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土煙の中から飛び出した影。その唐突な一撃正面にいた少年を襲う。振り下ろされる黒い凶器。咄嗟の判断で片手から両手持ちに構え直した君田 夢野(
ja0561)。
手にする薄い直刃の大剣《黄金狂詩曲》は彼が独自調律した物。それに掛かる重撃をどうにか受け流す。刃を滑り火花を散らし、叩き付けられた大地に大穴が開く。
「――イド!?」
現れた顔に驚愕、然し次の瞬間、無意識に少年の表情は輝く。
『アア?何笑って…ン?』
互いに飛び退り一度距離を開ける二人。
「久しいじゃないか、イド――さぁ、共に歌おうか!」
ぽん、と夢野の顔を眺め手を打つイド。
『ドッかで見た面かと思えば…アン時のガキか』
「敵ですよー!陣形を整えましょー!」
銀の銃身を持つ拳銃、シルバーマグWEを強襲者に油断無く向けながら、櫟 諏訪(
ja1215)が呼び掛け、我を取り戻した仲間達もまた、動き出す。
(新手?)
現れた天魔を見留め、神喰 茜(
ja0200)は一度収めた細身の大太刀、蛍丸を抜き放ち。
『ヨク見りゃ、他にも見た様ナノがいるナァ…』
「…今回で二度目ですが――貴方、相変わらず救いが見えませんよ」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)が持ち上げる偽腕―正式名称を魔具・偽神の腕(アガートラーム)―の拳より黒焔が吹き上がる。
『オウ、嬢ちゃんも確か。…クカカ、救われタガッテる様に見えるカ?』
「見えませんね…まぁ、それは私も同じですか」
少女は己に自嘲を刻む。
「本能(イド)の悪魔か。…愉しそうだねえ」
詞のままに笑みを浮かべ、鷺谷 明(
ja0776)はゆったりとしたコートの下で手にするは平造の直刀、八岐大蛇。一切装飾を略かれた無骨なソレは、日本刀の源流ともなった古き刀を模す。
青年は現れた悪魔の内に、己と近しい物を感じた。尤も、思い過ごしかもしれないし、実際如何でもいいとも思う。
(――!まさか、イドとこんな場所で遭遇するなんて)
思わぬ邂逅に臍を噛むのは六道 鈴音(
ja4192)。光纏を再発し、後方に下がって雷帝霊符を手にする。嘗て対峙した時、彼女が得手とする魔術は彼の天魔に有効打となり得なかった。
それでも何時か見える時の為にと、対抗術法を練ってはいたのだが…ソレは未だ未完成。
「久しいな、逢いたかったぞ」
『あん?』
漆黒の刀身を抜き放ち、蛍丸《斬天》を手に焔魔に声を向けるのは鬼無里 鴉鳥(
ja7179)に暫し視線を向け、
『あー、ええと。ドッかで遭った…気はするんだが』
顎に手を当てて考え込む。
「このっ…人の首に刻印まで残しておきながら…!」
相手の反応に怒気を発し、襟首を大きく広げて首筋を露わにする少女。そこに残された刻印を目に、やっと納得するイド。
『あ…、あー、あん時の。確か…このクライだったカ?』
ニヤニヤと笑いながら、左掌を微妙な膨らみを露わすように模ってみせる。そっちはしっかり憶えてたらしい。
「た、たたっ、戯けがぁっ!そこまで薄くは…って、ええい、何を言わせる!?」
『カカッカッカッカ!』
二人のやり取りを聞きながら、夢野がとある情報を脳内のメモリーに書き込む。生粋の●んぬースキーの性(さが)か。
(…な、何で皆そう平然と)
周囲の仲間の反応に、片瀬 集(
jb3954)は地割と後退りながら胸中で呟く。少年もまた駆け出しとはいえ、アウルを使いこなす陰陽師。
であればこそ、目の前の相手が尋常ならざる事をはっきりと感じられる。
(――怖い。なんだあれ、化け物じゃんか)
ただ純粋に、只管にそう思う。面倒な相手には関わらぬが吉、だが一人で逃げると言う選択肢は彼の中にありえなかった。
咄嗟に周囲を見回し、己の立ち居地を確かめる。前衛の多いこの構成なら、自分は前に出るよりも…少年の意志に従い、その手に竜の契まれた大振りの自動拳銃、ドラグニールF87がヒヒイロカネの内より顕れ、黒き業火の如きアウルが解き放たれる。
「さあ来い本能(イド)!殺しあおうか!」
人なる身に竜が咆哮の如く。黒へと変じた眼を瞠目き、狂気の笑みは疾走する。
『お誘い、ありがとヨッ!』
偸閑な挑発、なればこそ応えイドも走る。力と力、技と技、陵ぎ合って生き残る、故に闘争。故に彼らは在る。
逆袈裟に逸る剣旋、急制動を掛け仰けぞる様に躱すイド。返す斧槍の唐竹割りを流れる様に明が右へと躱し。
「おおおっ!」
「疾ッ!」
悪魔を挟み併走していた夢野と鴉鳥、左右からの斬を斧槍と篭手が硬音を韻かせて受け弾く。
『ホウ』
「まだだよ!」
「――」
紅を黄金へと変じ、剣鬼と生ず少女の刃が焔魔の右上腕を掠め、黒焔の拳が頭を傾けた頬を削る。
「イド、私の必殺の火炎魔法、受けてみろ!六道赤龍覇!」
振り上げる鈴音の片腕から天に駆け上がり、前衛二人が飛び退った直後、火柱が悪魔の頭上から渦となって捉える!しかし。
『温い温い…莫迦の一つ覚えか眉ガキが!』
嘗てと同様に、炎は容易く天魔の焔に飲み込まれ、少女の魔法に数倍する焔の蛇が誘首を擡げ、襲い掛かる!
「誰が眉ガキよ!?」
全力で横っ飛びに躱し、全身畑の泥に塗れながら飛び起き、叫び返す。
「―いきますッ」
最中、二方向から飛来した銃弾の内一発が外れ、一発が的中する。
「よし、ですよー」
『チッ、腐食か』
即座にアウルを高め中和するも、イドの肉体強度が僅かに落ちる。
剣戟が、銃弾が、絶え間なく続く。躱し、弾き、受け止める天魔。
『なる程ネェ…クカカッ、こいつは』
四方を囲まれれば、回避の余地が減る。連続する攻撃は判断力を消耗させ、一撃の精度を低下させる。
それはどんな戦士であっても、避けえない。イドの攻撃はその精彩を欠き、逆に撃退士達の攻撃は直撃が増える。
そしてその度に、天魔はその笑みを深めた。声も無く、笑い続ける。
(いいネェ。この活きの良さが、嫌いになれネェんだ…カカッ、カカカカ――)
「…強いね。どうせ来るなら万全の時に来て欲しかったけど」
『そいつは間が悪かったナァ…よット』
撃退士達が一戦終えた後だった事、自身の内に篭る鬱憤、双方を指して。
躰ごと持って行かれそうな衝撃をどうにか捌き、茜は飛び上がり、更に上段に斬りかかる。
間隙にマキナが懐へ滑り込む。
「でも…芋虫じゃ物足りなかったんだ。斬らせてもらうよ!」
その唇は、狂喜にして剣呑な笑みを浮かべながら。
攻撃を受けた刹那に生ずる隙。そこに繰り出される、黒の拳。
交差する、魔と人の目差。
『ソレ、前ん時の奴ダな』
いつかの戦闘、同じく少女に喰らった記憶を呼び起こす。
受けた一撃を弾き飛ばし、
『カカッ!』
同時に引いた左拳から篭手を紅蓮の炎が纏い、それを振り抜く。
色違いの焔が、両者の拳を境に衝突する!
「貴方なら回避しないと思っていましたよ。喩え分かっていても――」
そう、拳の威力など、この技の真価ではない。
「厄介であろうと、だからこそ受けて捻じ伏せるのだと」
悪魔を焦点に、覆い囲むように虚空に生じる黒き焔鎖が一斉に放たれる!
『ダカラ楽しいンだろ?』
「…ふっ」
邀え撃つように、焔魔の身からも紅蓮がまるで蛇の如く伸び、効果を打ち消そうと鬩ぎ逅う。
恐らくは数秒で做されるだろう、だが逆に言えば数秒は在る。
『クカカッ! そら、届かセテ見な!』
「破ぁああ!」
血濡れの焔纏う切先が、徹しの一撃を以って貫き、突き立てる!
「生くるも死ぬるも八卦也。愉しや楽し、あな愉し」
毒殺の女王の影を背負い、閃く刃が妖しく。切り裂く肉へと、凶毒が蝕む。
刀身は白き煌きの“聖音”を纏い、美しき旋律が空を満たす。
「退屈などとほざくなよ、まだまだこれから楽しくなっていくのだからな!」
同時に背後から、繰り出される刃。漆黒の焔が宿すは閻魔羅闍の神性を呈す術式、“審判”。
『グ、ク…クク…!』
天の一撃に被る衝撃を堪え、前後の二人を順に眺め、賞賛の笑みを浮かべた。
その視線に、鴉鳥のそれも数瞬交わる。
諏訪、集の銃弾が頭部と胸部に爆け、同時に紅蓮の蛇が束縛を打ち破る。
「まだよ!」
寸前、鈴音の放つ高速の雷撃が天魔の身を撃ち、震わせる。
『…ククク、効くネェ!んじゃ、お返しとイクかァ!?』
振り上げられる斧槍、その全体が目映いばかりに灼熱の輝きを放つ!
「斧が赤くなってますよー!範囲攻撃が来そうですよー!」
警告の叫びを上げる諏訪。各自もそれに気づいた者は即座に場から逃れようと動き出す。だが――遅い。
『そう遠慮せず、寄ってけヨ!』
大地が、沸騰する。
「ハハハハハッ!」
刹那、他とは違う動きを見せる明。大地に斧を突き立てるイド目掛け、嚆矢の如く突進、その一撃を放つ!
そして噴火に匹敵するエネルギーが、大地を、青年を悪魔ごと飲み込み、轟音と赤熱へと染め上げる――
「!」
「くうっ!?」
噴き上がる赤き大地。術範囲の外延にいた鴉鳥と茜は咄嗟に飛び退くも範囲から逃れきれない。
「やらせないよっ!」
「ですよー!」
咄嗟に突進し鴉鳥を抱え、転がる集。そして弾丸に込めたアウルで、茜に迫る爆裂を僅かに押し戻し、回避の間を稼ぎ出す諏訪。
「すまぬ」
「ありがと、助かった」
立ち上がり、体勢を立て直す二人。
「…でも、後の三人は…」
悲壮な表情で呟く鈴音、直後に天から二つの影が重い音を立てて地に落ちる。
全身を高温に灼かれ、衝撃に打ちのめされたマキナ、そして夢野だった。
『ククク…莫迦ッテノハ何処にでも居るモンだな。まさか飛びこんで来る奴が、アノ女以外に居るとはヨ』
咽せるような熱気と、赤熱し泡立つ大地。
その上に平然と踏みしめながら、片手で何かをぶら下げるイド。
「――ッ、鷺…谷…さん」
黒焦げのだらりと力なく揺れるそれは、明の体。顔面を掴まれた状態の彼を、悪魔は軽く振り、次いで無造作に横へ放り投げた。
『安心しな、しぶとい奴サ。まぁ、ほっとけば死ぬがナ』
何度か、同じ術を撃退士の前で使った記録は学園に残されていた。もしそれを知っていれば、彼も無茶はしなかっただろう。
その時、この天魔は溶岩の上に平然と立ち、行動していた事を。
「ぐっ…かっ」
何処か遠い肉体の悲鳴を意思で捻じ伏せ、立ち上がるマキナ。
技の発動前に回避行動を取っていた事が幸いし、幾らかダメージの軽減に成功していた。とは言え、最早後一撃も受ければ保たぬだろう。
「私の全霊――受けてみますか」
『据え膳は、喰う主義ダゼ』
斧槍の柄で肩を叩き、嘯く悪魔。
己に宿る全てのアウルを引き出す。この一瞬の為だけに。大地を震脚を以って踏み抜き、マキナの躰が弾丸の如く、奔る。
イドが斧槍を高々と放り投げ、両拳で構える。
『グフッ、クカカカッ!』
「がぅっ、あああっ!」
黒焔のボディブローと、紅蓮の右ストレートが互いを打ち抜く。立て続けにもう一撃。そして――
「…――ぐぅ、ッ……」
受けたダメージと、肉体の限界を無視した反動に、少女の膝が崩れる。同時に落ちてきた斧槍を受け止め、翻すイド。
『…勿体ネェが』
穂先が、一気に突き下ろされ――
――ギシリッ
『お?』
肉に潜り込む寸前、斧槍の柄に鋼糸が絡みつき、ソレを留める。
「まだ私達もいるんだよ…つっ!悠長に、止めをさせると思わない」
渾身の力で踏ん張り茜が笑う。尤も、力尽くで来られれば敵うとは思わない。
そして彼女は、一人ではない。
「イドォオオ――!」
最後の力で、大剣を腰溜めに駆ける夢野。
援護に放たれる諏訪と集の銃撃が、僅かに天魔の反応を遅らす。
『クカカカカカカカッ!』
茜を力尽くで振り払い悪魔が高らかに哄笑する。踏み込みが爆発のように土壌を巻き上げ、業焔を纏う斧刃が振り下ろし、斬り上げる剣刃を音叩く邀え撃つ!
焔と、魂より沸き立つ響音が互いを削りあい、時に溶け合う様な音階を奏でるが如く。
『ガキ、名は?』
刃の向こう、焔を介し聞こえる声。
「交響撃団団長、君田夢野…俺がお前を撃ち退けるまで、この名を忘れるなよ!」
『団長ネェ。そいつは大層だ。が、俺は忘れっぽいからナァ』
更なる巨大な焔が斧槍に噴き上げ、音を飲み込み青年の意識ごと焼き尽くす――
「〜〜〜――ッ!!?」
大剣を弾き飛ばされ、崩れ落ちる夢野。その胸から腹までを斬の痕が走り、肉の焦げる臭いが立ち昇る。アウルの供給も断たれ、地に転がった剣が幻の如く解け崩れる。
『保証は出来ネェが、暫くは憶えとくサ』
『サテ?』
「ま、まだ!」
凄まじい旋風が、イドを取り込み、疾風の刃が切り刻む。だが焔魔の纏う焔は急激に膨張し、それらを飲み込んで風の檻を吹き飛ばす。
「――ッくそっ!」
(生き残る…生き残るんだ!)
ハルバードに持ち替え、集が走る。逆方向から更に茜の太刀が振りぬかれる。
『…』
無言で、それらを弾き、即座に振り向いて背後からの一撃を受け止め――そして押し倒された。
仕掛けた鴉鳥も、一瞬だが我が目を疑う。だが次に微笑を浮かべ、鍔迫り合いの下に在る者に囁く。
「…これでも、弱いというか…?」
『いいや…まぁ、ギリギリ及第点だナぁ…クカカ』
その答えに満足げに、次いで微かに頬を染める。
「それと…何だ」
『?』
「…あぁ、くそ!欲情できるのかと聞いておるのだ!」
『ハァ?』
一瞬呆けるイド、そして――
『クッ――グクッ…ガハハハハハハッ、ハハハハハッ!!!!』
突如、高らかに哄笑する。何処までも楽しげな、混じり気の無い。
「わ、わら――むぐっ!?」
そして、怒鳴りつけようとした少女の後頭部を片手で引き寄せ、その唇を刃越しに奪う。
『答え代わりだ』
鴉鳥の表情が、驚きや怒り、そして羞恥と入り混じる。やがて
「…はは、これで女としての体裁は保てたかな」
『お望みナラこの先もしてやるが?』
「ふん…貴様に抱かれてなどやらぬ」
艶やかな笑みで、頬笑む。
「うわぁ…」
「なんて言うか…うん」
「えーと」
「……」
対処に困るのは、その光景を見せられた四人で。
『ナニ、抵抗してくれた方が、手に納れる喜びも増すってモンさ』
「うわっ!?」
一瞬の虚を突き、鴉鳥を蹴り上げて抜け出す。
「「あ!?」」
慌てて身構える一同。
立ち上がった途端、軽く襲ってきた目眩い。
『憂さ晴らしの算段だったンダが、存外に楽しめたゼ』
それを無視して背の翼を広げ、高空へと一気に上昇する。
この世界を訪れて以来、尤も深いダメージをイドはこの戦いで負っていた。それがこの上も無く、嬉しい。
(…やっぱ、ヴァニタスなんぞいらネェわ。さて、どう釈明したモンか)
『まぁ、考えるのは後だ。俺はコレデ帰る』
「!逃げる気!?」
(いや、逃げてくれた方がいいけど)
鈴音の声に、集がチラリと倒れた三人を見やる。早く治療しないと拙い。
『カカカ…そう吼えンナ。続きは、また今度ナ』
その後――
学園から派遣して貰った緊急医療班により、明、夢野、マキナは辛うじて命を維ぎ止め。
彼らは一人欠ける事無く、生還を果たした。