●開店〜午後3時
「いらっしゃいませ、ごごご‥‥」
「御影さん。それやとなんや効果音みたいやね」
どうにかこうにか(自分たちもやらかした)店内の片付けを終えて、仕込みまで終えて、無事開店までたどり着いた御影光(jz0024)と辻村ティーナ(jz0044)なのであった。光もティーナも正統派エプロンドレスを纏っているのだが、光と言えば剣士、ティーナに至っては整備士とモデルという両極端なイメージがある故か、違和感を拭いきれない。しかし始まってしまった以上、やり遂げるしかない。というか、新年の挨拶からお誕生日祝いからバレンタインデーまで突き抜けるなんて盛りすぎだろ、君たち。
と、そこへ記念すべき第一号のお客様が来店される。
「メイドさんと、いちゃいちゃ出来ると聞いて、飛んで来たっすよ!」
どこで情報が錯綜したのだろう。妄想、もとい期待に胸を膨らませた大谷知夏(
ja0041)が着席と同時に光を呼び止める。
「甘い物をお願いするっす! あっ、飲み物も甘いのでお願いするっすよ♪」
慣れない手順でオーダーを確認する光。どうもその必死さが知夏の心に何かの火を付けた、っぽい。ティーナからチョコレートケーキとホットチョコレートを乗せたプレートを渡された光が不器用にテーブルに置き、戻ろうとした時、知夏の青い瞳が光をロックオンした。
「さぁさぁ、メイドさん。知夏にあーんをして食べさせて下さいっすよ♪」
「え?」
「メイドさんならできて当然っすよ」
迷子になった子犬って、あんな感じやなあとティーナが思うほど狼狽しているのがわかる。言葉にならない救いの要請を発している光へ温かい視線を送って、ティーナは次の仕事に取りかかる。以降、客席の方からは消え入りそうな声で「ど、どうぞ、あーん、してください‥‥」と言う声が何度も何度も続いて聞こえてくる。
「小倉トーストがないのだ〜?」
レナ(
ja5022)の残念そうな声が聞こえてくる。しかしオムライスはあると聞き、できたそれを運んできた光に忍者の心得として伝え聞くオーダーをする。
「オムライスに『忍者!』、と書いて欲しいのだ。そして‥‥」
忍の文字をまさに書いている光に、レナは力強くお願いをする。忍者のしきたりである以上、ここに妥協はない。
「え、ええと。では、行きます。‥‥美味しくなれ〜萌え萌えキュン」
キュン、の辺りで赤い瞳がうるうるになっている光に感謝しつつ「オムライス、おいしいのだマジ美味しいのだ!」の、レナの声が店内外まで轟く。
「辻村先輩、つ、次は何を‥‥」
天魔相手には滅法強い方でもある光でも、蓄積された幾ばくかの疲れが否めない。その時、光の前にそっとプレートが置かれた。
「光さん。失敗してしまったお料理で申し訳ありませんが、もったいないのでまかないに」
ふわっとしたような声に包まれた感じがして、光は顔を上げるとそこには調理場を手伝ってくれている神月熾弦(
ja0358)が立っていた。そっと、光とそしてティーナにも手作りのケーキを差し出す。
「失敗って、このちょっと形が崩れているくらいで?」
ティーナが問うと熾弦は「失敗なんですよ」と優しく、再び光にケーキを勧める。
「はううう、おいしいですぅぅぅ」
どうも、自分が食べられないままでケーキを運ぶことが光の精神に過度の負担を掛けていたらしい。一口ごと、ゆっくりと堪能しながら頬張る光を見て微笑む熾弦の、銀の髪が揺れる。
「おかえりなさいませー♪」
一回言ってみたかったんだー、と言いながら驚異的な記憶力と客さばきを武器に、光の不在を埋めて余りある存在感を放っているのは大上ことり(
ja0871)である。自前の「和風魔法少女服」なる軽快感がある和装服をまとっている。
「おすすめのメニューは〜。とんこつラーメン」
「とんこつ一丁、オーダー入りましたー!」
開店前から18時間煮込んだというとんこつスープの前できびきびと動いている佐藤としお(
ja2489)である。ラーメンはもちろん、ケーキでもお茶でもオーダーされると、これまた用意してきたホワイトボードにメモを貼り、水も漏らさぬ受注体制を構築している。
サブカルへの造詣も深いことりと会話を楽しんでいる客の様子を見ながらケーキを完食し、ようやく人心地ついた光。
●午後3時
「それにしても」
日比野亜絽波(
ja4259)はくすっと笑いながらティーナに語りかけてくる。
「『何でもない日』までお祝いとは、賑やかになりそうだね。料理も色んなものを出したいね」
「ティーナさん、手際がいい。料理上手だね」
「いやあ、それはこっちもやで。亜絽波さん、めっちゃ段取りがええなあ」
テキパキとフルーツをカットし、ケーキを作っていくと同時にゴミの処理まで終えてしまう亜絽波の手際に息を呑むようにティーナは感心する。人様に出すレベルとなると軽食しか作れないティーナにとって亜絽波の援護はありがたかった。
「特に予定もなかったから、参加することにしたよ。賑やかなのは好きなんだ〜」
衣装の中から執事服を探し、星杜焔(
ja5378)が厨房に立つ。料理の心得が深い焔はメニューを付け加えて行く。
料理の質が上がるに連れ、デザートのオーダーが増えて来た。
「ケーキですか‥‥、少々お待ちいただけます?」
ことりがオーダーを取ろうとした時、ショートケーキが欠品しているのを思い出した。これは別のメニューを薦めるべきだな、と思った矢先。「あいや、待たれよ」と厨房冷蔵庫の奥から箱を取り出す者がいた。
「そう! こんなこともあろうかとッ!」
虎綱・ガーフィールド(
ja3547)がどんなことがあると思ったかは定かではないが、まさにまさにのナイスタイミングで箱の中よりホールのチョコレートケーキを取り出す。
「みんな、ほんまにおおきになあ。うちひとりやったらパンクしとったわー」
飲食業の修羅場は初めてなティーナは心から感謝する。
「お二人ともお疲れ様で御座る。片付けも某らに任せて休んでくだされ」
熾弦、ことり、亜絽波、焔、虎綱、それにが並木坂・マオ(
ja0317)も加わり「頑張りすぎ。休みなさい」と言ってくれる。
「ほんまにおおきになあ。甘えさせて貰うで。ほな御影さん、いこか」
ふたりで休憩室に行く。隠したままにしているこの日のために用意しておいた包みはまだ誰にも見つかっていないようだ。
「内緒で贈るんですよね」
中にはティーナと光が夜通しで作ったチョコレートが入っている。決して、うまくは作れなかったけど。喜んで貰えたらこれほど嬉しいことはない。光は、わくわく半分、どきどき半分の心持ちであった。きっと、バレンタインデーにチョコを贈る女子は皆、いつもこんな感じなのかな、と思う。
「ほな、次はこれでいこか」
いつの間にやら黒のバニーガールの姿で立っているティーナは、当然のように光にバニー服を差し出すのであった。着替えて。あまりに体の線が出る衣装に、内心たじろぎながらも「これはお仕事、これもお仕事」の呪文を繰り返し。いざ出陣!
「あら、白のウサギさんなのね。‥‥御影さん、こっちで一緒にお茶を楽しみましょうよ」
声を掛けてくれたのは雪成藤花(
ja0292)。服はブルーのワンピにエプロンドレス。まるで絵本の中から抜け出てきた主人公のような装いである。
「せっかくお話できるわけですし、お互いのなんでもない日を祝いましょうか」
ロイヤルミルクティーとケーキのセットを頼んだ藤花は、薄いカップの縁に唇をあてて静かに味わう。のんびりとした時間が流れる中、藤花の視線が誰か探しているような気がするも、、ただそれを尋ねていいものなのか光が考えていると、藤花の方が光の思案に気付いたようで「あの方は、まだ見えないのですね」とだけ呟く。「もうちょっと待っている」と言う藤花を残し、テーブルを後にすると別の席からまた声が掛かる。さすがにバニー服は目立つようだ。
「ん。うさぎさんがいるねー可愛いねー可愛いねー。‥‥でもどうしてうさぎさんの格好をしてるのかなー?」
鬼燈しきみ(
ja3040)が首を傾げる。「なんででしょう、ね」と小声で呟く光の目はまっかっかである。地が赤なんだから当然とは言え。
「ういえばボク今月誕生日だねーボクも祝ってもらえるのかなー。誕生日ー、猫の日だよーにゃーにゃー」
2月22日は猫の日である。リクエストされるまま、ぎこちなく猫の絵を光が描いていると「お誕生日おめでとう、しきみちゃん」の声が掛かる。プレゼントらしい包装を抱えて斐川幽夜(
ja1965)が立っていた。クールな印象を与えるな物言いながら眼鏡の奥に、柔らかな微笑みが見える。
「もややん、ありがとう」
プレゼントの中身が本である事を理解したしきみは、「ああ、喜んでいるんだなあ」というオーラを出している。立ち話もなんなので座ってもらい3時のお茶会の始まりである。気がつけば席のあちこちから祝辞の声が聞こえてくる。こちらは預かっていたもんやで、とティーナはしきみに包みを渡す。オレンジのリボンで丁寧にラッピングされたそれは「K.H」と差出人が書かれたのカードが添えられていた。
「という訳で、うちが代理で歌を歌わせてもらいますー」
メイド服の女性に祝辞の歌が歌われると、なんだか本当にファミレスやメイドカフェのような、それっぽい雰囲気になるからちょっと不思議。
「アカリさん。お誕生日おめでとうございます」
ファティナ・V・アイゼンブルク(
ja0454)は手作りのフォンダンショコラを取り出す。とは言っても普通のフォンダンショコラではない。ホワイトチョコを使った真っ白なそれは、とても目を引いた。
「雨宮様、お誕生日おめでとうございます」
御幸浜霧(
ja0751)も唱和し、用意していたプレゼントを雨宮アカリ(
ja4010)に差し出す。
「え”っ。私ぃ!?」
戦場に限らず冷静な判断を下すアカリが不意を打たれて狼狽する。
「おめでとうございます、アカリお嬢様」
オーダーを取りに来たバニー服の光にも祝われて、照れ隠しのように刹那に切り返しを図る。
「そう言えば、お二人は毎年の誕生日をどう過ごされてるのかしらぁ?」
「ドイツでは誕生日の方を友人達が、ではなく誕生日の方が普段お世話になってる方達をおもてなしするんです」
「殿方は紋付・袴、おなごは振袖を着付け、馳走を前に一族揃って、口上を述べたり、ご臨席を賜った皆様に一言ずつご挨拶を申し上げて、一族の結束を確認するため水杯を酌み交わしたり、ですが」
国それぞれどころか、同じ日本でもえらい違いである。ちなみに光は誕生日ごとに素振りの回数が増えたとか、やはりこちらも返答がなんだか妙。ちなみにアカリさんはどんなお誕生日だったのですか、と聞かれると。
「き、去年はお父様に『バースデー突撃だ。行って来いアカリ!!』なんて言われて敵陣に突撃してたわぁ‥‥」
白バニーの光、ちょっとだけ繋ぐ言葉を失い、未熟さを悟る午後である。すると「おおお」というどよめきが起こるのに光も気がつきそちらを見ると黒のバニースーツとタイツを完璧に着こなして、まるでグラビア雑誌から抜け出して来たような女性が光に近付いてくる。
「バニーガールはステイツが本場ですよ? なお、本国でこの服を着せられると、着せた大人が捕まるんですよ」
微笑みを返すごとにぷるんぷるん、という音が本当に聞こえて来そうなアーレイ・バーグ(
ja0276)である。ただアーレイのバディならばUSAでも未成年には見られないのではなかろうか。ちなみにもちろんというかスーツは自前。用意されている衣装でアーレイの体が収まりそうなサイズは存在しないだろう。
「やはりイタリア、日本はUSAには勝てへんのやろか」
アーレイばかりにオーダーが集中するのを見て、思わず胸を触って確認するティーナである。光はちょっとだけ自分の胸を再確認したくなったけど、精神力で抑え込んだ。つまり旧枢軸国の内の2国が奇しくも同時に負けを認めた‥‥。いや、そうでもない。
「サノバ(以下略)、九十七ちゃンのォ作ったお料理がァァ食エねェだとォァァァア!!??」
オーダーをキャンセルしてまでアーレイにサーブを頼もうとした男性グループに、ちょっとした抗議をなさっているのは。メイド服を華麗に着こなし言葉使いも(先刻までは)丁寧、「ヒヨコが可愛そうでオムライスは食べられない」級女子力まで向上させていそうな十八九十七(
ja4233)である。厨房で中東料理を作ってくれているのだけど真剣ゆえに作業中は語気が荒くなるのは致し方がない。そして真剣に作った料理が食べられないのは女子として悲しい。だから絶叫。うん。筋は通っている。しかし、無理な女子力向上の代償はあまり大きかった。口から吐血し倒れる九十七を、まさに倒れる寸前に支えたのは二階堂 光(
ja3257)。さっきまで光に「あ、御影ちゃんも光っていう名前なんだー。俺も光っていうんだよ。二階堂光!」などと会話を交していたはずなのに、一瞬で移動したらしい。
「えー、えーと、これはそう! トマトソースです! もー九十七ちゃんったら食いしん坊さんなんだからっ!」
凍り付いた店内の空気を一瞬で変えてしまうテクニックは、さすがと言うべきか。光に手を振りつづけてもう一人の光は九十七を抱えて消えてしまう。
片付けも手際良く実施
九十七のシャウトがまるで耳に入らないほど、現在の女子力の低さとか胸の将来性について気になってしまう光。それを見かねて優しく声を掛けてくれる人がいた。
「まあ、元気出しなよ、な。あっちでお呼びが掛かっているよ」
客として来店しているのに、慣れない仕事をしている光を見かね、サポートを買って出てくれた青柳翼(
ja4246)だ。
「光様、オムライスに『うさぎ』を描いて欲しいのです。文字でも構いませんけど」
逸宮焔寿(
ja2900)がきらきらした視線を送る。年下の子に期待されているのならば応えるしかあるまい。「一意専心!」の掛け声と共に「う、さ、ぎ」の3文字と耳が長い生物らしきものをオムライスのキャンバスに描ききった。
わあ、という歓声を上げ喜んでくれた焔寿は、そして率直な疑問を光に向けて放つ。
「ところで、光様やティーナ様は何方かにチョコを差し上げるのでしょうか?」
「はい、一応」
にっこりと互いに笑顔を交す光とティーナ。
「のうのう、ところで知育ダンスとはなんじゃろか?」
開店と同時に訪れ、ちょこんと座ったままの八塚小萩(
ja0676)が素朴な疑問を光に投げかける。
「妾の好む知育玩具と共におどるのであろ」
明らかに児童教育用テレビ番組のダンスを想像してわくわくしている小萩に、多分それは違うと思うんですけど、と光は言いかけるのだが、かと言ってチークダンスがどんなものなのか光も全くわからない。」
隣席で同じくパーティーを楽しむようにオムライスを頼んでいるのはべべドア・バト・ミルマ(
ja4149)。光に「何か書いてくれますか」とお願いするも、改まって言われると不意に思い付く言葉もなく、「必勝祈願」の文字を書いてしまったりしている。だが、ベベドアはそれでも嬉しく思ってくれたようで、髪に隠れた瞳がキラキラと輝いている、ようにも見えた。
「おいしい‥‥。ワタシはシアワセ、とても」
これにはさすがにボーイッシュな光でも「きゅん」と母性本能を刺激されたらしい。ぽろぽろとこぼしてしまい焦るベベドアの、その口の周りを優しくナプキンで拭いてから、さりげなくこぼれ落ちたオムライスも片付ける。
「ところで、辻村先輩はチークダンスって、したことあります?」
厨房にはふるふると首を振るティーナを見て、ちょっとだけ、「残念」という言葉の意味が理解できた光であった。
●午後7時〜午後9時
「今宵我々が、撃退士の本当の魅力を紹介する!」
七種戒(
ja1267)が高らかに宣言する。装いと言いまるでどこかの歌劇団風。
「しぃ、お姉さんと一緒におどってー!」
突然の戒の呼び出しに動じることもなく前に進んだ「しぃ」こと雫(
ja1894)の装いは巫女服。
「上手く踊れると良いのですけど」
何となくだけど雫が戒の保護者みたいな雰囲気。でもノリノリで踊る二人の周りで、たくさんの人が踊りを始める。
白のタキシードで身を固めた鞍馬真治(
ja0015)が手を取るのは雪室チルル(
ja0220)。チルルの装いはロールプレイングゲームに登場する勇者そのものであり、その上真治との身長差もあるので釣り合いが取れそうもないはずなのに、そこは真治のリードの巧みさだろうか。
「ダンスなぁ。どれぐらいステップ覚えとるかねぇ」
そう呟く亀山淳紅(
ja2261)のステップはかなりのものである。及び腰になりそうな女性の手を優しく取り、リードを繰り返す。だが、どうも選曲に艶がないのが不満になってくる。抑えきれず光の手を取り一言。
「自分、歌うても、ええですかっ?!」
こくこく、と頷く光、そして面白そうなティーナに推されて自慢の喉を披露する。
「あ。この歌なら僕も知っている」
楽しそうに踊るみんなのステップを眺めていた鳳月威織(
ja0339)がゆっくりとしたダンスナンバーを歌っている淳紅に気がつく。威織はほぼ無意識のままでその歌に声を重ねる。すると自身もダンスの中でたゆたっているような、陶然とした雰囲気に包まれる。
と、ここで颯爽と中央に現れた鳥海月花(
ja1538)とそのペアに、会場の皆の視線が集まる。紫のドレスに身を包み、大人びたメイクで決めた月花の装いもさることながら、月花の手を取るのは真っ赤なウェディングドレスの新婦なのである。
「人が多くて、みんな注目しているみたいで、は、恥ずかしいけど。うん‥‥コスプレ、だよね?」
と、七海マナ(
ja3521)。月花よりも小柄である故に、本当に新婦にしか見えないがリードは巧みなマナである。月花と楽しく踊る姿が微笑ましい。
一方、壁の花を決め込んでいる人達もいる。光がサーブしている真紅の液体をぐいとあおりながら壁の側で皆の踊りを楽しげに眺めているのは御伽炯々(
ja1693)。ちなみに「今回」光が運んでいたトレイは葡萄ジュース。だが炯々は少しだけ雰囲気に酔っていい気持ちで見つめている。笑い声が絶えない喧噪が貴重に思えるのは、撃退士という戦場へ赴く戦士であるゆえだろうか。
「光ちゃん、おひさしぶり」」
壁に沿って立っている黒百合(
ja0422)であった。光とは先の依頼で同行した圓もあり、空になりかけのグラスを差し出して挨拶を交わしてくれる。空いた盃の代わりに葡萄ジュースを渡そうとする光には「飲んでいる物が違うから」といたずらっぽく笑う。
「まぁ‥‥、たまにはこんな風にのんびりするのも悪く無いわねぇ‥‥」
影野恭弥(
ja0018)に「給仕さん」と呼び止められた光はごくごく自然に「何でしょう」と受け答えする。てっきり給仕が来たと思っていたので、恭弥は改めて光の姿を見直してみる。
「へぇ‥‥。なかなか似合ってるじゃん」
人からあまりそのような褒め言葉を貰ったことがない光の頭から湯気のようなものが昇るのを見てリラックスするよう励ます。
と、入口の方、にわかにどよめく一群の間を通り抜け、真っ白のパーティードレスを纏った女性が現れる。美しいブルーの、ロングストレートの髪に惹かれ、誘う男性陣が多数。「それにしても誰だっけ?」とぽそぽそと声があちこちから聞こえる。一方、女性の方も、清楚とか貞淑とかいう言葉がふさわしいままに、男性らとの歓談に応じていた。
そんな中、踊る人々を壁にもたれながら眺めていた石田神楽(
ja4485)がつたつたとその女性の前に歩き出す。
「お嬢さん、ご一緒にどうですか?」
丁寧に差し出される手を見つめた女性に、ほんの僅かだけ口元が緩み「喜んでっ」とその手を取り応える。
「次は会えないでのでしょうか」
神楽の問いに、女性は一瞬だけ考え込むように見えたが「縁があればっす、‥‥てきですね」とぽろっと言ってしまう。そして神楽は静かに頭を下げると、静かに壁の方へと戻っていく。が、途中振り返り。
「ふふふ…。そのドレス似合ってますよ、『沙希さん』♪」
「‥‥って神楽っ、最初からばれていたっすか!?」
頬までまっかっかに染めて清楚な女性こと、羽生沙希(
ja3918)はいつもの元気娘の顔に戻り声を上げる。
一方、華麗なステップで目を引いたのは獅子堂虎鉄(
ja1375)である。踊りに慣れない者を導くようにしながらリードをしている。時折足を踏まれる事があっても「そんな顔をするな」と笑って応じている。
「おお、栗原殿ではないか。どうだ、今宵は一緒に踊ってくれないか?」
面識がある栗原ひなこ(
ja3001)に出会うと間を詰めて他意もなく「その衣装、よく似合ってるぞ」と挨拶のように交す。
「ええと、慣れてないんだけど、大丈夫かな?」
緊張と不慣れなゆえに硬くなりがちなひなこに対して、まず音楽と踊りを楽しみたまえと小鉄は語りかける。確かに、音楽に身を委ね皆と共にリズムを刻むのは楽しいと気がつく。余裕ができると広く周りを見回すこともできるようになる。
「もやちゃんも一緒に踊ろ!」
遠くで眺めている幽夜の手を取ると、ひなこは楽しそうに踊るのであった。壁の花を決め込んでいた恭弥も巻込まれるように参加。場違いな所に来てしまったと、所在なさげにしている別天地みずたま(
ja0679)も手を取られ、次第に大きな輪が広がっていく。
「誘ってくれてありがとう♪ とっても楽しかったの〜」
急に手を取られる形で踊りの輪の中に入れられた望月忍(
ja3942)ではあるが、花の咲くような笑顔でにこやかに踊り続けている。アップテンポの曲になった時はやや躊躇ったりもしたが、楽しんだもの勝ちだよ、という周りからのアドバイスを受けちょっと冒険してみる。淡いピンクのワンピースが風に揺れる可憐な花のように揺れ、ピンクのハイヒールが跳躍する。
「御影も行ってくるがいい」
用意されていた執事服で身を固めた鷺谷明(
ja0776)がそっと光の背中を押す。ティーナにも「後は任せろ」と申し出ているようだ。
午前中よりずっと裏方に徹し、表に目立つことはしない明ではあるが、蝋燭の炎に照らされると一層、ワインをサーブする所作の美しさや持参したシレット茶を淹れる様式がひとつひとつ絵になっている。
同じく裏方に徹している柏木丞(
ja3236)が「ここはいいですからどうぞー」と言ってくれる。
「そうそう、こっちはお姉さんに任せて。ほら、そこの子も、壁の花のあなたも」
赤いバニー服がひらひらと舞い、黒のタイツに包まれた伸びる脚が一際目を引く。颯爽とローラースケートでドリンクをサーブしている珠真緑(
ja2428)である。
「踊らないのなら。一緒に、話そ?」
「はいはーい、こちらの壁の華さんもどーぞ。喉乾いてないかもしれないけど」
壁の花を決め込んでいる諸氏へサーブに戻る丞と話の花を咲かせてくれる緑に一礼し、「あとで踊って下さいね」と光が言うと、丞は了解の意をサインで示してくれた。
一番このような場に縁がなさそうな光こそが、今回のパーティーは嬉しかったのかもしれない。明に渡されたドレスに袖を通すと、嬉しそうに会場を眺めて歩いている。
「わぁ、その服装よく似合ってるね‥‥と、折角だし一緒に踊らない?」
踊りの輪の中でパフォーマンスをしていた犬乃さんぽ(
ja1272)が光の手を取りリードをしてくれた。
「あっ、ボク、犬乃さんぽって言うんだ、よろしくね」
「中等部の御影光です。よろしくお願いいたします」
奇妙なまでの律儀さがおかしくて、さんぽは屈託もなく笑ってくれた。
「あー、御影さんはー、わらしとおどるのですよ」
輪の中にいる光を発見した雫は満面の笑みを浮かべながら光に抱きついてくる。
「御影さんっ、おどってくれないと、やだ」
いつも大人びた雫が子供の姿を見せてくれる事は即ち信頼。光はぎゅっと手を結び感動してしまう。なぜかちょっとだけ、頬が紅潮しろれつが回りない雫の様子は気にも止めないままで。
「しぃちゃん、グラスを間違えて一気にのんじゃったものなあ」
保護者的お姉さんだった戒が目を放した時に何かあったらしい。こうなった以上責任を取らなければと戒はなぜか思い、ばっ、と衣装を脱ぎ捨てる。
「またかー!」
「残念! ボディコンでした」
そんなやりとりが空耳で聞こえたのは多分ティーナだけだろう。ボディコン姿になった戒がいつの間に作ったのかお立ち台の上で乱舞を始める。
「お立ち台と聞いてっ! イエーイ!」
「ま、マナさんまで!?」
光の目が点になるのも物ともせず、マナも参戦すると次第に人が台上に上がってはパフォーマンスを披露する。上がった人に押され「バブル崩壊ー!」の掛け声(?)でお約束のようにお立ち台から転げ落ちた戒は、あとでティーナが治癒したとか。
カオスになろうともまさに生を謳歌しているその踊りの輪を、素敵なものと思いながら、それでもなお、輪の中に入れない新井司(
ja6034)は思いに耽ってしまう。
「‥‥もし私が英雄を目指さない生き方をしていたら、私はあの輪の中に入っていたのかしら」
近くにいる黒百合は何も聞こえなかったように氷の入ったグラスを額に押し当てて、薄く笑うだけである。
いつしか踊りの輪が広く広く広がっていく。中にはぽつんと幾組かのカップルが、時が終わるのを惜しむように互いの体を抱き寄せている。
「曲が変わったね」
黒百合のつぶやきで、司もふと視線を中央に寄せた。
●ラストダンス
ラストダンスナンバーはよく聞いた螢の光である。
麻生遊夜(
ja1838)は樋渡沙耶(
ja0770)の手を取りリードをしている。ステップも完璧で沙耶を瞳に映す遊夜に沙耶は身を預けているように見える。だが時折、遊夜が視線を沙耶から外した刹那。まさに刹那。
「つっ」
ぐさ、っと沙耶のヒールが遊夜の足を穿つ。沙耶は視線を前に向けたまま、申し訳なさそうな顔を見せる。つまり、足下を見ている訳では無い。なのに、遊夜の瞳に女性が映った時、なぜか的確に偶然が起こって足が踏まれるのである。しかも気のせいか、段々と痛みが大きくなる気もする。単にミスなんだろう。これが故意だとしたら神業という言葉でも足りない。
「またこういう機会があったら。誘ってもいいかな?」
それでも、ステップのミスが沙耶の遠回しなアピールのようになぜか思えて。遊夜は沙耶に伺いを立てるのであった。そしてひとつ、蝋燭の火が消える。
与那覇アリサ(
ja0057)の手を静かに取ると、清清 清(
ja3434)は全ての想いを言葉に乗せて懸命に見つめる。赤いバニー服を着込み店を手伝っていたアリサと執事服を纏い調理場、店内と大忙しだった清。遊びに来たはずなのにお互いなんだか大変だったね、とくすっと笑いあう。でも、これからはふたりだけの時間。
「ボクと一緒に、踊ってください‥‥なのだよ‥‥っ」
アリサも、手作りのチョコレートを渡して。これはダンスなのだから、とぎゅっと抱きしめる。
「おれはやっぱり清が大好きさー♪」
チョコレートの甘い香りに包まれて、灯りに照らされる二人の影は、いまひとつになり。ゆらゆらと揺らめきながら互いの瞳に映るにいる自分を見る事が、こんなにも愛おしく幸せなのかを確認する。そして、ふたつめの蝋燭の火が消える。
抱きしめる清の力が強くアリサを引き寄せる。と、同時にその唇がアリサの頬を優しく触れた。
薄ぼんやりとしか人の姿が見えない店内。バイオリンだけが奏でる蛍の光の演奏のなかで大崎優希(
ja3762)と 鳳静矢(
ja3856)は互いの体を抱き寄せて踊る。周囲には人影も見えない。ただふたりだけの空間と時間がそこにあった。
「ほらほら、そんなのじゃダメだよー? もっと軽く軽く踊らないと」
「むぅ、なかなか難しいものだな…」
静矢が足下から目線を上げると、優希の瞳が何かを確認するために静矢を覗き込んでいるような気がした。そして何かを言おうとしているように、その唇が薄く開いている。
そして演奏が終わり。最後の火が消える。と、同時に優希の唇に温かい何かがそっと触れた。
「無防備すぎるぞ‥‥? ふふふ‥‥」
再びそっと唇を重ねて言葉を塞ぐと、優希は安堵のような吐息を漏らす。愛しい者が互いの幸せを望む日の夜は、幕を閉じた。
静かになった店内を片付ける明に礼を述べて、ティーナと光は謝辞を綴ったカードと共に、沙耶が撮ったパーティーの写真やおなじく沙耶が作ったクッキーを置いていく。
「バレンタインデー、私も楽しかったです」
「ほんまやね」
多分この二人は、来年もやっぱり「個人的に渡す相手」はいないのだろうけど、みんなと一緒に楽しめるのならば。幸せこそ感じても寂しさはない。「知育ダンス」が始まる前にすやすやと寝入ってしまった小萩を背中におんぶして。二人は星空の下、幸せな静寂の中を学園に向かい歩いて帰るのであった。