ディルキスのゲートに転移陣から現れる複数の影。今や三界の鎹として戦い続けた撃退士と、縁を交わし、共にある事を選んだ魔の者。
「さて、コッカら一直線にぶち抜くゼ」
樹木や蔦が絡んだような迷宮の壁面へ、天魔イドの手を掲げる。黒き斧槍を顕現させ、振り被る。
「ちょっ、いきなり!?」
焦り耳を塞ぐ六道 鈴音(
ja4192)。他の者もそれに習い、直後轟音が響き渡る。粉塵が流れ、一行の目の前には壁をかなり奥まで貫通した大穴が口をあけた。
『チンタラやってる暇はネェだろ、リンネ』
「…はぁ。イド、貴方怪我人なんだから余り無茶はしないでよね」
『ヘイヘイ。自己修復されル前に抜けルゾ』
肩を竦めて先導するイドに、他の者が足早について行く。
「あれ…今、イドが私の事名前で呼んだ?」
(こんなゲートが残っていたとはね。しっかり終わらせましょう)
迷宮を破壊しながら進行するイドを追う遠石 一千風(
jb3845)は、改めて気を引き締める。
『いらっしゃい、正義の味方さん達♪ ずいぶん乱暴な訪問ね?』
辿り着いたコアルーム。散開する撃退士らの目視でかなり先に、豪奢なソファを設え、凭れる少女が一人。傍には、黒髪の青年が赤黒い大太刀を手に彼らを睥睨する。
『ゲート内装は確かに破壊可能じゃが…ここまで力任せに無茶をする輩は、左様居らんわい』
呆れの泌む天魔の声音に、幾人かは胸中で同意した。
「ずいぶん殺風景じゃない。こんなところじゃ気が滅入るんじゃないの、ディルキスさん?」
挑発するように、鈴音が声を掛ける。
『そうかしら? 演目の舞台に、相応しい物を用意した心算だけれど♪』
そこは円形闘技場。ローマに在りしそれを彷彿とさせる戦いの舞台。中央にぽつんとあるソファに、違和感を覚える光景だ。尤もディルキスが立ち上がると、煙りの如く解け消滅していった。
『…おいディルキス、テメェ、俺の記憶に何しやがった?』
圧さえ切れない怒気を滲ませ、イドが呻る。
『あら、気づいたのね♪ ふふ…縁の深い相手ほど、それを忘れる呪いかしら? 想いが深いほどに、ね』
『ザッケンなァッ!!』
怒声と共に突貫するイドに、呆れ、或いは慌てて追走する撃退士達。
『せっかちね♪ 最後なんだもの、少しは趣向を凝らしましょうか♪』
ぱちり、と。少女が鳴らす指に応え、巨大な結界壁が闘技場を二つに分ける。撃退士達と共に。
「なっ!?」
『意外と偏らなかったわね。まあいいわ、始めましょうか♪』
『面倒じゃのう、貴様が一掃すればいいものを…』
●
対峙するは、始まりの記憶。君田 夢野(
ja0561)の視線の先に佇む、翠の魔女は頬笑みを浮かべ。駆け出しの頃に袖触れし天魔を狩る。出来すぎな舞台。運命とやらは、さぞ意地悪いのだろう。
「五年ぶりだな…ディルキス、いやスクルドと呼んでやろうか?」
具現化す黒き峰に赤き刃の長大な大剣。重量のまま天魔へと刃を向け地に突き立ったそれに手を伸ばし、確と柄を握り締める。
「その戦闘莫迦が教えたのね…まったく、要らない事まで憶えたものね」
真名を紡がれ、微かに眉を蹙める。少女の姿をした天魔は、投げ飛ばした先で自身に殺意を叩きつけるイドへ、チラリと視線を流す。その隣には、白銀の髪と黄金の獣眼の鬼無里 鴉鳥(
ja7179)が寄り添うように駆け寄っていた。
「未来の女神とはとても思えないな」
無骨な黒色の大剣を構え、一千風が吐き捨てる。
『唯の形骸、過去の継承に過ぎないけれど…拒絶は出来ないのよ、真名は』
「…そうか、ならこれ以上言うまい」
「正義の味方を求めるのがお前の勝手なら、全てのケリを付けにここに来たのも俺の勝手」
視界の端に掛かる、イドの姿。かつては共闘する事があるとは思いもせず。そしてこれが、最後の機会であろう。ならば全てを精算しよう、己が在る意味の為に。
「…手前勝手同士、どっちのエゴが勝るかだ!」
「ええ、いらっしゃいな♪ 最初の、正義の味方さん♪」
夢野が気勢と共に地を蹴る。同時に、イドと、そして鴉鳥もまた機を合わせ、駆ける。
「私の炎で丸焼きにしてやるわ!」
呪符より放たれる炎弾を、魔女は楽しげに踊る様に障壁で弾く。
「好きなようにさせるかっ」
闘気を纏い、一気に間合いをつめる一千風が十字の斬を放ち、障壁を切り刻む。
イドの連戟と、夢野の斬を張り直す障壁で受け止め、押し潰されそうになりながら魔女が薄く笑う。
『もう、二人して馬鹿力ね』
同時に囲んでいた撃退士らは、自らの内から何かが失われ、目の前の少女に流れ込む感覚に咄嗟に大きく飛び退く。
「くっ、力抜ける! けど、この程度ではっ」
『ナンだ、今のは!』
「…分からんっ! っ、また!」
ディルキスは驕慢を浮かべ、実験動物を見るような視線を彼らに向ける。
『どうしたのかしら、怖気づいた、なんて事は無いのでしょう? くすくす♪』
『吐かしヤガレッ!』
衝動のままに再度突きかかるイドを見送りながら、夢野は炎律を纏う大弓に持ち替える。
(確かに何かされている…だとすれば射程があるはずだ、まずはそれを暴露く)
襲い掛かる氷刃を打ち払うイドへと、援護に矢を放ちながらじわじわと後方へ距離を刻む。
「ここまで来たからには死ぬなよ、イド!」
『テメエもな、ユメノ!』
互いの動きを知る故か、二人の息は不思議と嚼み合っていく。
●
分かたれし闘技場を、魔剣を携え黒き髪の青年、陽波 透次(
ja0280)は駆ける。対する魔も黒髪の青年を模り、嘲りの視線と共に赤黒い太刀を構える。先手は魔、放たれる封砲の衝撃を躱し、その身が二手に分かれる。
「何じゃと?」
彼に続く者、或いは迂廻する者も無事回避し、各々が勝ち脈の為にその武を振るう。
エイルズレトラ マステリオ(
ja2224)は幼き竜を召喚す。共に分かれて空を駆け、魔の両側を挟み込む。透次の瞬檄に意識を割かれ疏かになった隙に踏み込み、手に産みだすカード打ち込む。
「ぐぉ、ちょろちょろと…目障りじゃ!」
爆裂に体勢を崩しながら振るわれる太刀は、だが鋭く。それを上回る身のこなしで避け、後方へとステップで下がる。
「ちぃ!?」
その背後から襲い掛かる小竜の爪が、魔の背を切裂く。
「しーちゃん!」
「わかってる、無茶はしないでね」
並び駆ける鬼塚 刀夜(
jc2355)と水無瀬 雫(
jb9544)。信を置く者に背を任せ、夢幻に鬼映し、直刀を振り下ろす。
『又も女童か、しつこいわい!』
「僕には刀夜って名前があるよ! そろそろ、そっちの名前も教えてくれない?」
剣呑の笑みを浮かべ、天魔の肩口から切裂く刃。だがやはり即座に塞がり、彼女は後方に飛び退る。薙ぎ払う太刀を、入れ替わり水球を展開した雫が流し、足払いを仕掛け、舌打ちと共に魔は数歩後退した。
正面に影が、後方に本体が回り込み、刃を振るう。だが振り返らずとも見えている様に的確に反応する。刹那、器を変え翠髪に長身の女性が現れる。膨れ上がるアウルに、魔の口の端が卑しく吊り上がる。
「下がれっ!」
「刀夜っ」
誰かの叫び。同時に吹き上がる緑炎の火柱が影を飲み込み焼き付くし、寸での処で空蝉に代えた我が身を、後方に飛ばす。
影が燃え尽き、入れ替わるように滑り込む久遠 仁刀(
ja2464)の光炎宿す薙刀が奔り、魔の胸を大きく切り裂く。だが即座に塞がった傷に舌打ちし、掬い上げる反撃を石突を以って弾く。
「ふん、無益な事じゃ」
「そうか、前より動きが鈍く見えたが?」
互いに殺気を叩きつけ、魔は飛び退った。その身を、至近で浪風 悠人(
ja3452)が放った封砲が飲み込む。
衝撃が駆け抜けたあと、器を修復しながら立つ魔の姿があった。一見効いていない様に見える。
「…また躰で受けたんですね?」
『大した威力も無さそうだったからのう』
悠人の声に、皆の視線が動く。他の者もなんと無しに気にはなっていた。彼らが対する魔は、ここまで一度も武具と武具を合わせた事が無い。全ての攻撃を器で受け、即座に塞ぐ。その出鱈目な耐久力故の戦闘法だと思っていた。だが、考えればそれは些か違和感を覚える。天魔は、不死ではない筈なのだから。
「種がある…そう云う事ね」
「試してみる価値は、あるでしょう」
一つの方向を見出す意思。それを感じ、魔を宿す物は初めて見下していた相手に、焦躁を覚えていた。
羽ばたく天使を模る器の翼。だが幾らも浮かぬ内に察知した気配に、顔を蹙める。頭上高く跳ねた透次の手にする魔剣に凝るアウルに、咄嗟に回避の為に身を捩る。が、遅い。
「読み易いですね、動きが」
振り下ろされた刃は飛翔術式の具現たる翼を粉砕し、魔を空より地に墜とす。
「くぅっ!?」
絶好の隙に、仲間達の一斉攻撃が双剣を操る腕に集中した。
仁刀の虚の戟に吊られ振るわれた左腕を、実の刃が臂から斬り離し、悠人の矢が腕を穿ち散らす。エイルズレトラの爆裂が右手首を炸けさせ、落ちる剣を雫が蹴り飛ばす。
双剣が、刀夜の目の前にくるくると舞い踊る。
『まっ』
「待たないよっ!」
斬鉄の一撃が、魔の剣身を叩き切る。
『ぬぁがぁっ!? う、器を…っ』
切り離された器が魔力の靄となって折れた剣へと集う。だが、遅い。
「結局名前、聞けなかったな」
一瞬にして五つ、斬線が奔り。
『ぉ、おぉ…わし、は…まだ、しに、と…』
パァン…!
骸を喰らい続けてきた魔剣は、妄執と共に砕け散る。
●
『老は終わったのね…流石は正義の味方さん♪』
闘技場を別つ結界壁が解け、駆けつける残りの撃退士。ディルキスは攻撃に弾かれる様に後退する。
『それじゃあ、もう遠慮はなしね♪』
『チィッ! 何かキヤがるぞ!』
魔女の身より放たれる魔力が膨れ上がる。させじと追う者達を嘲笑い、術式は完成される。
「なっ、くっ、足が!」
「凍った!?」
闘技場全体が凍土に覆いつくされ、イドも、撃退士らも全員の足元から凍り、身動きを封じられる。
『これなら、避けられないでしょう?』
ぱちり、と少女の指が鳴った刹那、雷霆が全てを圧した。
「がぁあああああっ?!」
「きゃあああっ!!」
衝撃で凍土は砕かれ、自由を取り戻した撃退士たち。蹌踉めき、或いは得物を杖に我が身を支える。
『安心なさいな、今のはそう何度も使えない術よ♪』
『ソウかい、ご丁寧にアリガトよ…ラァッ』
撃退士らよりも生命力が勝るイドが即座に反撃に出るが、障壁がそれを阻む。
その間にエイルズレトラや雫の治癒術、或いは己が持つ術で実を癒し、体勢を立て直す。
「全員、生きて帰還するのが久遠ヶ原流よ。勿論イドも含めてね!」
障壁で雷を耐え抜いた鈴音が、身に走る痛みを払う様に、己を鼓舞し立ち上がる。
「くらえ、六道金剛撃!」
魔力を物理衝撃に変換する術式が、魔女の障壁を粉砕し、打ち据える。
『あは♪ 痛い、痛いわ…そう、こんなに痛い…ふふ』
苦痛に顔を歪めながら、漏れる声音は何処か弾み。ふわりと降り立つ天魔は、己に届きうる者達へ、愛しげに視線を向けた。
「…悲しい笑い方をするんですね」
近接で障壁に赤き刃を受け止められ、それ越しに天魔と透次の視線が錯じる。何を言われたのか分からない風に、ディルキスは小首を傾げる。
「悲しそう、私が? だとしても、私はただ、映しているだけだもの♪」
「…何を? がっ!」
一瞬で障壁が解かれ、虚に腕を取られた青年の勢いを巻き込むようにして、地に投げ下ろされる。身を拗り、受身を取って転がり激突の衝撃を逃しながら、腕で地を叩き跳ね起きる。
「戦闘中に、変な事を言ってたら駄目よ♪ あら、焦燥らない焦燥らない♪」
一瞬だけ透次にそう声をかけ、他の仲間からの攻撃に身を翻す天魔。
「空虚な笑いを見るのは、沈んだ顔を見るより辛い。…少し悲しく思っただけです」
何かを振り切るように呟き、青年は再び刃を振るう為、駆ける。
正体は不明だが、消耗も間合いは夢野、鈴音により見切られた。仲間が打ち掛かるのを視界に捕らえ、死角から薙ぎ払う。
(駆け出しの頃に露された悪意か…忘れていない物だな)
三重の障壁を旭光の刀身が切裂き、駆け出しの嘗て及ばなかった、魔女の身を灼く。
『くぅっ…どこかで見た事がある顔ね』
「ああ…借りっ放しだったからな」
交錯する視線。ディルキスは己を切裂いた光を両手で挟み、灼かれながらも仁刀をくるりと回し地に叩きつける。
『お返しよ♪』
跳ね飛ぶ青年に、激しい雷鳴が奔った。
(タフですね、見かけによらず)
胸中で呟きながら、新たな治癒術を構築する。既にスキルの在庫は心許ない。エイルズレトラ程の者にさえ、魔女が放つ雷撃は時に直撃する。空蝉は使いきり、戦況は己と仲間を癒しながらの持久戦へと陥っていた。
(これで攻撃が効いてなかったら悪夢ですが…相手も相応に消耗してきたようで)
夢野の白光の斬を受け、砕かれた障壁を散らしながら吹き飛ぶ翠の魔女の姿に、青年は薄く唇を緩めた。
「降伏しなさい。そしたら、ファミレスで奢ってあげてもいいわよ?」
満身創痍で、辛うじて立ち続ける少女に、一縷の可能性を掛けて問う鈴音。一瞬目を瞠り、それからうつ向いて肩を震わせるディルキス。
『ふふ、あはははっ! ここに来てそれを言うの? 本当に貴方達人間は…腐ってるわ』
突如として輝く地面。それは天魔が戦いの中で散らした鮮血の跡。乱雑に見えて、規則性を組み込まれた“魔法陣”。
「何を!?」
『あ、つ、こりゃアン時の…!』
「イド?!」
魔女からイドへ繋がる魔力の伝達。彼を捉える魔法陣が輝きを増し、殺意が、形を成す。
黒と白銀の影が、愛しき者を突き飛ばし――無数の氷の槍が小柄な躰を貫いた。
『――馬鹿野郎ガァ!』
鮮血に染まる鴉鳥に叫び、霧散する氷槍から開放された少女の体を抱きとめるイド。大きく開いた傷跡に焦躁を浮かべながら、未熟な治癒術を必死に施す。
『クソがッ、何でテメェが…アホガッ、莫迦女がッ…クレハ、大バカ野郎!』
「けふっ…はは、あぁ…やっと、また、呼んで…」
「きゅ、救急箱っ、皆手伝って!」
「最後の最期まで、貴様は…っ」
魔術が解き放たれるに一足遅れて魔女を貫いた刃。その柄を握り締めながら、仁刀は怒りを込めて呻る。
『がふっ…ふふ、うふふ…私を壊した人間が…私を殺すの…ようやく、そう、やっと…』
「…お前は、一体何を」
『くす…げほっ…おしえて、あげ、ない……』
何処か安らいだ微笑を浮かべ、それが魔女の最後の言葉となる。
今度こそ完全に生を終えた骸に、背を向け歩む。闘技場の奥、輝き浮遊するゲートコア。透次が振り翳す魔剣が、一千風の大剣が。
「ゲート―」
「―破壊します」
澄んだ音を立て、主を失った箱庭の要は砕け散る――虚ろな主人の、在り様映したか如く、何も残さずに。
後に辛うじて一命を取り留めた少女が運び込まれた医療施設にて、とある女天魔にやたらと構われるのは、また別の譚である。