教師の声に三々五々に散る学生達。
(「遺書ですか・・。改めて書き直す必要も無いですね」)
以前したためてから特に変わった事もなく、荷物の整理も必要ないと、くーるな心中と共に紫藤 真奈(
ja0598)は部屋を出た。そもそも生きて戻るつもりなのだから。
「遺書か・・入学した時に一応したためておいたけど、どこに置いたか忘れてしまいましてね」
教師の言葉に苦笑しつつ君田 夢野(
ja0561)は席を立つ。その言葉は彼の常々の覚悟の程を表していた。
部屋を後にする寸前、背後で交わされる教師達の会話が耳に残る。
(「人命を奪わない天使・・そういう奴も居るのか・・・・」)
一時間の準備の合間に、佐倉 哲平(
ja0650)は斡旋所を訪れ、戦場となる街に関する過去の報告書を確認していた。
「・・攻撃に失敗しているのに、死者が出ていない?」
どの書類も、天魔の支配領域を襲撃した撃退士達は全て生還している。普通なら一人二人、戦闘か見せしめかどちらかが原因で死傷者が出ていてもおかしくない筈。違和感を覚えながらも、他に目新しい発見もなく、彼は自身の準備の為にその場を後にした。
「わっくわくー♪わっくわくー♪」
今にもスキップを踏みそうな雰囲気で、楽しげにそう口にする飯島 カイリ(
ja3746)。廊下を歩みながら、その胸の内は初の戦闘に対する期待に高鳴り、気分は高揚していた。小柄で口調も幼い為、一見すると中学生にしか見えないのだが、れっきとした成人である。俗に言う合法ロr(ゲフンゴフ)。ただし、外見のみで彼女を判断すると危ないかもしれない。
その少し後ろで、同じように歩を進める六道 鈴音(
ja4192)。
(「はじめての実戦!華々しい撃退士デビューを飾ってやるんだから!!」)
意気込みに応じるようにしなやかな黒髪が靡き、太い眉が表情を一層引き締めて見せる。文字通り、今回の依頼が初仕事な少女だ。
関係ないが、こういう少女を見ていると筆者は全身くすぐって笑い転げさせたくなるんです。そんな事聞いてない?ご尤もで(平伏)。
●
特に抵抗もなくゲートがあるとされる市庁舎まで到達し、屋上に続く階段を駆け上がる撃退士達。ここまでの道中、再度作戦を確認しあい認識の齟齬も補完し終えた。
目前に迫った屋上の扉に叩き込まれる蹴り足。セーフティブーツの足裏で鉄製のそれを吹き飛ばすのは、絶えなき微笑みを浮かべる妃宮 千早(
ja1526)。眼前に立ち塞がるものに容赦しない性分は、扉にも容赦しなかった。下がジャージ姿だったのでそのおみ足を披露できないのが実に残n(ごほんっ)。
そこから先行し身を低くして飛び出す常木 黎(
ja0718)。油断なくピストルを構え彼我の状況を確認、彼女の合図に応じ夢野、真奈、哲平、千早が戦場に身を躍らせ、カイリ、鈴音、神喰 朔桜(
ja2099)が続く。
「エインフェリア――ピンキリって聞くけど、如何かな」
黄金焔の光纏を纏い、不遜な表情で天魔を値踏みする朔桜。
(「偉そうなのは高みの見物、か。いけ好かないねえ」)
手前のサーバント二体、更に奥のゲート前に泰然と在る使徒へと視線を流し、抱いた思いを黎は即座に切り捨てる。仕事は仕事、敵がどうあれ戦場と報酬の二つがあれば戦う理由は十分だもの、と。
それぞれの得物を構え、天魔と対峙する。手前の二体が彼らの存在に応じ戦闘態勢をとった。敵の戦力は前情報通り、大剣と槍を持つサーバント、そして奥に居るのが使徒なのだろう。そう、何もかも「情報通り」に過ぎる事を、彼らは疑問に思わない。
(「ふうん、今回は八名か。情報を漏らした甲斐はあった訳ね」)
数の不利。これならば多少苦しくとも言い訳は立つ。あとは彼らの立ち回り次第か。
(「よき戦士達である事を願うわ」)
捨て駒としてここに残したエインフェリアへ撃退士達の戦いへ双眸を向ける。
「さぁ、交戦開始(ゴング)といこうか」
流れる様に無駄のない動作が銃口の先に標的を捉え、そのトリガを引いた。
●
銃弾を大剣で受け、足を止める一体。構わず距離をつめてくる槍戦士に対し、哲平と千早が迎え撃つ。
「・・エインフェリア・・古ノルド語で正しくは、エインヘリャルだったか・・」
知識の中の北欧神話を思い出し呟く哲平。だが天魔と神話の関連性のなさに考え直す。
突き出される槍の穂先をツーハンデッドソードの腹で受け流し、
「・・要するに、戦士型の敵か。まったくややこしい・・」
返す刀の横薙ぎは身軽に避けられた。
回避直後の槍戦士へと側面から千早のツーハンデッドソードが打ち下ろす。
「あなたに捧げる鎮魂歌(レクイエム)はありません、散ってください」
流石に避けきれず、槍の柄で受け流し空を滑って後退する戦士。それを追う彼女の瞳は、微笑みの中に殺意の陽炎を宿る。
「慈悲が欲しければ、マリア様にでも祈ってくださいね」
月光の様な淡い光纏が赤黒く変じ、アウルを込めた一閃が受けた槍戦士をその場に縫い付ける。そこへ追撃する哲平の斬閃を辛うじて受けたものの、更なる後退を余儀なくする。彼の狙い通り、これで大剣戦士と大分距離が離した。同時にそれは、使途との距離が詰まることも意味していたが。
「・・さっさと片をつけたいところだな」
相変わらず動きを見せないが、意識しない訳にも行かない相手。機あれば二人で倒しきるつもりで猛攻を続けるも、元々の防御技量が高いのか中々直撃といかない。更に、二人が共に大剣使いである為に攻撃の軌道が似やすかったのも要因かもしれない。
時は少し遡る。
「俺の“音楽”を聞かせてやるよッ!」
足を止めた大剣戦士に、五線譜の光纏を螺旋に纏う夢野が、その防御をすり抜けカットラスが奔る。
反撃に繰り出される薙ぎ払いをどうにか受け止め、戦士と正面から対峙した。
六人がかりによる短期決着を目指す作戦は功を奏し、大剣戦士はまともな回避も出来ぬまま、撃退士達の半包囲下に置かれ始めていた。
下手をすれば密集による行動範囲の阻害もありえたが、互いに落下を避ける為に位置取りを注意していた事もあり、大きな問題には至らなかった。
「目指せ、くーるびゅーてぃー、です」
真奈は側面から確実にダメージを重ねていく。アウルを燃焼させ爆発的な加速を与えられた剣旋にカオスレートの干渉も働き、大きく天魔の生命を削る。その最中も、使徒の動きに注意を払う事を忘れない。
二人の前衛が巧みに大剣戦士の移動を阻害し、後衛による集中砲火を可能とする。
「くっらえー♪」
カイリのリボルバーから白銀の銃弾が天魔の肩を弾き、大剣の振りを鈍らせ
「これでもか!これでもか!これでもかー!!」
スクロールの光弾から続けて、連続で放たれる鈴音の薄紫の光矢が天魔の右腕を焼き、苦悶の表情を浮かばせる。
「なかなかしぶといわね」
一旦気を落ち着け後退する。その間隙に滑り込む朔桜は、指先でスッと天魔を指し示す。
「ASSERT CREATION(我此処に創造を宣言する)――ICHII‐BAL(光芒の魔弓)」
彼女の周囲に展開される七つの黒い光球。
「黒き光に撃たれて果てよ――なんてね」
時折光纏の黄金色が如きに染まる瞳と髪を揺らめかせながら。
「君に魂はある? あるなら――雑魂じゃないなら、耐えて見せてよね」
傲岸不遜な微笑の下に、複雑な軌道を以って殺到する黒き魔弾が天魔を撃ちぬくも、まだ倒れない。
「呼吸を合わせろ!デュオで奏でるぞ!」
ダメージに動きの鈍くなった天魔へ、湾曲刀を構え夢野が踏み込む。刃の周囲が揺らぎ、彼のアウルに闇が入り混じる。
「まぁ、こっちは好き勝手するんだけど」
彼の声にあわせた訳ではないが、結果として連携となる黎の背後をとった奇襲は、察知の遅れた天魔の背に立て続けに着弾。
「実戦では初めてだが・・いい音を奏でてくれよッ!」
爆音の様な衝撃。遅れてエレキギターの如き響音が空間を劈く。音も無く倒れる戦士の体が光の粒子となって散り、解け始めた。
「今のビートは、効いただろう?」
戦闘開始から僅か数分、彼らは天魔の一体を討滅。前衛以外は無傷での完封である。
●
そして時は戻る。
「・・ちっ、しぶとい・・」
「合わせます」
左右から軌道を違え、アウルを込める大剣の一閃が繰り出される。流石に両方は受けきれず、槍戦士は哲平の一撃をまともに食らう。
だが、やられっぱなしで終わらぬとカウンターの足払いが攻撃直後の千早の足元を大きく掬い上げた。
「しま――っ!?」
乱戦気味になっていた三者はめまぐるしく立ち位置を変え、注意していた筈の千早の背後は、その時屋上の縁間際だった。戦闘の余波で壊れかけた落下防止柵は彼女の落下を防げそうも無く。
(「・・っ!」)
それでもなんとか身を捻り、止まろうとする。その腕が誰かに掴まれ、引き寄せられるのは同時だった。
「おっと、あぶないねえ」
落ちかけた千早を抱き寄せそれを防いだのは、大剣戦士を屠った後、即座に槍戦士側へと駆けつけた黎。
勢い余って、そのふくよかな胸に顔を埋める形となった千早は、ぼうっと黎の顔を見上げる。
「・・あ。ありがとうございます」
「いいって。それより、まだ終わってないんだからさ」
片目を瞑って微笑みながら、黎は千早から身を離す。確かにまだ戦闘継続中ではあったが、彼女がここに居る時点で趨勢は決した。
即ち、大剣戦士を相手にしていた六名との合流である。
「・・後は一気にケリをつけるだけだ。覚悟して貰おう・・!」
二対一でほぼ拮抗していた天秤が、八対一となればもはや言うまでもない。
四方をルインズと阿修羅の白刃に囲まれ、殺到する魔法と銃弾。
アウルにより破壊力を増す哲平の一閃が、天魔の槍を両断する。
「・・終わりだ・・」
「ええいっ!」
鈴音の光矢が止めとなり、槍戦士もまた先の大剣戦士と同様に光と解け散った。
●
(「・・・・」)
二体の消滅を確認する。
「見事な手並みね。彼方達全員を相手にするのも厄介そうだから、今回は退かせて貰うわ」
人間達にそれだけ言い捨て、背を向ける。彼らから見れば隙だらけだったろう。もしここで、彼我の力量差を推し量れず攻撃してくるような相手なら、彼女は容赦するつもりはなかったが。
「ねぇや、ねぇや!」
始め、彼女にはそれが自分を指したとは思わなかった。気にもせずゲートをくぐろうとした矢先、別の声が再び掛かる。
「ねぇ、一つ聞かせてもらって良いかな。貴方が天使の奴隷になってまでしたい事って――何?」
ゆっくりと振り返り、声の主を探す。その目の前で、幼げな外見をした少女が己の得物を床に置いて見せた。
「・・何を考えているの。敵の前で武器を手放すなんて、正気の沙汰じゃないわね」
きつい声で窘められても、カイリは意にしなかった。相手に対する好奇心が何よりも勝っているようだ。
「ねぇやに質問がしたいのっ。駄目、かなぁ?」
「許可する前に、した者がいた気がするけど」
「あ、それは私」
サッと朔桜が手を上げる。見回せば、他にも数名物問いたげな視線を彼女に向ける者達がいた。
黎と真奈は、やはり警戒しているのか彼女の一挙手一投足を注視している。
「あれがシュトラッサー・・」
その二人の後ろに隠れるように、鈴音は様子を見守っていた。
(「・・・・付き合わせた義理もある、か」)
「いいわ、一人に付き一つだけ答えてあげる。答えられる範囲ならね」
許可を得て、喜ぶカイリが満面の笑みで先発を切る。
「貴女のお名前が知りたいのっ!」
「・・名前を尋ねるなら」
「まず自分の名前から、だよね?ボクの名前は飯島カイリなの!」
「・・フリスレーレよ。姓はないわ」
「わかった、ふりすねぇだね!ありがとー!」
何か勝手に略されていたが気にする事でもない。黙って次の質問を待つ。
「じゃ、私かな?因みに名前は神喰朔桜ね。で、さっきも聞いたけれど、解らないんだ。己の全てを何かに捧げてまで得たい物って――何?」
「・・解らぬなら、たとえこの場で私の理由を聞いても無駄よ。それはそういうものだから。そうね、言葉に変えられない『理不尽』とでも言えば当てはまるかしら」
はぐらかされた気もしたが、特に食い下がる様子も無く引き下がる朔桜。続く問いは、ほぼ同時に発せられた。
「何故だ。どうしてお前は人の命を奪おうとしない?」
「・・この町では戦死者がいないらしいな。何故だ・・?」
似たような質問をした二人、夢野と哲平が顔を見合わせる。
夢野は暫く前に依頼で知った悪魔と、今回の天使のあり方の違いへの戸惑いから、哲平は純粋な疑問からだったが、ともかく聞きたい内容が大体同じだった為、そのまま使徒の返答を待つ。
「――それは我が主が今も変わらぬ『天使』だから。お前達にとっての言葉の意味が、そして天界がどう変わろうと、それだけは何者にも変えられない」
それは彼女にとって疑問を挟む余地も無い純然にして唯一。だからこそ、他の誰でもないあの方の使徒となる事を望んだ。
彼ら二人がそれで納得するとは思わなかったが、それ以上答えるつもりも無かった。
「では、貴女のいう主の目的は何でしょうか?」
これは千早だ。
「・・主の御心は、私には推し量れぬ。故に答えられないわ」
他に質問の出る様子も無いのを確かめ、彼女はゲートの向こうへと姿を消す。一拍遅れてゲートそのものが消え失せていた。
●
ゲート消失で結界も消え、正常を取り戻す町並み。戦場となった屋上からそれを眺め、それぞれの思いに耽る。
「これって・・華々しいデビュー飾れたのかな!?」
全てが終わり、安堵と共に湧き上がってきた勝利の実感に、興奮気味に鈴音がまくし立てる。
「そうだよね、天魔も倒したし、町も取り戻せたもん♪やったね、すずねぇ!」
手を打ち合わせて喜ぶ二人の横で、千早は黎に歩み寄り声を掛ける。
「先ほどはありがとうございます。何かお礼を」
「え、いや、気にしなくて良いよ」
居心地の悪さに頭をかいて離れようとする黎の腕を、逃がさぬと言わんばかりに取る千早。
「お礼だけではなくて、もっと常木さんの事が知りたいんです。それとも、ご迷惑でしょうか?」
元々、何となく黎に対して好意を抱いていた彼女だったりする。
「迷惑って訳じゃないけど」
知人以外には冷淡な彼女だが、混じり気の無い純粋な好意に実は弱い。そのまま押し切られる形で、喫茶店まで付き合う羽目になったとさ。若いって良いわぁ(何)