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マスター:火乃寺
シナリオ形態:イベント
難易度:非常に難しい
形態:
参加人数:25人
サポート:7人
リプレイ完成日時:2012/06/18


みんなの思い出



オープニング

 それは緩やかな崩壊だった。
 まずは体力気力共に弱い子供、老人から。やがて体力的に劣る女性、男性、戦いを生業とする者達すらも、結界の中で意思なき形骸と化していく。
 私はそれを…ただ、見ているしかなかった。

「――……」
 ゆっくりと両の眼を開く。おぼろげに、まず目に入ったのは寝具の天蓋。
 身を起こしてシーツを退ける。身体中、寝汗でべったりと薄手の寝間着が張り付いていた。
「……もう、怒りすら沸いて来ないのね」
 悪夢?――いいえ、あれは私の人としての最後の刻印。消して贖う事の出来ない、罪科の楔。
 父王を、王妃…母上を、兄上と妹姫を。国に仕え、支えてくれた忠臣を、そして国そのものであった民を。
 私は救う事ができなかった。救う為に力を手にした筈だった、護る為に、人を捨てた筈だった。
 千余年前のあの日、初めて天を、その存在を憎悪した。


「もう、傷はよいのですか?」
「はっ!ご心配をお掛けしました。この通り万全です、我がある…いえ、母様」
 頭を垂れ、傅く。言葉に偽りは無かったが、今の顔は見られたくなかった。
「……フリス、嘘はいけません。立って、顔を上げなさい」
 それに逆らう事は許されない、いや、母様ならば許してくれるかもしれないけれど…逆らう事を、私自身が許せない。
「…やはり、顔色が優れませんね。体調ではなく、心の方に負荷があるように見受けられます。……」
 優しく抱き寄せられ、その腕に包まれる。そこは、数多の世界で唯一私が安らげる場所だった。
「………」
「…頼みたい事がありましたが、また別の機会としましょう。暫く、心身を休めなさい」
 その言葉に、はっと夢見心地から醒めて、身を離す。
「いえ、大丈夫です。どうかそのような気遣いは無用になさって下さい。私は、母様の使徒なのですから」
 母様は、困った子を見るように暫く黙っていたが、溜息と共に頷いた。


 海上輸送への妨害。
 その知らせがあったのは、京都での大規模作戦が一応の決着を見た数日後だった。
「はい、海運航路上の全てで、大型の天魔による妨害が確認されました。通常規模の護衛では、相手が水中に身を潜めている為に分が悪く」
「被害は?」
「船舶の機関部大破、沈没。輸送物資損失など。重軽傷者多数、幸いな事に、今はまだ死者は出ておりません」
 久遠ヶ原学園は、人工島である。様々な施設もあり、少しならば自給自足も出来るが、やはり多くの学生達や職員を賄う為には、空路、海路での物資輸送は必須だった。
 特に重量制限が厳しい空路と違い、海路は一度に大量の物資を搬送できる。即多大な影響が出る訳ではないが、長期的にこれが続けば、学園の維持に大きな障害となる。
「至急対策本部を設置、学園長には私から報告しておく。艦船と潜水具その他、準備を急げ!」
 指示を受け、職員達が慌しく動き始める。
「それで、該当天魔の種別は判明しているのか?」
「過去の遭遇例が余り無い為、データが十分とは言い難いのですが…被害にあった輸送船と護衛に当たっていた撃退士からの情報では…サーバント・スキュラかと」
「……また厄介な相手を引っ張り出してきたな」
 ギリシア神話に伝わる海の怪物・スキュラ。伝説では自身に一切の非が無く、他者の思惑の元に怪物とされてしまった哀れなニュムペーだが、天魔の場合は姿形を模っただけの別物。
「上半身が美しい女性、下半身は魚のそれであり、腰部を取り巻くように生える六つの黒犬の首が一度に六方位への攻撃を可能とします。また、海水・水を操る魔法も得意とする様です」
「その情報を、参加する者達に伝達しろ。決して油断するなとな!」


 撃退士を乗せた船が、スキュラ潜伏域へと近づく。その様子を、遥か高空より見下ろす影があった。
「…お前達が、本来不得意とする戦場で如何に戦うか、戦えるのか。見届けさせて貰う」
 サーバント・ガルダの背に立つのは、蒼銀の髪を靡かせ、銀と紅に染まる鎧を纏う使徒・フリスレーレ。

「……見極め、ですか?」
 出立前に下された指示を思い返す。
「そうです。地上では、彼らが相応に戦えるという事は、先のキョウトという地で分かりました。では空では?海では?」
「………」
「今はまだ、第九階位天使と戦うのもやっとの彼ら。ですが将来に於いてそうとは限りません。人は…命とは、成長する物です」
「承知致しました。確とこの目で、見極めて参ります」
 彼の地に住まう者達の生命線に噛み付けば、必ず反応を見せる筈。
 此方が想定した戦場へ誘き出し、その力と可能性を見定める。それが彼女に与えられた、新たな指令だった。



リプレイ本文



 出港直後の船内、ブリーフィングルームに集まった撃退士らは、いかにして天魔と戦うかと話し合っていた。
「標的を学園にした戦略でしょうか?」
「兵糧攻めとは、なかなか天魔もやりますね」
 柔和な顔立ちを今は思案に傾け、楯清十郎(ja2990)と、眼鏡を抑えながらカーディス・キャットフィールド(ja7927)が意見を述べる。
「京都の結果を受けての行動かな?とはいえ、所謂新入生だけで、数千人いるんだ。本気で封鎖するなら、この程度の戦力は送らないだろう。学園に対する偵察って所か」
 追って龍崎海(ja0565)が冷静な所見を語った。それに同意する意見もいくつか上がる。
「大型で強力な天魔、しかも相手に有利な戦場…まぁ、それでも我々が勝ちますがね」
 言葉だけならば、慢心とも取れる台詞。だが、金鞍 馬頭鬼(ja2735)のそれは、これまでの経験と十全の準備を整えた者だからこそ吐ける自負か。
「…海底谷を使うってのは悪かぁない。だがな、お嬢さん。海底の谷の出来方って奴を、知ってるかい?」
 豊かな白髭を蓄えたこの大型船の船長は、渋い顔をして提案者の月夜見 雛姫(ja5241)を見つめる。基本的に海底の谷は、その生成過程において二種類あるといわれている。一つは川の氾濫や土石流などで出来る河口延長上に存在する。これらは例外なく陸からそう遠くない浅い深度にある。そしてもう一つ、こちらは海流の流れによって海底が削られて出来る物。それらは例外なく深度が深い。
「本土からそれなりに離れたこの辺じゃ、50mなんて浅海には、まず谷は無いんだ」
「“には”ですか」
「ああ」
 笑う船長の口元にあわせて、白髭が揺れる。
「こっちの海図を見てみな。ちょうど天魔襲撃の報告があった場所が重なる近くに、いい場所がある。深度は倍だが谷は勾配も深さもそれなり、お前さんらが隠れる所も事欠かんだろう」

 こうして、奇襲ポイントに待ち伏せする班と、囮になって天魔を誘い込む班に別れる事になり。
「水泳は得意だから、囮をするのは適任だろう」
 海はそういって肩を竦める。
「迷惑な天魔だな、さっさとぶっ潰すか」
 会議を終え、甲板に出ながらマキナ(ja7016)はぐっと伸びをした。
 ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)やその他の奇襲班の面々もそれぞれ集まり、どう連携するかを話し合い始めていた。


「天魔を喰うッ!そのためにここにいるッ!」
 最上階のデッキで、そう空に向かって叫ぶのは革帯 暴食(ja7850)。食する事は、即ち相手を愛する事。そんな持論を持った個性的な女性である。
 彼女の叫びは、周囲や下の階にいた者達へも届くが、多くの者はさして気にもしない。
 変わり者が多い久遠ヶ原の住人なのだ、撃退士達は。もはや強烈な個性には慣れっこなのである。
 とはいえ「サーヴァントやディアボロの素材には人間が使われている」ので、実際目の前で食べようとしたら彼らでも止めるかもしれなかったが。

「あんた、何でこの依頼に参加したんだ?」
「飯の種を沈められるのも、困りものです故」
 暴食の叫びを聞き流しながら、スナイパーライフルを弄りつつ九重 棗(ja6680)は、近場にいた十八 九十七(ja4233)に声をかけ、返ってきた答えがそれだった。
 同様の武器を扱う親近感故か、棗、九十七、そして馬頭鬼は奇襲ポイントへ向かう間、何とはなしに寄り集まっていた。
「九十七さんの場合は、それが『正義』に影響するからでしょう?」
「当然ですねぃ。それにしても馬人じゃない金鞍さんはなんと言うか…ええ、はい」
「今、何を言いよどんだんです?」
 淡々と合いの手を入れてくる馬頭鬼は、どうやら彼女とは知り合いらしい。
「…正義、ねぇ」
 聞き流しながら、どうでもいい物の様に呟いて、棗は広大な海原へと視線を向けた。

 少し離れた所では、デッキチェアに腰掛けて静かに読書に耽るグラルス・ガリアクルーズ(ja0505)の姿や、思い思いに時間を潰す者達がいた。
「海路は島国日本の生命線だからね。しっかり退治して守らないと」
 赤い瞳を水平線の彼方に向け、気合を入れるように拳を握り締めるスグリ(ja4848)のアホ毛が、届く海風にふよふよ揺れる。いざ戦闘になって具合が悪くならないよう、つい先程薬も飲んできた。相変わらず苦かったけど。
「まだ海に入るには寒いのだがのう…」
 船縁から海面を眺め、そうぼやく虎綱・ガーフィールド(ja3547)は両袖に手を突っ込み、寒そうに身震いして肩を竦める。

 やがて奇襲予定ポイントの海域へと船は到着する。ここまでで天魔に遭遇しなかったのは天運…というよりは悪運の方かもしれない。
 奇襲班はそれぞれ必要とする者を持ち、光纏を発動させて次々と海面へ身を躍らせた。


(水中動きづらいなぁ…。うぅ〜、陸でやりたかったよ…)
 太陽光は、深度200mまでは届くとされている。意外なほど明るい海底で、岩陰に身を潜めながら、神喰 茜(ja0200)は自身が包まれる海水の冷たさと圧量に顔をしかめる。周囲には同様に大勢の学生達が散り散りに潜んでいる筈だ。
(むぅ…水の中はどうも苦手なんですよね…)
 と、茜と同様な思いを抱くドラグレイ。地上で見れば愛らしい小等部の少女にしか見えない彼は、見た目詐欺だと言いたくなる大学部の男子である。
 遁甲の術によって気配を消し去る中で、周囲に満ちる青い海水を見回す。愛用のタブレットPCも流石に此処には持ち込めないし、と溜息をつく。
 周囲を見回してある事に気づいたカーディスが奇襲班全員への回線を開く。
「光纏を抑えていない方、そのままだと目立ちすぎます。制御法は学園で習っているはず、可能な限り抑えてください」
 彼自身は、完全に光纏の輝きを制御して無色へと変え、更に遁甲まで行う徹底振りである。通信を受けて数名が注意に従い、己のアウルを制御し始める。
 こうして待ち伏せの準備は整った。後はその時を待つだけである。


 奇襲班を想定ポイントに降ろし、そこを基点に天魔襲撃報告があった海域を航行する大型船。
 後は獲物が餌に食いつくのを待つばかり、といった心境であろう。

 ブリッジでは、船員に混じって燕明寺 真名(ja0697)が魚群探知機、所謂ソナーを監視して、襲来を今かと待ちかねていた。
 従来、天魔はその物質透過能力によって、音響は勿論、熱源・赤外線等の探知機器は無効化する。だが、阻霊符や陣などの効果範囲に捕らえれば、そういった物理技術でも補足が可能である。
 甲板で待機する囮班の面々は既に光纏を纏い、符を発動させていた。後は半径500m範囲に接近してくれば――。
「…きたっ!」
 ソナーに反応があったと見えた瞬間、恐ろしい速度で距離が詰まる。想定される質量と速度、どちらも自然界にありえる存在ではない。
『左舷10時の方向!お客さんだよ!歓迎準備、準備ー!』
 船外無線で叫び、自身も駆け出す。そして甲板にいたって、唖然と海の彼方――が見える筈の方向を凝視した。
「…なんだありゃ」
 彼女の後ろで呟いたのは、発炎筒に石を巻きつけてくれる様に頼んでいた船員の一人。甲板の誰もが同じ気持ちだったろう。波頭を蹴立てて迫る、ざっとでも20mは越えていそうな大津波を見上げれば。
「…って、天魔の攻撃や!ぼさっとしてたら沈められるで!?」
 逸早く我に帰った亀山 淳紅(ja2261)が叫び、キッと巨大な水の壁を見つめる。それから感じ取れる膨大な魔力。
「なら――」
 甲板を踏みしめ、息を吸う。

“♪〜Io canto ‘velato’〜♪”

 船上に流れ出す旋律。淳紅の歌声は魔力の障壁を紡ぐ詠唱となって、彼の周囲に紅光が覆い、足元に高速で図形楽譜が展開されていく。そこより二本の五線譜がはがれ、中空へと舞うそれは紅いクロスを形成し、波と船の間を遮る盾となる。
「くっ!皆は何かに摑まって!出来る限り防ぐわ!」」
 隣で真名も渾身の障壁を展開し、大波を迎え撃つ。だが波に比して二人が張る障壁は余りにも小さく、頼りなげに見えた。
 ザァアアア――!
 迫る水壁の魔力と、障壁の魔力が衝突し、凄まじい負荷が二人を襲う!
「――♪」「ぐっ、くぅぅ〜ッ!!」
 よろけ脂汗を浮かべながらも、途切れることなく歌い続ける淳紅、必死の形相で掛かる魔力の圧力を耐える真名。
 やがて魔力干渉によって相殺された部分から大波は二つに分かれ、船首と船尾に覆い被さる。

 ギッギィイイイ――ギチ…ギシィ――。
 船体が不気味な唸りを上げ、大きく傾く。甲板にいた多くの者達が、周囲の何かに捕まって振り落とされない様に踏ん張った。
『――つぁ、冗談じゃねぇぞ、無茶苦茶だ!あんなモン、後数回も食らったら、どんな船ももたねぇ!』
 船外無線に、船長のしわがれた声が流れる。船内ではあちこちにレッドアラート鳴り響き、あわただしい被害報告がブリッジへと殺到する。
「な…なんちゅー重さやねん。きっついわ…」「桁が違いすぎるわ…舐めてたかも」
 へたり込み、肩で息をする淳紅と真名が青褪めた表情で呻く。ただ一度、それを受け止めただけでかなりの消耗を強いられていた。
 だが、それも当然だろう。相手は大型輸送船を静めるほどの規模なのだから。寧ろ今ので半壊しなかっただけでも、二人の魔法防御技術は大したものだと言えた。
「…あれ、あと何回来ると思う?」「さあ…囮に頑張って貰わないと、私達、過労死するかもね…」
 笑えない冗談に引き攣る二人が見つめる方向で、今まさに、囮班が天魔を迎え撃つ為、海中へと身を躍らせていく。
「負けられない。これ以上、好き勝手には」
 一族の誇りである大盾を降ろし、海中へ飛び込む夏野 雪(ja6883)を始め、次々と船縁から姿を消す。
 如月 優(ja7990)が最後に飛び込んだのは、囮班の面々にアウルの衣を施していたからだろう。

「見出しは『海中大決戦!』って所かしら…さ、出来る事を全力でやらせてもらいましょ」
 息を整え、気も取り直した彼女は、先程の船員達に声をかけて発炎筒の準備を急ぐ。
 一方で淳紅が手摺に寄りかかって、今まさに戦闘が始まるであろう海を見下ろす。
「声も届かへん深海……素直に怖いやん。なぁ?」

 囮班が一斉に潜水し、一定の深度に達した所で、天魔が接近してくるであろう方角を睨み待ち構える。
 陽光が差す海中は彼らが想定していたよりも明るい。清十郎は体に固定していたケミカルを発光させながらも、蒼緑の海水の彼方を見通そうと目を凝らす。だが、その必要はあまり無かった。
「なん―ッ!?」
 誰かが上げる驚愕。気づけば一瞬で彼らの目の前に、スキュラの巨躯が出現していた。
(大きい…それに、速いっ!)
 泳いできた姿は一応目にしていたものの、その余りの速度に雪は一瞬転移されたのかと目を疑う。
「来るでござるよッ!」
 警告の通信を発した虎綱の言葉とほぼ同時。
 ゴォ――ッッ!!
 虚を突かれた彼らへと瞬時に首を伸ばして襲い掛かる六つの犬頭。大きく開いた顎に生え揃う牙は、一本ずつが刀剣のような大きさと鋭さを持ち合わせて襲い掛かった。
「く――ッ」「チィッ!」「…うく」
 清十郎と海の青銅盾が、雪の凧盾が瞬時に活性化し、首の内三つを受け止めるも、激しい衝撃に弾き飛ばされる。
 海が施していたアウルの鎧もあった事により、ダメージは最小限に抑えられていた。
 また即座に回避に動いた虎綱は辛うじて身をかわすが、水中での行動のし辛さに眉を顰めた。
(水の中で自由に動ける術も開発せねばならんか)
 と考えるほどに。
 残り二つの首は、それぞれが暴食と優に襲い掛かった。
「スキュラ、お前を愛そうッ!幾多の神がそうした様にッ!」
 露出の多い姿なのはいつもの事だが、海中での行動であるにも拘らず両腕拘束を貫く暴食には、もう天晴れと言うしかない。因みにどんな補正が掛かるかは想像して欲しい。
 避けきれず肩を牙で抉られて、回転する彼女の体。だが防御に意識を割いていた為、傷その物は深くなかった。潜水具もかろうじて被害を免れる。
「くぅうッ」
 優はというと、盾で受け止めはしたがタイミングはほとんどぎりぎり。アウルを青銅盾に集中させていなければ、恐らく受け切れなかっただろう。
(まだまだ未熟ですね…私は)
 グッとレギュレーターの中で唇を噛み、天魔から距離を取る。
(やはり水中だと勝手が違いますね)
 足場がないという事は、踏み止まれないという事。ともすれば海中で回転しそうになる体のバランスを取りながら、追撃に接近してくるスキュラへ対し清十郎は特殊なオーラを纏う。
 その輝きを認め、スキュラの上半身の女顔が、六つ首が彼に対して一斉に敵意を剥き出しにした。
「そうだ、そのままこっちへ来い!」
 効果を認め、全力で奇襲ポイント方角へと潜行する。うねりくねる巨体が彼を追って高速で動き出した。
 頭上――海上を航行する船から投下されて来る発炎筒が、囮班を誘うように海中に光の道標を刻んでいく。

 その船上では、
「あの、あんまり投げ込むと数に限りがある物ですから…」
「それもそっか、じゃ、適度に〜」
「そやなぁ、奇襲場所までここからやとまだ距離があるし」
 とかなんとかと船員達と真名・淳紅コンビとの会話があったとか無かったとか。


 船直援として護衛を努めながら、海中にその身を漂わせた並木坂・マオ(ja0317)は囮班の戦闘をその上方より見守っていた。
(敵は一体みたいで、数の利はこっちにあるけど。向こうの能力が不鮮明。となると一斉攻撃は逆に危ない気がするしね。一掃されないよう、色んな方向からチマチマチマチマ…うぁー、ストレス溜まりそう)
 無論、もしもの時は参戦する心算だ。今は、帰りの足となる船を護る為に気を配る事を優先する。
(他に敵がいないとも限らないし)
 にしても、水の中で格闘戦…難しそうだなぁと考える彼女であった。

(…大きい癖に、よく動くものです)
 囮としてスキュラの正面にあって、高虎 寧(ja0416)はその機動力に呆れ返っていた。
 相手が海中を得意とする天魔である事を差し引いても、その巨体での俊敏さ、一瞬での移動距離が半端ではない。
 清十郎が注意を惹きつけていなければ、あっという間に自分たちは翻弄されていただろうと。
 大体は彼を追って敵が動いてくれるので、突進以外の厄介な攻撃が多くないのは幸いだった。とはいえ――。
 ――轟!
(…ッ)
 避け損ない、突進に引っ掛けられ軽く弾き飛ばされる寧の体。水中での高速移動は、忍軍の特性たる回避能力へと著しく影響した。
 それでも他の者よりは格段に避けられるのだが、原型がパワーよりテクニックで補うジョブであり、防御能力も高くはない彼女には辛いものがある。
「盾になります。後退を!」
 咄嗟にカバーに入った雪の言葉に従い、寧は一度下がって治癒の術を受ける。

(敵のフィールドで戦うのは厄介ですね…)
 船から水中用ライトを借りて腰に括り付けていた風鳥 暦(ja1672)だったが、今の所それが必要にはならなかった。海中が思っていたより明るい事もあるのだが、高速移動しながらの光源というのは、実際焦点がぶれて役に立たないのだ。
 スキュラの左側面を平行して泳ぎながら、巨体に改めて目をやる。次の瞬間、正面の者達へ喰らいつこうと伸縮する首の一つへ、二丁の拳銃を立て続けに放つ。
(…くっ)
 だが、うねる首は嘲笑う様にその弾丸を回避した。攻撃により開いた距離を取り戻す為、彼女は再度加速する。
「野郎っ!」
 1.5mの長洋弓を構えたマキナの一矢が青い炎のようなアウルを纏い、逆手からスキュラの魚体に突き刺さって鱗を一枚砕き、海中に散らせる。
 実際は上半身を狙ったのだが、速度に慣れず狙いが逸れた。
「くっそ、やりづれぇッ」
 別の位置では雛姫が距離を取りつつ、手にするオートマチックP37での威嚇射撃を行う。タウントの効果でさほど誘導に苦労はしなかったが、それとて万全ではない。
 天魔の抵抗力もあるが、その効果は元々がそう長くない。切れる都度にかけなおさねばならないが、その間にタイムラグが発生するのである。
「ならば、もう一度!」
 抵抗され、彼らの方位を一度振り切るスキュラ。その両腕に大きな魔方陣を描き出し海上へと向ける。

『後ろから来るぜ、ねーちゃん達! オラ手前ェら、船乗りの気概をクソ天魔に見せてやれッ!』
『アイサー!』
 船長の怒鳴り声と、各所に指示を飛ばす声が無線から流れる。
「船尾は準備万端や、こけない様しっかり摑まっとき!」
「っていうか、あと2人位欲しかったわよね、これ!」
 二人の障壁が再度海嘯を受け止める。強烈な天魔の魔力を中和しながら、その余波で二人は更なる消耗を強いられていく。
 もっとも、次が来るまでに船上で休憩を取れる彼女らは、まだましだろうと思われた。

 繰り返される突進を凌ぎながら距離を取って包囲し、六つ首と覆う頭をやり過ごし、時にながら、徐々に、徐々に目的の場所へと囮班の面々は獲物を誘導し続けた。
 

 そして、獲物は狩場に入る。ここは我らが乾坤一擲の戦場なりや。

 囮班が傷だらけになりながらも齎した好機に、我先にと光纏を纏いて一斉に殺到する。
 後に誰かはその光景を『飢えたピラニアの群れ』と称した。

 最も早くに一撃をつけたのは、その長射程を活かした馬頭鬼、九十七、棗のスナイパートリオ。
 薬室からアウルの爆裂によって弾かれ、螺旋に渦巻く弾丸は狙い違わず正面犬頭の眉間を撃ち抜く!
『グガァアアア――!?』
「ミソ撒いてクタバレェァアアアァッ!このクソ●●野郎ォオオオァッ!ヒャアアアッァァ!!」
 マッドにして正義の体現者、しかしてその狙いは正確無比。九十七は通信回線全開で雄叫びを上げながら即座に次弾を装填する。
 ちなみに彼女、実は泳げない。油断すると直ぐ沈んでいくので、深度固定にかなり苦労していたりする。
 余談だが、この戦闘を通して攻撃の命中精度は彼女がトップであった事(運要素も踏まえて)を付け加えておく。
「ハハッ、相変わらずだな!」
 彼女のシャウトを通信越しに聞きながらライフルを構え、トリガーを引く馬頭鬼。天魔の左側面より、黒煙を帯びた彼の弾丸が犬頭の一つに到達する。
 ボッ!
『―――ッッ!!』
 その一撃は先の九十七よりも威力に優れ、逆に狙いは大まかである。
 だが反属性の作用も上乗り、受けた犬頭の左反面を線状に抉り、その肉を削り取った。
(…だるっ)
 転じて天魔後方にて絶好の位置を確保した棗。黒いローブの様な霧を纏った彼の、最大射程での狙撃は不意打ち背撃も相俟って天魔の肉深くまでを貫き、想像以上の威力を見せる。
 のだが本人はさしたる感慨も見せずに、気だるげに次の一撃とスコープを覗き込み、殺到する仲間の動きと天魔の反応に注意を配る。無性にガムが噛みたいものの、今回は流石に呼吸の邪魔になるので諦めていた。
 
 思わぬ痛撃を受け、その巨体を怯ませるスキュラ。怒涛の如く殺到する攻撃の前に、碌な回避も取れぬままその身に受け続ける。
「あぁあああっ!」
 海中を駆け上る緋黒の炎嗟。茜は嚆矢の如く正面の犬頭の顎下へと突貫する。衝突の瞬間、突き出される細身の大太刀は、常よりも更なる闇を纏いて、標的を穿ち抜く!
 鍔元まで埋め込んだそれを、更に肉を切り裂きながら一閃すれば、犬頭の下顎は半ばから千切れる。
 海水に流れ出る大量の鮮血の靄の中で、血塗れの刃を手に茜は唇の端に剣呑な笑みを浮かべ、哂う。
 これも余談だが、この際の彼女の一撃が文句なく今戦闘での最大威力を叩き出した事を付け加えておく。
 スキュラの下方、海底との間で青と茶のオッドアイが標的を見上げる。
「貫け、電気石の矢よ、――」
 レギュレーター内で紡がれる詠唱の詞。彼の手に鏃の様に尖った結晶が生まれ、雷撃へと変換されていくアウルをそれが纏い、輝きを増していく。
 次の瞬間、雷閃斯くやと海中を迸った魔法が、下顎を失った犬頭に撃ち込まれ、帯びる雷が肉を爆ぜ焦がす。
 効果を確認した彼は、止めには拘泥せずに次なる標的を定めて海中を滑り、次の標的を捉える。
 そこへ破壊された潜水具を交換し、戦線に復帰した暦。彼女の持つ二丁拳銃は、常のよりも膨大なアウルを込められ、黒色の火花が臨界を思わせるほどに激しく散る!
「散りなさい…」
 冷徹な眼差しが標的捉えた瞬間、引き倒されるトリガー。
 ゴ――ッ!
 同時に放たれた強烈な弾丸は、雷に包まれていた正面の首を完全に破砕、海中に弾けた血肉が雲の様に広がった。
 

(…さぁ、楽しく踊りましょうか)
 もっとも手近にあった、右側面の首の一つ。禍々しき金の輝きを纏い、鳳月 威織(ja0339)は手にする肉厚の大型犬を振り被りて、その鼻先へと肉薄する。
 剣刃が瞬く間に闇色へと塗り潰され、刹那に振り下ろす。
 ドブッ!
 眉間を狙って放たれた技は、やはり慣れぬ海中と高速に僅かに狙いが逸れるが、犬頭の右目を完全に潰し、闇の刃が深く切り裂く。
 激痛に悶える首に巻き込まれぬ様、首を蹴って距離をとり、続く者への場所を空ける。
 そこへドラグレイの右手より放たれ、海中を飛燕の如く扇が飛来、強かに鼻面を切り裂いて舞い戻るそれを左手で受け止め、思案する。
(対象が巨大過ぎて、いまいち効いてるのか効いてないのか…次は魔法で試しますか)
 足元より出でる黒き霧に身を包み、彼は扇を手に戦場を舞う。
「潰します!」
 もう一つの首へと、セミオートで撃ち込まれるスグリのアサルトライフル。この時の為に最大のアウルを込められ、撃ち込まれる弾丸は立て続けに肉を抉り、撒き散らす。
「海の藻屑にでもなってろ!」
 3m以上にも及ぶ大型の斧槍が続けて犬頭の眉間に叩き込まれ、刃は口腔まで突き抜ける。マキナの一撃は首を一つを完全に沈黙させた。

「焼き払え!火蛇ッ!」
 避け切れなかった突進のダメージで鈍痛に苛まれる体に鞭打って、虎綱は火遁の一つを起動させる。
 持ち手より放たれる陰陽護符が込められたアウルを炎に変換し、海中をうねる蛇の如く標的へと絡みついた。
『ギャゥ!』『ガァア―ッ』
 左側面の二頭が炎に飲まれ、皮と肉を焦がされる苦痛にのたうつ。
「先程のお返しでござる。海中にて踊る火蛇、なかなか乙でござろう?」
 にやりと笑う彼。だが二つの標的を射線に捉える為にかなり接近している。次に自身へ一撃がくる可能性も、覚悟する必要があった。
 その彼より更に後方より、黒い霧に包まれた弾丸が炎を纏う犬頭の一つを撃ち抜く。
 白光のアウルを輝かせ、リボルバーを構える飯島 カイリ(ja3746)。
(ふりすねぇにまた会う為に、皆と帰る為に…っ)
 胸の内に去来する、かつて会った一人の使途の姿。何故かは分からないが、少女は敵である彼女を忘れられなかった。もう一度会いたい、その為に今は出来る最善を尽くすと。
 その姿をちらりと横目で垣間見、Rehni Nam(ja5283)は引き絞った長大な洋弓から渾身の矢を放つ。だが狙った眉間からはそれ、犬頭の頭部に突き刺さった。
(むぅ、上手くいかないです)
 原因は、予備と持ってきた潜水具二つがやたら邪魔になり、動きを阻害していたせいなのだが。次の矢を番えながら、今度こそと狙いを定める。

 「大型モンスターか…でかいな」
 呆れる様に呟きながら、オートマチックP37で後部の犬頭へ銃撃を加える強羅 龍仁(ja8161)は透明なヴェール状の光幕に包まれながらぼやく。両袖に隠された彼の腕には、光纏の赤い昇り龍と青い降り龍が左右それぞれに現れている筈だ。僅かに垣間見える手首の辺りからぼんやりと輝きがもれる。
「その分、当て易いですけど、ね!」
 銃弾を浴びて唸る犬首、その頭上から迅雷の如く飛び込むカーディスの銀脚甲の蹴撃はまともにその左目を潰し、足を引き抜く動作と同時に身を翻し、後退する。
 


 「ぐっ…!?」
 盛大に広がった雲海の如き血肉混じりの海水。それが晴れ切る前に、紛れて飛び出してきた巨大な顎に挟まれ、茜は苦悶の声を上げた。
 奇襲は確かに大きな成果を上げていたものの、攻撃した者達の個々の威力のばらつきが目立ち、六首の内、左右の一つずつが致命傷足りえず、健在だったのだ。
 もう一つの首は、寧を捉える。
「か、はッ?!」
 深々と彼女の体に牙が突き立ち、激しい出血が海中へと溶け混じる。
「くそッ!」
 寧を顎に捕らえる犬頭を馬頭鬼が狙撃し、銃弾を浴びた顎が彼女を放した隙に、近場にいた虎綱が彼女を抱え後方へと下がる。
「こちらへっ」
 泳ぎつけたRehniが「痛いの痛いの飛んでいけ」と癒しの力を送り込むと、裂傷が塞がり出血が止まった。とはいえ、失った血が戻る訳ではない。
 Rehniは破壊された寧の潜水具を虎綱と協力して外し、予備に持ち込んでいた潜水具を取り付けていく。
「…はっ、はぁ…ありがとう」
 レギュレーターを戻され、呼吸を確保して二人に謝辞を述べる寧。
「仕留め切れなかったのは痛いでござるな…この先容易くは当たってくれんでござるよ、多分」
 既にタウントの技は尽きていた。縦横無尽と泳ぎ回るスキュラに対し、撃退士達は徐々にその包囲網を崩され、戦場は乱戦模様を呈していく。

 茜の方は咄嗟に太刀を構え致命傷は避けたものの、手足は牙により浅くなく裂傷を負い、背負うタンクから盛大に圧搾酸素が漏れ始めていた。
「茜さん!」
 大剣を即座にトマホークへ換装し、放たれる威織の攻撃が深々と犬頭の首へ食い込み、顎から開放された茜は船へと取って返す。
(ありがと)
 すれ違いに身振りで彼への謝意を伝え。
(お気をつけて)
 威織も簡単にそれに返した。

「弾けろ、石榴の炎よ。――」
 詠唱と共に、海水を物ともせず燃え盛る紅色の炎が燈る。それを纏った深紅の結晶がグラルスから放たれ、スキュラの身を撃つ。弾けて炎を撒き散らすが、尾の鱗を焦がして直ぐに消失した。
 巨大ゆえの抵抗力の高さ、あるいは鈍さ。状態異常にはかなりの耐性を持つようだ。

 大きく旋回し、突如斜め上方からの突進に数人が弾き飛ばされる。天魔がライフルを構える九十七の目前へと迫った。
「●●●の●●ぶら下げたクソ●●に掴まる九十七ちゃんじゃねェンだヨォオオオオッ!」
 状況を認めすぐさまライフルからダガーに換装、海底深く潜行して距離を稼ぎ、振り返って中指をおったてる。やはり通信は全開だ。

 しかし、乱戦の中にあって防御に徹する事で仲間を守る者達がいた。
 龍仁、優は主武装をそれぞれが持つ盾へと換装し、突進に見舞われるインフィルトレイターや阿修羅、時に鬼道忍軍を庇いに入り、そのダメージを肩代わりする。
「同じ事を考えている奴が居たか!だが嬢ちゃん、無理はするなよ!」
「分かっています、分は心得ていますので」
 彼らは時に自らの生命ぎりぎりまで傷を負う。だが、持ち前の防御力を活かし、負傷は自己治癒を用いて、その術と体力の限界までを用いた。
「レフニーちゃん!?」
 まともに被弾しそうになったカイリを、飛び込んできたRehniが庇い、突進に弾き飛ばされる。
 だが、鎧状になったアウルを纏い、更に凧盾を顕現して受けた彼女はほぼ無傷。その瞬間硬度は参加者の中でもトップクラスに並ぶ。
「お姉ちゃんに任されたのです!」
 今の一撃、仮に庇われなかった場合はかなり危ない事になっていただろう。
 衝撃に痺れる腕を振りながら言う頼もしい友の声に、少女の顔には自然と笑みが浮かんだ。

 奇襲で痛手を受けた為か、撃退士達の包囲を突進からの移動によって一度振り切るスキュラ。
 そこへ撃ち込まれる馬頭鬼、九十七、棗の狙撃。一発外れ、二発が天魔の巨体に突き刺さる。
「逃すか!」
 近接主体の撃退士達が、後を追って即座に動き出す。だが、スキュラの様子を観察していたグラルスがハッと何かに気づき、通信を全体にして叫ぶ。
「下がってください、大きな魔力が動いています!」
 だが、時は既に遅い。
 接近して距離を詰めた者達は、周囲の液体が大きく流動し始めるのに気づくも、逃れられるタイミングではなかった。
 ゴォオオオオォォォッ!
『うわぁあああっ』
『ぐうぅっ』
 渦を巻く海流、ただの自然現象ではありえない圧力、破壊の意思を込められた魔力が溶け込んだ大渦が瞬く間にスキュラの周囲の撃退士達を飲み込み、海底へと巻き込んでいく。
 水竜巻とも呼ばれるそれは、海底から海面まで立体的に発生するものである。アストラルのRehni、優、龍仁が可能な限りの人数にアウルの衣を掛けてはいたが、対抗する術や盾の技を持たぬ者は、大きく消耗して海底に叩きつけられていく。
 前衛を旨とする者達が一時的にスキュラから大きく離され、逆に後衛を得手とする者達が、スキュラの目前に晒される事となった。

 だが。例外があった。
「ウラウコスは、救いを求め恋人達と千年を過ごしたッ!
 うちもお前と同じ時を過ごそう、暴食という救いのためにッ!」
 渦潮が来たあの瞬間、暴食は逃げたり耐えたりするのではなく、攻撃と同時にスキュラに吶喊し、その巨躯に取り付いたのである。
 その脚甲を帯びた足は天魔の下半身魚体に突き刺さり、手を使えない彼女の体を支えていた。
 台風、竜巻を始めにして、大概の螺旋軌道を描く現象は中央が無効化地帯である事が多い。彼女の行動はどちらかというと本能的なものだが、この時ばかりは真理を突いていた。
『グルゥァアアーッ』
 それを天魔が放置する訳もない。残った二首が暴食めがけて顎を開いて襲い掛かる!
 シュバッ!
『ギッ!?』
 だが、彼女を正面から襲おうとした首は横殴りの衝撃を受けて吹き飛ぶ。九十七が放ったショットシェルが中身をぶちまけて首を叩き逸らしたのだ。
「テメェは九十七ちゃんの射程圏だって事忘れンじゃねェエエエッ!好きに殺れっとオモうなド腐れ●●●がァ!!」
 右手から来る首がその射程外から、雛姫、スグリ、龍仁の銃弾の雨を受け、バラバラの肉片となって飛び散る。
「最後の首はうちが愛してやるぜッ!」
 攻撃を外して元に戻ろうとする最後の犬頭がカーディスの弓撃を受けて怯む。スキュラの体を足場に突っ込んだ暴食の襲撃が、その喉元からぶち抜いて止めを刺した。
 六つ首は、ここに完全にその機能を失う。しかし本体はまだ健在であり、戦闘はここからが本番となっていく。


 撃退士側も多くの者が既に浅からぬ傷を負ってはいたが、その闘志が鈍る事はない。
「ハァアッ!」
 銀の脚甲へと換装し、練ったアウルを乗せて全力の蹴撃を浴びせるスグリ。顎を打ち抜かれ、ぐらりと巨体が傾ぐ。
 暴食が見せた渦潮への対抗方法は他の者達にも伝わり、次々と近接を得手とする者達がそれに倣った。
 とはいえ、上級天魔はそれなりに知恵を持つ。
 渦潮を取り付く者達をどうにか巻き込める規模まで狭め完全に無傷とはいかなかったし、突進と急旋回で振り落とされる者もいた。

 しかし、逆に言えばもうそれ位しか、スキュラの脅威は無かったのである。
「さあ、行って叩きのめしてくるのです!」
 Rehniはマキナ、威織、虎綱にアウルの鎧を纏わせ、びしりと天魔へ向かって指差す。
「いわなくてもやってやるぜ!」
 威勢良く突撃していくマキナ。
「やれやれ、まるで指揮官に使われる兵士みたいですね」
「それで勝てるなら、良いでござろうよ」
 少女の勇ましさに笑みを浮かべ、威織と虎綱が顔を見合わせた後、マキナに続く。
 斧槍がスキュラの上半身右肩から乳房までを切り裂き、肉厚の大剣は再び闇を纏いて深々と右眼孔へと突き刺さる!
 更に左手から回り込んだ雪も、斧槍を叩きつけるよう天魔の左目を潰した。
『ギィイイイイッ?!』
 反射的に目を押さえようとする天魔の両手を、虎綱の放つ火蛇が焼き焦がす。
「その腕、貰います」
 祝福の力で傷を再生させた清十郎が、蛇頭を模した手甲の牙刃を肩の傷口に叩き込み、更に広げる。
「これでっ!」
 追撃に海の放つ陰陽の光弾が止めとなって、天魔の右肩を吹き飛ばし、右腕ごと吹き飛ばした。
 下半身の魚体へは、ドラグレイ、暦、カイリ、カーディスの遠距離攻撃、馬頭鬼、九十七、棗の狙撃が集中。
 蜂の巣となっていく尾は、大量の体液を海水へと流れ出させ、その機動力を減衰させていった。

 重なるダメージに潜行する能力も低下してきたのか、徐々に上昇していくスキュラ。
 それまで推移を見守っていたマオが、ここに来て動く。
「それ以上船に近寄られちゃ、困るんだよ!」
 上体をくるりと反転させ、一気に天魔に向かって潜行する動きは猫を思わせる。
 アウルを黄金光に輝かせて一直線に落ちてくる姿は、海に落ちる流星の如く、脚甲を帯びた渾身の蹴撃がスキュラの頭を捉えて押し込む。
「ここが天王山ってね!」
 海上の船から更に真名、淳紅も参戦、二人は魔法書を開き、同時に雷球を叩き込んでスキュラを海底へと押し戻す。
「往生せいや!」
 そして待ち構える、威織、茜、雪、マキナ。
「止めです」「その首は私が落とす!」「…終わり、です!」「いっちまいなぁ!」
 左右から繰り出される大剣と大太刀が交差し、上下から突き出される斧槍が貫く。
 スキュラの首が、膨大な量の体液と共に断ち切られ、海底へと沈んでいく。

 戦闘不能者1名、重軽傷者21名、無傷3名の結果、撃退士達は見事天魔討伐を成し遂げたであった。


「よっし!スキュラはうちが喰う!」
 やがて浮んできた天魔の巨大な遺骸に、浮上してきた撃退士の中から、暴食がレギュレーターを投げ出して飛び乗る。
「いえ、流石にそれは止めた方が」
 いくら何でもと止めに入るのは清十郎やその他数名。
 そして思わぬ所からも。

 ゴォオオ――。
「私としても、それはやめて貰いたいな」
 頭上から掛かる声と共に、彼らの上に飛来する深紅の体毛を持った巨大な鳥。
 それは、空戦ならばドラゴンさえ凌ぐと言われるサーヴァント・ガルダであった。
「それを通してみていたが、なるほど、見事な戦いぶりだ。多少蛮勇と取れなくもないが」
 ガルダの背から一つの影が飛び居りて、暴食と同様にスキュラの遺骸に降り立つ。
「貴方は、何者です?」
 今だ海中にある撃退士達がそれぞれに魔具を構える。一人、清十郎は尋ねながら、現状を計る。
 アストラルの治癒の術は、まず間違いなく使い切っていた。
 彼自身は治癒と祝福のお陰でそれほど負傷はしていなかったが、目の前の相手は自分一人で如何こう出来る相手ではないと。
「慌てるな、こちらに敵対の意思はない。どうしてもと言うなら吝かではないが…。
 冷静に考えてみるがいい、お前達が今の傷で、使徒と対等に戦えるか否か」
 フリスレーレは、冷めた目で撃退士一人一人を見回す。彼らを一掃するのに5分は掛かるまい。
 それがスキュラとの戦闘を観測し、そして今の負傷具合を加味した彼女の結論だった。
「…ふりすねぇ!」
 突然名を呼ばれた方向に顔を向ければ、そこにはRehniの背に庇われながら身を乗り出すカイリの姿。
「何時か…、会えると信じてたよ」
「いつぞやの幼子か。今度は、武器を放り出したりはしてないわね」
 少女の記憶を思い出し、ふっと一瞬だけ微笑む。そして暴食を見つめた時、それは消え失せていた。
「使い潰したとはいえ、これは私の部下。例えただのサーヴァントだとしても、喰わせる訳には行かないのよ」
 使徒が手を翳す。海面に巨大な魔法陣が描かれ、目も開けていられぬほどに輝きだす。
「まだ小さい、なれど可能性はある。それがこの世界のお前達だ」
(決して、私の二の舞にはなるな)
 声なき思いで呟いて、彼女は転移陣を発動させた。

「おわっ!?」
 突如足元の手応えを失い、海中に落下する暴食。
 撃退士達が再び視界を取り戻した時、使徒の姿はおろか、スキュラの遺骸も、天空にあったガルダの姿も掻き消えていた。
 

「ちっきしょー!うちの食い物!返せー!」
「まぁまぁ、折角ですし、海の幸でも堪能すればよいでござろう」
 船上に引き上げて、各自それぞれが身を休める。
 折角の獲物を取り合えげられてむくれる暴食を、苦笑しながら虎綱がなだめていたり。
 救急箱を持ってきていたマオ、海、ドラグレイ、真名、暦、淳紅、馬頭鬼、スグリ、Rehni、雪、マキナ、優、龍仁がそれぞれに散って負傷者達の手当を始めていた。
 寧もまた、持参した包帯を巻いて一息を吐く。
「おう、お前さん方、無事でなによりだ。詳細のほうはワシが連絡しておいたから。ゆっくり休んでおくといいぞ」
 船長が労いの言葉を掛け、一人一人に飲み物を渡していく。
 食料を持参していたものは、空腹を感じて食事を始める者達が続いた。

 この後、海運は通常通り再開され、学園の物流は正常を取り戻す。
 それから暫く経ち、天魔が再来することも無いと判断を下した対策本部は解散された。
 学園が受けた物資的被害は安い物ではないが、結局のところ、それだけでもある。果たして天魔が何の目的で今回の騒動を引き起こしたのか。
 それが判明する事は無かった。


依頼結果

依頼成功度:成功
MVP: 死神と踊る剣士・鳳月 威織(ja0339)
 報道員の矜持・燕明寺 真名(ja0697)
 歌謡い・亀山 淳紅(ja2261)
 道を切り開く者・楯清十郎(ja2990)
 胸に秘めるは正義か狂気か・十八 九十七(ja4233)
 Operation Planner・月夜見 雛姫(ja5241)
 前を向いて、未来へ・Rehni Nam(ja5283)
 黄金の細腕・如月 優(ja7990)
 撃退士・強羅 龍仁(ja8161)
重体: −
面白かった!:20人

血花繚乱・
神喰 茜(ja0200)

大学部2年45組 女 阿修羅
魔に諍う者・
並木坂・マオ(ja0317)

大学部1年286組 女 ナイトウォーカー
死神と踊る剣士・
鳳月 威織(ja0339)

大学部4年273組 男 ルインズブレイド
先駆けるモノ・
高虎 寧(ja0416)

大学部4年72組 女 鬼道忍軍
雷よりも速い風・
グラルス・ガリアクルーズ(ja0505)

大学部5年101組 男 ダアト
歴戦勇士・
龍崎海(ja0565)

大学部9年1組 男 アストラルヴァンガード
知りて記して日々軒昂・
ドラグレイ・ミストダスト(ja0664)

大学部8年24組 男 鬼道忍軍
報道員の矜持・
燕明寺 真名(ja0697)

大学部6年302組 女 ダアト
撃退士・
風鳥 暦(ja1672)

大学部6年317組 女 阿修羅
歌謡い・
亀山 淳紅(ja2261)

卒業 男 ダアト
撃退士・
金鞍 馬頭鬼(ja2735)

大学部6年75組 男 アーティスト
道を切り開く者・
楯清十郎(ja2990)

大学部4年231組 男 ディバインナイト
世紀末愚か者伝説・
虎綱・ガーフィールド(ja3547)

大学部4年193組 男 鬼道忍軍
幼心の君・
飯島 カイリ(ja3746)

大学部7年302組 女 インフィルトレイター
胸に秘めるは正義か狂気か・
十八 九十七(ja4233)

大学部4年18組 女 インフィルトレイター
『封都』参加撃退士・
スグリ(ja4848)

大学部3年314組 女 阿修羅
Operation Planner・
月夜見 雛姫(ja5241)

大学部4年246組 女 インフィルトレイター
前を向いて、未来へ・
Rehni Nam(ja5283)

卒業 女 アストラルヴァンガード
リア充・
九重 棗(ja6680)

大学部4年2組 男 阿修羅
心の盾は砕けない・
翡翠 雪(ja6883)

卒業 女 アストラルヴァンガード
BlueFire・
マキナ(ja7016)

卒業 男 阿修羅
グラトニー・
革帯 暴食(ja7850)

大学部9年323組 女 阿修羅
二月といえば海・
カーディス=キャットフィールド(ja7927)

卒業 男 鬼道忍軍
黄金の細腕・
如月 優(ja7990)

大学部4年108組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
強羅 龍仁(ja8161)

大学部7年141組 男 アストラルヴァンガード