カロラン――カラン。
急に降り出した雨。路面を、建物を叩くその音を聞きながら、カウンターを掃除していた壬生谷 霧雨(ja0074)は、入口で鳴るドアベルに振り向いた。
一組の人影が、店内に駆け込んでくる。この雨に降られて、一時の雨宿りを求めてきた客人を彼は笑顔で迎え、タオルを差し出す――。
その背にするカウンターの飾り黒板には【カップルサービス週間・実施中】の文字が書かれていた。
●五月△日〜
二人で映画を見に行った帰り、雨に降られた桐原 雅(
ja1822)と久遠 仁刀(
ja2464)。
「急な雨だったな……」
ここまで、先輩がボクを上着で庇ってくれたおかげで濡れずに済んだけど、代わりに先輩が頭から背中までずぶ濡れになっていた。
マスターにお礼を言って、受け取ったタオルで先輩を拭いてあげる。
「い、いいよ、自分で吹けるから…」
ボクよりもずっと年上で、だけど見た目は同じ位の先輩。背は少しボクの方が高い。
「ボクが拭いてあげたいの…ダメ?」
照れる先輩が、なんだが可愛くて。ボクは仁刀先輩に恋してる。だって、こうしてるだけで何だか満たされて、落ち着く感じがするんだもの。
「いや、ダメじゃない。…わかった、頼む」
でも、不安もある。先輩にとってボクは、『信頼する後輩』でしかないんじゃないかと。
ちょっと頬を紅くした先輩を丁寧にタオルで拭いてあげる。上着は、マスターが乾かしてくれるそうなので、お願いした。
案内されたテーブルについて、それぞれ注文を終わらせると、話題は自然に今日見た映画の感想戦になっていた。
撃退士をモデルにした本格的なアクションシーンが話題の一作。
「迫力あったし、魅せ方は流石だったよね」
「ああ、特にあの――」
二人で盛り上がるのは、クライマックスの戦闘シーン。アイコンタクトだけであそこまで息のあった連携が出来るなんて。
勿論、それは映画だからなんだけれど。
(先輩とも、あんな風に通じ合えたらいいな……)
時に物思いに沈むボクを、先輩は不思議そうに見つめていた。
「お待たせ致しました、ご注文の品でございます」
暫くして、ボクが注文したマスターお勧めのカフェ・ラッテとレアチーズケーキと、先輩のストレートティーとビターチョコのケーキが運ばれてくる。
「では、どうぞごゆっくり」
笑顔で戻っていくマスターの視線が、何だかとても微笑ましげで、ちょっと気恥ずかしくなる。視線を戻して、テーブルの上のケーキを見て、ふっと思いつくのは。
(映画の中で、そういえば…)
あのワンシーン。ちらりと視線を向けると、マスターは背中を向けて何やら仕事をしていた。勇気を出すなら今しかないと、ぎゅっと拳を握る。
「あ、あのね…久遠先輩」
「ん、どうした?」
胸がどきどきして、頬がかぁっと熱くなる。
「その、先輩のケーキ…ちょっと味見させて欲しいな…って」
そして瞳を閉じて、あ〜んと口を開けて待つ。…うぅ、やっておいてなんだけどかなり恥ずかしいよ。
「…あ、いや、そうか」
察してくれたらしい、少ししてビターケーキの一片がそっとボクの舌の上に触れて、口を閉じて、それをフォークから奪う。
「…ん。おいしいんだよ。それじゃ、お返しなの」
チーズケーキを切り取って、先輩に差し出す。受けてもらえるか、やっぱりどきどきして。
「いや、お返しは別に…」
言いかけて思い直す。彼女がそれで笑ってくれるなら。あ〜んと口を開けて待つ。
俺にケーキを食べさせる彼女の表情が、ほころぶのを見て、こちらも自然と笑みを返していた。
「ありがとうございました」
会計を終えて、二人で店を出る。雨上がりの湿った空気、少しひんやりと。でも、二人の間の空気は店に入る前よりも少し暖かい。
「行こ、仁刀先輩!」
路面の残り水に反射してきらきらと光る陽光の中で、彼女の笑顔はそれ以上に輝いて見えた。
●五月○日〜
「あ、店長!こんにちはっ!凄い雨ですねっ」
タオルを受け取って雨雫を拭き取りながら、元気よくそういうのは、しのぶ(
ja4367)。
「お久しぶりです」
その隣では、滅炎 雷(
ja4615)がぺこりとお辞儀をした。
「ええ、お久しぶりですね。お二人はカップルですか?今丁度、こういったサービスをしておりまして」
「えっ!?あ、も、もち――」
「僕達、友達だよね〜?」
勢い込んで頷こうとしたしのぶ。だが、雷が言い切るのが早かった。見るからに項垂れるしのぶに微苦笑を向けるマスター。
「お二人には以前お世話になりましたし、ここはサービスさせて頂きますよ」
(そう言えば…しのぶ姉と一緒にいるとカップルですかってよく聞かれるけど、何でだろう?)
内心首を傾げる雷。案内されたテーブル席に着いた二人は、それぞれ注文を済ませる。
「バレンタインの時、話を聞きにこのお店に来たよねっ!」
気を取り直したしのぶが、いつもの様に元気よく喋り出す。
「あの時は本当に大変だったよね〜」
前に関わった親バカ親父と娘さんについての会話に花が咲く。あの二人、ちゃんと上手くいってるといいけど。
「そうそう!この前、ここでバイトしたよっ!メイドさんっ!!」
それから、臨時アルバイトでここで働いた時の事を。ライ君に教えたら、遊びに来てくれたかな?
「しのぶ姉、ここでバイトしてたんだ〜。知ってたら遊びに来たのに残念だな〜」
応えて残念そうに言う雷。
そこに丁度、マスターが注文品を持ってやって来る。
「お待たせ致しました、此方がご注文の品です」
丁寧にテーブルに並べられる品々。
「あの時は助かりましたよ。しのぶさん、中々の人気で。後でお客さんから『もうあのメイドさん、来ないの?』と散々聞かれましたよ、ええ」
あんまりしつこいので、ちょっと実力行使で黙らせたりした事は秘密。
「え、そうだったんですかっ?えへへっ!なんか恥ずかしいなっ」
照れるしのぶ姉を見ながら、やっぱり見に来たかったともう一度思う雷だった。
それからは、二人が間借りする寮での生活の事にも話題が流れる。他の寮生の事、ペットの黒子猫ミーちゃんの事。
(…ライ君、私の事、実際はどう思ってるんだろう?)
会話の中、ふとしのぶは考える。実は寮では二人は相部屋なって久しい。でもイベントらしいイベントは今まで一度もない。
(いや、ちょっと子供っぽくて可愛い感じがライ君の良い所なんだけどっ!!もっとこう、あるじゃない?どきどきイベントとかがっっ!!仮にも同学年の男子なんだよ?)
あったらあったで、行き過ぎるとくらりーんが襲来しますがな、お嬢さん(天の声)
(探せば下着とか色々出て来る訳だし…朝なんか…その、見えてたりするのに、なんでこう)
自然と、じとーっとした目で雷を見つめてしまうしのぶ。なるほど、それは健全な男子としての雷君が心配になるなっ(天の声2nd)
(…なんで僕、こんな睨まれてるんだろう)
じと目られる雷にすれば、心当たりがまったくないので首を傾げるしかない。
(何か怒らせるような事したかな〜?今朝起きて挨拶したら、慌てたりしてたけど怒っては無かったし。遊びに出かけた時も機嫌は悪くなかったよね〜)
まぁ、理由は分からないけど、この後どこか遊びに行けばきっと機嫌もよくなるかな。
そう考えながら、雷は窓の外の空模様を窺う。
しのぶはと言うと、色々考えて煮詰まって、この際だからはっきり聞いてみようと意を決している所だったりする。
「…あ、あのね?…こういうのって、はっきり言わないとダメというか…。実はね?私…ライ君のことが…」
彼女にしては珍しく、もじもじと恥ずかしそうに切り出した――のだが。
「あ、しのぶ姉、雨上がったよ!」
雷君、聞いてなかった。晴れ間の覗き出す空を見上げて、嬉しそうにしのぶに笑いかける。
「…って、あれ?しのぶ姉、どうかした?」
なけなしの勇気が空振りに終わり、テーブルに突っ伏して震えるしのぶ。だがすぐに誤魔化すように空元気で応える。
「えっ!?あ、あーっ!!上がったねっ!!雨、上がったねっ!!やったーっ!!!」
空元気というより、もはやヤケッパチな気がしなくも無い。会計を済ませた後、超うなだれモードで店を出て行く背中に、雷はやはり不思議そうに首を傾げる。
「君は、彼女の事をどう思っていらっしゃるのですか?」
不意に、傍らに来ていたマスターにそう聞かれて、雷は淀みなく答える。
「大切な人」
尤もそれは、どちらかというと姉貴分としての意味合いだった。と思う。
(でも実際…僕ってしのぶ姉の事、どう思っているのかな?大切なのは違いないけど、他の人に対するのとは、違うような…)
考えに沈む雷を見て、マスターは静かに微笑む。
「差し出がましい事を聞きましたね、失礼しました。さ、しのぶさんが外でお待ちですよ」
「あ、そうだった!」
慌てて彼女の元へ走っていく雷。駆け去っていく睦まじいの姿を見送り、くすくすと笑うマスターだった。
●五月□日〜
(イヴちゃんに楽しんで貰おうと企画したけど…とんだ災難だよ)
と、店内にイヴ・クロノフィル(
ja7941)と連れ立って駆け込んだ如月 統真(
ja7484)は落胆していた。
折角彼女を楽しませるべく企画したデートが、雨で全てパーになったのだ、むべなるかな。
「大丈夫…統真、悪くない…。ともかく…ここで、雨宿りしてこ…?」
と、イヴに逆に慰められる始末である。そりゃ男の子としては立つ瀬がない。
「ご、御免ねイヴちゃん。もっと天気予報、確認して於けばよかった…」
と振り向いてマスターから受け取ったタオルを手渡した所で、雨に濡れた彼女の姿を目の当たりにして、ぼふっと顔面が沸騰する。
「…あう、びしょ濡れなの…。統真、どうしたの?」
白くて薄手の服が雨に濡れ、肌に張り付いて。つまり、年齢不相応に育ったイヴのあれがこう、実に思春期の男子の性を刺激する状態だったりする。OKだ少年、役得だな?(天の声3rd)
(…はっ!?煩悩退散、煩悩退散!相手は小等部だよ、僕ぅー!)
思わずじっと見つめていた自分に気づき、慌てて視線をそらして頭を抱え一人で悶絶する。まあ、実年齢差で言えば確かに微妙かもしれないが、見た目可愛らしい少女に見えなくもない統真と、イヴの二人が並んでもそう違和感はないというか。
「…?」
借りたタオルで髪や体を拭きながら、不思議そうにそんな彼を見つめるイヴであった。
席に着いた統真は、カップルサービスの話を聞いて藁にも縋る思いで奮起した。失敗を帳消しにする(?)好機だと。
「イヴちゃん、何が食べたい?」
「折角だから、ご飯食べるの…。オムライス、食べたい…。美味しそう…」
「分った。すいませーん!」
彼女のオムライスと牛乳、自分のナポリタンスパゲッティとジュースを頼んで、暫く会話に花を咲かせた。
「お待たせ致しました。では、ごゆっくり」
やがて運ばれてくる食事に、さっそく手をつける二人。
「…ん、美味しい」
オムライスを一口入れ、呟くイヴ。一見無表情であるが。と、二口目でポロリとご飯粒が豊かな胸元に零れる。
「…あ、落としちゃった」
気づいて、無造作に指で掬い取り口へと運ぶ。その動作が妙に艶々しい。
「……」
「…統真、スパゲッティ、美味しそう…。イヴにも…一口、ちょうだい…。イヴのも、食べさせてあげる…」
物欲しげにスパゲッティを見つめるイヴに、ぼんやり彼女の姿に魅入っていた統真は、はっとして反応を見せる。
「あ、うんっ」
イヴの差し出すスプーンに載ったオムライスをぱくりと食べ。じゃあ、お返しにとフォークでくるりとスパゲッティを一巻。それを彼女のあ〜んと開けた口へと食べさせ。そこで重大な事に気づく。
(こ…これって間接キ…っ!?うわぁぁ、ぼ、僕はサラリと何を?!落ち着け、落ち着くんだ僕!?)
茹蛸状態になって悶える統真。その内に誰かに爆破されそうだな少年(天の声4th)
「…統真、どうしたの…?」
彼の内心いざ知らず。幼いイヴにとって、まだそういった事は意識の淵にも上らず、ただ不思議そうに首を傾げる。
食事を終え、色々あって、若干燃え尽きた気がしないでもない統真。
「イヴちゃん、満足したかな?」
と、食後の牛乳を飲み干したイヴに尋ねる。
「…ん、美味しかった…。大きくなるには、牛乳が一番…」
それ以上大きくする心算なんだろうか、とふと少年は考える。何処がとは敢えて言わない。
会計を済ませ――勿論男の甲斐性として統真が持った――店を出る二人。
「それじゃ、行こうか…統真…?予定、変わっちゃったけど…今日は、いっぱい遊ぼう…」
仲良く手をつないで雨上がりの道を歩く小さなカップルの姿を、商店街の人々は微笑ましく見守っていた。
●五月◇日〜
昨今はそういったカップルにも世間は寛容である。
つまり雨宿りに駆け込んできた幸来鈴(
ja8728)とアーレイ・バーグ(
ja0276)の前に敵はない。
カップルですといえば、マスターは何の反論もなくサービスを受け入れてくれた。
(いや、いいんっすか!?)
いいのである。アーレイは普段より露出の少ない服装だったが、態度まで変わる訳でもなく。強引に鈴と腕を組んで、胸をワザと押し付けるようにテーブルまで移動した。流されるまま借りてきた猫状態で、並んで席に着く鈴。
注文したパフェと紅茶とコーヒーが運ばれてくる。
と、おもむろにアーレイ、
「はい、あーん♪カップル同士なんだから恥ずかしがってちゃ駄目ですよ?」
とスプーンでパフェを掬って差し出してくる。
(え!?食べさせっことかすんのか?!)
店内のお客は、彼女らだけだったが、それで恥ずかしさが消える訳でもない。が、断る事も出来ず、息が詰まりそうになりながら一口食べる。
「ぁむ…んぐ。…うまいっす」
「私にもあーんしてくださいね?」
今度は自分の唇をつんとつついて、鈴におねだりしてくる。
「あぅ…そ、それじゃ」
高鳴る心拍数。震える手でパフェを掬い、アーレイの口へと運んでやる。
美味しそうに、いたずらっぽく微笑む彼女。目があわせられず、照れ隠しに頼んだブラックコーヒーを口に流し込む。味なんて分ったもんじゃなかった。
「お約束はしておかないとですね?」
と、アーレイが追加で頼んだのは――。
「…本気っすか」
やってきたのは、ストロー二本差しのアイスティー。やるんすか、あれをやるんすか…!?
だが何となく場になれてしまったのか、鈴に余り抵抗感はわかなかった。そっと二人で口にするストロー。
「ふふっ…顔近いね。ちゅーしちゃう?」
悪戯な小悪魔の笑顔の前に、鈴はもうどうにでもなれという気分で楽しむのだった。
ちゅーしたかどうかは――諸兄のご想像にお任せします――。
本人同士が幸せならば、他人が口を挟む必要など何処にもないのだ。例え砂糖を吐きたくなる人がどこかに居るとしてもなっ(天の声5th)