空間を波立たせる様に波紋を生じさせるゲートは、悪魔からの招待状通りの座標に泰然と存在した。
そして、それを守る様に立ち塞がる二体の異形もまた。
指定場所へとやって来た学生達は、それをやや離れた地点から眺める。
相手が何であろうと、立ち塞がるのなら粉砕するのみ。
その気概をもってこの地に立った東雲 桃華(
ja0319)は、一見小柄で可愛らしい、中学生にも見える少女だった。
豊かに靡くその名の如き桃の髪。軽く頭を振って払い、目前のゲートを見やる。
(あの天魔に関する情報は何もなし。未知の敵に闇雲に突っ込むのは愚者の所業よ)
なれば、ここはじっくりと切り崩しのチャンスを探るべき。幸い時間制限がある訳でもなし。
(尤も、相手が悠長に構えているかは分からないけれどね)
考えながら、これから対する天魔の姿をじっと観察する。
(用意された舞台での戦いか…。本当なら気が進まない状況だけど、悪魔の手の内を、命のリスクをある程度排除して見れるのなら、悪くない)
くっと指先で眼鏡の位置を直し、同様に天魔を見据える天羽 流司(
ja0366)。実戦に苦手意識を持つ彼が参加したのは、その知識欲ゆえか。
ぴっちりと着込んだ制服が、彼の生真面目さを物語っているようだ。
(最低限、引きずり出すまではいきたい所だけど)
「悪魔側主催の催しってかい…まぁ、暴れられるなら何でもいいがね」
「やれやれ、随分舐められた事されるね」
その好戦的な性格のまま、細かい事は気にせず言い捨てるキャル・ランドグリーズ(
ja1544)と、肩を竦めて飄々と吐く平山 尚幸(
ja8488)。
売られた喧嘩は買うのが信条と、キャルの動きに合わせて金のポニーテールが忙しく流れ、勝気な緑瞳が戦いへの期待に輝きを帯びる。
尚幸もまた、軽い口調とは裏腹に瞳は強い意志を秘め、天魔を見つめていた。
「よもや果し合いを受ける事になるとは思わなんだ…しかし、強者が居るならば、受けて立つが武人の性よ」
「一騎打ちといかない所が口惜しいが、これも一つの決闘だろう。ならば断る謂れもなし」
袖に両腕を入れて組み、仁王立ちする中津 謳華(
ja4212)の言葉に、サー・アーノルド(
ja7315)は応じて頷く。
彼ら二人は参加者の仲でも特に長身で、見た目にも肉厚い謳華と、すらりと涼しげに立つアーノルドが並び立つ様は、独特の雰囲気を醸し出した。
「ヴァニタス…いつかは倒したいねぇ、ころしたいねえ!そのために必要なら…戦うよ!」
少し舌足らずな声で、そう意気込むエルレーン・バルハザード(
ja0889)は、普段の大人しさは鳴りを潜め、そのなだらかな胸の内の炎を宿す。
足元がにくきゅうブーツなのがすごく気になったが。
皆が意見を出し合い、彼らは取るべき作戦を決定する。
『まずはようこそ、皆様。臆せずいらした勇気、卑小このラーベクレエ、心より感服致します』
それを待っていた様にどことも知れぬ中空から、声が降り注ぐ。それは記録された音声で聞いたものと同じ声音。
『再度、確認させて頂きます。参加者は八名まで、但し途中離脱、交代も可。ゲーム参加には皆様の武具か、或いは命その物をベットに。お忘れではありませんね?』
幼子に掻い摘んで話す様に、事細かくルールを続ける悪魔の声。隠し切れぬ嘲りが滲む。
「いいでしょう。B.S.E補佐役として、ここに来れなかった団長の代役を兼ね、受けましょう」
一歩進み出て、応えるのは暮居 凪(
ja0503)。
眼鏡の下の黒い瞳は感情に揺れる事はなく、代わりに顔の左右と、後ろで一つに纏めた赤毛の長髪が風に揺れた。
「貴方達には、短髪赤毛の撃退士、と言った方が分かるかもしれないわね」
『左様で御座いますか。しかし、その特徴だけで心当たりが多すぎまして』
くつくつと含み笑う悪魔。実際、数名の候補者が合った訳なのだが、彼女が知る由もない。
ふっと、八名の前に赤い布が敷かれた長櫃が現れる。
『では、そちらにベットなさる武具をお納め下さい。皆様が勝利なされば、またお返し致します』
学生らはそれぞれ武器を櫃の中に収めていく。
「剣は騎士の誇り、粗末に扱わないでくれよ」
『承知致しました』
アーノルドの言葉に、軽やかに答えが返る。
『ああ、それと一つ。よろしければ私の事は“執事のクレちゃん”とお呼びくださいませ。では、ゲームを開始致します』
軽薄に続けるラーベクレエの言葉を聞き流し、学生らは第一の関門たる二体の異形を目指し、一斉に駆け出した。
●
一方。
とある場所では、悪魔達がこの地より送られた映像を元に、手元の“魂”をベットに賭博へと興じていた。
「わしはディアボロに賭けようかの」「私も同じく」「ふん、脆弱な塵虫如き、門前で十分だ」
殆どが爵位を持つ者達である。彼らは等しく人間を見下し、またそれが当然なほど常軌を逸した強者達であった。
「ふふ、皆様ディアボロに賭けられますのね。困ったわ、これでは賭けが成立致しません」
クスクスとホール中央にて笑うのは、新緑の髪をふわり靡かせ浮かぶ少女。台詞とは裏腹に、表情には愉快そうな笑みが張り付く。
「そうかぇ。なれば妾が、そのわっぱ達に賭けようぞ」
けだるげなその声に、場が一瞬にして静まる。他を圧する神話級の座、大公爵の声に。
「折角の座興じゃ、これで多少は興が乗るというものよのぅ?」
「ふふふ、流石はお姉さま♪それでは皆様、ここに賭けの第一の成立を宣言させて頂きます」
体の線を浮き彫りにする扇情的な黒い薄手のドレスを翻し、ディルキスは嫣然と微笑んだ。
●
距離が詰まる毎に明確になっていく天魔の輪郭。一団となっていた撃退士達は、一定距離に来て二手に分かれる。
四名が砂巨人、もう四名がゲート前を塞ぐ様に聳える、見上げるほどに巨大な断頭台へと。
先頭を切って射程圏に飛び込んだ凪へ、当然の如く迎撃は集中した。
ゴウンッ!
「っ…!」
突如として頭上に現れ落ち来る魔力の大刃!辛うじてすり抜け、微かに掠めた背中に痛みが走る。
アーノルド、キャル、流司は散開していた為、影響範囲を逃れる。
そして直進する彼女へカウンターの様に、大地から突如突き出してくる鋭い先端!
「!?」
ガイィイインッ!
身に突き刺さる寸前、顕現させる凧盾とかち合い、痺れる様な衝撃が腕に響く。
「砂の…槍?」
足を止められた彼女は、その正体を確かめ天魔を観察する。砂巨人の足は地と繋がる様に常に蠢き胎動していた。
「なるほど…、来なさい木偶人形。余す事無く計ってあげるわ」
凪の言葉に篭るアウルが、天魔の本能に雑音を響かせる。それを厭い、天魔の敵意は彼女一人へと向けられた。
その効果を待っていた様に、巨人を回りこんで駆け抜ける桃華、エルレーン、謳華、平山!
「速攻でお願い、効果は長くは持たないわ」
「分かってるよ、凪先輩!」「まかせてっ」「委細承知した!」「死なない程度にがんばりますよ」
それぞれに声を置いて。
「私は動いてる標的の方が好みでな!」
両手に構え、マグナムが銃弾を撃ち出す。だがそれは僅かに着弾点を弾けさせて鈍い音を立てて砂に飲み込まれる。
「ちっ、あんまり効いちゃ居なさそうだ」
だが、彼女にとっては物理攻撃が最も得手とする攻撃、他に選択肢はない。
「では、これはどうだ」
流司が手にする招炎霊符を放つ。それは指先を離れ炎の玉となって巨大な砂の体に着弾した。
「ん?」
瞬間、天魔の全身を夥しい紋様の薄幕が覆うのを目にする。そして明らかに魔法の威力は減じ、砂の表面を炙るに留まる。
「どうやら、何か仕掛けがあるか?」
先の砂槍を警戒し、アウルの翼を羽ばたかせて低空を舞うアーノルドが地に降り立ち、天魔へと踏み込んだ一撃を放つ!
小天使の翼とも呼ばれるそれは戦闘用ではない為、そのままでは戦えないのだ。
魔力結集体へと置換されたショートスピアが砂を貫くも、やはり紋様が浮かび、短槍の輝きがそれを抜ける段階で明らかに鈍った。
「その様ね。でもこちらは足止め、無理はせず行きましょう」
4m近くもある円錐型の槍、ディバインランスと呼ばれるそれを手に凪が突撃。苛烈な一撃は砂巨人胴体を貫くが、手応えは砂その物。
次の瞬間、巨人の体を構成する砂が、爆散し周囲に飛び散った!
「なん…」「ぐっ、これは…ッ」
激しく逆巻く砂嵐となって凪とアーノルドに強烈な重圧が圧し掛かる!
「なんだこりゃ!?」「凪さん、アーノルドさん!」
範囲外に居たキャルと流司が叫ぶ。
背後で、激しい砂嵐が巻き起こる。
それに連動するように、目の前の断頭台の刃が輝きを帯びた。
「うすぎたない天魔なんかに…みんなをやらせたり、するもんかあッ!」
僅差だった、術の射程圏に踏み込んだエルレーンが振りぬくホワイトナイト・ツインエッジ、その白き刃が影と染まり、空へと刻まれた剣線がそのまま断頭台へと弾ける!
『――ッ』
威力としては然程もない、だがその本質は別にあった。声なき呻きを漏らす。
「今だよ、みんな!攻撃してッ!」
彼女の術が僅か一時だが天魔の動きを縛り、刃の輝きが鈍る。しかし術の効果による束縛は、移動不能と能力低下である。行動を封じるまでは出来ない。
「そこ、どう見たって柔らかそうだよね?」
断頭台の梁の部分、大きく開いた一眼。狙いも見せずに引かれた引き金が、弾丸を直撃させる!
だが、巨人と同じ様に紋様が一瞬浮かび上がり、その威力は大きく減じて眼球を潰すまでに至らない。
「ありゃ、そうくるか。でも数撃てばどうかな?」
へらりと笑う尚幸を、一眼がぎょろりと睨み据えた。
「眼には届かんか…ならば!」
墨焔の龍纏いて疾駆する謳華が、震脚をもって踏み込む。
「中津荒神流の業…しかと刻み込め!」
流派にて『牙』と称される膝へ、龍の墨焔が集約され、台座の一点へ叩き込まれる!
ギシィ…ッ!
受けた部位は、やはり紋様によって威力を減じられる。だが、元々が華奢な造りに見える天魔、耐久性は脆いと見受けられた。
彼に遅れ、蛇行し回りこんだ黒き花弁が舞う。断頭台の側面に達し、3m強もあるハルバードを大きく振り被る桃華の艶やかな髪が流れる様に靡いた。
ゴッ――!!!
ここに至るまで練り込まれたアウルを乗せ、黒き花弁を纏う斧槍は恐るべき威力を見せる。紋様に減じられて尚、刃は側柱の半ばまでを断ち切っていた。
「桜火――我が一閃に絶てぬ物無し、なんてね?」
食い込んだ側柱から勢いよく引き抜く。ギシリと断頭台が微かに軋んだ。
連携の魔刃が振り下ろされ、重圧下の凪とアーノルドを諸共に打ち据える!
「この程度――ッ」「ぬぅう!」
凪が凧盾を、そしてアーノルドは青銅盾に最大限のアウルを流し込み顕現させる。
束縛の効果もあり魔刃は、常よりもその総合威力を減じていた。カオスレートによる増幅も、アーノルドの防御を抜くには至らない。
「お二人とも、下がって下さい」
流司の声に凪とアーノルドが重圧に抵抗しながら一時下がる、凪を追おうと人型に戻った巨人の傍らに寄り、巻き込まぬ様二人を下がらせた流司は、魔力を毒の霧と変えて天魔に纏わりつかせた。
『ギチ…ギチギチ』
砂と砂が擦れ合う様な音が響く。魔力の毒に蝕まれる天魔に一瞬浮かんだ紋様が抵抗を見せる。あまり長く効果は続きそうになかった。
さらにエルレーンの術が飛ぶが、そちらはなぜか効果がない。
そして。
ゴバッ!
「――ッ!」
敵意は今だ凪に向けられていたが、範囲攻撃には関係ない。位置を変えた巨人は再度砂嵐となって凪、アーノルド、キャル、流司を巻き込む!
「うざってぇ!」
範囲大外に居たキャルが咄嗟に飛退いて逃れ、人型に戻りかける天魔に立て続けに引き金を引く。
その時、巨人の背後で轟音が響き渡った。
「フルコースで叩き込んでやるよ!」
ハイになった平山がフルオートで高速の弾丸を眼球に叩き込む!
紋様の物理減衰も限界を見せ、遂に弾けて体液を撒き散らした。
「恨むならば…喧嘩を売った己の主を恨むがいい!」
左の側柱を桃華の斧槍が、右を謳華に叩き折られ、落ちてくる断頭の刃。
「それでどれくらいの人をころしてきたの、みにくい悪魔ッ!」
飛び込むエルレーンが振るう双剣が刃の側面に突き立ち、そこから罅割れ砕け散る!
止めの四人の一斉撃が、台座を完膚なきまでに粉砕した。
『――?』
同時、それまで滑らかに動いていた巨人の動きに陰りが見え始める。
「…何だ?」
訝しげに眉をひそめるアーノルド。前に出て挑発を掛ける凪も、その反応が首を傾げる。
鈍い…というより、やたらめったら出鱈目に攻撃を始めたのだ。
断頭台の眼、門の番(つがい)――“二体で一つの瞳”。
(なるほど…そういう事ね)
重圧も消え、暫く冷静に観察していた凪は得心する。
「そぅら、もう一発おまけだ!まだまだ楽しませてくれるんだろう?」
もはや無目的に暴れるだけの天魔へ、ご機嫌になって発砲するキャル。
流司が放つ火の玉も、最早威力を減じる事もなく、一瞬で砂巨人の一部を丸まる炭化させた。
アーノルド、凪の魔力体と変えた槍に悉く貫かれ、見る間に堆積を減らしていく巨人。
砂嵐だけは避けようもなかったが、流司の雷撃の刃がその動きを止め。
断頭台を潰した四人が合流した時点で、完全に趨勢は決した。
●
ゲート前に散らばる天魔の屍骸。元は人の成れの果て。学生らの前に再び現れる櫃から、個々に魔具を取り戻す。
預けた剣を取り出しながらアーノルドは思う。
(私はまだ『弱い』。それでも、それでもだ。私は盾であろうと思う。無様で不恰好だろうと、人を守る盾でありたいのだ)
悪魔達には、自分の姿は魅力なく映るかもしれない。だが、これが私の騎士としての姿なのだから、と。
『お見事、皆様はこれで、ゲートへの入場資格を勝ち取られました』
再び響く、あの悪魔の声。しかし、嘲りの色は今だ消えず。
「今の内に笑っていなさいよ、ラーベクレエ」
「いつまで余裕を保てるか、楽しみね?」
桃華と凪が、姿なき悪魔に応じる。
『くっくっ…ではお茶の用意をして、最奥の間でお待ち致しております。無駄にならないとよろしいですが、ね?』
最後まで撃退士を嘲弄し、それを最後に気配は完全に消えた。
「ころしてやるッ!ぜったいに逃がさないんだからッ!」
「同感だな。スカした野郎の顔面、私の銃で蜂の巣にしてやるよ」
興奮するエルレーンと、銃を弄びつつ剣呑に笑うキャル。
「…果たし状を出したツケはしかと払って貰わねばな」
「しかし、やぁな性格してそうですねぇ、あの悪魔」
何処にしまっていたのか、取り出した饅頭を頬張りながら謳華。両手を広げて肩を竦め平山が笑う。
最初の勝利を勝ち取った彼らの前に、波紋を満たすゲートが静かに揺らいでいた。