【雨音】の臨時アルバイト_五リプレイ
●シルヴィアと葉月
(喫茶店のバイトする事になるなんてね…思い出しちゃうな)
恋人である少年の実家も喫茶店だった。そこの雰囲気を思い出し、懐かしさに天宮 葉月(
jb7258)はくすりと笑む。
(彼に教えてあげたら、喜ぶかな?)
とそこまで考えて、ふるふると軽く頭を振る。
(ダメダメ、仕事中に雑念は)
「すいませーん」
「あ、はいっ」
と、傍らをと小さなメイド姿の少女がすれ違う。その緊張した面持ちが気になり、隣の卓の食器を片付けに向かいながら注視しておく。
「お、おまたへっ…ひまひた」
若干の、涙声。
「今咀んだよね舌。大丈夫?」
「だい、じょうぶです。あの、ご注文を、どうぞ」
(あらら、物凄い上がってる)
お客にまで心配される様子に微苦笑を浮かべながら、少女を追う様に葉月も戻る。
「篠ちゃん」
「ひゃ、あ、いえ、ははいっ」
後ろから声を掛けられ身を竦ませたのは、店の二階に下宿しているという中等部の少女、壬生谷 篠。
店長と同じ苗字だから親戚か何かなのだろう程度に葉月は認識していた。
「そんなに緊張しなくていいんだよ、ここのお客さん、皆優しいじゃない♪」
「わかってるんですけど、なかなか…それにこの格好、どうにも落ち着かなくて…」
恥ずかしげにトレイで顔を匿す篠に、
「あー、着慣れてないと、多少はかもね」
思わず笑いながら、葉月も自分の姿を見下ろす。
二人が纏って居たのは、俗にメイド服と呼ばれる物を模した服。それも拘って仕立てられた英国メイド風。
因みに良く知られるメイド服の形は、厳密には当時のメイド達の午後用の服である。
それはともかく、時は開店前に遡る。
「葉月ちゃんも篠ちゃんも特に希望がなかったから、シルヴィアちゃん意見を採用したよーん♪」
はい、と更衣室で眞宮から手渡された衣装一式。
「わ、メイド服だよ!」
「メイド…とは、たしか奉公人の事ですよね」
広げてためつすがめつする葉月に、時代がかった呼び方をする篠。
「英国では未婚の女性、則ち乙女が花嫁修業にもなるという事で奉公に出された職なんです」
言いながら、シルヴィア・エインズワース(
ja4157)は、スカートのドレープを整え、腰に大き目の白いリボンを巻きつけ、背中で結ぶ。
「着方は分かりますか、シノ?」
「いえ…洋服はあまり着ないもので…」
必要でない限り公私共に和服だった篠は、学園でも制服以外は総て着物を身に付けていた。
「では、少し待っていて下さいね」
手早くリボンタイを結び、金糸の様に艶やかな髪を軽く纏め、ヘッドドレスを整える。すらりと瀟洒に着こなすシルヴィアの姿は、とても綺麗だと篠には思えた。
「ハヅキは?」
「ん、私は大丈夫だよっ」
「わかりました。ではシノ」
「あ、はい…お願いします」
そんな三人を、ほくほくと携帯で撮影している眞宮が居たとか居なかったとか。
「いやー、可愛いメイドさん三人もなんて、眼福眼福〜♪」
それからの仕事は、特に大きな問題も起きず。採用時に聞いていたとおり、そう頻繁に来客もある訳でなく。
「温かいミルクはいりますか?」
午後のコーヒータイムに訪れた近所の商店のマダム達に、朗らかな笑顔で紅茶を勧め押し切ったシルヴィアだったり。
意外と好評で、そのまま紅茶談義になったりと。
「あの、これお茶請けにどうかな? あ、試作品なので御代は結構だよ!」
眞宮に許可を取り、葉月が厨房で拵えたサクランボとライチのタルトを試食して貰ったりと、賑やかな時間も。
「へえ、霧雨ちゃんにこんな大きな姪っ子さんがねぇ。一つ屋根の下で、間違いが起きたりしないのかい?」
「大丈夫ですから、あの、そろそろ仕事にもど」
「まぁまぁ、ほら、お菓子あげるからもう少しおばさん達とお話しましょうね、篠ちゃん♪」
噂好きの彼女らに捕まった篠が、根掘り葉掘り餌食になって疲れ果てるといった一幕も在ったが、概ね平和であったといふ。
●よしk…フレイヤと鈴音
「…ほほう」
「ふっふっふ」
不敵な笑みでフレイヤ(
ja0715)が差し出した書面に素早く視線を走らせた後、眞宮はにっこりと笑みを向けた。
「…何かおねーさんに言いたい事はなーい?ミス・フレイヤ」
曰く“料理力はパティシエ並、掃除力はメイドを凌駕、接客力なら男客なら私の虜☆”という記載に対して。
「フッ、そんな物あるわけ…あるわけ」
フレイヤの口元が震え、若干額に汗が光る。崩れていく仮面に、眞宮は漫然と笑み続けた。
程なく、二人が挟み向かい合うスタッフルームの卓の上に手をついて、頭突きせんばかりに頭を下げる。
「白状しますとそれ全部嘘です御免なさいお金欲しいので雇って下さいお願いします!」
息継ぎを挟まず一気に言い切り、恐る恐る見上げてくる彼女に眞宮は苦笑を向ける。
手近に置いてあったファイルの一つを持ち上げ、
「よしk…貴女って、以前にもここでアルバイトしてるわよね?」
「え?あ、はい」
募集時に参考にした記録簿に、彼女の名前を見た覚えが在ったのだ。ソウルネームがどうとか言う注釈と共に本名も。
「前の履歴残ってんだから、嘘ついても即バレするって考えなかったのん?」
「あ」
やがてパタンとそれを閉じ、
「よし、採用」
「え、まぢ?リアリィ?!」
ダメだと思っていたら意外な答えに、フレイヤが身を乗り出す。
「いや、ホントだからそんな詰めない」
(だって、ねぇ…)
彼女に付けられていた評価は大体普通だったが、
“雇うと面白そうなので採用”
と、店長の添え書きがあったりした。
(真面目なんだかお茶目なんだか…偶にわかんないわーてんちょって)
小躍りして店を後にするフレイヤを見送りながら、眞宮は胸中でごちた。
二日目のシフト。
(フッ、貴方とも長い付き合いになったわね、相棒)
きゅっと袴の帯を締め、懐旧の念と共に大正女学生風の給仕服を見下ろすフレイヤ。菫色に水仙柄の小袖に葡萄茶の袴は、以前に一度この店でバイトした時にも借り着した物だった。え、まだ二回目じゃね?
「よろしく、よしk…フレイヤさん。私たちならきっと、1+1が3にも4にも億にもなるわっ!」
こちらは桜色に白い梅柄の小袖と袴姿の六道 鈴音(
ja4192)が、ぐっと胸元で拳を握る。
「このフレイヤ様に任せておけばモチのロンよ! 所でよしなんとかさんとか知らないわ間違えないでくれる?!」
「あはは…うん、わかってるわかってる」
フレイヤを宥めつつ、鈴音は視線を彼女の後ろに向ける。小柄な少女が、矢絣の小袖と袴を着付け終えた所だった。
(篠さんもお手伝いするんだ)
これがマスターとの切掛けになればな。
そんな事を思い傍らに寄った鈴音と、振り返った篠の視線が絡まる。にっこりと、右手を差し出す鈴音。
「篠さん、ひさしぶり。今日は宜しくね!」
「貴女は…以前は、お世話をお掛けしました。こちらこそ、よろしくお願いします」
若干堅い表情で頭を下げる少女。まだ他人に易く心を開けていないと見た篠の様子に、差し出した手を下ろそうと――
「今日は三人で頑張るのだわ!バイト料増額による新作魔女服作成費の為!つまり私の為!」
横からヒョイと割り込んできたフレイヤが、二人の手を取って『えいおー!』と振り上げる。
「ん?あれ、私何かした?ほわい?」
「あははっ、なんでもない! ね、篠さん」
首を傾げる一人と、笑い出す一人。それをぼんやりと見つめ、
「…よく分かりませんが、頑張るのは良い事だと思います」
先よりも硬さの取れた表情で少女は頷くのだった。
「まぁ、私とよしこの組み合わせなら…厨房は眞宮さんに任せるべきよね」
「当然猛然、当たり前だわさ! 私に厨房任せたら一日で閑古鳥間違いなっしんぐ!」
「ま、それはともかく。さあ、よしk…ミス・フレイヤ。久遠ヶ原ナンバーワン美少女ダアト・ウェイトレスを今日こそ決めましょうか!」
「なんですと! ふははっ、この完璧美女神転生フレイヤ様に凡俗なダアトが勝てると思うなど臍が茶を沸かして熱いわ!ところでさっきから絶対わざとよねその言い間違…」
掃除用具を手に手に外に出て(追いかけて?)行く鈴音とフレイヤの会話に、
「…本当に雇ってよかったんですか、あの人達」
「あっはっはっ♪ 確かにこれは面白いわー♪」
半眼で呻く篠と、お腹を圧さえてカウンターを叩く眞宮だったり。
「あ、あああっ!?」
「うわああっ!?」
突如、響く叫び。ぱっとレジをやっていたフレイヤが振り返った時には、運んでいた料理が宙を舞い。
「おわっ、鈴音ちゃん、へるーーーぷ!」
と召喚しようとした矢先に。
「と、あぶないあぶないっ」
咄嗟に瞬間移動で転移した鈴音は、ギリギリの処でトレイで料理をキャッチしていた。
「も、申し訳ありませんっ」
「ごめんなさい、篠さん、まだ慣れていなくて!…あの、大丈夫でしたかっ!?」
しかし。庇われた男性客は、圧し掛かる鈴音の柔らかな身体の感触と、微かな甘い匂いに、むしろ役得だとか思っていたりした。
「君らのシフト、今度はいつ? あ、そっちの彼女も、どんどんミスしていいから!」
「?」
などと頓珍漢な言葉を投げかけられる篠であった。
●六路と燈夜
「あら、いらっしゃいませ」
「こんちはー」
「…ん」
ドアベルの音に振り返ったシルヴィアは、来店した見覚えのある顔ぶれにも鉄壁のスマイルで邀えた。
バイト初日、シフト的に後発となる鷹群六路(
jb5391)と白水 燈夜(
jb9439)は昼食も兼ねて店の様子を窺いに来ていた。
「へぇ、今日はメイド喫茶(?)か」
お昼時、他の時間より客足も増える時間帯。いそいそと店内を動き回る三人に目をやり、六路は「なるほど」と感心する。
「あ、注文…取敢えずコー」
「紅茶ですね、承りました」
「え、いや、こーh」
「ここは紅茶もいい葉がありまして、腕の見せ所です。少しお待ち下さいね」
優雅に会釈してカウンター奥に去るシルヴィアを暫しぼんやり眺め、
「今日は紅茶でいいや…」
と呟き、燈夜は先日チラリとだけ顔を会わせた少女を目端に捉える。
(壬生谷さんか…うん、あれは緊張しすぎだな)
白衣から読みかけだった本を取り出し、視線を走らせ始める燈夜。その様子に肩を竦め、六路も自分の注文を伝えるのだった。
翌日。再び同じ時間に、二人は雨音の店内にいた。
「いらっしゃい!私の勇姿を参考にするといいわよ!」
と自信溢れんばかりの鈴音に迎えられた二人は、またカウンター席に並ぶ。
「はい、先輩方の勇姿、参考にさせて貰います!」
と先ほど反射的に六路は答えたのだが、
(…勇姿って何。ここエクストリーム喫茶店とかじゃねェよな?)
(何する気なんだ…)
などと二人が考えた事など露知らず。
(ま、それはともかく)
「制服、似合ってて可愛いですね!」
「そうかな? ありがと!」
「この私に似合わない服なんてないのだわ!可愛くて当然よね!」
「……」
三者三様の反応を確かめ、六路は隣の燈夜に顔を向ける。
「白水先輩、明日は汝でしたっけ」
「もう忘れたのか…。五時位に出勤して、開店準備だろう?」
「了解でーす」
三日目の午前五時。六路と燈夜のシフトはこの日からである。
出勤の挨拶を交わし、二人はスタッフルームへ。眞宮と篠は既に着替え終えていた。
「先輩、サイズ大丈夫ですか?」
ウェイター服に着替えながら、六路は隣で同じく着替える燈夜に声を掛ける。
「あれだ、見た目的に先輩ならメイド服の方がむしろあいたっ!」
「……」
言い切る前に脛を蹴っ飛ばされ、台詞が途切れる。
「眞宮さーん、掃除終わりましたよ。次は何をー?」
「おー? じゃ、卓子の花瓶の花替えておくれーい」
「分かりましたー」
途中、卓子を拭き掃除に回っていた篠に声を掛ける。
「もう慣れました?」
「いえ、まだまだですね…」
思い悩む表情に、根っからの真面目な子なんだろうなぁと思う。
「手伝いに来てるだけの俺が言うのも変だけど」
視線を合わせる様に少し屈み、
「何か困ったら合図してください。こうやって、ほら」
ぱち、ぱちりと片目を閉じてみせる。所謂ウィンクという奴だ。
「…なんですか、それ?」
「え、あれ、ウィンクしらない?」
こくりと頷く少女。どうやら相当な世間知らずらしいと、それから少し話していて分かるのだった。
(あー、つーか眠い)
六路の後を、ぼんやりと欠しながら追ってきた燈夜は、篠に気付きポケットを探った。
「ああ、壬生谷さん」
「はい?」
振り返った少女に、手にしたそれを放り投げる。
「…っ…ボールペン…?」
「それ、あげるよ。ちょっと匂い嗅いで見て」
訳が分からなかったが、取敢えず言われた通りにペンに顔を近づけ、小さく鼻を動かす。
「…この匂い…どこかで…」
「カモミール。俺も貰ったんだけど、使わないし。その匂い、リラックス効果があるらしいから」
それで燈夜の意図を察し、篠は黙り込む。昨日今日知り合った相手に見抜かれるほど、自分は緊張を隠せていないのだと。
「お心遣い、ありがたく頂きます」
「あ、教授。どーも」
「何だ君、こんな所にも寝に来たのか」
昼過ぎ、遅めの昼食に訪れた男性客は、燈夜が受ける講義の一つを受け持つ教授で。
「いや、この格好見てなんでそうなるです。バイトですよ、バイト。今日は寝てな」
い、と言えばそれ以外は寝ていると取られかねない。というか普段の彼の行状だと今更遅いのかも知れないが。
「…違って。いつも寝てないんで単位お願いしますよ」
「意味が無いと思うがな…私の所だけの単位取っても、他が駄目なら」
「あー…」
これも身から出てる錆びか、と溜め息を一つ。
「まあ、ごゆっくりどうぞ」
「勿論だ」
昼食時が過ぎれば、漸く店員の昼食時間が取れる。
厨房に引っ込んだ燈夜は、トースターに適当にパンを突っ込んでハムエッグを作り始めた。
「あら、賄なら私が作ってあげるのに」
彼の動きに気付いて、眞宮が厨房を覗き込む。
「それは次の機会で。何となく作りたくなったんですよ」
「おっけ。じゃ、次のバイト日は覚悟しときなさい」
「何を覚悟するんですか…」
手早く調理を済ませ、カウンターへ。そこに丁度六路もやってくる。
「鷹群も食う?」
「お、食う食う」
「じゃ、作ってやるからコーヒー淹れて、美味いの」
「うまいコーヒーったって…」
その方面に関して、六路はど素人なのであり。
「あ、眞宮さん、教えて貰えますー?」
「おー、いいよー。手取り足取り腰取り、でどれがお望みかなん?」
などと巫山戯合いながら、まったりとした時間が過ぎていった。
昼食を終えて、交代で休憩に。
六路と入れ違いに、コーヒー片手にスタッフルームに入った燈夜は、知り合いに借りてきた小説を徐に取り出し――
「あいつ…」
特定人名の部分に逐一線が引いてあった。これは恐らく『ネタ晴らし』という奴で。
(返しに行く時一発殴ろう)
そう心に決めるの燈夜であったといふ。