「残り三分ですか。中々にお早いお着きのようで」
くつくつと、虜にした少女の頬を撫でながら、片手に持つ懐中時計のような物を懐に収め視線を上げた先、陸橋の対岸に八つの人影を認め、陰々と喉を鳴らした。その間、少女はなんら反応を見せない。傍にいた他の三人の少年達も同様である。一様に瞳に意思の輝きがなく、虚ろな表情で立ち尽くしていた。
そして対岸。
燃えるような赤髪は秘めた激情を表すが如く。君田 夢野(
ja0561)は己の決意を胸に拳を握り締める。
「・・・・赦さない。ふざけたゲームで命を弄ぶヴァニタス!人質は全て俺達の手で取り戻す!」
「守護者として、救える命をみすみす放って置けないぞ!」
隣では、必ず勝利し仲間を救うと義憤に燃える獅子堂虎鉄(
ja1375)。前髪をカチューシャで上げ、金色の瞳が堂々と構える。先の夢野と親交のある若者だ。
ヴュン
対岸に異形の影を認め、睨みすえる彼らの数歩先に、待ちかねていた様に虚像が結ばれる。
「まずはようこそ、学園の皆様。此度のゲームへの招待に応じて頂き、まことに恐悦でございます」
現れたのは、執事服を寸分隙も無く着こなし漆黒の翼備える人型。慇懃無礼の見本のように一礼してみせ、出発前に聞いた録音と同じ声を放つ。
「ラーベクレエ、だな」
「左様にございます。お気軽に『執事のクレちゃん』とお呼びください」
にこやかな笑顔で肯定する。確認した天風 静流(
ja0373)は凛とした美貌に艶やかな黒髪を靡かせて冷静に思考する。
(これがゲームか・・趣味の悪い事だな)
だが不幸中の幸いとも言える。
(だからこそ、こうやって人質を取り戻す機会が巡って来たのだからね)
「・・・・(うぜぇーヴァニタスだ――いつか絶対ブチのめす)」
眼鏡の奥、双眸に敵意を持って向け、腕組みをした金鞍 馬頭鬼(
ja2735)は内心吐き捨てた。
「一体何が目的だ?」
「おや、ゲームをするのに一々目的が必要ですか? 面白そうだから、で十分かと存じますが」
虎鉄の問いに人を食った答が返る。
「人質は全員、五体満足で生存してるんだろうな?」
「勿論でございますとも」
続く答えも淀み無い。
「執事のクレちゃんは愛嬌があるね〜。だけど、女性への非道な行いも食事も阻止させて貰うよ〜♪」
ヴァニタスの姿を興味深げに観察し、おっとり口調で指を突きつけ宣言する七尾 みつね(
ja0616)。
ほんわかした少女だが、いい具合に肩の力が抜けている。その芯の強さは本物だ。ついでにたわわな胸も本物である。
「その意気でございます。期待しておりますよ、チャーミングなお嬢さん」
準備はよろしいですか――問う悪魔へ、小柄な影が一歩踏み出す。
「その前にクレちゃん、もう一度ルールの確認をさせて欲しい」
鴉乃宮 歌音(
ja0427)は女学生服の上から白衣を羽織っていた。中性的な要素を持ち幼く見えるが、大学部に通う男性である。女装は日常的なので、恥らう様子は微塵も無い。
悪魔は言葉を弄する者。わざとルールに不備を施し、利用してくるかもしれない。
「最後に。此方が勝てば人質はヒトとして返して貰えるか?」
その言葉に、他の者達がハッとする。『命を奪わずに解放する』とは、即ち『生きていればどんな形でも』とも取れるからだ。
ディアボロとして返されても困る。そうならゲームにならないからねと。
「これはこれは、信用がございませんね」
口元を拳で隠し応じる。
「とはいえご安心を。今回に限れば、それは魂を奪わないと同義でございます」
次は保障いたしかねますが、と悪魔は楽しげに嗤う。
「実にらしいね」
歌音は肩を竦め、皆もこれで良いかな?と振り向く。
「私からも一つ。ゲーム感覚で人の命を弄ぶのは実に結構。だが、些か性急ではないか?」
他の者と異なる観点で―直立歩行するジャイアントパンダの着ぐるみ姿も独特だが―下妻笹緒(
ja0544)は問う。
人質という基本に忠実な下劣さ。悪魔たる者、こうでなければと薄笑う。
「もっと時間を掛け、人質に関わりある者を集めた方がよりドラマティックだったのではないかね?」
彼の台詞に周りの数名から非難の視線が向けられるが、意にも介さない。
「確かに、そういう趣向もございます。ですがこうも考えられませんか」
もし、救出に失敗した赤の他人が無事戻った時。死者の縁者は、彼の者に対しどのような反応を見せるのだろうかと。
「――なるほど。それもまた面白い」
頷く笹緒は、被り物の下で笑みを深めた。
それら一連のやり取りを、皆の後方より無言で窺っていた子猫巻 璃琥(
ja6500)は、金髪に小柄な可愛らしい少女だが、何処か周囲から一歩離れた雰囲気を纏う。
彼女は出発前に見かけた、娘を、教え子を案じ泣き縋る教師の姿を思い浮かべていた。
(我はあーいうのには弱いんじゃよ、特に父親の涙なんて見るとにゃー・・・・)
内心、この天魔のやり口に少々キレながらも表面上は平静を保ち続ける。
「では、第一戦と参りましょう」
応じて踏み出す二人の撃退士。
「気をつけてね〜ふぁいとっ☆」
みつねの声援に軽く手を上げて応える。
一礼して嗤う虚像に導かれ、かくして遊戯は幕を上げた。
●VSガーゴイル
遊戯盤として設定された陸橋の中央。黒煙を纏い眼鏡を外した馬頭鬼と、やや後方に暗金色を纏う璃琥が構える。
二人に対して、対岸から一体の異形が大きく翼らしき物を羽ばたかせ、蒼空に飛び上がった。
「いきなり空からっすか」
滑空して彼らの上空に達したのはガーゴイル―動く石像―として有名な型のディアボロ。
急降下して繰り出す爪が馬頭鬼の急所を一突きにせんと迫る。
「舐めないでほしいですね」
頭上からの強襲に対し、まだ遠い間合いから脚甲を纏う蹴り脚が空を裂き、放つ衝撃はガーゴイルの左肩を砕く。軌道を狂わされ、天魔の爪は彼の上腕を浅く引き裂き、破壊力の殆どを地に叩きつける。
再び飛び上がり上昇せんとする天魔の右翼を、璃琥は放った薄紫の光矢で半ばから蒸発させ、体勢を崩し落下する。
そこに待ち構えるは黒煙の闘士。
「相手が悪かったっすね、ディアボロ」
丁度目の前に来るタイミングにあわせた回し蹴りが石像を胴から二つに砕き、上半身を跳ね飛ばす。
「止めじゃっ」
もはや回避行動も取れない死に体へ迸る閃光。空中で粉砕された石片が勝者達の周囲に四散した。
「見事なお手並みで」
笑いを含み、いつの間に二人の傍らに現れたか悪魔の虚像。掌を打ち鳴らす乾いた音と共に賛辞を送る。
「では、一戦目の景品をお受け取りください」
対岸より空を滑ってくる一人の少年の体を、馬頭鬼が受け止めた。
「無意味な抵抗をせぬよう、意識を閉ざしてございます。半日寝かせておけば戻りましょう」
悪魔の言葉を信じる根拠は無いが、今は確かめようも無い。
「できれば、女性からがいいんじゃが」
「左様な選択権を、貴女方に差し上げるとお思いで?」
無駄とは思いつつ訊く璃琥だが、返る言葉はにべも無い。
「ヒロインは最後に助けられる物と、相場が決まっているではございませんか」
「ふんっ、いけすかん奴ぢゃな」
ともあれ人質の一人は無事確保。己の役目を果たし二人は少年を抱え仲間達の元へ戻る。
●VSウッドゴーレム
高速で飛来する魔力を濃縮された葉。その渦中にみつねは身を躍らせる。
「よっ♪ とっ♪ ほ〜い☆」
身を反らし、跳ね、しゃがみ、口調とは裏腹な彼女の動作は正に飛燕を思わせる。動きに釣れて束ねたポニーが流れ、豊かな実りも激しく揺れる。
「参るの」
抜けた先で彼女の手から放たれる苦無は、狙い違わず木人君??の頭部を伸びた枝ごと撃ち抉る。
「流石だ!さて、これでノイズを気にする必要もない・・一気にかかるぞ!」
振り回される伸腕を身を低くして避け、
「黒の響きで震えろッ!」
揺らぎに包まれた大剣の刃は、闇に染まるアウルと重爆音を伴って深き斬痕をディアボロの胴へ刻み込む。
「さあ、俺が相手をしてやるよ!」
薙ぎ払うように伸びた天魔の脚。大剣を盾に受けた夢野は衝撃に留まりきれず、両足が地を削り後方に弾かれる。
再生しかけていた頭部の枝を、再び削り取るみつねの苦無。気がつけば、彼女は天魔の後背を取る最高の位置へ滑り込んでいた。
「みつねさん、今だっ!」
「必殺なの☆」
響奏の大剣が天魔の胴を両断し後方へ抜け、忍びの刃が首を撥ね、みつねは軽やかに地に降り立つ。
二人の間で、残骸と化した天魔が崩れ落ちた。
「やったな、みつねさ――!?」
振り向いた夢野の視線の先、同じく振り返ったみつねの服は胸元が大きく開き、際どい領域まで魅惑の膨らみが肌蹴られていた。
思わず硬直する。
「ほよ?・・あ〜、ごめんね。またか〜」
よくある事なのか、気にした様子も無く着衣を整えるみつね。
こうして無事二人目も確保となった。
●VSハーピー
「御指名かな?」
読みかけの本を閉じ、歌音は腰を下ろしていた岩から立ち上がる。
「王虎雷纏ッ!」
叫びに応え山吹色の雷が顕現、虎鉄も光纏を纏う。
「往こう、鴉乃宮殿ッ」
「はいはい」
共に足の裏でアウルを爆発させ、一気に陸橋中央へ。
上空で羽ばたきながら二人を待ち受けるのはハーピー。女性の上半身に鳥の翼と下半身を持つディアボロ。
「翼を頂く」
最も射程を有した歌音の銃口が猟銃の射撃音を上げ、アウルにより淡緑の銃弾となって的を撃つ。
『クェエエエッ!?』
右翼に風穴を開けられ一瞬高度を下げるも、滞空能力に秀でた天魔は何とか態勢を持ち直す。
「テメェの相手はおいらだぞ!」
虎鉄の放つ一矢。これも翼を狙うが旋回して避けられ、反撃にダーツの如き無数の羽根が降り注ぐ。
「守護者を甘く見るな!」
アウルを集中させ、急所に当たる羽根だけを的確に洋弓で打ち払い、掠める程度の物はそのまま流した。
「片方だけじゃ足りないか」
再び歌音の銃撃が左翼をも撃ち抜き、両翼に風穴を開けられ流石に失速、墜落を始める。
落ちてくる天魔を待ち構え、番える虎鉄の矢が眩い光を帯びる。そこに天魔はおぞましい狂声を浴びせかける。
「それが最期の足掻きか!王虎の前に楯突いた者、射殺されるべし!」
「往生際が悪いぞ」
触れるほど至近にて光が天魔の口腔を貫き、胴体を抜ける。銃弾がその胸部を撃ち抜くのもほぼ同時。鮮血を撒き散らし弾き飛ばされた天魔は地に落ち、幾度かの痙攣を見せた後に絶命する。
油断なく構えていた二人も、暫くして動かない天魔を確認し、ようやく警戒を解くのだった。
人質、三人目の確保である。
●VSトリケラトブス
順調に三戦目まで勝利を収め、しかし、四戦目に至ってその雲行きがにわかに怪しくなる。
「うおっ!?」
全力で飛び退き、ついた片手で身体を跳ね上げ立て直す笹緒。
「ここまで・・硬いとは」
息を荒げ、敵を挟み込んだ対面で静流は呟く。
古代の大型草食爬虫類・トリケラトプスを模したディアボロ。その鱗の防御能力は凄まじく、斧槍の刃は弾かれ、光の魔弾は表層を炙る程度にしか通らない。
相手は馬鹿の一つ覚えに突進を繰り返すだけなのだが、決め手に欠ける二人は巨体を避ける為に余分な動きと集中力を必要とし、長期化する状況に消耗を強いられていた。
突進にいくらかの溜めが必要らしく、それを察知して今まで避け続けられたが、いつまでも続く物ではない。
「何処か防御の薄い部位を・・くそっ」
斧槍が衝撃伝導を狙い頭部を打つが、その硬度に逆に自身の腕が痺れそうになる。ならばと腹部や喉を狙うが、外面に晒される部位には多少の差はあれ鱗が備わっており、思うほど刃が通らない。
視界の阻害を狙い撃ち出される光弾は、確かに効果を上げるもダメージとしては微々たる物。眼球を潰すほどには至らない。
そうして、長引けば長引くほどに避けられない一撃という物はやってくる。
「ぐぁっ!」
10数トン並のトラックに高速で撥ねられたらこんな衝撃だろうか。弾き飛ばされ地にバウンドする静流の体。衝撃に呼吸は詰まり、数回転して漸く止まる。
「大丈夫か、天風君ッ」
「ッ・・はぁ、だ、大丈夫・・だ」
揺れる意識を頭を振って保ち、斧槍を杖にふらつく身体を立ち上げる。いくらか受け流した筈だが、受けたダメージは大きい。彼女でさえ、後一発も受ければ持つまい。もしダアトである笹緒が喰らえば――。
そして想像は現実となる。
「――ッ!」
高々と跳ね上がる着ぐるみの身体。永遠とも思える一瞬の自我の断絶。コンクリートに叩きつけられ再び覚醒した彼は、喉奥を溯る熱い感覚を覚え、激しく咳き込む。
「ぐふッ、ッ、がは――ッ」
気絶だけは免れ、体を起こそうとするが脚に力が入らない。口元から溢れる吐血が内部で彼の胸を濡らす。
「避けろ、下妻君!!」
首を向ければ、再度突進の予兆を見せる巨体。この状態で無茶を言うと彼は唇を歪めた。
(出し惜しみ・・している場合ではない、か)
無理矢理痛みを意識の外に押し出し、アウルを高める。それに応えて彼の背後に顕現するは見事な雪松が描かれた屏風。
「おぉおおッ!」
滲み出すように周囲に生成された氷錐が突進してくる巨体に殺到し、突き刺さる冷気が蝕む。
『ヴォオオオ!?』
思わぬ痛手に軌道を狂わせ、目の前を掠めていく天魔。積み重ねたダメージからか大きなフレアの一部が欠け割れ、奥を曝け出す。
「ッ! 天風君、後ろ首だ!」
叫ぶ笹緒。彼の意を瞬時に汲み、静流は巨体の背へ跳躍、全身のアウルを燃焼させ渾身の一撃を振り下ろす。
深々と、脊椎に到達するほどの斬痕が初めて天魔に刻まれる。ここで押し切らねば後は無い。
ダメージに動きが鈍る巨体に氷錐が襲い、叩き込まれる斧刃。
『ヴォオオ・・ォオ・・・・』
断末魔の鳴声。身を震わせる天魔は重々しい地響きを立て沈んだ。
●
「いやはや、最後はいけるかと思ったのですが」
重傷の二人の元へ駆けつける撃退士達の前に、最後の少女を抱いたヴァニタスが初めて実体として現れる。
「主の名代として、卑小このラーベクレエ、皆様方の健闘を心より称賛致します」
抑えているのだろう悪魔が放つ霊威は、撃退士達をして怖気を覚えさせ、彼我の差を窺わせた。
だが彼らは、心までは退きはしない。
「君田夢野だ・・覚えていろ。いつかお前の奏でる悪夢を退ける者の名だ」
「この場では戦わぬ。が、人を舐めておれば怪我をすると覚えておれ」
夢野と璃虎が、それぞれ意を示す。
「くく・・っ、ははははっ!」
顔を片手で覆い、哄笑する悪意。
彼の前に、5歳前後の子供達の虚像が浮かび上がる。
「今、皆様が倒されたディアボロの素材、何だと思われます?」
その言葉、意味する所を知り身を震わせる撃退士達。
「ではまた、何処かでお会い致しましょう」
嗤い声を残し転移するラーベクレエ。
確かに、人質の全員奪還を果たした。
だが戦士達の胸中が晴れたかどうかは、定かではない。