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マスター:星置ナオ
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:10人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/07/24


みんなの思い出



オープニング

「お母ちゃん、だいじょうぶ……?」
 愚問だ。だいじょうぶな訳はない。でもそれしか出せる言葉がない。
 既に動けない体からも涙だけは止らなかった。それでも自分の体はまだ無事であることが一層許せなかった。満足に動かす事さえできない体をそれでも動かして、異形の者どもから嬲られるのを全て受けたのはおかあちゃんだった。今も、既に昏睡状態になり言葉さえ発せられなくなったうちをその腕に包み込み守り続けている。その腕の先にあった指も小指、薬指と食いちぎられている。

 この閉ざされた空間に閉じ込められてから幾日が経ったのだろう。実際は数ヶ月なのだろうが、もう何年も経った気さえしてくる。最初は、一緒に閉じ込められた人達と一緒に不安に耐えていた。しかし。体から白い玉が出て行くのを見送ることしかできない恐怖は正気で耐えられるものでは無かった。白い玉が出て行くごとに次第に奪われる力。自分の命が吸い取られていくという実感。そしてその恐怖や怒りが絶望に変わった時、遂にその人は動かなくなる。
 すると。あいつが来る。うちらの命を吸ったあいつが。動かなくなった人を品定めするように眺め、そしてどこかに連れて行く。そして。
 彼らが来るのだ。異形の姿と変わった彼らが。話には聞いていた。天魔の使い魔は、元々は人だったという事を。そして、絶望が更に加速する。異形となった彼らは、まだ人である者を容赦なく痛めつけた。そう、痛めつけるだけで殺す事はなかった。
 ここは地獄。安息に死ぬ事を許されない地獄。苦痛や屈辱で心が折れたら自分も異形に変わってしまう。
 でも。いっそうちも化け物に変わってしまえば、うちを。ううん、おかあちゃんを苦しめ続けている異形と、そしてなによりもあの悪魔に一太刀浴びせることができるのかも知れない。

「大丈夫や。おかあちゃんはこれしきのこと痛ない。あんたらはおかあちゃんの子やで。気張り。諦めたら、あかんで」
 うちの心の闇を悟ったのか。お母ちゃんが優しく背中を撫でてくれた。うちがまだ、赤ちゃんの頃のように。灯りもつかない真っ暗な家の中で、それでも母の笑顔だけはなぜかはっきりと見えた。笑って開いた口の中で、ぼろぼろになった歯が見える。その歯を見ると、黒に染まった心が一瞬で晴れていくのが判る。それは、記憶。
「なんでお母ちゃんの歯、そないにぼろぼろなん?」
 深く考えもせずに聞いた事がある。母はにっこりと笑い「命よりも大事なもんと、とっかえこしたんやで」としか教えてくれなかった。
「おかあちゃん、おおきにな」
 せや。うちは、おかあちゃんにとって、命よりも大事なもんなんや。だから、絶対。化けもんには、なってやらへん。絶対や。うちは、おかあちゃんの子なんや。ずっとずっとおかあちゃんの子なんやで……。


「あの中にはまだ、母と妹がいるんです!」
 事件記者として警察署廻りをしていた笹山歌織……、いや、当人は石垣歌織と名乗っているのだが、その歌織の耳に悲痛な叫びが入ってくる。見ると、天魔関係の案件を担当する署員が応対している。
「いるっちゅうてもなあ……。ほんまにお気の毒やけどあのエリアの中、ディアボロだらけやで」
 瞬間、歌織の脳裏にある光景が浮かんで来る。足ががたがたと震え、全身から冷たい汗が噴き出してくる。
「そこをなんとか、お願いします!」
 尚も食い下がる女性を静かに諭すように署員は訥々と喋った。行けないのは業務上の理由であり、一署員では決定できない。それにこの件はもう署としては手が出せないと。
 一見、職務を盾にとり投げやりに聞こえる言葉であるが、この署員を知っている歌織には別の姿に見えた。
 恐らく、この署員は「支配エリア」と呼ばれる中に踏み込んで来たんだろう。そこで見たのは人で無い者、異形の姿と変わり果てた元住人だったのだろう。見つかるのであれば良いが、もし。もし、異形に変わった身内を「見つけてしまったとしたら」。
 諦めた方が良いと言う事もあることを、きっとこの署員は何度も見てきてしまったのだろう。
 でも。
「あの。その話。わたしにも聞かせてくれませんか」
 なおも署員に訴えかけていた女性の元へ近づき、慎重に声を掛ける。歌織に気付いた署員は「ああ、あんたか……」と、少しだけ申し訳なさそうな顔を見せた。
 怪訝そうな顔を見せる女性に「ルポライター・石垣歌織」の名刺を渡すと逆に警戒をされてしまった。無理も無いと歌織は思う。事件記者なんて被害者から見たら野次馬の代表に思えてしまうのだろう。どう次の言葉を継ぐものか歌織が一瞬戸惑っていると、一連の様子を見ていた署員が女性の目を見つめ言った。
「あんた。もし、諦めきれないのだったら、この人に相談するとええ。今この時、この世であんたの身に一番寄り添ってくれるんは、この人を置いて他はないさかい……。いや歌織さん、堪忍な。しょうもないこと言うてもうて。ほんまに、こんな事しか言えへんわしが情けのうて恥ずかしい」
 署員は申し訳なさそうに歌織の前で手を合わせるとそのまま去って行ってしまった。歌織と共に残される形となってしまった女性は話の展開が見えないままにも署員に言われるままに歌織に話しかける。
「あなたが、わたしの……母と妹を、助けて、くれるんですか?」
 絞り出すように声を出すと根本涼子と名乗る女性が歌織に向き合う。涼子は母の京香、妹の風子が住む実家が支配エリアにある事を最近知ったと訴えた。曰く、涼子の家は母と自分と妹の3人で生活してきたこと、涼子が高校生の頃に母と仲違いをして高校卒業を機に家出同然で東京に出て来たことを話した上で、たまたま見た支配エリアの情報に実家が含まれているのを見て慌てて戻って来たと。
「お願い、母と妹を……」
 赤く腫れた目には涙が溢れていた。無理も無い。支配エリアとなると一般人では近付く事もできない。いや、仮に行ったところで結界に阻まれ中に入ることさえできない。すがるような目をまっすぐに見ながら、それでも歌織は言わなければならない。
「わたしでは、無理ですが」
 明らかに絶望の色を顔に浮かべた涼子に無理も無いと思いながら、しかし歌織はスマートフォンを握りしめていた。
 真っ青になり手が震える。あの日、あの時見た悪夢を、自分が愛する者を異形に変えられるという悪夢を、今わたしの目の前にいるもう一人のわたしが見てしまう。しかしこの人を救うには久遠ヶ原学園の子供達にお願いをする以外手段がない。あの可愛い少年少女らをまた戦場に行かせるしかわたしにはできないのか……
「だから、せめてわたしにできる事はわたしがやります」
 電話が繋がり金髪碧眼の少女が画面に映し出される。指輪が光る左手で胸の前にぶら下がっているペンダントをぎゅっと握りしめる。チェーンの先で歌織の指に嵌められたリングとペアのリングがふたつ、静かに輝いた。


リプレイ本文

 支配エリアの結界。それを破るのにはV兵器とそれを繰る撃退士が必要である。その結界の前で今回、侵入そして救出の任を受けた撃退士が一同に会す。
「おや、ティーナ殿……。出来ればこのような場所では会いたくなかったものですな」
 辻村ティーナ(jze0044)と面識がある虎綱・ガーフィールド(ja3547)が声を掛けてくる。
「そちらの女性は」
 石垣歌織と名乗る女性が今回の依頼主になるらしい。救出対象とは縁もないのだが、報酬の一切は歌織が工面したらしい。今回の作戦で使われる備品も後に補填するとも言う。
「本当は皆さんと一緒に戦いたいのですけど」
 頭を下げる歌織。身を危険に晒す撃退士に負い目を感じているらしい。
「大丈夫」
 静かに、しかし力強く。アイリス・ルナクルス(ja1078)が笑い掛ける。
「私のようにはさせませんから」
 その意味はわからないが、揺るぎない決意をアイリスから感じる。
「お嬢ちゃん達。こっちにはラスボス級がいるんだ、負ける要素はないんだぜ」
 弾倉を確認しながら蔵九月秋(ja1016)が呟く。
「良いこと仰いますね。ところでラスボスってどなたの事です?」
 月秋の言を受けて返すアイリス。この人達ならばどんなミッションでも成功させてくれるのでは、と歌織は初めて笑みを見せた。

「状況を鑑みるにかなり厳しい状況ですわね。普通、でしたら」
 普通、の言葉を強調するのは桜井・L・瑞穂(ja0027)。つまり今回はスペシャルという訳だ。
「絶望するにはまだ早過ぎましてよ。此のわたくし達が、必ず救って差し上げますわ!」
 おーほっほっほ、と自信たっぷりに宣言する。高飛車に見えそうな言葉からは「だからそんな暗い顔を見せるのではありません。信じなさい」の想いが隠れているのがわかり、歌織もティーナもにこっと微笑んだ。そうだ、悪夢は来ない。最後に全員が時刻を合わせ、目的地までのルートをもう一度確認する。そして瑞穂の握る白く輝く剣が一閃し、結界が割れた。
「皆、行きますわよ!」
 刹那、侵入口から支配エリアへと飛び込む撃退士。
 歌織とティーナはその背中を見つめ、ただ祈り続けた。

 先陣を切ったのは雨野挫斬(ja0919)。出現する百足型ディアボロは血の臭いに反応すると聞き、鮮血の入った袋を持参している。輸血用パックが欲しかったところだが、食肉加工業者から供出された血液色素を持っている。しかし代用と言っても臭いもする本物の血液。効果は十分期待はできそうだ。
「瑞穂ちゃん、はい、これ。救助対象の二人につけてあげてね!」
 要救助者を救出、そしてエリア外まで退出を任された瑞穂に防御マスクを手渡す挫斬。同じく、特に血の臭いに敏感と聞くディアボロの対策になるかとレインコートを纏っているアスハ=タツヒラ(ja8432)。
(同じ過ちはごめん、だ。無事に助けさせて頂こう)
 無言のまま、だがアスハにも期するものがあるらしい。呼吸を合わせると二人が駆け出していく。

「道を開けさせれば良いんでしょ。任しといてっ!」
 赤い髪を結ぶ緑のリボンと緑の瞳が印象的な武田美月(ja4394)。
「ナタリア先輩。行きましょう!」
 美月と共にもう一翼の陽動として展開するナタリア・シルフィード(ja8997)。助けを請う人をこれ以上待たせる訳にはいかない。その想いを心中に強く、しかし秘めたままで一気に駆け出していく。

「さぁって、開始だな。さっさと行って、さっさと帰ろうぜ」
 陽動の挫斬・アスハ班、美月・ナタリア班の2班が先行したのを見送り月秋が作戦開始を促す。
 瑞穂、グランを中心にして前方にアイリス、月秋が先行。敵が現われたら囮となり難を払う。鬼燈しきみ(ja3040)、虎綱は瑞穂、グラン(ja1111)が搬送班を護衛する。
 百足の姿を想像しただけで「早く行って早く帰ってこよう」と思ってしまうのがしきみらしい。マイペース、だがその脚は速く、常に数メートル先を先行した。
「興味深い案件です」
 見るものを全て脳裏に刻みながら追走するグランは天使支配エリアへの救出作戦に参戦した経験がある。今回は瑞穂と共に要救助者の搬送の任を受けた。
「何度来ても奇妙な空気でござるな。人の気配が全くしない街とは」
 同じく天使の支配エリアに入った事がある虎綱が呟く。
 5秒で約50m、時速40km近い速度で街を疾走する。
 しかし。この速度は全ての反応を犠牲にした速度であり、もし今攻撃を受ければ、回避さえも運任せである。そのリスクを負いながら駆け抜ける。
 目に入ってくる家の壁、あるいはアスファルトに染みついたどす黒い跡を見る度、アイリスは唇を噛みしめた。こんな世界に閉ざされている人を助けようと思う気持ちは、絶対なる正義なんだから……。

「……っ」
 それは、一瞬だった。先行していたしきみがぴたっと止ると手を小さく斜め下へと伸ばし制止の合図をした。無音で止まりV兵器を構える撃退士。程なくして前方を遮るように走ってくる足音が聞こえて来た。
「(やるか)」
「(待ちましょう)」
 あの様子ではこちらの方には気が付いていない。むしろ……。
「(向かっているのはアスハと挫斬がおります方向ですわね)」
 瑞穂たちは彼方を移動する大きな百足の姿を捉える。しかし、こちらには見向きもせず一直線に横切っていった。
「行きましょう」
 陽動の役を受けた仲間が気に掛からないはずは無い。しかし今は為すべき事が、ある。
 百足の足音が完全に消えたのを確認して、再び前に進む撃退士たちであった。

 アスハ、挫斬の陽動班が百足と遭遇したのは支配エリアに入ってから程なくだった。巣窟という言葉が適切なのか、あるいは手に持つ血袋から漏れた臭いに惹かれたのか。どっちにしても遭遇戦の火蓋は切られた。即座に迎撃体制へとシフトする2人。
「最初から殺しすぎないようにしようか」
 距離を維持しながらアウルの弾丸を撃つアスハ。ディアボロ・大百足を一体でも多く引きつけるのが任務である。黒い血を吹き上げる百足の攻撃が届かない位置からその体を削って行く。
「あはは、いっくよー」
 大きく息を吸うと呼吸を止め、偃月刀を一閃させる挫斬。
「鬼さんこちら。ふふふ」
 自ら流した血に興奮している大百足を導くように近くの家に飛び込む挫斬。壁に血袋のひとつを叩きつけ耳を澄ます。家の外壁にどん、と衝撃音が聞こえた。
 襲いかかる牙をかわし挫斬の偃月刀が百足の節を打つと、アスハのパイルバンカーが交差する軌道を描く。黒い血を流しながら倒れた百足。
「ゆっくりと解体してあげたいけど。ごめんね」
 彼方から破壊音が聞こえて来るのを感じる。まだまだ多くのディアボロを引きつけなければならない。再び全力での移動を開始するアスハと挫斬である。なに、切り刻む機会は間もなく訪れるはず。

 「根本」の表札が掛かる家。気配は何もない。しきみがドアを開け、銃を構えながら月秋が探りを入れる。
「少しの間静かにしてくれ。カートゥーンのキツツキ、みたいな笑い声はごめんだぜ」
 凄惨な家屋を前にしてもなんら動じない月秋の本領と言うべきか。全身の感覚を聴覚に集中させ歩を進める。聞こえて来るのは仲間達の息の音、あるいは彼方から聞こえるディアボロの足音と剣戟、銃声音。それら全てを除外して、初めて聞こえて来た音を捉える。それが呼吸だと認識するには一瞬の間を要した。喉を、肺を擦るような摩擦音。
「ヒット」
 月秋が指を向けたと同時に瑞穂、グラン、そしてアイリスは、中に飛び込む。
 荒らされた廊下、破壊されたドアを駆け抜け奥の部屋へ。
 闇の中に二つの影。
 寄り添いながら倒れている。
 息をしているのかさえわからない小さな影。
 その影をぎゅっと抱きしめている大きな影。
 目が慣れて来た。そして見える惨状……。

 小さな影は中学生くらいの少女。彼女が風子と思われる。
 彼女には傷らしいものは確認できない。
 しかし。その子を包むように守っている女性は。
 刻まれた着衣から覗く背中には深い傷、噛み傷が無い四肢はなく、何より、激しく抜け落ちた髪の毛が痛ましかった。
 ああ、この人が母親の京香なのだ、と。それを理解するのに時間は要しなかった。
 刹那、グランが前に進む。アウルの力を集中させる。
 魂と精神を天魔の魔手から守る【魂縛】の力が沸き上がる。
 そして発動をさせようとした瞬間。
「娘をっ、娘を……」
 彼女はなぜ、この状況を把握できたのだろうか。理由はわからない。しかしそれが母というものなのかも知れない。
 目が確かにあったグラン。
「ではご令嬢の風子さんを」
 意志に従い【魂縛】の力を風子に発動する。
 瑞穂はそのやりとりを静かに見つめていた。そして。花吹雪が現われて、救助要請を受けた母親、京香に降り注いだ。
 【霊光花片】、瑞穂の持つ癒しの力である。
 降り注ぐ花の一片が京香の体に触れるごとに傷が癒されていく。
「よく頑張りましたわね。貴女は、母親の鑑ですわ」
 絶望の中に差し込んだ光。想いの全てを光に託し、京香の唇が最後にu、u、e、oと開くのを。瑞穂は確かに見た。
「安心なさい」
 瑞穂は頷き、風香を優しく抱える。
「失礼。ご婦人、しばし我慢を」
 応急処置を施しシーツと、アイリスが用意した毛布で包み魂縛を発動。眠りについた京香を抱き上げる。

「みんなー撤収だよー」
 虚空に向けてしきみが花火を打ち上げ、虎綱と共に先行。
 続くグラン、瑞穂。
 その後ろを護るために月秋。アイリスも続く。
 駆け出そうとしたまさにその時。
 どかん、と響く鈍い音。奥の家の壁を破って百足が現われる。
「寄って来たな」
 右目を瞑る月秋はグラン、瑞穂に先に行けと促す。
 そして【ファーストドロウ】!
 出番を待ちきれなかったように歓喜の咆哮を上げる銃口。
「さぁって、そろそろトリガーハッピーに行こうぜ!」
 攻撃をかわし血袋を投げる。囮として敵を引きつける月秋。
「Hey CAME ON! お前等の餌は此処だぜ!オラ、よって来い」
 威嚇しながら月秋を負う百足。その百足の背を大剣が薙ぐ。
「……さぁて。言って、おき、ますが」
 ばしっと血袋を叩き付けるようにぶつけるアイリス。
 【Alternativa Luna】!
 発現した黒のバイザーに遮られその表情は見えない。しかし凶暴に振るわれる大剣が、彼女の怒りを雄弁に物語っていた。
「元人間。でも。化物、には容赦。しません、から、ね?」
 怒りの閃光が迸る。この異空間全てを壊さんと欲するように。

「花火が上がったわ、美月さん」
 三体目の大百足を倒すのと引き替えに深い傷を負った美月を気遣いながら、更に現われた一体に牽制をするナタリア。
「ナタリア先輩!」
 盾になり攻撃を受けてくれた美月が【リジェネーション】を掛ける間をなんとか作ろう。ナタリアは間を巧みにとり攻撃を繰り返す。時折百足が吐き出す唾は麻痺毒。もしここでそれを受ければ帰参が叶わない。強いられる緊張感の中、かわし続けたナタリアの努力は遂に結実した。
「ほらほら、こっちだよっ!」
 側面から十字槍でその腹を薙いだ美月。
「これで、おしまいね!」
 指に挟んだ六花護符から、雪の玉が生まれると百足に向かい弾ける。
 崩れ落ちる百足を前に、息を整える暇もない。たくさんの足音が向かってくるのを肌に感じ、撤収を開始する2人。しかしその退路の先からまた新たな百足が向かってきていた……。
「我が声に応えよ、【切札『戦乙女』】!」
 アスハの呼びかけに応じ魔方陣が出現する。そして真紅の鎧を纏う乙女が槍を構えて現われる。
 戦場を駆け抜ける天馬と乙女の槍が大百足を貫き通す。
 赤の軌跡が消えた刹那、挫斬の偃月刀がその腹を二つに分ける。
「後は粘るだけっと。ふふふ、死ぬまでにどれだけ解体できるかな」
 挫斬の体から赤い、しかし濁った陽炎がゆらゆらと揺らめく。体から吹き上がるような闘気。
 それは、あるいは愛おしい者に向かう欲情の炎か。
「残念ね、あなたたち。もっと抵抗して。もっともっとあたしを愛して」
 神がかったように攻撃をかわすと、別れを惜しむように百足の体を粉砕する。
 朽ちた樹のように百足が倒れた時、ぱんと何かが鳴り響いた。
「アスハ君。合図の音、聞こえた?」
「無事に成功したようだな」
「心残りね、もっと愛してあげたかった」
 各個撃破が功を奏したか、2人が辿った道には大百足の死体。その血の臭いに酔いながら相手を捜す別の百足たち。そして合流を果たすために、更なる決死行に挑むアスハと挫斬であった。

 一方。
「うーにゅー」
 瑞穂、グランの前方で、しきみが一撃を受けた。結界まではあと50m。
 向かってくる百足に敢えて無防備に敵に背を向けるグランは京香を守り続けている。
 瑞穂は聖なる刻印【麗華聖印】を発動させようとする瑞穂。
 が、虎綱が叫ぶ。
「此処は任せて前へ! 某らはそう簡単に死なんしな」
 先刻までは百足を見る度「近付くなー」と叫んでいたとは思えない。しかし守るもののために「命を見切る」が武士道。鬼の面を被った姿こそこの兵の本領か。
「この道は皆の希望。退いてもらうぞ!」
「しきみちゃんもやるときはやるよー」
 だから、手出しは無用。ここは死合いの土壇場である。2人の動と静の舞いが百足の体を刻んだ。
 2人が作ってくれた刻を無駄にはしない。
 瑞穂とグランは最後の疾走を遂げる。
 アウルの力を結界に干渉させる。
 そして現われる開いた空間。
 瑞穂が、グランが通り抜ける。
 京香と風子は帰還を遂げた。

「しきみちゃん、がんばったよー」
 怪我をしながらも何事もないように帰って来るしきみが現われた時、歌織が「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣き崩れた。
「わたしは、無力です」
 その肩に温かい手が置かれた。
「無力などでは御座らん。そなたらが居らねば我らは戦えん」
 鬼の面を外した虎綱が続ける。
「そなたらこそ我らは戦える」

「大成功ですね、よかった……」
 一気に駆け抜けて来たアイリスはようやく安堵しぺたんと座る。
「へたるなんて、ラスボスらしくないねえ」
 右目を閉じる月秋をきっ、と目を向けるアイリス。
「瑞穂ちゃん、やったね」
 Vとサインの挫斬。
「ナタリア先輩っ、皆さんいますよー」
 一番深い傷を負っているのに一番元気で駆けていく美月を心配しながら、作戦の成功にようやく笑みを浮かべたナタリアが現る。
「終わり、か」
 再び閉じる結界を見ながらアスハが現われた。

 後日。
「貴女。家族に言うべきことがあるのではなくて?」
 瑞穂に促された涼子は、しかし病室のドアの前で躊躇っていた。
 じっと見つめる瑞穂の視線に背中を押されて病室に入っていく涼子。
 一瞬の静寂、そして。絶叫と号泣が溢れて、廊下まで響いてくる。
 涼子の声は、ありったけの気持ちで、言葉で、許しを請うていた。
 すると。
 瑞穂の耳に子守歌が微かに聞こえて来た。
 それは、泣きじゃくる子を、愛おしくあやす母の歌。


依頼結果