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マスター:火乃寺
シナリオ形態:ショート
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:8人
サポート:4人
リプレイ完成日時:2012/10/08


みんなの思い出



オープニング

 大気を切り裂いて振りぬかれた漆黒の斧槍。
 太刀で受けたルインズブレイドが“魔具ごと”上半身を二分され、血飛沫と内臓器官を撒き散らし、崩れる。
「いやああああぁぁっ!?」
「テメェの女一人も助けられなかったなァ? クカカッカカッ!」
 悪魔。
 残虐、狡猾、非道、外道。息をするようにそれを行う者。
 結界内の住民救出、ありふれた作戦。その先遣隊として送り込まれた六名の撃退士達の内、五名は悉くが討たれていた。
 ただ一体の、悪魔の前に。
 そして唯一の生き残りであるアストラルヴァンガードの高等部女子生徒は、両足の大腿骨を砕かれ、獄焔を操る悪魔に踏み敷かれながら、周囲に吹き上がる業火に身を炙られる。
「こふ…お、げぇ…ぇ」
 腹部を踏み下ろす圧力が、徐々に増してくる。
 恋人だった青年を目の前で惨殺され、今まさに彼女自身も死に瀕していた。
「カカ、苦痛にのたうつ女の顔はソソるなァ! 俺の女になるなら、生かして置いてヤルぜ?」
「ふ、っぐ…だれ、が…アアァッ!」
 涙と、鼻水と涎。ぐしゃぐしゃになったその顔、その瞳に憎悪を込め。
 瞬間、悪魔の足を掴み留めていた少女の手に一丁の銃が具現化、撃発音が鳴り響く。

 残響が収まった時、軽く頭を傾けて避けたイドの頬に一筋の紅い雫が垂れ。
 地に、腹部を踏み抜かれ破裂した少女の骸が転がっていた。

「根性のあるイイ女は、好きだぜ。…冥府で、野郎とヨロシクやんな」
 物言わぬ肉塊となった少女の上半身を持ち上げ、血反吐にぬれたその唇に、そっと口付ける。
 そうして青年の死体と共に並べ、跡形もなく焼き尽くした。


「…ソロソロ、次が来るな」
 廃墟と化したビルの屋上。その縁に寝そべり、下界を見下ろす。
 人よりも遥かに鋭敏な聴覚は、意識すればこの場から結界最外延で転がる小石の音すら拾える。

 ――っ、だめ…しなな――っ

「んぁ?」
 ふと、耳に届いた声に首を傾げる。
 この都市の住民は、全て彼の後方、ゲート入り口前の付近に集められている。
 だが今し方聞こえた声は、明らかに彼の前方、結界外延に近い場所からの物だった。
「チッ…ディアボロ共の取りこぼしか…どうすっカナ」
 このまま気づかぬ振りをして見過ごしたとて、彼には何の問題もない。
 彼が奉公する、新緑の髪を波打たせた少女悪魔が下した命は、この結界の用心棒。
 下らない仕事だが、最近は多少なりと退屈凌ぎにもなっていた。
「この声は…ガキか」
 暫く聞き耳を立てて、やがて不承不承と言うように溜息をつき、身を起こす。
 背の漆黒の翼を、大きく羽ばたかせた。



「死なないで…目をあけてよぉ…一人にしないでぇ」
 瓦礫の積み重なりが偶然作り出した空間に隠れていたのは、まだ10歳にもならないだろう幼女。
その両腕には、一匹の柴犬を抱きしめていた。
『何をピーピー喚いてやがる』
「?!」
 ぬぅっと、その暗がりを外から覗き込む影。
 赤い髪。そして縦に裂け輝く瞳孔と、頭部に生える一対の捩れ尖った角。
現世に煩雑する情報を知らずとも、相手が人でないことは幼子にも一目で分かった。
しかし、恐怖にガタガタと震えながらも、気絶することも無く意識を保ち続ける胆力は中々の物かもしれない。
『とっとと出てきな。それとも、ここごと潰されてェか?』
「…ッ」
 影が動き、明かりが暗がりに差し込んでくる。外にいる人ならざる者が、自分の出てくるのを待っている。
 出てなど行きたくは無い。だが、幼子には他に選択肢等無かった。

 暮れかけた陽の光。
 ずっと暗闇に潜み、それに慣れていた瞳にはひどく眩しかった。
 何度か目をしばたかせ、気づけばすぐそばに立っている悪魔に気がつく。
「ひ…っ」
 喉を詰まらせ、ぺたりと尻餅をつく。だがその間も、両腕に抱いた柴犬を片時も放そうとせず、むしろ自分の身で庇う様に抱きすくめた。
『で、うぜェ声で泣き喚いてたのは、それが原因か』
 見下ろされ、指差される。中々声が出せず、何度も何度も唾を飲み込む幼子。
「…タロ、が…うごかない、の…」
 ようやく出せた掠れ声で、囁く様に。腕の中の、長年家族として過ごしてきた愛犬は腹部に大きな裂傷を負い、ぐったりと少女の腕の中で震えていた。
『…諦めろ。死ぬときゃどんな奴でも死ぬ』
「イヤ…そんなの、…イヤだ、もん!」
 再び泣きじゃくりだす幼女に、うんざりした顔でイドはしゃがみこんだ。
『ダァ、泣くなって。俺はどうにも、そのガキの泣き声ってのが癇に障るんだ。…どれ、貸してみな』
「あっ!?」
 少女の腕を無理やり解いて、抱いていた柴犬を奪い取る。ぶら下げ、ぶらぶらと振るってみるとぼたぼたと鮮血がこぼれた。
「やぁっ!? だめぇ、返してっ、かえしてよぉ!」
 その乱暴な扱いに、一時恐怖も忘れ、人外の存在にしがみつき取り戻そうと足掻く
『イイから黙ってみてろ』
 幼子を軽く蹴り飛ばし、犬の傷口に手を当てる。そこから仄かな紅い輝きが生じた。
 見る間に傷口が塞がって、やがて完全に跡形もなくなっていた。
 嘗て、戦場で天使が使っていた術を、見よう見まねで体得した治癒術。
我流の為相当に無駄が多いが、これのお陰でイドは死線を何度もすり抜けて、今まで生き抜いてこられた。
戦う事で手に入れた力。
「…わぁ!」
『ほれ』
 ぞんざいに投げ渡された愛犬を、慌てて受け止める。
 腕の中で、先よりもずっと安定した呼吸を繰り返す柴犬が、やがて目を開け、目の前にあった愛する主人の鼻先をぺろりと舐め上げた。
「タロ…よかったぁ、タロ〜!」
『泣いても笑ってもクソやかましい…ガキは嫌いだ』
「ぁ…あの、あり、がとう…」
 恐る恐る礼を言う幼子に、忌々しげに舌を打って背を向け、腕を伸ばす。
『ここからまっすぐ、あっちに行きな。身の程知らずの馬鹿が集まってやがる筈だ。ディアボロ共は退かせといてやる』
 何故そこまでしてくれるのか。天魔は、人を、町を壊す悪い生き物だと学校で教わってきていた。それなのに。
「なん…で? おにいさん、いい悪魔…さん?」
『――ブハッ!ギャハ、ギャハハハッ!いい悪魔さん?俺がかァ? ギヒッ、ヒヒッヒヒヒヒッ!』
 ツボに嵌ったのか、ひとしきり笑い転げる悪魔に、幼子はどうしていいか分からず。
『…と、あーあー。とっとといかねェから、あいつらが来ちまった』


 巨大なアウルを感知し、その場に向かっていた彼らは、そこで一体の天魔と、一人の少女を目撃する。
『ヨォ、ゲキタイシ。 さっき殺した奴らより、テメェら歯ごたえがあるんだろうなァ?』
「っ!!」
激昂しかける一人を、別の一人が抑える。
「…その子に何をした」
『さァて? 特に何もしちゃ居ないが…なんならこの場でディアボロに変えてやってもイイぜェ? カカッ!』
 脇に居た少女の襟首を掴み、撃退士達に向かって掲げてみせる。
「――!」
 だが、幼子は特に泣くことも喚くこともせず、じっとされるがままになっていた。
 それを見て取った彼らに、微かな疑問が生じる。
『そんなに気になるなら…くれてやるぜ! 受け取りなァ!!』
 振りかぶり、力任せに幼子の身体を投げ飛ばす。撃退士達の正面に。
 直後、その後を追うように突進するイド。空いた手に、瞬時に具現化する漆黒の斧槍。
『サァ、どうするよ! ガキごと真っ二つにされるか、ガキを捨てて我が身をとるかァ? クカッカカカカッ!』


リプレイ本文


 考えるより先に、身体が動く。
 飛んでくる幼子の小さな身体。
霧原 沙希(ja3448)は、それが抱きしめる犬ごと全身で包み込む様に抱き止め、衝撃を逃がすように後方へ飛ぶ。
その光景を認め、悪魔は唇を吊り上げる。
『上等だ、ゲキタイシィ!』
 強大な天魔のアウルが、振り上げられた斧槍に集約する。
沙希は幼子を下ろし、己が身を盾にするが如く両腕を広げ天魔に背を向け。
放たれる刹那の間隙、二者の間に黒い疾風が割り込んだ。
『うおっ?!』
 正面に突きつけられる布に包まれた長物。
「あはァ…闘争本能のままにィ…遊びましょうォ…楽しみましょうォ」
ショットガンM901の先端から撃音と共に弾き出された実包が、布地を吹き飛ばす。
 咄嗟に篭手で身を庇うイド。その全身に無数の散弾が叩き込まれた。
 フォアエンドをスライドさせ次弾を装填し、黒百合(ja0422)の唇が歪む。
『カカッ、やってくれるぜ!』
 一拍遅れて振り下ろされる斬、地を切り裂いて走る衝撃の八条。
「くっ、霧原さん!」

(…やるしかない)
 他の者がそれぞれに破壊の一撃をかわす中、動けぬ沙希とそれの間に立ち塞がったのは月詠 神削(ja5265)だった。
ソードブレイカーを手に身構える。
一撃目、まずは彼自身を狙った衝撃波が到達する。
「ぐぅっ、おおおおおお!!」
 全身が悲鳴を上げ、体中が引き裂かれていく。アウルを一身に注ぎ込み、耐え続ける短剣に細かな皹が走る。
 自分でも無茶をやったのは分かっていた。それでも。
(それでも、子供が死ぬのは嫌だ)
 ぶっきらぼうに見えて、お人好しな所もある少年だった。
「がっ、は――!?」
 続いて沙希を狙った、彼にとっては二撃目。最早堪える事も出来ず、だが全てを受けきった彼の身体は、高々と跳ね上がり、後方に落ちる。
同様に跳ね飛ばされた短剣が、アウルの供給を断たれ顕現が解け、消える。
 九十九(ja1149)が支援に放った一矢も、受け止める事を念頭においていた彼には効果を上げる事は無く。
「――その子を…」
 うわ言の様な呟きを最後に、神削は意識を手放した。
『イイ根性だ、ツラァ覚えといてやる』
 誰にも聞こえぬ声音で、イドが笑う。

天上方向に出現したアウルの気配。
ハッとして見上げたイドの視界に、一定範囲に墜ち来る無数の彗星群を捉える。
『チッ!』
最初に仕掛けてきた少女を見れば、薄笑いを浮かべている。己が巻き込まれるのを想定済みの表情。
『クク…クカカカカッ!』
避ける間はなし。楽しげに哄笑しながら、篭手から障壁を張り巡らす。
悪魔を中心にコメットが振り注いだ。

「イドですわね。今のはお気に召しまして?」
 着弾による粉塵舞い上がる一帯を油断なく見据えながら、毅然と言い放つ桜井・L・瑞穂(ja0027)。
『割とな。意表を突かれたのは確かだぜ?』
 その中から響く声。
『それにしても、俺を知ってる奴がいたとはなァ』
 風が土煙を一掃した後に、ダメージにより膝をつく黒百合と、斧槍を肩に担ぐ悪魔。
「学園だってそれなりにデータは蓄積していますわ」
『ほー』
 瑞穂との会話中、無造作に横に薙ぎ払われる斧槍。それに虚空を切り裂き奔る、長大な黒き斬光が打ち合った。
「…これを受けるか」
 漆黒の焔を纏いて振りぬいた蛍丸(銘:斬天)を即座に納刀、再び居合いの構えと戻す鬼無里 鴉鳥(ja7179)。
『カカカッ、活きのイイのが揃ってるみたいじゃネェか』
 踏み出し、己の身体にかかる重圧に気づく。だがそれさえも楽しげに。
 僅かに動きの鈍った天魔に対し、周囲に散った者達も仕掛ける。
「子供は、もうちょっと大事に、扱って」
 コニー・アシュバートン(ja0710)は走りながら、アサルトライフルAL54を腰溜めに構えフルオート射撃で弾丸をばら撒く。
 光纏を纏った彼女の髪は白く輝き、肌は浅黒く染まり、瞳は紅に。そして黒霧を微かに漂わせて。
(…いやはや、参ったねぇ…悪魔が相手とは)
 平素と変わらぬよう振る舞いながら、内心で悪魔の放つ威圧感に焦燥を募らせ。
それでもやれる限りはと九十九は暗紫の風を纏いて、強弓の一矢を放つ。
(こいつは、本物だ…)
佐藤 としお(ja2489)は湧き上がる高揚感に疑問を感じつつも、黄金龍の如き光纏を身に絡ませ、アサルトライフルへアウルを集約、光輝纏う弾丸を撃ちだした。
 

 仲間が食い止める間に、沙希は再び少女を抱き上げ走り出す。
「……しっかり、掴まって」
 不安げに見上げる少女へ囁くように言い聞かせ、脚部にアウルを集約させる。
 少女が犬を抱きしめながら彼女の服をしっかりと掴む。それを確かめ、一気に踏み切る。
 爆発的な加速が、二人と一匹に強烈なGを齎す。
「ぁうっ」
「…少しの間、我慢」
 倒れる神削の脇を駆け抜ける一瞬、心中で礼を述べ。
 進路上にある瓦礫を避け、回り込み、悪魔との直線状に挟み込んで目隠しとしながら、結界外延方面へ一心不乱に駆け抜けた。


 光輝を纏う弾丸、それに気づかぬ筈も無く。
『しゃらくせェ!』
コニー、九十九の射撃を高速回転させる斧槍で受けきり、空いた片手を振り翳し、放たれる巨大な炎の渦。
「ぁあああっ!!」
 咄嗟に避けようとして果たせず、炎大蛇が開く巨大な頤に飲み込まれる。
 炎の中で、咄嗟に身を庇った手足の肉が焦げるのを感じながら、勢いのまま背後の倒壊したビルの壁を抜け、中の支柱に激突した。
「ぐ、ぅ…」
 半身を焼き焦がし、倒れ伏す。
「やってくれるわァ…」
瓦礫の影で瑞穂からの治癒を受け、黒百合が駆け出す。身を低く、地を這うような疾走。
その手に携えるは漆黒の大鎌・デビルブリンガー。
「これ以上、やらせない」
「あんたにとっては弱者かもしれないが、無視されるのは気に入らないさぁ!」
 足を留めるように、或いは気を逸らすかのように。殺到する銃弾と矢。
「そういう、事ですわ!」
『吠えた所で雑魚は雑魚だろうがァ!』
 矢弾を弾き返し、降り注ぐコメットの下を駆け抜ける天魔。
 次なる標的は、回復によるチームの要―アストラルヴァンガード。
「我が刃、容易く見切れるほど遅くはない…!」
 間に割り込む鴉鳥。腰元から一閃放たれる抜刀の一撃は刹那。
 だが。
「な――」
『イイ切れ味だ…だが腕が足りねェ』
 あろう事か、それを素手で受け止めるイド。
 握り締める掌は確かに切り裂かれているが、それだけ。皮は断っても、肉は裂けず。
 刃を握りしめ、それごと少女を投げ飛ばす。
「…くっ」
 瓦礫に叩き付けられ、衝撃に表情を歪ませながら鴉鳥は体勢を立て直す。
 その間に、天魔は瑞穂との距離を更に詰める。
「このっ!」
 影の書から放たれる影槍。それを軽々と回避し、彼女の眼前に達するイド。
『おっと、逃がしゃしねェよ』
 咄嗟に身を退こうとした彼女の機先を制し、振り回した斧槍の柄で彼女の喉を強かに打ち、瓦礫との間に挟みこむ。
「ぁ…が、っ」
『こいつらを支える要はテメェだ』
 振り上げる拳。そして怒涛の乱打。
 全身に叩き込まれる拳打が、彼女の肉を潰し、骨を砕き――やがて背にする瓦礫共々吹き飛んだ。
「…――」
 声も無く落ちる少女の身体。辛うじて、息はあったが最早戦闘に耐えうる状態ではない。
 それでも、彼女の瞳から戦意は消えず。どうにかして、身を起こそうと足掻き――力尽きる。
『…んで、あと何匹だァ?』
 振り返る悪魔の後背に、地を這う様な影が達したのはその時。
 気がつけば、全身を絡めとる緋く細い、何本ものワイヤー。
「……」
 黒百合の指にはめられた闇色の指輪から伸びるそれは、イドの身体に食い込み、幾らかの血を滴らせる。
『早いな…だがこの程度の…ッ!?』
 無理やり引き千切ろうとした矢先、苦しげに身を震わせる。
「いかがかしらァ…お味は?」
『クカカカ…毒か、芸が多い嬢チャンだ』
 悪戯っぽい笑みを浮かべる少女に、こちらも首だけで振り返り笑みを浮かべて返すイド。
 体内のアウルを活性化させ、中和を試みる。そして。
『手が早いのは結構だが…近づき過ぎなんだよォ!』
 いつの間に灼熱に輝く斧槍が、イドの手に振り被られる。
 その業を、黒百合は知っていた。知っていたから分かる、それが空蝉で回避できない距離である事も。
 空蝉は、攻撃を安全に回避できる空間が無ければ無意味であると。
「…くっ」
『沸き滾れ、赫灼の大地!』
 大地が震え、轟音と紅き灼熱が戦場を満たした。

『クカ…カカカ…単騎でなら中々。だがよ――』
 煮えたぎる赤熱の大地の上に立ちながら、嘲る様にコニー、九十九、鴉鳥を振り返る。
 既に立っているのは、彼ら三人のみ。その上、天魔に対しても決定打を与える事はできていなかった。
『お前ら、バラッバラだなァ? 最初の囮と、星が降ってくる奴? アレは楽しかったんだがよ』
 遠くで、重量物が落ちる音が響く。
 小規模な火山爆発に等しいエネルギーを一身に受けた黒百合が、打ち上げられた空中から落下した音だった。
 同時に、噴出した余波で飛び散った溶岩による、倒壊した周囲の家屋の幾つかから火の手が上がり始める。
「…どうしたもんかぁねい」
ぼそりと呟く九十九に、コニーが無言で奥歯を噛み締める。
 選択としては撤退も視野に入れなければならない状態。しかし。
「……迂闊に、背中見せちゃダメ。喰われる」
 そして左右に散る二人、その間、中央を駆け抜けるは鴉鳥。
 居合いの構えから、再び空を裂き迸る黒き斬光。
 突撃銃の掃射が、矢継ぎ早と放たれる矢が、嗤う焔の天魔へと殺到する。
『カカカカカカッ、そうだ!最後まで足掻いて見せろォ、雑魚共!!』
 薙ぎ下ろされる斧刃から衝撃波が放たれ、地に唸りを上げた。



 結果として、撃退士七名は悉く敗退した。
 天魔に対し相応のダメージは叩き出したが、討伐までは達せず。
『まぁ…そこそこには、遊べた方か』
「こふッ…ぅ」
 辛うじて意識があったのは、九十九と鴉鳥の二人のみ。尤も、半死半生の態で成せる事は何もなかった。
 九十九の髪を掴み、吊り上げるイド。
こぷりと喉奥から這い上がる血反吐を吐き出し、激痛に歪む表情でそれでも少年は天魔を睨みつける。
『しかし、全員まだ生きてるとはなァ…ちょいと遊びが過ぎたかね。一人一人止めさして回るのがタリィな』
 皮肉な笑みを浮かべ、斧槍の穂先を無造作にその胸へ――。

「まて――ッ」
『アア?』
 突き出そうとした寸前、背後からかかる声に振り向く。
 そこには頭部から血を流し、利き腕も折れた鴉鳥が、残された片腕で身を起こす姿があった。

 周囲が炎と黒煙に満たされる戦場で、天魔と少女の視線が交差する。
「…交換条件だ。私が貴様の遊び相手になる、代わりに皆を見逃せ」

 面白い物を見るように、イドの視線が鴉鳥の頭から爪先までを値踏みする様に這う。
『…遊び相手、ネェ? オマエが?』
「…そうだ」
 その感覚に微かに身を震わせながらも、少女は毅然と天魔を見返す。
 弱さゆえの命乞いではない。そもそも己の命は視野の外。
 悪魔とは欲望と酔狂と享楽に忠実な生き物。
 この身一つで、他の者達の命が救えるならばと。

 暫く少女を観察し、イドは掴んでいた九十九を無造作に――その実かなりの勢いで――後ろに放り投げる。
 或いはそれは、彼なりの気遣いだったのかもしれないが…建物の外壁に強かに叩き付けられ、苦もなく少年は気絶した。
 そして。

『カカカカッ! ワリィ、嬢チャンじゃ勃たネェ!』
 朗らかに言った物だった。
 びしりと、鴉鳥の中で何かがひび割れる音がした。
 俗に女としての、自尊心とか、矜持とか言われるものに。

 ――暫くお待ち下さい。


 少女を抱え帰還した陣地では、沙希の報告から救援の為の戦力が派遣されつつあった。
 傍らで、それを共に見つめる幼子が彼女の手を軽く引く。
「…なぁに?」
「あのね…あの…」
 周囲の人々が天魔を倒す為にここに集まっている事は理解しているのだろう。少女の声は徐々に小さくなっていったが。
「…あの悪魔さん…タロを、治してくれたよ。いい悪魔さんじゃ、ないの?」
 沙希に辛うじて聞こえる声で、俯いて呟く。
 すぐには答えず、少女は幼子と々目線になるようしゃがみこんだ。
「…私には、どうともいえない。誰かにとって良い事でも、誰かにとっては悪い事がある」
 それだけを返し、幼子を避難させる為に立ち上がる。
 不安げに自分が走って来た方向…残った仲間がまだ戦っている筈の街を振り返った。


 身を起こす為に地に置いていた掌が、何かを絞め殺すように握り締められる。
「…き、きき、貴様――」
 再起動した思考が、一気に過熱する。
「殺すッ!」
 ギンッと殺意を込めた凶眼を天魔に叩きつける少女。目じりに若干光るものがあった。
『クッカッカ…、まぁ、そう怒んなって嬢チャン』
 鴉鳥の目の前でしゃがみこみ、ニヤニヤと見下ろす悪魔。
『別に、メスとしての魅力がねェって言ってんじゃねェぜ』
 少女の顎を掴み、無理やり持ち上げる。
『器量だって悪かネェ。こっちの方は――』
 イドの手が鴉鳥の胸元に伸ばされ、服の上から柔らかな部分を掴む。
「…っ」
『…ちっと物足りねェが。ま、俺は気にしネェ』
 余計な一言に、微かに頬を染めながら睨み上げる少女に苦笑し、手を離して腰を上げるイド。
『だがな…嬢チャンは、弱い』
 それが全てだと言うように肩を竦め。
『弱っちィ女抱いても、何も楽しくネェ。そそられネェ。
 強い女を、力で叩き伏せて、組み敷いて…無理やり奪うから楽しいんだよ』
 言いながら、耳を欹てる。遠方から多数の足音、アウルの気配が近づきつつあった。
 再びしゃがみこみ、鴉鳥の後ろ襟を掴んで、その身体を持ち上げる。
「……」
『そう怖い顔スンナって。あれだ、気概は買ってやる。次に会う事があれば、もうちっとは強くなっときな』
 少女の頤を逸らさせ、首筋に唇を近づけ、牙をむき――そして突き立てた。
「――ッ」
 吸血種の中には、相手の体液を吸う時に同時に神経毒を流し込む手合いが居る。
 大抵、それらは快楽中枢に作用するものが多く、イドのそれもそれだった。
「…っ、はっ、あぁ…んっ」
 逸り高鳴る動悸に、全身が悲鳴を上げる。熱く痺れる様な、脳が溶け出して体中に流れるような酩酊感。
 その中で、吸い取られていく何か。全身がふわりと浮き上がるような、逆に落ちていくような不安定な浮遊感。
 やがて、イドは少女の首筋から顔を離し、無造作に放り出す。
「はっ…はっ…っ」
『そいつは、目印みたいなもんサ。気に入った奴以外、顔を覚えるのは苦手でな』
 未だ全身を痙攣させる鴉鳥に最早頓着せず、背の翼を用い飛び去った。
 少女の首に、黒い焔の刻印を残して。


 その後――。
 傷ついた七名は救援に駆けつけた他チームに救助され、後方へ運ばれた。
 イドは跳梁を続け、大きな被害を被った作戦チームは本作戦を中断。
住民救助は半ばも果たされず、撤退が決定した。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: ラッキースケベの現人神・桜井・L・瑞穂(ja0027)
 赫華Noir・黒百合(ja0422)
 アネモネを映す瞳・霧原 沙希(ja3448)
重体: −
面白かった!:9人

ラッキースケベの現人神・
桜井・L・瑞穂(ja0027)

卒業 女 アストラルヴァンガード
赫華Noir・
黒百合(ja0422)

高等部3年21組 女 鬼道忍軍
飛竜殺し・
コニー・アシュバートン(ja0710)

大学部3年29組 女 鬼道忍軍
万里を翔る音色・
九十九(ja1149)

大学部2年129組 男 インフィルトレイター
ラーメン王・
佐藤 としお(ja2489)

卒業 男 インフィルトレイター
アネモネを映す瞳・
霧原 沙希(ja3448)

大学部3年57組 女 阿修羅
釣りキチ・
月詠 神削(ja5265)

大学部4年55組 男 ルインズブレイド
斬天の剣士・
鬼無里 鴉鳥(ja7179)

大学部2年4組 女 ルインズブレイド