先遣として天魔の足止めを担っていたのは、六名からなるチームだった。
「チィッ!」
飛来する火球を大剣で叩き落とすように陵いた青年は、飛び退り仲間の忍軍と背中合わせに構え直す。
「まだなのか!」
「連絡はあった、間も無くの筈だ。皆、もう暫く陵いでくれ!」
リーダーである彼の声に、各々が応じる。この天魔、『レッサー』は自身が有利な状況であれば嵩に掛かって獲物をいたぶる習性がある。
それを利用し、彼らはあえて六名で十五の固体を相手に奮闘していた。目的は時間稼ぎ。
他の目撃地点に向かった別班がこちらに合流するまでの。
●
平時の休日には、近くの街から子供達や家族連れなどが利用する運動広場。
そこを囲む林の北面を隠れ蓑に、展開される戦闘を息を潜めて窺う複数の影がある。
《準備完了です。皆さんは?》
双眼鏡を片手に、学園より貸与されたヘッドセット型の無線に呼びかけるのは、学ラン姿の幼さを残す風貌の少年、鈴代 征治(
ja1305)。
近場には同班の亀山 淳紅(
ja2261)と雪之丞(
jb9178)の姿もある。
そこから幾らか距離を開け、同様に神谷春樹(
jb7335)、六道 鈴音(
ja4192)、クレメント(
jb9842)の姿があった。
さらさらとした柔らかそうな茶髪から覗く青い眸で、春樹は天魔の位置を確認しつつ、他の二人が頷くのを確かめ返答を返す。
《こちらもOKです。いつでもどうぞ》
征治が、手にするオイルライターを灯した。
●
キュウウゥゥーパパパパッッ!!!
天魔達の後背に、突如として林から飛び出す何か。笛の様な音が響き渡り、更に連続する炸裂音。
『グギッ!?』
「!」
びくりと、数匹が反応し背後を振り返る。その正体は、導火線を延長した束ねられたロケット花火。撹乱の為に征治が仕掛けた物。
《GO!》
それを合図に、広場の北と南の林より彼らは飛び出し、一気に天魔との距離を詰める!
ゾンッ!
白輝を纏う槍刃が、虚を衝かれた天魔の右胸部を斜め下から突き上げ貫く!
『グジャアァッ?!』
「ふっ」
吐き出される呼気と共に、健脚を以ってなる震脚が地を踏み抜く刺突、その衝撃は天魔の巨躯を浮き上がらせる。
「〜〜〜〜♪」
少年の後方より、韻く歌声。
『―――!!』
マイク型の魔具により魔力の衝撃波と変換された淳紅のメゾソプラノが、絶叫ごと飲み込みそれを塵へと還した。
「先ず一つ」
《征治さん、右一時、三時、左十時が魔法起動。狙われています》
黒髪長身の涼やかな顔立ちの少年が、その背に光の翼を顕現させ、空を舞う。上空より戦場を俯瞰するクレメントの警告とほぼ同時、天魔三体が征治に向け掌より火球を放つ!
「了解です」
逆巻く髪の下で無表情に答え、柄より離れた征治の左手が動く。
ヒュゥッ
風切り音、それを追う様に征治の目前に迫った火球が次々と爆裂。瞬間的に具現化した透明なワイヤーがそれらを薙ぎ払った。
衝撃は防ぎ切れないが、直撃とは比べ物にならない軽微な物。
『ジャアッ!』
上空のクレメントを見上げ、一匹がその翼を広げ舞い上がる。
ドドッ
『ギイィッ』
その肩に、翼を模ったクロスボウより放たれた矢が突き立ち、天属を帯びたそれは魔属を怯ませる。
「互いに天敵、未熟な私の一撃でもそれなりに効くでしょう?」
体勢を立て直し湾曲刀で切りかかってくる天魔に、得物を白銀の穂槍に換装し、地上に押し戻す様に突き下ろした。
タンッ、タンッ
『ガァッ!』
『ウギッ』
二体の天魔が、顔面を押さえ仰けぞる。春樹の手にする小径の回転式拳銃より、放たれたネフィリム鉱の弾丸がそれらの眼球を正確に射ち抜く。
その間隙を縫って別の一体が、魔力を宿す視線で彼を捉える!
ゴウッ
『ジャハァ!?』
次の瞬間、その天魔に火球が爆けた。
「炎が得意なのはそっちだけじゃないわよ!」
春樹の後方より、艶やかな黒髪を靡かせ、一撃を放った体勢の鈴音が言い放つ。
受けた強烈な魔力の一撃に蹌踉めく天魔、その懐に白銀を揺らし赤き双眸が辷り込む。雪之丞の手により振りぬかれるは、少女を魅入りし妖しき刃。
紫焔を纏う斬!目にも留まらぬ剛穿が、獲物の命数を断つ。
傷口より飛び散る鮮血を浴び、刃がぬらりと赫いた。
●
「来たか!」
援軍の到着に歓喜を浮かべ、先遣班の青年が声を上げる。
「我慢はここまでだ!在庫一層総浚い、出し惜しみ無くぶっ放せ!」
「「「「「応!」」」」」
これまで足止めでフラストレーションを溜めていた彼の仲間達が、温存していた技を一斉に繰り出し、瞬く間にこちらも二匹を征する。
『ジャウッ、シャアアッ!』
一転して三方より攻められる側に転じた天魔。数の上では十二対十一、継戦すべきか逃亡すべきか、逡巡を見せる。
「逃がさないわよ!」
その様子を見て取り駆け出した鈴音が、尤も至近に居た二体に術を解き放つ!
「暗闇に落ちるといいわ。六道冥闇陣!」
包み込むように現れた黒い霧が如き陣に囚れ、瞬く間に眠りに落ちたそれらが地に伏せる。
「まだ付き合って貰いますよ」
一体に挑発を放った征治が、さらに複数体の注意を惹き付け、自身の周囲に誘きよせる。
一度、痲痺の魔力に捉えられるものの、仲間の援護され事なきを得た。
「…っ」
僅かに身を震わせ、雪之丞が身を屈める。その背に顕れるは、彼女の半身に流れる魔属の血に宿りし、冥き翼。
初めての飛翔への不安を押し殺し、少女は己の翼を羽ばたかせ、空に舞い上がった。
クレメントと共に旋風の魔術で一体を屠った淳紅は、密集した天魔を見やり声を張り上げる。
「でかいの一発いくで、巻き込まれんと注意してや!」
駆け出す彼の足元を包む、魔力より編まれた五線譜。それにより得られた脚力を用い、一気に跳躍する。
「なるほど。皆、なるだけ敵を一箇所に集めるぞ!」
意図を察した先遣班と征治、春樹が協力し、先に眠らせた二体の側に更に六体を追い込む。
天上に朗々と響き渡る独唱(Cantata)。幻影として浮かび上がる楽団、その中央に浮かぶ淳紅の歌は、美しき殲滅の楽となって天魔に降り注いだ。
●
二体がそのまま絶命し、残る六体を先遣班と征治が止めを刺していく。
最早、如何足掻いても不利と、残る五体は生存本能に従い次々と翼を広げ、飛翔し始める。それらの内、尤も離れた三体に、春樹は換装した狙撃銃を構え、実体無きアウルの弾丸を次々に撃ち込んでいく。
「このっ!」
その内、尤も行動の晩かった者を鈴音の魔術が捕らえる。空間に湧き出すように召還された無数の何者かの腕、それらが天魔を搦め穫る。
「…逃がさん」
「通しませんよ」
逃走を予測して待ち構えたクレメント、雪之丞が、内二体の前に巡りこみ逃走を阻む。
更に一体の翼が、地上よりの光輝を纏う弾丸により消し飛び、墜落。別の一体も最高度に達する前に淳紅の魔法を背に受け、翼を失っていた。
「“首輪”がある内は、どこに逃げようと無駄です」
それらを確認した春樹は、落下した固体への止めを鈴音に任せ、残る一体を追って地上を疾走する。
「落ちろ」
慣れない飛行をこなしながら、雪之丞は数合、天魔と斬り合う。傷を負いながらも、どうにか擦れ違いに一閃が天魔の片翼を切り落とし、それは錐揉みして地に叩きつけられた。
「残りは」
《北西です!》
落下位置を仲間に知らせ、旋回、無線で知らされた方角に捉えた別の一匹へ少女は追い縋る。
ボンッ!
「くっ!」
直撃する火球に、クレメントは全身に気を張り巡らし陵ぐ。アウルの刻印を一時的に刻んだ肉体は火傷には耐えるが、ダメージそのものが無くなる訳ではない。
(…? またあの声が)
最中、この公園に着いた直後に聞こえてきた声…いや、肉声ではない思念が再び届く。
尤も、意味のある言葉としてではなくなっていたが。
(気にはなりますが…今はこちらが優先です)
背の翼を打ち振るい、炎を突き破った少年は体当たりする様に躰ごと天魔に槍の穂先を叩き込む!
その直下に、魔力を編み上げる淳紅の姿があった。
●
最後の一体、雪之丞が追う固体は全力で公園外へ逃れ様としていた。
(…このままでは追いつけない)
徐々に引き離されていく両者の距離。少女は一か八かの賭けに出る。機動力を捨て、全速で天魔の背後に迫る!
「――!」
だが、それを待っていたかのように天魔はその掌に火球を産みだし、背後へと放つ!
(避けられな――っ)
直撃を覚悟し体内のアウルを振り絞ろうとした刹那、迫っていた火球が突如爆ける。
《危ないですよ》
無線から届く、苦笑。地上からその射撃の腕で火球を射ち抜いた春樹だった。
「…助かった」
《どう致しまして。それより、他は全て片付いたそうです。こちらも手早く済ませましょう》
「分かった」
それから間もなく、このエリアからすべての天魔が駆逐されたと言う報告が、学園に届けられた。
●
「さて、これで任務完了だな」
両班は再び広場に集まり、互いの状況を確認する。先遣班にいたメンバーは治癒術を使いきっていた為、クレメントと春樹、それと征治で取り敢えず傷の深い者の応急手当を行う事にした。
「なぁ…ちょっとええ?」
「うん?」
一息つく皆を見回し、淳紅が手を上げる。
「さっきの声…ていうか、この公園に来てから、皆にも聞こえとったんちゃう?」
「…ああ、『アレ』か」
頷く先遣班のリーダー。彼も気にはなっていたと返す。
「肉声ではないですね。聴覚では捉えられなかったから」
詰まりは精神感応、人ではない可能性が高いと春樹。
「多分だけど、あっちからじゃないかな?」
小首を傾げながら、鈴音が直感に従い、西の方を示す。任務受領時に知らされた情報では、ちょっとした規模の池があるらしい。
「私もそちらからだと感じました」
上空から時折気にしていたクレメントもまた、彼女が示した方角に頷く。
「そのままにしとくには不思議やし、何や寂しそうな声やし…いっちょ探しに行きましょう」
しかし、先遣班は提案に難色を示す。
「今の僕等は負傷者を抱えてる。確かに気に掛かるが、不測の事態が起きた時対応しきれるかどうか…」
「ですが、見逃して後で付近の街に何かしら被害が出る可能性を考えると…確認だけはしておいた方がいいのでは?」
対処が必要なら、学園から代替戦力を送って貰い引き継ぐ事も考えるべき、と征治。
(…なんだか不気味だな)
率先して意見する事はなかったが、雪之丞も胸中で呟く。
「ふむ…確かに何もせず放置は拙い、か」
相談の結果、学園に追加調査の必要性を提案。学園は即応できる戦力を集める間、現地の両班に『無理をしない範囲』での調査を認めた。
●
《池の南東側、不自然に樹の枝が折れている箇所がある》
上空から探索していた雪之丞の報告に、一同がその付近へと集まって来る。
「暫く前から声しなくなってるけど…もう居なくなってたりして」
「或いは警戒して潜んでいるか、最悪は意識が無い状態…死亡の可能性も」
皆で深重に周辺を調べながら進む中、小声でそんな会話が交わされる。
「前方、その潅木向こう側付近…動かない何かが居ます」
生命探知を行っていたクレメント、その効果範囲内に、不自然な反応が掛かる。これだけの人数が近寄れば、大抵の小動物は警戒して逃げるのが普通だ。
「…天魔かどうかは、判別できません。こちらは私の力不足ですね」
異界認識の術を起動していた少年が、諦めた風に頭を振る。この術は、相手との力の差がありすぎると効果を発揮しない。
詰まりは、その相手は一般人から見れば超人である撃退士よりも力がある存在、と言う事になり。一同の警戒心が一段と上がった。
「でもこうしとっても、埒があかんやろ」
「そうですね!ここはもう、あたって砕けろの精神で!」
「あ、おい待て!」
判断に迷う中で、思い切りのいい二人、淳紅と鈴音が意を決して潅木を回り込んで行く。
そして――
「大丈夫…みたいですよ」
暫くして、ひょいと戻ってきた鈴音に手招きされ、全員がそちらへと向かった。
●
「…子供?」
そこに居たのは、男とも女ともつかない中性的な顔立ちをした子供。
完全に意識を失っているのか、今は淳紅の膝の上に頭を載せられ、無地の浴衣を布団の様に躰に掛けられていた。
その具合を計る様に、少年は子供の額に手を抵てている所だった。
「…なんやろ」
「どうしました?」
訝しげな淳紅の声音に気づき、征治が尋ねる。
「いや、実は今、何か分かるか思てシンパシー使ってみたんやけどな」
「ああ、あの記憶を覗く。…何かおかしい情報でもありました?」
いや、と頭を振る淳紅。
「理由は分からんけど…多分ここ三日の記憶が、この子には無い。真っ白、というよりは…靄が掛かって何も見えん状態というか…。唯一つ除いて」
「唯一つ?」
少年は頷く。
「『探さないと』っていうフレーズだけが、強くのこっとるみたいなんや」
一時間後、学園より派遣された調査班に謎の子供を引き渡し、彼らは学園へと帰還する事になる。
何故、あんな場所に居たのか。何を『探さないと』いけないのか。判然とせぬ疑問を残したままに。