●中央経路
「まったく。若しも本当に怠けていたとしたら徹底的にお説教ですわ!」
林道の左側を見通しつつ憤慨するのは桜井・L・瑞穂(
ja0027)。
(「・・よもや、遅れをとってはいませんわよね?」)
意気込みながら、内心では調査員と失踪者達の安否を案じているのだ。自尊心の高い彼女はそれを表には出さないが。
地図を片手に道程を確認する。一般人の足で最奥の滝まで徒歩で六時間弱、撃退士の健脚でもって三時間〜二時間強といった距離だが、警戒と調査を兼ねる為もう少し掛かりそうだった。携帯電話を開き液晶に目をやる。林道に分かれる前、全員で電波状況を確認した時は一応使えるようだったが、受信のアンテナは一本が出たり消えたりの不安定な状態だ。場所によっては通話不可能な事もありえた。今日の天候は事前情報では問題なさそうだったが、山間部の天気は気まぐれなもの、当てにしすぎるのは禁物だろう。
「ただサボってただけならどーしてやろうかな、その人」
何を想像しているのか愉しげな神喰 茜(
ja0200)は、右を眺めながら警戒を続けていた。或いは天魔関与も疑われている場所なのだ、油断が即命取りにもなりえる。
関係はないが、既に原型を留めていない儀礼服の瑞穂と、ごく普通な茜の服と色調、更に黒髪と赤髪も相まって二人が並ぶと中々対比的である。
「天魔の関与疑い、かぁ・・。どうせなら、斬り応えのある天魔が良いな♪」
唐突の物騒な物言いに、瑞穂は呆れて年下の彼女を諭そうとする。
「茜、レディがそんな言葉を口にするものではありませんわよ」
「そう?撃退士なら、普通じゃないかなぁ」
振り向き小首をかしげる茜。多分に変わり者比率が高い(?)久遠ヶ原学園、彼女の言い分もあながち間違いではない、かもしれない。
「・・反論出来ない現実が呪わしいですわね」
こめかみを押さえる瑞穂。世の中得てしてそういうものである。
●西経路
(「天魔の存在が囁かれる森で、送っていた調査員からの連絡が途絶えた、か。・・何事も無ければいいのだが」)
黙考しつ林道に歩を進める久瀬 千景(
ja4715)は、時おり地図と現状を照らし合わせ、定期連絡と取り合う。
撃退士である調査員が連絡を断った以上、相応の事態に巻き込まれた可能性が高い。そう考え、周囲へと細心の注意を払う。
「さてはて、藪を突いて飛び出すは、蛇、人、ビチクソ天魔、いずれでしょうねぃ」
隣で同じく警戒、観察しながら歩く十八 九十七(
ja4233)は、独特の言葉遣いとメイクが印象的な少女だ。天魔に対する絶対私的な正義感は更に輪を掛けて独特だが、今は割愛しておこう。
「それにしても久瀬さん、無口ですねぃ」
「・・・・こういう性分なんだ」
無口ではあるが、声をかければ返事は返る。無愛想な訳でも隣の少女を無視している訳でもない。ただ彼の心の有り様が、他者と深く関わりあう事を避けていた。
「なるほどねぃ。いえいえ、九十七ちゃんも人のこと言えませんですけどね、ええ、はい」
会話が弾むとは言いがたいが、二人の相性が悪いという風でもない。おそらくこの二人、誰と組んでもこんな感じではなかろうか。
「なんにしても、お堅い殿方は頼りにしてますの」(「九十七ちゃんの盾として」)
言葉にしない部分がなにやら黒いが、それも生存術。尤も仮に言葉にしていても、千景の応えは多分変わらないだろう。
「・・努力はする」
それが彼の性分である故に。
●東経路
定期連絡を終え、再び地図とコンパスに睨めっこするフレイヤ(
ja0715)。
(「体力が無い事に定評があるフレイヤ様に林道を歩かせるとは良い度胸じゃないの・・!ただのサボりだったらお尻百叩きの刑だから覚悟しときなさいよ!」)
などと内心叫びつつ、既に両脚は疲労に震えていたりする。確かに一般人より健脚とは言え、全ジョブ中もやしっ子トップに当たるダアトには、少々きつい行程かもしれない。
「なぁ、(自称)魔女さんよ。何か隠し芸とかやらねぇ?」
激しく生きる事を身上とする志堂 暁(
ja2871)には、調査とか探索といった依頼は退屈なのだろう。林道を進み始めて暫くすると、早速暇潰しに同行する彼女をこの調子でいじっていた。
「だからなんで一々『かっこ自称かっこしめ』とか強調しますの!?大体、女神の生まれ変わりである私に隠し芸なんて求めないわよ普通っ!」
君ら、周囲警戒とかしなくて良いのか。
「いや、だって(自称)なんだろ?」
「ちーがーうーっ!世が世ならあなたなんて、このフレイヤ様と言葉を交わすことすら○○で××――」
(「この女おもしれぇ」)
むきになるフレイヤの台詞を話半分以上聞き流し、思った事がそれである。外面(キリッ)、内心腹を抱えて笑っていた。
そんな珍道中を繰り広げながら道半ばまで来た頃だ、それが聞こえたのは。
「え?」
最初に気づいたのはフレイヤだ。
「ん、どした(自称)ま――」
「それはもういいわよっ!?というか、今の聞こえなかったの?」
「ああ?なにを・・んぁ?」
今度は暁の耳にも聞こえた。微かに水の跳ねる音。間をおかずに何度か、まるで子供が水遊びをしているように。
「この辺に川か何かあったか?」
「ちょっとお待ちなさい」
フレイヤが地図を広げ、それを覗き込む暁。自然、二人の距離が急接近し、気づいたフレイヤの顔の表面温度が一気に沸騰した。
(「あ、あわわわっ、お、男の人がこんな近くにっ」)
普段は無理(?)をして自信ありげに話すが、元々は彼女、純朴で大人しい年頃の少女。更に年齢=彼氏いない暦で男性に対する免疫も低い。先程まで二人きりだったが、からかわれ続けていたせいで意識せずにすんでいたのだ。
「ここに沼があるみてぇだが、ここまで音が聞こえるとは思えねぇ。・・ん、どした?」
反応の無いフレイヤをいぶかしみ、地図を覗いていた顔を上げる暁。彼女は咄嗟に身を翻して、真っ赤になった顔を隠した。
「そ、そうね、怪しいことには違いないわ。とりあえず確認してみましょう。さ、いくわよ!」
何かを誤魔化すように、そそくさと音の聞こえた森へ草木を掻き分けて進んでいくフレイヤ。
「んだぁ、あいつ?」
不審に思いながら彼もその後を追い、分け入っていった。
●
「ほ〜、こりゃ眼福だ」
「・・・・はっ!?ちょ、ちょっと、何じっくり見てるのよ!」
二人して忍んでいった先、地図にはない泉が広がっていた。そしてその中央では、何処か儚さを感じさせる美しい娘が、あろう事が一糸纏わぬ姿で沐浴を楽しんでいたのだ。
目の前の光景にしばし呆然としていたフレイヤは、慌てて暁の袖を引きその場を離れる。とりあえず、異常事態といえば異常事態だが、果たしてあれが人間なのか違う何かなのか、落ち着いて判断したかったからだ。
「で、てめぇはどう見るんだ?世の中にゃ、自然回帰主義とかってマッパで生活する奴もいるしなぁ」
「確かに見た目は人と変わりませんでしたけど・・、あれは人間じゃないわね。あれ自体にも、ある筈のない泉からもアウル―魔力を感じたから」
自身ありげに断言するフレイヤ様。そのあたりは専門職だし、感知のスキルも伊達ではない(多分)。
「OK、んじゃ、ちゃっちゃと他の奴にしらせっか」
携帯を取り出して別班へと連絡を回す暁。皆が集まるまで、また二人きりだと気づいたフレイヤは、森の方を警戒する振りをして慌てて距離をとっていた。
●
一時間後、森を抜けてきた瑞穂・茜、滝前を経由して逆路を来た九十七・千景が到着し、一同が集結する。
「こちらに来るまで、他に異常も見つかりませんでしたし、その天魔が原因と見てまず間違いありませんわね」
「同じく、ですの。西から滝を経由してここまで異常なしですねぃ」
既に嬉しそうに刀を抜いてスイッチが切り替わっちゃってる茜、無言を通す千景の代わりに瑞穂と九十七が答える。
「それにしても破廉恥な天魔ですわね。・・まぁ、おかげで納得もいきましたけれど」
出発前に確認した学生と失踪者のデータ、揃いも揃って男性ばかり。どうせ色香に釣られたのだろう。
(「これだから殿方というのは」)と、この場に居る男性二人に視線を向ける。
「・・・・準備が良いなら、行こう」
各々の配置を確認し、アウルを戦闘覚醒させる撃退士達。千景の言葉を合図に、一斉に屠るべき天魔の居る森へと駆け出した。
●
天魔の泉はなおも広がり続け、最初に発見されたときよりも更に広範囲を支配していた。半径は既に十メートルを超えていただろう。
「先手必勝、ですわ!」
「ビチクソ売●ィィッ、臓物ばら撒いてクタバレェェェッ!」
泉へと飛び入り、洋弓を大きく引き絞る瑞穂。スタンディングで構えた九十七の拳銃から放たれる弾丸が天満の腹に弾け、続く一矢が胸部へと突き刺さる。
「なっ!?」
二箇所が水風船の弾けるような音を立て二つの風穴を開けるも、それはすぐに周囲から液体が集まるように塞がる。どうやら物質的な肉体を持たない相手らしい。二人に対して微笑を浮かべながら、小首をかしげる娘。その胸辺りに渦を巻く流水が召還され、結集した水球が砲弾の如く打ち出される。
「くっ」
「チィッ」
右に瑞穂、左に九十七が飛び退り、間を抜けた水砲弾が先にあった樹木を数本粉砕していった。直後、左右から茜、フレイヤ、暁、千景が泉へと走りこみ、天魔へと肉薄する。先の二人を陽動にした、攻撃後の隙を狙った強襲である。何故かダアトのフレイヤまで短杖を振りかぶって接近戦を仕掛けているが(目逸らし)。
血と殺意と、二つを濃縮した緋黒絡み合う焔とでも形容すべきアウルを纏い、狂気の笑みを浮かべる茜の刀が、すれ違いざま天魔の首筋を一閃し後方に抜ける。だが多少の抵抗はあるも、これも水を斬る様な感触で刃が擦り抜けた。
「何この敵!斬り応え無さ過ぎー!」
どうやら彼女にはご不満の相手のようだ。
相手の土俵を避け、水際から射撃しようと考えていた暁も、広がりすぎた泉に考えを変えて足甲を用いた肉弾戦を仕掛ける。天魔の目前で一瞬にして上下転変し、遠心力を得て跳ね上がる踵を敵の顔面へと叩き込む「胴回し回転蹴り」が決まるも、やはり鈍い手応えに顔をしかめる。
「面倒くせぇな」
「・・・・」
千景は天魔の裸身を直視せぬよう手や肩を標に大剣を薙ぎ下ろす。やはり効果は小さいが、既に先の者達の攻撃から把握していたので動揺はない。
唯一大きく効果があったのは、フレイヤの杖の一打。青紫のアウルを纏う杖が花弁のような残照を残して天魔の体を打ち据える。熱した鉄板に水をかけるような音を立て天魔の体を灼いた。
「おお!?効いた・・じゃなくて、えと。――ふっ、思ったとおりね!」
言い直しても遅いと思います。
一連の攻撃後、一旦距離をとって天魔を囲みこむ撃退士達。それを、何かを確認するように見回す水精天魔。
「私より目立つとは許されませんわ!まず服を着なさい、服を!」
「あなたの美貌も所詮この程度なの?フハハハ!黄昏の魔女である私の方が圧倒的に美しいわね!」
瑞穂とフレイヤ、それぞれのこだわりと挑発から出る言葉だったが、内容が何処かずれているのは気のせいか。と、変わらず微笑を浮かべた天魔はそれに応じたのか二人と、何故か茜、九十七の目の前に水球が浮かび上がり文字の形を成していく。
曰く『貧相』、『まな板』、『抉れ胸』・・何故かフレイヤの前だけ『女磨きがんばってね』と。その他が誰に向けられた物かはお察しください(脱兎)
「あうぁ!?こ、心を読まれたっ!?!」
「こ、こ、この完璧なスタイルの私に向かって、天魔如きが、ぶ、無礼ですわ!」
「・・ただの挑発じゃない、落ち着いて」
「いい度胸だ腐れ●女イィィッ!!■■から××引き千切って豚に食わせてヤルァァァァ!!」
フレイヤは何故かうろたえ、瑞穂と九十七が激昂し、茜は割りと平然(刀は小刻みに震えていたが)と。四者四様の反応に、言いたい事(?)を言い切った天魔は、豊かな胸を誇るように震わせる。
――ちなみに見ていた暁は噴出して口元を抑え、千景は見ざる聞かざるの態度を選択した模様だ。
そして再び使命感(と一部乙女の怒り)が一触即発の空気を満たす。異変はそこで起きた。
「ぬ・・くっ、な、なんだぁ?」
突然意識がぼんやりと霞み、暁は目の前の娘に見惚れた。それが天魔である事も忘れ、無防備に近寄ろうと――
「そぉい!」
して、フレイヤに張り手で殴り倒された。
「何をあっさり魅了に掛かってますの、情けない!ところでその魔法、教えてくれません!?」(「後で殴られませんよーに」)
後半の台詞で天魔に何か無茶を言っていたが。外で強気に心で弱気な彼女の内心は知らず、正気に戻った暁が反動をつけ飛び起き、頭を振る。
「んぁ・・なるほど、そういう能力かい。モテる男は辛いねぇ。だが、あいにく今は募集してねぇわ」
体勢を立て直し、九十七の射撃から茜、千景の斬撃、瑞穂の一矢へと繋げる。一見物理攻撃は減衰させられていたが、実は阿修羅の二人の攻撃はカオスレートの効果によってそこそこ通っていた。
「つっ」
「かぁー、効くねぇ」
但し、それは天魔の反撃も同様。二人は他の者よりも食らう一撃が大きく、魔法に対して分の悪い比率を強いられる。時にフレイヤが庇い肩代わりもしたが、生命低いダアトが全てを受けきる事も不可能だ。
やがて今度は千景へと魅了が飛ぶも
「何をしていますの!?ほら、確りなさいな!!」
襟首掴んだビンタが、彼の正気を取り戻す。
「・・・・」
なんとなく理不尽を感じながら、その分は大剣に乗せて天魔に返す事にした。
偶にコントのような光景を繰り広げながら、手数に勝る撃退士達は天魔の防御を押し切り討滅を完了させるのであった。
●
調査員がベースにしていた宿に彼らが戻ったのは、日も暮れてから。結局、森での安否は確認できなかった。
「見つからなかったわねー」
「ま、無事ならひょっこり戻ってくるんじゃねぇか?」
フレイヤと暁が言い合う横で、瑞穂は仲間の応急処置に当たっていた。スクロール三つだけでは、結局回復が追いつかなかったからだ。
と、唐突にその部屋の扉が開き、人間が一人転がり込んでくる。
「・・噂をすれば、とでも言うのかしら。件の学生ですわ、彼」
かなり憔悴していた彼を休ませながら話を聞く。どうやら滝の上流に天魔のゲートがあり、そこに連れ去られていたらしい。正気に戻った後、隙を見て逃げ出してきたのだと語った。
「ねぇねぇ、ところで先輩、どうやって捕まったの?そこんとこ詳しく聞きたいなー?」
その後ニヤニヤと笑う茜に意地悪くからかわれ、悪乗りした他の女性陣まで加わり、泣きっ面に蜂状態だったが。
「ま、元気出せ、その内いいこともあらぁな」
「・・・・」
慰める暁と、肩を叩く千景だけが味方だったという。