愛媛上空、高度1500m――。
『十分後に予定空域に到達するそうよ』
フレスの声に、各自が自身の装備を再点検し始める。
『降下時、貴公らの身はなるだけ私が護持しよう』
「待った」
『うん?』
彼女の言葉を遮り、龍崎 海(
ja0565)が口を開く。
「俺にそれは必要ないよ。自分の事は自分で護れる」
『しかし…。いえ、分かったわ。貴公の意思を尊重しよう』
そんな会話の傍らで――
(降下作戦なんて、なんだか特殊部隊みたいでかっこいい!やる気出てきたっ!)
六道 鈴音(
ja4192)はぐっと拳を握り締めていたりした。
残った時間で、再度内子町の地図を検討し、降下地点を確認する面々。
「よろしくお願いします、フレスさん。ジョブはなんですか?」
『じょ、ジョブ? ああ、いやええと…ディバイン、ナイトかしら。…多分』
「? そうなんですか!じゃあ――」
妙に狼狽える彼女に、気にせず鈴音は色々と話し掛ける。それにフレスは、戸惑った様に受け答えていた。
●降下
『あら、正義の味方さんの方が早かったのね。意外だわ』
上空を見上げ、面白そうに笑う魔族の少女。
その指を立てた周囲に、小さな火球が三つ、同時に湧き灯る。
『じゃあ、歓迎の花火を♪』
折り曲げ、ぴんと跳ね上がる。従い飛び出した火球は見る間に巨大化、人一人を容易に飲み込める直径まで膨れ上がり、降下する数名へと襲い掛かった。
「がぁあっ!?」
爆音が轟き、空を染める赤い光。アウルの鎧を纏い、耐え陵ごうとした海。だが自身の天属が魔属の攻撃に対し、威力を跳ね上げてしまっていた。
気絶までは行かぬも進路を大きくずらされ、内子座から離れた場所へ落下する。
「っ!」
「うわっ!?」
同じくファリス・フルフラット(
ja7831)、天羽 流司(
ja0366)も、目前に迫るそれに反射的に身を庇う体勢をとる。
直前、二人と火球の間に湧き出した水球が人の形を模って割り込み、爆裂の中に飲み込まれた。
(今のは…?)
首を繞らせ、違いに見合す二人。
そして術を行使したと思われるフレスへと視線を向ける。汗を浮かべ、眼下で今し方の攻撃を放った悪魔を睨み下ろしていた。
(攻撃を肩代わりなんて、まず普通の撃退士には…)
一瞬浮かぶ疑問を、頭を振って振り払う流司。今はそれを気にしている場合ではない。
『これ以上――手を出させぬ!』
水の様な透き通った翼を羽ばたかせ、フレスは双剣を抜き放ち一気に降下し切りかかっていく。
その間に、学生らは数十分ぶりにそれぞれ地に足を踏み下ろした。
「よっと」
高度20m、パラシュートを切り離し残る高さを飛び降り、軟着陸を成功させた雨宮 歩(
ja3810)がすっくと膝を伸ばす。
その視線の先、微かに爪先数センチの高さで浮遊しながら、少女の姿をした悪魔が頬笑んでいた。
「やぁ、ディルキス。戦う前に話がしたいんだけど、どうかなぁ?」
『あらアユム、私を殺そうって息巻いていた貴方が、どういう風の吹き回しかしら?』
対峙する歩の右側に天羽が、左側にファリスがいつでも動けるよう身構えながら経過を窺う。
『でもいいわよ。私も、人間とのおしゃべりは大好きだもの…ふふ♪』
「…げほっ、…」
離れた場所へと降下位置をずらされた海は、ぎりぎり予備のパラシュートで降りるも受けたダメージは甚大。
文字通り傷ついた体に手当てし、生じるアウルの光がその身を癒し始めていた。
「あの悪魔…魔が、深すぎる…ぐっ」
●
内子座40m圏内――付近は住宅が多角に密集しているエリア。
着地の衝撃を逃がすよう次々と着地を成功させる学生達。幸いにこちらのメンバーへ魔法が向けられる事はなかった。
「…中の方は任せます。…よろしくお願いしますね」
「――」
背中合わせの位置にてマキナ・ベルヴェルク(
ja0067)の言葉に機嶋 結(
ja0725)は小さく頤を引き応じる。
そのまま二人は、弾かれた様に左右へと分かれ走り出す。結の後に鈴音が続く。
「さて、私はっと」
三人を見送り、その背に闇の翼を広げるハルルカ=レイニィズ(
jb2546)。
フォーマルなファッションに身を包んだはぐれ悪魔は、その身を空に浮かせ、建物を飛び越えて、或いはすり抜ける。
(天を討つ為にこっち側にきたのに、同胞の邪魔をしないといけないなんて。皮肉よね)
然しそれも必要と在れば割り切る。それが彼女の在り方。
街路を巡りこむ他の者より逸早く、ハルルカは内子座の側面、木製の壁に手をつける場所にまで到達する。
「…いくらなんでも警戒が杜撰過ぎるけど…まぁ、いいわ」
その手首が、壁の内に沈みこむ間に、それは起きた。
「っ、しまっ!?」
即座に片手を引き抜くが、時既に遅し。足元に浮かび上がる独特の方陣。それは彼女の存在を縛り付け、一時的に束縛する。
更にその周囲に、次々と光の柱が生じ、中から現れる――四匹の蜥蜴人達。
――学園側に、天や冥魔において下層の者達が大量に寝返った事は、双方既に周知の事。
遥かな過去より対立してきた両者は、違いの能力…つまりは物質透過に対する防御、対策も人間より遥かに練りこまれるは当然であり。ハルルカが囚れたのも、そんなトラップの一つだった。
「迂闊っ」
即座に赤い革鞭を具現化し、一体をその強烈な鞭打で打ち据える。しかし、周囲の三匹がその間に曲刀を振り翳し、襲い掛かる!
「――ッッッ!!」
灼ける様な熱感を、背中に、肩に、脇腹に生じ…声を上げる間も無く、彼女の意識は闇に閉ざされた。
●
(一匹、掛かったみたいね)
発動を感知した少女が、それと分からぬように唇を歪ませる。
しかし親切に、目の前の人間に教えてやる義理はない。殺さぬよう甚振れ、と言う思念をディアボロに送り、目前へと意識を戻す。
「どうやらボクは酷い男みたいでね。大切な人がいるっていうのに、最優先で考えるのはお前のことだけなんだ」
『あら、それは光栄ね♪』
勿論、双方言葉通りに受け止めたりはしない。
「初めてこの手で殺したいと思った女。それがお前…だから」
『クスクス♪ まさに“殺し文句”ね。愛の裏返しは憎悪っていうけど、アレは虚言』
面白がるように、三人を、次いで漸く合流してきた海を見留め、頷く。
まさか悪魔が見え見えの手に乗って来るとは、流司は考えていなかった。
だから歩との話に興じる少女の姿に、奇異を覚えずにはいられない。
(ディルキス…あのラーベクレエの主、か)
あの時も思った、彼らは実利よりも楽しみを優先すると。だったら今回だって隙は在る、筈。
だが何か、少年の勘に引っかる。何なのか、分からないのがもどかしい。
『愛の裏は無関心。憎悪の裏は…ただの欲よ』
歩が目を細める。薄笑いのまま、愛刀を手に、黒き切っ先を差し向ける。
「かもしれない。違うかもしれない。どちらでもいいさ――ボクの全てて、お前を殺す。…それが適わなかった時は」
言葉の途中、もう一つの影が戦場に達する。
「増援と呼ぶには非力な身ですが――」
黒き焔を纏い、白き髪を舞わせる輩。
「助力させて頂きます」
『いらっしゃい♪ さて、そろそろ時間稼ぎは終わりでいいかしら、歩?』
「捕らえろ」
空間から滲み出す、無数の腕。流司の魔術が呼び出したそれば、悪魔の身に殺到する。
『あん♪ちょっとやぁだ、どこさわってるのよぅ♪…ふふ、お兄さん、むっつりしてるようで結構えっち?』
「ば、馬鹿を言うな!」
『そうお?魔法って、術者の性が出るものよぉ?クスクス♪』
束縛の腕はディルキスの手足に伸びるが、ひらひらと花畑で戯れる蝶の如くに躱していく。
「そのまま魔法を封じていてくれ、そうすればゲートは開けない」
海が十字槍を構え、囚れのフレスに。悪魔の少女はきょとんとした表情を向ける。
『ゲートを開いているのは私じゃないけれど…何か勘違いしてなぁい、お兄さん?』
更に魔法を使えない縛りをいれたのはディルキスの意図。そうしなければ“舞台”と“役者”ごと一瞬で吹き飛ばしてしまうから。
「そうだったか?ま、いいさ。縛りプレイで攻略できるヌルゲーじゃないと思い知らせてやる」
(…変な人間ねぇ。縛りプレイは嫌いじゃないけれど。縄より鎖がいいな♪)
悪魔は悪魔で考えてる事は十分変というか、うん。
「下がって!」
召炎霊符を掲げ、産みだす火球。注意喚起の声と共に、流司はそれを少女へと向けて放つ!
濃縮された火炎が標的を捉えると共に開放され、撒き散らされる。
『それで?』
炎幕の中で、にっこりと頬笑みかける悪魔に、少年はじりと無意識に後ずさった。
「勝利できるなら、幾らでも遊んであげますよ、お望み通り!」
駆け、繰り出すファリスの双刃を、一見緩りとした体捌きで、片腕に受ける少女。
(今…何か?)
『本当に…知らないって、恐いわね?』
魂まで鷲掴まれそうな魔眼に戦慄を覚え、ファリスが片足で飛び間合いを開く。
『結果に興味はないわ…この舞台を、娯しみましょう♪』
●未知は
その異変に気づいたのは流司が最初だった。
(一体何が…起きている?)
彼らの攻撃は、確かに悪魔の身に届く。少女の肌には刃が赤い線を刻み、殴打が痣を染める。
魔法とて禦がれ、躱されはすれど幾らかは手応えも在る。ただ、状態異常の殆どはすぐ無効化された。
逆に悪魔の攻撃は、彼らが予想したよりも緩いものだった。小柄な身体を活かしてのカウンターによる組打術。
手刀、掌底、鮮やかな投技まで。
その点は意外だったが、威力からすれば上位ディアボロ程度。それなのに。
切り裂かれた白い肌、ドレス。その下から流れ出す赤い雫は、装飾品の如く露わになった肌を粧る。
ファリスの一撃に頬をざっくりと切り裂かれながら、むしろその微笑は更に楽しげに。
「はっ、はぁ…っ」 「重い…、身体が…」 「…このッ、動いて!」
前衛を役るマキナ、海、歩、ファリス。その四人が、呼吸も絶え絶えに喘ぎ、呻く。
戦えば、反撃を受け消耗をする。それは当然の事。
だが――
(僕と皆の、この消耗差は何なんだ!?)
「お前ぇ…何を…」
ふらりと倒れかけ、踏み堪える歩。
『可哀相に、スタミナ切れかしら? 無理はするものじゃないわね…ふふふ♪』
口に手を当てて、少女は含み笑う。
(頃合かしら)
「そこを」
「退きなさい!」
跳躍から大上段に振り下ろされる黒刀。光輝纏う双剣の左右からの交差斬り。
「…ふっ!」
地を踏み割る震脚から放たれる黒の拳。その全てを受けて、悪魔の小柄な身体が吹き飛び、内子座の壁面に叩きつけられる直前。
天の力を込められたアウルの鎖が海の手より放たれ、違いなく悪魔に撒き付き拘束した。
「今だ、急いで!」
「――待ちかねました」
「お先っ!」
がら空きになった正面玄関、離れた建物の陰に潜んでいた結と鈴音の二人が、全力疾走で内子座内部へ突入する。
『ああんっ、これいいかも♪ もっときつく縛って♪』
縛られる感覚に頬を染め身を震わせる少女の声が、場違いに韻く。
「なんなんだお前は…」
誰ともなく、そんな呟きが聞こえた。
『か弱い、お・と・め、よ♪』
キンッ!
「うわっ」
さらっと一瞬で醒めた表情に変え、変貌に驚く間も与えず光の鎖は形跡もなく砕け散る。
「駄目か」
臍を咀む海をつっと指差し、物覚えの悪い教え子を諭す教師の如き表情を浮かべ。
『抵抗力のない力馬鹿相手なら、有効でしょうけれどね』
面子を見回し、白い繊手を胸の前で組んで見せる。
『…残念だわ。もう少し、相手を量れる目があると思ったのだけれど』
「それはどういう…」
肩を竦め、やれやれと頭を振る。傲慢にして蠱惑の笑みが、見下す。
●時は
「ゲート展開は広い場所がいいのかな?舞台とか?」
「分かりませんが…手始めとしては舞台からでもいいでしょう」
諳記していた施設内、迷うほどもない単純な構造を駆け抜け、舞台正面の寄席への扉を音高く開く!
「いたっ!」
舞台上、隠れる事もなく立つ黒衣の女。その周囲に浮かび上がる、複雑怪奇な多数の術式陣。
『――来たか』
「みーつけたっ!」
「…そこまでです」
鈴音の霊符から立ち昇る焔が、結の手にする黄金のシンボルから金色の焔がそれぞれに女に向かって奔る!
『シャァアアアッ!』
「「!!」」
だが、それを二階寄席から飛び降りてきた二体の蜥蜴人が円形盾を翳して遮る。
返しとばかりに突進する天魔を、結の大剣が真正面から受け止め、鈴音は堪らず吹き飛ばされる!
「ぎゃんっ!?」
「…このっ」
結の放つ挑発のオーラが鈴音に追撃をかけようとする天魔を引き剥がし、二体同時に相手取る。
「あなたは…あれを」
「っ、…分かった、任せて!」
交戦中の横を回り込み、舞台を魔法の射程圏に捉える。
「燃え尽きなさいっ、六道――」
シンに向け翳す掌に、紅蓮と漆黒が渦巻く!
「――呪炎煉獄!」
解き放たれた炎術が束となって迸る。それは違う事無く、舞台上で施術を続ける天魔を捉え。
刹那、天魔が笑みを浮かべるのを鈴音は確かに見留めた。
●
『ふふ…チェックメイト』
嬲る様に交戦を続けていたディルキスが、ふっと内子座の屋根へと飛び、腰掛ける。
「何を言って――」
直後、結と鈴音が正面玄関から飛び出してきた。
その後を追う様に内子座の入り口から、続々と多種の下級天魔が吐き出され、天上には結界が広がり始める。
作戦失敗を誰もが悟った。
「…多少ですが、時間を作ります」
継戦は無意味。マキナが自身のアウルを限界にまで高める。
『この国で言う“カミカゼ特攻”ってやつかしら?』
「死ぬつもりはありません…が、仲間が殺されるのを見過ごす気もありませんので」
一歩踏み出す女に、少女は態とらしい慈愛に満ちた表情を浮かべる。
『まだ遊べそうなお人形、ここで壊すのは勿体無いでしょう?』
涼やかに、軽やかに…しかし怖気が這い上がるような声音が撃退士らの耳を打つ。
『でも。ただで見逃すのもフェアじゃないから…鬼ごっこ♪ 10算えたらこの子達が追いかけるから、頑張って逃げてね♪』
周囲には、既に30を越える天魔が溢れ犇き、その数は増え続けている。
『あと』
ふっと、高重力下に囚れていたフレスへの術が解かれる。
『ッ、よもやっ…魔族に情けをかけられる、か』
圧殺されまいと全力を振り絞って耐えていた女が、呼吸を乱しながら跳ね起き、学生らの元へ飛び退く。
『これもちゃんと運んであげて♪』
左手の人差指をくるり。直後撃退士の上空に、意識を失ったハルルカの身体が現れ、落ちて来る。
慌てて、それをフレスが抱き留めた。
「…っ…ぅぁ」
「…生きている。傷は…酷いが」
『裏切り者だから、本来は殺しても良かったのよ。でも、私個人は恨みも何もないし…見逃して、あ・げ・る♪』
撃退士達を追い、ディアボロ達が追撃を始める。ゲートの具現設置と共に、一帯に展開された結界を見上げ。
(つまらないものね。別に失敗しても良かったのだけれど…)
悪魔は、一つ溜息を吐いた。