●探し物をする前に。
小鳥が囀りを交わす長閑な朝。雲一つない清々しい青空に浮かぶ太陽が、柔らかな日差しをおろしていた。
陰鬱な気分になどなりはしないはずなのに、斡旋所の前にあるベンチに腰を下ろす青年の表情は酷く暗かった。
依頼を受諾してくれた親切な撃退士達があつまり、日が遮られてうっすらと影が差し込み、青年はようやく顔を上げた。
「私事の依頼なのに手を貸してくれて、本当にありがとう」
力なく微笑んでみせるその顔には覇気は無く、眼窩の下がうっすらと黒ずんでいる。
「……寝ていないのかい?」
とても健康体とは思えぬ顔色を見かねた新柴 櫂也(
jb3860)は男子生徒に問うた。
「ああ、依頼を出した後も探し続けたからね……」
「結果は……聞くまでも無いようだな」
悲しげな吐息が混じる言葉に結果を悟り、雪之丞(
jb9178)は呟く。
「それにしても失せ物一つに随分と大掛かりなことだねぇ」
御琴 涼(
ja0301)は自分以外に依頼を受諾した5人の撃退士の姿を見渡した。
男子生徒は肩を落とす
「本当に不甲斐ないよ。頼んでおいて申し訳ないんだけど早急に探し出さなくてはいけないんだ。人は多ければ多いほど助かるんだ。……それにしても、大切なものをこうもあっさりなくしてしまうだなんて……」
雪之丞は思慮するように顎を撫でた。
「一度失くし、見つからないようならその程度のもだった、ということかもな」
雪之丞の言葉を聞いた男子生徒は深くうな垂れ、大きなため息をついた。
「……はぁ……そうなのかなぁ」
どんどん小さくなっていく男子生徒に浪風 威鈴(
ja8371)は近づいていく。
「ちがうと……思うよ……」
途切れ途切れで微かな声にはどこか確信めいたものがあった。
威鈴の言葉に同意するように浪風 悠人(
ja3452)は頷いてみせる。
「うん。雪之丞さんもそういう意味で言ったわけではないと思いますよ」
「どういうことだい?」
顔をあげた男子生徒の肩に涼は手を置いた。
「あんたの想いはその程度なのか、ってことだろ? 違ぇだろ? ならへこんでねぇでシャンと胸晴ってろや。……そしたら答えてやんよ。俺らも、な」
そう言うと、涼は快活に笑ってみせた。
「そーですよ! ほら、立ってください!」
パルプンティ(
jb2761)が底抜けの明るさで男子生徒の手を握りしめて立つように促した。
戸惑いを見せながらも立ち上がった男子生徒の背中に優しく手を当てて、櫂也は微笑んでみせる。
「確かに心配だけど、とにかくみんなで協力して探し出せば出てくると思うよ。なっ」
活を入れるように軽く背中を叩いた。
一瞬よろけた男子生徒は改めて、手を差し伸べてくれた撃退士達を見渡した。
「みんな……ありがとう」
心なしか目を潤ませる男子生徒に雪之丞は告げる。
「礼はまだ早い。指輪を見つけ出してから聞こう」
「そうですよ! 簡単に落とす大事な指輪でも必ず見つけ出すのでご安心くださーい!」
隙を狙うように吐き出された毒に男子生徒は苦笑いを浮かべる。
明るいパルプンティの様子を見て、威鈴が静かに口を開く。
「悪気は……ない……」
「あはは……」
当惑してはみせるものの男子生徒の表情は先ほどまでの鬱屈した翳りは消え去り、すっかりと明るくなっていた。
●探し物はどこですか?
落ち着いた男子生徒から、行動ルートと時間を聞き出した一同は役割を分担して捜索することを決定した。。
櫂也が中庭周辺。パルプンティが教室周辺。雪之丞が演習場周辺。涼が食堂周辺。そして威鈴と悠人が男子生徒が再現するルート周辺の捜索となった。
「そうだ……写真とか……ある?」
威鈴の言葉に男子生徒は首を振る。
「写真、は無いけど。口でなら伝えられるよ。リングケースの色は水色。大きさは子供の握り拳ぐらい。それと中には……」
言葉に詰まった男子生徒の表情が少しだけ赤くなった。
「薄いピンク色の……、は、ハートがあしらわれたゆ、指輪が……」
「ハート……だな」
指輪の特徴を反芻し、男子生徒の反応をお構いなしに雪之丞はメモ帳に書き込んでいく。
「どべたですねー!」
悪意のない純粋な感想がパルプンティの口から容赦なく飛び出し、男子生徒は湯気が出るほど赤くなっていく。
その様子を見て涼はからからと笑った。
「お熱いねぇ! なんとしてもみつけださねぇとな。んじゃま、何かわかったら連絡するわ」
ひらひらと手を振る涼を皮切りにして、みな自分の担当する場所への移動を開始した。
時刻は10時過ぎ。
授業合間の休み時間を利用して中庭へと出てきた生徒がちらほらと確認できる中、櫂也は周囲を注意深く捜索しつつ、聞き込みを行っていたが、有益な情報は集まらず、いまとのころそれらしきものも確認できずにいた。
ベンチに座りながら静かに読書を続ける銀縁メガネの少女が視界に映り、歩み寄る。
「ちょっといいかな。聞きたいことがあるんだ」
事情と男子生徒の特徴と指輪のことを告げると、少女はぽんっと手を叩いた。
「あー、あのいつも殴られてる人ね」
「いつも殴られているのか……」
「私、ここで昨日も本を読んでいたから彼がここを通るのを見かけたわ」
「おお。じゃ、そのときこのぐらいのリングケースとか落としてはいなかったかな?」
「ううん。それっぽいのは落としてなかったわよ。代わりに携帯落っことしてあたふたはしていたけどね」
「……落とし癖でもあるのかな?」
少女の話を聞き、櫂也は苦笑いを浮かべた。
時刻は11時過ぎ。
パルプンティは触覚をふよふよさせながら廊下を歩いていた。
男子生徒の教室の前まで来ると、なんの躊躇もなしに扉を開ける。
「しつれいしまーす!」
突然の来訪者に驚く生徒を数人を捕まえて、聞き込みを行ったが誰一人として有益な情報を持ってはいなかった。教室内も隈なくさがしてみたがそれらしきものは一切見つからない。
教室から出たパルプンティはつかつかと歩を進め、男子トイレの入り口前で足を止める。
「ううーん。あとはトイレですね……いいや乱入しちゃえー♪」
言うや否や扉を開け、中に入っていく。
「ぎゃあ!」
ちょうど用を終えた男子は侵入者に驚きへんな声を上げた。
「あ、お気になさらずー」
「いや。いやいや……気になるよ……」
個室もばんばん開けていくパルプンティの姿から離れるようにして男子はトイレを後にしていく。
トイレ全体を隈なく探し、ついでに男子トイレから男子を追い払ったパルプンティは腕を組んだ。
「うーん。見つかりませんねぇ」
時刻は12時近く。
気迫に満ちた大声や熱気で満ちる空間の中、雪之丞はざっと捜索したが発見できず。
演習を終えて爽やかな汗をかく生徒たちに雪之丞は事情を伝え、情報を募った。
首を傾げたり、周囲のものに聞いたりするばかりで、有益な情報は集まらない。礼を告げてほかの場所を捜索しようとしたところ、一人の生徒が声をあげた。
「あ、そういえば」
すかさず生徒に向き直る。
「何か知っているのか?」
「うん。なんかそのリングケースを拾ったって聞いたな」
「もっと詳しく聞けないか?」
端正な顔立ちから凛として発せられる言葉に、多少生徒は怖気づいたのか、尻込みした様子を見せる。
「う、うーん。確か食堂で拾ったって誰かが言っていたような。ごめん。誰がいってたかは思い出せないや」
「なるほど。礼を言う」
ささやかながら情報を与えてくれた生徒に軽く一礼し、その場を後にする。
今手に入れた情報を全員に転送し、周辺を捜索しながら食堂へと向かっていった。
時刻は12時過ぎ。
涼は食堂周辺を捜索した直後、雪之丞から連絡を受け、周辺の人々の聞き込みをメインに動いていた。
10人近く集まって昼食を食べるグループを見つけ、声をかける。
「よぉ! ちょっとだけいいかい?」
ほんわりとした印象を与える女子生徒がスプーンを銜えながら振り向いた。
「んー。なにー?」
「失せモン探してんだが、このぐれぇのリングケースとか見かけてねぇかね?」
「りんぐけーす? あ、みたよーみたみた。昨日黄色い帽子をかぶった男の人が落っこちてたリングケース拾ってたよ?」
どこか気抜けした様子で答える女子生徒に涼はさらに質問する。
「その黄色い帽子をかぶった奴のこと、何かしら知ってることはねぇかね?」
「いつも中庭でサボってるよー」
「中庭、ね。サンキュ。助かったわ」
礼を告げるとともに涼は全員にメールを送信。中庭へ向かうため食堂を後にした。
時刻はほぼ同刻。
威鈴は昨日通った道で行った行動を再現する男子生徒の周辺を満遍なく捜索し、悠人は周辺を歩く人々に情報を聞いてまわっていた。
未だに何も見つからず、男子生徒から焦りが感じ取れ始めたとき、悠人はポケットにわずかな振動を覚えて携帯を取り出した。
雪之丞と涼から連絡を確認して二人に告げる。
「誰かに持ち去られただなんて……。やっぱりもう、見つからないのかなぁ」
深いため息をついて、男子生徒は悲しそうに表情を暗くする。
威鈴は落ち込む男子生徒の頭に手を置いて、そっと撫でた。
「大丈夫……だよ……見つかる……」
「あきらめず探せば、きっと見つかるはずです」
威鈴と悠人の気遣いに男子生徒は微笑みで応える。
「ありがとう、二人共」
「黄色い帽子をかぶった人物が持ち去ったそうです。そいつを探しましょう」
●探し物発見!!
情報を受け取った櫂也は周囲を注意深く見直した。
「黄色い帽子をかぶった人……ね」
どこにもそんな人物は見当たらない……と思った矢先、校舎からけだるそうに歩いてくる黄色い帽子をかぶった人物を発見した。
「見つけた!」
素早く発見情報を全員に送信すると、櫂也は駆け出した。。ちょうど中庭を目指し、校舎から出てきた雪之丞と涼とも合流し、三人は黄色い帽子をかぶった人物を追いかける。
「ちょっといいかな?」
櫂也の言葉に男はけだるそうに振り向いた。
「あー? なんだなんだ」
「これぐらいのリングケース、知らない?」
リングケースのことを問うと、男は露骨に目を逸らした。
「あー……」
しらばっくれ様としているのか、帽子を触りながら挙動不審にしている男に痺れを切らし、雪之丞と涼の二人も問い詰め始める。
「知っているなら素直に情報を吐いてくれないか?」
「金じゃ買えねぇ大事なもんなんだよ。素直に教えてくんねぇかな」
目を逸らし、頭をぼりぼりとかいていた男はちらりと三人に目をやる。そして言い逃れができないことを悟ったのか、大きく息を吐いた。
「……興味本位拾ったんだ。んで中身見たら宝石の指輪じゃねぇーか。しかもハート型。こりゃ面倒になりそうだとおもってよ。食堂に戻すのも億劫だし、届けでんのも億劫だったからどっかの自販機の上に置いた」
あまりにずさんで無責任な男に三人は思わず苛立ちを感じてしまう。
「その自販機がどこだか覚えているんだろうな」
「忘れたとはいわせねぇぞ……」
静かな怒気を感じ取った男は冷や汗を流しながら答え始めた。
「あ、あー。そうだな。おそらく」
「おそらく?」
「いや、確実に屋上の自販機だったはず……」
「はずだぁ?」
「いえ、確かに屋上の自販機の上におきました!」
最後は敬語になった男に櫂也はため息をついて、注意を促した。
「失せ物を拾ったら素直に届けでるんだよ。君が面倒でも誰かが悲しむことになるんだから」
「お、おう……すまねぇ。今度はそうするわ」
男は頭を下げ、逃げるようにその場を去っていく。
「神経を疑ってしまうな」
「ああ。とりあえず連絡しねぇとな。メールでいいか」
発見情報を見たパルプンティは廊下を駆け抜け、階段を上っていく。屋上への扉を開けて外へ飛び出した。
自販機を発見すると高く飛び上がって上を確認する。そこには小さな水色のリングケースが。
つかみとって中身を確認すると、珊瑚のハートがあしらわれた指輪が顔を出した。
「見つけましたよー!!」
●夕暮れをバックに。
日が沈みかけた時間帯。6人の撃退士と男子生徒は中庭にいた。
協力して発見したリングケースと指輪を握り締め、男子生徒は涙を浮かべていた。
「ありがとう……本当にありがとう……」
「ほら、見つかったんだから泣くんじゃねぇよ!」
「ああ……」
「さ、見つかったんだし。連絡してあげな」
「きっと……待ってる……」
櫂也と威鈴の言葉を聞き受け、男子生徒は涙を拭った。
「……それでは俺たちは席を外しますね」
「いつまでも仲良くな!」
依頼を完遂した撃退士達は少し離れた場所に移動し、男子生徒を見守り始めた。
しばらくすると、彼女と思しき少女が姿を現した。
「……見つかったの?」
「なんとか、ね。ほら」
中身を見て、少女は顔を一気に赤くした。
「ハート型、ベタ過ぎたかな?」
男子生徒の問いに少女は首を横に振る。
「……嬉しいよ」
小さな小さな言葉。それを聞き逃した男子生徒は思わず聞き返してしまう。
「え、なに?」
耳を近づけようとした矢先、気がつけば男子生徒は後頭部に痛みを感じると同時に赤く染まりかけた空を見ていた。
少女が仕掛けたシャイニングウィザードが直撃したのだ。
「痛い?! なんで?!」
「失くした罰よ! ばーかばーか!!」
罵りながら少女は体勢をかえ、男子生徒の腕を十字に固める。
「ご、ごめん! やめて! それは本当に折れるかもしれないからやめて!!」
本気で痛がる男子生徒の姿と本気で技をかける少女の姿はなぜか微笑ましく、幸せそうに見えた。
「攻撃されるのが好きな人みたいに見えますねー」
パルプンティの言葉に雪之丞は小さく頷く。
「そうだな……」
「あはは、暴力的なのはあまり感心しないけどね。まぁ怒っている姿が魅力的ってのは共感できるかな」
「なんだぁ? あんた、似たような経験あんのか?」
「まぁね」
涼の問いに櫂也はいたずらな笑みを浮かべて見せた。
「……あの娘……嬉しそう……よかった……みつかって……」
嬉しそうにプロレスの技をかける少女の姿を見て、威鈴はやさしい表情を浮かべた。
「そうだな……」
どういうするように呟いた悠人は、指輪を発見し渡すことに成功した男子生徒の姿と、威鈴を見て、何かを決意したように強く頷いた。
夕焼け小焼け。全てが橙色に染まる頃。撃退士達は各々の思いを胸に、幸せそうにするカップルの姿を見送るのだった。