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バイトを始めてから三日目、この日のシフトは猫野 宮子(
ja0024)、六道 鈴音(
ja4192)、姫路 ほむら(
ja5415)の三名。
以前にもこの店でのバイトをした宮子と鈴音は、勝手しったるとばかりに急く急くと動き回る。
対してほむらはというと――
「いらっしゃいませー♪」
明るくはきはきと満面の笑顔で、訪れる来客を迎える…ウェイトレス姿で。
持ち前の演技力と、事前にネットで閲覧した接客業マニュアル動画を参考にしたらしいのだが。
「おう、また来たよ。いやー、やっぱそっちの方が似合ってるわ、うん」
「あのさぁ、お客様…俺は男なんだけど」
「まあ気にしない気にしない、評判も悪くないんだろ?」
「それはそうだけど」
初日はきちんとウェイター服で従事していたのだが、来る客来る客に「本当に男?」と聞かれ続け、だったら女物着てやるよ!
と逆切れしたら、そちらの方が評判がよかったというオチ。
ほむらが男と知った上で、通ってくる新規客が確かに増えていたりした。もうだめかも分からんね。
「注文はいりましたー、Aランチとミートスパお願いしまーす」
「はーいにゃ♪」
基本的に『雨音』厨房は、マスターである壬生谷の長身を基準に設えてある。その結果、主にそこで調理を担当する宮子は踏み台を持ってはアッチにトコトコ、コッチにテクテクと、中々忙しない。
「君は大変なんだろうが…こう言っては何だが、和むねぇ」
その光景を、昼食を取りに来た初老の教諭がカウンター越しに、にこにこと眺めていた。
ゴスロリ風の白禄レースふわふわなウェイトレス服に、猫耳をひょっこりと被り、スカートの裾からひこひこと揺れる付け尻尾。
本土にいる娘夫婦の所の孫を思い出し、ほっこりとするらしい。
「んしょ、と。はい、ご注文の焼き魚定食にゃ♪」
「ほう、これは美味そうだ。若いのに大したものだな、頂きます」
「メニューにない注文でも何でもお任せ、マジカル♪クッキングで美味しい料理を作るのにゃ♪」
「ふむ、まあここの客は常連が多いから、然う然う妙な注文は来ないと思うがね…うむ、美味い」
箸を器用に使って身をとりわけ、口に運ぶ男性客。
「それはそれで残念かもにゃ♪」
と、和やかな昼の時間が流れていた。
店内のゆったりとした空気は、それだけではなく。
壁際に設えて在る二機のジュークボックスの内、CD式の方から鈴音が持参したクラシックの音色が流れる。
ちなみに、普段は壬生屋の趣味のレコードでスローテンポなジャズが流されているが、客の要望に併せて曲を変えたりもするらしい。
最近は週一でこの店に通っていた彼女は、相応にマスターとも親交を深めていた。
「ふー、落ち着きましたね」
昼も過ぎ、客足も大分引けた店内で卓子を拭いて回るのは鈴音である。
鈴音が身に纏っているのは、落ち着いた紺色のメイド風給仕服だ。
ふっくらと膨らんだパフスリーブに、膝下までのロングスカートのエプロンドレス。アクセントに背中の大きめな白いリボンが揺れる。
それでいて通気性もよく動きやすい製りである。
黒髪にちょこんと載せられた白のカチューシャが、またよく映えていた。
ちなみに、ほむらが着ているのも同様なのだが、何故か彼のだけはスカートが際どいミニである。何故か。他意はない。ないったらない。
白いおみ足が輝いてるとかは気のせいだ。
「会計お願いします」
「あ、はーい!」
ぱっと身を翻しカウンターに戻った彼女は、てきぱきとレジを打ち込み代金を受け取る。
「ありがとう御座いました!またのご来店を!」
「はは、元気がいいな。ああ、また君がいる内に顔を出してみるよ」
大学生の男性が、少女の元気な声にからからと笑いながら送り出される。これから野良天魔の駆除依頼にいくらしい。
「あ、ゼリーとかゲル状料理なら俺も手伝えるよ」
「げ、ゲル状って…そういうとなんだかにゃぁ」
苦笑する宮子だが、頷いて厨房をほむらに譲る。とはいえ、厨房担当の責任として傍でその過程を見守りはするのだが。
「やっぱりコーヒーゼリーとかあるだなー」
「食材として応用できるからにゃぁ…うん、そのレシピ通りで大丈夫にゃ♪」
「あとは電子レンジで溶かしたゼラチンを、と」
宮子監修の下、つつがなく完成したゲルじょ…ではなくゼリーは、型に注ぎ分けられ暫し冷蔵庫へと収められるのであった。
「そろそろ、わたし達もお昼にするにゃー♪賄つくっといたよ♪」
厨房からひょこりと顔を出した宮子が、そう二人に声をかける。時間は既に午後14時を回っていた。
「お、やっとかー。お腹空いてたんだー」
「ふふ、いいですね。では先にお二人で済ませて来て下さい。その間お店を見ときますね」
「うん、それじゃお願いにゃ♪ ほむら君、いこ♪」
「ほーい、じゃ、暫くよろしくっ」
「任せて下さい!」
雑談を交わしながらカウンター奥、厨房の丁度隣になる控え室に消える二人を見送り、改めて鈴音は店内を見回す。
さっきのでお客さんも全て引き、今は中休みのような状態になっていた。
「あ、そうだ!」
ぱんっ、と手を叩いて、なにやらごそごそと私物を漁りだす。そこから取り出されたのはノートと文具セット。
「えっと、今日は――」
バイト初日からあった事を、事細かに彼女はメモしていた。日誌兼、バイトの報告書の心算である。
「お待たせー、交代しよ」
「あ、うん」
食事を済ませ、再び姿を見せる宮子とほむらが、鈴音の手元を覗き込む。
「にゅ?また書いてたのかにゃ」
「継続は力なり、ですよ!じゃ、ご飯行ってきます!」
「「いってらっしゃい」」
「いらっしゃ…って、夢さん!」
「こんにちは。今日はどうですか?」
「そこそこ忙しかったかな? と、今日はお客様だよね。お一人様、カウンター席へどうぞ!」
出迎えた鈴音と言葉を交わしながら、案内された席に着く。
夕刻になり学校帰りの生徒が何組か卓子席についていた。その間をなれた様子で仕事をこなす鈴音。
厨房を見れば、宮子が手早く出来上がった料理を運んでくる所だった。
「ほむらちゃん、写真一枚!」
「ちゃん付けて呼ぶなってば!…もう、しょうがないなぁ」
何故か、ウェイトレス姿の少年は給仕の合間に客に乞われてポーズ等とっていたりしたが。
役者として持った性には逆らえないらしい。
「…何、あれ…」
ワカリマセン。
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そして翌日、シフトは地領院 夢(
jb0762)、雨音 結理(
jb2271)、群雀 志乃(
jb4646)である。
(…労働の代わりにお金を貰うと言う…これがアルバイトなのですね)
箒の柄を感極まったように押し抱き、志乃はほうっと息を吐く。
身に纏うのは、着物を髣髴とさせるようなデザインの和風給仕服。薄紅の生地に、更に少し濃い紅が縦縞に入っていて、華やかながらも落ち着いた雰囲気を醸し出す。
彼女は初日から開店一時間前に出勤し、掃除に勤める様にしていた。
箱入りお嬢様だった志乃にとって、撃退士業ではない普通の勤労、アルバイト。
全てが初めての体験であり、その日その日に期待と不安が混濁する。
(今日も精一杯、勤めさせて頂きますわ)
わくわくそわそわとする彼女のそんな様子は、周囲にも容易く見て取れた。
「なんだか、見ていて微笑ましいですね」
「ですね。でも、私達も似たようなものかも?」
丁度外で一緒になって入ってきた夢と結理もまた、こういったアルバイトは初めての事だ。
互いに、顔を見合わせて笑い出す。
「あ、おはよう御座います」
「おはよう御座います、志乃先輩。それにしても初日から思っていたけど…なんて言うか、着物姿が様になっていますね」
「うんうん」
二人は改めて、志乃の給仕服姿を見直してそう口にする。
「そうですか? やっぱり普段着慣れているからかしら…これが一番落ち着いて動けます」
「確かに、そういうのありますね」
こくこくと頷く結理。
「さ、私達も着替えてお掃除しましょう」
「ん、そうでした」
雑談を切り上げ、二人もまた着替える為に控え室へと向かうのだった。
このメンバーで厨房を受け持つのは結理である。彼女もまた身長が高いとはいえない為、踏み台のお世話になっていた。
ウェイトレス服に着替え、カチューシャの代わりに白百合の髪飾を付けた彼女が、厨房から料理を運んでくる。
見た目は小学生くらいにしか見えない彼女であるが、歴とした高校生なのだから少し驚く。特に胸がとて――げふんっ!いえ、ナンデモナイヨ?
「ベーコンエッグとサラダのセット、上がりました〜」
『きゅ〜♪』
その少女の傍らで、パタパタと楽しそうに飛竜が浮遊していた。
「はーい」
それを受け取った夢が、注文された卓子へと運んで行く。
実は結理、友人達からごはんのレシピを借りてノートに纏めて来ていたのだが、殆どの料理のレシピは厨房に分かり易く纏めて貼り付けてあった。
以前にバイトを傭った時に、壬生谷が準備していたものらしい。
(ノートが役に立たなかったのは残念ですけど、これはこれで参考になりますしね…それにしても)
喫茶店の軽食とは思えない、和洋折衷どころではない雑多と言うに相応しいレパートリーに。
(此処本当にコーヒー喫茶なのかしら)
と疑問を抱かずには居れないのであった。
「いらっしゃいませ」
エプロンの前に両手を揃え、綺麗な会釈をしてみせる。
「え、あ、どうも」
志乃に迎えられた客は、反射的に頭を下げ返してしまう。そんな雰囲気が彼女にはあった。
「二名様ですね。では奥の卓子席へどうぞ」
「あら、それは何をなさっているの?」
足りなくなった珈琲豆を古めかしいコーヒーミルで挽く夢を見かけ、不思議そうに小首を傾げる志乃。
「えっと、足りなくなったブレンドの豆を挽いているんですけど」
「豆?珈琲って珈琲ではないんですの?それに引くって、引っ張るんですの??」
「ええ?うーんと…見て貰った方が早いかも…」
ちょいちょいと手招きをする夢の傍らに行き、ミルの中を覗き込む志乃。
「…???」
「ええとですね、先ず珈琲って言うのは――」
また一つ、知識を新たにするお嬢様でありました。
お客も少なくなった昼過ぎ、興味のあった厨房を覗く志乃。
「あら、どうかしました?」
丁度注文の一品を調理中だった結理が、その気配に振り向く。
「ええと、その…少し」
ちらちらと彼女の手元に視線を流す志乃に、結理は頬笑む。
「手が空いているみたいですね。じゃあ、この部分を手伝って貰えますか?」
いってレシピの中でも簡単な部分を指し示す。
「はい!」
その言葉に、喜色を浮かべて頷くと、志乃はパタパタと裾を揺らし、厨房の中へ入って行った。
「お待たせ致しました、こちらご注文のCランチとなります」
「お、待ってました」
夢が料理を運んだ卓子には、依頼から帰還した男子生徒が着いていた。
「いつものマスターの料理も美味いけど、今週は女の子の手料理が食べられるって言うじゃん。楽しみにしてたんだ、俺」
「そうなんですか。それはシェフにとっては中々のプレッシャーかもですね」
「あははっ、そうかもなー。ま、ともかく頂きます!」
早速箸を取り、料理に口をつける少年。その表情をチラリと盗み見た夢は、厨房の出入り口に向かってにっこり、小さく指で丸を作って見せる。
(お客さん、美味しいって)
(ああ、よかったです♪)
こっそりその様子を伺っていた結理と志乃が笑顔を見合わせた。
昼食を取りに行った結理に変わり、短時間だが夢も厨房を担当していた。しかし――。
(やっぱり、私のは付け焼刃かぁ)
アルバイトが決まってから、姉に教えを請い料理の練習はしてきていたのだが…レシピ通りに作っても、やはり料理を得意とする結理との差を、お客さんの反応から敏感に感じ取ってしまう。
彼女が失敗したとか、不味いとかそういう事はないのだ。ただ料理とは、一朝一夕に収められるほど浅くもないだけであり。
(うん、これからも頑張ろう!)
継続は、力である。
「やっほー、様子見に来たよ」
「あら、ほむら君。いらっしゃいませ」
「私もいるんだよ」
「宮子さんも、いらっしゃい」
昨日の自分と同じように、客として訪れた二人を笑顔で迎える夢は、ふと少年を凝と見据える。
「な、なに?」
「いえ、なんていうか…普段着でも女の子にみ」
「あ、それ私もおも」
「……」
「ああ、拗ねないで!?つい正直なかんそ…ぁ」
「ご、ごめんねっ、ついほんね…ぁ」
はっとして口を抑える二人。
「…食べてやる、やけ食いしてやるっ!」
などと微笑ましい一幕があったりもした。主に客側の視点でだが。
「いいなぁ、これからずっとアルバイト雇ってくれないかなぁ、マスター」
「無理だろ。って言うか同じ提案したあいつが、その後どうなったか知ってるだろ」
近場の卓子に座っていた男子生徒二人組みが、ぼそぼそと囁きを交わす。
「あれはまぁ…あいつ変態丸出しだったし」
「何にしろ、偶にだから良いんだよ、こう云うのは」
「はぁ、ま、そうかもなー」
やがて閉店時刻を過ぎ――
「あ、夢さん、これの会計お願いします」
「はーい。…あ、コレ店長の作り置きのクッキーですね」
「うん。何故かこれだけレシピが置いてないのよね…企業秘密なのかしら」
「ふふ、かもしれませんね♪」
最後のレジを打ち終え、帳簿締めを始める夢。既に掃除を終え、それが終われば各自帰宅するだけになっていた。
「今日も一日、ありがとう御座いました」
店内を見渡し、ぺこりとお辞儀する志乃。
「志乃さーん、行きましょうー」
「はーい」
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アルバイト期間終了の翌日――『雨音』店内。
「…なる程、色々あったみたいですね」
微笑を浮かべながら、書き込まれたノートのページを捲って行くのは、本土から戻った壬生谷であった。
それは鈴音がアルバイトの報告書として誌していた、あのノートである。
「彼らは後で〆て置きませんとね」
にこにこと、そう呟くのは…ほむらの件で写真やら色々やった客の一部の事だったりする。
事前に『踊り子さんには手を振れない』といったニュアンスは常連客に周知して置いたのだが、誰もが守れるとは思っていなかったのも確かではある。
取敢えず、裏家業で掴んでいた彼らの恥ずかしいネタを流布させることに決めてノートを閉じる。
情報(ネタ)は決して悪用しないが、制裁には躊躇なく使うのが壬生谷 霧雨という人間だったりする。
「それにしても…」
脇にあった一週間分の収支簿を改めて手にとる。
「普段の倍の売り上げですか…まったく、お客さんも正直と言うか、現金と言うか」
微苦笑を浮かべ、それもファイルに閉じるのだった。