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マスター:火乃寺
シナリオ形態:イベント
難易度:普通
参加人数:25人
サポート:2人
リプレイ完成日時:2012/05/22


みんなの思い出



オープニング

「今日はどうする?」
「ああ、いつもの顔ぶれで訓練場いこうかって」
「お、いいね。OK、俺も参加するぜ!」
 学園に残された天と冥魔の廃棄された大ゲート跡。
 そこはゲートの残留エネルギーが生み出す下級天魔と戦える訓練場でもあった。

「なあ、お前さ、この前の依頼のあと、何処に行ってたんだ?」
「………」
「いや、言いたくないならいいけど」
「あそこは…俺の故郷の近くでさ。久しぶりに墓参りに行ってきたんだ…母さんの」
「…そっか。うん、お母さん、喜んでくれてるといいな」
「うん」
 互いに思い出す何かを胸に、しんみりとする二人の男子生徒。

「やばっ、待ち合わせ間に合わない!?」
「おっと、そいつは聞き捨てならないなっ」
「うっさい! 嫉妬してる暇があったら、あんたも彼氏見つけなさ〜い!」
「まてこのー! 一人幸せにさせてなるものかぁ〜!」
 青春悲喜こもごも。まあ、嫉妬は文化だけどしないに越した事はないよねっ。

「シフト入ってたっけ、今日」
「そうよ、あんたと私、それから二組のキョーコと」
「……ちっ」
「何その舌打ち…あんた、何考えてた」
「べーつーにー」
 バイトも組む人によって、思惑とか色々あるよね。
 片思いの相手がいたりして?

 天魔との戦いから離れた日常では、彼ら・彼女らもまた普通の学生である事に変わりはない。
 理想や夢、将来の目的の為、様々な思いや考えで時を過ごす若者達、或いは、それを見守る大人達。人は営みあってこそ、それを護ろうという気概や奮起もあろうという物だ。
 今日は一つ、そんな彼らの日常を少しだけ覗いて見よう。


リプレイ本文

●青春
 学園には、屋外修練場がいくつかある。
 その一つにエリス・K・マクミラン(ja0016)とフューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(ja0380)の姿があった。
 学園で教える型のエリスに対し、フューリは中国武術の流れを汲む型で組み打つ。
 数度の手合わせをこなした後、二人は休息を取った。
「あら」
 その時、遠目で知己である九曜 昴(ja0586)を見かけたエリスは、声をかけようとして隣のフューリにぐっと肩を掴まれた。
「あ、あの…フューリさん…?」
「あたし、もっと強くなりたいと思ってさ。京都の時に、エリスを守りきれなかったから」
 真剣に見つめてくるフューリに途惑うエリス。その間に、こちらに気づいて近づいてくる昴。
「エリス…何やってたの?」
「あたしはバカだし、魔女と農民。本来なら身分不相応だけど…。こうやって出会えて、交流して…決めた事があるんだ」
 既に会話は昴に届く距離。雰囲気を察した彼女が一瞬訝しげに、次いでニヤリと不吉な笑みを浮かべ。何処に持っていたのかペンとメモを取り出して記し始める。
「あたしはエリスが何処でどうなっても、傍にいて護る。絶対に裏切らないから。それに癒しの力にも目覚めたから。だからエリスもあたしを信頼して欲しいんだ」
 アウトオブ眼中、フューリにはエリス以外が見えていない。
「そして何よりも!あたしはエリスが大好きなんだっ!!」
 轟く如き告白であった。
「え、えっと…そう言って頂けるのは嬉しいのですが…あの、その…そこに昴が…」
 突然の告白に動転するやら、聞いている昴に気が気でないやら。軽いパニックに陥る。
 その様子も、漏らさず昴の手によって記録されていく。
「お、お願いです昴!この事はどうか内密に…!」
 とりあえずフューリに待って貰い、昴の元に走って懇願していた。

 少し時は戻り。
 いつも通り天文部に顔を出した昴は、天体望遠鏡の手入れを終え、本を読み耽る。
 だが観測のない日でもあり、すぐに手持ち無沙汰。とりあえず外をぶらつき購買へと向かう。
「おー、あんぱんが残ってるの」
 牛乳と共に美味しいあんぱんをゲットした彼女は、ホクホクと修練場の前に差し掛かり。
「あ、エリスなの」
 見知った顔に足を向ける。が、場の会話が耳に届くに至って足を止めた。
(ん?何やら様子がおかしいの…告白?)
 絶好の暇潰しを見つけた瞬間である。
(これはメモが必要なのっ、皆に広めるのっ!)

 そうして。
 事実は昴流に面白おかしく昇華され、第三者が見るともう「うわぁ」とか赤面絶句レベルのブツへと仕上りを見せる。
「エリス、おめでとうなのっ、お祝いは皆でしないとねっ!」
 祝辞を送る表情もやたら妖しい。
「ちちち、違うんです、いえ違わないんですけど違うんですーっ!!と、ともかく誰にも言わないでくださいっ!」
「うん、誰にも“いわないの”」
「絶対ですよ?約束ですからねっ!?」
 で、この日は別れたのだが。

 翌日――。
 登校したエリスにクラスメートの好奇の視線が突き刺さった。
「な、なんですか、一体?」
「いや、これさっき九曜さんが配ってたんだけどね」
 受け取る用紙を視線がなぞる。
「うきゃああああああああああっっ!!?」
 学び舎に絶叫が響き渡った。
 確かに昴は誰にも“言ってはいない”。
 ただ【メモをコピーしてクラスにばら撒いただけ☆】である。

 ダダダダダダダ―――ッ!
「あ、貴女と言う人はぁーーっ!!?」
 長大な廊下を、羞恥と怒りで赤面涙目に追うエリス、逃げる昴のスタンピード。
「あははー、約束は破ってないのー♪」
 この日より、クラスでのエリスのイメージは…言わぬが華よ。


 今日は訓練の予定が入っていた。
 しかし、鈴蘭(ja5235)は知った事かときっぱりサボる。つまらないからだ。
「今日も素敵なお天気なのだよー、何処でお休みしようかなー♪」
 こんないい日に、訓練なんて予定を入れる方が悪いのだ。リリーは間違ってないもん。
 朝から手作りでサンドイッチをこしらえ準備万端。
お弁当に持ってお昼寝に相応しい場所を探す。やがて葉桜となっている丘の一つに辿り着いた。
「わはー、いい日当たりと日陰なのだよ♪ ここにきーめた!」
 早速持参したタオルケットを敷いて、お昼御飯と洒落込む。お腹一杯になった後は、気持ちのいい風を浴びながらお昼寝だ。

「ん…、ふぁ、あ〜ぁ…よく寝たのだよー」
 目を覚ますと夕暮れ。
帰り色々と寄り道(お店のマスコットの首を挿げ替えたり、お花屋さんの花の名札と値札を入れ替えたり)しつつ、寮までの道を楽しんで歩くのだった。

●放課後
 足元に、左耳と左目に傷跡がある虎猫、肩にちょろちょろするハムスターを従えて、与那覇 アリサ(ja0057)は今日も元気だった。
 飼育部の活動を終え、帰路にあるゲームセンターへ立ち寄る。ペットにうるさくない、いい店なのだ。
「せっ!」
 ぐぐっ!と握力測定器でまずは力試し。普通なら圧壊そうな数値が出るが、そこは学園の施設である。
 因みに前の学校でやった測定で、機械をぶっ壊していたりする。
「おおう、なかなかなのさー。よし、次はダンスゲームだぞ!」

 ♪♪♪ 〜♪ 〜〜♪♪
 流れるリズムに合わせ、激しく揺れるアリサの肢体。特にスレンダーながらよく発育した胸は、同じくセンターで遊んでいた男子生徒の視線を釘付ける。
「おお、すげー!今日は眼福だなー」「写メとっとこうぜ、写メ!」「いや、それより声かけてみたら…」
 周囲の喧騒も意に介さず、彼女は一身に遊び続ける。その顔はとても楽しそうで、輝いていた。

「よっし、今日の夕飯も確保さー♪」
 商店街でコロッケの食材と家族(動物たち)のご飯を買って、夕暮れ時を歩む。
 途中差し掛かった公園で、この時間、よく猫が集まるのだ。
「ちっちっ、ほーら、こっちさー。虎行、喧嘩しちゃだめだぞー?」
 彼女を見かけて寄って来る猫達と戯れながら、いくらかの時間を過ごす。
 そんな一日だった。

 部の鍛錬室にて、他より早く訪れたマキナ・ベルヴェルグ(ja0067)は一人瞑想に耽る。
 だが、すぐに気が散ってしまう。
(…ヴァニタス、そして使徒…)
 一つの渇望に囚われて蘇る者、想いの為に天使に身を捧げる者。その是非はともかく、願いは一途なのだと。
 …そう、思っていたのだ。
(だが、実際の所は如何だ。所詮悪魔は悪魔か)
出逢った天魔の中には、唾棄すべき下種もいる。それが、彼女の中に渦巻く雑念の元となり、心を乱す。
(…次は、次こそは…)
 その意思を刻むように、彼女は拳を揮った。

「あ…」
 そこへ、同部の大炊御門 薫(ja0436)が現れる。
 互いに気づいた二人は黙礼し合い、マキナは瞑想へ、薫は鍛錬を始める。
 これまで習い納めてきた事を、反復しながら鍛錬する薫。
 だが。
(どうすればもっと強くなれる。強さとはそもそも何なのか)
 迷いながら振るう技は、どうしてもその鋭さが欠け、音を鈍らせる。
 マキナはそれに気づいたが、何も言う事はなかった。
(間違っては居ない、だがこの方法では余りにも遅い)
 強くなりたいと焦る、未来の可能性よりも直近の今だけしか見えなくなる視野狭窄。
 それが、今の薫を縛っていた。
(天魔を倒す、全て倒さなければダメだ。今強くなければ、守らなければ誰かが死ぬ!)
 そんな事は在ってはならない、その為に私達が居るのだからと。
「…焦り」
「え?」
 ぽつりとマキナの呟きに、薫の手が止まる。
「いや…。ただ…今の私とあなたは、何だか似ています」
 小さく言い置いて、鍛錬場を去るマキナ。その背中を、薫は見えなくなるまで見つめていた。


 その頃、射撃訓練場で常の如く研鑽を積んでいたフェリーナ・シーグラム(ja6845)の元に
「加倉さんからのメールだ…どうしたんでしょう?」
 首を傾げつつ、開いて内容を確認する。
「…なるほど。今日の練習は切り上げますか」
 そうして、手早く荷物を纏めてその場を後にした。


「……はっ」
 ばっと身を起こせば、教室には神喰 朔桜(ja2099)独りきり。
 どうやら、また授業をぶっちぎって寝過ごしたらしい。
 教科書と筆記用具、そしてノート…はちょっと凄い事になっていた。
 だが仕方ない、と彼女は思う。

 撃退士としての実践授業を除くと、一般の課目は彼女にとって退屈の極みだった。
 特に数学は、問いを見れば解が出せる。式の必要性が理解できない。
 過程が如何あれ、答えは間違っていないというのに。
「あっ、拙い!皆待たせてる!」
 憂鬱と眠気を振り払うように頭を振って、帰り支度をと殿へ部室へと走る。

 部活は楽しかった。
 誰も私についてこれないなんて状況が起こらない、彼女が望み、それが叶う場所だったから。
 向かう彼女の表情は、授業では見せない満ち足りた物だった。


 夕刻。
 待ち人をしていたアレクシア・エンフィールド(ja3291)は、いつの間にか背にする樹木に寄って、微睡みの中。
 穏やかなその姿に、何処からかやって来た猫が一匹、静かに膝の上に乗る。
 その内に犬や小鳥までが集まり、彼女の周囲で静かに身を休めた。
 まるで御伽噺の森の姫の様に。

 いずれ眠りの淵より、彼女が待ち望む騎士が呼び起こしてくれる、その時まで。
 その寝姿は、相応の少女らしい愛らしさを湛えて。


「先生、ここは?」
 掛けられる声にはっと我に返る。いけない、今日は家庭教師に来ていたんだ。
 ぼんやりと考え事をしていたアニエス・ブランネージュ(ja8264)は、ごめんねと謝り教え子の質問に答えていく。
 大学部には門限が無い為、アルバイトも好きな予定を組み立てられる。
 彼女は、島外の一般家庭でのバイトを選んだ。かつての夢は、教師になる事。それは今も捨てていない。
 ただ、得意な理数系はともかく、国語や社会に関しては、生徒に教えられる事も間々あった。尤も、先生に教えられるというのは、子供の方のやる気にもなっているようだったけれど。
 考えていたのは、撃退士としての自身の事。段々と慣れて来たものの、それはよい事なのか、悪い事なのか分からない。
「ねぇ、先生は撃退士なんでしょ?」
「ええ、そうね」
「天魔を倒してくれる凄い人!私もなれるかなぁ?」
「え?う、うーん…どうだろ」
 子供達にとってボク達はそう映るのだろうか。少しだけ、面映い。
「何になるにしても、まずは勉強だろ?さ、次の問題を解いて」
「うん!」
 
●休日
 いつも茨城の浮島で過ごす日々。偶には私的な島外への外出も悪くない。
 そう考えたレイラ(ja0365)は、早めに起き出して本土に渡る事にした。向かうのは観光地として世界的にも評価された山。
 天狗やとある大師の話など、霊験ある話でも有名な場所だった。
「…ん〜、気持ちいいです」
 沢筋を通り、尾根へと向かうコース。頂上までは一般人でも一時間半もあれば到着できる。
 途中には滝もあり、瑞々しい生命力の溢れた山林が身も心も洗われるようだった。
 最近は自然浴効能の科学的根拠も実証されている。

 自然を満喫しながら歩き、山頂からの眺望を楽しんだ時間も、やがては終わりが訪れる。
 麓まで降り立った彼女は、いくつかある食事処の一つに立ち寄った。
「うん、これも楽しみだったのですよね♪」
 ぱちりと割り箸を割って、注文した手打ちそばに舌鼓を打つ。
 お腹を満たしたらお土産探し。饅頭やせんべい、漬物などがたくさんのお店に並んでいた。
「そろそろ、戻りの時間を考えないとですね」
 時計を見る。
 タイトではあったけれども、彼女は無事門限に間に合い、有意義な休日を過ごしたのだった。


 グラン(ja1111)は以前依頼で知った存在について、情報を集めていた。
 学園のデータベースへと当たる。手がかりは、あの時見せられたID。
 だが、開示されている部分はそう多くはなかった。

 はぐれ悪魔である『彼女』は、7年前から学園に協力している。
 主に夜に現れ、日が昇る前には姿を消す。故につけられた通称は『夜魔(ヤマ)』。
 世界の夜を渡り、海外での天魔関連の対処に動く事が多いと記録されていた。
「夜の案件、ですか。…限定的過ぎますね」
 しかも活動傾向の殆どが国外。これでは気楽に現地に飛ぶ訳にも行かない。
「手詰まり…ですか」
 その後も、一応教職員等に当たってみたが芳しい成果は上がらなかった。

「お土産も用意したのですが、無駄になりましたね」
 夜。寮への帰路を辿りながら溜息を吐く。そうして道半ばに来る頃――。
「――っ!」
 一瞬前まで何も感じなかった周囲に、濃密な殺気が満ちていた。焦点は自分。強烈過ぎて、発生源がどこか分からない。
「私を探っているというのは、坊やかな?」
 笑いを含んだ、恐ろしく冷ややかな声音が耳を打つ。それはあの夜聞いたのと同じ。
 だが、喉元に氷の刃を突きつけられた様な殺意は、ますます濃くなって彼の動きを封じていた。
「動かない方が懸命だ。痛いのは、嫌だろう?」
「そんな事をすれば…学園からも追われますよ」
 身動きは出来ずとも、口だけは動いた。冷や汗を流しながらも、グランは何処かにいる彼女との会話を試みる。
「殺さなければ大丈夫さ。…『彼』はいい顔をしないだろうがね」
(彼…?)
「それで坊や、何の為に私を探っていたのかな?」
 ここで選択を失すれば、ただでは済まないだろう。
「興味…好奇心ですよ。何の為と聞かれれば、自分の為と答えます」
「本心で?」
「偽り無く」
 ふふっ、と笑いの響きが伝わる。
「なら、一つだけ疑問に答えよう」
「…では一つ。貴女は何故学園に協力しているのですか?」
 暫く沈黙が続く。薄まらぬ殺気の中で、彼はじっと答を待った。
「契約…に近いかな」
「契約?」
「御伽噺にもあるだろう?悪魔は人と契約し、その意に従う」
 先に言った『彼』と結んだと言う事だろうか。
「相手の名は?」
「答えるのは一つだけ」
 含み笑いと共に、周囲の殺気が薄まっていく。
「そうそう、私は紅茶より珈琲が、珈琲よりトマトジュースが好きなんだ。これはサービス。またね、坊や」
 完全に気配が消え失せるのを確認して、膝から崩れ落ちる。背中が、嫌な汗でぐっしょりと湿っていた。
「…悪魔は、悪魔という事ですか」


 久遠ヶ原島を離れ、どれほどだろう。そこはある山中。
 降りしきる雨中、氷雨 静(ja4221)は氷像の如き凍りついた顔で佇む。
「ここで、お父さんとお母さんは死んだ」
 ポツリと呟く。
「私が――『殺した』」
 実際には、両親が当時三歳だった彼女を亡き者にしようとした二人を、生存本能から暴走したアウルが屠った。
 そんな子供が、親族に歓迎される訳も無く。盥回しの中で、愛を知らずに育った。
「どうして?」
 どうして両親は愛してくれなかったの?
 どうして私は二人を殺してしまったの?
 どうして誰も、私を愛してくれないの?
 どうして、どうして、どうして――。
 繰り返す問い、答えは返らない。涙も不思議と出なかった。
 でも悲しいと感じる心は消えない。

「さあ、帰ろう」
 暫く俯き佇んでいた彼女は、不意に顔を上げる。
 そこには哀しいほどに明るい笑顔が、張り付いていた。

●喫茶店
 放課後、加倉 一臣(ja5823)、小野友真(ja6901)はコーヒー喫茶『雨音』を訪れていた。
 一臣はマスターお勧めのカフェ・モカ、友真はホットケーキセットを頼む。
「俺、反省文大変やったんやけど、なんで一臣さんは書いてないん?」
 含む所のある笑顔で問う友真。
「ふ…オトナはずるいものなのだよ」
 とポーズを決めて言う一臣。前回の夜遊びの顛末などに会話の花を咲かせる。

 カロラン――。
「いらっしゃいませ」
 そんな時、新たに来店したのは近衛 薫(ja0242)。
 何処にかけようか見回した薫は、カウンターに居る友真を目にして声を上げる。
「あ」
 彼も薫に気づいて、間になんともいえない沈黙が下りた。
 最近同行した依頼で、二人は余り思い出したくない経験をさせられていたのだ。
「ど、どうも、小野さん。その節は…ええと、その」
「お互い…大変やったね…」
 二人して遠い目であらぬ何処かを見つめる。
 そんな光景を、一臣とマスターは顔を見合わせて苦笑するのだった。

「おあいそ」
「ありがとうございました、またお越しください」
 三人で幾許かの歓談の後、一臣と友真は店を後にする。
 見送った薫は、お勧めといわれた珈琲を口にしながらマスターの話を聞く。
「当店では大体中煎りから深煎りの豆を使っています。予め挽いて置くのもありますが、ご希望によってはこういったミルで挽き立てのものも提供できますよ」
 好きな珈琲の話であり、マスターは少し嬉しそうに語る。
「あの…なんでこの仕事を始めたんですか?」
 口にしてから立ち入った事だと気づくが、マスターは穏やかに笑う。
「元々珈琲が好きだったというのもありますが…昔出会った人の影響も少なからず」
「そう、ですか」
 薫は、今の自分の立ち位置に迷いがあった。
「…私は、好きで…こちらに転校したのではないので」
「では、人は?」
「え?」
「この学園で出会った人達は、嫌いですか?」
「……」
「初めて来店されたお客さんを、私はいきなり好きにも嫌いにもなりません。一見さんなら、それっきり。常連さんでも経過次第」
 静かに微笑むマスター。
「若い貴方には時間があります。何を決めるにしても」
 やがて会計を済ませ店を出ると、街に夕暮れが下りてきていた。

●訓練場・冥魔
「活動記録をつけてくれ、ってお達しがあってね」
 訓練場のバイトはいくつかあるが、鴉乃宮 歌音(ja0427)が受けたのはそれだった。
 撃退士の宣伝に使うという。

 いつもの白衣を纏い、まずは【冥魔】で写真や動画の撮影。
 過程で、訓練に来ていた下級生達の動きについて、淡々と指摘していった。
「なあ、あの人だれ?」「さあ…見た目小等部にしか見えないけど」「お前聞いて来いよ」
 ひそひそと、指摘を受けた学生達が交わす会話。と、彼の背後から一体の下級ディアボロが飛び掛る。
「あぶ――」
 そう警告しようとした瞬間、歌音の手に現れた二挺の拳銃が振り向きざまに天魔の両足を吹き飛ばし、地に這わせる。
 溜息と共に、脳天を打ち抜いて沈黙させたそれに目もくれず、彼はバイトの続ける。

 彼とは別の意味で近寄りがたい者も存在した。
 周囲を下級天魔に囲まれた状態で、牧野 穂鳥(ja2029)はささくれた気を振りまく。
 起動する魔術、空間を割り現れる鳳仙花は一瞬で果実へと変じ、彼女の指鳴りで弾け、周囲に針状の種子をばら撒く。
 まるで癇癪の爆発の様に。
(…苛立ってはいません、決して)
 ただ、ここに来る前にかかってきた一本の電話が不穏当なだけ。それだけ。
 生き残りから飛び退り、手の甲を一振るい。現れる彼岸花に息を吐けば、飛び散る毒気が天魔を蝕む。
 動きの鈍った相手に、動かなくなるまで雷撃を叩き込み、止めに生み出した火球で全てを焼き払う。
「厄介者は厄介者に。…そういう事でしょう」
 唇を噛み、憎々しげに吐き捨てた。
 今声をかけたら八つ当たりが飛んでくる。そう見切った歌音も、彼女にだけは声をかけなかった。

●訓練場・天
 こちらには、最近手に入れた魔具の試用に訪れた御暁 零斗(ja0548)。
「おら!」
 標的の天魔にパイルバンカーを叩きつけ、打ち込む。
(リーチが短い…威力は申し分ないんだが隙もでかい。振り回すよりも、突進気味に叩き込むに限るか…)
 右からくる次の天魔に、切り替えたシルバーレガースの回し蹴りを浴びせる。
(お、スパイクが出来た分踏ん張りが利くし、他にも役に立つちそうだ)
 更に続けざま、両手に顕現させるホワイトナイト・ツインエッジ。
 心待ちにしていた双剣でもあり、忍軍としては順手ではなく逆手で使いたくなる。機動力を活かす意味でも、よりらしくなるという物。
「そこの君、ちょっと動きが大雑把過ぎるぞ」
「ああ?」
 いきなりの声に振り向けば、丁度こちらへとバイトに来ていた歌音だった。初対面にも構わず、事細かに改善点を指摘する。
「…なんなんだお前?なんつーか、めんどくせぇな」
「そういう君も、中々無礼だ」
 性格的に馬が合うとは言い難い二人である。
「俺には俺の流儀があんだよ。余計なお世話だ」
「そうか、それは失礼した。長生きできないタイプだな」
「んだとぉ!?」
 激昂する零斗を意に介する事もなく、歌音は背を向ける。
 怒りはしたが的外れた指摘をされた訳でも無い為、零斗もまた舌打ちだけで引き下がった。
「…そういや、名前も聞いてねぇ。つーか、今の男か?女か?」

 結局、誰も名前を聞かなかった為、その内見た目から勝手に色々呼び名がついたとか。
 尤も、歌音にはどうでもいい事だった。

 夜間、ふらりと散歩がてらファーストフードの店に立ち寄る。見た目が幼い彼は、大概見回りの巡回部に一度は捕まるのだが。
「謝る必要はないよ。よくある事だしね」
 学生証を確認して、謝罪する彼らに鷹揚に頷くのも、最早慣れた事だった。

●慰会
 夜半、星杜 焔(ja5378)がバイトする鉄板ステーキ店で、彼のおごりで友真の慰め会が行われていた。
 依頼にて、ちょっとかなり深刻っぽく大切な物を失ったりトラウマったりした彼の為に設けられた席。――の筈だが。
「では。オトナの階段を一歩上った友真君に乾杯!」
『乾杯!』
 生ビールのジョッキ片手に笑顔で音頭を取る一臣。…いや、祝い事なの?
 焔は、鮮やかな手並みでお肉を焼き始め、芳しい肉の香りが室内に満ちる。
 パフォーマーのバイトをしているだけあり、調理具や調味料が魔法か手品のように宙を舞い、その間にも個々人の焼き方を訊きながら焼き分けるというのだから、大したものだ。
「はい、ミディアム。こっちはレアね。ウェルダンの人はこっちだよ」
 常の笑顔を浮かべ、彼の手で次々と焼かれていくお肉。
「絶望した人を慰めると、お肉が無料で食べれると聞いてっ」
 やって来たシエル(ja6560)なんかはしゅたっ!と手を上げ元気にぶっちゃけた。
「ゆーま先輩、よくわかんないですが、ごしゅーしょーさまですー」
 もぎゅもぎゅぱくぱく。
 友真の頭を適当になでた後は、些細な事は忘れてお肉を貪る。
「友真君(もぎゅもぎゅ)…あれはノーカンダから大丈夫だ(ひょい、ばくばく)…」
「そうそう、触手はノーカンだろ、ノーカン」
 頬一杯にお肉を詰め込んで、晩飯を確保する柊 夜鈴(ja1014)に続き、友真の左隣に居た一臣は頭を撫でてやる。
「おいしー!幸せ!あ、ユーマとフェリーナはお疲れ様な!」
 満面喜色の天使の笑顔でお肉を頬張るNicolas huit(ja2921)は、今夜はちょっと大人っぽくお洒落。
 慰めてはいるのだが、視線がお肉から片時も離れていない気がした。
「何かあれやけど、お肉も美味しいし、楽しいなー♪」
「ん、今日の主役は友真だ。たくさん食べろ〜。ほら、あ〜ん?」
「あーん♪」
 レインが箸で友真に食わせれば、友真もレインに返す。
 唯一、親身になって慰めるのはレイン・レワール(ja5355)。
「友真頑張った〜。偉い偉い」
「ステーキ♪ステーキ♪」
 友真の右隣では、先のメールで招待されたフェリーナが嬉しそうにお肉を頬張る。
「ていうか、フェリーナさん元気やね」
 彼女もまた、友真と似たような被害にあった一人。
「…落ち込んだ所で、もう取り返しがつきませんし。…暫くタコは見たくないです。服を溶かされるなんて…」
「同じく、俺もイカは…」
 青春の一ページに癒し難い傷跡を刻んだ二人、相憐れむ様に肩を抱き慰めあう。
 だがそこに躊躇無く止めを刺す人もいたりする。
「さあ!スペシャルメニューだよ!トラウマに打ち勝つんだ!」
 満面の笑顔で焔が二人の前に並べる、イカステーキ、そしてタコのアヒージョ。
「ふぇぇぇぇ!?」
 轟くフェリーナの絶叫、飛び上がった彼女は気を失って倒れる。
「言うたんです…俺はやだ、待って、て言うたんです…言うたんや…」
 部屋の隅に蹲り、頭を抱えてガタガタと震えだす友真。マジ泣き。
「あれ?」
「ちょっとほむほむ、やりすぎ〜」
「うーん、まずかったか」
 その後何とか我を取り戻した友真だが、フェリーナは気絶したまま。
「先…輩?……ま、いっか。ご馳走様でしたですっ」
 帰りがけに彼女を気遣ってつんつん突いてみたみシエルだが、目を覚ます様子はない。
 門限もある為、切りのいい時間で場を辞する事にした。

「明日は何しようかなーっ」
 喧騒続く店を背に、星空を見上げながら歩む帰路。
 楽しかった一日を思いながら帰宅する彼女を、星星は見下ろしていた。

●海
「二次会行こーぜー!」
 発端は友真のこの台詞。我も我もと同意した慰め会の面子は、バイトの焔を除いて夜の海岸へと繰り出す。
 因みにフェリーナは気絶継続中、一臣が背負ってきていた。
 途中コンビニで花火を買い、浜辺ではしゃぐ少年達。
 年長組は、その姿を微笑ましく眺める。
「でけぇ音するのは無しでな」
 飲み終えた缶ビールをナイフで切り開け、海水を入れて火消し用にしながら一服する一臣。
「よし、ここはレインを海に投げ込むべきだな(きりっ)」
「いきなり脈絡がなさ過ぎるよね〜、夜鈴?」
「皆も手伝うんだ!」
 群がる年少組に抵抗するレイン、だが三人がかりは少し分が悪い。結局海に投げ込まれてしまう。
 ずぶ濡れになって陸へ戻ってくる彼を笑う年少組だったが。
「皆一緒に濡れましょうね!」
「へっ?」
 ガッと最初に腕をつかまれたのは夜鈴。そのまま暗い海の彼方にぶん投げられる。
「うわー」
「なんでー!」
 Nicolasも友真も逃げる間もなく宙を飛び、次々に水飛沫の中に沈んでいった。
「何やってるんだか」
 堤防に寄りかかりながら、一臣はその光景に苦笑を漏らす。
 その隣足元では、寝かされたフェリーナが何かうなされていた。
「た…タコいやぁ…」

「おや、楽しそうだねぇ〜」
 店のバイトを終え、土方のバイトに向かう途中の焔が海岸沿いの道を通りかかる。
 はしゃぐ声を耳に通り過ぎ、現場に到着した彼は、作業服にタオル鉢巻で、せっせと補修工事に精を出すのだった。

 ピッ!ピィイイイーーーッ!
 夜の海岸に鳴り響く、鋭い呼子の音。
「こんな時間まで何をしている!学生証を見せなさい!」
「巡回だ!」
 花火から水遊びに切り替わっていた年少組に叫ぶ一臣。大学部の二人はともかく、年少組は捕まれば説教&反省文である。
 複数の駆ける足音が聞こえたのはその時だ。
「逃がすと思うか?包囲は既に完成しているっ!」
 海岸線にずらりと並ぶ巡回部の面々。ちょっと人数がおかしい位居た。全員女性だし。
「これは無理〜」
 少年達を連れて逃げようとしていたレインも、あっさり回り込まれて立ち往生。
「ほら、学生証を出しなさい。…君達、高校生ね。こっちのは大学生…あら、いい男の娘」
 ぽっと頬を染めてレインを見つめる女性。ずぶ濡れ姿の今の彼は、なんと言うか色気が半端でない。
「こほん。ともかく、そっちの子等は門限は勿論知ってるわよね〜?」
 取り囲む巡回部の女性陣。その時、Nicolasが涙目に震えながら進み出た。
「ぼ、ぼくは、時間通りに帰ろうっていったんだよ?ひっく…でも、カズオミが…あのお兄さんが無理矢理…ぐすっ」
 言って一臣を指差す。
 きゅんっ。
 今夜の巡回担当には、ショタコンのお姉様方が多いという不具合。
 泣き落とし&無実の人間にさらりと罪をなすりつけコンボの発動である。
「そ、そうそう、俺達、一臣に唆されて仕方なく…な、友真?」
「え…う、うん、そうなんや!嫌やって言うたのに…ぐすっ、無理に引き止められて…」
 効果ありと認めた二人も、躊躇い無く一臣を売る。
「そうだったの…酷い人が居たのね?大丈夫、お姉さん達が懲らしめてあげるから…」
「いや、お前らちょっと待て…?」
 引き攣った声を上げる一臣。いきなり冤罪で針のムシロ状態。
「貴方、その歳になって大人の責任感ってものがないの!?」
「そうよ!こんな可愛い子達に、規則を破らせるなんてっ!恥を知りなさい!!」
「ま、待った、待ってくれ!?そもそもここに来たのは、俺の意見じゃ…」
 懸命に弁明するのだが。
「フェリーナちゃん、ほら、起きて〜」
 その隣で、レインはフェリーナを起こしに掛かっていた。
「…う、うぅ…ここは?私は一体……」
 気がついて周りを見回すと、何やら剣呑な雰囲気。ここは優勢な方に乗るのが吉と起き抜けの彼女は判断する。
「わ、私は知らないんですっ、勝手に加倉さんに連れてこられて…!」
「おおぃっ!?」
「オミ〜、君はなんて事を」
「レイン、お前もか!?」
 古ローマのある独裁官の気持ちがちょっぴり分かった気分。そして一同を見回す。
「おまえら…ハメましたね?」
 彼の笑顔に、皆は明後日を向いて白を切る。
 四面楚歌、我に援軍無し。一臣はそのまま、事の主犯として引っ立てられていったと言う。
 もっとも、門限破りの事実は消えないので年少組も同様ではあるのだが。
「がんばって〜」
 一人難を逃れたレインは、にこやかに彼らを見送っていた。

●余談
「…こ、これなんすか、教授?」
 大学。受けていた抗議の教授に呼び出された一臣は、目の前に積まれた作文用紙の山に引き攣る。
「ああ、なんだかね、君にこれを書いて欲しいそうだ。巡回部の方から回ってきたよ」
 反省文一万二千文字×違反者四人分=四万八千文字。
「まぁ、不憫だとは思うがね、正式に処理が下りちゃってるからどうにもならん」
 ぽんっ、と彼の肩を叩き、部屋を出て行く教授。
「書き終わるまで、ここの仮眠室は好きに使って構わんよ」
「泊り込めと…?」
「ぐっどらっく」

 彼が自室に帰れたのが何日後なのか…定かではない。





依頼結果

依頼成功度:普通
MVP: −
重体: −
面白かった!:15人

BlackBurst・
エリス・K・マクミラン(ja0016)

大学部5年2組 女 阿修羅
野生の爪牙・
与那覇 アリサ(ja0057)

大学部4年277組 女 阿修羅
撃退士・
マキナ・ベルヴェルク(ja0067)

卒業 女 阿修羅
202号室のお嬢様・
レイラ(ja0365)

大学部5年135組 女 阿修羅
撃退士・
フューリ=ツヴァイル=ヴァラハ(ja0380)

大学部7年28組 女 アストラルヴァンガード
撃退士・
近衛 薫(ja0420)

大学部6年194組 女 ダアト
ドクタークロウ・
鴉乃宮 歌音(ja0427)

卒業 男 インフィルトレイター
創世の炎・
大炊御門 菫(ja0436)

卒業 女 ディバインナイト
疾風迅雷・
御暁 零斗(ja0548)

大学部5年279組 男 鬼道忍軍
秘密は僕の玩具・
九曜 昴(ja0586)

大学部4年131組 女 インフィルトレイター
幻の星と花に舞う・
柊 夜鈴(ja1014)

大学部5年270組 男 阿修羅
天つ彩風『探風』・
グラン(ja1111)

大学部7年175組 男 ダアト
喪色の沙羅双樹・
牧野 穂鳥(ja2029)

大学部4年145組 女 ダアト
愛すべからざる光・
神喰 朔桜(ja2099)

卒業 女 ダアト
お洒落Boy・
Nicolas huit(ja2921)

大学部5年136組 男 アストラルヴァンガード
不正の器・
アレクシア・エンフィールド(ja3291)

大学部4年290組 女 バハムートテイマー
世界でただ1人の貴方へ・
氷雨 静(ja4221)

大学部4年62組 女 ダアト
其れは楽しき日々・
鈴蘭(ja5235)

中等部1年2組 女 アカシックレコーダー:タイプA
懐かしい未来の夢を見た・
レイン・レワール(ja5355)

大学部9年314組 男 アストラルヴァンガード
思い繋ぎし翠光の焔・
星杜 焔(ja5378)

卒業 男 ディバインナイト
JOKER of JOKER・
加倉 一臣(ja5823)

卒業 男 インフィルトレイター
恋人何それおいしいの?・
シエル(ja6560)

大学部1年153組 女 鬼道忍軍
手に抱く銃は護る為・
フェリーナ・シーグラム(ja6845)

大学部6年163組 女 インフィルトレイター
真愛しきすべてをこの手に・
小野友真(ja6901)

卒業 男 インフィルトレイター
冷静なる識・
アニエス・ブランネージュ(ja8264)

大学部9年317組 女 インフィルトレイター