「もち☆もちふぇすてぃばる大食い大会はじまるよー! きっぷのいい食いっぷりしてたら拍手よろしく!」
そろそろ正月気分も醒め、平常モードに戻りつつある久遠ヶ原商店街にアンネ・ベルセリウス(
ja8216)のややぶっきらぼうな声が響いた。
全身白タイツの上から鏡餅型着ぐるみをすっぽり被り、片手に餅食い大会の看板を掲げた彼女の姿に、道行く買い物客も思わず振り返る。
特に子供達は歓声を上げて駆け寄ってきた。
(そうそう。お子様はあたしの勇姿にときめくがよい!)
子供達の後からその親が、そして何事かと大人の野次馬もやって来る。
「正月に餅を食べ飽きた人も、餅を食べるの忘れてて『そーいや今年餅まだ食ってねーな』の人もよってらっしゃい見てらっしゃい! もち☆もちふぇすてぃばるだよっ!」
アンネはここぞとばかり声を張り上げ、集まって来た人々に宣伝ビラを配った。
「お腹すいたらあったかいお汁粉の無料配布もあるよー!」
(ギャラリー多い方が後々消費助かるしね!)
一見ほのぼのしたお正月イベントのようだが、運営を任せられた撃退士達にとっては身体を張った「戦い」の幕開けだ。
‥‥ただし相手は天魔ではなくお餅だが。
「すごいね‥‥人間って‥‥」
倉庫から運び出される巨大鏡餅を眺め、はぐれ悪魔のレイ・フェリウス(
jb3036)は無表情のままあっけにとられていた。
「‥‥なぁ、運ばれた時点でコレ気付かなかったのかよ‥‥?」
同じくはぐれ悪魔のアレス(
jb5958)も呆れ顔である。
何しろ餅米200升分。もはや「鏡餅」というよりねぶた祭りか何かのために作られた「巨大な山車」といった方が相応しい。
そんな巨大餅を、依頼で集まった撃退士達で平らげようというのだ。
一部は無料配布で会場のギャラリーにも協力を仰ぐ予定だが。
「けれど、祭りも楽しめて、人間の食べ物も味わえるのは、素敵だね。自分の(胃袋的な意味で)限界がどこにあるのか分からないけど、頑張ってみよう」
「ま、終わっちまったことはしょーがねえよな!」
レイの言葉にアレスも頷いた。
「これはなかなかすごい量だね。せっかくだからこの量を活かして商店街の活性に繋げてみてはどうかな‥‥?」
堕天の叶 結城(
jb3115)も実にポジティブシンキング。
ただ食べるというだけでは味気ない。
ここはお餅の大食い大会を商店街の新年イベントとして盛り上げれば、手違いで大量注文してしまった餅米も無駄にはならず一石二鳥というものだ。
相談の結果決まったのが、いまアンネが鏡餅スーツで奮闘しながら宣伝している「もち☆もちふぇすてぃばる」の開催。
商店街組合の人々の手も借りて会場設営を進める一方、観客の呼び込みも行われていた。
「うおお初依頼がんばるーっ!!」
いやが上にも張り切る堕天のニナ・エシュハラ(
jb7569)は、指先で掌に「天天天」と描いて呑み込むフリをした。
「これ、キンチョーしないで済む人界のおまじないなんだよね私知ってる!」
ちょっと違うような‥‥いや天使だからこれでいいのか。
今回の依頼に誘ってくれた東城 夜刀彦(
ja6047)らと共に宣伝用バルーン作りに勤しむ。
だがあいにく風船を浮かべさせるヘリウムガスのボンベがない。
そこでニナを始めレイ、アレスなど飛行スキルを有する天魔生徒組がバルーンを持って舞い上がり、凧揚げの要領で牽引した。
「商店街にてもち☆もちふぇすてぃばる開催しまーす! 遊びに来てねー!」
街の上空を旋回すると、遠方の人々も思わず足を止め見上げてくる。
「美味しいお餅も振舞われるらしいよ! よ!」
「さーぁ盛り上げるわよー!!」
ガッツポーズを取るのはリーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)。
「とりあえず飾り付けを手伝おうかしら? でも何だか鏡餅のコスプレで宣伝してる姐さん(アンネ)もいるみたいだし‥‥」
しばし考えた後、エルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)に話を持ちかけた。
自分達もコスプレをしてユニットを組み宣伝しようという提案だ。
名付けて「もち☆もちシスターズ」!
髪のリボンを餅型のシュシュに変えて、衣装も餅をイメージした白のふわふわドレスに変更。さらに蜜柑を模した可愛いベレー帽を被る。
チラシを見て会場にやってきたお客の前に出ると、
「こーんにーちわー!」
まずはリーリアが元気よく挨拶した。
「やってまいりました久遠ヶ原学園商店街、もち☆もちふぇすてぃばる! ご覧下さいこのきっぷのいい大量のお餅! ありえない量、二百升! これ全部お祭り用の品なんです商店街の人たちに拍手ー!」
パチパチパチ。
「お祭り用」を強調するのは誤注文してしまった店主への気遣いである。
(でもこの量を食べ尽くすとかは‥‥)
自ら紹介した鏡餅のどでかさに一瞬どん引きするも、
(ほら、食いっぷりのいいの揃ってるから、うん、なんとかなるでしょ!)
そう思い直して目を逸らす。
続いてエルミナが、
「(えぇと、なんだったか‥‥)組んでもち☆もちシスターズ(ゝω・)見参!」
光の翼を広げリーリアと二人してポーズを決めると、ギャラリーの間から「おぉーっ!」と歓声が上がった。
(よし、つかみはOK!)
いったん舞台裏に戻ったエルミナは、バルーン作りを続ける夜刀彦に目を留めた。
イベント用衣装として組合が保管していたくノ一コスを差し出し、
「ほら、東城殿、君もこの服に着替えたまえ大丈夫違和感ないさ」
「ええっ? でも俺じゃ胸ないし、すぐにバレちゃいますよ」
「大丈夫だ。ここに大量の詰め物(餅)があるじゃないか」
抗弁の余地も与えられず、夜刀彦はいつしかくノ一衣装に着替えさせられていた。
「ほら一気! 一気!」
際どいミニスカ和装の胸に半球型の餅を詰め込むと、美しくも巨乳の女忍者・くノ一ヤト爆誕!
‥‥派手に動くと巨乳が落ちそうなのが玉に瑕だが。
女装完了の夜刀彦を改めて眺め、
「ふ‥‥弟以上の傑作に仕上がった。うん。これは写真にとっておくべきだろう」
うんうんと頷くエルミナ。
無表情だが目がイキイキしてるぞ!
夜刀彦にしてみれば想定外のとばっちり。
だがここまでくれば本人も腹を括り、
「こうなったら死ぬ気でやり遂げますわよ!」
「あ、やとちゃんがおにゃのこになってるかわいー♪」
ちょうど空のバルーン宣伝から降りて来たニナが嬉しげに叫ぶ。
「なんで東城はそこで女装されられてるんだ? 違和感ねえけどよ。うん、折角だから手相を見てやろう」
同じく戻って来たアレスが夜刀彦の掌を一瞥、
「おやあなた、女難の相が(」
「‥‥こういうのも女難っていうんですかね?」
撃退士達のPR活動が功を奏し、イベント開場時間には既にかなりの観客が集まっていた。
組合側がユンボや削岩機まで持ち出し鏡餅を解体、食べやすいサイズに砕かれた大量の餅が大きな金網で焼かれ香ばしい匂いを立てる。
餅米200升分の大量お餅に挑むフードバトル、いよいよ開幕!
焼き上がったお餅が皿に載せられ、舞台上で撃退士達が並んで座った長テーブルの上に次々と運ばれてきた。
きな粉、砂糖醤油、汁粉や海苔巻など味付けはお好み次第。
「ここであったが百年目! 鏡餅よ‥‥今日が貴様の最期だと思いなさい!」
夜刀彦、いや今はくノ一ヤトがビシっと見得を切るや、
「一番槍貰ったァっ!」
目にも留まらぬ瞬速で箸を繰り出し、餅にかぶりつく!
それを合図の様に他の撃退士達も一斉に食べ出した。
「やっぱり餅は砂糖醤油よね! この焼きたての外側ぱりっ内側もちっ、に砂糖醤油絡ませて‥‥うまー!!」
「もち☆もちシスターズ」の衣装のまま席についたリーリアは、いかにも美味しそうな笑顔で観客にアピールしながら食べる。
「これが! 撃退士の食いっぷり‥‥!! インパクト!!」
さすがに着ぐるみは脱いでお色直ししたアンネがスキルを発動、力を込めて豪快にむしゃむしゃー!
撃退士の攻撃スキルなど日頃目にしたことのない一般人の観客は、その迫力に目を丸くし拍手喝采を送る。
「‥‥お餅って、美味しいね」
内心ちょっとどきどきしつつも、相変わらずのポーカーフェイスで餅に砂糖醤油を付けるレイ。
忍法「月虹」を使い赤いオーラをまとわせた箸で餅をつまみ上げ、淡々と口へ運ぶ。
「おかわりください」
あっという間に空にした皿を、驚く商店街スタッフに差し出した。
「うん。これぐらいならまだ軽いな」
結城はきな粉にまぶしたお餅をもぐもぐ頬張りながら、横にいる夜刀彦を見やった。
「四次元胃袋なめるにゃー!!」
くノ一ヤト、おもむろに席からジャンプ!
「そのもっちりとした防御! 叩き割る!(鏡割り的に)」
空中で兜割りを発動、着地した瞬間には皿に山盛りの餅を平らげていた。
「‥‥やとちゃん、君、本当に人間なんだよね?」
天使の結城もびっくりの食べ力(ぢから)である。
「がんがん食べるぜ!!」
磯辺焼きにした餅を豪快かつ全力で、ばりむしゃー! と食べていくアレス。
「女子供はあんまり無理すんじゃねぇぞ! 食べてる姿見られるの恥ずかしいって奴ァ‥‥」
仲間を案じて左右を見回すアレスの目前で、
「ふむ‥‥気に入った」
エルミナがお汁粉にいれた餅を上品に、かつ閃光のごとき速さで食べていた。
「これは何杯でもいけそうだ」
まるでわんこそばの様にお代わりを繰り返す。
「必殺! 炸裂符的食いっぷり!!」
ニナもまた陰陽師のスキルを駆使してがんがん食べる、食べる!
「‥‥いない感じだな?」
冷や汗をたらりと流し、アレスは己の皿に視線を戻した。
(つーか東城、ナチュラルに女子に混ざりすぎてねえか‥‥?)
みるみるうちに巨大な鏡餅は半分ほどの大きさにまで減っていた。
だがこれからが本番。
餅という食べ物の特徴は何といっても食べたあとの腹持ちの良さ。
つまりは大量に食べれば食べるほど(胃袋的に)ダメージが蓄積していくのだ!
さしもの撃退士達も、箸を動かすペースがやや鈍ってきた。
「くっ‥‥餅のくせにやりやがる‥‥!」
喉に餅を詰まらせたアンネが、ヒーローショー風のオーバーアクションで苦戦のポーズを取った。
「いけない! アンネさんがピンチよ! ここは皆の応援で乗り切らせて!」
司会役も務めるリーリアが、マイクを取って観客にアピール!
『撃退士のおねーちゃん、がんばれー!!』
子供達の声援を受け、祝福の光に包まれ復活したアンネは、ラスボスの魔王に挑む勇者のごとく再び餅の山へと立ち向かう。
「くっ‥‥流石に強いな‥‥!」
アンネのパフォーマンスに触発された結城も、派手にポーズを決めつつライトヒールで(胃袋的な)ダメージを回復させた。
「んがぐぐ!」
やはり餅が喉に詰まったニナが舞台に倒れ伏し、
「私のはらぺこ力が減っていく‥‥! このままじゃ勝てない!」
『がんばってー!』
『僕たちも応援するよー!』
会場に設置された「お餅食べ放題コーナー」に駆け込んだ子供達が、スタッフの配るお汁粉や磯辺焼き、きな粉餅を元気よく頬張った。
「餅のくせに生意気だー!」
立ち上がったニナが再び箸を取って雑煮を掻き込む!
今や舞台と観客席が一体となって、鏡餅討伐のバトルは果てしなく繰り広げられる。
一方エルミナは予測回避で喉つまりや胃痛を避けつつ、華麗なる大食いを続行。
「大人げない? なにをいう、戦い(食事)に、全力を尽くすのは当然のことだ!」
もぐもぐもぐ。
‥‥アウル能力の研究者達も、まさか撃退士のスキルがこんな形で活用されるとは夢にも思わなかったであろう。
その間、最初は砂糖醤油で餅を食べていた夜刀彦は中盤から汁粉に変更。
「絶妙に絡まる餡子と餅のコラボ! 表面も柔らかくなるんだよね!」
さらにその次はあべかわもちをリクエスト。「きなこ美味しいーv口の周りにきなこついちゃうけどもぐもぐ!」
さすがの食いっぷり。
ってか、どんだけ四次元胃袋なのか?
終わりなく続くかと思われた長く苦しい戦いも、やがて終幕の時が近づいた。
撃退士達の奮闘(食欲)と観客一同の協力(食欲)により、にっくき魔王(鏡餅)はほぼ食い尽くされたのだ。
夜刀彦は最後の締めにオリジナルメニュー「お餅お茶漬け」を披露した。
「ぱりぱりの皮の部分がまた香ばしいんだよ! ちぎった餅にあつあつのお茶そそいで塩入れて完成!」
「ごちそーさまでしたー!」
最後のお餅を食べ終えたニナが箸を置く。
戦いは終わった‥‥‥‥かと思いきや。
依頼主の店主が頭をかきかきやってきた。
「実は、まだ餅米が余ってまして‥‥」
そこでイベントは急遽延長、
「よっしゃー、行くぞ!」
アレスが杵を振り上げ、夜刀彦やエルミナが臼の餅をこねる。
撃退士達による餅つきのアトラクションだ。
つき上がったお餅はその場で切り分け、観客へのお土産として無料で配った。
ようやく全ての餅米を捌いた後は会場の後片付け&掃除。
「掃除完了までがお仕事です」
結城を始め撃退士一同と商店街組合の人々で手分けして食器を洗い、舞台道具を倉庫へと戻す。
「人間の世界は美味しいものが多くていいね 」
会場跡のゴミを竹箒で掃きながら、レイは満足げに呟いた。
たらふく餅を食って満腹した人々も、これをエネルギーに今年も商店街を賑わせてくれることだろう。
やっぱり日本の正月はお餅だよね!
<了>
(代筆:ちまだり)