●戦場
そこに彼らはいた。
「くるぞ!タイミングあわせ!」
中隊長の号に合わせ、一斉に武器を、或いは回避に構える撃退士達。
「…ふん。来るがいい。どこに居るかは知らぬが、引きずり出すのを手伝って貰うぞ」
口元を覆う黒いマフラーの下で呟くは、鬼無里 鴉鳥(
ja7179)と言う名の少女。
白き髪を荒ぶる戦場の風に巻かれ、隠れがちになっていた黄金の――片目が獣の如き瞳孔の双眸を煌かせ。
闇色の焔を思わせる光纏に覆うように、もう一つのオーラが被さる。
「鴉鳥、気を付けて!」
彼女をフォローする位置に立ち、声を上げる紅葉 虎葵(
ja0059)。
大きなリボンに、編みこまれた髪を振り流し、肉厚の赤い刃を保つ大剣を手に周囲を警戒する。
「…分かっている」
細身の黒き刀身に集約される闇色の焔。周囲の撃退士達と共に漆黒の巨刃がテュホンの体表を抉り、鮮血を飛び散らし。
怒りを帯びた咆哮を上げ、突進してくる天魔に、各自その進路より飛び退る。
「見えない敵か…厄介なものだな」
全神経を張り巡らし、周囲を警戒し続ける香具山 燎(
ja9673)は、少し離れた位置で炎翼を広げ低空に浮かぶ。
燃え上がる翼と同様に紅野上を風に靡かせながら、戦場の音や被害の発生した位置を観測するのだが。
(…難しいな)
戦闘の喧騒はささやかな音源など飲み込み、また犠牲者が出る位置も一見バラバラの様にしか見えなかった。
「っと!」
ひらりと、薙ぎ払われる尾を躱し、再び警戒を続ける。
(遊撃隊ねぇ…用兵時代を思い出すなぁ)
乱戦の渦中にまぎれながら、同様に警戒の目を張るルナジョーカー(
jb2309)は、水月霊符を手に機会を待ち斥う。
普段は悪戯好きな猫を思わせる雰囲気の彼も、今は戦闘モードできつく表情を引き締める。
「フッ…」
戦場に立つ仮面の男。
「闇夜を貫く白い閃光!怪盗ダークフーキーン見参!」
ノリノリで立ち回るイアン・J・アルビス(
ja0084)はタウントのオーラを纏い、テュホン尾を躱し様、手にする曲刀で斬り反す。
「今宵は何を盗んで行こうか?」
因みに今は昼間である。念の為。
(おい、なんだあれ)
(しるか、俺に聞くな。それより周囲に気を付けろ)
のだが、他の撃退士からの反応は冷めていた。
変わり者の多い久遠ヶ原故、今更驚くとか言う事もないので皆坦々と己の役を果たして行く。
「まさか共闘する日が来るとは…」
「確かにな!」
その右手、鮮やかな朱身を持つ刀を手に呟く一条常盤(
ja8160)。
実はイアンと彼女、同部活で活動する仲間なのだが。
「後で逮捕ですよ」
どうやら彼だと、彼女は気づいていないらしかった。或る意味ボケキャラなのかもしれない。多分。
逆の左手。
「ケラケラケラッ」
哄笑を韻かせ駆ける革帯 暴食(
ja7850)。その身は殆ど半裸以上、一部と両腕を拘束する革帯だけと言う大胆な姿。
これが戦場でなければ、目にする者は目のやり場に困った事だろう。
全身に浮き上がる光纏は無数の口となって、彼女の“欲望”知らしめる。則ち七大欲の一、“『暴食』”を。
「いいから、喰わせろッ!」
(悪魔の人形が…やってくれる)
天魔の攻撃を避け着地した傍ら、転がる骸が一体。恐らく背後から貫かれたのであろう、心臓に当たる場所から溢れた鮮血に染まるそれを一瞥し、奥歯を咀む水無月 神奈(
ja0914)。
(こそこそと這い回るだけなら放置したものを…)
悪魔は彼女にとって尤も忌むべき存在。赤と黒に分けられた双剣の柄を握り締め、更に天魔へと一撃をくれるべく飛び出す。
●
ゾクリと、肌が粟立つ。何かは分からぬまま、それでも虎葵は己の直感を信じた。
「鴉鳥!」
「!?」
少女の背後から振り下ろされた凶刃を、山月流『演山』の型より放たれ現出した幻影の大剣が受け止め――
『つまらぬ…技だ!』
そして真っ二つに断ち割られる。
「ぐうぅっ!」
「虎葵!――貴様!!」
『ふん』
飛び退く気配。咄嗟に擲げ放った煙幕手榴弾が、敵の予測位置へ広範囲に煙幕を張り巡らせる。
だが、これは裏目に出た。
「うわ!」
「煙!?」
『ハハハッ、愚かな!』
彼らの思惑は、姿が見えぬ相手でも煙の流れから見切れる筈、と言うものだった。
だが、広範囲に広がる煙幕地帯は、“内部の流れまでは外側から見えない”。
それを回避すべく、煙は足元に滞留するよう改造を施す予定であったが、そんな知識も技術も、彼らにはなかった。
さらに他の撃退士にとっては、聞かされ居なかった突然の煙幕は、一時的な混乱を齎すに十分。
情報の伝達を怠れば、こういった事も起こりえる。
天魔と共に巻き込まれた撃退士の背後に、殺意の刃が振り下ろされた。
「ガっ!!…あ、…」
「しまっ――」
「くそ、間に合え!」
降り注ぐ無数の炎が爆裂し、煙幕を吹き飛ばす。煙が晴れたそこに現れたのは横たわる骸が一つ。
咄嗟に見回すルナジョーカーだが、天魔の姿はどこにも見当たらない。
「畜生!」
身に付けていたハンズフリー携帯のマイクで通信を回す。
「煙幕は駄目だ、逆に利用されちまう!」
乱戦の最中、味方だけを避けて煙幕を張る等、無理な話だった。
薄れて行く敵の気配に舌打をしながら、鴉鳥は踞る虎葵の下へ駆け寄る。
「大丈夫か?」
「う、うん…これくらい」
だが、活性化されていなかった再生の術は瞬時には発動できず、その一瞬は『見えない敵』の気配を見失うには十分であった。
「相手は?」
「…逃した」
「そっか」
「姿を見せない敵、か。強いらしいが所詮は臆病者の類!俺の敵じゃない!」
煙幕に効果がないと知り、ならば挑発で引き摺り出そう声高に戦闘の最中叫ぶイアン。
それを聞き咎め足を留めたヴァニタス、シン・クレアは、彼の姿を見て眉を潜める。
《…なんだ奴は?》
戦闘の最中、妙な仮面をつけ無駄としか思えない動きで立ち回る男。
どうみても怪しい。
《奴は最後にしておこう…》
その明らかに奇異な行動に嫌な予感を感じたシンは、イアンへはしばらく手を出さず、様子を見る事にした。
誘い役という役目は果たせなかったイアンだが、そのお陰で彼の周囲では被害が極端に減少したという念わぬ恩恵もあったのだった。
「中隊長」
「なんだ、今は忙しい!」
呼びかけた神奈に、指揮の傍ら振り向きもせず男が答える。
「済まない、だが一つ。これまでに出た犠牲者の内訳を知りたいんだ」
「…そんな事を聞いてどうする」
苦渋を浮かべ振り向く中隊長の男。彼の指揮下で出た死者は、彼の責任へ帰属する。
「何かを見落としていないか、確認したい」
「…分かった。私に報告が来ている範囲なら教えよう」
戦いの渦中、二人の会話は、やがて一つの推論を導き出す。
●
テュホンとの激闘、そして目に見えぬ襲撃は続く。負傷者治癒に、一角に集っていたアストラルヴァンガード達。
その一人が、再び凶刃の餌食と――
ギィイイイン!
『!?』
「…やはり」
刃が切裂くと見えた刹那、割り込んできた双刃を交差させ、受け止めた神奈が全力を以ってそれを跳ね上げる。
「今度こそ…晒しな!」
姿の見えぬ敵と彼女の周囲を包み込み、ルナジョーカーの解き放った色取り取りの炎が爆裂し、包み込む!
『くっ』
撃退士達を避け、天魔のみに襲い掛かる術式がその術に干渉したのだろう。
空間が解れるように、黒衣を纏った長身の姿が彼らの前に現れる。
「ハァアッ!」
『ちぃっ!』
強烈な一撃を歪な大太刀で辛うじて受け止め、しかし衝撃に吹き飛ばされるシン。地を滑り、長く伸ばされた新緑の髪が靡き、広がる。
『…何故』
「貴様は、狙いが単純すぎたのだ」
「なるほど? …天属の撃退士が犠牲者の半分以上とはな。今まで気づけなかった私らも間抜けだが」
「全く、不覚と言うしかありません」
言葉と同時、シンを半円状に囲み現れる鴉鳥、燎、常盤。
「もう少し早く気づけば、被害を減らせたのにね…」
「その分は、これから纏めて償って貰いましょう」
「だな。好き勝手やってくれたツケは、高いぜ」
僅かに沈む虎葵の言葉に、慰めるようにイアン、ルナジョーカーも続く。
神奈と中隊長で躱された会話。
その中で犠牲者の属の偏りに引っかかりを感じた彼女は、それを進言。
試すだけならと中隊長はアストラル、ディバインの戦列を一角に纏めさせた。その結果、見事に食いついて来たという訳だ。
『小賢しい…テュホン!』
続く思念の命令に、巨大な天魔が無数の顎を開き、紅蓮の輝きを吐き出す!
「そう都合よくやらせんよ!」
遊撃班とテュホン,両者の間に割り込み、盾を、或いは魔術の防壁を張るディバイン、ルインズ、ダアト達。
『貴様ら…!』
「こちらが片付くまで、そいつを寄せ付けるな!」
巨大天魔を見据えた中隊長より、背後の学生達に発せられる指示。
「おう!」「了解!」「承知!」
『舐めるな、撃退士がぁああああ!』
一斉に切りかかる一同に、哮りを上げて再び姿を消そうとするシン。その背後から、一影が襲う!
「喰うッ」
『なっ!?あ゛ぁあああっ!?』
咄嗟に身を翻したヴァニタスの二の腕に飢餓の牙は喰らいつき、その肉をぶちぶちと食い千切った影はくるりと一転、地に手をついて、更に蜻蛉返りに着地する。
「ぶっ…余計なもんまでついてきたサッ!ケラケラ!」
一緒に食い千切った布らしき一部を吐き出し、食い千切った肉を咀嚼、飲み込んだ暴食が唇巡りの紅を舐め取って嗤う。
『ぐ、うぅ…貴様、貴様ァ!!』
次々と襲い掛かる神速の斬撃、或いは背後から忍び寄ったルナジョーカーに背を切裂かれながら、憎悪の瞳を彼女へと向け唸るシン。
「中々美味いッ!もっと食わせろッ」
それに欠片も怖じず、彼女もまた猛然と飛び掛る。
(…どっちが悪魔か、わかんなくなりそう)
と、一瞬だけ思った虎葵だったとか。
●
学生らの一時の強襲に怯んだシンだったが、再び姿を消して逆襲に出ていた。無論、彼女とて無傷ではない。
カラーボール等のペイントによるマーキングは、透衣に付着してもそれごと透明化されたが、流れ出る鮮血は止められない。
治癒手段を保たなかったシンに、それを匿す術はなかった。
だが、それだけでは天魔の間合い、動作等の察知は難しいのも確かであり、徐々に形勢は天魔有利に流れ始める。
「不味いですね…このままでは、ジリ貧です」
再生の効力で傷を塞ぎながら、題に汗を浮かべたイアンが、仮面の下で表情を歪める。
「しかし、此処で退く道は無いでしょう」
隣に退いてきた常盤も、太腿に深手を追い、その動きは精彩を欠き始める。
「この期に及んで未だ姿を匿し続けるのか…余程姿を晒せない理由でもあるのか、臆病者?」
挑発的に嘲笑う神奈の一言に、姿無き怒気が膨らむ。
『…いいだろう、貴様ら数名片付けるのに小技はいらん』
呆気なく透明化を解くシンだったが、これは状況にも拠る。数十名の撃退士の最中で活動していた先より、技を温存できると言う考えも働いていた。
『死ねぇええ!』
「っ!」
一撃離脱した所で、僅かに蹌踉めいた鴉鳥。そこに避けえないタイミングで放たれる焔の蛇!
「甘い!」
刹那、割り込んだ燎の掲げるバックラーが、それを受け止め、禦ぎきる。
(今の技…?)
微かなデジャヴに、鴉鳥が眉を潜める。
その傍らから反す刀で突進し、振り下ろした星輝を宿す刃が、引き戻しかけた左腕を切裂く。
『つっ』
「…どうやら、魔法の方が効くようだな」
彼女もまた、無傷ではない。が、他の者よりはその持ち前の防御力で浅く済んでいた。
「らしい。剣よりコッチの方が効いてる」
霊符を手にしたルナジョーカーが、ニヤリと笑う。
彼が一人無傷なのは、タウントで注意を惹くイアンや鴉鳥の影で気配を消し、立ち回っていたお陰である。
左右から迫る神奈と暴食。一瞬周囲に目を走らせ、シンが両手で高々とその大太刀を掲げる。
集約されるアウルに、刀身が瞬時に煌々と朱く輝く!
「!はなれ―」
咄嗟に叫ぶ鴉鳥の声も間に合わず。
『哮り狂え“赫灼煉牙”!』
「――ッ?!」
「ガッ!」
射程圏内部に深入りしていた二人は、大地を突き破り噴き上がる巨大な焔の塔に囲われ、渦巻くそれに飲み込まれた。
「革帯さん、水無月さん!?」
炎の嵐が静まり、倒れ伏す二人と、その向こうに立つシンの姿が浮かび上がる。
『ハハハハハッ、まずは二人だ!』
哄笑する天魔。その前に一歩踏み出す少女が一人。
「…貴様、その技をどこで得た」
奇妙な問いを発する。彼女は見た事があった、細部は違う、だが良く似た技を。
『これから死ぬ奴に、答える義理は無い』
その直後。
――ドォオオオオ――
「「「!」」」
学生らの背後、100mほど離れた先で地響きと共に地に没む、巨大な影。
『テュホン…!?』
「どうやら、勝負ありですね」
常盤が朱色の刀を構え、じりじりと間合いを詰める。
「幾らなんでも、先発隊数十名に囲まれたらお前でも保つかな?」
燎とルナジョーカーが背後に回りこみ、退路を断つ。
『黙れ!皆殺しにすれば済むだけの事!』
「…そうはいかない…サッ」
『!』
至近から掛かる声に、ぎょっと振り向くシン。倒れ伏していた筈の暴食が、狂気を纏い立ち上がる。
『莫迦な…いや、そういう事か』
一見して分かった。女が最後の力を振り絞って立っている事が。それは蝋燭が最後に燃えあがる刹那と同じ。
『貴様から殺してやる』
「ケラケラ…そう上手くいくかねぇ?」
同時に、仲間も油断無く構え…その時に、それが来た。
――ゴッ!!!!!
「うわっ」「ぬっ!」「きゃあっ」
上空から飛来した何かが、盛大な衝撃を以って大地に突き立ち、撃退士を、シンをなぎ倒す!
トッ、と軽い着地音に、やがで巻き上がっていた土煙が晴れる。
「貴様は…!」
「おんやぁ、久しい顔ッ」
相手を見留めた鴉鳥と暴食から同時に上がる声。
『ン?よう、見た面があるナ』
漆黒の斧槍を大地より引き抜く、紅蓮の髪と金色の眼持つ悪魔。
『たくッ、…感情に載せられすぎダ、オメェは』
『イド様!』
『ここはもういい、サッサとゲートに戻れ』
立ち上がり始める撃退士達を一瞥し、イドは顔だけ振り向いて背後にシンに命じる。
『ッ…し、しかし!』
『命令ダ。オメェがやられたらあそこの機能は殆どがダウンする。チッとは弁えロ』
『……、分かり、ました』
俯き唇を咀むと、シンは後に着地していた――恐らくイドが率いていた空魔の一体――飛竜の背に飛び乗る。
そしてゲート方面へと飛び去った。
『…サテ』
再び、撃退士達の方へ顔を戻す。遠目には、テュホンを倒し駆けつける数十名の撃退士達。
『この場は逃げるが勝ちッテナ』
「ま…っ」
誰かが声を上げるも、イドはそのまま背に顕現させた黒翼を猛然と羽ばたかせ同時に強靭な脚力の跳躍も合わせて、一気に数十m上空へと達する。
『邪魔して悪かったナ!ゲートで、待ってるゼ』
空より韻くその言葉が、この前哨戦の終わりを告げた。