●休息の形
待ち合わせのバス停に集まる、四人の学生。
「こんにちは!いい天気になってよかったよね!」
「今日は沢山遊ぶのですよ♪」
溢れ出る元気の塊!な笑顔で答える雪室 チルル(
ja0220)と、ほわんとした微笑で頷くRehni Nam(
ja5283)。
「レフニーおねえちゃん達もこんにちはなの…!」
兄の亀山 淳紅(
ja2261)の背中から、怖ず怖ずと顔を出した亀山 幸音(
jb6961)がぺこりとお辞儀する。
そんな時、横手から声が掛かる。
「おやー、皆さんお揃いで。何処へ行くのですかー?」
現れたるは猫をデフォルメした着ぐるみ姿のカーディス=キャットフィールド(
ja7927)。
「皆さんで遊びに行くのですかー!私も連れて行ってくださーい!」
「ええよー!かーでぃす君も参加な!」
到着したのは、ボーリング場にスポーツ施設、ゲーセン等を併設した大型遊興店。
「一番手はあたい!」
先ずはボーリング場。
いつも被るウシャンカを揺らしてレーンに立し、チルルが手にするボールを構える。
「うりゃっ!」
僅かな助走をつけ投球されたボールは、微妙に中央から外れ、ピンの群れに飛び込む。
ガラララ、ガコン!
「よっし!」
勢い任せのそれは、運よく全てのピンを倒しきった。
「わー、すごいのです!」
「うんうん…っ」
「へっへー!」
次にRehniが立ち上がり、ボールを手にした。最後にボーリングしたのはかれこれ三年前。それも覚醒する前で経験も浅い。
(…当時は7ポンドがやっとでしたけど)
然し、放ったそれはガーターギリギリを滑ってようやく二本を倒すに留まった。
「みゅー、へたっぴなのです…」
しょんぼりする彼女を励まして淳紅が替わり、腕を振り被る。
「とうっ…とととわっ!?」
ごぃんっ!
だがボールを離そうとした矢先、足をもつれさせた彼のおでこは、床との熱烈なキッスを交わした。
「お、おにいちゃん!?」
「大丈夫です?!」
駆け寄る妹と彼女に苦笑を浮かべ、ボールの行方を確かめる。見事にガーターを滑って飲み込まれるところであった。
「次は私ですねー」
三人が席に戻り、今度は黒猫がボールを掴…もうとした。
「お、おや?」
つるっ、つるりっ――どうやら肉球では上手くつかめないようだ。
「よし、脱げ!」
そこに背後からチルルが猫の肩を掴む。何故かとてもいい笑顔を浮かべて。
「え!?いいい、いや、だめですよはずかし、じゃなくて中に人など」
「つべこべ言わず脱げー!」
そこに飛び入り参加するRefniに、思わずついていく幸音。突然始まったカーディス剥き大会に、
「おー、もてもてやなぁかーでぃす君」
「わ、笑ってないで助けて下さいー!?」
暫し、賑やかな時間が過ぎ行くのだった。
ボーリングの後は、ゲームセンターへ。
音ゲーに目が無い淳紅が弾丸の様にゲームの一つに突進したり、チルルが激難のゲームに惨敗したり。
クレーンゲームでは、
(おや、新作の猫グッズ!)
実はカーディス、(猫グッズ限定で)クレーンゲームが得意なのである。
肉球越しにも拘らず繊細な操作で、クレーンが景品を掴み取る。
「かーでぃす君、うまいなー!」
「本当ですね」
気がつくと淳紅、Rehni、幸音がその後ろからいつの間にか覗き込んでいた。
「私もやるの!おねえちゃんにお土産!」
「お、プリクラありますよー!」
「ええなー!今日の記念に皆で撮ろうか!」
思い思いのポーズで撮影された画像データ。そこに淳紅が落書き機能で何かを書き込み始め。
「あ、ずるい!あたいもあたいも!」
「おにいちゃん、わたしもー」
「わかったわかった、順番な!」
仲好く寄せ書きのように落書きしていく三人。
「楽しいですね♪」
「ですねー」
その姿をRehniとカーディスは微笑ましく眺めるのだった。
●
(あー…だりぃ…)
昼も過ぎた頃、寝室からのっそりと起きた恒河沙 那由汰(
jb6459)は、髪を鬱陶しげに掻き揚げる。流石に惰眠を貪るのも飽きたが、休日の人混みにまぎれる気にもならず。
適当に着替え外に出た青年は、その背に闇の翼を顕現させ、飛び立つ。
(どっか適当に、すごせる所でもないかねぇ…)
やがて、複合商業店の屋上に那由汰は寝転がり、遠く聞こえる町の雑踏に耳を傾けていた。
外に出たはいいが、さりとてやる事が無く。色々柄にも無い考えが浮かんで。
今の自身の力、それを何に使うのか。どれだけ強くなった所で、喪われた事象が返る事はないというのに。
(くそっ、意味もねぇ事をうだうだと…)
足を振り上げ、ヒョイと飛び起きる。
(気晴らしに、服でも見てくか…)
「これ、春の新作かな〜? 綺麗だけどさ、値段もパンチが効いてるよね〜」
手に取った春物の値札を確かめたアドラ・ベルリオス(
ja7898)は、苦笑しながら隣の友人を見る。
「いい仕立てでいい生地で、いいデザインだと、値段もそれなりになるよな」
渋い顔で頷き、アストリット・シュリング(
ja7718)も肩を落とす。二人で休日のショッピングと繰り出したのだが、いざ買おうとすると学生の懐事情では中々悩ましい物だ。
「でも下手に安いの買って、すぐに裾が解れて来たりしても嫌だろ?」
安物は色々問題があったりで買い換える羽目になり、結果高くつく場合も珍しくない。
「まあ、そうねぇ」
「こっちのがいいかなぁ…」
悩ましげに物色するアストリットだが、その色合いは彼女の好きな色に偏りすぎていた。
「アスはそっちのより、こっちの方が似合うよ。その色、前も持ってたし」
見かねたアドラが、さりげなく差し出す一着のワンピース。
「む。その色はまだ持ってない…」
一瞬の考え込むも、アドラのお勧めを購入するのであった。
それなりに満足できる買い物を終え、二人並んで歩く。
「なにかこう、きな臭い上に大きな戦いばっかりで、ちょっと情勢大丈夫なのか…って不安になるよねぇ」
何気ない風に零すアドラ。闘争を好む彼女とて、合間には色々と考える物もある。
「うん、そうだなー」
アストリットとて、それは同じ。しばし会話が途切れる。
「流石に疲れたな。喉も乾いたし」
次に口を開いたのは、商店街に差し掛かった頃だった。
「休憩する? ならさ、喫茶店にでもよって行こっか」
●
「申請許可を確認致しました、御堂 玲獅(
ja0388)様。ではこちらの研修証を。お帰りになる際に、受付にご返却お願い致します」
「分かりました、ありがとうございます」
丁寧な物腰の受付事務の女性から手渡されたプレートをクリップで胸元にとめ、玲獅は施設内へ進んで行く。
此処は学園島内でも、研究棟や病院施設が集中するエリアだった。
「やあ、また来たのかね」
「はい、また勉強させて頂いています」
すれ違う年配の職員と挨拶を交わす。
元々家業が医師であり、いずれ自身もそれを継ぐ予定の彼女は、学園に入ってからも自己の研鑽と勉学を怠らなかった。
(今日の予定は――)
取り出した携帯でスケジュールを確認し、指定された一室を尋ねて行った。
●
「はぁ〜…」
朝、ぶらりとカフェに入っていた天羽 伊都(
jb2199)は、アイスココアを啜りつつ、深く溜め息を吐く。最近の依頼、天魔との戦闘…責務だと思い粛々とこなしてきたが、精神と肉体には確実に負荷が積み重なっていたのだろう。纏わりつく様な倦怠感にテーブルの上で突っ伏した。
(こんなんじゃダメだな、テンション上げないと!)
それから街へと気分転換に出かけた伊都。昼頃に立ち寄ったフードコートではバーガー六個を注文し、一気食いに挑戦したり。
夕刻にはレジャー施設でのフットサルで、やたら執拗にボールを追いかけ走り回り。
自室に帰った後は、ガンシューティングにひたすらのめり込んだ。
「ボクの指テクにひれ伏すがいい!フハハッ」
気分が優れない時は、下手に動き回るより一日寝ていた方が良いかも…と翌朝になって思うのであった。
●
のそりと、シーツに出来ていたふくらみが標高を増す。
「ん…うぅん…?」
やがてするりと滑り落ちたそれの下から、寝ぼけ眼の少女がひょこりと顔を出した。名は水枷ユウ(
ja0591)。寝る前に引っ掛けたワイシャツは寝崩れ、微妙に覗く白い肌が意外に艶かしく。
「…あふ…」
冷蔵庫を引き開けて。やがて取り出したのバナナオレであった。彼女は無類のバナナオレ好きとして、学園で広く周知されるほどである。
「…ふぅ、もう一本…」
冷蔵庫の前でぺたりと座り込み、頭が働きだすまでひたすらちゅーちゅーと吸い続けた。
ようやく意識がはっきりし、手近な時計を見上げればPM2時を過ぎている。依頼から帰還したのが午後11時過ぎ、大体15時間ほど寝た計算だ。
「…ん。まだ、大丈夫」
若干体に倦怠感が残るものの、力を行使した後はいつもの事。次にバスルームへと向かった。
さっとシャワーで汗を流すと、適当に選んだ着替えを済ませ、再び冷蔵庫へ。携帯分のバナナオレを準備して、
「いってきます」
いつもの散策へと。。
●
とある商店街。奥まった路地を抜けた先、ひっそりと店舗を構える貸本屋がある。
「…理解、理解…蒐集、終了」
その奥の部屋。時の流れも、世情世相からも切り離されたような静謐な空間に一人、陽姫=桜牟=白刃布亜(
jb7390)は今し方読み終えた蔵書を置き、次の本を手に取る。静かに、然し何処か餓えたような瞳で、記された知識を読み耽る。
積み重なった本のタイトルには『黄金魔術書簡』『地底空洞説における新説』『実録!此れが久遠ヶ原だ!』『プリンキピア(但し不完全)』等等、ジャンルも様々、いうなれば無節操に散らばっていた。
「……」
それらを読み終えた後、徐に自身の魔導書を取り出し写本して行く。その姿は、まるで自分自身を書き記そうとしているようにも映り。
気がつけば、そうして彼女の休日は過ぎて行く。
●唄交
昼休み。愛用のギターを背負った空木 楽人(
jb1421)が昼食のパンを山盛り抱え屋上の扉を開けると、不意に振り向いた視線とかち合った。
(あれ、もう先客が…って)
「ふぉ?」
チョココロネをぱくりと銜えたまま、ぱちくりと瞳を瞬かせるのは、
「あ、スピネルさん!」
スピネル・クリムゾン(
jb7168)という名の、天使の少女。
「ほぁ、楽ちゃんだ〜☆」
挨拶を交わし、二人並んで昼食を済ませる。
「こんなとこで遇うなんて、珍しいね」
「そだねー☆ あたしはちょっと高い所で、お歌歌いたくなっちゃって」
遠く懐かしむように、空を仰ぎ見る少女。
「ね、一緒にお歌う〜た〜お〜♪」
と見えたのも束の間、今度は楽人の手を取ってせがんで来る。
「うん、一緒に歌おうか」
それに否と応える楽人ではない。頷き、ギターを取り出す。
「あ、そうだ。天界の歌、良かったら教えてくれる?」
「いいよ〜♪ でもでも代わりに楽ちゃんはニンゲンのお歌、教えてね?」
「もちろん。人間の歌ならいっぱい知ってるからね!」
聞きなれぬ言語が、独特の旋律をスピネルの唇から紡ぎだし。暫く聞き覚えた楽人は、徐にギターを弾き出す。
始めは追う様に、やがて並び、互い支えあう。
「…えへへ♪ お空に音が溶けて流れて…とっても素敵なんだよ♪」
歌い終えた少女が、少年に向ける笑み。彼も笑み返し、まっさらな青空を仰ぎ見る。
「こうやってみんなで歌えたら…きっともっとずっと、平和で仲良しになれるのにね」
「…うん、きっとなれるよ。スピネルさんと僕が友達になったみたいに」
同じ想いを持ってる誰かが、きっと居る筈だから。
●燦華
桜が咲き誇る季節。学園の中庭広場でも見頃となっていた。
「丁度桜がいい感じだから、お昼休みは桜が見えるところで食べよー!」
鴉女 絢(
jb2708)の提案に、颯(
jb2675)が異を唱える訳もない。
「桜きれいだねー!」
咲き誇る花を見上げはしゃぐ絢に、颯の唇が僅かに綻ぶ。
レジャーシートに二人して腰を下ろすと、絢がお弁当箱を取り出した。今朝早起きして作って来たのだ。
勿論、彼に喜んで貰う為に。
「なんだか凄いね」
蓋を開け、目にする凝った料理の数々に颯は素直に感嘆する。人らしい生活を始めてから、まだ間もない彼にはとても目新しいものばかり。
早速手をつけようと箸に手を伸ばすと、それをさっと絢が掴み取って、お菜を一つ摘み上げる。
「あーん♪」
俗に曰う、恋人同士のアレである。
「頂きます。…うん、美味しい」
気恥ずかしく想いながらも素直に従う。彼の一言に、満面の笑みで喜ぶ少女が愛おしい。
しかし、やられっぱなしというのも何故か悔しい。勿論嬉しいのだが、男心も時に複雑で。
「して貰うばっかりだと悪いからね。はい、あーんして?」
「えっ…あ、うん。あーん♪」
にっこりと颯が差し出してくるお菜に、一瞬頬を染め、しかし拒む事無く絢は彼の仕返しを受け入れる。
甘ったるくも和気藹藹とした二人を、桜は静かに見守っていた。
そんな二人から少し離れ、校舎の影にある一本の桜。
相馬 晴日呼(
ja9234)は、それをぼんやりと見上げていた。想うのは、これまでの経緯。
(何となく流れに乗って、居ついてしまったんだよな)
此処は居心地が良かった、それは否定しようがない。用がある時にしか顔を出さない幽霊部員を、その度に喜んで邀えてくれる部の仲間達。
いつの間にか、下の連中を弟や妹の様に思い始めていたが、いざ戦闘となればあいつらはきっと俺よりも強い。
(何故俺は戦うのか)
天魔を受け入れている学園で、天魔と戦い…今度は同じ人間を対手にするという。
何故そこまでして。正直、こんな面倒臭い事を考える柄じゃない。…だが力ない人たちが蹂躙、搾取されるのも愉快ではない。気に入らない。だから。
(そうだな…。今はそれでもいい、か)
訪れる日暮れ。その下を、九条 白藤(
jb7977)と九条 静真(
jb7992)は並んで歩く。姓から想像できるかもしれないが、二人は姉弟である。帰路の合間に交わされるのは、白藤が経営する呉服『九条屋』の仕入れに関するもの。
「静真はどんなんがえぇやろか? 夏の着物の柄やねんけどな」
夏の柄は良い物が多く、故に迷う。
姉の歩調に合わせ、ゆっくりと歩きながら、静真は少し考えるように首を傾げ。やがてメモと洋筆を取り出す。
『すずしい色が いい』
と書き記し、続いて、
『青 水色 白 流水 睡蓮』
そう、彼は言葉を発っせなかった。過去に負った傷が原因で。だが、筆談や仕草で十分な意志の疎通が取れるし、姉となら尚更だ。
「睡蓮とか、静真には鬼灯とか似合いそうやんな♪」
『鬼灯 浴衣?』
その姿を想像して楽しげに頷く姉に、少年は笑顔で小首を傾げて見せた。
「せや、こないだの藤の着物もしあがったで!」
そんな会話を交わしながら、桜並木が立ち並ぶ街路へと差し掛かる。
「そない言えばお花見…してへんなぁ…」
咲き誇る桜を見上げ、白藤がポツリと呟く。その様子に目を細め、静真は再び洋筆をとる。
『花見 行きたい』
『みんなと いっしょに』
記した所で、少し考え直す。そして徐に姉の手を取った。
「なん?」
『ふじ みにいきたい』
掌に当てられた弟の唇が、言葉を“紡ぐ”。
『ふたりで いっしょに』
そんな弟に、白藤は少し照れくさそうに微笑む。
「せやね、たまには…二人で、行こな?」
●部陣
近く来る大規模作戦。
礼野 智美(
ja3600)は、所属する部で作戦会議に出席していた。後輩である音羽 千速(
ja9066)、天川 月華(
jb5134)
の姿もその中にあった。
「…何時もの基本陣形を基礎にするけど…人間を対手に出来ない者は…」
現状明かな情報を大きな板紙に書き込みながら、確認するように見回す。部員の数名が怖ず怖ずと手を上げた。
月華も、その側だった。
(…人間に、この力を向けるのは…)
その光景を想像し、襲う怖気に肩を抱きしめる。尤も、手を上げた部員の中でもそれぞれ理由は異なっている様子だった。
「今回は…参加しないのも手かも?」
智美自身は、様々な依頼経験の中で対人戦もそれなりに経験していた。だが、その経験がない者達も多い。
その光景に、千速は臍を咀む。
(悪魔と組んでる組織が、良い人な訳ないよっ)
その上、自分に従った人だけが楽園で、その他の人は救われないなんて説く聖女は…変じゃない?
(でも…)
部の皆もそれを承知の上で、それでも、人を戮してしまう事を恐れる。
「でもディアボロもいるって情報もあるし。そっちなら戦えると思う…」
その時、小さな声で発した月華の言葉に、躊躇っていた部員達も確かにと頷き返す。
「皆は学園の仲間を護ったり、回復してくれれば大丈夫!人は僕達が倒すから!」
皆に向けて発せられた千速の言葉に、頷く者が増えていく。
「大丈夫?」
「…皆を癒す、だけなら…」
心配げに覗き込む千速に、月華は小さく頷き返してみせる。
「人に対しては、大丈夫な部員が対応する」
という言葉が締括りとなり、今回の会議は幕となるのだった。
●
放課後、VBCルームを訪れた東雲 凪(
jb9404)は、シューティングレンジで射撃訓練に励んでいた。設定した戦場は、ディアボロ、敵撃退士、そして味方と混合配置されたフィールドだ。
(別に、何も)
仮想で造られた戦場、そこに蠢く、仮想の人間の頭部を狙撃銃で撃ち抜きながら凪の中に躊躇いは浮かばなかった。
(やらなきゃならない、なら、やるしかないじゃない?)
こちらが武器を退けば、相手が退いてくれるとでも言うのか。…そんな訳がない。相手の掲げる主義を知れば、瞭然の事。
(だから私は躊躇わない)
狙撃銃から回転式拳銃に換装し、肉薄した敵撃退士のモデルを身中へ迷い無く発砲、それは血反吐を嘔いて倒れ伏す。それを見ても、凪の内は細波一つ起こさない。
迷った者から死んで行く。それが戦場だと知っているから。
●喫茶店
「マスター、こないだはすみませんでした」
放課後、コーヒー喫茶『雨音』を訪れた六道 鈴音(
ja4192)は、店主である壬生谷を尋ね謝罪した。
少し前の依頼で、彼の家庭の事情に首を突っ込んでしまった事を気にしていた。
「もういいんですよ、六道さん。私の方こそ、巻き込んで申し訳ありません」
だからもう気にしないでください、と告げる。
「ではお客様、ご注文は如何されますか?」
そしていつもの笑顔で、彼女を迎える。
「じゃあ、カフェ・モカを!」
「今度、専攻の変更希望受付があるんですよ」
客の退けた店内でマスターと顔見知りのウェイトレスに話を向ける。
「それぞれのジョブについて、もう一度復習しておこうと思って」
と言っても現在の所、鈴音はダアトから変わる気はないのだが。
「眞宮さん、マスター、私ってどのジョブが向いていそうですか?」
幾つかジョブの説明を交えて二人に聞いてみる。
「六道さん、結構突っ走る性格ですし…ね」
「そうねぇ、…いっそルインズとかナイト?」
それから閉店まで、ジョブ談義に花を咲かせた。
●アルバイト
とある喫茶店。リーリア・ニキフォロヴァ(
jb0747)リーア・ヴァトレン(
jb0783)ヴェーラ(
jb0831)ディアドラ(
jb7283)の四人は、そこでアルバイトに勤しんでいた。
とは言えリーアは等部、色々な都合でお給料も名目は『おやつ代』として支給されたり。
(あたしも撃退士なんだけどな…)
能力的に問題なくとも、大人の世界は複雑なのです、はい。
「うふふ。久遠をためて、あの方にプレゼントを買うのですわ♪」
と乙女な理由で働くディアドラ。初めてのアルバイトにマニュアルは入念に読み、掃除が得意というスキルを活かして店内清掃や洗い物に活躍する。
「お金大事。すごく大事。だってスキルも覚えられないもの。あの特別授業料(?)高いわ…」
或いは、そんな切羽詰った理由で勤労するリーリアはウェイトレスに専念していた。
「というか上位スキル覚えれるようになったらもう、破産しか待ってないよね」
故にアルバイトへの意気込みは一番である。
お昼時。ちょろちょろと店内を動き回るリーア。注文を取るのも伝達も問題ない。
「お待たせしましたー!春のいちごセットなのです!」
卓子への配膳も頑張って背伸びする!だがどうしようもない残酷な現実が、彼女の前に立ち塞がるのだ。
「…カ、カウンターだけは…お願いするのです」
涙目になって、他の三人に泣き付くリーア。
「大丈夫。すぐに大きくなるから…」
心中で苦笑するしつ、そうやって慰めるのだった。
厨房では、ヴェーラが主に働く。特に料理技能が高い訳ではないので、店の調理師に教わりながらであったが。
焼き上げたばかりのパンケーキをオーブンから取り出す。すると甘い匂いに誘われたのか、リーアがふらふらと厨房にやってきた。
(ふぁ、おいしそうな匂い…)
「こら、リーア。お手手が伸びてきてるわよ」
「あうっ」
思わず伸ばした手を、ぺちりと叩かれる。
「これはお客さんの分だから、ダメ☆」
「うぅ…わ、わかってるもん」
然し未練タップリに向けられる視線に、思わず笑いが漏れる。
「はい、チョコですよ〜」
そこに少女の後を追ってきたディアドラがチョコを手渡す。休憩時間に、リーリアがおやつにと持ち込んでいたのを一つ、持ってきたのだ。
「ありがとー!」
そんな頃、学園の空を舞う二対の翼。姉弟天使、エルミナ・ヴィオーネ(
jb6174)とエミリオ・ヴィオーネ(
jb6195)である。
「久遠も稼げて地理も覚えられる。良い事尽くしじゃないか」
配達のバイトを始める前は、そんな風に思っていた時期もありました。だが然し。
「これ、なんて書いてあるんだ?字が達筆すぎて読めないんだが」
後ろから付いてくるエミリオの愚痴に、小さく溜め息をつく。その程度ならまだマシだと。
「こっちは、また番号書いてないのだね。しかも随分宛名も略しているな…学園内でなかったら届かなかっただろう」
学園って凄いな。悪い意味でだが。
「この、わざと崩したみたいな字とか、なんとかならないのか?こっちのは普通なのに…崩した字がカッコイイとでも思い込んでるのか?」
弟も、盛大に溜め息を吐く。
「自分が知っている事は皆が知ってて当たり前、と思ってる者が少なくないのが、な…。君の頭の中など知らん、と言いたい所だが」
配達する側の苦労も考えろ、と二人は声を大にして言いたかった。
「せめて連絡先があれば電話して確認しながら出来るんだが」
「何かあったときどうやって連絡つなぐんだ!!」
「まあ落ち着け、取敢えずそこらで手分けして聞いて回ろう」
「うぅ…毎回毎回…」
エミリオは自前の地図を取り出し、そこに書き込んで行く。地理や人名把握に始めたアルバイトであったが、この地図代でバイト代が消えて行く現実もまた厳しい物があった。
●
その頃、ある一室で。
「…終わんねー!!」
ばんっ!とデスクを叩き、絶叫するのは恙祓 篝(
jb7851)という高等部の学生だ。プログラミングの才能を生かし、その方面でバイトを受注していたのだが…。
「ううぅ…」
叫んだ後、力尽きたようにデスク突っ伏す。彼がこうなった原因はバイトの発注主である。
唐突に連絡が被たかと思えば、やれ仕様変更、やれテスト項目追加だのと、最初の契約になかった仕事を大量に増やされ。剰え納期は据え置きという無茶振りである。
「あ〜肩凝る〜」
ぐったりとしつつ窓の外を見やれば、天気は良好そう。この仕事がなければランニングとか素振りとか、訓練施設に通ったりも出来ただろうに。
(ここ最近、天魔の動きも妙だし、出来るだけ力付けたいんだけどな)
ぼんやりとそんな事を考え、のそりと身を起こす。
「しゃーね、とりあえず茶飲みつつ終わらせるか」
そして寝る、寝てやると心に決めた――徹夜四日目の朝であった。
●訓練場・天
周囲に湧き上がる気配。その中から一旦飛び出した月臣 朔羅(
ja0820)は、二丁の銀銃のトリガを引き絞る。吐き出された弾丸は、召喚された下級天魔の足元に、或いは掠めるように炸裂し、その行動を狭める。現れたのは三体。その周囲を駆け巡るように移動を繰り返し、敵位置を己が想定の位置へと誘う。
(――今!)
朔羅の意思に応え生成されたアウルの黒球が、天魔達の丁度中央へ撃ち込まれる。途端、それから幾重にも枝分かれ、幾何学状に伸長する黒い格子。それは限定的に作り出された、虚数場である。触れた対象を虚数空間が飲み込み、文字通り存在から“抉り取って”いく。
―月臣流、破月・弐之型【虚格牢月】―
天魔の完全消滅を見届け、彼女は臨戦態勢を解く。
「…相手次第ではやれなくもないけれど」
今の様に、知能も低い下級や中級相手ならば、という前提がつきそうだ。
「やはり、こういうのは仲間との連携が大事よね。一人では限界があるわ」
何気なく周囲を見回すと、少し離れたエリアで戦闘する四人の学生達の姿があった。
「不躾で御免なさい、ちょっといいかしら?」
「ん?」
「お?」
召喚された天魔が丁度殲滅された所で、女性の声が掛かる。ネイ・イスファル(
jb6321)とアルフレッド・ミュラー(
jb9067)それに振り向いた。
「よければ私も訓練に参加させてくれないかしら。一人だと連携の修練ができないのよ」
「…私は構いませんが…アルフさん?」
「おう!俺も構わんぜ!」
今まで余り誰かと組む事がなかったアルフレッドだったが、皆でこうして動きを試すのも、中々楽しいと感じていた矢先だった。
「では後は…久世さん、大路さん、ケインさん」
呼びかけに先輩である大路 幸仁(
ja7861)久世 玄十郎(
ja8241)ケイン・ヴィルフレート(
jb3055)も集まってくる。
「どうしました?」
ネイの事情説明に、
「戦場では突発自体で臨時小隊を組む事もありえる、そういう修練にもなるだろう」
玄十郎は少し考え、答える。
「いいんじゃないか、そういう事もあるもんだ」
「私も構いませんよ。よろしく…ええと」
幸仁とケインも特に異論はなく同意する。
「月臣 朔羅よ。では暫しの間、宜しくね」
――二時間後。訓練場からの帰路。
「まだ上手く連携のコツが掴めてないんだよなぁ…もうちょっと細かく目を向けるようにした方がいいのかな、俺」
かといってキョロキョロし過ぎたら逆に隙生むしな、と幸仁がぼやく。
「…もう少し防御が欲しい…な」
撃たれ弱さは忍軍の宿命だ、スキルや装備、或いは数の勝負で補うくらいか…と溜め息と共に。
「私はもう少し耐久力をつけたいかな〜」
その隣で、ニコニコとケイン。
「物理はともかく、魔法弱ェよな俺…」
若干へこみ気味で頭をかくアルフレッドの肩を、ケインが軽く叩く。
「ジョブチェンジも開放されましたし、それで補う手もあるんじゃないですか?」
「ああ、そういや…自身にあったものを専攻して行けばいい、って言われたなァ…俺自身、専攻職に拘りねェし」
変更できる『職』なら、色々試すのもありだ。
「……」
そんな二人を眺めながら、ネイは考えに沈む。
(アルフさん…何故拳法着の上にフリフリエプロンだったんでしょうか)、と。
そんな折、広場に珍しい露天を見かけた幸仁が何の気なしに覗くと、装備に混じって或る物が目に留まる。
「お。品揃えいいな。これ集めたくなるんだよな、皆でそろえるとかさ」
と何かを手に取る。
「色違いで持っておきたいよな〜」
興味を引かれた玄十郎とケインも、そこを覗き込み、
「購買では、取り扱ってなかったな…」
「わぁ、懐かしいねぇ。遊びに来た時にもらったやつだ〜」
以前、それを科学室でくず鉄にしたときは随分落ち込んだ事をケインは思い出し。
(やはり依頼前にはちゃんと…?)
と感心して見守っていたネイも、幸仁の手のそれを目にして呆れ声を上げた。
「それ大事な装備なんですか!?」
それは俗に『笑顔の缶バッジ』と呼ばれる物で。
「え。大事だろ。名前入りなんだぞ(たぶん)」
、ひょいとバッジをネイの前に翳す。
「何で名前入り…ひらがな!?」
「そこ驚くとこか?」
このままだと訳の分からない所まで突っ走りそうだ。
「喫茶店で何か飲んで行きませんか」
そう危惧したネイは、ともかく話を外らそうと提案する。
ふと、玄十郎は気配を感じ空を仰ぎ見る。同時に相手も彼に気付いたようで、二つの影が高度を下げてきた。
「精が出るな」
そう声をかけた相手は、配達途中のヴィオーネ姉弟だった。
「そっちも頑張ってるな」
「お疲れ。頑張ってるな」
殆ど同じタイミングで同じ事を言う二人に、誰かが噴出す。短い挨拶を交わし、二人は再び舞い上がって行く。
(地理把握と生活費の為…か。頑張れ)
「いらっしゃーい♪、ってネイさん達じゃない」
「お疲れ様です…」
何の気なしに入った店で、思わぬの遭遇。
「そっちもお疲れ顔ね?」
「さ、奥へどうぞ」
顔見知りの女性達に案内され、五人は席につく。
「パウンドケーキの匂いがするよ〜」
誰かが頼んだのだろう、その甘い匂いを嗅ぎ取ると同時に、ケインの腹が音を立て。
「いっぱい動いたからお腹空いたねぇ」
と笑い、ケーキを注文した。
(喫茶店かァ…こういうとこなんだなァ)
興味深げに、アレフレッドは店内を見回し。
(俺もバイト探すかねぇ…)
と、楽しげに働く彼女らを眺め、ふと思う幸仁であった。
●妖シ戯レ
郊外にある訓練施設。この日は利用申請が出されていた。
試合場で対峙する尼ヶ辻 夏藍(
jb4509)と百目鬼 揺籠(
jb8361)。
「模擬戦ね。元気だよな…あ、弁当ちょうだい、羽釦」
その様相を無感動に眺め、錣羽 廸(
jb8766)は、弁当を準備してきた八鳥 羽釦(
jb8767)に手を差し出す。
「あいよ」
二人の一戦から眼を離し、代金を受け取った羽釦は持参した一つを廸に手渡す。
「自分のも一つ、どうや?試食もあるで」
霹靂 統理(
jb8791)もまた、弁当を拵えて来ていた。羽釦が和食なので、彼が中華弁当とサンドイッチという振り分けだ。
「ん、そっちも貰う」
「まいどおーきに!」
因みに、代金を取るのは男のみである。
観戦組に回っていた鈴懸 八尋(
jb8770)は、持参した大量のお握りの一つを齧りつつ、胸中で思う。
(本当は私も参加した方がいいのかもしれないけれど…)
だが殿方ばかりの模擬戦、女の自分が参加して余計な気遣いをさせても申し訳ない。
(せめて審判役くらいはできるかしらね)
大怪我しない様に、と。
そこから少し離れた場所は、楼蜃 竜気(
jb9312)と白磁 光奈(
jb9496)がハマグリおにぎり屋台(?)を出していた。
「美味しいハマグリ入りおにぎりだよー!」
隣で炊きたてのご飯に、焼き上がった蛤を入れて握る白磁が、更にそれを焼いて焼きお握りに仕上げて行く。
「おー?白磁ちゃん、お米熱くない?お手手火傷しない様に気をつけてね」
彼女を気遣い、楼蜃は槽に水を追加する。
「ありがとう、ございます」
それに白磁は微笑みを浮かべ、会釈してから、試合場へと視線を向ける。
(楽しそう…模擬戦は、喧嘩じゃないものね)
「鬼の名は飾りかな」
「其方こそ引き篭もり生活で鈍ってんじゃァないです?…拍子抜けでさァッ!」
気勢と共に繰り出された鉄下駄での上段蹴りを、辛うじて躱す。
「その沢山の目も節穴のようだね」
「吐かしてなァ!」
夏藍は笑いながら挑発を続け、百目鬼の攻撃を捌く。だが精神的にはともかく、物理的には相手が上だと分析する。
機先を制し、今度は夏藍が彼の懐に辷り込み、カウンターの拳を振るう。
「へッ」
上体を傾けてそれをすり抜けた百目鬼の膝が、夏藍の脇にめり込む!。
「ぐっ…、く」
衝撃に逆らわず飛び退った夏藍は、痛覚に微かに表情を歪めながら、即座に構え直した。
「あははっどっちも頑張れー!」
喫煙しつ、相模 遊(
jb8887)は二人に声援を送る。
「見てるだけってのも、疼くなぁ?」
彼の隣でコルアト・アルケーツ(
jb5851)観戦しながら弁当を食っていた。だが、二人の戦いが白熱するを前に血の沸りを抑えきれず、
「おーう、俺も参加させてくれよ。なんだったら二人纏めて相手するかぁ?」
いきなり乱入し、得物の忍刀を手ににたりと笑みを向ける。
「あ、ずるい!俺も混−ぜてーっ」
つられて遊まで飛び入り、いきなり百目鬼に斬りかかる。
「うおぉっ!?」
「おやおや、これは面倒になったね」
そんな中、遊はチラリとコルアトに目配せをした。意図を察した彼は腰に二対の黒白の翼を顕現させ舞い上がる。
「おいッ、スキル無しの模擬戦だっていったろぉが!」
「だからぁ、攻撃スキルは使ってないだろぉ?」
含み笑いだけを残して、更に術式を起動し気配を消す。
(こういう場合、逃げるが勝ちかな?)
その喧騒を遠目に眺める者もあった。纏衣 虚(
jb2667)である。
襤褸の下、仮面越しに乱戦模様を目で追う。野良猫たちと遊んでいた所、見覚えのある集団を見かけ思わず足音を殺し追ってきてしまったのだが、目立ちたくなかったので姿を匿し、ずっと観戦していた。
「皆…仲良い…」
何処か、羨望を含んだ呟きを漏らしながら、自分ならどう動くだろうかと脳内で思考し始めていた。
「いやはや、若いのう」
混戦と化した模擬戦に、鳥居ヶ島 壇十郎(
jb8830)は煙管を咥えたまま呵呵と笑う。
「おぅいハマグリの!そこの一つ投げて寄越してく」
「おいしく食べてねー!」
言い切る前に竜気が全力投擲した大ハマグリが、爺様の顔面にめり込み、ぶっ倒れる。
「そういえば、お前さっき食い終わってなかったか?」
ふと、横でまた弁当を食べている廸に羽釦は首を傾げる。
「ああ、そこにあったから」
(…たしかそこのは)
「って錣刃サンが食べてるそれ俺の弁当!!」
「…おや、揺籠のだったんだ?」
言いつつ粒一つ残さず平らげた廸が、ぱんと手を合わせる。
「ごちそうさま」
「おいぃッ!」
しれっとした廸に、百目鬼が怒りに任せ鉄下駄を蹴り飛ばす。だが彼は無造作にヒョイと避け。その先に居た竜気の頬にクリティカルヒットして吹っ飛ぶ!
(ハマグリ投げるとよくない事が起こる。俺覚えた)
「あらあら、大丈夫ですか、蜃様」
脳裏にそんな事を思いながら、気を失う竜気に白磁が駆け寄る。
「かかか、いい気味じゃ…て、あた、あたた、腰にきおった!誰か湿布を…」
その様に笑いながら腰の痛みに悶える爺様。
乱戦は周囲を巻き込み、、弁当を巻き込み、このままカオスを増して行くかに思えたその時、
「いい加減、やめんか」
「ぐはっ…それきつ…羽釦、サン」
不意打ちにボディーブを叩き込まれ、百目鬼は涙目で抗議するも、
「自業自得だ、阿呆」
一言で切り捨てられ。
「ちぃとおイタが過ぎるで?頭冷やしや?」
他の二人も、統理の鉄拳制裁に鎮圧される。
「賑やかだねぇ」
いつの間にちゃっかり観戦組に紛れ込んだ夏藍は、お握り片手に肩を竦めるのだった。
「はしゃぐのは、良いの。でも怪我をするまでは、駄目」
白磁に手当てを受けながら、弁当が無い事実に愁傷する百目鬼。この後はバイトの予定なので、流石に空腹ではきつい。そこへ八尋がお握りを幾つか差し出す。
「よかったら」
「ありがてぇ、食いっぱぐれねぇですみましたねぇ」
礼を述べ、遠慮なく馳走になるのだった。
やがて色々あった模擬訓練も終わり、それぞれ別れを告げ解散となる。
「楽しかったねー、琴くん♪」
全力で暴れてすっきりした顔で、隣を歩くコルアトに笑いかける遊。
「おぉう。でもなぁ、途中から一人居なくなってなかったかぁ?」
「んー、そーいえばそうかもっ」
「持ってけ、今日も長いんだろ」
バイトに向かう百目鬼の背中に声をかけ、振り向いた彼に、羽釦は別に用意しておいた小さな弁当を放り投げた。
「いつも有難う御座います、頑張りますねェ」
嘗ての同居人の心遣いに嬉しそうに笑み、礼を述べて再び駆け出す。
「ま、頑張れよ」
「さて、皆帰ったかな…ん?」
「……」
最後に残り、施設使用後の手続きを済ませて帰ろうとしていた夏藍は、ふと気配を感じて倉庫の影を覗き込む。
そこにぽつねんと膝を抱え、地面にのの字を書いている影…観戦を切り上げ帰ろうとして、帰路が分からず迷子になった虚であった。
「あの…」
「…ッ」
取敢えず彼を保護し事情を聞くと、スマホの充電切れで道が分からず施設内で迷子になっていたと。
「なるほど。じゃ、一緒に帰ろうね」
「…助かる…」
●
少し刻は遡る。
本土からやってくる旅客船の船着場。到着したばかりの船から、一人の老人がこの地に足を踏み入れた。
「ジンコートー、なんてぇよく言ったもんだね…確かに、色気も味気もねぇ島だよ」
咥えていた煙管を離し、ふーっと煙を吐き出す。彼は徳重 八雲(
jb9580)。一見老体だが、はぐれ悪魔である。
この地に旧き同胞が集まると聞き、遅ればせ参じたという次第であった。
予定ではもっと後の便でくると伝えていたので、港には出迎えの顔は無く。時間までのんびりと、見知らぬ地の散策に繰り出す事にした。
「流石に、随分ハイカラな店が多いもんだ」
すれ違う学生や、見慣れぬ商店に関心を寄せつつ。時代の流れを噛み締める。
「遅ぇ、年寄りを待たすなんてぇどう謂う了見だ、このボンクラ」
おっとり港に戻れば、旧知の顔があり。ニヤリと笑いながら悪態をつく。
「早く着いたんなら一報入れて下さいよ…」
待ちぼうけを喰わされた羽釦は、相変わらずの老人の様に苦笑を浮かべる。
「若ぇ頃の苦労は買ってでもしろってぇいうだろ?」
「そりゃ、徳重の爺さんからみたら俺も若いですけどね」
他愛の無い掛け合いの中、二人は学園へと歩き出していた。