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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:易しい
参加人数:6人
サポート:5人
リプレイ完成日時:2013/10/31


みんなの思い出



オープニング

 秋の足音と共に、涼やかな風が吹く午後――学園校庭の一角。
「――ッ」
 遊歩道、等間隔に設置されたベンチの一つで、大学部の青年が目を覚ます。
 暫く、自身がどこにいるか見失ったような瞳が空を見上げ、次いで身を起こして周囲を見回し、ようやく現状を把握して肩を落とした。
「…あの時の夢か。久しぶりに見たな」
 うつ向き猫背となって、上げた右手が顔を撫でる。全身に嫌な汗をかいていた。そのせいか、陽光の下でありながらも、身を撫でる風がどこか薄ら寒く感じる。
 ぼんやりと視線を上げてグラウンドを眺めれば、高等部だろうか、昼休み特有の賑やかな声が聞こえてくる。
「っ…」
 フラッシュバック。
 夢見た光景が、そこに映し出されるように被さる。それを振り払うように目をきつく閉じる。

 何も出来なかった。
 力があるのなら、何故もっと早く使えなかったのか。その後悔ばかりが、彼を締め付ける。
 目の前で殺された大切な人、引き裂かれ食われていく光景――だが、それでも彼に眠っていたアウルの力は覚醒る事がなかった。
 彼自身が、半死半生の態に落ち入るまで。
 力の覚醒としては王道だろう。それの優先順位が“他者”か、“自身”か、というだけの違いだ。
 故にこそ、それは拭えない罪の意識として、彼の根底を縛り続ける。

「あの…大丈夫ですか?」
 そこに掛けられる澄んだ声音。
 通りがかりの学生が、様子のおかしな男に掛けるとしては常套の言葉だろう。
 彼は顔上げる事無く、あっちに行けと手を振る。
「でも顔色が…あ、ちょっと待って下さい」
 微かな衣擦れの音。やがて額に当てられる滑らかな布地の感触。一瞬、何をされたのか分からず、次いで立ち上がり乱暴に振り払った。
「きゃっ!?」
 蹌踉めいて踏み止まる少女の前に立ち、色のない…否、激情を押し殺した視線でそれを見下ろす。
 身長は彼の胸ほどもない、年の頃は15〜16だろうか…だが。
「天魔に情けを掛けられる筋合いはない」
 人とはどこかが違う気配。それを感じ取った青年は、反射的に行動する。
 嫌悪…否、憎悪ゆえに。
「化け物がしおらしい真似をして、何を企む?」
「企むって…あの、何を言って…」
 困惑する少女の反応に、やがて落ち着きを取り戻した青年は、ばつが悪そうに身を翻した。
「…すまん。別にお前が悪いわけじゃない…ただ、俺は天魔が憎い。だから関わるな」
 背後に言い捨てて、足早に大学校舎へと歩み去る青年。
 振り払われたハンカチを握り締めたまま、少女は呆然とそれを見送るしかなかった。

 暫くして。
 少女…堕天使である彼女は、先まで青年が腰掛けていたベンチに腰を下ろしていた。
(人が私たちを憎む、それは当然の事…分かってはいたけれど…)
 表向き、この学園では其れ程それを感じることは少ない。割りきりがいいのか、脳天気な者が多いのか、変わり者が多いのか。
 なんにせよ、それは寝返った天魔達にとっては、都合がよい事だ。
 だが、稀にではあるが先の青年のような者とも出遇う。いや、寧ろ彼らの反応の方が、普通なのだ。恐らくは。
(…あら?)
 ふと、視線を落とした芝生の上に、何か落ちているのに気づく。
 取り上げてみると、それは財布のようだった。黒い革張りの、飾り気のない質素な。
「…失礼します」
 落し物ならば、広大な学園ではそれを一括管理する部署が存在しているので、そちらに届ければすむ。
 しかし少女は、そうはせず、予感に導かれるままにそれを開き、中身を見る。
 そして無造作に突っ込まれた、学生証の写真に目をとめた。先ほどの青年の無愛想な顔が貼り付けられたそれを。
「……」
 記載された項目をじっと読み取っていた少女は、徐に腰を上げて、スカート払う。
 そうして大学部の方――青年が歩み去った先へと足をむける。
 何故そうするのかは、彼女自身にも分かっていない。ただ今は、そうしたかった。それだけだ。

 過ぎ行く時は還らぬ過去(ユメ)に。
溺れる者は、沈み往く。救いは現在(イマ)に、あるやなしやと――。



リプレイ本文


 小、中、高、大まで一貫して学部のある学園には、音楽室もまた複数存在する。
 その中の一室に置かれていたピアノ。鎮座するそれを無表情に見つめ続ける少女がいた。
彼女――セレス・ダリエ(ja0189)の瞳は、何か思い返すような光を浮かべ。

 暫くして彼女は別の少女を伴い、そこに戻ってきた。
艶然とした雰囲気を纏う少女の名は、ケイ・リヒャルト(ja0004)。
「…ケイさん、少しだけ何か弾いてくれませんか?…できれば、歌も…」
 セレス自身も多少ピアノの心得はあるが、それは趣味の範疇。
 相応の技術が持つ者の方がきっとこの子も…そしてセレス自身も、満足できるだろうと。
 そう考えたから、彼女はケイを連れてきたのだ。
「弾き語り…ええ、喜んで」
 唐突な少女の願いだったが、ケイは頬笑みで引き受け、調律を確かめる。
「何か希望はある?」
 セレスは僅かの間考え込み、
「ジャズは…?」
 それを聞いたケイの表情が陰る。
「…?」
「昔、ジャズを弾いていたの」
 怪訝に思うセレスに、気づいたケイはどこか歯切れ悪く答える。
「鈍ってないといいけれど」
ピアノの前に腰を下ろしたケイの指先が鍵盤の上で踊り、軽妙な音色に、しっとりとした抑揚ある声が流れ出す。
 生き生きとしたその姿にいつしか疑念を忘れ、セレスは傍らで聞き入っていた。

 歌い終えて暫し、二人の間に訪れる静寂。
「ねぇ、セレス…少しだけ、聞いてくれる?」
それを壊すのを恐れる様な呟きに、少女は無言で頷く。
「――14歳だったかな、身寄りを亡くしたのは」
 懐かしむ様に、そして何処か厭う様に。
「だけど、あたしには…歌があった」
 生まれもった才能、いくらかの幸運。それが彼女に、生きる糧を与えた。
「雇ってくれるバーを転々と渡り歩いて…その内、歌姫なんて呼ばれたりね」
 束の間の、沈黙。
「…でも、嫌だった」
 大好きな歌を、金銭に変える自分が、生き方が。

 初めて聞く、ケイの過去。それはセレスに変えられない。
 でも、彼女の現在なら知っている。だから――、
「…ケイさんは今、まだ気持ちは過去…ですか…?」
 追憶に沈んでいたケイは、ハッとしてセレスを見つめる。
「そんな事ないわ…今は今、過去は過去」
 瞳に映る少女に、やがて柔らかな微笑みを見せる。
「そして今も昔も、歌は大切な物である事に変わりはないわ」
 ――もう一人じゃないから、と。


 未成年も通う学舎は、喫煙スペースが限定されている。
 咥え煙草で中庭をぶらついていた鷹代 由稀(jb1456)も当然知っていたが、見つからなければいいか、という風情だった。
「おや?」
 それが目に入ったのは偶々。ニヤリと笑い、気配を消して忍び寄る。
 気づかれる可能性も想定したが、対象に変化はない。
 その傍らに腰を下ろして、覗き込む。
「こうしてると、可愛いもんだけどね」
 普段の冷然とした表情と、雰囲気が、彼女の隣で眠り放ける少女――マキナ・ベルヴェルク(ja0067)から剥がれ落ち、穏やかな寝顔を見せていた。

 ――瓦礫の中を、駆ける。嘗て人々でごった返していたであろう、街の残骸。
 これは夢だ、と何となく自覚はあった。
 銃声、怒声、戦場の喧騒…そこかしこに散乱する、肉塊。屍と獣の街。
 戦いは厭だと、胸中で叫びながら走り続けていた。
 多を救う為に、小の犠牲を飲み込み、天魔を殺し続けた。
 過程で人間同士の戦に介入する事もあった。

 そうして手にかけた命の数を、少女は最早覚えていない。
 積み重ねる死と流血の山河に埋もれながら、願い続けた――“終わらせたい”と。その先に安息があると信じて。
 渇望と共に、親代わりであった傭兵達と幾多の戦場を潜り抜けた。

『久遠ヶ原学園という場所がある。手配しておくから明日には発て』
 場面は転じ、これは入学一週間前か。唐突に、隊長からそう切り出される。
『言っておくが、これは皆の総意だ。尤も“龍(ドラッヘ)”は余り乗り気ではなかったが』
 そう言って、苦笑する。
『可愛い子には旅をさせろ、とは東洋の言葉だ。己以外の価値観を知り、友の一人でも作って見せろよ』
 やがて情景は光の中に飲み込まれて――。

 瞼を透かしてくる、光。
 覚醒しきらないぼんやりとした意識で目を開くと…上から見下ろしてくる影に気づく。
「…ぁ…“鷹(グライフ)”…いえ、由稀さん…?」
 過去の面影と現在の記憶が交錯し、無意識の呟きが漏れる。
「済みません、少し昔の夢を見ていて…」
 気の抜けた姿を見られた事に内心恥じ入りながら、身を起こす。
「真面目なマキナでも、サボリたい時はあるのかな?」
「別にサボっていた訳では…っ」
 時刻を確認し、言葉を詰まらせる。
「…もうこんな時間ですか…少し、疲れてるのかもしれませんね」
 体内時計が狂ったのか、既に午後の授業は始まっている時間帯だ。
「ま、わかんないトコ出て来たら教えてあげるから、安心なさい」

あれから学園で、数多の出遇いと戦いを経て来た。
 未だ私は無間の修羅道を自ら選び、駆けている。求める物が其処にあるが故に。
 だが、終に至る答えは、未だ……


 荒ぶる獣は、例えれば大きな狗によく似て。
 目も鼻も耳も口もない。ただ遍く全てを、区別差別なく飲み込む“穴”を持ち、対する事象全てと闘争を重ねました。
 しかしある時、力ある白き翼の狩人に半死に追い込まれ、命辛々ある世界へと落ち延びました。
 身を潜め、傷の癒しを待つ中で訪れた、出逢い。

 ――どうしてそんなに口が大きいの?
 畏れる風もなく、少女は見た事もない獣に問いました。
『総てと闘い呑み込む為だ』
 獣は律儀に答えました。無視して殺してしまってもよかった筈なのに。
 少女は、その答えに笑いました。何故笑ったのか、その理由を語ってはくれません。

 それから一人と一匹の、不思議な交わりは始まります。
 名がないと不便だと、迷惑がる獣に少女は名をつけました。
 文句を言いながらも、少女に自分の“名”を呼ばれるたびに、不思議な感覚が湧き上がります。
 少女に教えられ、節に共に世界を見て巡り、獣は初めて闘う事以外の世界を知りました。
 穏やかに続く日々…そして、永久には続かない日々。

 その世界に、嘗て獣を半死に為さしめた狩人の軍勢がやってきたのです。
 獣は戦いました。初めて、自分以外の為に…そして、敗れました。

 ――赤に染まった世界に、獣と、それを庇った少女は転がっていました。
 一人と一匹は諸共に貫かれ、生命として脆かった少女は、末期の際にありました。
 血の気を失った蒼白な腕が伸ばされ、獣の頬を摩でます。
 ――さようなら
 瞳を持たなかった筈の獣は、その内より何かを零しました。
それが少女にいつか教えて貰った“涙”だと気づいたのは、大分経ってから。
 獣は鳴きました、細く、弱々しく…湧き上がる、未知の感情のままに。
 ――悲しまないで、私の「 」をあげるから
 そして……――

 ハッとして顔をあげれば、周囲は昏く。
 軽く頭を振って、テス=エイキャトルス(jb4109)は前後の記憶を呼び覚ます。
(授業をサボって惰眠を貪ろうと、適当な空き室にしけこんだんじゃったか…)
 一つ伸びをして腰掛から立ち上がると、締め切っておいた窓帷と窓を開いて、既に暮れた空を見上げる。
「…随分と懐かしいモノを見たものね。だけど夢は所詮、夢。私が見たいのは人の未来(ユメ)なのに」


 病院での治療を終え、若杉 英斗(ja4230)は帰路に着く所だった。
「タフなだけが取り得…か」
 京都での連戦、そして天界勢力下にあったとある港町での戦い。
 それらを重体に陥る事無く、潜り抜け続けている。入学当初より、確実に力をつけた実感があった。

 高校2年の秋、通っていた一般校で行われたアウル検査で及第域ぎりぎりの素養を持つ事が分かった。
 同時に、それは幼馴染にも備わっていた。但しそちらは、自分とは比べ物にならない潜在力で。
 正直、転入を躊躇わなかったと言えば虚言になる。だが、この力が誰かの役に立てるなら…。
 その想いで幼馴染――六道 鈴音(ja4192)と共に久遠ヶ原の門をくぐった。

 ――やがて幾度かの依頼を経て、何とかやって行ける自信もついていた矢先。
 京での収容所に対する作戦で、それは慢心だと気づく。
 あの時、親衛隊が突入してこなければ…今俺はここに居なかったかもしれない――。

「なーに神妙な顔してるのよ!」
 思索に耽っていた彼は、突然、そんな声と共に背中を叩かれて飛び上がる。
「!?…な、なんだ、鈴音か」
「何をボーっと歩いてるのよ、らしくな…くもなきにしもあらず?」
「いや、意味が分からん」
 それから遊歩道を肩を並べ歩く。風が、街路樹を揺らすのを聞きながら。
「怪我、大した事なさそうでよかったじゃない」
 笑いかけてくる感情豊かな少女を眺めながら、ふと思い出す。
「誰かさんが言ったんだろ、タフなだけが取り柄だからな」
「んー?いったっけ?」
「おい」

 呆けながら、しかし鈴音も忘れてなどいなかった。
 あれは入学当初、彼がどの道を学ぶか迷っていた時――
『あんたはタフなだけが取り柄なんだから、ディバインナイトになって私を守る盾になるのがいいわね』
 言葉に出してはそう云った。だが真意は少し違う。
(私が英斗にそれを薦めたのは――)
 彼が、“決して折れない鋼のココロ”をもっていると思っていたから。
(よく言うしね、技術は教えられても…勇敢な心は、教えで身につくモノじゃないって)
 小さい頃から見てきたから、彼の心の在り様を。だから、ぴったりだと。
「嘘。ちゃんと覚えてるわよ」
 視線を前に戻して、少年は頷く。
「でも、これからはただの盾じゃない。敵を倒す矛にもならなければいけない」
 世界を守る為…は大袈裟にしても、隣に居る友人を守る為の力は手に入れたい。
 幸いにして、様々な技を学ぶ道も用意されている。
 もっと力をつけて――いつか、撃退士として彼女と並び立てるように。
「そっか…私も、負けてられないなっ」
 過去より道は今へと至り…意を新たに、明日へと続いていく。


 バイト前に立ち寄った、小さな雑貨店。
 星杜 焔(ja5378)が買い求めたのは、素朴だが可愛い写真立て。
それを受け取った店番の雨宮 祈羅(ja7600)は、会計を済ませたそれを紙袋に入れて手渡す。
「本当にこの値段でいいの?」
「うん、店員特権って奴かな? 知り合いにはちょっとだけ、安くしたりできるんだよ」
 礼を言って店を出て行く少年を見送り、少女は再び店内に戻る。
 ここは小さな小物のお店。シフトも大抵一人ずつだ。
 だから、ボーっとしていると、取りとめも無く昔の事を思い出したりもする。

 居場所が無いと感じた、あの頃――。
 父親が亡くなり、叔父の家に身を寄せた。
 悲しみが癒える間も無く、その頃に付き合っていた彼氏とも別れた。
 立て続いた別れは、心の置き場所を見失わせたんだと思う。
 そこに母親の再婚が重なって…逃げてきたんだ、この学園に。

 ここで過ごす間に、色んな人と出遇った。
 その中の一人の青年に、初めてそれを打ち明けた時に聞かれたんだ。
『これからも逃げ続けるの?』って。
 それから友人や彼のお陰もあり…母の再婚一周年に、ようやく実家に帰る勇気が持てた。
 うちの名前は、“祈りの羅針盤”で、祈羅。
 でも、いつしかうちに進むべき道を導く羅針盤は、その――。
「こんばんは、姉さん」
「え?」
 追憶に耽っていた耳に届く、追憶のままの声音。
「気紛れに立ち寄ったけど、ここが姉さんのバイト先かぁ」
 赤い髪に金色の瞳…何処か気怠気な雰囲気をまとう青年が、珍しそうに店内を見回す。
 そこに居たのは今の恋人、名を雨宮 歩(ja3810)。
 苗字が一緒な上に、彼がうちの事を『姉さん』なんて呼ぶから、たまに姉弟に間違われたりもあった。
 …あえて訂正せず、そのまま騙して見たりするのも楽しかったり。
聞けば依頼の報告先この近くで、立ち寄ってくれたらしい。

 それからバイトが終わるまで待っていた歩を、とある鉄板ステーキ店へと誘う。
 たまには外食もいいかなぁ、というのもあったし、
「星杜のバイト先かぁ。アイツの料理も久しぶりだねぇ」
 そこはさっきお客さんで来てくれた焔ちゃんのバイト先でもあるのだ。
 歩き出そうとした所で、彼がうちの手を取り、指を絡ませてくる。
「さて、一緒に行こうか姉さん。お互いが迷わない様に、導きあいながらねぇ」
(ちゃんと見つかったよ、居場所)
 笑顔でそれに応え、うちもぎゅっと握り返す。
 本当の意味で一緒の“アマミヤ”になる日まで、まだ遠いと思うけれど…これからも一緒に居られますようにと。


 焔がバイトを始めた契機は、亡き父の味恋しさに、預けられた孤児院の食材を使って怒られた事だった。
その時幼いなりに考えた。自分で使う分は自分で稼がないといけないと。
とは言え就労年齢に達しない子供にできる事等、近所のお店で呼び込み程度。
少しずつ人に教わったり、本で独学したりして料理を覚えて。
いつか皆が、美味しいと喜んでくれる料理を振舞いながら生きて行きたいと思っていた。

 でも学園に来て、様様な事があった。
 京都の結界内調査、夢を与える仕事の手伝い、思い出の味を求める子供との出会い。
 積み重なったそれらが、焔の中に新しい目標を抱かせる。
『自分と同じ様に思い出の味を求める人に、その味を』
『拠り所を亡くした子供に帰る場所を』
 その為に、少しずつ貯金を始めて…そして今は――。

「ただいま」
 恐らく寝ている子供を起こさないよう、小さく口にする焔。
「おかえりなさい」
 バイトから帰った彼を玄関で迎えてくれた少女――名を雪成 藤花(ja0292)に歩み寄り、抱擁を交わす。
 二人が同棲中の婚約者同士というのもあるが、これは或る意味、儀式のようなもの。
『大切な人が、今ここに居る』と確かめる…失われる事を恐れるが故の。
 ベビーベッドで寝息を立てる赤ちゃんを覗き込む。
 ある依頼で、彼が預かる事になった小さな命。今は、この子を育てる為に。

 夕飯に作った肉じゃがを彼が食べるのを見つめながら、藤花は思い返す。二人の出遇いを。
 きっとそれは偶然という名の必然…今なら、心から確信できる。
 ずっと傍らで彼の夢を支えたい。その為に、保育士の資格取得も目指している。
 二人だったからこそ、見つけられた夢――。
 そっと、右耳につけた炎を模ったイヤーカフに指先を触れる。この幸せが幻で無いと、こうして何度確認した事か。

 焔の左耳にもまた、藤の花を模ったイヤーカフが光る。
 今の幸福の象徴であり、そして“今度こそ護る”という誓いの証。
 諦めていた幸せを、望んでいいのだと彼女が教えてくれなかったら、今の彼は無かった。

『ずっと、家族が共に――』
『――幸せであるように』
 言葉にせぬ想いを、二人は同時に胸中に呟いていた。


依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:5人

胡蝶の夢・
ケイ・リヒャルト(ja0004)

大学部4年5組 女 インフィルトレイター
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
ブレイブハート・
若杉 英斗(ja4230)

大学部4年4組 男 ディバインナイト
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
撃退士・
雨宮 祈羅(ja7600)

卒業 女 ダアト
熱願冷諦の狼・
テス=エイキャトルス(jb4109)

大学部2年199組 女 ナイトウォーカー