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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
参加人数:10人
サポート:0人
リプレイ完成日時:2017/09/28


みんなの思い出



オープニング

 天魔ルイの保護により、学園へと恭順した天魔イドの証言により、天魔ディルキス・モグプラシアのメインゲートの所在が発覚した。
 関門海峡地下千メートルに位置するそこには、中国山地にある山陰と山陽の丁度境に存在する転移陣のみが唯一繋がっており、他にも山陰地方にディルキスが設置した複数の転移陣が存在するが、メイン以外は全てがダミーのランダム転移だという。

 学園某所、地下留置場――。
「貴様が捕らえられた事で、メインの転移陣を別に移すのではないか?」
 アウルを封じる手枷足枷を付けられ風紀委員数名に尋問を受けているのは、先日、撃退庁傘下の研究所を襲撃し、学園生との戦闘の結果捕縛された天魔、イド。
 闘争を何よりも好んだ悪魔だったが、研究所に捕らえられていた母親、天魔ルイの保護と、その治療とを条件に学園への恭順を『契約』として宣誓した上での収監であった。よって本来はアウル封じの拘束は必要ないのだが…好みの女性と見るとすぐ手を出そうとするので、手を焼いた風紀委員会が常時拘束の方針に転換した結果である。
 ちなみに、此処にいる尋問官の一人である女子生徒は実際の被害者であったりする。イドの顔をまともに見れず、ずっと紅くなったままうつ向いているのは色々手遅れになった結果であった。イドは一遍死ぬべきだと思うの(天の声)。

「そりゃーネェナ。あいつは、寧ろいつ見つけてくれるか愉しみにシテやがっタカラナ。なのにオメーらが何時までたっても見つけネェから、がっかりシテやがっタクらいだぜ、クカカカッ!」
 囚人扱いとなっても尊大、粗暴な態度を控えたりしないように見えるが、これでも彼なりにあの時戦った、そしてルイをイウタウィルから守り抜いた撃退士達に対しては、十分以上の恩義を感じ、また敬意も抱いていた。
 ただ、それを表に出すのが苦手なだけである。ずっとソロしてたらパーティの組み方忘れたMMORPGプレイヤーみたいなものと思ってくれれば近いかも(?)しれない。

「もしアイツのゲートを攻めるナラ、俺を連れてイキナ。内部は知りつくしてルシ、迷宮部分は俺ナラぶち抜いていけルゼ」
 ふざけた態度から一辺、真剣な面持ちでそう口にするイドのからは、純粋な怒りと戦意が湧き出し、それなりに広い尋問室を轢ませるほどの圧力を放つ。
「それを決めるのは我々ではない、上だ。…だが、一考として貴様の発言は伝えておこう」
「クカッ、ニンゲンってのはどいつも素直じゃネェなぁ」
 肩を竦めて、再び軽薄な雰囲気に戻る悪魔に、同室していた風紀委員生徒の数名が安堵の息を漏らす。『契約』によって攻撃される事は無いと知っていても、これまでの戦歴を知っている彼らにとっては恐々とせざるをえない相手であった。
「貴様の言えた義理か、悪魔。…母親の容態は聞いたか?」
「アア…もう十年も生きられネェらしいな」
 ルイの肉体は、その臓器の殆どが切除され、粗悪な人工臓器と入れ替えられていた。本来の器官は、脳と子宮、そして天魔の心臓たる核のみであったという。そのまま放置すれば、あと一月も持たなかったとは緊急施術を行った医療チームの言葉である。
「これで男漁りもシナクなりゃ、良かったんだがナァ」
「…医療チームの男の半数が、既に喰われたそうだ、性的な意味で。やっぱり親子だな、お前ら」
「そう褒めるナヨ、照れるジャネェか」
「もぎってすりつぶすぞテメェ」
「やってミロや、ドサンピン」
 などと喧喧囂囂交わしながらも、集まった情報により、学園上層部は天魔ディルキスのゲート侵攻作戦を決定するのだった。

「ああ、それとドウでもイイことだろうが…アイツの真名も教えテヤル。あのクソ女の真名は『スクルド』だ。本人は忌み名だとイッテやがっタガナ」


「無様ね?」
「ぬぐっ」
 ディルキスのゲート。豪奢な洋館の内部のような造りをしたそこは、人形をした複数の上位ディアブロが執事服やメイド服を着こなし、主への奉仕に勤めていた。その応接室のような場所で、互いにソファへ身を沈めた少女の姿をした悪魔と、喰らい奪った青年の姿をした悪魔が向かい合っている。
「これまで溜め込んだ魔力も、大分削られたみたいね? 随分と“薄く”なっているわよ? くすくす♪」
「くっ、さんざ天魔を殺し続けてきた奴らが、今になって一匹の悪魔を殺す事無く手を組むなど誰が思う! そもそも、奴は確実にあそこで殺される筈と言ったのは、貴様じゃろうがディルキス!」
「そうだったかしら? 私は確かに“舞台を調えた”とは言ったけれど…脚本だけは役者のアドリブに任せているもの♪ でないと、観劇する意味が失くなるわ、ふふ♪」
 執事風ディアボロが用意したティーカップを持ち上げ、芳醇な香りを放つ液体を上品に嚥下していく少女。その白い首筋を喰いちぎらんばかりの憎悪を込めて睨む、長命の魔属、名をイウタウィルといった。

「それにしても気づかれないモノね」
「…何がじゃ」
 腹立ちまぎれに、自身にも差し出された紅茶を口にし、一気に飲み干すイウタウィルの“擬態”をしらけた目で見ながらディルキスは続ける。
「何って、あなたの本体の事よ。散々目の前に露しているのに、毎度“器”の破壊に躍起になってばかり。少し観察力が在れば、気づけると思っていたのだけれど」
「ふんっ、百年も生きれぬ劣等種ならそんなモンじゃろ」
「そうかしら? この世界にも“知性ある武具(インテリジェンス・ウェポン)”は存在しているわよ?」
 青年の傍らに常にある、赤黒い大太刀。それに視線を向け、少女は嗤う。
「まあ、老の場合は“魂魄再生の武具(ソウルリジェネレイト・ウェポン)”と言った方がいいのかしら」
 この場合、再生とは記録した映像を映し出す意味での“再生”であった。
知性ある武具は、武具そのものが知性の思考回路であり器官である場合が殆ど。そして知性とはプログラムのような物であり、魂を持たない。
だがイウタウィルは、嘗て死病を恐れ、モグプラシア一族にとって禁忌となる惨禍を引き起こした。その結果、本来の肉体を捨て、魔剣に自身の魂を丸ごと移した存在であったのだ。その魔剣は、他者の死体に残る魔力と魂の残滓を喰らい、それに記録された情報を取り込み、姿や技術を再生する能力を秘めていた。
これが彼の“器”の正体である。

「今更どうでもいいことじゃろう。それよりもあの愚物が捕まったなら、この場所も奴らに知れよう。どうする算段じゃ?」
「決まっているじゃない♪」
 少女は笑う。楽しげに、そして空虚に。彼女には未来が無い。彼女は明日を考えない。あるのはただ、その時その時を如何に“娯しむ”か。
「悪役を討伐にやってくる正義の味方さん達。これを迎え撃たない物語なんて、何の価値も面白みも出せないもの♪」
「…四百年前の、人の呪いか。それがそこまでおぬしを狂わせたのかの?」
「さぁ? ただ私は、一人の人間を愛して、裏切られて、売られて、壊されて。メフィスト様が、無窮の暇つぶしで戯れに組みなおしてくださったから、此処に居るだけよ♪ 呪いというなら、存在している事そのものかしら、クスクス♪」


リプレイ本文

 ディルキスのゲートに転移陣から現れる複数の影。今や三界の鎹として戦い続けた撃退士と、縁を交わし、共にある事を選んだ魔の者。
「さて、コッカら一直線にぶち抜くゼ」
 樹木や蔦が絡んだような迷宮の壁面へ、天魔イドの手を掲げる。黒き斧槍を顕現させ、振り被る。
「ちょっ、いきなり!?」
 焦り耳を塞ぐ六道 鈴音(ja4192)。他の者もそれに習い、直後轟音が響き渡る。粉塵が流れ、一行の目の前には壁をかなり奥まで貫通した大穴が口をあけた。
『チンタラやってる暇はネェだろ、リンネ』
「…はぁ。イド、貴方怪我人なんだから余り無茶はしないでよね」
『ヘイヘイ。自己修復されル前に抜けルゾ』
 肩を竦めて先導するイドに、他の者が足早について行く。
「あれ…今、イドが私の事名前で呼んだ?」

(こんなゲートが残っていたとはね。しっかり終わらせましょう)
 迷宮を破壊しながら進行するイドを追う遠石 一千風(jb3845)は、改めて気を引き締める。


『いらっしゃい、正義の味方さん達♪ ずいぶん乱暴な訪問ね?』
 辿り着いたコアルーム。散開する撃退士らの目視でかなり先に、豪奢なソファを設え、凭れる少女が一人。傍には、黒髪の青年が赤黒い大太刀を手に彼らを睥睨する。
『ゲート内装は確かに破壊可能じゃが…ここまで力任せに無茶をする輩は、左様居らんわい』
 呆れの泌む天魔の声音に、幾人かは胸中で同意した。

「ずいぶん殺風景じゃない。こんなところじゃ気が滅入るんじゃないの、ディルキスさん?」
 挑発するように、鈴音が声を掛ける。
『そうかしら? 演目の舞台に、相応しい物を用意した心算だけれど♪』
 そこは円形闘技場。ローマに在りしそれを彷彿とさせる戦いの舞台。中央にぽつんとあるソファに、違和感を覚える光景だ。尤もディルキスが立ち上がると、煙りの如く解け消滅していった。
『…おいディルキス、テメェ、俺の記憶に何しやがった?』
 圧さえ切れない怒気を滲ませ、イドが呻る。
『あら、気づいたのね♪ ふふ…縁の深い相手ほど、それを忘れる呪いかしら? 想いが深いほどに、ね』
『ザッケンなァッ!!』
 怒声と共に突貫するイドに、呆れ、或いは慌てて追走する撃退士達。
『せっかちね♪ 最後なんだもの、少しは趣向を凝らしましょうか♪』
 ぱちり、と。少女が鳴らす指に応え、巨大な結界壁が闘技場を二つに分ける。撃退士達と共に。
「なっ!?」
『意外と偏らなかったわね。まあいいわ、始めましょうか♪』
『面倒じゃのう、貴様が一掃すればいいものを…』


 対峙するは、始まりの記憶。君田 夢野(ja0561)の視線の先に佇む、翠の魔女は頬笑みを浮かべ。駆け出しの頃に袖触れし天魔を狩る。出来すぎな舞台。運命とやらは、さぞ意地悪いのだろう。
「五年ぶりだな…ディルキス、いやスクルドと呼んでやろうか?」
 具現化す黒き峰に赤き刃の長大な大剣。重量のまま天魔へと刃を向け地に突き立ったそれに手を伸ばし、確と柄を握り締める。
「その戦闘莫迦が教えたのね…まったく、要らない事まで憶えたものね」
 真名を紡がれ、微かに眉を蹙める。少女の姿をした天魔は、投げ飛ばした先で自身に殺意を叩きつけるイドへ、チラリと視線を流す。その隣には、白銀の髪と黄金の獣眼の鬼無里 鴉鳥(ja7179)が寄り添うように駆け寄っていた。
「未来の女神とはとても思えないな」
 無骨な黒色の大剣を構え、一千風が吐き捨てる。
『唯の形骸、過去の継承に過ぎないけれど…拒絶は出来ないのよ、真名は』
「…そうか、ならこれ以上言うまい」

「正義の味方を求めるのがお前の勝手なら、全てのケリを付けにここに来たのも俺の勝手」
 視界の端に掛かる、イドの姿。かつては共闘する事があるとは思いもせず。そしてこれが、最後の機会であろう。ならば全てを精算しよう、己が在る意味の為に。
「…手前勝手同士、どっちのエゴが勝るかだ!」
「ええ、いらっしゃいな♪ 最初の、正義の味方さん♪」
 夢野が気勢と共に地を蹴る。同時に、イドと、そして鴉鳥もまた機を合わせ、駆ける。
「私の炎で丸焼きにしてやるわ!」
 呪符より放たれる炎弾を、魔女は楽しげに踊る様に障壁で弾く。
「好きなようにさせるかっ」
 闘気を纏い、一気に間合いをつめる一千風が十字の斬を放ち、障壁を切り刻む。

 イドの連戟と、夢野の斬を張り直す障壁で受け止め、押し潰されそうになりながら魔女が薄く笑う。
『もう、二人して馬鹿力ね』
同時に囲んでいた撃退士らは、自らの内から何かが失われ、目の前の少女に流れ込む感覚に咄嗟に大きく飛び退く。
「くっ、力抜ける! けど、この程度ではっ」
『ナンだ、今のは!』
「…分からんっ! っ、また!」
 ディルキスは驕慢を浮かべ、実験動物を見るような視線を彼らに向ける。
『どうしたのかしら、怖気づいた、なんて事は無いのでしょう? くすくす♪』
『吐かしヤガレッ!』
 衝動のままに再度突きかかるイドを見送りながら、夢野は炎律を纏う大弓に持ち替える。
(確かに何かされている…だとすれば射程があるはずだ、まずはそれを暴露く)
 襲い掛かる氷刃を打ち払うイドへと、援護に矢を放ちながらじわじわと後方へ距離を刻む。
「ここまで来たからには死ぬなよ、イド!」
『テメエもな、ユメノ!』
 互いの動きを知る故か、二人の息は不思議と嚼み合っていく。


 分かたれし闘技場を、魔剣を携え黒き髪の青年、陽波 透次(ja0280)は駆ける。対する魔も黒髪の青年を模り、嘲りの視線と共に赤黒い太刀を構える。先手は魔、放たれる封砲の衝撃を躱し、その身が二手に分かれる。
「何じゃと?」
 彼に続く者、或いは迂廻する者も無事回避し、各々が勝ち脈の為にその武を振るう。
 エイルズレトラ マステリオ(ja2224)は幼き竜を召喚す。共に分かれて空を駆け、魔の両側を挟み込む。透次の瞬檄に意識を割かれ疏かになった隙に踏み込み、手に産みだすカード打ち込む。
「ぐぉ、ちょろちょろと…目障りじゃ!」
 爆裂に体勢を崩しながら振るわれる太刀は、だが鋭く。それを上回る身のこなしで避け、後方へとステップで下がる。
「ちぃ!?」
 その背後から襲い掛かる小竜の爪が、魔の背を切裂く。
「しーちゃん!」
「わかってる、無茶はしないでね」
 並び駆ける鬼塚 刀夜(jc2355)と水無瀬 雫(jb9544)。信を置く者に背を任せ、夢幻に鬼映し、直刀を振り下ろす。
『又も女童か、しつこいわい!』
「僕には刀夜って名前があるよ! そろそろ、そっちの名前も教えてくれない?」
 剣呑の笑みを浮かべ、天魔の肩口から切裂く刃。だがやはり即座に塞がり、彼女は後方に飛び退る。薙ぎ払う太刀を、入れ替わり水球を展開した雫が流し、足払いを仕掛け、舌打ちと共に魔は数歩後退した。

 正面に影が、後方に本体が回り込み、刃を振るう。だが振り返らずとも見えている様に的確に反応する。刹那、器を変え翠髪に長身の女性が現れる。膨れ上がるアウルに、魔の口の端が卑しく吊り上がる。
「下がれっ!」
「刀夜っ」
 誰かの叫び。同時に吹き上がる緑炎の火柱が影を飲み込み焼き付くし、寸での処で空蝉に代えた我が身を、後方に飛ばす。
 影が燃え尽き、入れ替わるように滑り込む久遠 仁刀(ja2464)の光炎宿す薙刀が奔り、魔の胸を大きく切り裂く。だが即座に塞がった傷に舌打ちし、掬い上げる反撃を石突を以って弾く。
「ふん、無益な事じゃ」
「そうか、前より動きが鈍く見えたが?」
 互いに殺気を叩きつけ、魔は飛び退った。その身を、至近で浪風 悠人(ja3452)が放った封砲が飲み込む。
 衝撃が駆け抜けたあと、器を修復しながら立つ魔の姿があった。一見効いていない様に見える。
「…また躰で受けたんですね?」
『大した威力も無さそうだったからのう』
 悠人の声に、皆の視線が動く。他の者もなんと無しに気にはなっていた。彼らが対する魔は、ここまで一度も武具と武具を合わせた事が無い。全ての攻撃を器で受け、即座に塞ぐ。その出鱈目な耐久力故の戦闘法だと思っていた。だが、考えればそれは些か違和感を覚える。天魔は、不死ではない筈なのだから。
「種がある…そう云う事ね」
「試してみる価値は、あるでしょう」
 一つの方向を見出す意思。それを感じ、魔を宿す物は初めて見下していた相手に、焦躁を覚えていた。

 羽ばたく天使を模る器の翼。だが幾らも浮かぬ内に察知した気配に、顔を蹙める。頭上高く跳ねた透次の手にする魔剣に凝るアウルに、咄嗟に回避の為に身を捩る。が、遅い。
「読み易いですね、動きが」
振り下ろされた刃は飛翔術式の具現たる翼を粉砕し、魔を空より地に墜とす。
「くぅっ!?」
 絶好の隙に、仲間達の一斉攻撃が双剣を操る腕に集中した。
 仁刀の虚の戟に吊られ振るわれた左腕を、実の刃が臂から斬り離し、悠人の矢が腕を穿ち散らす。エイルズレトラの爆裂が右手首を炸けさせ、落ちる剣を雫が蹴り飛ばす。
 双剣が、刀夜の目の前にくるくると舞い踊る。
『まっ』
「待たないよっ!」
 斬鉄の一撃が、魔の剣身を叩き切る。
『ぬぁがぁっ!? う、器を…っ』
 切り離された器が魔力の靄となって折れた剣へと集う。だが、遅い。
「結局名前、聞けなかったな」
 一瞬にして五つ、斬線が奔り。
『ぉ、おぉ…わし、は…まだ、しに、と…』
 パァン…!
 骸を喰らい続けてきた魔剣は、妄執と共に砕け散る。


『老は終わったのね…流石は正義の味方さん♪』
 闘技場を別つ結界壁が解け、駆けつける残りの撃退士。ディルキスは攻撃に弾かれる様に後退する。
『それじゃあ、もう遠慮はなしね♪』
『チィッ! 何かキヤがるぞ!』
 魔女の身より放たれる魔力が膨れ上がる。させじと追う者達を嘲笑い、術式は完成される。
「なっ、くっ、足が!」
「凍った!?」
 闘技場全体が凍土に覆いつくされ、イドも、撃退士らも全員の足元から凍り、身動きを封じられる。
『これなら、避けられないでしょう?』
 ぱちり、と少女の指が鳴った刹那、雷霆が全てを圧した。
「がぁあああああっ?!」
「きゃあああっ!!」

 衝撃で凍土は砕かれ、自由を取り戻した撃退士たち。蹌踉めき、或いは得物を杖に我が身を支える。
『安心なさいな、今のはそう何度も使えない術よ♪』
『ソウかい、ご丁寧にアリガトよ…ラァッ』
 撃退士らよりも生命力が勝るイドが即座に反撃に出るが、障壁がそれを阻む。
 その間にエイルズレトラや雫の治癒術、或いは己が持つ術で実を癒し、体勢を立て直す。

「全員、生きて帰還するのが久遠ヶ原流よ。勿論イドも含めてね!」
 障壁で雷を耐え抜いた鈴音が、身に走る痛みを払う様に、己を鼓舞し立ち上がる。
「くらえ、六道金剛撃!」
 魔力を物理衝撃に変換する術式が、魔女の障壁を粉砕し、打ち据える。
『あは♪ 痛い、痛いわ…そう、こんなに痛い…ふふ』
 苦痛に顔を歪めながら、漏れる声音は何処か弾み。ふわりと降り立つ天魔は、己に届きうる者達へ、愛しげに視線を向けた。

「…悲しい笑い方をするんですね」
 近接で障壁に赤き刃を受け止められ、それ越しに天魔と透次の視線が錯じる。何を言われたのか分からない風に、ディルキスは小首を傾げる。
「悲しそう、私が? だとしても、私はただ、映しているだけだもの♪」
「…何を? がっ!」
 一瞬で障壁が解かれ、虚に腕を取られた青年の勢いを巻き込むようにして、地に投げ下ろされる。身を拗り、受身を取って転がり激突の衝撃を逃しながら、腕で地を叩き跳ね起きる。
「戦闘中に、変な事を言ってたら駄目よ♪ あら、焦燥らない焦燥らない♪」
 一瞬だけ透次にそう声をかけ、他の仲間からの攻撃に身を翻す天魔。
「空虚な笑いを見るのは、沈んだ顔を見るより辛い。…少し悲しく思っただけです」
 何かを振り切るように呟き、青年は再び刃を振るう為、駆ける。

 正体は不明だが、消耗も間合いは夢野、鈴音により見切られた。仲間が打ち掛かるのを視界に捕らえ、死角から薙ぎ払う。
(駆け出しの頃に露された悪意か…忘れていない物だな)
 三重の障壁を旭光の刀身が切裂き、駆け出しの嘗て及ばなかった、魔女の身を灼く。
『くぅっ…どこかで見た事がある顔ね』
「ああ…借りっ放しだったからな」
 交錯する視線。ディルキスは己を切裂いた光を両手で挟み、灼かれながらも仁刀をくるりと回し地に叩きつける。
『お返しよ♪』
 跳ね飛ぶ青年に、激しい雷鳴が奔った。

(タフですね、見かけによらず)
 胸中で呟きながら、新たな治癒術を構築する。既にスキルの在庫は心許ない。エイルズレトラ程の者にさえ、魔女が放つ雷撃は時に直撃する。空蝉は使いきり、戦況は己と仲間を癒しながらの持久戦へと陥っていた。
(これで攻撃が効いてなかったら悪夢ですが…相手も相応に消耗してきたようで)
 夢野の白光の斬を受け、砕かれた障壁を散らしながら吹き飛ぶ翠の魔女の姿に、青年は薄く唇を緩めた。

「降伏しなさい。そしたら、ファミレスで奢ってあげてもいいわよ?」
 満身創痍で、辛うじて立ち続ける少女に、一縷の可能性を掛けて問う鈴音。一瞬目を瞠り、それからうつ向いて肩を震わせるディルキス。
『ふふ、あはははっ! ここに来てそれを言うの? 本当に貴方達人間は…腐ってるわ』
 突如として輝く地面。それは天魔が戦いの中で散らした鮮血の跡。乱雑に見えて、規則性を組み込まれた“魔法陣”。
「何を!?」
『あ、つ、こりゃアン時の…!』
「イド?!」
 魔女からイドへ繋がる魔力の伝達。彼を捉える魔法陣が輝きを増し、殺意が、形を成す。
 黒と白銀の影が、愛しき者を突き飛ばし――無数の氷の槍が小柄な躰を貫いた。
『――馬鹿野郎ガァ!』
 鮮血に染まる鴉鳥に叫び、霧散する氷槍から開放された少女の体を抱きとめるイド。大きく開いた傷跡に焦躁を浮かべながら、未熟な治癒術を必死に施す。
『クソがッ、何でテメェが…アホガッ、莫迦女がッ…クレハ、大バカ野郎!』
「けふっ…はは、あぁ…やっと、また、呼んで…」
「きゅ、救急箱っ、皆手伝って!」

「最後の最期まで、貴様は…っ」
 魔術が解き放たれるに一足遅れて魔女を貫いた刃。その柄を握り締めながら、仁刀は怒りを込めて呻る。
『がふっ…ふふ、うふふ…私を壊した人間が…私を殺すの…ようやく、そう、やっと…』
「…お前は、一体何を」
『くす…げほっ…おしえて、あげ、ない……』
 何処か安らいだ微笑を浮かべ、それが魔女の最後の言葉となる。

 今度こそ完全に生を終えた骸に、背を向け歩む。闘技場の奥、輝き浮遊するゲートコア。透次が振り翳す魔剣が、一千風の大剣が。
「ゲート―」
「―破壊します」
 澄んだ音を立て、主を失った箱庭の要は砕け散る――虚ろな主人の、在り様映したか如く、何も残さずに。


 後に辛うじて一命を取り留めた少女が運び込まれた医療施設にて、とある女天魔にやたらと構われるのは、また別の譚である。


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: 未来へ・陽波 透次(ja0280)
 奇術士・エイルズレトラ マステリオ(ja2224)
 天と繋いだ信の証・水無瀬 雫(jb9544)
重体: 斬天の剣士・鬼無里 鴉鳥(ja7179)
   <イドを庇い天魔最期の一撃を受けた>という理由により『重体』となる
面白かった!:6人

未来へ・
陽波 透次(ja0280)

卒業 男 鬼道忍軍
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
奇術士・
エイルズレトラ マステリオ(ja2224)

卒業 男 鬼道忍軍
撃退士・
久遠 仁刀(ja2464)

卒業 男 ルインズブレイド
おかん・
浪風 悠人(ja3452)

卒業 男 ルインズブレイド
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
絶望を踏み越えしもの・
遠石 一千風(jb3845)

大学部2年2組 女 阿修羅
天と繋いだ信の証・
水無瀬 雫(jb9544)

卒業 女 ディバインナイト
戦場の紅鬼・
鬼塚 刀夜(jc2355)

卒業 女 阿修羅