●迅速に進む作戦会議
寝静まった夜の住宅街を六人の人影が走り抜けていく。
その中の一人、久遠ヶ原学園指定制服をきっちりと着こなした黒井 明斗(
jb0525)が口を開いた。
「皆さん、速度を落とさずに聞いてください」
紫色の短い髪を風に靡かせ、生物的な動きを見せる二本の触覚を頭に生やしたパルプンティ(
jb2761)も言葉を続けた。
「廃墟の情報を手に入れましたよーっ」
二人は最低限の情報を得ようと、女性職員に様々な情報を聞いていたのだ。
「マコちゃんは淡色のワンピースを着ているらしいです。それと子供達が彼女を最後に見た場所なんですけど、とても大きな大黒柱があったそうですよ」
黒井の言葉を聞いて春日 遙(
jb8917)は程よく整った端正な顎に手を添えた。
「大黒柱……そこに隠れているのかな?」
後藤知也(
jb6379)も同意するように頷く。
「おそらくそうだろう。恐怖で動けなくなっている可能性もあるだろうしな」
「建物の大まかな構造も聞いてきました! ぼろっちくて狭い平屋らしいです。ただあまりに古すぎるとのことで内部地図は手に入りませんでした……」
申し訳なさそうにパルプンティが二本の触覚を力なくうな垂れさせる。
その様子を見て姫路 恵(
jb8918)は優しく微笑んだ。
「上等ですよ。お二人ともありがとうございます。無闇矢鱈に廃墟を探し回るのは危険です。敵を見つけたら陽動組と救助組に分かれましょう。中は狭いようですし、そのほうが効率的ではないでしょうか?」
姫路の提案に雅楽 灰鈴(
jb2185)は頷いて返す。
「そやね。俺はみえるさかい、骨っこの相手は任せとき」
「私も頑張るですよーっ!」
快活に言ってみせるものの、パルプンティは肩を僅かに震わせているように見える。
後藤はパルプンティの様子を見て、苦笑いを浮かべた。
「俺も援護にまわろう。パルプンティ……震えているが大丈夫か?」
「骸骨が暗がりからぬっと出てきたら、ショック死しちゃいそうなくらい大丈夫です」
「あかんやん。それ」
張り詰めた空気が一瞬だけ和やかになる中、春日はいつになく強い面持ちで居た。
「僕は救助を優先させます……必ず助け出してあげなくちゃ」
「そうですね。必ず助けだしましょう」
静かな決意に黒井も頷いて同意する。
「私も救助に回ります。今もマコちゃんは恐怖に怯えているはずです……迅速に向かいましょう」
「ん。あれやないんか?」
雅楽は遠くに見える廃れた平屋を指差した。
●震える少女に救いの手を
無造作に開かれた観音開きの扉を前にして、どこまでも続く闇を黒井は睨みつけながら見渡していた。
アウルを集中させ、廃墟内にいる生命を探知しているようだ。
「……四体、生命の確認ができました。三体が入り口付近を周回しています。奥にもう一体。まったく動かないですね」
報告を受け、春日が口を開く。
「最後の生命反応がマコちゃんかな?」
「おそらく。ですが敵の可能性も十分にあります。用心して向かいましょう」
後藤は札を取り出して、戦闘態勢に入った。
「作戦通り、敵を発見したな。誘導を開始する」
「後藤先輩みえへんやろ。明かり必要になったら貸すで」
「一応ペンライトがあるが心持たないな。そのときは頼む」
「さぁー! 頑張るですよー!」
誘導組の三人が先導し、撃退士たちは建物に侵入した。
暗闇でも視界を確保できる特殊ゴーグルを付けたパルプンティと雅楽はそれぞれ一体ずつ、巨大な鉈を細腕で持つ骸骨の姿を捉えた。
「骨っこめーっけ♪ ほんだ行こか?」
嗤い声から耳を防ぐため、雅楽はイヤホンをつけ、猫を髣髴とさせる黒い影を体に纏わせた。雅楽が両手を広げると空間から無数の剣が現出し始め、目標の骸骨を切り刻まんと弾丸のような勢いで射出されていく。
反応に遅れた骸骨は抵抗する間も無く、全ての剣による攻撃を受けてしまう。
雅楽が攻撃を開始したのと同時にパルプンティも攻撃を仕掛けていた。
身の丈を優に超える妖しげな大鎌を巧みに操り、骸骨を切り伏せる。
骸骨は態勢を崩すが、すぐに立ち上がり、不気味に顎をカタカタと動かした。
「こ、怖くないですよ……!」
触覚をかすかに丸めさせて、パルプンティは柄を強く握り締めた。
ペンライトによるか細い光を頼りに、後藤も骸骨に攻撃を開始する。取り出した霊符から色鮮やかな桜の花びらが吹き乱れ、白い骸骨を彩るように命中していく。
骸骨達の注意が誘導組に向かったのを確認すると救助組の三人は敵に気づかれないように用心しながら、乱戦が発生している区間を駆け抜けていく。
黒井がペンライトを下に照らし、最低限の明かりを確保する。二人に先導してもらう形で春日も先に進んだ。
戦闘音が遠ざかりはじめると、巨大な柱が3人の目の前に現れた。
三人はお互いの顔を見合わせ、情報にあった大黒柱であることを確認する。
黒井は再度、瞳にアウルを集中させて生命の存在を確かめる。
大黒柱の裏側にじっと動かない反応を確認し、黒井は二人に頷いて見せた。
意図を察した二人は足音を殺し、これまで以上に慎重な動きで柱の裏を覗き込んだ。
渦巻く暗闇に何がいるかは分からないが、三人は確かにか細い息遣いを耳にした。
刺激を与えないように、ゆっくりとした動作で姫路はペンライトを上げていく。
明かりが照らされた先には淡色のワンピースを着た少女が耳を両手で塞ぎ、羊水で眠る胎児のように蹲っていた。
「君が……マコちゃんかな?」
春日の優しい呼びかけに少女は僅かに体を震わせて反応する。おそるおそるといった様子でマコは頭を上げ、三人の撃退士の姿を視認した。
「あ、あ……」
いくらか喉をひくつかせるマコの瞳は見る見る内に潤んでいき、大粒の涙が端からこぼれ始めた。
幼い少女は計り知れぬ恐怖の中、必死に声をあげることを堪えていた。抑え付けていた感情が、少女の中で爆発的に膨れ上がる。
号泣の予兆を察し、姫路が素早い動きでマコに近づき、口に優しく手を当てた。
人差し指を自身の唇に当て、笑みを浮かべて見せる。
「静かに。もう少しの辛抱だから……ね?」
「よく頑張ったね。もう大丈夫、家に帰れるよ。安心して」
柔らかな頬を伝う涙を黒井は優しく拭った。
「……マコちゃん。もう少しだけ目を瞑っててね」
見るものを落ち着かせる優しい微笑みを春日は浮かべて、小さなマコの頭を撫でた。
「すぐに終わらせるから」
力強く言葉をかけると、春日は前方の闇を強く睨んだ。
ペンライトが照らす明るみに、緩徐な動きで薄汚れた白色が侵食してきた。
かしゃり、かしゃりと不快な音を立てて、凶悪な鉈を見せつけるようにして気味の悪い骸骨が二体、現れた。
「この子は……傷付けさせないよ?」
淡い光を身に纏い、春日は毅然たる態度で言い放った。
●不気味に嗤う、嗤う。
救助班がマコを発見したのとほぼ同時刻――、陽動組は入り口付近を徘徊していた三体の骸骨の注意を引くことに成功し、交戦を繰り広げていた。
「脆そないに見えるねんけど硬いなぁ!」
雅楽の攻撃をその身で防いだ骸骨はがむしゃらな動きで鉈を振り回す。放たれた一撃は雅楽の右肩を掠めて地面に振り下ろされた。
「いっつっ……」
右肩が熱くなるのを感じ、苦悶の声を漏らしながらも態勢をすぐさま立て直し、拳を握り締めてアウルを集中させる。
「喰らえや」
言うや否や、雅楽はボールを投げる要領で腕を振りぬいた。小さな符が骸骨にめがけて飛んでいき、華奢な胸部に触れた瞬間――小さな火花を発生させた。遅れて炸裂音が鳴り響き、硝煙の香りと共に黒煙が上がる。
胸骨を砕かれた骸骨は首をかくん、と一回だけ動かして、枯れ枝が風に倒されるようにして地面にくずおれた。
「あと四体やな」
撃破に成功した雅楽を見て、パルプンティは触覚をぴょこぴょこと動かした。
「私も負けていられませんね!」
骸骨の鉈がパルプンティの細首を跳ね飛ばそうと横一線に振るわれるが、パルプンティは器用に柄で受け流す。そして流れるような動きで反撃に移り、大鎌を横一線に振るった。
攻撃を受け流された骸骨に避ける暇などあるはずもなく、大鎌の一撃を諸に受けてしまう。
「くびちょんぱっ!」
骸骨の首を捕らえたパルプンティの大鎌は、白く淀んだ骸骨の頚椎を寸断した。残された胴体は再び攻撃に転じようと腕を振り上げて、膝から崩れ落ちた。その身に何が起きたのか考えるように数秒静止したのち、その身体は音を立てて瓦解した。
半円を描く骸骨の頭部が落下して砕けたのにすこし遅れて、救助班が戦闘を開始した。
黒井を中心にして、円を描くように光が展開されていく。漆黒の闇が払われ、辺りは清浄な光に包まれていった。
「こんな小さな女の子を襲うだなんて、絶対に許しません。覚悟しなさい!」
整った眉を顰めさせ、黒井は怒りを顕にして二体の骸骨を睨みつける。
「黒井さん、春日さん。戦闘は任せました。私はこの子を安全な場所へと退避させます」
姫路の提案に春日は耳栓を詰め込みながら答えた。
「お願いするよ姫路ちゃん。もしこいつらの嗤い声をまた聞いてしまったら、マコちゃんの精神が持たないかもしれないからね」
「わかりました。すぐに戻ってきます。どうかお気をつけて」
目をぎゅっと瞑るマコを抱え、姫路は出口へと素早く駆けて行った。
骸骨の一体が首をゆっくりと動かし、姫路へと視線を送るが目の前に現れた後藤によって視界は遮られる。陽動組は三体目の骸骨の討伐にも成功したようだ。
「お前の相手はそっちじゃない」
突如現れた後藤に気をとられた骸骨は、接近する春日に気がつくことができず、杖による強烈な打突を受けてしまう。
かしゃり、かしゃりと数歩後ずさりをした骸骨の口が音を立てて開いた。
同じようにもう一体の骸骨も口を開けたかと思えば、二体の骸骨は一斉に顎の骨格を震わせ始めた。
『ケタケタケタケタカタカタカタカタ』
サイコロが転がり回るようなチープで不愉快な音が建物全体に響き渡った。
耳に入り込んだ嗤い声は頭蓋にまで到達し、頭の中で跳ね回るボールのように反響して、猛烈な不快感を覚えてしまう。
事前にイヤホンと耳栓をしていた雅楽と春日の二人も例外ではなく、思わず動きを止めてしまう。
「うぐっ……」
苦しむ撃退士達の姿を見た骸骨は愉快そうにかたかたと笑い、一体は攻撃を仕掛けた春日に、もう一体は光を放つ黒井に目掛けて突進した。
回避を試みようとする春日と黒井だが脳内で響きまわる嗤い声のせいで反応が遅れてしまい、骸骨達の振る凶撃をその身に喰らってしまう。
「くっ……! いま、回復します!」
痛みを堪えながらも黒井は味方のアウルの動きを補助し、自己回復能力を促させる。
「あーまだくわんくわんしますー……」
触覚がめちゃくちゃな動きをしているパルプンティは多少のめまいを覚えながらも、骸骨に向かって大鎌を振り下ろした。
騒音で苦しんでいるとは思えない威力で、大鎌は骸骨の体を肩から腰にかけて斜めに両断した。
最後に残った一体は再び口を動かそうとするが、飛び込んだ雅楽が斬撃を浴びせてその動きを止めさせる。
「喧しいわ! 黙っとれ!」
続けて放たれる後藤の援護射撃に堪らず骸骨は態勢を崩してしまう。好機と見た黒井は間合いを詰め、槍による刺突を放った。
「これで……おしまいです!」
七曲している矛先は骸骨の腰骨を砕き折って貫通した。
かしゃり、と最期に寂しげな音を立てて骸骨の身体は崩れ去った。
●朗らかに笑う、笑う。
月明かりに照らされる外に出た姫路は抱えていたマコを降ろした。
「ここなら安全だから。お姉さん、すぐに戻ってくるからね」
「大丈夫ですよ。もう終わりました」
姫路が後ろを振り向くと、耳に手を当てたり、頭を押えながら廃墟から出てくる撃退士の姿が映った。
「ほんま、うざかったわ。なんやあの声。まだ耳に残っとるような気ぃする」
「強さ的には対したこと無かったんですけどー……」
「最後のあれが強烈だったな……」
額に手を当てて後藤はため息をついた。
「もう倒されたのですか……?」
速い撃退士の帰還に驚く姫路に、春日は苦笑いを浮かべる。
「うん。ただ、あの嗤い声を5体いる内に使われていたとしたら……こううまくいかなかったかもね」
嗤い声――その言葉を聞いたマコが不安そうに口を開く。心なしか小さな身体がまだ震えているようだ。
「まだ……お化けいるの……?」
怯える少女に黒井は優しく微笑んだ。
「もういないよ。僕たちが全部倒したからね。だからもう大丈夫」
もう大丈夫、先ほどもかけられた言葉だが骸骨が全て倒され、頼もしい撃退士に救助された今、これほどマコを安堵させる言葉は無いだろう。
泣き出すことも許されなかったマコは目の前にいる姫路に思わず抱きつき、声を上げて泣き始める。
「こわかったよぉ! こわかったよぉ……!」
「勇気を試すなら、もっと優しいところにしておけばよかったわね」
姫路はマコの頭を優しく撫でる。
それでも泣き止まないマコに春日が近づいて、腰を下ろして目線を合わせる。
「もう怖くないよ。泣かないで、折角助かったんだから笑った方がいいよ」
春日が浮かべる柔和な微笑みはマコの中に渦巻いていた恐怖を振り払った。
「ひぐっ……えぐっ……。うん……うん。ありがとう。お兄ちゃん達、本当にありがとう……」
泣き止み始めたマコを見て、雅楽は穏やかな口調でその行動を窘めた。
「もう危ない事すんなよ? 嫌やった嫌やて言えや」
「……うん。もう二度とこんなことしない……。ごめんなさい……」
「いいのよ。やんちゃしちゃう時期だってあるんだから。ただ、もうこういうとこには来ちゃ駄目よ。妖怪はいつだって、脅すだけの存在なのよ」
「うん……」
自分の行動を反省し、流れる涙を拭いながらマコは俯く。
後藤はその小さな頭に軽く手を乗せた。
「本当に良く頑張ったな」
暖かく大きな手のひらはマコの気持ちを和らげ、安堵させた。
少女に言葉をかける一同を見てパルプンティも何か言おうと歩を進めた瞬間、戦闘が終わり気が抜けたせいなのか、今まで落ちそうになっていたのがとうとうおちたのか、原因は一切不明だが着慣れていないショーツがずるりと脱げ落ちた。それに思いっきり足をとられてパルプンティは地面に突っ伏してしまう。
「うぎゃっ!」
全員の視線がパルプンティに集まり、一瞬だけ静寂が訪れる。
誰と言わずに小さな笑い声が上がった。すると笑いは連鎖して広がり、マコも、撃退士達も心地よい笑みを浮かべた。
パルプンティは愉快に笑うみんなを見渡して、最初どんな反応をしたらいいのか戸惑ったが、気がつけば自分も笑顔になっていた。
廃墟に広がった薄気味悪い嗤い声に負けず劣らず、痛快で明るい笑い声が静寂を切り裂いて広がっていった。
了