●学生の
本分は学業である。と言う偉い人が居る。
「…休みってどうしましょう…」
別に同意する訳ではないが、イアン・J・アルビス(
ja0084)が夏休みにやる事を考えたら、勉強以外に辿り着かなかった。
「最近疎かになってますし、勉強しますか」
朝から教材を拡げ、自室で机に向かう。
「えーっと、これがあれで…」
始めは順調に解けて行った問題集、だが途中から考え悩む事が増え。何故か気分が乗らない。
「…場所でも変えますか」
「いらっしゃいませ」
足を伸ばした大通り、小さな喫茶店の入口を潜る。
「紅茶をお願いします」
「承りました」
ウェイトレス服を着た黒猫(
ja9625)は一礼し、カウンターへ注文を伝えに戻っていく。
暫くして運ばれてきた紅茶に口をつけ、イアンは勉強を再開する。やはり場所を変えたのが良かったのか、思っていたより順調に問題が片付いていった。
どれ程経ったのか、気がつくと窓の外は紅に染まり夕暮れを知らせる。店が18時までだった為、今日はそれで切り上げて帰路につく。
久遠ヶ原では未成年に門限が設けられ、それは寮・貸家に関わらず適用される。学園都市としての規律であり、例外は緊急時や依頼、或いは許可を受けた場合以外では滅多に認められない。
「明日は何処で勉強しましょうか」
青春、それでいいのかと少し心配になる青年であった。
「宿題、片付けなきゃね」
後回しにして散々な目に遭うの、嫌だし。
と言う事でリト・ウォレンサー(
ja8220)は夏休みも開放されている図書館を訪れる。
「あら、貴女は…リトさん?」
「おー、やっほー!」
必要な本を書架から選び出し、席についた所で声を掛けられる。同じクラスの女子二人だった。
「あ、こ、こんにちは」
「こんにちは。…貴女も宿題を済ませにいらしたのね」
「あたしらもだよー♪」
「…あんたは私の宿題丸写ししてるだけじゃないの」
「うへへへ」
会話に、二人の仲の良さが窺えた。
「よろしければ、ご一緒しません?」
思わぬ誘いに途惑うリト。
「え…、いいのかな?」
「折角ここで顔を合わせたのも、何かの縁ですもの。こっちのは、てんで役に立ちませんし」
「ぶーぶー、そのいい方は酷いと思うなぁ」
「だまらっしゃい」
やり取りに、思わず小さく笑ってしまう。
「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うよ」
時に二人の漫才に笑いながら、宿題は少しずつ片付いていった。
一区切りをつけ二人と別れ図書室を出た彼女は、校庭を歩く。
「ふぅ、今年も熱いなぁ…」
照りおろす太陽に手を翳し、青い空を見上げた。
髪を結んでいても、首筋や項にじわりと汗ばんでくる暑さ。
夏休みでも関係なく天魔はどこかで暴れている。斡旋所にはたくさんの依頼が並んでいて。
(天魔も夏はお休みすればいいんだよ。…って、無理だよね)
「さぁて、残りの宿題もがんばろっと」
今年の夏はまだ、始まったばかりである。
●祭り
「わうぅ…」
眠たげに目を擦りながら、ドラグレイ・ミストダスト(
ja0664)は目覚めを迎える。
「昨日も夜の散歩しすぎました…」
着替えを済ませて化粧に取り掛かる彼。一見可愛らしい少女に見えても列記とした男なのだが。
「…うん!大丈夫です!いつも通りの私ですね♪」
それから上機嫌で荷物を手に部屋を後にした。
「ふむふむ…今日はここで面白い事をやってそうですね♪」
“○×商店街・夏祭り”と言う幟が立ち、出店が立並ぶ通りを歩き運営テントへ。
「今回のお祭りを開く事になった経緯を教えてくれると嬉しいのですよ♪」
主催者の一人を捕まえ、そう切り出す。ゴスロリ犬耳アクセの彼に面食らいつつ、答えるのは壮年の男性。
「んー、経緯ってもな。祭りは夏の風物詩ってのもあるが」
考えながら答えるその背後を、アルバイトでジュースの宅配に来ていた黒猫が通り過ぎる。
「まいどー、ご注文の品、こちらに置いておきます!サイン下さい!」
「お、ご苦労さん…ほいと、これでいいか?」
彼女と別のスタッフとの会話を背に、男性は続ける。
「いくら天魔と戦えたって、俺達も人間だ。だが島の外の奴等にゃ久遠ヶ原だって事で身構えられちまう事もあらぁな」
その気になれば、アウルの力は即座に凶器と為り得る事を人々は知っている。
「だから普通に祭りとか色々やって。自分達も普通の人間だって事、忘れないようにするのさ」
ガハハハ!と男は笑い、ドラグレイに綿飴を手渡した。
「ま、嬢ちゃんも楽しんでいってくれ」
性別は勘違いされていたが。
「ふふふ〜♪お祭りはやっぱり楽しい物です♪」
タブレットPCに保存してきた映像やインタビューを元に、ペンを走らせ日記と記事を埋めていく。
結局あれから目一杯食べ歩きや昔ながらの射的など楽しんできた。
「今日は中々良い記事が作れそうです♪」
●幻と現
しとしとと、夏の雨が降りしきる。
「快楽、復讐、正義――色んな殺人があるけれど。しきみちゃんはどう感じる?」
ジェーン・ドゥ(
ja1442)はソファに凭れ、傍らで背を丸めながら本を読み耽る鬼燈 しきみ(
ja3040)の黒髪を弄びつつ尋ねる。
日陰でボーっとしていた所を誘われたしきみと、誘ったジェーン。隠れ家で共に読書と他愛ない雑談の中で語られる一幕。
「んー」
活字から目を離さないまま、しきみは言の葉を紡ぐ。
「殺人は一種の歪んだ愛情表現だよねー理解とか納得できるけど共感は“まだ”できないやー」
快楽も正義も形変われば愛にも憎悪にも。幻と現の境界線上で、感情の混迷を持て余し、他に表現する方法がないから。
「なれば、さて、さて。自身が殺人を行うとしたら一体どういう理由だと思う?」
「もしボクがやるとしたらー手に入れるためにはそれ以外に方法がないときかなー?本でも…それ以外でもー」
言い終わるか否かに、不意に首筋に感じる感触。ジェーンの両手がしきみの首筋を捉え、彼女をソファに押し倒した。
「僕は理解も納得も共感もできない。ただ、ただ、受容はするけれど」
それでも行うとするならば。
「――愛おしいから、かな」
ぐっと込められる握力を感じながら、しきみはぼんやり覆い被さるジェーンの瞳を覗き見上げる。自分の顔が映り込むガラスの如き瞳を。
「…なんて、ね」
ふっと手を離し、彼女を引き起こすジェーン。それ以上二人の間に会話はなく、ただ紙を捲る音だけが空気をさざめかせた。
●庭と夜
昼間の予定を消化し、〆垣 侘助(
ja4323)が向かったのは久遠ヶ原人工島の片隅にある、とある屋敷。
彼はそこの庭師でもあった。
木々を、花々をそれぞれ丹念に手入れしていく。九月の選定に向けて各所の点検も行う。
やがて陽は傾き、少しずつ日中の暑さが和らぐ頃、彼は水遣りを始めた。
午後八時、屋敷の主であるラドゥ・V・アチェスタ(
ja4504)は目覚める。
身支度を整え、トマトジュース、パン、サラダと軽い朝食(?)をしっかり済ませ、屋敷の庭へと足を向けた先で下僕兼庭師の姿を見かけ、歩み寄った。
「おはよう、今宵もご苦労であるな」
「ん…ああ、起きたのか」
仕事の手並みを見守り、他愛もない言の葉を連ねる。
夜の星達は、そんな二人を静かに見下ろして。
「…もうすぐ、進級試験があるらしい」
学園での事、ここには居ない他の下僕達の事まで話題は雑多に渡った。
「初等部が育てている朝顔が、気になってな」
侘助の言葉に、顎に手を当ててラドゥは素朴な疑問を投げる。
「…その朝顔とやらは一体どういう花なのだ?」
「ん、何だ…あんた、朝顔見た事ないのか?」
背を向けたまま首を傾げ、口にしてから思い至る。ラドゥの生活サイクルを考えれば、自明の理だった。
「ああ…まあ、日本では割と有名な植物だな」
――次に来た時、何らかの形で実物を見せてやれないかと、ふと思案する侘助。
やがて手入れの全てを終え、仕事道具一式を担ぎ、侘助が屋敷を辞する。
「では、な。また。」
「うむ、ご苦労であった」
短い挨拶を交わし、門限に間に合うよう帰途に着く。やるべき事を済ませ、道具を整えて、いつもの様に22時には眠りについていた。
自室に戻ったラドゥは愛読書を取り出し、ゆるりとした時間を過ごす。
日の出が近づく頃、日課の日記を記し始める。気づけばペンを走らせるのは最後の一項であった。
「ふむ」
書き終えた日記を携え、書庫へと赴く。その一番奥の書架へとそれを収めた。
そうして寝床である棺桶へと身を横たえた彼は、静かに瞼を閉じる。今日もまた、いつも通りの平和な一日であったと。
●鍛錬と日常と
「ハッ、ハッ――」
人工島周回ランニング、夏休みに入っても断神 朔楽(
ja5116)の日常はいつも通りであった。
「ふぅ〜、今日も暑いでござるな〜」
滝の様に流れる汗をタオルで拭き快晴の空を見上げる。
今も拡張を続ける久遠ヶ原人工島。とてもではないが一日では一周できる距離ではない。
適当な所で切り上げ、訓練場へと向かった。
「よっ、こっちでござる」
手を離れたかと思えば爪先で蹴り上げ、側面に回りこんだ所で大太刀を掴み、訓練場の下級天魔を切り伏せる。
朔楽の剣術は一種独特のジャグラーの様なスタイル。その分鍛錬を怠れば諸刃の刃となる。
この戦闘法の欠点を上げるとすれば、攻撃に重さが不足する部分。一撃に溜めを作れないのだ。
その辺りはスキルで補う事も出来そうであったが。
昼前には切り上げ、昼食を済ませた彼は海辺近くの緑地口公園と足を向ける。
「風が心地よいでござるな〜…」
据わりの良さそうな大樹を見繕い、その枝へと登った朔楽は、腕を頭の後ろに組んで寝転がる。
「日々これ健常、よく動いた後は気持ちよく寝れるで御座る…」
「…はっ」
目が覚めて周囲を見回せば、すっかり日が暮れていた。
「しまった、寝すぎたでござ〜!」
樹上から飛び降り、慌てて岐路につくのであった。
「…!」
振り下ろされる鉤爪を咄嗟に青銅盾で受け止めるレグルス・グラウシード(
ja8064)。
「はぁっ!」
ロータスワンドに星の輝きを集め、叩きつける。脳天から潰された下級ディアボロは塵となって霧散していった。
本来駆け出しでも労せず倒せる最下級の天魔と相対しながら、レグルスは傷だらけであった。
アウルに天、或いは冥寄りの属性を備えるジョブがある。ただでさえ大きく天に傾くアストラルであるが、今は更にスキルによって変動させていた為だ。
異様なほどに天魔の攻撃が重く、半面己の力も高まるのが分る。だが。
(僕の力が、役に立てるのか…?!)
焦燥がレグルスの内で渦巻く。自身の弱さ、それを払拭する為には訓練しかないと思いつめて。
「もっともっと強くなりたいんだ…みんなを守れる、盾になりたい!」
『ガァアアア――!』
「そうだ、来い!」
再び廃棄ゲートの残留エネルギーから生み出される天魔、レグルスは杖を構え迎え撃った。
訓練を切り上げ、治癒術で傷を塞いだ後はシャワー室で汗と汚れを流した。
「ふぅ…。と、そうだ」
懐から携帯を取り出して、いつもの番号をプッシュ。
「あ、僕だよ、レグルス!…うん、今訓練終わったところ」
通話の向こうに居るのは、彼にとって尤も大切な女性(ひと)。
「どこにいるの?一緒に帰ろうよ!」
自然と弾む声、了解を取り付けた彼は、飛ぶような勢いで駆け出していた。
●友と日常
「お邪魔します。お久しぶりです」
「いらっしゃいませ。ええ、お久しぶりです。その節はありがとう御座いました」
相変わらず少女の様にも見える少年、東城 夜刀彦(
ja6047)に、マスターの壬生谷は微笑を浮かべる。
「お邪魔、します」
隣で、生真面目な挨拶をする如月 優(
ja7990)。
「これはご丁寧に。喫茶『雨音』へようこそ。二名様ですね、こちらの席へどうぞ」
一瞬、少年の様にも見えた優だが、声は少女のそれであった。
(どこか対比的なお二人ですね)
と、壬生谷は内心そんな事を思った。
席に着いた夜刀彦はカフェ・モカとケーキを、優はカフェ・ラッテとタルトを注文し、マスターが運んでくる。
「お待たせ致しました」
「ケーキ、ケーキ♪」
目の前に置かれたショートケーキに早速フォークで切り崩しに掛かる。
「…美味しい」
カップに口をつけた優が漏らす呟きに、マスターは顔を綻ばせる。
「ありがとうございます。では、ごゆっくり」
のんびりと味わいながら、雑談を交わす二人。
ここに来る前、倉庫での掃討依頼をこなして来ていたので自然話題が向く。
「何で倉庫に落ちてる靴下とかって、穴開いてるんだろうね」
「私など、パンツ拾ったぞ」
脱力する優。仮に落とす方法があったとして知りたくもない。
一体誰の物なのかもだが、届けた後の行き先も夜刀彦は気になった。
(…先生、あれどう処理するんだろう)
多分知らない方が幸せな気がした。
「行方不明者が、出たとも聞くが…まだ名前も把握できていない、と言うのはどうかと思う」
溜息を吐く優に、夜刀彦も表情を曇らせ頷く。
「うん、早く見つかると言いのだけど…」
もっと奥まで行けば手がかりもあるのかもしれない、そう思うともどかしく感じる。
「ところで彦、以前ここでバイトしたって?メイド?」
「ふぶっ…えっと、何でいきなりメイドになるの。ちゃんとした服着てたよ」
「義姉さん達におみやげ持って帰りたいんですが、クッキーセットとかあります?」
レジで、夜刀彦はマスターに聞いてみた。以前義姉さんから貰った雨音のクッキーが美味しかったのを思い出して。
「え、ああ。あれは売り物ではなく、私の趣味で焼いている物ですから」
少しお待ちくださいと、厨房へ下がる壬生谷。数分で戻ってくる。
「常連さんに配っているサービス品ですから、御代は結構ですよ。またのお越しを、お待ちしております」
「はい♪」
手渡された小袋を抱き、微笑を交わして優と共に外へ出る。
「次はあれだな、お互い彼氏と来るか」
友人の将来を心配して、優が出掛けにそんな事を言い出し、夜刀彦は笑って誤魔化す。
(よく分らない関係のお二人ですね)
聞き取った壬生谷は笑いを堪えながら、二人の背を見送っていた。
「もっとこう…夏休みの女子らしい話題はないんですか?」
友人に誘われて昼食を喫茶『雨音』で一緒にとっていたエルム(
ja6475)は、相手の会話内容に苦笑する。
先日の依頼で遭遇した本物の悪魔とか、その時の感想などを延々と聞かされて。
「…どんな?」
不思議そうに首を傾げる彼女。
(…分ってはいたけど、この人に乙女らしい話題って…ある訳ないか)
エルムの中のイメージが分る胸中であった。
「でねでね、その時私が――」
「はいはい」
とりあえず、トーストをかじりながら話に適当に相槌を打ち、昼食を済ませていく。
「相変わらず、ここのカフェ・ラッテは美味しいですね」
「うん、店長のお勧め!モカも美味しいよ!」
久しぶりに味わう雨音の珈琲。以前九州で使徒と遭遇した依頼の後、何度かは来ていたが今は足が遠のいていた。
「学食以外での食費の出費がかさむのは、そこそこ厳しいんだけど…」
でも、これからは偶には来ようと思う昼下がりのひと時であった。
「って、まず皮を剥け、皮を!」
「え?皮?…おお、そっか、皮を剥かなきゃ」
丸ごとジャガイモを鍋に放り込もうとしたヴィナス・アーダーベルト(
ja8223)の頭を殴り、叫ぶウェマー・ラグネル(
ja6709)。
壊滅的にまで料理が出来ない友人、ヴィナスの為に、今日は料理の訓練をしようとウェマーは彼の部屋を訪れたのだが。
作るのはカレーライス。余計な事をしなければ料理初心者向けには尤も適している、筈だった。
しかし。
野菜をまったく切らず煮ようとしたり、いきなりカレールーを箱ごとぶち込みかけたり。
(何一つやらせても油断ならない…)
「うん、わざとやってる訳じゃないんだ。で、この後どうするんだ?」
言いながらヴィナスは火を通すのに魔法を使おうとして、魔力の込められた火柱がコンロから噴出す。
「台所を爆破する気か!?」
再びどついて慌てて火を止める。…この焦げた天井どうするんだよ、おい。
一通り頭を抱えた後、ウェマーは寮監に一応事情を伝えて謝罪しておいた。
目の前でにこにことカレーを頬張るヴィナスに、ウェマーがジト目を向ける。
「それ、どー考えても俺の作ったカレーライスだよな」
目的はヴィナスに料理をさせる事だったのに、結局全工程をウェマーが手がけたも同じである。
「いやー、はっはっ。…でも正直、俺、料理しない方がいいよね?」
どう考えても、自分に料理は向いてないとヴィナスは思う。
「…そうだな、寮が丸ごと火事になっても困る」
ヴィナスに料理をさせてはいけない。絶対だ。
心からそう思う一日になったウェマーであったという。
●合宿
届出をしていた施設と合宿の許可通知を受け取り、月居 愁也(
ja6837)は早速参加者にメールを送る。
書類には『生徒同士の交流及び戦闘連携等の情報交換の為』とあった。
「っしゃー!夏合宿!思う存分楽しむぞー!」
連絡メールを見て雄叫び、君田 夢野(
ja0561)は早速準備に掛かる。
「了解と」
メールを確認し、宇田川 千鶴(
ja1613)は当日の午前中に買出す品をピックアップしておく。
肉類は百々 清世(
ja3082)が買ってくるので、彼女の担当は専ら野菜と魚介類であった。
翌日。
姫路 ほむら(
ja5415)はコーヒー喫茶『雨音』を訪れていた。
「こちらの依頼も受けたいと思うのですけど、料理がまるで駄目で」
カウンターで軽食を取りながら、マスターと他愛ない雑談を交わす。
「お気持ちだけでも。私が居る時なら、料理ができなくても問題ないのですけれどね」
依頼を出す時は、大抵マスターが留守にする場合ばかりだ。
「ですよねー。…あ、明日から合宿なんですよー、楽しみ♪」
気を取り直し、控えた合宿を話題にするほむら。
「それは夏休みのいい思い出になりそうなイベントですね、楽しまれてきて下さい」
「はい♪」
海辺のリラクゼーション施設の一つに集合した面々は、部屋へ荷物を降ろしにいく。
男性陣は大部屋、女性陣は二人部屋の割り振り。
途中の廊下で、ほむらは千鶴の元に駆け寄る。
「千鶴さん、お誘いありがとう御座います」
お辞儀するほむらに彼女は微笑み、二人は少し雑談に興じる。
「よき交流ですね」
その様子を見止め、夜久野 遥久(
ja6843)は僅かに表情を緩めた。
やがて揃って食堂で昼食。
「えー、この後は浜に出て、希望者で模擬戦をやります!あ、勿論泳ぎたい人は泳いでいいからな!」
「お天気もいいし、やっぱり泳がなくちゃね!」
使い捨てカメラ片手に、紫ノ宮莉音(
ja6473)は隣のほむらに笑いかける。
「そうだね♪」
頷くほむら。
愁也のスケジュール説明後、揃って水着に着替え、施設の傍にある浜辺へと繰り出すのだった。
愁也VSシエル(
ja6560)
「じゃ、いきますか」
両手に掴む得物は双方トイレブラシ。新品である。大事な事なので。
互いに頭と両上腕に水風船を取り付け、三本先取した側の勝利と言うルール。
「愁也先輩、覚悟ですですっ!」
右にブラシを構え、いきなり跳躍して打ちかかるシエルに待ち構える愁也。
ぶんっ!
「うおっ!?」
いきなり投擲されたブラシが回転しながら彼の頭を掠める。ばしゃりと割れた風船の水が髪をぬらした。
「ふっふー、隙ありですです☆」
着地してすぐさまブラシを拾いに走るシエル。
「身軽さだと負けるなー!」
だが寸前で回り込んだ愁也が振るうブラシが、シエルの右の風船を弾けさせた。
「あー!」
「年上として、やられっぱなしてのはな!」
二人の攻防は続く。頭と左の風船を愁也は割られ、両腕の風船を割られたシエルは2対2へと。
「ひゃあっ!」
ブラシで足元を掬われたシエル、倒れた瞬間に最後の風船を愁也のブラシが押し潰した。
「やっぱ勝てないーっ!…むー、残念なのです」
暫く手足をばたつかせた後、飛び起きた彼女はいつもの笑顔で手を差し出す。
「愁也先輩、ありがとですっ」
「こちらこそな」
ホットパンツとパーカー姿でデジタルカメラを構え、皆の様子を撮影するほむらは。
(はうぅ〜)
男性陣の水着姿に赤面したり。…えっと、確かに可愛いけど、キミ男の子だよね?
リュカ・アンティゼリ(
ja6460)VS遥久
勝負はピコハンを用いた三本先取制。
「ご氏名感謝。…ただ、指名料分は覚悟しろよ?」
遥久に指名されたリュカは、ピコハン片手に不遜に言い放つ。
「こちらこそ、楽しませて頂きましょう」
「どうせなら何か賭けるか?」
とリュカが持ちかける。ちょっとした思惑も込めて彼を指名した遥久は暫し考え。
「では、好みの女性のタイプと言うのは?」
「イイぜ」
言葉と同時に突進するリュカの一撃が振り下ろされる。腰を落とし構えた遥久は、冷静に最小の捌きで弾く。
反撃に踏み込む遥久の出足を、今度はリュカが蹴り払う。
「!」
「隙アリだ」
ぴこんっ。
咄嗟に残った足で跳び退ろうとした遥久をリュカの一撃が捉え、一本先取である。
少し時を撒き戻す。
午前中に依頼で出ていた金鞍 馬頭鬼(
ja2735)が、皆が海に向かったと聞いて早速向かっていた。
「お、いたいた」
堤防に立つと、浜辺で模擬戦をしている。
「馬頭鬼、変ッ身!」
飛び上がった彼は空中で一回転。着地した時には下半身が魚の様な水着に換装されていた。
「マーメイド馬頭鬼、参上ッ!波うるせー!」
半馬半漁のシュールな何か、爆☆誕。――神話にこんな幻獣がいた気がする。
下半身うねうねさせながら走りだす、深刻に人間かどうか心配になる馬頭鬼の姿が、模擬戦をしていた遥久の後ろを通り過ぎた。
「ぶっ」
思わず目で追うリュカ。
ぴこんっ。
「勝負中に余所見とは、余裕ですね」
「イヤだってお前、アレ見てみ」
指差され、やはり気になった遥久が顔を向けそれを目にする。動きが固まった。
ぴこんっ。
「…ずるくありませんか、今のは」
「ハッハッ、お互い様ダロ?」
互い飛び退く二人。勝負は続き、リュカが二本、遥久が三本と言う形で決着した。
「逆転負けか」
楽しそうに笑うリュカ。
「俺の好みは強欲な女王様だ」
その言葉に。
「…なるほど」
遥久は得心した様に頷いた。
夢野VS千鶴
木の棒を手に取り、軽く振るう。
「胸を借りるつもりで、しかし遠慮はせずに行くよ」
言い放ち、構えを取る夢野。
「お手柔らかにな」
ふわと笑み、構えに見えない自然体で立つ千鶴に、間合いを計る様に回る。
だが彼女は完全に待ちの態勢で微動だにせず、ただ身体の向きのみを彼に合わせた。
「なら――!」
ワザと派手に砂を蹴立てて突っ込み、相手の手を誘う。
「ふふ」
しかし千鶴は柳に風と、ゆらりくらりと僅かに体を逸らして避ける。
攻撃を誘って後の先を狙う夢野。しかし待ちに徹する千鶴には裏目に出た。炎天下で動きの大きい彼と、最小動作で避け続ける彼女との消耗差がじわじわと開く。
「どっちもがんばー。っつかあっつぃ…まじ皆げんきね」
パラソルの下で見学する清世が声を飛ばす。その直後。
「おわっ!」
突っ込んできた夢野の後頭部を、するりとかわした千鶴の手が軽く押し込み、同時に軸足を刈り取られて浜辺に突っ伏す。
「後の予定もあるし、そこまでって事で」
「ゆめのんのまーけ」
愁也と笑う清世の宣言で、この対戦は幕を閉じた。
ざばぁあああっ!
遥か彼方の海面に、半馬半漁の怪人が水飛沫と共に飛び上がり、浜辺へと全力で泳ぎ着く。
「tびっちsびちびちrびちちっ!(たくさん釣れたよー!)」
馬の口から大量の魚の尾の鱗を陽光に煌めかせ叫ぶが、一杯になった魚の暴れる音で聞き取れた者は一人も居なかった。
「わぁ、めずにー大漁―♪」
水中写真を撮り終えて泳いでいた莉音も戻り、彼の戦果を一緒に確認していく。
唯一つだけ。
泳ぐ魚を縮地の加速で馬の口に捕らえるという漁法は釣りなのだろうか。
「ほな、お先に」
「お、んじゃおにーさんも」
「ああ、俺も手伝うよ」
苦笑して獲れた魚を受け取り、千鶴、清世、愁也は準備の為一足先に引き上げる。
「とりま肉ありゃ良いしょ、どーせ男ばっかだし」
「ま、それもそやねー」
皿に具材を振り分けていく清世と千鶴。愁也は台や椅子などを並べる。
やがて戻ってきた皆を迎え、夕食のバーベキューが始まった。
「ほむらくん、なに食べるー?」
適当に焼けた肉を紙皿に上げ、ほむらの希望を聞く莉音。
「えっと、それじゃ」
そこに現れた愁也。
「肉食え肉!」
二人の皿に山盛り肉を乗っけて去る彼に、顔を見合わせて苦笑する二人。
千鶴は魚の下拵えをしたり、焼き加減を見て回ったり忙しなく動き回る。
「千鶴、助かるわ。ヒサビサのマトモな飯だ」
「普段なに食べとるんや」
イタダキマスと行儀よく手を合わせて言うリュカに、彼女が苦笑する。
その横からさっと伸びてきた箸が、彼の目の前の肉を掻っ攫おうとするのを、リュカは咄嗟に箸で抑える。
「テメ、愁也、ナニしやがる!」
「早い者勝ちだろ!」
ぐぬぬっと睨みあう二人の諍いは、肉を焼きながら食べていた清世にまで波及した。
「ちょ、それおにーさんの肉なんけど!」
「お前の肉は俺のモンだ!」
「イイから早く焼けって」
「こ、こっちの肉はやら…あーっ」
丁度いい具合に焼けた肉全てをリュカと愁也に奪われ、がっくりと肩を落とす清世であった。
(この馬…手馴れてるです…っ!)
馬のままどう肉を食べるのか興味津々に馬頭鬼を見ていたシエル。
その彼は、長い菜箸とストローを使って、滞りなく優雅に食事を進めていく。
対面に座った夢野も、それを見て爆笑していた。
バーベキュー後は花火。
「千鶴さんは線香花火でしょー?」
「ああ、おおきにな」
愁也達が買ってきた花火の他に、莉音も持参していた花火セットの中から彼女に手渡す。
傍らでは彼が持参した可愛らしい容器に、ほむらが蚊取り線香を用意していた。
「うおーっ!」
手持ち花火を持って愁也と馬頭鬼縮地で走り回り、夜気に光の線が走る。
「そのままLOVEッて書け」
「お、いいな!それじゃ――」
がん!ごんっ!
「ぐはっ」「おうふっ」
後頭部に襲った激しい衝撃に二人揃ってつんのめる。
「ええ加減にしい、いい歳の大人が揃いも揃って!」
「まったく、お前らは何をやっている」
千鶴の投げたバケツにこけた所を、襟首捕まえた遥久に連行、正座させられ。
「ええか、今日は年下の子等も居るん。あんたらが悪い見本を見せてどうすんねん?」
そのまま説教モードに移行した。
「分りました、謝ります。両手と頭を地に付ければいいんですね?――ハッ!」
いきなり跳躍する馬頭鬼!
「奥義ッ!ヘッド☆スピン☆土下座!」
頭から落下して、そのまま土煙を上げながら回転する彼に。
「ぜんっぜん反省が感じられんわっ!」
脇腹にクリーンヒットした千鶴の蹴りが馬頭鬼を吹っ飛ばした。
「ひゃっ!?」
花火の様子も撮影していたほむらは、傍らを飛んでいった馬頭鬼に目を丸くして飛び退き。
「…あの、生きてる?」
芝生に頭から突っ込んで痙攣する姿を心配して覗き込んだ。
「しゃー!」
花火をぐるぐる回してはしゃぐ夢野。
「あんたもかっ」
だが背後から彼の膝裏を千鶴の足先が払う。
「!?」
バランスを崩して背中から倒れる夢野。手から花火がすっぽ抜け、夜空をくるくると上昇、やがて頂点から落下。
すぽんっ。
夢野の右の鼻腔に見事ストライク。
「――ッ」
中で、激しく火花を散らす鼻火。
「ぬうぁっちぃ!?」
慌てて振り払い、水を張ってあったバケツに頭から突っ込む羽目に。
「自業自得やね」
さらりと下す千鶴。一同から大きな笑い声が上がっていた。
「ほむらくん、一緒に寝よー」
「うん」
先に部屋へと戻った莉音とほむらは布団を敷き、仲良く二人で床につく。まるで仲の良い兄弟の様に。
「おやすみ☆」
ちゅっ、とほむらの額に、おやすみのキスをする莉音。
「おやすみなさい…」
持参したもふら縫ぐるみを抱き、くすぐったそうに微笑むほむら。すぐに寝息が聞こえてきた。
それを認め、自身も目を閉じる莉音。時に友人、時に兄の様に。或いは母親の様に接する彼は、まるでいくつもの仮面を使い分けている様でもあった。
残った大人はと言うと。
「いやぁ、酷い目に遭いましたね」
スイカを皮まで躊躇なく食べ尽くす馬頭鬼を笑いながら、愁也は合宿の様子を写した写メをとあるアドレスに送信する。
「嬉しそうだな」
隣で今日の記録をつけつつ、それを遥久はニヤニヤと眺めていた。
女子二人もは早々部屋に引き上げ就寝の準備をしていたが。
「ちず姉様の彼氏さんは優しいですっ?」
「な、なん…藪から棒に?」
きらきらと目を輝かせて千鶴に迫るシエル。
「大体優しいって、何に対してや?」
「え、それは勿論…色々ですです☆」
頬を染めながら揶揄するシエルに、釣られ赤くなる千鶴。
「あほっ、そんなん答えられる訳ないやろ!いいからサッサと寝る!」
「えーっ」
「えーやないっ、ほら!」
無理矢理シエルを布団に押し込んで、自分も床に付く。
――どれだけ立ったか、ふと目が覚めた千鶴は布団を抜け出し、縁側にあった籐の椅子に腰を下ろす。月が柔らかく庭を照らしていた。
「…戻ったら、もう少し甘えてみよかな…」
ポツリと呟く。寝たふりをしていたシエルは、しっかりとそれを聞き取っていた。
施設を抜け出して夜の街へ飲みに出る者も。
「一人で飲むのもつまんないしねー」
「おー、同感。ま、ダラダラ飲みながらダーツでもやるか」
適当な店に入る清世とリュカ。
酒が進むにつれ、やたらベタベタと清世はリュカに寄り掛かる。
「オイオイ、大丈夫か」
「だーいじょーぶ、それよか折角だし2ショ撮ろうじぇー」
「あんまクッツクな、アチィ」
どうやら酔うとそういうスキンシップ系になるらしい。
結局二人で閉店まで飲み明かす。。
少し離れた席では、仕事後の一杯と洒落込む黒猫の姿もあった。