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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/08/16


みんなの思い出



オープニング


鐘楼の鐘が鳴る。
「アイツが一番、長生きしそうだと…、思っていたんだがな」
 黒蜜のような肌を黒い喪服に包んだ長身の女性が、紗の奥から沈んだ声音を放つ。
「でも…本当はこいつが一番、拘っていましたから」
 同様に喪服を纏う壬生谷 霧雨(jz0074)が、真新しい壌の被せられた地面を見つめながら呟く。
「…そうだな。何処かで私達はそれを解っていた。だが、気づかぬ振りをしていた。お互いに」
「学園に形見を埋めようと言った時から、或いはこの算段だったのでしょう」
「あの時から、皆、同じ事を考えていたのかもしれん」
 溜め息と共に、シアヌ・タムイ・ヌナはそう吐き出す。

“己が死ぬべき場所を”

 心の何処かで。嘗ての学園に対する天魔の大襲撃。生き残ってしまった四人。
 あの地獄の中、親しい友が、級友達が、大切な人達が喪われた。なのに、俺達はこうして“取り残されて”。
 何処かで帳尻を合わせなければ…と。痼りの様に、抱き続けていたと思う。
「何が『あとは頼む』だ。最期まで勝手気ままに逝きおって」
 俺と、シアヌ先輩、そして任務で葬儀に出られなかったミレンシャ先輩宛に残されていた遺言書。
 それと共に、あいつが――ウランクがいつも嵌めていたペアリングの片割れ。
 内側には『ケーラより愛を込めて』と英文が彫られていた。
“ケーラ・イーノ”、喪われた少女の名。ウランクの、嘗ての恋人。
 どこか山猫を思わせる、活発で、一処にじっとしていられない性格の子だった。くるくるとよく変わる表情が魅力的で。
 そしてかなり手が早く、ウランクはしょっちゅう(偶に巻き添えで俺まで)殴られていた記憶がある。
「私は数日中にまた国に戻らなければならないが…そちらは、任せてもいいか?」
「『アイツと一緒の場所に埋めてくれ』…遺す方は、気楽な物ですね。ええ、大丈夫です」
 頷くと、彼女は跪き、部族に伝わる葬送の儀を略式で行う。

『精霊よ、尊き魂、我が友、我らが朋友を、今送ります。戦場に於いて果て、その意、想い、念いを遂げし者。大いなる魂の廷に、彼の者を送ります』

 シアヌは元々、アフリカの原住部族の巫女の系譜を継ぐ。部族が文明を受け入れ、その任は形骸化して久しくも、秘儀は代々に受け継ぎ続けている。
『彼の者が求め、欲し、共に在らんとした魂。時の涯、思慕の涯、精霊と共に在りし、愛しき者へと。その道を標し、開きたまえ』


 ――日本、久遠ヶ原学園。
 てんちょが帰国してから一週間。
「……」
(あ、またトリップしてるわー)
 お昼時の忙しい時間が過ぎると、時折、いつもの微笑がふっと別の何かに変わる。ここ暫く観察していた雇われウェイトレスの玖蛇象 眞宮は、それに気づく。
(…まー、友達亡くしたばっかりだし、しゃー無いとは思うけど…うーん)
 それで注文を間違えたり、うっかり食器を落としかけたりと、ど素人がやるようなミスが増える訳でも無し。
(ああいう憂いのある表情って、見せた事無いからそそるにゃー…って、違う違うっ?! 何考えてた私っ、そうじゃなくてっ)
 思わずガンガンと手にするシルバートレイで顔面を打ち付ける彼女に、然しマスターは気づいても居ないようだった。
(重傷だなー、あれは…)
 ひりひりとする額を撫でつつ、カウンターまで歩み寄る。肩をツンツンとつついても、まだ気づかない。
「はぁ…。すぅーっ」
 溜め息のあと、思い切り息を吸い込む。
「てんちょっ!!」
「…ぁ? ああ、はい、何です、眞宮さん?」
「あのさー、今はお客さんもいないし、気晴らしに散歩でも行って来たらん?」
「…仕事中に、何を言ってるんですか」
「毎日仕事中にボーっとされるよか、なんぼもマシよ」
「……」
 彼にも自覚はあったのだろう、視線を外らして黙り込む。
「辛気臭くなるなってのは、無理だと思うしさ。でも客商売。外出て、空気吸って、ついでに若い子らと話でもして気分変えてみ?」
「それは貴女が若くな――」
「うっさいシャラップだまれ。いい?てんちょは偶には他人の厚意を素直に受けるって事を覚えるがいいよ。達観するのも程々にしないと、生きるのに疲れるだけよ」
「……そう見えますか?」
「ここんとこ、特にね」
 再び黙り込み、何かを考えるような表情を浮かべ。やがてエプロンに手をかける。
「分かりました。確かに今の私では、お客様に対しても失礼でしょう。ここは、貴女の言葉に甘えます」
「うん、よろしい」
 微苦笑を浮かべながらスタッフルームへ姿を消し、暫くして私服に着替えたマスターが戻って来る。
「では、少しの間お願いします」
「少しと言わず、気が晴れるまでぶらついてらっしゃいな。平日だし、あとは一人でもなんとかならーな」
「そう云う訳にもいかないでしょう」
「はいはい、真面目なこって。いってらっさーい」
 ドアベルを鳴らして消える背中を見送り、少し待つ。それからカウンターの受話器を取り上げた。
「…あ、うん、ちょいとした私事?で依頼あんだけどさ。てきとーに話好きの若い子とか雇えない? え、若い子限定とか無理? あー、まあ何歳でもいいや、うん」


 何処へ行く、という当ては無かった。
 だが足は勝手に商店街を抜け、先にある公園へと辿り着く。その奥に向かえば、数本の梅ノ木が栽えられている小さな広場がある。
 しかし、そこまで向かう気にはなれなかった。重りを引き摺るような足取りで、一角のベンチに腰を下ろし、模糊と空を見上げる。
「?」
 何時の間に、目の前に立つ人影。遅れて気づき、焦点を合わせると、一人の学生がこちらを見下ろしていた。
「ああ、こんにちは。む…今日は平日ですよね、授業の方は」
 つい小言を言いそうになるが、依頼から帰還したばかりだと聞き、納得する。
 それから立ち去る訳でもなく、隣に腰を下ろして色々と話を振ってきた。
 適当に相槌を打っていると、何か聞きたい事は無いか、と言う流れになっていた。
「いえ…特には…。――そう、ですね」
 何となく、本当に何となくだが、聞いてみたくなった。
「何故、撃退士になろうと思ったのですか?」


リプレイ本文

●人《だれか》を識る道

「教えてくれたのは壬生谷さん達なんです」――
 含羞む様な頬笑み。壬生谷はそれを直視出来ず、目を伏せる。


「手料理作りの依頼…ですか? しかし、君は確か」
「ええまあ…お察しの通り、帰れ、と」
 顔を見合わせ、壬生谷と姫路 ほむら(ja5415)は苦笑する。
 少年は料理がかなり苦手、という以前の腕前だと知っていた壬生谷の反応である。

 少しずつ増える会話。『何故、撃退士に?』と彼に尋ねていた。
「――そうですね。マスター…壬生谷さんとご縁が出来たのも、ここで行われる行事のお手伝い、でしたね」
 嘗ての情景を思い起こし、公園奥を見つめる。
「あの時、撃退士としての心構えが出来たのです」


 狂った、されど紛れも無き親の愛。翻弄される自身。反抗は必然となり、幼子は家を出る。
『久遠ヶ原学園』――己に覚醒た、アウルを操る能力。その素養のある者達が集う学舎であり、組織。
 外界から切り離された人工島。学園都市として生活に必要な一通りの施設があり、住居も学園寮を提供される。
 親から逃げるのに丁度良い…と。

「でも」
 あの依頼で知った、過去の事件。遺された人達が抱える、癒えきらない傷。
「俺が嘗て知っていた人達も、そうだったんだって」
一人だけ。或いは最愛の人に遺される…その痛みは、今もほむらには想像でしか及ばない。
 目の当たりにした人達は、それを抱えて生きていた。
 仮面を被り、時に盲目的な狂信に囚れて。
「そんな人達が、再び何かを喪う事になってしまったら」
 今度こそ、取り返しのつかない程に壊れてしまうのではないか。
「だから俺はどんなに危険な状況に置かれようと、生きて帰るんだって…誓ったのです」
 総ゆる手を使ってでも。自分を大事に、大切に想ってくれる、皆と一緒に居る世界に。
「その為に、もっと学んで行かなきゃって」
届いた人の心を傷つけない、幸せを壊さない、その為に。

「私は人に何かを教えられる人間じゃない」
 ほむらの言葉に、彼は瞑目したまま動かない。
 だが、言うべき事は全て伝えた。だから。
「さてと…っ、失敗のリベンジに、料理本を買いに行くのです!ではまたっ」
 少年の背が公園から見えなくなって暫く、壬生谷の足は、商店街へと向かっていた。

●歪で一途な愛《のぞみ》

「そうですね…愛おしいから、でしょうか」――
人の心は、言葉にすれば複雑怪奇。だが想いは至極単純で、故に理解し難くもあり。


「あの〜…どうか、なさいましたか?」
 はたと気づく。何時の間に物思いに耽り、立ち止まっていた。
「いえ、大丈夫ですよ」
 だが、彼の何かに憑かれた様な表情にテレジア・ホルシュタイン(ja1526)は一瞬眉を寄せ、そして包み込むような微笑を向ける。
「…少し、お話しませんか?私で良ければ、お聞きしますよ」

「撃退士になった理由、ですか」
 戸惑う彼に様々な言葉をかけ、反る答えを増やして行く。
並んで商店街を歩き、やがてそこを抜けた時。訊われる。

 ――この日常が愛おしい。共に笑う友が、仲間が愛おしい。
 故に守りたい、尽くしたい。そう想ったのだと。

 そして天魔もまた、同様に愛おしい『日々』の一部であると。

 今度は壬生谷が眉を顰め、まじまじと少女を見つめ。
「人が動植物を糧にするように、天魔もまた人を糧にしているのだろう」と。
 道理としてはそうだ。だが、それを『愛おしい』と受け入れられる人間が、本当に在り得るのか。
「だからといって平伏す心算はありません。でも、手を取り合えるのならこちらから手を差し伸べたい」
 それは希望であるし、願いである。そして裏を返せば彼女の『欲望』とも曰える。

 ――Amantes amentes(愛する者は正気なし)――

(確かローマの劇作家でしたか…そんな言葉を残していたのは)
 昔、何かの本で読んだそれがふと思い浮かび、再度少女を見つめる。
 そこに見えるのは、透徹した、言い換えれば度を越した想念、博愛。誰しもが真似できる物ではなく、摸しようとして出来る物でもない。
 だから、

「愛おしさだけで全てを受け入れられたなら…私は此所に居なかったでしょう」
 自身の始まりを思い返しb壬生谷はそれしか返す言葉を有てなかった。

「…と。依頼の直後だから体を休めて置けと言われていたんでした」
 そういえばと微苦笑し、テレジアは軽く頭を下げる。
「お話を聞くつもりが、つい長々と話してしまいましたね。申し訳ありません」
「いや、こちらこそ」
 互いに会釈し、別れる。離れて行く二人の距離は、互いの在り方の距離にも見えて。

●取り戻した想い《ねがい》

「…初恋、だったんです」
 大切な宝物を、言葉に。


「壬生谷、さん…?」
 大襲撃後に立て直された校舎は、嘗ての面影を遺しては居ない。
 喪われた物を、透かす様に校門から学園を眺めていた壬生谷に、おっとりとした声がかけられた。
「?…何処かで、お会いした事がありますか?」
 下校中らしい少女の進路から反射的に身を退きながら、何故自分の名前を知っているのかと疑問が口に出る。
 或いはいつかに店にいらしたお客様かと、
「いえ、私は直接は…でも、うちの旦那様からお話は窺っていましたから」
「旦那様…。失礼ですが、お名前をお聞きしても?」
「はい、星杜 藤花(ja0292)と申します」
 その姓を聞き、漸く合点がいく。
「ああ、では貴女が彼の――」
 以前、バイトとして雇った青年。面接の時に、住所関連から同棲ついて聞いた記憶があった。
「…どうかなさったんですか?」

「撃退士になろうとした、理由…ですか?」
 初対面の少女に行き成り不躾な質問だと、普段なら控えただろう。だが今の壬生谷に、それを慮る心の余裕がなく。
(…依頼人がどうにかしたいと思うわけですね)
 その様子に、藤花は憂いが少しでも晴れるならと、言の葉を辷らせる。
「はじめはとても安直で――」
 適正があった事実を知り、出来る事があるならと。
 だが性格的に戦いは苦手な彼女に、撃退士の在り方は戸惑いの中にあった。

「壬生谷さんは、旦那様の事をご存知なんですよね?」
「…ええ、ある程度は」
 雇う人間については、副業である『情報屋』として信用が置けるかどうかを事前に調べている。
「わたし、幼い頃に旦那様とは家族ぐるみの付き合いがあったんです」
 尤も、会ったのは一度だけ。
 だが彼のご両親が失くなり、彼が孤児となった時、幼心に受けたショックでその事を忘れていました。
「もしかしたら、それが無意識下でずっと引っかかっていて、決意させたのかもしれません」
 でも再会して、思い出して。
「もう二度と喪いたくないと、ずっと願っていたのかなって…そう、思うんです」

「私の理由、ですか…」
「はい」
 逆に問い返され、壬生谷は自嘲の笑みを浮かべる。
「…壊したかったから撃退士になったんです」
 姉を略った者達を、一族の柵を。だが、それは姉自身に拒絶された。
「過去形なんですね…。では今もこの島で暮らしているのは、何故ですか?」
 暫く、遠く学舎を眺め。
「昔、言われたんです。『一緒に見守っていこう』と。…残骸を引き摺っているんですよ、多分」
 遠い日の少女の面影。だが時は過ぎ行き、現実がそれをすり減らしていく。

 やがて『息子を迎えに行く時間なので』と言う少女を見送る。
 あの若さで?と一瞬驚いたが、何かの依頼で引き取られた赤子の情報を思い出す。
(…彼が引き取っていたんでしたね、確か)

●維いだ縁《まごころ》

「…復讐の為。私の大切な家族、町の人達、全てを奪った冥魔が憎かったから」
 暫くの無言の後、少女は淡々と呟いた。


(俺は結局、追憶に縋りたくてこの島に残っていただけだ)
 他に理由がなかった。生きる理由が。
 出逢った生徒達は、皆、抱える物は違えど前に進もうとしていた。
 比べて、なんと女々しいのか。
「良いお天気ね。日向ぼっこ?…には暑いか」
 高等部の校舎を見上げる中庭。自嘲に没む壬生谷の背にかけられる声。振り返ると、長く編みこんだ髪を下ろした少女が笑いながらこちらを見ていた。
「ここ、風通しがいいの。お隣如何?」
 何時の間に、休憩時間になっていたらしい。
「いえ、私は…」
 ふと、少女が手にしている本に目が留まる。
(…彼女もよく中庭で読んでいたな…)
 込み上げる懐旧に、結局断りきれず壬生谷は少女から若干距離をとり、木陰に腰を下ろしていた。

「お兄さんも休憩?」
「まあ、そんな物です。普段は商店街で珈琲喫茶をやっていますが…」
「あ、そこ友達がバイトした事あるかも」
 蓮城 真緋呂(jb6120)と名乗った少女に聞かれるまま。


 表情の消えた真緋呂に、触れてはいけない場所に牴れた事に気づく。
謝罪に口を開きかけた時、彼女は続ける。
「何もかも喪った、何も残っていないと思った」
 だが残された物があった。アウルを操る力。
「冥魔を倒す、その為に撃退士になった…最初は、ね」
 無表情が、穏やかな微苦笑に変わる。
「――友達が『これから拾っていけばいい、沢山拾って、護れなかったけど無駄じゃなかったって証明すればいい』って」
 学園で出遇った、新しい友人。新しい思い出。それは凝り固まった彼女の心を解かしていった。
「一緒に拾っていこうな、って言ってくれたの。今までの努力は、未来を変えている、とも」
 それからは単なる復讐じゃなく、撃退士だから変えていける未来を探そうと。
「そう思うようになったんだ。実感は…まだあんまりないんだけど」
 少女が足元の雑草の蕾に手を添えると、掌の中でそれは爆ぜる様に花開いた。
「こんな風に、小さくても未来に花を咲かせていきたいから」
 桃色の小さな花。花言葉は『真心』。
「……」

 休み時間終了のチャイムに、立ち上がる。
 別れを告げ教室に急ぐ真緋呂。その内に、自ら口にした気持ちを改めて刻み込んでいた。

●望みたる縁《かぞく》

「素質があったから…ですが」
 少し考え、彼女は付け加える。
「学園に来たのは…『家族』を作りたくて…ですかね」

 再び戻ってきた公園。今度は迷いなく、その奥の梅ノ木の広場へと向かう事が出来た。
 しかし、そこには先客の姿があった。
「こんにちは」
「…こんにちは」
 遺品を埋めた梅ノ木、その前で何か物思いに耽っているようで、模糊と佇む一人の女性。
 彼女の居る前で遺品を埋める訳にも行かない。とりあえず、挨拶を交わしてみた。

 任務が予定より早く終わり、散歩をしていたというリコリス=ワグテール(jb4194)に、気がつけばあの質問を投げかけていた。
「私、母が日本人なんです」
 そして顔を知らない父…がイギリス人。母を没くしてから父方に引き取られた時には、アウルに覚醒ていた。
 やがて学園に入学する事になった彼女に、富豪である彼女の大祖父が島の一角の土地を買い、屋敷を建て彼女に与えた。
「その時言われたのです…『家族を作ってみないか?』と」
 彼女にとって、家族とは則ち『母親』だった。
「私、家族とかあまり知らないのですが…『母親』というものに、なりたくて…」

 リコリスは与えられた屋敷を学生寮として開放し、そこで暮らす寮生の食事の用意や、掃除、洗濯…詰まりは寮母のような役を勤めていた。
「皆が帰ってきて、ほっとする場所を作っておきたいのです。…私には、あまり縁がなかったですから」
 得られなかったが故の代替行為だと、自覚している。
 唯一の直系である彼女にとって、自由が保障されているのは学園に通う間だけだろう。
 学園への入学は、大祖父が気を利かせてくれた最後の自由だと。
「すみません、くだらない事を長々と…。そろそろ帰りますね、皆が帰ってきてしまいますから…」
 丁寧にお辞儀をし、リコリスは立ち去った。

 見送った後、壬生谷は木の根元から小さな櫃を掘り起こし、そこにペアリングを揃え埋め直す。
「…家族、そんな物に何の意味がある」
 忌む私と、望む彼女。両者に違いがあるとすれば――

●感情《おのれ》を識る道

「…すみません、なんだか良く分からない話になっちゃいました」
 誤魔化すように、少年はカップに口をつける。


「いらっしゃ…なんだ、てんちょーか。おっけーりぃ」
「すいません、直ぐ戻るといっておいて」
「いーよいーよ。お客さんだって、この子一人だけだったし」
 カウンターで何かに集中する人影を示す眞宮。長い黒髪の青年が、それに気づき壬生谷に会釈した。
「いらっしゃいませ。…眞宮さん、休憩してきてください。後は私が」
「お、りょーかい」
(ふーん、出て行く前よりはマシな顔になってるじゃん)
 マスターの顔色を見た彼女は、胸中で満足げに頷くとスタッフルームへと向かう。その途中、
(んじゃ、後はヨロシク)
 と実は依頼を受けた一人、片瀬 集(jb3954)に小声で囁いて奥へと姿を消した。
(珈琲飲むついでで丁度良いと思って引き受けたけど)
 考えてみると自分の事を話すのが苦手な集は、如何切り出した物か思いつかず、取り敢えずレポートに集中しながら考える事にした。

「それは…新しい術式ですか」
 カウンターで一頻り洗い物を終えたマスターから話しかけられ、故にほっとする。
「うん、面倒くさいけど。得意な分野ってこれだし」
 同じ陰陽師として話も合い易く、自然と会話は増えていった。

「何で撃退士に…ですか?」
 訊われ、改めて考える集。今まで、それを深く考えた事はなかった。
 自分に備わった力があり、生活する為に資金が必要だった。その為に利用しただけで。
 誰かを護ったり、何かを倒したいとか、大層な理由は持ち合わせていない。
 有るとすれば、自分の為、生きていく為に。

「俺はあの男が嫌いだった」
 なのに気づくと、そう吐き出していた。
家の為、それだけの為に自分を鍛えた父。
 奴の為に、そして家の為に力を使ってなど一度もやらなかった。

 此所に来る前、一つの事件が一族内で起きる。宗主の暗殺未遂。
 分家が行った愚行に過ぎなかったが、そこに彼は利用価値を見出した。
 罪を自分に擦り付けるように連中を誘導するのは、特に難しくもなく。
 親殺し未遂による一族放逐により、思惑通り、晴れて自由の身を手に入れた。そして母方の旧姓を。

 そして学園に来て、他の学生等を凄いと思った。
 戦う為の理由を持っていたから。
 自分の為…というのも理由には違いない。けれど、それ以外の為に力を使える彼らを、いつしか羨む様になっていた。

「でも、俺には同じ真似は出来なかった」
そして己の内にある『憎しみ』の重さに気づく。
 虚ろだった筈の自分、だがそこに積もり続けた父への恨みが、凝り固まって。
 歪だった感情は、更にその重みで歪さを増した。

「聞かなかった事にしておきます」
 差し出される皿に盛られた、クッキー。サービスですと頬笑むマスター。
「そーしてくれると助かる。自分でも何言ってるんだか…」
 微苦笑し、一枚を口の中に放り込む。珈琲に合わせた控えめの甘さが、舌の上に広がっていった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: −
重体: −
面白かった!:4人

思い繋ぎし紫光の藤姫・
星杜 藤花(ja0292)

卒業 女 アストラルヴァンガード
絆繋ぐ慈愛・
テレジア・ホルシュタイン(ja1526)

大学部4年144組 女 ルインズブレイド
主演俳優・
姫路 ほむら(ja5415)

高等部2年1組 男 アストラルヴァンガード
焦錬せし器・
片瀬 集(jb3954)

卒業 男 陰陽師
撃退士・
リコリス=ワグテール(jb4194)

大学部6年213組 女 インフィルトレイター
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA