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マスター:火乃寺
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:3人
リプレイ完成日時:2014/03/15


みんなの思い出



オープニング

 必要最低限の調度で纏められた、質素な部屋。中央に据えられたベッドから、寝室である事が窺える。そこに、部屋の主であろう人物が横たわっていた。
 それを一目見る者が居れば、死体と見間違えたかもしれない。それ程に、その姿には生気が失われていたからだ。
 名は、フリスレーレ。愛媛県内子町での戦闘後、治癒術を受け傷を塞ぐ事はできた。だが既に、生命維持に必要なエネルギーは枯渇寸前であり、死は隣人として彼女の傍らにいた。
「こちらです」
 部屋の外から声がし、扉を開けて入ってくる人影。
 一つは、ここ、九州対策室で司令の留守を任された補佐官の一人である男だった。彼に案内されて入室する女が一人。赤い髪をざっくばらんに肩で切り揃えた、赤い瞳の女性。
「彼女が?」
「既に口頭での応答は無理な状態です。ですがまだ脳波、つまり意思は在る。精神感応なら会話が可能な筈です」
「分かりました」

『…だ、れ?』
 深い場所に沈んでいた彼女に、語りかける声。搖蕩っていた彼女の意識が、それに反応を示す。
『初めまして、フリスレーレ。私の名は――。この世界で堕天し人の側に寝返った一人よ』
『……』
 聞いた事があるような、無いような名前だった。
『九州対策室の要請により、貴女に「主従契約の更新」を勧めに来たの』
 確かに契約を更新し、別天使とラインを系ぎ直せば、この死に瀕した状況は改善されるだろう。しかし――。
『私は、それを望まない。でも、椿…いや、司令や対策室の方々の好意には、感謝をしていると伝えて欲しい』
『そう、分かったわ』
 彼女がそれに頷く可能性は無いに均しいとは聞かされていた堕天使は、無理強いする事無く引き下がり、もう一つの案件を切り出す。
『では、約定通りの処置で構わないのね?』
『ええ。この身を、少しでも役立てて欲しい』
 使徒と対策室の間には、死後、その遺体を研究素材として提供する旨が取り交わされていた。『…貴女は』
『?』
『生に未練は無いの?』
 暫くの沈黙が齎される。遠き日と、近き日の光景が走馬灯のように意識の中で流れ、過ぎ去って。
『…使徒が、生物でないのは、貴女の方が良くご存知だろう?』
『……そうね』
 使徒、それは天使の都合が良い様に全てを改竄出来る、意思を持った道具。生命維持すら、自身では儘ならない穴の空いた器へと『成り代わる』事を意味している。
フリスレーレの場合、人の姿、記憶と精神を維持していたが、それは主の配慮によるもの。如何に取り繕うと、彼女は最早『生きて』は居ないのだ。それの『真似事』をしているだけ。
『だったら…最後に、確認したい事、或いは遺したい言葉があれば、聞いておくわ』
『…あの場に居た子らは、無事だったろうか?』
 彼の戦闘を思い返し、尋ねる。あの状況では、下手をすれば数名…最悪全員が死に至っているのではないかと。
『……今、補佐官に確認したわ。一応全員、無事よ。三名ほど、ぎりぎりだったらしいけれどね』
『そう…よかった』
『他にはある?』
 暫く黙考するフリスレーレ。そして――

 二日後、使徒の死亡が確認されたと、四国へ出向中の司令の下へ報告が上がる事となる。


『オイ』
『はい、何でしょう』
 中国地方に在る、ディルキスのゲート。
 内子町のゲートを撤収し、こちらに戻っていたディルキスとシン。あれから暫く姿を見せなかったイドが、そこを訪れていた。
 彼の弟子のような立場になっていたヴァニタス、シン・クレアは久方ぶりに戦闘指南を仰ごうと尋ねていたのだが。
『俺があそこでブチノメシタ連中の中に、使徒が居たろ。何であんな所に居たんダ?』
『…へ?』
 ぽかんと、暫く口を開けて黙り込むシン。
『思い出して、気になったンダよ。ワリィか?』
『ああ、いえ、そんな事は…少々お待ち下さい』
 あの使徒が以前現れた時、背後調査をしておけと命ぜられていた。シンはゲートのデータベースにアクセスする。
『名はフリスレーレ。表向き、撃退士の手によって捉えられた事になっています。以後の経緯は不明ですが、密かに人類側に寝返っていた形跡があり。確証は掴めませんでしたが。それと、その主の素性ですが――』
 続く天使の名を聞いたイドが、ピクリと眉を動かす。
『? どうかされ――』
『チョイと用が出来た。また今度ナ』
 徐に立ち上がり歩き出す男の背に、狼狽ててシンは声をかけるも、その姿は目の前で掻き消える。
『え、あ、ちょっとイド様!?って、転移はやっ』
 こういう場合、追っても無益な事は経験則だったので、溜息を吐くと同時に呼び出したままのデータに再度目を落とす。
『…女性の天使だし、もしかしたらイド様の『関係』者って可能性も…いえ、流石にそれは無い。…と思いたい』
 だが、彼の傍若無人さを知るヴァニタスは、自らの考えにどうしても自信は持てなかった。


(…逝きましたか、フリス)
 遠き南東。阿蘇大ゲートを構成する外縁のゲートにて、その天使は瞑目する。
 名をアナイティス。艶とした容姿と肢体を持つ、女性の天使だった。
『ならば私も、為すべき約を果たしましょう』
 主と使徒とのラインは一時切れても消失するわけではなく、生存していれば、それだけは感知できる。例外は、別天使へと契約を更新するか…存在そのものが、喪われた時。
 そして前者は、フリスレーレを知る彼女にとっては、考慮する価値すらなかった。
 庶務に使っている机に着くと、取り出した用紙に、さらさらと文字を綴って行く。書き終え、用意した封筒に納れ、糊づけし、切手を張る。こういう行為は、この世界で学んだ物の一つだ。手間は掛かるが、彼女はこの通信手段の趣を好んでいた。
『これを、投函してきて下さいね』
上級サーバントの一体を呼び出し、それに預けて命じる。宛先は――天魔対策室・九州支部の在る住所。
『終わりにしましょう、骸の夢も』


「まず、これは秘匿性が高く、そして何より迅速が求められる作戦だ」
 急な呼び出しを受けて集められた学生達に、教師は厳しい表情で告げる。
「これより、ある街の近郊に転移し、作戦行動に参加して貰う。十分な説明が出来ないのは謝罪するが、相手に覚られる事を可能な限り避けたかった故の処置であると理解して欲しい」
 作戦概要を記されたプリントが各自に回され、目にした学生らから、ざわめきが漏れ出す。
 内容は、直には信じられない物だったからだ。
「そこは天使がゲートを設置した都市であり、その結界から住民を救出し、退路を護衛して貰う。その際、『ゲートの天使と配下のサーバントとの戦闘を禁じる』」
 撃退士としての在り様を覆しかねない指示に、ざわめきは大きくなり、疑問の声が上がり始める。
「落ち着け。今回に限って彼らは『協力者』だ。これは天魔対策室・九州支部と、その天使の密約の下に展開される作戦だ。一時的な共闘だと考えろ。天魔に私怨の有る者がもし居るなら、今回だけは、それを抑えろ」
 その可能性の無い者を選抜したつもりだが、何事も完璧とは行かない。もし私情に駆られる者が居れば、相応の混乱が予想され、最悪作戦失敗の可能性もゼロではない。だがその精査に掛ける時間は、既に残されていなかった。


リプレイ本文


 魔力により空に生み出された力場に、女は閑かに佇む。背には、一対の純白の翼。
 緑晶の槍を右手に、盾を左手に、アナイティスは瞳を閉じ、この世界を吹き流れる風に身を委ねる。
 生命の力、意思――それらが、この世界には溢れている。天界には既に喪われた、世界の活力とも言うべき物。
 力で奪うだけで、自ら何も生み出さない種。
〈それが、今の私達…〉
 一部には、そうでない者も居る。だが、例外なくその身に流れるのは、搾取された命達の残響。それに生かされる事に甘んじ、更に貪欲にそれを望む天界。
〈生きた死屍と、何が違うというの〉
それでも我が身を維持してきたのは…たった一人の為。だが、数千の年月を生きてきた彼女と違い、使徒となった者の心は、そこまで保たなかった。故郷を滅ぼされた憎悪と、主への情の板挟みの中で少しずつ、壊れていく。
傍らでそれに気付きながら、如何する事も出来なかった。

 時は過ぎ、この世界。現生種より現出した、撃退士と呼ばれる者達を知る。我々を天魔と呼び、児戯にも均しい技で、諦める事もなく抵抗を続ける彼ら。
 時に圧倒的な力で薙ぎ払われても、彼らは何処からか立ち上がってくる。それがあの子の心に、小さな揺らぎを起こした。
『もう一度、人として抗ってみたい』と。
 隠していたようだが、それに気づいた時は嬉しかった。この千年なかった、己から何かを望む姿を見せる、愛し子。
だが同時に、死地に望む道。それでも、叶えてやりたかった。


『手子摺っておられるのかな?』
 転移の気配が、2つ。そちらに躰ごと振り向く。
『いいえ、予定通り進んでおりますよ』
 片手に大斧を引っさげ、野太い笑みを浮かべる男、その傍らに傅く様につき従う青年。
『ふっ、ならばよいが。なに、俺も少し退屈していてな、出来れば屑共と久方ぶりに遊びたく思うてよ』
 彼女のゲートから幾らか南方にゲートを構える天使と、その使徒である。
 そして、青年が何かを探るように結界内部を偵っている事にも、彼女は気付いていた。
“主、やはり…内部で戦闘の気配が全くありません”
“ふん…”
 表情を変えず、交わされる念話。男は視線を目前の女天使の、小揺るぎもしない微笑に向ける。
数時間前、人間が大挙して彼女の結界に押し入ったという報告を受けてから、何の変化もない事に訝しみ、彼らは此処にこうしていた。
『だがせっかくここまで出張ったのだ、少しばかり俺も遊ばせてくれんか、アナイティス殿』
『あら、それは――』
 困った様に眉を寄せ、首を傾け。
『遠慮して頂けませんか?』
 リィイイインッ!
『なっ!?』
『貴様!!』
 突如、男と青年の天地四方を、鮮やかな蒼光が包み込む。空間に描かれた封印の障壁が。
『何の真似だ、貴様血迷ったか!』
『いいえ、私には、もう迷うだけの血すら通っておりません』
 透徹した笑みのまま、封印域を内部に拘えた対象ごと、収縮させていく。
『おのれっ』
 男が、全力を込めて手にする大斧を障壁に打ち付ける。だが、それは澄んだ音を立て弾かれ、僅かな歪すら付けられず。
『馬鹿な…』
 まだ若い彼は知らない。眼前の彼女が彼より遥かに永く生き、力ある事を。天界の方針に異議を示したが為に、階位を落とされた経緯を。
『今暫く、そこで大人しくていて下さい』
『貴様の思い通りになどさせるか!』
 完全に封じられる寸前、男は思念を伏せていたサーバントの一群に送り込んだ。
“ゲート内部の人間を殺せ”と言う命を。

 ――その少し前。
『妙だな…』
 彼の地より北方に位置する、もう一つのゲート。
 怜悧な美貌を傾け、一人の天使が、投影される幻像に眉を顰める。
 阿蘇大ゲートを構成するゲート群に人間達が攻め寄せる事例は、ない事ではない。だが、その件について一切報告、周知が成されていない事実。
 勿論、報告するまでもなく一蹴できるという理由も在り得る。人間の力など、彼ら天使から見れば取るに足らない物――という認識は、未だ彼らの中に根強い。
 だが、何かが引っかかる。
『機動力に優れるサーバントを一群、組織なさい。アナイティスのゲートに探りを入れます』
 己が使徒にそう命じ、自身も腰を上げる。
『一応、私も出向く。お前には、その間留守を任せます』
『はっ』
(何もなければ、余暇の訪問という形で済ませばいいだろう)
 足首まである黒髪を軽く払い、天使はゲート外への転移陣を起動させた。

●南部攻防戦
 協力者である天使からの警告により南方、偵察に出ていた対策室の一隊より、北方に天魔発見の報が齎される。
 この為に参加要請を受けていた学園の学生、及び対策室の実戦要員は、二手に分けられて防衛線を展開。激突まで、間も無くとなっていた。
(…ゴーレム、ね)
 開けた国道沿いと言っても、疎らには木々がある。その一つに背を預け、先行偵察を買って出た彩・ギネヴィア・パラダイン(ja0173)は迫る敵群を観察する。
 遠近を考慮し、歩幅からその移動力を測る。それを終えると、唐突にその場から飛び出す。天魔群の目前を横切るように。
(まだ攻撃は来ない…なら)
 天魔の側に向き直った彩の光纏が、僅かにぶれる。直後に飛び退ったその場に、彼女の瓜二つな――といっても平面的な――残影が残されていた。
 更に後方に下がる彼女の視線に、錐状の鋭い岩石に襲われる分身が映る。相対距離、及び分身周囲の破壊状況から、大凡の威力。
 それらの情報は、光信機の共通チャンネルを用い、南方防衛の部隊に齎された。


文字通り、地響きを立てて迫る岩の壁。一体が四m強を誇るゴーレムが20を越える進軍。
されど、それを打ち砕かんとする意思が牙を剥く。

黒々とした底冷えする砲口が、天魔の一体を捉えた。迫撃砲とも錯覚しそうな巨大な対戦ライフル。その大型魔具の顕現に必要なアウル量により、閑かにスコープを覗き続ける影野 恭弥(ja0018)の身には多大な負荷が掛かっていた。
金色の瞳が収縮し、主の意思に応え、薬室内に生成されるネフィリム鋼135mm弾頭。照準が天魔の身中を捉えた瞬間、引き絞られるトリガ。文字通り劈くような砲撃音を置き去りに、前衛ラインを抜け、大気の膜を突き破りゴーレムに直撃。その岩石体を粉砕する。
――ズズウゥンッ
着弾の衝撃に、然しもの巨体も蹈鞴を踏み、仰けぞるように倒れる。その威力は、この戦域に集った面子の中でも射程共に群を抜いていた。だが、スコープの中で巨体が再び震える。見れば地面から土塊を補充し、破損した部位の補修を始めていた。
(………)
とは言え、あくまで喪失部位の応急処置であるようだ。今の一撃で警戒したのか、その固体は進撃を一時停止する。それで十分だった。
その間に前衛との距離を詰めた別の一体に速やかに照準を移し、恭弥は再びトリガを引き絞る。
彼に続き、打ち合わせ通り遠距離主軸の3マンセルで布陣した国家撃退士達が射程内に捉えたゴーレムに対し、インフィルトレイターの先制遠距離射撃を開始。
その中に、これが初任務である霜野月 白華(jb9208)の姿もあった。
まだ駆け出しの彼には、標的も大きく動作も遅いゴーレムの方が与し易いだろうという判断で、振り分けられたのだ。
(確かに、当てやすいな)
 ともかく出来るのは援護射撃と割り切り、引き絞る和弓から、アウルを宿した一矢か放ち続けた。

「無様な欠陥品にもやれる事はある、と。さぁ、やるとしようかぁ」
 手にする魔術所の最大射程を持って、雨宮 歩(ja3810)もそれに加わる。少し前に重傷を負った彼は、無理をおしてこの作戦に参加していた。
 そこまでして成す理由が如何なる物か、彼にしか知る由も無い。
(天使が協力者なんて…天界も纏まってるわけじゃないのね)
 胸中でそんな事を考えながら、蓮城 真緋呂(jb6120)は、最初に射程に入った天魔に、手にする青き洋弓を引き絞った。放たれる一矢は差い無くその胸甲に突き刺さる。
 偵察情報から、ゴーレムの射程より彼女の弓は僅かに射程が長いらしいが、押し込まれればそれも意味が失くなる。
(状況次第で、私も前に出ないとよね)
 次々に着弾する射線の隙間を埋める様に、久遠ヶ原の学生達が突撃を敢行する。

「でっかいのがいっぱい!先手必勝よ!突撃―!」
 言葉違わず、鉄砲玉の様な勢いで撃退士の前衛から飛び出す少女が一人。
 先行する雪室 チルル(ja0220)に、数体のゴーレムの魔法が捉える。だが――
「あたいにそんなものが効くかー!」
 少女が振るう、細身のエストック状の大剣。クリスタルの様な刀身が氷片を散らし、周囲を漂う氷粒子が受ける端から、悉く威力を減衰させる。
 ただ一撃も、彼女にまともなダメージを与える事叶わず、チルルは天魔一体の正面に辷り込む。
「そぉい!」
 突進の勢いを殺す事無く、全力で叩き込まれた刺突がその脛に炸裂。砕かれ、傾いた巨体が音を立てて横倒しになる。
「転ばせたわ!次!」
 してやったりと笑みを浮かべ、即座に今度は右手のゴーレムに標的を移す。
 彼女を基点に、天魔の二列横隊が更に崩れ、そこに後続が一斉に襲い掛かった。

 詰まる距離。前方の天魔が反応し、軍服の様な外套に身を包む少女に向け、地面から伸び上がる岩槍が襲い掛かる。
「…温い」
 白い包帯で包まれたマキナ・ベルヴェルク(ja0067)の偽椀が、アウルの黒焔を纏う。速度を緩める事無く突進した彼女は、岩槍を拳で叩き砕き、即座に換装した長銃身の散弾銃の引き金を絞る。激発と共にばら撒かれた銃弾が、天魔の前面に着弾、その足を留めた。
 その天上で翼が羽ばたく。
「…数ばかり揃えおって」
 空を駆けた鬼無里 鴉鳥(ja7179)は、呟きと同時腰溜めに構える。上空からは、天魔の位置が良く把握できた。
 次の瞬間、居合いの如く抜放たれた漆黒の大太刀が、刀身に収斂された閃光を解き放つ。
 砲撃の如く放たれたそれは、戦場を斜めに切裂き、軌道上にいた三体のゴーレムを薙ぎ撃った。
 手負いとなったその内の一体と距離を詰めた少女が、手にする大薙刀を横倒しに振り被る。
「せいッ!」
 気合一閃、編みこまれた後ろ髪を流し、大振りの黒刃が眩い白銀に輝く。その斬撃はゴーレムの脚部を半ばまで断ち、ぐらりと傾いだ天魔が、然しその巨体から繰り出す岩拳。
紅葉 虎葵(ja0059)はその一撃を強化した全膂力を以って刀身で受け止めきり、弾き、更に一閃。その腕を凪ぎ砕く。
「そんな拳で、僕を砕けると思わないでよね!」

 巨大な拳が、小さな少女を叩き潰さんと振り下ろされる。
 しかし、
「小っちゃいからって、甘く見ないで…なのっ」
 若菜 白兎(ja2109)は、その見た目からは信じられぬ膂力で、それを受け止めた。若干涙目になりつつ。
角度を外らし、受け流した彼女の振るう盾槍が、淡き青色の星光を煌かせる。
「いくのっ」
 放たれたアウルの光矢は、目前とその後で戦闘中だった一体を同時に貫いた。
 更にそれを好機と見て取った一人が、掌を天に向ける。
「纏めて爆ぜてください」
自身の頭部にはやや余るサイズのシルクハットを揺らし、ハートファシア(ja7617)は二本の巨大な魔剣を召喚、落下したそれが牴れたゴーレムの上半身が、盛大に爆裂した。
「ふわぁっ」
 びくり、とそれに驚き身を竦ませる白兎の前で、二体の天魔が同時に崩れ落ちる。同時に、ハートファシアもまたその場に膝を着いた。
 ダアトの身で重戦型の天魔と格闘戦を挑み、少なからぬ痛手を被っていたからだ。まるでどこかの誰かのようである。
「あ、だ、大丈夫?」
 白兎が彼女に駆け寄り、優しい光に包まれたハートファシアの傷が塞がっていく。
「ありがとうです」
 どこか眠たげな瞳を白兎に向けて礼を述べる少女。
 それ以降、二人はどちらからとも無く肩を並べ、補い合いながら戦闘を継続するのだった。

 前衛は乱戦の様相を成したが、徐々に撃退士は天魔を圧倒し始める。
 陣容が乱れ、各個分離されていくゴーレム。その腕を摩でる様に振るわれた扇が、岩の腕を砕いた。
 着流し風に纏う衣を靡かせ、青戸誠士郎(ja0994)は一対の扇を舞う様に操る。我流の技を振るう彼の一撃は、込められた闘気と、側面から不意を撃つ戦術に常より威力を発揮し、同時に天魔を惑わせる。
(彼の天使が何を思い、何を目指しているかは解りませんが…)
 意図は不明であれ、今は頼れる協力者。今後の為にも、何がしかの協力関係が気付ければ、越した事は無い。
(この作戦、手早く確実に推敲する必要がありますね)

●北部攻防戦
“最初の客は、お空に来るぜ”
 偵察の対策室所属忍軍より入る情報に、受け取った只野 黒子(ja0049)は光信機を手に声を上げる。
「先行天馬、来ます。対空戦用意です!」
 貸与された数が少ない為、所持を任された者達が、周囲に伝聞で伝える方法が取られていた。
小柄な令嬢然とした少女は、情報が行き渡った事を確認して、眼前を覆う金髪を透かす様に傍らを見上げる。
「さて…クロコに貰ったライフルを使うには、良い舞台、だな」
 視線の先、長身の赤毛の青年は顕現させていたリボルビング式のバンカーを、対戦ライフルへと換装する。だが、一瞬、増加する負荷にアスハ・ロットハール(ja8432)は僅かに蹌踉めく。
 以前の任務で負った傷が、まだ完治せぬ内にこの作戦に参加した為、その能力は大きく低下していた。
「俺がサポートする、思い切りやれ」
 彼の腕に、支える様に手を掛けた黒子が、先とは違いぶっきら棒に言い放つ。恐らく、そちらが本来の彼女。
 手にする特殊素材のライフルが、古めかしい瀟洒なマスケット銃に偽装されている様に。
「…ああ、頼りに、させて貰う」
 そうして、二人は共に戦場へと疾駆する。

(天の者との盟約か…)
 どこか達観した思いで、ケイオス・フィーニクス(jb2664)は思索を巡らす。
(まぁ良い…我にとっては瑣末な事…)
 永き時を生きた古き魔は、無為な思考を打ち切る。今この場で成すべきは人の子等の救出、その邪魔を排除する事だと。

(密約…もしかして去年の使徒の投降の時に…?)
 作戦を聞かされてから抱いていた考えを、龍崎海(ja0565)は振り払うように、背の翼を顕現させる。今は眼前の特に集中すべきなのだから。
「地上は任せます」
 海以外の空戦能力を持つ学生達も、次々と蒼空へ向けて羽ばたいていく。
「ご武運を」
 それを見送る一人、陰陽師の少女が、飛翔する者達に向けて印を切った。

 南の地に災厄あらば、北の空を死の百合が裂く。
(天馬狩りの時間だわァ…)
 白き肌に金色の瞳を持つ少女が、然も楽しげに嗤う。
 通常の狙撃銃よりも更に長銃身のそれは、黒百合(ja0422)が全領域攻勢型ユニットを追加したカスタムモデル。覗き込む高精度スコープは、天翔ける白馬を鮮明に捉える。そしてその射程は、更に群を抜いていた。
「きゃはァ、私の攻撃は少し痛いわよォ…死ぬ気で避けないと逝っちゃうわァ♪」
 消音装置により殆ど撃発音は聞こえなかった。空と逸った昏き弾頭が、天馬を捉えた瞬間。
『ヒ―ッ!!?』
 空で爆ける肉塊、断たれる悲鳴。少し所ではない、ただ一発の銃弾が天馬を文字通り粉砕した。
 熟練の技術、能力、そして装備強化も一因だが、最大は彼女の纏うアウル…その属性。
 あり得ぬほどに闇に染まった彼女の魔属が、天属の天馬に対し、問答無用のブーストを掛けていた。
「きゃはァ、次はどれを叩き落してあげようかしらァ♪」
 しかし、それは諸刃の剣。彼女を脅威と見て取った残る四体の天魔が少女に殺到する。風の刃が、光の槍が黒百合目掛けて一斉に襲い掛かった。
 二度までは空蝉による回避を做したが、深い魔属が今度は天魔の攻撃を避け難く、増大せしめ、浅からぬ傷を負う。
 だがそれは、同様に対空戦に飛翔していた者達にとって好都合であった。
「文字通り、飛んで火に入るですね」
 側面に回りこんだ海の手に、彼のアウルと同色の輝く槍が生み出される。すかさず投擲したそれは、天馬二匹を貫いて、虚空に溶け消える。
「黒百合さん、無茶苦茶さぁね」
 呆れた威力に微苦笑を浮かべながら、射程内に捉えた一匹へと九十九(ja1149)は、禍つ風神の欠片を宿すという大弓を引き絞る。
 狙い済まされた一矢が天馬の翼を容易く射抜き、一時的に飛行能力を減じた標的が高度を落とす。
 其処へ地上から急上昇してくる影。落下する天魔の頭部に嶺 光太郎(jb8405)が烈蹴を叩き込む。頭部を粉砕され、天馬は絶命した。
(おいおい、どれだけ手練れが集まってんだよ…)
 更に上昇しながら、彼は頭を掻く。正直、もっと手間取ると考えていたが、良い意味でそれは裏切られていた。

「所詮は獣だな」
 海とは逆側に飛翔した竜魔人、リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)は、手にする赤光を放つ大剣を、己が内に取り込む。それは彼の鱗から打ち出された一品ゆえに、親和性が高く、それを核に体内で精錬、高密度に濃縮したエネルギーを産みだす。
 次の刹那、轟く轟音。彼が咆哮の様に発した雷光は空を裂き、天馬二体を飲み込み、撃ち滅ぼす。
 手早く空戦を圧勝し、黒百合は一時降下して陰陽師による治癒を受ける。その他の無傷だった者は、そのまま上空から人馬殲滅へと移行して行った。

 地上戦に視点を移せば、若干だが撃退士側が手間取っていた。
 人馬型は、ただでさえ敏捷である上、撃退士が迫る山林に退いて矢を射掛けてくる。と思えば突如飛び出し、その機動力で彼らを突破しようと試みるのだ。
 上空の優勢を見て取り、片瀬 集(jb3954)は黒炎の如き靄を纏う機械弓を下ろす。
 どうやら加勢の必要はなさそうだったからだ。
(なら…)
 阻霊符の発動を確認し、少年は山林から飛び出し突破を図る人馬を優先的に射抜き、それを押し戻す事に専念する。

「――ッ?!」
 山林に踏み込んだ陰陽師の青年目掛けて飛来する一矢。死角から不意を突かれ、貫かれる――と見えた刹那、後方から飛来した別の矢が、それを打ち落とす。
「内助の功って、こう云うのかしら?」
「…助かりました、感謝を」
 実戦経験の少ない彼は早打つ胸を押さえ、冷や汗を拭い寄ってきた菊開 すみれ(ja6392)に謝意を示す。
「お礼なんていいの。私、こう見えてもご奉仕得意なのよ」
 にっこりと、然しどこか艶やかな笑みを浮かべるすみれ。言葉回しが妙に、アレな気がするし。
更に戦闘に赴くには些か露出度の高い着衣と、それにより際立つスタイルに、別の意味で彼は動悸を高めさせられた。

「チッ、数が多い上にチョロチョロと」
 赤いファイヤーパターンを刻まれた改造双銃を手に、山林内で一匹を仕留めた麻生 遊夜(ja1838)は軽く舌打ちする。
「クスクス…そうだね」
 その背中合わせに、どこか童女の様に笑みをこぼすのは彼の恋人である来崎 麻夜(jb0905)。その彼女に向け放たれた矢を、即座に反応した青年が撃ち出した赤き光弾が弾き飛ばす。
「残念、外れだ」
 にやりと笑う遊夜の背後で、麻夜は骨格だけの翼を広げ、ふわりと飛翔する。
「僕に触れて良いのは先輩だけなの」
 攻撃により位置の割れた人馬の背後に降り立ち、手を銃を握るように天魔の背に突きつける。途端に溢れ出る毒々しいアウルが、変色した血液の色合いを持つ拳銃を産みだし。
「キミは、ここでオシマイ…だよ?」
 笑みながら瞳から血涙を流し、憎悪を込めた弾丸が天魔の体内を弾く。衝撃に蹌踉めき、隠れていた樹から姿を現す。
「風穴開けてやんよ」
 その隙を逃さず、双銃から放たれた弾丸が天魔を次々に穿ち、息の根を留めた。
「ボクは影、先輩の影なの」
 再び舞い戻った麻夜は、甘える様に彼の背に頬を擦り付け、楽しげに声を漏らすのだった。

 徐々に数を減らす人馬。対策室の撃退士達が包囲を狭め、一角へと逐いこんでいく。
「天の傀儡共よ…我が領域に踏み込んで五体満足に済むとは思わぬ事だ」
 その上空に飛来するケイオスの放つ凍気が人馬四体を包み込む。魔属の力がその悉くを凍て付かせ、眠りへと誘う。
 一匹ずつ止めを刺すのは、実に容易い作業だった。

●乱入
 南方の戦闘は、終始撃退士の優勢に進み、最小限の被害で敵第一陣を殲滅。
 偵察により増援が確認されていたが、到達までに若干だが間があった。その間に、応急処置や束の間の急速を取る学生達。
 やがて、増援の天魔が彼方に現れる――と見えた時、それは現れた。
 天魔群と撃退士、丁度その中間に、漆黒の翼を羽ばたかせ降りる人影。
「あれは…まさか?」
 誰かの呟き、同時にそれを確認した数名が、反射的に行動を起こす。
『あァ、長距離飛ぶのは、流石にダルイわ』
 言葉通り、凝りを解す様に肩を回す男…灼焔の如き赤髪に一対の拗れた角を持つ、天魔。
「会いたかったぜ、紅蓮の悪魔ァ!」
 刹那、その側面から闇を秘める紅蓮を宿す、紅の太刀が振り下ろされる。
 ギィイインッ
『ほう、イイ焔じゃネェか…ん?』
 瞬時に具現させた黒き斧槍でそれを受け止めたイドは、咀み合う得物越しに相手を見やり、眉を動かす。
『どっかで見たような…アー』
 その反応に、君田 夢野(ja0561)が微かに笑う。
「この焔の名はEs――またの名を“本能(イド)”。まぁ、お前から貰ったモンだよ」
『ナル程…何時ぞやの小僧カヨ。しかしテメェ、随分黒ずんだナ』
「いや、染め直しただけだろが!」
 他愛ない会話で間を外した一瞬、太刀を叩き返し、天魔の一撃が夢野を襲う。だが気構えていた彼は、辛うじてそれをもう一刀で陵ぎきる。
『ちったァ、腕を上げたか』
「あぁ、初対面は駆け出しの頃だったな。あれから随分経ったが、お前は相変わらずだな」
 イドを知る者も、知らぬ者もその一幕を遠巻きに見守る。中には、明確な殺意を向ける者も居た。
(…お前のせいだ、イド。こんなグチャグチャな感情を俺に)
 集の明確なそれに、イドは一瞬視線を向ける。刹那咀み合う視線は、次に九十九を捉える。
『…言いたい事でもあるノカ?』
「……、今はいいさ。やるべき事があるんでねぇ」
だが次に会う事があれば、倒す。その意思を込め睨み返す。
「ククッ…と、お前もいたのか、クレハ」
 何時の間に視界に現れた少女に、悪魔はさらに視線を移す。
「……」
 合理的な判断ではない。頭では解っていても、鴉鳥は其処に駆け出してしまっていた。
「ちょ、鴉鳥!?」
それを咄嗟に追いかけてきた虎葵は、様子のおかしい彼女の後姿、そして悪魔を見比べ…取敢えず直感に従う事にした。
 つまりはずびしと男を指差し、
「責任をとりなさい!」
 と宣ったのである。だが、
『まだ一度しか抱いてネェからナ、断る』
 と返され、ぽかんと口を開けて固まる。
「だ、黙れ馬鹿者!」
 鴉鳥が、慌てて掻き消そうと声を荒げるが、最早後の祭り。
「…ぇ、あ…え?だ、抱い…えええっ!?」
 やがて言葉の意味が脳に染みこんだ途端、驚愕の声を上げる。
「だ、だったら尚更責任!」
『ソウだな、あと百回くらい抱いたら、考えなくもネェぜ?』
「ひゃ…ひゃく…」
 更に返された台詞を聞き、あの時のアレで優しかったのなら本気の百回は…と茹った頭で想像した鴉鳥は、ふらりと蹌踉めく。
 二人を憂い、即座に対応出来る距離を保っていたマキナが、その内容に眉を蹙め。
「…ええ、と」
 同様にそれを聞いていた夢野は、直に反応を起こせずに口篭る。
『クカカカッ…楽しそうな騒ぎだが、今回はテメェらに用はネェ』
 一同の様子を呵呵と嗤い、イドは再び背に黒翼を広げた。
「そ、そうだ…何しに来たんだお前…?」
『昔世話になった奴にな…お礼参りサ』
「あ、ちょっとこらー!」
 叫ぶ虎葵を無視して、再度飛翔する男は、瞬く間に撃退士が及ばぬ高度へと飛び去り。
 天魔の増援がすぐそこまで迫り、彼らはそちらに対応せねばならなかった。


『よォ、三百年ぶりか?』
『正確には三百四年と五ヶ月少しね。…火の粉が、随分激しく育ったものね』
 結界頂点の上空で、邂逅する両者。互いの声音には、懐かしむ響き。
 嘗てここでない世界、両者は相見え、刃を交わした。結果は、悪魔の敗北。
 そして彼女は、征した悪魔に止めを刺さなかった。いや、率先して見逃したと言うべきか。
『相変わらず、魂は嫌いなの?』
『…仕方なく喰う事もあるがな…あんなモンで強くなっても、ツマラン』
 天界に失望し、自らの使徒以外に意を向けなくなっていた彼女だったが、戯れに彼と幾度か会話を交わした。
 その中で、彼が魂を喰らって強くなる事を嫌悪していると識る。
“強さってのはナ、実感なんだ。テメェの強さ…俺の弱さ、闘ってる最中のイロイロだ。だがアレ喰ってもそれがネェ”
 それから二人は幾度と刃を交え続けた。彼女が別の世界へと派遣されるまでの短い期間ではあったが。

『今日ココで借りは返してヤル』
『…もう少し後では、ダメかしら?』
 死病に犯された今の状態、天使の封印と戦闘を同時にこなす。出来なくは無いが…可能ならば避けたかった。
『こりゃ反逆だろ?粛清されちまったら、もう戦えネェ』
『仕方がありませんね』
 にべの無い悪魔の返答に、苦笑を浮かべて臨戦態勢をとる。刹那、彼女の髪が一房、するりと抜け落ちる。
『ア?』
『……』
 それは空中で瞬く間に黒ずみ、煤の様な細かい塵となって風に溶けていった。
『ナンだそりゃ…、テメェまさか』
 思い当たる節は、一つ。
『…ココまで来て、その落ちカヨ…ナンだッてんだ。ナンの嫌がらせだ、こいつは』
『……ごめんなさい』
 申し訳なさそうに目を伏せる天使に、
『謝るな…俺は、テメェの人形をツブシタ』
 彼の言葉に、彼女は肩を震わせ、顔をあげる。何かを噛み締める様に一呼吸。
『あの子は、…フリスは、ちゃんと戦えていた?』
 問いに、イドは憤慨したように吐き棄てる。
『最初から、死ぬ事しか見ていやがらネェ。戦う前からダ』
 その光景を思い描き、天使は嘆息する。
『…見出せませんでしたか、先への導(しるべ)は』
 暫し、無言の間が流れる。
『ところで、だ』
『?』
『テメェじゃネェ…そこで覗き見してるテメェだ!』
 唐突に背後を振り向いたイドは、斧槍を虚空に放つ。猛然と回転して飛翔するそれが何も無い空を――
『――ぐぅッ!』
 唐突に虚空に展開された障壁がそれを受け止め、悲鳴が響く。
『近くに、そうイウのが得意なのが居るんでナ。天使なら、尚更解るんだよ』
 穏行の術を力尽くで破られ、姿を呈すもう一人の女天使。長い黒髪を乱し、受けた衝撃に表情を歪める。
『貴方が来なければ、相手をする心算だったのですが…』
 彼女も気付いてはいた。イドとの戦闘を渋ったのも、これが理由の一つなのだから。
『オイ、こいつは俺が貰うゾ』
 舞い戻った斧槍を受け止め、イドは肩越しに言い放つ。
『…、なんの心算ですか?』
 悪魔の意図を測りかね、問いかける。
『テメェが闘れネェなら、代わりになって貰うさ…格がダイブ落ちるがナ』
『なっ!悪魔如きが…私を愚弄するか!』
 激昂する女天使を、悪魔は更に挑発する。
『ホレ、格下もヤル気になった様だぜ?カカカッ!』
『貴様ァ!!!』

●骸希し
 作戦は順調過ぎるほどに進行した。
 今回集った戦力は想定を上回り、南北共に増援までを難なく撃破、完全勝利を達する。
『…見事です。人の子ら――』
《気は済んだか?》
 強大な霊威を孕む思念が、アナイティスの意識に割り込む。
 驚愕に目を見開いたのも束の間、彼女は瞳を閉じて穏やかに微笑む。
《やはり、感づいておられましたか…古き友》
《永き付き合いだからな…大凡だが》
《ふふ、敵いませんね…》
 どこか予定調和のような念話。
《思い残す事は?》
《少し、時間を下さい》
 天使は、眼下を見下ろす。虜とした人々が姿を消し、サーバント・エインフェリアだけが存在する街。
『これで、終わりにしましょう』
 彼女の意思が、全てのサーバントに伝播して行く。
 その端から、それらは光の粒子となって姿を消して行った。
『あの子の為の彼ら、彼らの為のあの子…でしたからね』
《…さらばだ、アナイティス》
《先に逝った皆と一緒に、茶会でもしてお待ちしていますよ》
 最期まで変わらぬ彼女の調子に、思念の主は微苦笑を漏らす。
《未だ暫く、遅参すると伝えておいてくれ》
《遅刻の常習でしたものね、貴方は…ふふ》

 キュゥンッ!

 阿蘇方面から、強烈な光輝が閃く。それは聖槍となって、天使の胸を射抜いた。
『なっ!?』
 北方上空で黒髪の女天使と交戦していたイドが、その気配に意識を奪われる。
〈――今ならっ〉
 半死半生に追い込まれていた天使は、悪魔の気が外れた瞬間を見逃さず転移、逃亡する。だが最早イドはそれに構わず、全速で彼女の下へ向かっていた。
 封印されていた天使と使徒も解放されたが、何者かの指示を受けた様子で、撤退する。

『…マタ勝ち逃げか、テメェは』
 地に堕ち、横たわる彼女を見下ろす悪魔の表情は、霞んで見えなかった。
『……』
 僅かに唇を震わせる天使は、既に声を発する力も残っていない。胸まで炭化の進んだ躰は、加速度的に生命力を失って行く。
『言いテェ事があるなら、手伝ってやるヨ…これで借りはチャラだ』
 悪魔は天使の傍らに膝をつき、その意思に触れる。其処から読み取った思念を、増幅して近隣全ての知性体――郊外で最後の住民を護衛する撃退士達に例外なく届く。

《巻き込んでしまってごめんなさい…でも、最後に、骸の戯言を聞いて頂けませんか》

《人と天魔が、共にある世界…夢想しても、何処でも為し得なかった世界…》

《私は、フリスと共にそんな世界を生きたいと願い》

《その度に諦めてきた…》

《でも、この世界の、貴方達なら――

《いつ、か…そ、んなせか――


依頼結果

依頼成功度:大成功
MVP: God of Snipe・影野 恭弥(ja0018)
 撃退士・彩・ギネヴィア・パラダイン(ja0173)
 伝説の撃退士・雪室 チルル(ja0220)
 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 Blue Sphere Ballad・君田 夢野(ja0561)
 魔女の瞳・ハートファシア(ja7617)
 夜闇の眷属・来崎 麻夜(jb0905)
 あなたへの絆・蓮城 真緋呂(jb6120)
重体: −
面白かった!:14人

God of Snipe・
影野 恭弥(ja0018)

卒業 男 インフィルトレイター
新世界への扉・
只野黒子(ja0049)

高等部1年1組 女 ルインズブレイド
堅刃の真榊・
紅葉 虎葵(ja0059)

卒業 女 ディバインナイト
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
撃退士・
彩・ギネヴィア・パラダイン(ja0173)

大学部6年319組 女 鬼道忍軍
伝説の撃退士・
雪室 チルル(ja0220)

大学部1年4組 女 ルインズブレイド
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
Blue Sphere Ballad・
君田 夢野(ja0561)

卒業 男 ルインズブレイド
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
ルーネの花婿・
青戸誠士郎(ja0994)

大学部4年47組 男 バハムートテイマー
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
夜闇の眷属・
麻生 遊夜(ja1838)

大学部6年5組 男 インフィルトレイター
祈りの煌めき・
若菜 白兎(ja2109)

中等部1年8組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
雨宮 歩(ja3810)

卒業 男 鬼道忍軍
リリカルヴァイオレット・
菊開 すみれ(ja6392)

大学部4年237組 女 インフィルトレイター
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド
魔女の瞳・
ハートファシア(ja7617)

大学部2年7組 女 ダアト
蒼を継ぐ魔術師・
アスハ・A・R(ja8432)

卒業 男 ダアト
夜闇の眷属・
来崎 麻夜(jb0905)

大学部2年42組 女 ナイトウォーカー
氷獄の魔・
ケイオス・フィーニクス(jb2664)

大学部8年185組 男 ナイトウォーカー
焦錬せし器・
片瀬 集(jb3954)

卒業 男 陰陽師
誇りの龍魔・
リンド=エル・ベルンフォーヘン(jb4728)

大学部5年292組 男 ルインズブレイド
あなたへの絆・
蓮城 真緋呂(jb6120)

卒業 女 アカシックレコーダー:タイプA
無気力ナイト・
嶺 光太郎(jb8405)

大学部4年98組 男 鬼道忍軍
骸希いたまほろばの夢・
霜野月 白華(jb9208)

大学部7年171組 男 インフィルトレイター