現地で迎撃を指示された八人。だが現状を確認して後、選んだのは教諭の救出という選択。
「とにかく危険すぎる相手よ…ちょっとでも気を抜かないでいきましょう!」
先任の学生や教師から悪魔について聞き及んだ橘 和美(
ja2868)は、その相手が自身が知る悪魔であるとほぼ確信する。
以前交戦した時の情報を、知る限りにおいて仲間達へと伝えた。
「王虎雷纏!」
叫びと共に火花散る雷電を纏い、獅子堂虎鉄(
ja1375)は足裏にアウルを爆発させ、全力を持って駆ける。
「…俺は、死なない。そして、全て救い切る」
続く君田 夢野(
ja0561)は、陣地を出る時、諌めようとする教師の前では胸を掌で打ち、そう誓った。
撃退士となった時、人々を守る為にこの命を尽くすと決めた。自分の帰りを待つ仲間が居て、愛する人が居る今もそれは変わらない。
「時間がねぇか?何とか間に合ってくれよ」
黒手袋を嵌めながら呟くのは、先行する仲間に少し送れて疾走する神楽坂 紫苑(
ja0526)。
(…ちからがないなら、ないなりに。やれることは、やってみるよ!)
和美から聞かされた悪魔の力。それもまだ遊びの状態での話。敵との力量差を把握しながらも、エルレーン・バルハザード(
ja0889)の意思は揺らがない。
戦いは、何も戦闘力だけが絶対の力ではない。それを忍軍である彼女は知っているから。
「そろそろ死ぬか?カカッ!だが、最後の方は悪くなかったろ?」
足元に転がる女を見下ろし、悪魔はにやりと笑う。
「……」
ぐったりと地に転がる女性教諭の唇が僅かに震える。全身に亘る生々しい傷跡。特にその肩と太股の裂傷からは未だ流血が止まらず、命の灯火は刻一刻と残された時間を縮めていく。
「心配すんな、ガキ共は殺さネェ。テメェらが悪魔をどう思ってるかは知らネェが、少なくとも俺は“約束”は守るぜ」
とは言え上からの命令である以上、形だけでも戦って見せねばならない。
人間達のアウルが集中している方角を探ろうとし、気づいた。
「…向こうから出向いてきやがったか、手間が省けたぜ」
一定の距離を置き、悪魔と人は対峙する。
「下衆が――貴様には、救いがない」
マキナ・ベルヴェルク(
ja0067)は悪魔と、その傍らに横たわる女を目にし、吐き捨てた。
語気も表情も特段激しさは無く。されど胸中には、全てを焼く尽くすが如き憤怒を秘めて。
「ブハッ!いきなりソレかよ?ま、下衆ってとこは否定しようもネェけどな、クカッカカカカッ!!」
哄笑する悪魔は一見隙だらけ。しかし眼前の下衆が、容易ならざる相手だという事は疑いない。
(随分面白そうな悪魔ね)
そのやり取りを興味深げに傍観するの珠真 緑(
ja2428)。一見幼く可憐に見える彼女だが、中身は中々ドライだ。
元々が所属する組織の任務として学園に身を預ける彼女、今回の同行者に対しても仲間意識は希薄だった。
視界に女性教諭の惨状を収めても、さしたる興味も沸かない。
「この矢が届く限りは誰も泣かせない!皆の笑顔を守る事が、一閃組局長、獅子堂虎鉄の正義だッ、守護者の矜持だッ!もう誰も死なせねーぞ!」
目前の光景が、いつかの誰かの姿に重なる。既知感が憤怒を呼び起こし、虎鉄にそう啖呵を切らせた。
「そうかい。天使共も、よく正義だナンダと口にしてやがったが、やってる事は俺らと大差ネェ。その程度のモンさ」
元々戦いこそが生き甲斐の悪魔にとって、正義や矜持と言った建前は無用の物だった。つまらなそうに聞き流し、視線を巡らす。
「おぉ?どこかで見たツラだと思えば」
「お久しぶりね、悪魔さん。今回も遊んでくれるかしら?この前は少しは楽しませてあげられたかなって思ってるんだけどね」
「少しはな。テメェに受けた背中の傷は、中々気持ちヨカッタぜ。治っちまうのが残念な位にはナァ」
「そう、それはよかったわ」
言葉を交わしながら何時仕掛けるかのタイミングを計る。
(恐ろしいハズなのに…、強い相手と戦えることが嬉しいだなんて、我ながらどうかしてる)
真正の魔族を眼前に、しかし六道 鈴音(
ja4192)が抱いた感想はそれだ。
その勢いのまま、ビシリと指差して悪魔に告げる。
「私は悪の秘密組織(自称)の『闇の戦慄』、六道鈴音!よかったら悪魔さんの名前も教えてくれませんか?」
即興で考え付いた二つ名を名乗る彼女、中々怖いもの知らずである。
「なんだ、今回は芸人連れか?」
「誰が芸人!?教えてくれないと、勝手にあだ名つけますよ!?あくまっちん」
「もうつけてるじゃネェか。ああ、あくまっちんでイイぜ、ヤミなんとか?」
「覚えなさいよそれくらいっ」
態よくあしらわれた鈴音の太眉がきりきりとつり上がる。
「茶番はもういいだろ。サッサと始めんぞ。先ずはおさらいだ!」
言い終わるか否か、一瞬で悪魔の手に顕現し、振り抜かれる漆黒の斧槍!
扇状に広がる衝撃波が大地を捲り上げながら、撃退士達へと放たれた。
「その業は、この前見せて貰ったからね!」
威力がどうあれ、射程・範囲が既知ならば避けれない攻撃ではない。
撃退士達は即座に後方へ飛び退り、或いは側面に回り込む事でこれを回避。
「学習してるじゃネェか、結構結構!」
脚部に装着するシルバーレガースにアウルを収束、空を蹴り上げる爪先から黒い衝撃波が生じ、一直線に悪魔へと奔る!
思い切りスカートが捲り上がってインナーが覗いてたりしたが、気にしている場合でもない。
「おっと」
避ければ避けられた。が場合によっては倒れている女に当たる。ソレは気に食わなかった。
悪魔とは言え、抱いた女に情が移るのは人間と変わりないのかもしれない。篭手を起点に障壁を張り巡らせ、一撃を受ける。
「もう動けない人相手にするより、少しでも活きがいいのを相手にした方が楽しめるんじゃない?どうせ暇つぶしなんでしょ?」
勝気に挑発する和美。
「そう焦んなよ。にしても中々いいモンが見えたぜ、カカカッ」
「ちょッ、何処見てんのよ!?」
やっぱりソレはソレで気になるのである。
挑発に敢えて乗り、和美をめがけ突進する悪魔。
そこに再度、彼女は封砲を放つ。
「橘殿、援護するぞ!」
「まずはアインザッツを聴きな!」
呼応して抜き撃つ夢野の苦無。虎鉄のアウルを集約した一射。
「それじゃ、一緒に遊びましょ?」
青白きオーラが水流の如く、舞う。衝撃波を側面に回る事で回避し、何処からとも無く発せられる悲痛な歌声と共に高まる緑の魔力。
開かれた魔法書を介して生じる雷玉を撃ち出す。
「先手必勝!六道呪炎煉獄!!」
次いで鈴音が放つ紅蓮と漆黒に彩られた焔の束が悪魔の身を包み込む。――だが。
「ククク…温い温い。俺に焔の術たぁ、笑わせてくれるぜ」
今度の封砲は横飛びに避け、苦無を、矢を弾き、雷玉をすり抜け。そして喰らった焔の中で嗤う。
「俺を焼き殺したいんなら、これ位はな!」
ゴオッ!
鈴音の焔を飲み込む巨大な火柱。それはまるで蛇の様に身をくねらせ、大きな顎を開いて彼女に襲い掛かった!
「――ッ!!」
全力で、脇目もふらず右側へと飛び込み転がる。二転した勢いのまま跳ね起きた彼女は、今し方自身が居た足元が、真っ赤に煮え滾る光景に息を呑む。
「私じゃ、受け止めてもきっと即死よね…」
勝機が有るとするなら、こちらを見下し軽んじている今を於いて他にはない。
爆発的な加速で一気に開けた距離を詰め、黒き影が疾駆する。マキナの黒焔纏う拳は、常の制限を解き放たれその破壊力を増幅。
ナックルバンドに包まれた拳打は、にやつく悪魔の顔面を強かに捉えた――かに見えた。
「クカッ、いい拳だ、そこらの人形なら塵に還ってたかもな」
真正面から微動だにせず。悪魔は篭手で彼女の一撃を受け止めきった。無論ダメージはある。だが真正の魔族の耐久力は、人間から見れば非常識の極み。
「――その驕りゆえ」
「あ?」
「甘く見たまま、今此処で消え果ろ」
ギギギギィンッ!!
「なんだぁ?」
悪魔を焦点とし、周囲の空間から一斉に放たれた黒焔の鎖が、瞬く間にその全身を絡め取り、行動を縛る。
「…なるほど…本命は、こっちか。オモシレェじゃねぇか…嬢チャン」
悪魔の笑みが消え、同時に相手の内で暴力的に高まっていくアウルの圧力をマキナは肌で感じ。
―――――!!!!
彼女が飛び退ると同時、和美の封砲、虎鉄の弓撃、緑の雷玉、鈴音の火玉の集中砲火が放たれ。
重低音を纏い振り下ろされる夢野の一撃が完全に直撃した。
「やった…のか?」
誰かが呟く。
ドンッ!
爆音の様な音と共に、濛々と視界を覆っていた粉塵が一気に晴れ。
小規模なクレーターと化した中心から現れる。無傷ではない、しかし。
「もっとだ、もっと楽しもうじゃネェか!!」
魔性の身に紅の焔を纏わりつかせ。悪魔は初めてこの世界の人間を、撃退士を“敵”として認識した。
「しっかりしろよ。此処で諦めるな」
激戦の場を迂回し、横たわる女教師の下に辿り着く紫苑。
彼女の惨状に眉を潜め、紫苑は自身のコートを露になった肌に掛けてやる。その上から手を翳し、まずは尤も深い裂傷である肩、太股へと癒しの力を送り始めた。
「…わた、…に、構う…な。はやく…に、げ…、お前達…、あれに、は…ッ…」
その暖かな光に、微かに意識を取り戻した女は薄目を開けて紫苑を見上げる。
「馬鹿を言うな。まだ、やり残した事があるだろうが。生徒達が待っているんだろうが」
一度の施術では、傷が塞がりきらない。本来なら即座に集中治療室送りになる重傷。紫苑は懸命にアウルを高め、彼女の傷を癒していく。
「もうちょっとだよ…がんばって、ねえ!」
遁甲し、気配を可能な限り薄めたエルレーンも彼女の手を取り励ます。諦めないでと。
だが相手も黙ってそれを見過ごす訳が無い。
「なんだ?そこのガキ、何やって――」
「お前に邪魔立てなどさせるものかッ!」
「君田殿、セッションだ!」
夢野は悪魔の眼前に踏み込み、腰溜めに構える大剣が重々しい低音を纏う!
合わせ、虎鉄は洋弓を渾身のアウルを込めて引き絞る!
カッ――!
振り抜いた瞬間、爆音と共に掻き鳴る電子音が一帯に響き渡る。だが、剣の柄に伝わる手応えは。
「イイ度胸だ、望み通りお前から潰してやるぜッ!」
残響消えやらぬ眼前に、彼の大剣と噛み合う漆黒の斧槍。片手で振り下ろした一撃が夢野のゴシックビートを相殺。
そして、虎鉄が放った一矢は、左の篭手に高々と宙に弾き飛ばされる。
ゴゥッ!
「ガァ!?」
単純な膂力で、そのまま夢野を武器ごと押し潰す。衝撃に三半身程アスファルトにめり込む夢野は、自身の肋骨が砕ける音を聞きながら、盛大に血反吐を吐き出した。
「…ほう」
だが、同時に悪魔の脇腹から新たな鮮血が噴き出す。元々あった傷口を狙い、緑が撃ち放った烈風の刃が更に傷を抉ったのだ。
「他の奴がやられてる間に傷口を狙うたぁな。中々えぐいじゃネェか、ガキ」
夢野を叩きつけた斧槍を持ち上げ、再び出血を始めた傷口を撫でる。掌を濡らす赤を舐め取り、目を細めて緑を見やる。
「私は一介のマフィアよ。馬鹿にしないで」
そして彼らが稼いだ時間は、戦場の一角にも変化を齎す。
「お前をころすことだけが…勝利じゃないんだからあッ!」
エルレーンのアウルそのものを刀身に変えたエネルギーブレードを振り下ろす。斬旋は影となって二者の間に渡る空を走り、悪魔の側面を確実に捉えた。
常に悪魔からは距離を取り、仲間が傷つく光景を目にしてもぐっと堪え続けた。
そして今、彼女は自身に課した勤めを果たす。紫苑の治療により外傷の殆どを塞いだ女教師を背負い、陣地を目指して疾風となって駆ける!
「あぁ?おい、ちょっと待て」
即座に追おうとする悪魔。
「くそ、なんだ?」
それまで気にもしていなかった故に彼女の影縛りの術中に見事に嵌る。だが、先のマキナの時と同様、それを力尽くで振り払おうとする。長くは持ちそうに無い。
「早く逃げろ!」
生成した矢に発煙筒を括りつけ、悪魔に向かって放つ虎鉄。
だが発煙筒の煙というのは、本来地に置いて、時間を掛けて満たす物。発煙弾の様に即座に遮蔽効果は及ぼしにくい。
そして気を失った人間を背負っての疾走は、常のようには行かない。ましてや怪我人であれば尚更だ。
「待てつってんだろうがッ!」
足は動かずとも腕は振るえる。斧槍を投擲の構えを見せる悪魔に、阻もうとするマキナ、和美、緑、虎鉄、紫苑の攻撃が殺到。
だがそれに構わず振り抜かれた。
ゴ――ッ!!
煙をその風圧で一気に消し飛ばし、一瞬で、悪魔の手元からエルレーンの背後までに達する斧槍。
――穂先が教諭ごと彼女の身を貫く!!――かに見えた。
ボフッ。
「んぁ?」
だが、その一撃に貫かれ弾け散ったのは一着のロングコート。
斧槍はそのまま空を突き抜け、先にあった民家の壁を轟音と共に粉砕した。
「…チィ、前も見た術だな。アン時は女みてぇな野郎が使ってやがったが」
視界範囲を遠ざかるエルレーンの姿に仲間達は安堵し、同時に改めて悪魔に対して構え直す。
相手は武器を手放した。ならば先程までより、多少は脅威が減った筈。
「…いいぜ、あの女の事は諦めてやる。…だがテメェら、この場からタダで帰れると思うなよ?」
束縛の効力を振り払い、渋面から一転、楽しげに拳を拡げ、握り直し。悪魔は牙を剥きだして嗤った。
●
三人が戦闘不能になれば撤退。それが彼らの予定だった。
だが素手になって以後、悪魔の攻撃な威力こそ減じたものの、和美、そしてマキナが立て続けに沈み、意識を失った夢野と治癒する紫苑を庇い、虎鉄は手にする弓を構える。
放たれる雷光の一撃の命中。だが同時に彼は吹き飛ばされ、先にあった商店の一角に激突し、意識を失った。
「うぁ……」
戦場に未だ立っているのは、緑、鈴音、紫苑。そして悪魔のみ。
だがそこで悪魔は彼らにくるりと背を向ける。
「見逃してやるよ、潮時ミテェだしな」
悪魔が天上を見上げる。
「…ぁ」
鈴音が小さく声を上げる。空を覆っていた筈の結界、それが消え失せていた。
「あのクソ野郎、尻尾巻いて逃げやがった。この場はテメェらの勝ちだ。俺もこれ以上付き合う義理はネェ」
そして憑き物が落ちたように、笑う。
「今回は楽しかったぜ、嘘じゃネェ。クカカッ、そこの二人の嬢チャンと、そっちの野郎二人。目を覚ましたら礼を言っといてくれや」
言って背中から漆黒の翼を広げる。
「ああ、それと俺の名前はイドだ。ホントはもっと長ったらしいんだが、面倒だから周りにはそう呼ばせてンのさ」
住人の過半を救出された結果、この地にゲートを張る悪魔は採算の面から撤退を選択。
本営より結界、そしてゲートの入口が消えたとの連絡があったのは、その五分後の事であった。
エルレーンが陣地へと運び、救急搬送された教諭も一命を取り留めた、という連絡と共に。