撤退戦。古来より難しい戦闘のひとつとされるそれが、現代の一都市に置いて、天魔対撃退士という構図で展開されようとしていた。
緊急動員され南東ブロックを任された撃退士チームは、国道の四車線に対し三人一組として分けた四班で、足止めの為のラインを形成する。
急行した為、彼らは現地についてつい先ほど挨拶を交し合ったばかりだ。
右車線中央側に第一斑、千葉 真一(
ja0070)、朱烙院 奉明(
ja4861)、神楽坂 紫苑(
ja0526)。
「来るなら来い。此処はそう簡単に通さないぜ!」
迫り来る天魔群を遠目に気勢を上げる千葉は、ヒーローに憧れ、自らそう在ろうと目指す少年である。
精悍さの中にも残る幼さが、今はまだ稚気となって表れていた。
「変身!」
「天・拳・絶・闘、ゴウライガぁっ!!」
マインドセットの雄叫びと共に光纏を纏う彼の首元に巻かれる赤いマフラーはヒーローの証と、風に靡かせる。
その傍らに立つ一人、朱烙院はさめた眼差しを天魔に向け呟く。
「・・・・来たか」
陰陽師の家系に生まれながら才の無さゆえに不遇を受けた彼は、アウルに目覚めてからも銃を得物とし、術式を嫌う変わったダアトだった。
声音から外見まで女性にしか見えないほどに見目麗しいのだが、れっきとした男である。
(やれるだけ、やってみるさ)
胸中に己の全てを出し切る覚悟を決め、活性化させたリボルバーを構え、迫る時を待つ。
「状況は不利か? なら、出来る限りやらないとやばそうだ」
軽い口調で呟きながら手袋をはめていく神楽坂。普段はナンパな色男として振舞う彼。だが、今は本気の戦闘態勢と髪を後ろで纏め、和弓を手に敵を見据える。
ここに癒し手は自分のみ、なら為すべき事をして見せようと。
左車線中央側に二班、天風 静流(
ja0373)、柏木 優雨(
ja2101)、御守 陸(
ja6074)。
愛用のハルバードを携え、長身に艶やかな黒髪を流し、天風は凛と佇む。
(厄介な時に攻めてきたものだな)
戦力を北に割かれ、この地には急場を凌げる戦力がどうにかという所。
(出来る限りの事はするが、さて・・どこまで持ちこたえられるか)
斧槍を一振りして風を切らせ、ゆったりとした構えを取った。
その後ろでは、おっとりとした少女がいつも浮かべているの眠そうな表情で控えていた。
(奪わせないの!)
前髪に右が隠れた紫水晶の如き瞳に、柏木は言葉にはしない決意を秘める。
(・・冷静になれ。唯己の役割を果たせ)
目を瞑り、己に暗示をかけていく御守。まだあどけなさを残す少年を光纏が包む。
普段は素直で人を疑うことを知らない彼だが、父母に仕込まれた戦闘技術を最大限に活かす為にそれを行う。
(お前は銃だ。恐れなど無い。ただ、敵を撃ち抜け)
呟きと共に開かれた眼はエメラルドの輝きと染まり、表情から感情が抜け落ち、冷鋭たる眼光を宿す。
右車線外側を三班、大上 ことり(
ja0871)、楠 侑紗(
ja3231)、エルム(
ja6475)。
金色に花舞う光纏身に帯びて、大上はおっとりとした所作で佇む。
(シュトラッサーの子かあ・・・・そんなに悪い子なのかなあ)
戦いの場に身を置く動機は、“知りたい”という生来の性分ゆえ。敵である天魔の事、それ以外にも知りえる事は全て知りたい。
勿論好奇心に殺されるつもりは無く、限度は常に弁えている。
(エインフェリアを従える女性のシュトラッサー・・・・防衛側に死者はゼロ・・)
これと似たような状況を、楠は何かの依頼報告書で見た覚えがあった。
「相手の目的が『殺すこと』出ないのは、確かなようですが・・」
その真意はどこにあるのか? 接触までの短い間に考えを巡らす。
己の役目は後衛二人の守りとなること、エルムは自身の役割を言い聞かせながら、ふと以前友人から聞いた使徒の事を思い出す。
「そういえば、その時の使徒も戦闘や殺戮を好むような相手ではなかったみたいだけど・・」
ふと呟き、余計な事を考えている暇は無いと頭を振る。
「悪夢のはじまりね(天魔達にとっての、だけど)」
経験不足の私にまで声が掛かる緊急事態、初の実戦だからといって失敗は許されないと気を引き締め、大太刀の鞘を払う。
左斜線外側に四班、天羽 流司(
ja0366)、石田 神楽(
ja4485)、サー・アーノルド(
ja7315)。
天羽を見た物が誰もが真面目というか、ガリ勉優等生なイメージを抱くような少年。かける眼鏡がより一層その印象を加速させる。
クラスでは、委員長とか何か委員を任されていそうなタイプだ。
(この規模の撤退戦闘、・・・・ふん、怖くなんてあるもんか)
内心強がるが、自分でも実戦が苦手なのは自覚している。だからこそ場数を踏まねばならないとも。
(いつも通り、焦らず戦えば僕だって十分やれるはず)
知識はある、後はそれを自身が如何に活かして戦うかだ。そしてどれだけの時間を稼げるかだと、腕時計に視線を滑らせた。
「撤退戦ですか。タイミングを見誤るのだけは避けたいですね」
得物であるリボルバーを弄りながら、石田が普段通りの笑みを浮かべる。
何故だか周囲に笑顔が黒いとか、腹黒そうとか言われそうな笑い方である。実に胡散臭い雰囲気なのは何故だろう。
ただし普段と違うのは、纏う黒き光と縦に裂けた紅い瞳孔を今は発現させている点だ。
この作戦は勝って敵を退ける事ではなく、あくまで『撤退戦』である事を第一に考えて動かねばならない。
(力無き者を守ろう。それが騎士の務めだ)
自分に残されたのはアウルという力。それを活かす為に今の彼は在った。
(・・たとえ全てを救う事が出来なくとも。この身、この命、この魂、捧げるに惜しくない戦場だ)
ショートソードを抜き放ち、誓いを立てるように捧げ持つ。
サー・アーノルド。彼は正しき祈りに応えんとする騎士であった。
個々それぞれの思いや考えを飲み込み、戦いの火蓋は切って落とされる。
●
古代の戦士や英雄を模したサーバント、それがエインフェリアだ。時代が買った甲冑やローブ姿に刀剣や魔法具、或いは弓や古めかしい銃火器を手に手に攻め寄せてくる。僅かな高さに浮いている為、整然と行進しながら足音が一切無いのが、いっそ不気味な光景である。
「これでも魔術師の端くれでな」
ドキュッ!
銃口からはじき出される弾は金属ではない。魔銃と化した朱烙院の一撃が寄せる一体の天魔の胴部に風穴を開け、光と散らす。
「しつこい子猫ちゃんは嫌いだよ。って、子猫って可愛さじゃないよね?」
ガッ!
引き絞られた弦から放たれる神楽坂の一矢がマスケット銃を構えた天魔の肩を貫き、転倒させた。
一般人には対処不可能な下級天魔でも、撃退士にとって一体一体はさしたる脅威ではない。当たり所さえ良ければ、駆け出しですら一撃。それでなくても二発も当てれば十分対処できる相手だ。
「ゴウライパーンチ!」
ゴカァ―ッ!
左右の敵を後衛が討ち、正面から迫った剣士を模す天魔をパンチと銘打ったトンファーの一撃が顎をかち上げる。吹き飛んだ天魔はそのまま空中分解する様に解け散った。
千葉、もとい今はゴウライガの打撃力は文字通りの一撃一殺。
「うおっと!?」
ガガガッ、ズンッ
そのゴウライガ目掛け集中して撃ち込まれる銃弾、魔法に、慌てて周囲の車等を足場に飛び退く。
立体機動を心がける彼の動きは自身の回避には有利だったが、結果として他の班より後衛への攻撃浸透率が高い。
だが、防御に秀でた神楽坂が朱烙院を庇う事で、被害を最小限に抑えていた。
「すまない」
「いやいや、美人な子猫ちゃん対しては男女問わず守備範囲が広いんだよ」
庇ってくれるのは頼もしいが、その台詞にはちょっと複雑な気持ちになった朱烙院だった。
「破ァッ!」
ズシャァッ!
豪風一閃。目にも留まらぬ斧槍は触れる敵を微塵の容赦なく斬り飛ばす。そこに別の天魔二体が覆いかぶさるように武器を振りあげ迫る。
「込める思いは・・無慈悲な刃・・氷柱の蝶-Icicle Morfo-!!」
「させないよ」
ザァアア―ッ!
ボッ!
魔力は秘める冷酷心を具象化する。柏木の放つ氷の蝶が一体を無尽に切り刻み、御守の銃弾が敵の腕を肘から吹き飛ばす。
「私・・優しくないから・・手加減なんて、してあげないの」
「フッ、心強いな」
後衛の遠距離攻撃を主軸とする作戦、上手く機能しているようだ。
ならば二人に敵を通さぬが私の役目。天風は即座に隙なく構え、迫る天魔の群れと対峙する。
シュッ
その頬を敵陣奥からの銃弾が掠め、紅を滲ませる。彼女は冥魔の系統を引くアウル属性ゆえ、天に属する攻撃はそれがたとえ下級の物であっても、他の者より鋭さを増す。
同様の事は、千葉やエルムにも当てはまった。
「せぇいっ!」
ザシュゥ―ッ!
気合一閃、横一文字に天魔を切り裂く残光はエルムの我流の一太刀。一体を討ち、すかさず飛び退くも二の腕を別の一体の斧が掠めた。
ザッ
「っぅ」
ダメージとしては大した事は無いが、痛覚は集中力を鈍らせる。経験の浅い彼女には、なおさら軽視は出来ない。
「冷静に・・まわりをよくみて・・動かなきゃ」
後衛の二人に攻撃を容易に通せぬよう、牽制を絡めて太刀を翻す。
「させないんだよ〜」
ガァン―ッ!
そのエルムを狙う魔法使いを、大上の銃弾が撃ち抜く。
「無理はしないでください」
ガカッ!
気遣う楠は、魔法書を開き雷撃の玉を放つ。側面から仕掛ける天魔に次々直撃し、武器を腕ごと消し炭にする。
「ん、分かってる。ありがとね」
明確な攻撃順位を定めた大上の銃撃は正確さを極め、一撃に重く敵の武装を封じる楠の魔法は確実にエルムの脅威を減らしていった。
背中を任せて臨む戦場を初めて経験するエルム。負けてはいられないと奮い立ち、その切っ先で天魔を切り伏せていく。
「抜かせませんよ」
ドッ、ボンッ!
黒色の蔦の如く変化した銃の一部と同化し、異様なほどに高まった集中力が、立て続けに天魔を穿ち霧散させる。
同化の禍々しさも相まって、見た目は天魔より寧ろ石田の方が悪役級である。
「流石先輩・・ですが、僕も負けませんよ」
ジュアッ!
スクロールを手に光の魔弾を奔らせ、天羽もまた一体を屠る。前衛が盾となって立ち回ってくれる為、射程内の敵へ集中して攻撃を放つ事が出来た。
「ふっ!」
ギィンッ
天魔の斬撃を受け、弾き返すアーノルド。守りに秀でる彼は打撃力こそ一撃必殺とはいかないが、その防御力は堅牢な盾として戦場で活きる。
未熟さを弁え、己を過信をしない彼の防御は、数ある天魔を前にしても早々崩される物ではなかった。
だが、的確な作戦と援護、連携で凌ぐ彼らにあっても、目前の数の圧力は如何ともし難い物。
矢襖のように降り注ぐ矢弾、魔法、押し寄せる白刃の兵士。時を経るごとに後退を余儀なくされていった。
●
バシュッ
あわや直撃する火球を、飛び出した楠の魔力の盾が弾き、エルムの急場を救う。
「ごめん、助かった」
「いえ。でも今ので打ち止めです」
礼を述べるエルムに、頷きながら応える楠。
交戦開始から一時間少し、避難の経過連絡があったが、まだまだ先は長い。
そして序盤からスキルを多用していた者達は、そろそろ底が尽き始めていた。
「・・・・切りが無いの・・」
柏木の呟きは、この場にいる全員の代弁でもあっただろう。
「ほんとだよね〜」
敵の銃弾に銃弾を当てる、という神技を場違いなほど落ち着いた風情で決めながら大上も応じる。
「くそ、次から次へとっ。まだだ。まだやれるぜ」
トンファーからブルウィップへ持ち替えたゴウライガが巧みにそれを操る。
「喰らえ、ゴウライビュートっ!」
ビシャァ―ッ!
しなる鞭打は痛烈に敵を打ち据え、急な攻撃の変化に途惑う天魔を確実に翻弄し、優位な戦闘を展開した。
「慣れた武器ではありませんが、撹乱位にはなるでしょう」
ギィン、ガッ
銃からツーハンデッドソードに替えた石田も、一時的に前衛のアーノルドと肩を並べその刃を振るう。
撃退士と言うのは便利な物で、慣れない武器でも一般の達人に近い形で使いこなせてしまうのは、ある意味チート能力と言える。
尤も石田は無理はせず、言葉通りの撹乱に留めた。彼の本領は銃を持った時こそ発揮される物なのだから。
単調な戦術を長期に経ると、敵はそれに慣れてくる。その点を考慮した撃退士達は、時に前衛と後衛の役割を入れ替え、負傷の度合いを加味して戦列を組みかえる。急場編成のチームの筈だが、中々に抜かりが無い。
「慣れてしまう前に、倒していけばいい」
ドシュッ、ザンッ、ゴシャァツ!
攻撃こそ最大の防御、と言わんばかりの縦横無尽の刃を振るう天風。
扱いなれた斧槍は銀光の軌跡を刻み、その度に天魔が斬穫されていく。重ねた経験も加味され、その言葉を立証して見せる。
しかし強力な一撃を誇る彼女には、敵も相応に攻撃を集中させて来た。逆に言えば刃を振るえば敵に当たるとも言える状況。その分消耗は全体で尤も深い。
「こちらは任せろ。暫くは私たち二人で何とかする」
「OK、じゃ、ちょっと美女の所へ行ってくるよ」
朱烙院の言葉に頷き、神楽坂が天風へと癒しのアウルを送り込み、細胞の活性化による傷痕の治癒を試みる。
「助かる」
「お礼は、今度デートしてくれればいいよ」
「それは断る」
間髪入れずの返答に、ふられたか、と笑いながら元の位置へと戻った。彼自身、仲間を庇い浅くはない傷を負っていたが、そんな様子はおくびにも出さない。
(この手で救えるなら、多少は無理無茶しないとね)
男気はある男だと思うのだけれど、素の軽薄な態度が対消滅させているかもしれなかった。
●
二時間が過ぎた。国道は四車線から二車線へと変わり、周囲の建物も民家や個人商店が目立ち始める。
建造物を乗り越え、すり抜け、側面から仕掛けてくるエインフェリアも目立ち始め、各自がフォローしながら阻霊陣の展開も行わねばならなくなる。
「はぁ・・はぁ、・・」
「必要以上に無理をするな。少し後ろに下がって休め」
眼前の敵を切り伏せながら、喘ぐ柏木に天風は後退を促す。
二車線になったことで、各班は交互に立ち回れるようになり、少しだが息を整えつつ戦える状況になってはいた。
「避難は・・まだ掛かりますね」
スマートフォンを片手に銃撃しながら石田は呟く。まだ暫く維持してくれとの連絡があったのは、ついさっきだ。
「後ろには護るべき人達がいるんだ。ここで俺が、俺達が倒れるわけには行かないっ!」
「とは言え、もう治癒の魔法は品切れさ。無茶はするなよ」
吼える千葉を神楽坂が宥める。少し後ろでは、千葉とエルムが持参していた救急箱で、手すきの者が血止めなど応急処置を代わる代わる行っていた。
「おおぉっ!」
「甘い!」
アーノルドと天風、短槍と斧槍が打ち振るわれ、飛び掛ってくる天魔を串刺し、或いは叩き伏せる。
「おっと!?」
民家の屋根を乗り越えてきた敵に、天羽は電撃の刃を形成して突き出す。上手く動きを止めたところを、大上と御守が十字砲火で仕留めた。
「ふう、油断も隙もないぞ」
「ナイスコンビネーションだよ〜」
「そうだね」
負傷の大きい者を囲むように、まだ体力に余裕があるものが入れ替わりながら、彼らは戦い続けた。
焦燥感は増していくが、まだ戦闘不能になる者は居らず、士気は以前衰えていない。
●
「ゴウライガを舐めるな!!」
千葉は自由に動ける余裕が増え、周囲の建物や壁を足場に上下と飛び回り、トンファーとウィップで敵を打ち倒す。
「皆で生きて帰るのよ!」
エルムの大太刀は敵を袈裟切り、唐竹に叩き切る。
「盾たる騎士を、そう易々討てると思わないで貰おうか」
攻め寄せる敵を小剣で切り払い、短槍が受け逸らし、貫く。
打撃力に秀でたエルムと防御に秀でたアーノルド、互い背中合わせのフォローで無尽蔵に沸き続けるような天魔群を相手取り立ち回った。
後衛もそれぞれ組んで敵を狙い撃つ。片方が止めを刺しきれずとも、片方が確実に仕留めていく。
楠と柏木は同部活所属の顔見知りとあって、息を合わせた雷球と光球が次々と天魔を光に還していく。
「まだ・・戦えるの・・侑紗と一緒、なの」
「はい、優雨さんと一緒です」
銃と魔法が弾幕を形成し、前衛を狙う銃使い、魔法使い、弓使いを排除して負担を減らしていった。
「こんな時も笑ってるんですね、先輩」
「いけませんか?」
「そうじゃないけど・・たまに怖いですよ」
始終にこにこと笑っている石田の隣で天羽が苦笑する。
「疲れたぜ、少しは時間稼ぎできたみたいだが、皆ボロボロじゃねぇか?」
「私もつかれましたあ〜」
神楽坂がぼやきながら矢を放ち、光り輝く銃弾を撃ち出しながら同意した大上が嘆く。彼女の場合は、目新しい事も起きないので飽きてきているのも一因かもしれない。
「・・頑張るんだ」
「そうですよ、もう少しの間です」
それを朱烙院と御守が宥めつつ、四人で奥の遠距離攻撃持ちを相手に射撃を続ける。
ほぼ全員が使える術式や技を出し切り、温存している者もここぞという時の為。
また、一部の者はおかしな事に気づき始めていた。
「・・変ですね」
「確かに」
「ああ、なんか気持ち悪いぜ」
「うむ、妙だな」
それぞれ言葉は違えど、意味するところは同じ。
「この天魔達、我々の急所を狙ってこないですよ」
頭部や胴部の、当たれば致命傷といった箇所を避け、明らかに手足や防御のある場所を攻撃してくる。まるで殺さぬよう手加減をしている様子なのだ。
尤も、これは撃退士達が個人で突出するのを避けて防衛を展開していた部分も大きい。もし単独で囲まれようものなら、数多の攻撃に晒され致命傷を負っていたかもしれなかった。
このまま状況が激変せぬ限りは、その身に宿すアウルとV兵器のみで戦闘を継続していく事も、ぎりぎり可能だと冷静な幾人かは思い始めていた。
時は、三時間を過ぎようとしている。
●
そう、激変する要因が現れさえしなければ。
「へえ・・中々やるのね」
撃退士達の戦闘を、少しはなれた建物の上から見下ろす影が一つ。蒼銀に煌く髪を煽る風に任せ、銀と紅に色分けされた甲冑を着込む一人の女性。
天使に仕える使徒、名をフリスレーレ。
「でも、今回は華を持たせる訳には行かないのよ」
二本の奇形な剣の持ち手を軽く確かめ、踏み出し、地を蹴った。
ワザととは言え、前回は失態を演じているのだ。主の・・母様のこの世界での立場もある。今回は自ら前線に立って率いてきたのもその為。
●
突然背筋に走る悪寒。それを察知できたのは僥倖と言えた。或いは、察知できる者を狙ったのか。
ゴァア―ッ!
「なっ、くっ!?」
咄嗟にそれを斧槍で受けた天風は、眼前を圧する光輝、正体の分からぬ攻撃に苦悶の声を上げる。
(このままでは押し切られる・・ならばッ!)
内に秘めていた殺気を、瞬間的に解放する。武器を覆った禍々しい光と共に、敵と思われる相手に刹那の一撃で打ち返した。
輝きを一筋の黒い光が裂き、おぞましい何かが咽び泣くような残響が木霊する。
「消えろ・・ッ!」
手ごたえはあった。どれほど通ったかは不明だが、反撃は確かに相手を捕らえ、彼女に掛かる圧力が消えうせる。
「天風さん!」
同時に膝をつく彼女の元に、庇う様に数名の者が駆けつけた。
――ガシャッ
前方――天魔群の方へ――空中で一転した影が軽業のように地を踏み、衝撃に金属が擦れ合う音を響かせる。
ボンッ!
現れた何者かが身に着けていた左肩当が音を立てて砕け散り、その痕を見て感嘆の声を漏らした。
近づいてくる足音と共に、あれだけ執拗に進軍を続けていたエインフェリア達が攻撃の手を止め、その群れが左右に割れる。
まるで主を迎える騎士の整列の如く。
「なるほど、いい技ね。お前は冥魔の系統を受ける者らしい。お互い、厄介な相手という所か」
姿を現した一人の人間、に見える女性。だが、それが敵であることは先の攻撃で明白。ならばその素性は――。
「人間・・・・?いや・・」
「みんな、来たわよ!」
動ける者がそれに対して身構える。天風も、斧槍を杖に何とか身を起こすが、彼女が受けたダメージは相手のそれとは比較にならなかった。戦闘続行する余力は、残されていない。
周囲を改めて見回せば、無数のエインフェリア達が彼らを包囲するように陣容を整え始めていた。周囲の建物の高低差を利用し銃や弓を持つ者が配され、盾を持つものを前面に立てた包囲陣が敷かれていく。
「あれが・・使徒・・」
誰かが呟く。状況が、そして相手から発せられるアウルの圧力が、否応なく撃退士達に悟らせた。
(戦術で対抗できない“個”ですか・・。怖いですね〜・・)
「・・・・」
胸中で相手を推し量る石田の隣で、天羽は撤退に備えた術式に手札を切り替える。使徒が出てきた以上、時間稼ぎは危険な段階に入ったと。
「ここまでか・・だが送り狼は遠慮してもらうぜ!」
千葉、いやさゴウライガが飛び出し、最大限に活性化された彼のアウルが太陽の如き輝きを放つ。輝きは丹田から腕、そして手にする鞭へと伝っていく。
―『IGNITION!』―
「ゴウライ、ソニックラッシュ!!」
――渾身の一撃は空を裂き、鞭の先端は音速を超えて標的を捉える――かに見えた。
ギンッ!
だが、使徒の持つ右の剣―二匹の蛇の尾が絡み合うような形状の刃―に容易く弾かれる。
「威力としては、まあまあかしら。お前もそこの女と同じ冥魔に属するのね。・・でも、流石に正面からの攻撃には当たってやれないわ」
「くっ」
歯噛みして構え直す。まだ撃とうと思えば撃てるが、言うとおり正面からではまた弾かれてしまう。他の手を考えなければ。
反撃の、或いは撤退の機を窺う撃退士達の顔を見回し、使徒が、ふと微笑んだ。
「・・民の為に、そこまで傷だらけになって戦ったのね。ここに至るまで戦った者達やお前達を見ていたら、酷く懐かしい気分にさせられたわ」
言って自身の姿を見下ろす。ここに来る前に戦った撃退士より受けた傷も、その身には刻まれている。
かつては、彼女もまた民を護る為に戦った一人だった。それはもう、いにしへと語らねばならないほど遠い昔。
懐かしく、そして切ない記憶。
「これだけ侵攻できれば十分でしょう。あとは見逃してもらえませんか」
太刀を油断なく構えながら、エルムは淡々と言葉を発した。意外な事に、使徒はそれを聞き入れ、頷く。
「いいでしょう、お前達がここで退くと言うのなら――我らは、これ以上追いません」
笑みを消し、戦士の表情に戻った相手から告げられた台詞に、慎重な者は真意を測りかね相手を窺う。
「天魔である貴方達が、ここまで抵抗した私達を、本当に見逃してくれるのですか?」
石田が、相変わらずにこにことした笑顔で手を上げて問いかける。
「ええ。お前達には無念な結果となるでしょうが・・この都市で抵抗を続けている者は、残り僅かです」
事実、西から南は使徒である彼女に撤退に追い込まれ、東は数に抗し切れずかなり押されていた、そちらも撤退は時間の問題だろう。何人かは、通信を送ってそれを確認する。
「そんな・・」
「なんてこった」
「・・無念」
苦渋の念と共に使徒を睨みつける者もあれば、肩を落とし俯く者もある。天魔の虜となった住民はどれほどの数に上るのか、これからどうなるのかと。
「我が主の命は、ほぼ達しました。あとは多少見逃しても問題はない。だがもし、お前達の気が済まぬというなら――」
目の前に居並ぶ傷だらけの勇士達。これ以上の追い討ちはしたくはない、と内心で思いながら。
「お前達が一人残らず果てるまで、本気で相手をするわ」
そこに、一つの通信が撃退士達に齎された。
「ええ、そうですか・・分かりました」
通信を切った石田が仲間達に告げる。
「こちらの方面の避難はあらかた完了したそうです。・・完全に、とは行かなかったようですが」
南から、天魔の群れがこちらに向かい始めているらしい。足止めがまだ維持できるなら、もう暫くは救助を続けられるが、判断は任せると。
「皆さん、潮時ですよ」
そうして彼らは、撤退の旨を後方に知らせる。応じて救助は打ち切られ、撤収が始まった。
チームを回収する為、大型のジープがこちらに向かって来ているとのことだった。
●
自力で動けぬ仲間に肩を貸しながら、ジープの荷台に乗り込む。
戦いに戦い抜いた、救えるだけ救ったはずだ。それでも救いきれなかった人々を思えば、心が晴れる物ではない。
「初めまして。楠侑紗と言います」
何を考えてか、撃退士達の撤退を見つめる使徒へと彼女は声を掛ける。
「以前、私達の仲間が『ある使徒』と出会ったそうです。『今も変わらぬ天使』に仕えている方らしいのですが・・」
使徒が視線だけで彼女を捕らえる。そのまま言葉を続ける。
「この戦いは、『貴女の主様の意思によるもの』なのでしょうか?」
「・・この世界の人間は、よほどそういう問答が好きなのね」
今度は苦笑と共に答があった。
「使徒がどういう存在なのか、自身で考えてみなさい」
「・・そうですか」
一つ頭を下げて、ジープに乗り込む。その後に、様子を窺っていたもう一人が声を上げる。
「あのね、私は大上 ことり、だよ」
何かこう、きらきらした目で使徒を興味津々と見つめながら。
「もっと酷いことも出来たはずなのに。でも、それをしないでくれて、ありがとう」
ぺこりとお辞儀をする彼女。
「何を言っているか分からないけど、いいから早く行きなさい」
「え〜」
「え〜、じゃないわよ」
子犬を追っ払うような感じで追い払われて、彼女もジープに乗り込んだ。
「で、貴方も何か言いたい事が?」
二人の少女の話しが終わるまで待っていたのだろう、右目を眼帯で覆った赤髪の男が進み出る。
「騎士とは正しき祈りに答える物だと言う。貴方の祈りは何だ?
それが正しき祈りならば、私は応えよう。
シュトラッサーとしての貴女ではない、一人の女としての祈りを聞きたいのだ」
その台詞、端で聞いていると口説き文句のようにしか聞こえないんだけど。とジープで待っていた数人が思ったとか。
「・・はぁ。何なのよ、貴方は。一人の女?
そんな者は、どこにも存在しないわ。私は使徒。主たる天使に絶対の忠誠を誓う者。
本気で何かを問いたいなら、私を力尽くで叩き伏せられる様になってからから聞き出しなさい」
ふられたみたいだな、と何人かが思った。
●
遠ざかる都市を見つめ、走行するジープの荷台で思い思いに腰を下ろす。
御守は、力が抜けたようにへたり込んでいた。
「ごめんなさい、大丈夫、です。・・だめですね、こんなんじゃ」
心配する周囲に無理に笑顔を作り、街を見つめた。
「・・・・ごめんなさい」
その肩を石田が叩く。
「一人でも多く救えたのなら、私たちの“勝ち”ですよ」と。
二人の様子を見つめて、朱烙院も視線を街へと向ける。
「それでも、救いきれなかった」
表情は変えず、憤りと悔しさを呟きに滲ませて。
●
それから十日後、街の奪還に対策を練っていた教師達に一報が齎される。
「結界が消えた!? つまりゲートが消えたのか? 住人はどうなった!」
「は、はい。不審に思った偵察チームが市内に潜入した所、市内には天魔の姿がまったくなかったようです。そして住民ですが・・その」
「どうした、はっきりと言え! 無事なのか?」
どう報告した物か、言葉を考えながら連絡を受けた教師は伝える。
「住民は居たには居たのですが・・あの都市の住人ではありませんでした」
「・・どういう意味だ?」
「かなり前に、天魔に攫われたと思われる別の地方の住人らしいとの事です。かなり精神的な消耗が進んでいて、個々の証言は望めないらしいのですが、所持品等からそうとしか考えられないと・・・・」
暫く考えを巡らせていた一人が、机を叩く。
「くそっ、そうか、そういう事か」
「何だ?」
「奴らに一杯食わされたんだよ。人間を電池みたいに、切れかけたエネルギー源を新しい物に入れ替えたんだ!」
数人の教師が憤慨する中、一人冷静だった教師が手を上げる。
「しかし、奴らがそんなことをする必要性がどこにある。こう言っては何だが、死ぬまで搾り取るのが普通だろう?」
「知るかそんな事! 天使にだって色々いるんだろうよ!?」
ともかく、保護されたそれらの人々は、攫われたと思われる住人とほぼ同数。その膨大な数の人々を収容する治療施設の手配に、彼らは今後忙殺される事になった。
事後報告では、重傷者は出たものの、作戦領域において死者は唯の一人もなかったと記されている。
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「・・今はゆっくりとお休みなさい、愛しい子」
全てを完了させ報告に戻ったフリスレーレは、今は自室で休養を取っていた。
彼女が眠りに落ちるベッドの傍らに、我が子を慈しむ眼差しを向け、一人の天使が腰掛ける。
「これで、当面は上納に困らないでしょう。余った分で私も力を得て、貴女もまた強くなれる」
奪った他の存在の心で己を強化する。本質は昔と違わない筈なのに、やり方を替えるだけで、これほど浅ましい者だったのかと幾度も思い知らされた。
「・・この子に、こんな傷を与えられる者が、この世界に居るのですね」
既に治癒を終え、消えかけた愛しい娘の傷跡にそっと手を当てる。
ならば、私の望みはもしかしたら――。