成功。
「だ、……大丈夫なの!?」
「かすり傷です」
「待っててなの」
傷を受けた玲獅を、白兎がフォローする。
「こっちだ、来い!」
燎が少し前に出て、三体をおびき寄せに尽力する。
その甲斐あって、鬼神は徐々に集まりつつあった。
あと、10メートル。
5メートル、
4メートル、
3……
2……
……
……今だ!
ホイッスルが鳴る。
一回目のホイッスルは離脱の合図だ。
中央にいた者は分散して逃げる。範囲攻撃の外に出るために。
そんな中、将太郎だけは逃げる気配が無い。アイトラを装備し、それを鬼神の足に巻き付ける。
スマホが鳴った。ロアからだ。
「……あ、あの、何をしてるんです、か?!」
「少しは時間がかかるだろ。足止めだよ。誰かがやんなくちゃなんねえだろ」
「…………」
沈黙は短かった。
「死ぬ気ですか?」
「覚悟はできてる」
「そ……そんな覚悟、捨ててくだ、さい!」
耳の奥まで響くような大声だった。
「でも、囮役がいなくなれば、こいつらは囮役を追いかけるぜ、現にほら」
鬼神Bは、源一を追いかけようとしていた。
だが、立ちはだかったのは茜だ。
茜は、薄紅色の刀に代えると、それを突きの形で持つ。無形の剣技。されど、その研ぎ澄まされた構えは一流のものだった。
そこから放たれた烈風突。突き上げられるようにして鬼神Bは吹っ飛び、他二体のいる中央部へたたき込む。
「鬼の首獲りたかったんだけどなー、残念」
茜はそう呟いて、逃げていく。
砂埃の中に将太郎はいた。
「お願いします、逃げて……」
願いのこもった一言。
「……わかったぜ」
ロアは光の翼を使っている。
「よかった……」
ほっと胸をなで下ろした後、ホイッスルを唇に当てた。
二回目のホイッスルの音が鳴り響く。
「皆さん、退避をお願いします!」
地上では玲獅から最終警告が放たれた。
それは稀に見る多重攻撃だっただろう……
いくつもの流星群が丘を目掛けて降り注ぎ。
空間を切り裂くような斬撃が飛んだ。
影が濃縮され、飛び交う無数の棒手裏剣となって串刺しにし。
爆発の中に銃声が飛び交う。
グレネード弾は、一拍遅れて着弾し。
セラフィエルクローの風切り音が生み出した、大地からの無差別攻撃。
光の波も襲い。
シールゾーンが展開中。
「鬼神殺しの秘術………喰らえっ! ファイアワークス!」更なる爆発が巻き起こった。
ジョーカーの攻撃に合わせるように、草慈も引き金を引く。
精神力を高めることによって生まれた魔力は雷の玉となり、連打。
光は砲撃となり、照射され。
リボルバーCL3から放たれた炸裂陣。
空を踊る紅い獅子は爆発の中で暴れ。
アウルの弾丸はいくつも爆音の中に消え。
「皆で合わせての集中攻撃……倒れなさい」
その一言が全ての総括になる。
ダメ押しの波状攻撃。
それは一瞬で起こり、一瞬で終わる。
ある者は、その様子を安全な場所から見下ろし。
ある者は、被爆地があまりにも近すぎたため急いで逃げるはめに。
縮地や、炎翼を使う者までいた。
それほどまでに、強力な一撃、重撃だったのだ。
「勝った、んですね……」
和紗は荒げた息を静めていく。
その勝利の余韻に浸ると共に、自分の今いる場所を再確認したのだった。
鬼神だったと思われる灰が、風に流されて消えていく。
●
鬼の面より派生した今回の依頼、鬼神を相手取る厄介なものだった。
しかし、神とはいえど天魔が作りし眷属。サーバント。
対処は撃退士の専門分野だ。
ただし、当初予定されていた少数精鋭でのグループでは、おそらく被害は増すばかりだっただろう。25人。過不足無く、この人数で無ければまとまることもできなかっただろうし、また倒すこともできなかった。大成功で締めることもできなかった。
木造の駅舎に、撃退士達がいる。
帰りの電車を待っているのだ。
線路の向こう側にはひまわり畑が広がっている。夏の景色だ。
「若菜ちゃん、それいいっすね!」
知夏が指さしたのは、白兎が持っていたお面だった。
依頼書にあった鬼の面ではない。
おじいさんの笑っている顔だ。
「あのね、……あそこで借りられるの」
「ここは、もともとお面の名産地らしいんですよ」
論子はひょっとこの面をしながら言った。
「それはおもしろそうですねぃ」
九十七は面を取ってくすりと笑う。
「ふーん……ちょっと面白そうね」
奈津はみんなが面で遊ぶ様子を見て、何気なさを装いながら仲間に加わった。
「姉さんはお面が必要ないよね」
「なんでよ」
「ほら、もともと鬼みたいな……ごふっ」
「殴るわよ」
佐藤 としお(
ja2489)が電車の音に気づき、立ち上がる。
ロアが将太郎に近づく。
「あ、あの、将太郎……さん」
「ん、なんだ?」
「さっきは、その……出過ぎた口を」
将太郎は目を丸くした後、ふっと笑う。
「俺はあんたに命を救われたんだよ、ありがとうな」
「え、そんな……」
「これからも頼りにしてるぜ、戦友」
「は、はい……っ」
電車が到着する。
その電車が連れてきたのだろう。
夏らしい風が吹き抜けていった。