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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:やや易
参加人数:6人
サポート:1人
リプレイ完成日時:2015/03/03


みんなの思い出



オープニング

 二月十四日。
この日を心待ちにする者、或いは呪詛と共に迎える者。世は様々な悲喜交々に満ちている。

 ――AM0:12。
人通りの絶えた深夜の商店街。それは当たり前のようであって、当たり前ではない。
一帯には人払いの結界がある者の手によって張られ、意図してその状況が作り上げられていた。
大地が、爆ける。
「――ッがっ!?」
受けた衝撃を微塵も殺すことが出来ず、黒装束の人影は後方に吹き飛ばされる。だが攻撃の音も、その悲鳴も、一回転しうつ伏せに地に叩きつけられる音も余人の耳に届く事は決してない。
「ぅぶ…っ」
 内臓にダメージがあったのだろう、立ち上がろうと両手で上体を起こした者の唇らしき場所から、纏まった量の液体が土瀝青にぶちまけられる。
「未だ続けますか?」
その声は、遥か高みから取るに足らぬ物を見下すような、そんな印象を抱かせる。黒装束は、怨嗟を歯軋りに噛み、憎悪と意地だけで立ち上がった。
「壬生谷分家、吾桑家当主、吾桑 利地(あそう かがち)、数えで四十七」
「…っ」
 知られぬ筈の己が身上を突きつけられた男が震える。
「これでも副業の伝手は広いんですよ」
 リィイン――。
 コーヒー喫茶『雨音』店主、壬生谷 霧雨(jz0074)は、己が店の前に閑かに立っていた。その手に剣鈴(けんれい)を携えて。
「刺客に送った若手を十数人、跡取り息子を含めて再起不能にされ、漸う当主自らお越しとはご苦労な事です」
「貴様ぁ…っ」
 膨れる憎悪、圧力さえ伴うそれは、だが彼にとって意に介す価値も無い。
「それで? 手も足も出せず、地に伏せた気分は如何ですか」
嘲りの言葉にすら、一切感情は込められていない。そう云えば相手が心を攪すと、それのみを目的にしただけである。
普段の店主を知る者が居たとして、とても同一人物とは思えないだろう魂まで凍てつく様な目差。
「巫山戯るな!貴様がそこまでの力を得たのは、我らが一族の『奥伝』を着服したからであろうが!」
 目論み通り激昂し、文字通り血を吐きながらの弾劾の言葉。それもまた何ら感銘を与えない。
「お前たちが壊した家族が、何故宗家と同じ“壬生谷”を許されていたか、知らぬ訳がない」
 血統の純度を守る為、名のある一族が親族間婚姻を繰り返すという事は古来より珍しく無い。だが相応のリスクも伴う。出産率の低下や遺伝上の異常率増加などがそれだ。
その為、分家の一つが外より新しく、強い血を入れる事を役とするようになった。それが“裏”壬生谷の成り立ち。だが流れる時代の中で何時しか“裏”は別の役目も担うようになる。外の血を取り入れると同時に、それらが持つ新しい術の知識や技術、それらを編纂、応用した新術の開発。
祖先から、永き時を歴て更新し続けた物――壬生谷の『奥伝』の管理を担う立場へと。そして当主交代の儀に、代々の宗主に開示され、宗主はそれを修める。時に功のある分家の術者に術を分け与える事も含め、そうして力関係が成り立っていた。
「現宗主に資格なし、その判断故に今も私が管理している。言い掛かりは止めて頂きたい」
「一族を放逐された分際が、賢しい口を叩くな!」

 空を切裂くカマイタチが、符より変じた式神が霧雨に襲いかかる。だが、彼の手にしうる剣鈴が眼前に一線を引く、それだけで雲散霧消して行く。
「…ば――」
「かばかしい程に弱い。学園の中等生にすら勝てませんね」
 利地が命を狙った少女…次期当主予定の“それ”にすら勝てない、と暗に諷されているに気づく。
その一瞬の思考の間に、二人の間合いが数メートルの距離まで詰まっていた。
(!?何時の間にッ)
 狼狽えながらも牽制に術を放ち、男は傷を負った身体で飛び退る。だが彼の術は先と同じく無為だった。霧雨が避けずに禦ぐ理由が、背後の店に被害を及ぼしたくないだけだという事も見抜けない。
 放たれた呪符が二又の大蛇へと姿を変え、利地の身に巻き付き、締め上げ、双頭が左右の腕に喰らいつく。
 呪力を込められた剣鈴に応え、頭上には幾本もの刀剣が顕現する。術者の意思に従い、それらは一斉に標的の身を貫き――

 刹那、夜陰から飛び出した三つの影が男と降り注ぐ刃の間に割り込んだ。

「この私闘、風紀委員会所属、巡回部38班が預からせて頂きます」
 人払いの結界を破り踏み込んできた巡回部、盾を挿頭し召還された刀剣を禦ぎきった三名の内、霧雨の正面に位置する盾の影から、凛とした少女の声が韻く。
「風紀委員会には、事の次第は届けてあった筈ですが」
「…壬生谷さん、捕縛する算段でしたなら我々も介入はしません」
 盾を蔵め姿を見せたのは、後ろ髪を高く結わえ、鈴つきの髪留めで纏めた少女。確か高等部三年の…と霧雨は記憶の中から彼女の素性を引き出す。その背後では、気を失った男を残る二人の学生が拘束して行く。
「何度も申し上げた筈です。それなのに貴方は、毎回毎回加減を知らず…今回、止めに入らなければ本気で殺し――」
「それが、何か?」
 三人の肌が、ぞくりと粟立つ。
(何?)
 無意識に後ずさる少女の胸中に、それは浮かぶ。目の前に居るのに、人間を相手にしている筈なのに。
(これは…“何”?)
 そんな彼女らの様子に、ふっと霧雨の口元が歪む。突然現れた人間らしい感情の色。だが直ぐに背を向け、店の方へと歩き出す。
「では、それの処置は風紀委員会にお任せします。正規ではないルートで島内に侵入したようですから、その辺りじっくりと尋問されるといいでしょう」
 情報屋への対価を払って頂けるなら、私がお答えしますがね…と最後に付け加え、厨房へ続く勝手口へと彼は姿を消した。


 二階。窓帷の隙間から一部始終を覗き見ていた少女が、唇を嚼む。
自分を心底嫌っている筈なのに、これまで何度も護られていた。例え学園で力をつけても、襲撃を予知する事など彼女には出来ない。
どれだけ相手より強くとも、寝首を容易く掻かれるようでは話にならない。
(嫌われているのは仕方無い…でも、感謝の気持ちくらいは伝えたい)
だが、面と対う事すら禁じられている。もし破れば、此処を追い出される。それは彼女の目的――『奥伝を次期宗主として正式に開示して貰う』為には避けておきたかった。近くに居れば、何時か距離を縮められるかもしれないのだから。
(ともかく何か気持ちの伝わる…でも何をすれば)
 学園に来るまで、完全な箱入り娘として育てられた壬生谷 篠にとって、そういった世事や機微には全く疏い。頭を悩ませながら布団に戻ろうとした矢先、目覚し時計の日付に目が止まる。
(そう云えば、クラスの方達が今日は…何かのイベントの日だと…)
バレンタインデー…、それは某お菓子会社の陰謀によって作られたリア充共を呪うべき日。え、違うって?じゃあ爆発しろ。

 早朝、いくつも掲示された依頼群の中に、また新たな依頼が一つ増えていた。
【本日中に、私にちょこれいと?なるものの作り方をご教授ください】と。


リプレイ本文


 ――二月十四日、正午過ぎ。処は中等部の家庭科実習室。そこに数名の人影があった。
「当の当日の、急な依頼を受けて頂き、本当に感謝致します」
 両手を前合わせに深々と頭を垂れる少女に、ある者は面喰らった様に、又ある者は微笑や苦笑を浮かべた。
「篠ちゃん久しぶり♪ この前のバイト以来だね」
 依頼人である壬生谷 篠が下宿する喫茶店で、以前に臨時バイトとして面識をもった天宮 葉月(jb7258)の言葉に、顔を上げた篠もまた控えめに頬笑み返す。
「はい、お久しぶりです天宮様。あの節は色々とご面倒をおかけして」
「そんな大した事してないって。あと様付けなんて柄じゃないし、普通でいいよ普通で!」
 変わらない少女の様子に、葉月はほっとする気持ちだった。あれから偶に店を覗いた事もあったが顔を見る事が無く、常駐(?)ウェイトレスの眞宮さんに聞いても言葉を濁すばかりで、気になっていたのだ。
懸案も片付いた所で、葉月は隣に立っていた男子生徒の腕を抱き込む様に篠の前に引っ張る。
「今日はちゃんと毒味役も連れて来たし、一杯失敗してもいいからね!」
「おい、今不穏な言葉が聞こえたんだが。初めまして、黒羽拓海(jb7256)だ。どうやら葉月が世話になったようで」
 拓海と名乗った少年と葉月は、所謂恋仲という奴である。
やや吊り目で細面の少年の自己紹介に、頭一つ分は高い位置を見上げてから、篠は再び会釈する。
「ご丁寧にありがとう御座います、そしてとんでも御座いません。私の方がご迷惑をお掛けしてばかりで」
 準備を始めた二人と入れ替わりに篠に声をかけたのは六道 鈴音(ja4192)と姫路 ほむら(ja5415)。共に喫茶店のマスターとは縁があり、その故から篠とも繋がりを持った者である。
「六道様、姫路様もこの度は。実の所、見知らぬ方ばかりだと緊張してしまいそうでしたので…」
 少し気が楽になりました、と小さく呟く。人見知りとも取れる表現だが、彼女の場合は実家での立場によるところが大きい。
「あはは、それだけでも受けた甲斐があったかな!あ、私も様は要らないからっ」
「俺も同じく。それに俺は丁度藤花先輩とチョコ作りしようとしていた所なんで、一緒にどうかなと」
 と、ほむらは傍らの少女に目を向ける。
「初めましてですね、姫路君の知人で星杜藤花(ja0292)です。私だと緊張させてしまうでしょうか?」
「い、いえ、そう云う事では」
 藤花の言葉に狼狽える篠。別に藤花は厭味でそう云った訳ではない、寧ろ自分のせいで篠に緊張を強いてしまっては申し訳ないと表情を曇らせていたからだ。
「あの、星杜様はなんと言うか、側にいらっしゃるとゆるっというか、いえその、と、とても穏やかになれそうな気が、します」
 しどろになって応える篠。実際、藤花を見ていると周りに「ふわゆるん」とか「ぽわほわ」とか擬音が飛び交う幻影が見えそうだった。
「そうですか、なら良かったです」
 ほっと胸を撫で下ろすように頬笑む藤花に、篠も漸く落ち着きを取り戻した所を見計らい、
「初めまして、篠。片瀬集(jb3954)だよ」
 それまで器財の準備をしながら、篠の様子を窺い見ていた集が歩み寄る。まるで何かを察ろうとする様な彼の視線に、無意識に居住まいを正した篠が応じる。
「こちからこそ初めまして。この度はよろしくお願いします」
 その反応に、少女が置かれた精神的な立ち居地が透けて見えた気がして。
(面倒だよね…色々と)
「?」
 無言で凝と見つめてくる集に、篠が首を傾げる。
「なんでもない。教えるといっても料理は人並みくらいだから、これでレシピを確認しながら教えるよ」
 言ってポケットから取り出したスマホをひらひらさせる。
「自慢じゃないけど、私も料理はあんまりなのよね。でも、レシピはばっちり覚えてきたからっ」
 集の言葉に反応した鈴音に、彼は懐疑的な視線を向けた。
「覚えてって、諳記?…ちょっと確認してもいい?」
「ふっ、私の記憶力を舐めて貰っては困るわ!どんと来なさい!」
 それから暫く、鈴音が覚えてきたというレシピの内容について集がスマホで検索確認するという一幕もあったり。

「所で依頼文を見て少し気になったのですけれど…壬生谷さんはバレンタインについては知っていらっしゃるのですよね?」
 ふと思い出したように、並んで準備をしていた藤花が篠に問いかける。
「はい、級友の方々から大まかに。後はネットの方で少々」
「なるほど〜。ではチョコレートを食べた事は?」
 その質問に、今度は暫く無言だった。
「実はその…どのような物かは存知ているのですが、未だ口にしたことは」
 旧家の壬生谷の家では、菓子といえば和菓子のみ。而もお茶会の時か、何かしら行事の時に口にする程度だった。
「そんな事もあろうかとっ!」
「ひゃわっ!?」
「っっ!!」
 まるでタイミングを狙い済ましたような、背後からの元気のいい声に藤花と篠は同時にびくんと身を震わせる。
「あ、驚いた?ごめんごめん♪ 私もあの文面見た時、星杜さんと同じ事思ってね。念の為材料用とは別に準備してきましたっ」
「は、はぁ」
 あっけに取られる篠の隣に来て、市販のチョコレートの包みを開けると、ぱきりと一欠けら割る。
「篠ちゃん、あーん」
「え、いえ、流石に自分で」
「だーめっ、あーん♪」
 葉月の押しに、暫し視線でレジストする篠。それをにこにこ笑顔の装甲で蹂躙する葉月。
(何をやってるんだ)
 そんな恋人を、呆れ顔で眺める拓海がいたり。
「……っ」
 気恥ずかしさで微り頬を染めながら、僅かに開いた唇に葉月が破片を放り込む。口元を隠して、確かめる様に味わう篠。
「…甘くて、美味しい」
「でしょ♪ これを溶かしたり砕いたりして、ケーキとかクッキーとかのお菓子に入れるの。そのままでも美味しいけどね」
 こくりと頷いてから、「でも」と篠は続ける。
「こんなに甘いと、カロリーも高そうですね」
「…あー、まぁ、ねぇ」
 人によっては本番前の試作品、その味見のせいで色々と大変になる魔性の季節でもあるのだ。主に体重計の針的な意味で。

 先ずは基本中の基本、溶かして型に流し込む尤もポピュラーな作り方を葉月が見せる事になった。
 愛用の包丁でチョコを刻み(この後練習させてみたら包丁が拓海の方に飛んで行ったとか)、それを湯煎。この時の温度管理について、鈴音や集の解説を受け、篠は興味深げに逐一メモを取る。
「これ大変だよねー」
 溶けきったチョコのボールを、温度に気をつけながら水に浸け、混ぜ続ける。こうする事で光沢も良く、口当たり滑らかに、むらの無いチョコとなる。
「それでも美味しいチョコの為…ひいては愛しい彼の為…」
「と言う割りには、なんか雑っぽいような…」
 その手元を一緒に眺めていたほむらが、思った事を口にする。
「あー…友チョコだから気が抜けてるのはあるかも」
(本命は今朝渡したしねっ)
「……」
 意味ありげな流し目を送られた拓海が、態とらしく視線を外らす。それだけで周囲の者は大体把握した。
「?」
 篠以外は、だったが。

 次の手本は藤花。
「作るのはトリュフチョコ、難しいと思われがちですけど、実際そうでもないんですよ」
 先の様に湯煎で溶かしたチョコを、生クリームに加えて混ぜ、暫く冷やす。時折へらでゆっくりと混ぜながら。
「人に贈る物ですから、美味しさもですけれど、見栄えも良くないといけないと思うんです」
 ある程度固まった所でスプーンで小分けし、手の温度でチョコが溶けないように氷水で冷やしながら丸めて行く。
 それに別で湯煎しておいたチョコをコーティングし、仕上げにココアパウダーを塗していく。
「…さっきのより、難しいです」
「ふふ、でも手間を掛ける分、思いの丈も確り閉じ込めると思えば、直に覚えますよ」
「思いを、ですか」
 藤花の言葉に、見ていたほむらも頷く。
「昨日でもない、明日でもない今日と言う日に贈られる物。贈られた人は、込められた意味や思いをきっと考える筈だから」

 それから向かい側で様子を見守りつつ、拓海とほむらも自分のチョコ作りに取り掛かっていく。
(まあ、寄ってたかってあれこれ教えても混乱するだけだろう)
 拓海が作るのはザッハトルテ、オーストリア発祥でチョコレートケーキの王様とも称される由緒正しいチョコ菓子である。そして本来、凶悪なほど甘い。だが甘すぎる物が苦手な拓海は、自身にも食べられる様に調整したレシピで作る算段だった。
(受けておいて何なんだが…どうして俺は今日という日にチョコ菓子を作ってるんだろうな)
 実家の手伝いでも無し、本来貰う側である筈なのにと胸中で語散る。一方で楽しそうに手解している恋人を眺めていると、それもいいかと思う。
 さておきザッハトルテ、発祥を遡ると所謂本家元祖争いの様な顛末に辿り着く。彼が作るのは俗にオリジナルと称される生地の間にジャムを挟む形の方だった。

「よし、できた」
 やがて上がる声に拓海は隣を見る。そして暫く、その完成品を凝視する。
「…なぁ、材料って普通にチョコ作りの材料だったよな」
「? うん、そうだよ」
 何を当たり前の事をと、ほむらが応じる。
「ずっとじゃないが見ていた限り、手順も普通だった」
「そうだね」
 こくこくと頷く少年。
「…なんでチョコムースが出来てるんだ?」
「チョコムースを作ろうとしたから」
 どや顔である。
「ああいや、その、だな」
 何かがおかしい、だが何を指摘すればいいのか。と、頭を抱える拓海の肩を、誰かが後ろからぽんと叩く。
「大丈夫、撃退士に常識は通用しないのよ」
 達観したような表情の、鈴音だった。
「その理屈はおかしい。料理は撃退士関係ないだろ」
 答える拓海に、鈴音はやれやれと首を振る。
「ほむら君、まだ材料あるから、あと何品か作って見せてあげて」
「いいけど」

「あれ、どしたのっ?」
 篠の練習が一息ついて、ふと葉月が目にしたのは、恋人が別の調理台に突っ伏している姿。
「…いや、料理って何処から来て、何処へ行くんだろうな…と」
「何それ、哲学?」


 六人がそれぞれに見守る中、篠が漸くチョコを完成させた。
「うん、そこを折って留めてラッピング完成。今度は、こっちのリボンをこう――」
「え?あ、こう?…あれ?」
 悪戦苦闘しながらも、ほむらの手ほどきで可愛らしい包装も整える。その頃には他の者も必要な分のチョコを作り終えていた。
「はい皆さん、お裾分けです」
 一通り片付け、藤花が作り置いていたトリュフを皆に配り、実習室備え付けの紅茶で一息つく事にした。
「篠さんの苗字って、雨音の店主と同じですよね。ご親戚ですか?」
日も傾き始めた頃。藤花は依頼を受けた時から気になっていた事を聞く。
「はい、一応、そうなります…」
応える間際、一瞬曇る表情を目の端に捉える拓海。
(…箱入りのお嬢様っぽいが、家の事での苦労とかしていたりするんだろうか?)
 彼自身も実家の跡目なのだが、幸いにそう云った揉め事には縁の無い家だった。
「そうですか。私も旦那様もマスターにはご縁があるので、マスター宛のチョコも作ったのですが」
 ならば一緒に航して頂けませんか?という藤花に、応える事も、拒否する事も出来ず篠は視線を迷わせる。
「篠さん、マスターとはやっぱりまだ…」
 幾許かの事情を知っている鈴音の言葉に、少女は頷く。それにほむらも表情を曇らせた。
 当然ながらそこを知らない藤花、拓海、葉月から疑問の声が上がる。だが残る一人は、ただ黙と篠を見つめていた。
 集は篠と同様に陰陽師としては古い一族に連なる。壬生谷の一族についても多少識らないではない。しかし自らの意思で決別した彼は、少女とは立場が大きく違っている。これから篠がどう道を往くのか、それに興味があったから依頼を受けたといっても過言ではなかった。
(押し潰されるのか、それとも――)
 それに、彼の店主には個人的に恩義も感じて居た故もある。

「そうですか…色々と複雑なんですね」
 流石に口外するに憚れる部分は語れず、大まかにぼかして説明したほむらに、藤花が顔を曇らせる。
「でしたら私達の誰かに言伝と一緒に渡して貰うとか、考えた方がいいのでしょうか。篠さんはどうするつもりだったんです?」
「ええと、感謝のメッセージを添えてこっそりリビングのテーブルに置いておこうかと」
「それが無難な所かもな」
「…そうね」
 顎に手を宛てて拓海が呟き、葉月も同意する。
「確かに置手紙や、誰かに渡して貰う手もあるけど…。君は満足できる?」


 冬場の日暮れは早い。すっかり暗くなった外を眺め、もうお客は来ないだろうと霧雨は考えていた。
カランカラン――♪
「いらっしゃいませ、御1人様ですね」
 だが、予想に反しての来店者。見覚えのある長髪の青年に、店主はにこりと頬笑みかけた。
「此処には1人ですけど…貴方が“怖い”と思っている人が待っています」
 謐かに、真っ直ぐ告げる集の視線に霧雨は首を傾げる。
「藪から棒ですね。私が何を恐れると?」
「少し付き合ってください。といっても厨房の勝手口の方です」
「良く分かりませんが…分かりました」
 カウンターに集を迎え入れ、厨房に向かう後ろについていく。彼が勝手口を開けると、そこに少年と少女が立っていた。
「姫路君と、六道さん?」
「今晩は、マスター!まずは、はい、これっ」
 と差し出されたのは鈴音とほむらの、そして藤花から預かった物。日付を察した店主は、ああと頷く。
「バレンタインでしたね、ありがとう御座います」
 笑顔で受け取りながら、開いたままのドアに視線を奔らせる。そこに隠れる何者かの気配に。
「あと、匿名希望の美少女から!」
 続いて差し出された箱に、しかし今度は受け取ろうとしなかった。気配に、憶えがあったから。
「あのねマスター、その子は頑張ったんだよ!一生懸命教わって、色々失敗したけどちゃんと!」
「全部、自分で作ってた。真剣に、気持ちを込めて」
 その様子に詰め寄る二人を制し、霧雨は傍らの集に声をかける。
「私がこれを恐れていると?」
「妥当な表現じゃないかもしれない。でも半端にでも、受け入れたのは貴方だ」
「…全く、御節介な話です、それにお人好しが過ぎる」
 やれやれと言う風に首を振り、霧雨は鈴音の手からそれを受け取る。
「! マスターっ」
「匿名希望と言うなら、誰かは訊いません。存在を歪められた聖ワレンティウスに免じて、今日は受け取っておきます。ちゃんと食べますよ」

「あの!」
 霧雨が背を向けて戻ろうとした時、扉の影から声が掛かる。

「…匿名の意味が無いでしょう、それでは。…何ですか?」
 立ち止まる霧雨と、隠れた少女のやり取りに固唾を咽んで見守る三人。
「わ、私は…貴方に、護られている事を知っています。だから…ありがとう、ございます」
「……」

 何も応えず、店主は店内へと戻って行った。だがその背中に拒絶は無かったと、ほむらには見えたのだった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
主演俳優・
姫路 ほむら(ja5415)

高等部2年1組 男 アストラルヴァンガード
焦錬せし器・
片瀬 集(jb3954)

卒業 男 陰陽師
シスのソウルメイト(仮)・
黒羽 拓海(jb7256)

大学部3年217組 男 阿修羅
この想いいつまでも・
天宮 葉月(jb7258)

大学部3年2組 女 アストラルヴァンガード