「家が見えて来たっすね」
誰に言う訳でもなく、虎牙こうき(
ja0879) が呟く。
見渡す限り一面の白。これで道すら除雪されていなければ、こんな所に村がある事さえ判らないだろう。白一色の雪原を貫く1本の道を進んだ先にようやく現れた住居を確認し、目的の村へ到着できたことに撃退士達は安堵した。
「良かった。携帯は使えるみたいです」
道明寺 詩愛(
ja3388)が安堵したように言った。依頼内容を考えれば、あるいは広範囲の索敵になる可能性もある。互いの連絡方法はひとつでも多い方がいい。
「それにしても途中、地吹雪がひどかったねー」
到着までの視界さえ消えてしまう地吹雪に襲われた道中を振り返るのは森浦萌々佳(
ja0835)。穏やかな口調とは裏腹に、少しでも異変があればそれを感じ取ろうとその雰囲気には張り詰めているのを感じられる。その横で柳津半奈(
ja0535)もいつでも動けるようにウォームアップをしている。
「やっぱり、寒いのですね」
マフラーの中に首を埋めながら氷月はくあ(
ja0811)は自分の口から昇る白い息を見つめる。手袋、マフラーで防寒してはいるが、景色のせいだろうか。気温以上の寒さを感じる。いざという時、即時にトリガーを引けるか確認するため、何度も拳を握り開き、その動作を繰り返す。
「今回は一緒に頑張ろうね、悠騎姉っ!」
神喰朔桜(
ja2099)の赤の瞳が冴島悠騎(
ja0302)の茶の瞳を見つめる。悠騎は微笑みでそれに答える。
本当に寂れている村であった。観光で村おこしを図るも失敗したのであろう過去がありありと見て取れた。通りに面している喫茶店、土産物屋、スナックの看板は破れ落ち、閉じられたシャッターに浮かぶ錆が一層寂しさを感じさせた。
それでも、誰か人がいないか。急襲を警戒しながらも先頭を歩いていた酒々井時人(
ja0501)は依頼にあった集会所を探す。すると。
がた、と言う音と共に扉のひとつが開く。中から現れたのは男性だった。
「あんた達、もしかして」
撃退士かい、と言う問いと共に次第に方々に隠れながら様子を伺っていた村の男たちが現れてくる。
「久遠ヶ原学園の酒々井です。依頼を受け参りました」
酒々井の言葉に男達は歓声を上げた。
「おーい、みんな、出て来い!」
村の男が大きな声をあげると、T字路の先にあった建物から次々に人が現れ走ってくるのが見えた。聞けば村の全員が集会所に集まっていたらしい。
「頼む。どうか女、子供だけでも助けてやってくれ」
哀願と言う言葉の意味をようやく初めて実感できた気がする。自分たちが来るまでの間、どれ程の恐怖だったのだろう。男達は天魔と戦っている間に、その妻や子を逃がす事以外、念頭には無かったのが詩愛に伝わってくる。
最悪の結果になるくらいならば、せめて子供達だけは救って欲しいと願う気持ち。詩愛は泣きそうな顔をしながら恐らくその父であろう男性のズボンの裾を握りしめている男の子が目に入り、胸が潰れそうになる。
しゃがみ込み、視線の高さを子供に合わせ、詩愛は子供の瞳の中を覗き込む。
「お姉ちゃんたちが悪い鳥を退治してくるから」
髪から青のリボンを解くと、その子の手に収めてそっと包み込むように手を握る。
「これはお守りだよ」
時人はただ家族だけは守りたいと願う男達の前で、穏やかに、だが力強く訴える。
「もうこれ以上の犠牲者を出さない、僕達を信じて待っていてくれませんか?」
心の中には自分の息子と同じくらいの撃退士に任せることを案じる気持ちもあるのだろう。大人として、男として、生きてきた人生があるのだろうと時人は思案したが「何があるかわかりません。皆さんにはいつでも動けるよう準備をお願いします」と更に悠騎が促すとようやく納得してくれた。
結局一番見張りやすいという理由から消防団詰め所の鐘楼が近くにある集会所へと再び村人は戻っていく。今度は、男たち全員も、であるが。
だがせめて使えるものはなんでも使って欲しい、と避難する際に村人は撃退士達にスノーモービルを貸してくれる事を伝えて来た。悠騎が確認に行くと5台ある。スノーモービルの台数も計算に入れ、作戦を立て天魔の捜索を開始した。時人、萌々佳、悠騎がA組、半奈、こうき、はくあがB組、そして消防団詰め所に立つ鐘楼の上に朔桜、詩愛がC組として昇り、警戒を行う。トランシーバーはあるかとこうきは尋ねたが、旧スキー場にならばあるとの答えが返って来るだけだった。取りに行けば役に立つかも知れないが距離が不安だった。仕方なくそれは諦めると互いの連絡の手段を決めて撃退士は散って行った。
「朔桜ちゃん、そっちも無理しちゃダメよ?」
最後まで見送る朔桜に悠騎が声を掛け、そして悠騎と萌々佳を乗せたスノーモービルが大きな音を立てて出て行った。
何もない雪道にエンジン音が大きく鳴り響く。
「この音だけでも目立ちますね」
言いながらもB組のはくあは、宙に向かい弾丸を撃った。飢えた天魔であるならば、あるいは人を襲うことに慢心し油断をしている天魔であれば、人の存在に気がつきさえすれば誘導されるだろう‥‥。
「ここから見ても皆さん、目立ちますね」
鐘楼の上で敵の襲来を警戒している詩愛が呟くと朔桜は同意する。
「私たちも早く見つければ悠騎姉たちもそれだけ楽できるし」
風が吹くたび身が切れそうな鐘楼の上ではあるが、それを思うと感度を研ぎ澄まし警戒をする。
そして、詩愛と朔桜がそれを確認したのは同時だった。
「来襲!」
朔桜が半鐘を鳴らす。次第に大きくなるその姿は、広げれば3m以上もありそうな翼を持つ鴉であった。
詩愛は光纏すると鐘楼からまるで落ちるように走り抜け着地する。スノーモービルのエンジンを掛けると朔桜と共に疾走した。なんとしても村から注意を削がなければ。
響き渡った半鐘に気付き、撃退士は詩愛、朔桜らC組の駆るスノーモービルが出撃したのを見る。つまりは詩愛らが向かう先には大鴉がいる。
果たして、確かに黒い翼が光纏し輝く詩愛らの方向へと近付いていくのが見えた。
だが、詩愛、朔桜の位置よりもむしろA組の方が近かった。
「行きましょう」
何もないこの雪原は状況把握をする分には有利であった。遠くから近付きつつあるB組の姿を確認すると、できるだけB組と近く、村からは遠い場所を戦場にすべきと時人を乗せるスノーモービルが向きを変えると、萌々佳、悠騎を乗せるスノーモービルも追走する
「鬼さんこちら〜、なんてね〜」
口調とは裏腹にその表情から微笑みを消し萌々佳が宙に向かい挑発する。
「みんな、目ぇ瞑って!」
悠騎が閃光のようなアウルの光球を宙に向かって撃った。まるでフラッシュグレネードのように炸裂したアウルが開戦を告げる。
標的を見つけ出したように醜い声を上げる大鴉。萌々佳、時人、悠騎を値踏みするような視線で見据えると、いよいよ襲わんと虚空から舞い降りた。
だが、素早さに優れそうな大鴉のさらにその機先を制したのは萌々佳であった。ショートスピアを構え、大鴉へと一撃を与えようとする。
が、翼は萌々佳の前で旋回しそれを潜り抜けると標的を悠騎へと定めたように一直線に向かって行った。
「そうは、させませんよ」
だが、大鴉の前には時人が立ち塞がり、その攻撃の全てをその身に受け切った。
「酒々井君!」
「大丈夫、かすり傷だよ」
大鴉を押し返す時人を確認した悠騎と萌々佳が再び陣形を整えて対峙する。それに呼応し半奈、はくあ、こうきのB組が大鴉の背後を取る。そして朔桜、詩愛らのC組も間合いを詰める。
だが、撃退士らの攻撃よりも早く大鴉が動いた。その両脚を地面に降ろすが早いか、大きく翼を動かした。尋常ならざる旋風が大鴉から放たれる。それは地面に吹き溜まった雪を巻き上げながらA組へと疾走した。
「はいは〜い、みんなも、護りますよ〜ッ!」
刹那の間であった。今度は萌々佳が身を挺して旋風を受ける。強風に翻弄され飛ばされる萌々佳。だが、負った傷に臆することは無く。穏やかに、だがアウルの輝きを強く纏い萌々佳は立ち上がる。
刹那に漏れる安堵から、しかし抑えきれず沸き上がる怒りをアウルの力として具現化し、撃退士は大鴉へと攻撃を集中させた。
指先にアウルを宿し力を集中させる。そして一瞬でアウルの光球を完成させると悠騎はその指を大鴉へと向けた。
「さて、と」
金色のアウルに輝く朔桜の拳に集うのは暗黒のアウル。
「悠騎姉のいる手前、部員としても格好良い所を見せないとね!」
金に輝く掌から現れる暗黒の弾を朔桜が放つ。
金色と暗黒。ふたつの光弾が違う角度から大鴉へと飛び爆発する。と、同時に銃撃の音が雪原に響く。
「ヒットです」
ウェーブが掛かった緑の髪がふんわりと揺れる。雪原に投げ出された手袋の横で狙撃姿勢を取ったまま、はくあはリボルバーの照準を再び定める。
「しっかり自分の手で感じた方が、上手く狙える気がするのですっ」
そして照準を構えるはくあの視線の先には萌々佳の姿が。
「さっきの、おかえしですー」
ゆったりと優雅に動きながらもショートスピアを構えて撃つ萌々佳の一打はまさに雷撃。しかし打ち下ろされるもまだ倒れない大鴉。その懐にいつの間に潜り込んだのか。詩愛のポニーテールが揺れる。刹那、大鴉の喉を突き上げ蹴りが炸裂する。スパッツの上から装着されたメタルレガースから撃たれるサマーソルトキックが、アウルで輝く円形の軌跡を描き、大鴉が地面から浮く。
「‥‥一意専心」
一閃。空気を切り裂き半奈が手にした曲刀・カットラスが、大鴉の羽を上からアウルの光輝を打ち、その身を地面へと叩き落とす。
一連の流れに呼応したかのように、まるで叩き落とされるのを待っていたかのように、こうきが振るうハンドアックスが、その輝きと共に大鴉の腹を横に薙ぐ。
「ぐげ」
醜く短く大鴉が叫んだ。だが、叫びをかき消すように、雪を力強く踏みしめながら、ブロンズシールドを構え、まるで押しつぶすように酒々井が突貫してくる。ファルシオンを握る手に力がこもる。大きく構えると構えた盾の更に上からファルシオンを大鴉へと叩きつける。
酒々井のファルシオンには怒りが籠もっていた。
いくら寂しい村だとは言えども、そこにあった平穏な暮らしを奪われた村人の悲しみの姿が、酒々井を、いや、この地に集った撃退士を怒らせた。
しかし大鴉は尚も倒れるには至らない。狙いを定めると包囲を突破するつもりか、滑るように宙を切り、こうきにその嘴を衝突させた。
「虎牙さんっ!」
咄嗟のことに半奈、はくあが叫ぶがこうきは黙したまま、目線で「大丈夫」と告げそれを制す。と、同時にハンドアックスを叩き込んだ。
「逃がしはしませんよ」
すぐに追いついた詩愛が回し蹴りを叩き込むと、詩愛の儀礼服の中に着込んだブルーのワンピースが花開くように舞った。
そして。村の惨状、さらに目の前で負傷を受ける仲間を見せられた半奈に、抑えきれない感情が走る。悪への憎しみである。だが、仲間を守りたいと願う心が純粋な怒りへと昇華させる。曲刀の上でアウルが炎のように燃え上がる。溢れる力に暴れる曲刀を、冷静に軌道を修正すると大鴉に命中させた。
「飛んでるなら、地に落とすまで‥‥ですっ!」
はくあの撃つアウルの弾丸が大鴉を撃った。
一旦は包囲網を突破した大鴉ではあったが、しかしそれはまだ撃退士の間合いであった
詩愛の後ろで悠騎が、はくあの後ろで朔桜が、それぞれに集ったアウルが金色の、あるいは暗黒の光球の形を作りあげる。
「――ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――FURNACE RELEASE(焦熱地獄、解放)」
朔桜の術式が完成すると同時に、悠騎の指からアウルが放たれる。一直線に宙を走るふたつの光球が大鴉の体の上で爆発すると、遂に力尽きたのか大鴉はどすんと落下した。真っ白の雪原に真っ黒の大鴉が、ぴくりともしないままで横たわっている。
「勝ちましたね−」
おだやかな口調で萌々佳が言う。そして戦いはここに決した。
「怪我人、出てしまったね」
申し訳なさそうに時人が萌々佳に治癒の魔法をかける。詩愛もまたこうきを治癒すると、最後にこうき、詩愛が時人の治癒を行った。
撃退士の帰還に、村人は多いに湧き涙を流しては喜んだ。どうか労わせて欲しいと申し出て、急遽料理が支度される。料理を待っている間。詩愛はリボンをおずおずと返しに来た子供の頭をそっと撫でてそれをもう一度、その手に戻した。
こうきは、襲われたという家族の住んでいたロッジを案内してもらい、故人の冥福を祈り手を合わせる。
帰還までの時間が限られてはいたが、折角の持てなしを無碍にもできず、時人らは招きに応じた。自分と変わらない歳の子に「みんなかっこよかったよ」と言われ、照れる者もいたが、次第に話は「どこからやってくるのか」になっていく。すると南の、山を越えた向こうで、なにかよからぬ事が起きたのではという噂が一時聞いた事がある、と思い出したように話す男がいた。
「あの山の向こうにいる親戚から年賀状が届かないとか、別の村のダチが言っていたなあ」
最後に気になる話も出たが、丁重にもてなしに感謝しつつ撃退士は席を立ち、帰路につくことにした。報告書が上がれば、いずれ捜査もあるかも知れない。‥‥二度と、悲しみが繰り返されないように。