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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:難しい
参加人数:6人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2014/04/05


みんなの思い出



オープニング

“いつまで拗ねているつもり?”
 
「……―――」
 ぱっ、と瞼をあけて目に入るのは板張りの天井。暫く自分がどこに居るかわからなかった。
「そんなつもりは、無いのですけれどね」
目覚めは、特に悪くもなく。ただ目覚め際に聞いた夢の中の彼女の言葉が、暫く耳に残っていた。
 ゆっくり上半身を起こし、布団の上で暫くぼんやりとする。
「君が居ない現実が夢なら…どんなに良かったか」
 書き物机に視線を移す。そこに立てられたフォトスタンドには、どこか揶揄う様な笑みを浮かべた少女が写っていた。


 タラップを降りた少女は、船旅の中で様々な想像していた場所を、目を細めて見渡す。
 久遠ヶ原人工島、そこに築かれた、世界最大のアウル覚醒者養成機関――
「…ここが、久遠ヶ原学園」

 まず学園に向かい、学生課に入学手続きに必要な書類を提出。様々な説明を受けた後、そこを後にした頃には昼を大分回っていた。
「………」
 目印を書いて貰った学園地図を片手に、教えられた商店街に着く。
 今尚人口の増え続ける学園島には、似た様な商店街が複数あり、初見の少女は戸惑いつつも歩を進めた。しかし――

「…どういう事?」
 其れ程区画が広い訳でもないに関わらず、かれこれ三往復、隅無く探し回ったが、一向に辿り着かないのだ。
 まるで何かに邪魔をされているように。
(…そうね。彼の立場なら、私達と顔を会わせたくは無い)
 懐から、一枚の紙を取り出す。細長い長方形のそれは、複雑な文様と呪文字が描かれた符呪。
《境より 凶とて 響鳴ら四面》
指に挟んだ符を、目前の地面に放つ。
《回帰て 皆既 道均し 指針が四神 西方猫子》
 地に牴れる寸前、呪言に応えたそれがくるりと丸まり、ボンっと爆ける。
『にゃあ』
 煙が収まったそこには、抜ける様な白毛の猫が一匹。
「行きなさい」
『みゃっ』
 ぱっと身を翻し、商店街を進み始める猫。少女はその後をゆっくりと追い始めた。


「…招かざるお客ですか」
 感じた気配に、コーヒー喫茶『雨音』のマスター、壬生谷 霧雨(jz0074)は軽く頭を振った。
「ん? なにかいったー、てんちょ?」
「いえ、なんでも…ああ、次に来るお客様ですが、このカウンターに案内して下さい」
「??」
 カロン―カランガラン――
 腑に落ちず問い返そうとしたウェイトレスの女性、玖蛇象 眞宮は、直後に来店のベルを聞き反射的にそちらへ向かう。
「いらっしゃいましー、一名様ですね」
「はい…、あの、こちらの店長さんは」
「なるほど」
 何故、次の来客が自分に用があるとわかったのかは知らないが、マスターだからそんな物かと眞宮は深く考えるのを止めた。
「え?」
「いえいえ、御気になさらずお客様。では、こちらへどうぞ」
 案内されたカウンター席。移動中も既に視界に入っていた青年は、少女を見る事無く洗い物を続けていた。
「では、何かご注文があればてんちょに直接お申し付け下さいね〜」
 面倒臭そうな気配を敏感に察知し、眞宮は退散とばかりに他の接客を装ってその場から離れる。

「………」
 目前の相手を無言で見つめる。顔色の読めない笑顔が、にこにこと張り付いていた。
「お会いするのは、これで二度目になりますね、叔父さ」
「貴女に叔父と呼ばれたくはありません。嘔吐が出る」
「――ッ」
 笑顔のまま、吐き棄てるような言葉に籠められた怒りの色に、少女は小さな肩をびくりと振るわせた。
「…霧雨さん。私の事は、ご存知ですよね」
「ええ、“次期宗主”殿。その制服から見るに、入学なさったようですね。本家はそんなに居心地が悪くなりましたか?」
「それは…」
 壬生谷一族は今、跡目争いの渦中にあった。
 現宗主が娶った分家筋の正妻、その産んだ一人娘である少女と、本家筋の妾が昨年産んだ男児。
 年齢的に、優先順位は当然明確であり、潜在能力も少女の方が高い。だが血統主義と男尊女卑が蔓延る古い一族は、それによって二つに割れ、水面下で争いが起きていた。
 そしてそれは激化の一途を辿り、つい先月、実力行使――次期宗主の暗殺未遂、といえば大事に聞こえるが、勇み足を踏んだ術者を少女は圧倒し、叩き伏せた。
 恐らく、その後は内々に処罰されたのだろう。直接は目にしなかったが、父である宗主の口ぶりから悟った。
「否定はしません。ですが、学園に来たのはより力を高め、次期宗主としての立場を彼らに納得させる為です」
「そうですか。ま、私には関係ありませんね」
「いえ…そうでもありません」
「…どういう意味でしょう」
 手荷物から取り出した、一通の書簡をカウンターの上に出しだす。
 宛名は『壬生谷 霧雨様へ』 差出人は『壬生谷 時雨』とあった。
「…姉さんからですか。いい予感はしませんね。というか、悪い予感しかありませんが」
 溜め息をつきつつも、それを取り上げる彼が簡を解き、内容を読み進めるのをじっと待つ。と、彼女の目の前にいつの間にか紅茶が置かれている事に気づいた。
(何時の間に…)
 徐々に険しくなっていく霧雨の表情を見つめながら、少女――壬生谷 篠はカップを取り上げ、香りの良い液体で喉を湿らせる。
「私に、学園に居る間の保護者になれ、と。……確認しますが、正気ですかあの人は」
「はい、母様は正気です。そして」
「お断りします。その上、ここに下宿させろですか…――何処までふざければ気が済むんだ、お前らはっ!!」
 ざわ―っ
「ちょ、どしたのてんちょ!?」
 後半は怒鳴り声になった霧雨の声に、店内にいた数名の客と、ウェイトレスの女性が驚愕を向ける。
「…っ。いえ、何でもありませんよ。皆様、驚かせて申し訳ありません」
 我に返り、いつもの笑みで謝罪するマスターに、戸惑いながらも客達は自分たちの都合に戻って行く。
「…ほんとに大丈夫?」
 唯一、それで納得せずに戻ってきた眞宮に、霧雨は微苦笑を向けた。
「本当に、何でもありませんよ。こちらはいいですから、他のお客様をお願いします」
「う、うん…」


「ともかく、お断りします。大体、下宿させられる部屋はありません。学園には学生寮があります。そちらをお使いなさい」
「この店舗の二階、以前は下宿として提供していた部屋があると、学園長に確認してきました」
「…あの狸親父」
 事情を少なからず知っている筈の中年男性の顔を思い浮かべ、唸る。
「…今日は、これで失礼します。また明日、お願いに参ります」
「何度こられても、答えは変わりませんよ」


「う〜、ホントどうにかしてよあれ…」
 依頼人である玖蛇象 眞宮はげんなりした様子で吐息をつく。
「アレから放課後、日参してきてさ…そのたんびに空気がギスって居心地が悪いのなんのって…」
 喫茶店内、カウンターから見えない隅の席で接客する振りをして、集まった彼らに小声で続ける。
「あの子さ、ここから数分先に公園があるじゃない、あそこに天幕はってるのよ」
 学園内は、当然だが治安はいい。だが、完全無欠に安全という訳でもない。
「ごく稀だけど、スラムの方からろくでなし共が自販機荒したり、盗みに入ったりする事もあるし、そんな奴等に見つかったら…」
 風紀の巡回も、オールタイムという訳で無く。篠は、そこらのドロップアウトした者達より遥かに強いだろうが、数の力は時に実力を覆す。
 寝込みを襲われでもしたら、なおさらに。
「どっちでもいいから、何とか説得して欲しいのよ」


リプレイ本文


「何か、二人の会話で気になった事はないですか?」
 難しい顔で話を聞いていた六道 鈴音(ja4192)は、その意志の強さを現すような太い眉を寄せて、依頼人の眞宮に訪ねる。
 彼女はこの店で幾度かバイト経験があり、眞宮とも知らない仲ではない。
「ん〜、近寄りがたかったから…ああ、でも学園長に話がどうとか言ってたよーな?」
「ふむ、一度訪ねてみる価値はありますね」
「俺も一緒に行きます」
 若干吊り目気味の、どこか猫を思わせるような美少年が手を上げる。姫路 ほむら(ja5415)という名の彼は、この店のマスターとも些かの交流があった。
「ほな、そっちは二人に任せるわ」
 関西系の独特なイントネーションでそう締めるのは、九条 白藤(jb7977)。紫の大きな瞳が印象的な、闊達そうな女性だ。
(互いに幸せになる方向に持って行けるといいな)
 今もギスギスとした空気を振り撒く両者を遠目に眺め、雨音 結理(jb2271)は悲しげに目を伏せる。家族の居ない彼女にとって、その光景は胸が痛んだ。
 一同の中で尤も幼げな少女だが、これでも高校生である。中々信じて貰えなかったりもするが。


 日を改めて翌日――。
「では、話せる事は何もない、と?」
「ええ。お客様にお聞かせするような事は、ございません」
 動じない微笑に、月臣 朔羅(ja0820)は冴えた視線を向ける。だが相手は柳に風といった風情だ。
店の居心地の悪さを何とかしたい、という依頼を受けた事。正面から告げ、挑んでくる直截さを壬生谷は嫌いではない。
だが今回の件に関して、彼は踏み込んでくる他者に怒りを抱かずには居られなかった。
その怒気を、巧みににこやかな笑顔の下に隠し、マスターは来店した新たな客に対応する。
「分かりました。彼女の方に、尋ねさせて頂きます」
 背後で席を立つ気配に、内心で溜め息をつく。
「ご自由に。それは、私が関知する事ではありませんから」
 事は一族の恥にも及ぶ、左様易々と語れるものではないだろう。そもそも、あの娘がどこまで知っているかも定かではない。
 そう考え、壬生谷は会計を済ませて店を出る彼女の背中を見送った。

「ねーね、マスター」
「はい、どうされました?」
「毎日来るあの子、可愛いね♪ 紹介してくれない?」
 どこか軟派風の青年の言葉に示される相手を悟り、霧雨は僅かに眉を寄せる。
「それは、私には出来かねます」
「ん〜、そっか。じゃ、自分で声を掛けてみよっかな☆」
「程ほどになさって下さいね、この店でそういう事は」
「勿論♪」
 席を立って窓際の卓子に着く少女に歩み寄っていくのは、実の所依頼を受けた者の一人だった。
 名を藤井 雪彦(jb4731)。ちゃらちゃらとした雰囲気を纏う青年だが、これでも学園屈指の陰陽師である。その関係から、壬生谷一族の名は聞き及んだ事もある。
(結構面倒な一族らしいって程度だけど。ま、何処も似た様なモンだよね〜)
「この席、いいかな?」
「…え?」
 了承を得る前に、さっさと向かいの席に着く雪彦に、篠は戸惑いの表情を浮かべる。
「君、可愛いな〜って気になってたんだ☆ 毎日この店に来てるよね?もしかしてマスターの知り合い?関係者?あと何処に住んでるの?」
「…あの、困ります。私は…その」
 これまで堅い家で育ち、こういった対応に免疫のなかった少女は、狼狽えて俯くと、突然席を立つ。
「これで、失礼しますので…ごめんなさい」
「あ、あらら」
 青年に一つ頭を下げ、逃げる様に会計を済ませて店を出て行ってしまった。
「やりすぎたかな〜」


 霧雨からの情報収集は困難だと見切りをつけた一同は、店外で合流し、公園に戻ってきた少女と接触を図る。
 先ずは依頼を受けている旨を伝え、次に現状の改善から説得を始めた。
「こないな所おったら、人に『迷惑』かけてまうよって」
 白藤の言葉に、鈴音が続く。
「取敢えず、公園で寝泊りするのは止めときなよ。こういう場所は、テント泊が禁止されてるんじゃないかな」
「…ちゃんと、学園長から一筆頂いています」
 二人の台詞に、篠は懐から一通の書面を取り出す。確かに、その旨と署名捺印が押してあった。
「許可があるとしても、何時までも天幕暮らしという訳には行かないでしょう」
 諭すような朔羅の言葉に、篠は分かっていますと頷く。
「許可は、二週間。それでダメならば諦めて寮に入るようにと、条件付けで頂いた物です」
 既に一週間は、進展もないまま浪費していた。時を経るに、焦りから彼女の態度もより頑になっているのではないか、傍らで様子を見ていたほむらにはそう見えた。
「何故、下宿に拘りを?」
「…私にとって、必要な事だからです」
「話せないって訳か。でも、押してばかりじゃ相手も頑になるだけだよ。落ち着いて考えられる状況も作らなきゃ」
 ほむらの言葉に、篠は黙する。
「手紙を渡したって聞いたけど、それで怒っちゃったんだって?あ、さっきはどーも☆」
 そこにヒョイと身を屈めて、雪彦が口を挟む。
「…貴方も、関係者だったんですか」
「そゆこと♪で、そんな酷い内容だったの?」
「いえ…母様に一度見せて貰いました。特に問題はなかったと…思います」
「じゃ、何でだろうね〜」
 篠の隣に、結理が歩み寄る。
「最悪の結果も頭に入れて、準備した方がいいと思います。女の子一人は心配ですからね」
「うん。このまま野宿を続けるのは無用心だよ」
「この学園は、撃退士が管理しているのでは?」
 超人的な能力を持つ覚醒者にとって、世間一般的な危険という物は余り馴染みがない。だが、それは対一般人という意味でだ。
 学園の住人は、殆どが覚醒者であり、一部荒んだ者達も潜伏している事情を、分かりやすく彼女に説明する。
「今日からは、私達の部屋に泊まりな。温かいお風呂もあるしね」
 それは、篠を説得する前に皆で相談しておいた事。許可もなく寮外者を宿泊させるのは、規則違反でもあるのだが。
(この子が危険な目に遇うより、後で寮監に怒られる方がマシでしょ)
 という結論で、皆が一致していた。ばれなければ問題ない訳だし。
「…、分かりました。では、ご迷惑をお掛けします」
 暫し考え込んでいた少女だが、最後は学生らの説得に応じる事となる。


 コン、コン――。
「開いているよ、入りたまえ」
 扉越しにも、聞く者を安堵させるような落ち着いた男性の声。
「失礼します」
 ノックをした当人である鈴音とほむらは、連れ立って学園長室を訪ねていた。
 フランクな調子で、突然訪ねた学生達に応じ、宝井正博(jz0036)は二人に応接セットのソファを勧め、自身も向かいに腰を下ろす。
「それで、どんな用件かな?」

 事情を話し終えた二人に、宝井は顎を撫でる。
「やはり拗れたか…。予想しない訳ではなかったが」
 持参した菓子折りを卓子に置き、鈴音は切り出す。
「篠さんに情報リークしたって事は、学園長的には雨音に下宿させたいんですよね?」
 更にほむらが問う。
「当事者が言葉を濁す事情について、何かご存知なんですか?」
「…あまり、他言できる内容ではないのだが」
 暫しの彼は瞑目する。この一件に関わるなら、その根を知らなければ理解も出来ないだろうと。
「――あの子は…当時まだ、次期宗主の立場だった父親に…霧雨君の姉が乱暴されて出来た子供、だそうだ」
「「…!?」」
 予想外の黒い事情に、鈴音とほむらは息を呑む。
「私も養成学校時代から勤める者からの伝聞でね。それ以上は知らない」
「彼がこの島に来たのは、中学の頃だったらしい。当時は、それは酷く荒んでいたと聞いている」
 その当時彼が下宿したのが、今の喫茶店の二階部屋だったと。
 必要外に決して他言しないよう言い渡され、二人は部屋を後にするのだった。


 見知らぬ他人の部屋に上がるのは、篠にとって初めての経験だった。立場上、親しい友人はなく、一族の誰かと個人的な交流を持った事もない。
「次期宗主、ね。私とほぼ同じ立場という事かしら」
 戸惑うような篠の様子に、卓子をはさんで腰を下ろした朔羅はくすりと笑う。
「…?」
「私もね、忍術宗家の出なのよ。そして当主候補。ね、似てるでしょう?」
「そう、ですね」
 ぎこちなく頷き、目の前のカップに注がれた温かいお茶に口をつける。 
「諸々の話は聞いたわ。…ねぇ、そこまで頑に彼を頼る理由は何かしら?」
「……」
 少女は応えない。知り合ってすぐ相手を、篠は容易く信用はできなかった。
それを見て取った朔羅は、無理強いは逆効果だと悟る。
「いいわ、無理には聞かない。それじゃ、ご飯にしましょうか。何か食べたい物はある?」
「特に好き嫌いはありません」


「ま、気軽に寛いでや」
「お邪魔します」
 白藤は、久遠ヶ原に自身の店を持っていた。実家の分店という形の呉服屋である。
 学生が個人で店を持てる事実は、世間知らずの篠にも、この学園が特殊な場所であると再認識させる。
 入浴と食事を済ませ、寝衣に着替えた頃合で白藤は篠に声を掛ける。
「篠さんは、どないしたいん…?」
「…」
 本家と分家のごたごた。それは白藤とっても苦い事柄だった。嘗て彼女自身、それによって傷を負った過去がある。
 学園長からの話は、既に全員が聞き及んでいた。霧雨と篠、二人の関係は、彼女が考えていたよりもっと根深いものだと。
 無意識に、白藤は髪に隠された傷跡に触れる。
「当主の権力振り翳すだけやったら…誰でも出来るんや。やから、それ以外の方法を考えんといかん思う」
「…はい」
「きつい事いうて、堪忍やで…。さ、そろそろ寝よ」


 結理の部屋を訪れて、まず篠が驚いたのは彼女が年上だったという事実だ。
(どう見ても同じ年くらいにしか見えなかったのに)
「どうかしました?」
「あ、いえ、なんでも」
 ぶんぶんと首を振り、失礼だったなと内心で反省する。改めて見回した部屋は、綺麗に掃除が行き届いているようだった。
(…女の子らしい部屋、だな)
 実家の自身の部屋と頭の中で比べ、そう思う。と、結理が奥から手作りのお菓子を運んでくる。
 それから暫く、ささやかなお茶会が催された。
「…一緒に居られるなら、一緒に居たいですよね」
「?」
「マスターさんと、です。私は、もう戻る場所がないので、余計にそう考えるのですけれど」
「私と叔父様は…そういう関係ではないんです」
 ここ数日の間に、篠の心は多少なりと緩んでいた。そこから溢れ出る言葉に、結理は耳を傾ける。
「叔父様から母を…姉を奪ったのが、私という存在ですから」
(…もしかして篠さん、自分の出生の事情を…)
 俯いたままの篠の表情は、結理からは見えない。その声音はどこまでも平坦で、感情という物が殺されていた。


 学園長の許可期限である二週間目の今日。
 篠と学生達は、放課後、閉店直前の『雨音』を訪れていた。最後の談判の為に。
 彼女らの来店を見たマスターは、閉店作業を眞宮に任せ、奥の従業員控え室に全員を招いた。

 前に出て説く朔羅に、霧雨は冷え切った視線を投げる。
「家庭の事情に口を出すなというのは尤も。でもこれ、依頼なんですよ。貴方達に巻き込まれて胃を痛めそうになっている方からの、ね」
その依頼人については、既に調べていた。その事で眞宮を責める心算はない。
 客商売でお客様に不快感を与えてしまった落度は、確かに彼自身にある。だとしても。
「家主が、下宿を認めないと言っているのです。それを無理強いする道理が、その依頼とやらにありますか?」
 道理には道理。言葉に詰まる朔羅。堪りかねて鈴音も口を開く。
「お姉さんが嫌いってのは仕方ないとして、姪の篠さんにまで冷たくするのは大人気ないですよ!」
 朔羅から、鈴音に移る視線。彼女は一瞬身震いする。
(き、気のせい…よね?)
 後継者問題。それは鈴音にとっても人事ではない。無意識に拳を握りしめる。
 そんな彼女に、霧雨は口を開く。
「…一つだけ、六道さん。君は、前提が間違っていますよ」
「え?」
「言いたい事は、それだけです」

(確かに、赦せない事ってあるよね…)
 ここまでの会話に、雪彦は自身の過去と重ねる。でも、二人は未だ意思の疎通をとるチャンスがある。形見となったハンカチをポケットの中で一度握り締め、雪彦は霧雨の前に立った。
「ボクもさ、少しは二人の一族ついて知ってる」
「そんな中で、貴方を信じて頼ったお姉さんなんだ。信じて、頼ると書いて『信頼』です」
 いつにない真剣な表情で語る雪彦だが、やはり霧雨の態度に変化は見られなかった。
(ダメか…それじゃ最終手段☆)
 突然、雪彦はその場で膝を折った。戸惑う周囲を置き去りに、床に手を突き、更に身を低く…頭を垂れる。
「お願い!篠ちゃんを、下宿させてあげて下さい」
 いきなり始まった土下座に、流石に驚きを見せる霧雨だったが、直に平静を取り戻した。
「止めて下さい。所詮は貴方方は部外者、如何言葉を連ねた所で――」
「そうです、止めて下さい」
 彼の言葉に被さる様に、それまでじっと霧雨を見つめていた篠が、言葉を発した。
「いや、でも篠ちゃ…」
「無関係な私の為に、そこまでさせてしまって、ごめんなさい」
 篠は雪彦に歩み寄り、その手を取って起き上がらせる。少女の意外な力強さに、戸惑いながらも青年はそれに従った。
「…そうです、本来は私がそうすべきでした」
 そう云って篠は、先の雪彦と同じように、その場に伏せ、頭を垂れる。
「…やめなさい」
「私はどうしても…霧雨さんの所に、下宿させて欲しいんです。そしてどうか、私に修行を付けて下さい」
「止めろと…」
「お願いします。貴方の言う事には全て従います、だからどうか――」
「止めろと言っているっ!!!」
 盛大は破砕音が、室内に響く。木製の卓子が霧雨の拳によって粉砕されたのだ。その光景に、驚愕に皆が身を竦ませる。
 これまで穏やかな人柄として島内に知られていた霧雨。それは間違いではない。だが人は多面性の生き物。普段は見せない質というものを、誰しもが秘している。
「お前達親子は、何処まで俺を…っ」
 肩を上下させ、荒い呼吸を吐く。それを徐々に収めると誰にも目を合わせず、彼は部屋の扉と向かった。誰もそれを留める事が出来ない。
「…そんなに下宿したいなら、好きにしなさい。但し、今後一切私の視界に現れない事、それが唯一絶対の条件です」
「まっ――」
 何かを言いかける篠を無視して、霧雨は背後で扉を叩き付ける様に閉じた。
「ひっ…あ、て、てんちょ?」
 外で聞き耳を立てていたのだろう、退避し損ねた眞宮は引き攣った笑顔で、彼の様子を窺う。
「…眞宮さん」
「は、はひっ!?」
「貴女は責任を持って、下宿人の世話をして下さい。私の目の前に現れないようにね」
「あぅ…」

 少女の目的は、一部達成された。その後、喫茶店『雨音』はいつもの調子に戻る。
 だが、二人を隔てた不動の戸石は、より堅く、固く閉じられる。ただ一粒の雨粒さえ、流れ込めないほどに――。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: 君との消えない思い出を・藤井 雪彦(jb4731)
重体: −
面白かった!:4人

封影百手・
月臣 朔羅(ja0820)

卒業 女 鬼道忍軍
闇の戦慄(自称)・
六道 鈴音(ja4192)

大学部5年7組 女 ダアト
主演俳優・
姫路 ほむら(ja5415)

高等部2年1組 男 アストラルヴァンガード
白露のリリー・
雨音 結理(jb2271)

大学部3年137組 女 バハムートテイマー
君との消えない思い出を・
藤井 雪彦(jb4731)

卒業 男 陰陽師
歌よ、響け・
九条 白藤(jb7977)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプB