地を割き、土煙を立てて迫る破壊の衝撃。
犬乃 さんぽ(
ja1272)、革帯 暴食(
ja7850)は即座に反応し、全力で射線上から飛び退り、駆け出す。
「いきなり危ないじゃないか…それにボク達は、げきなんとかじゃないもん。
ちゃんとげき……うん、ゲキニンジャーだよ!」
金髪のポニーテールを靡かせながら天魔の側面に回りこむ犬乃。一見すると百歩譲ってもセーラー服の美少女にしか見えない彼。
訂正のつもりで放った台詞なのだろうが、認識的な意味で、彼も悪魔もあんまり差がない気がした。
どっちも『げき』しか合ってないし。
「悪魔……実に喰いてぇッ!」
そう言ってケラケラ笑う革帯は、名は体を現すとでもいうのか、両腕と必要最低限な部位を革ベルトで覆っただけの姿。
天魔と対するには、余りに軽装と見える。
一方で、大浦正義(
ja2956)の後ろに下がりかけた大神 直人(
ja2693)は、自身の感知力が背筋を走る悪寒を感じた瞬間、全力回避に切り替え、横っ飛びに転がった。
攻撃に対し、ツーハンデッドソードを地に突き立て、更にブロンズシールドを顕現させた楯清十郎(
ja2990)は完全防御の構えを取り、フェリシア・リンデンロート(
ja7423)も続いてアイアンシールドを顕現、橘 和美(
ja2868)を庇う様に立ち、彼女を支え橘も構える。
天野 声(
ja7513)は、得物である大鎌を振り被り、全身全霊で衝撃波に向けて振り下ろした。
「おいおい、マジかお前ら?!」
その光景に、悪魔は驚きの声を上げる。
わざと見え見えの大降りの攻撃を放ってやったってのに…。
「あ〜あ〜…折角の玩具が……」
顔を覆って天を見上げるのと、衝撃波が防御に構えた撃退士達を直撃するのは同時だった。
轟音、衝突の大気渦動が土煙を巻いて渦を為す。
その規模は、恐らく回避した者達の予想を遥かに上回っていただろう。
「げほっ、フェリシアさん、ありがとうっ。これで全力で…フェリシア、さん?」
土煙が晴れた後に現れるのは、自らの体から流れ落ちた血溜まりに横たわる、大浦、楯、リンデロート、天野の姿。
「大浦さん! 楯さん!」
「おい天野ちゃん、何寝てんだよ!」
総毛立つ感覚を覚え、二人の元へ駆け寄る大神。咆哮の様な声で叫ぶ革帯。
「フェリシアさん、しっかり!目を開けて!?」
彼女が流す鮮血に半身が濡れるのも構わず、抱き起こす。大きく揺すらぬ様気をつけて声を掛け続けると、リンデロートはかすかに瞼を震わせ、薄目を開けた。
「…けふっ、な、なに…が……うぶっ」
それだけ言うのがやっと。こぷりと、喉奥から血反吐を吐き出して咳き込んだ。
「何が、じゃねーよ、タコッ」
少女のうわ言の様な呟きを聞き取ったのか、呆れた顔で後ろ頭を掻きながら、斧槍に寄りかかる格好で冷めた視線で一同を見回す悪魔。
「テメェら、俺をディアボロやヴァニタス如き“人形遊び”の延長で計ってただろ?」
想定を超えた展開に、戦慄と共に悪魔を見つめる犬乃、大神、橘、革帯。
「…い、一撃…馬鹿、な、こんな…ゲホッ、げぇっ!?」
辛うじて意識を繋ぎ止め、身体を起こそうとする楯は、こみ上げてきた血反吐を盛大に大地に撒き散らし、蹲った。
「なんなんだかなぁ…。そっちの二人、天系だろ?
文字通りの馬鹿だな。俺らの攻撃喰らって、平然としてられるとでも思ってたのか?あ?」
ディバインナイトの二人は、確かにその場の誰よりも防御に秀でていた。
しかし、生粋の悪魔に対して、二人は余りにも“相性”が悪すぎた。
カオスレートは“双方の属性の差”がダイレクトにその威力へと反映されるのだから。
そして単純な防御力と威力の引き算で、大浦と天野は脆過ぎた。この二人に至っては、息はあったものの完全に意識が飛んでいる。
「つまらねぇ、全然つまらねぇぞ、コラ?」
――『まさか一撃で倒される訳がない』、『それほど力の差がある筈がない』――。
彼らがそう考えたのは、果たして何を根拠にした物だったのだろうか?
無知か、傲慢か、これまでの経験が自惚れとなっていたのか。
「もういい。お前らはここで潰す」
始めとは打って変わった冷たい意思と表情で、悪魔はそう宣告した。
●
初手に戦力の半数をほぼ無力化され、絶望的な戦力差。だが、諦めればそこで全てが終わる。
「だからって、はいそうですかってやられるボクらじゃない!」
気勢と共にロングニンジャソード、と彼が呼ぶツーハンデッドソード振り被り、一気に間合いを詰めて斬りかかる。
だが相手は彼の方を見る事もなく片手を上げ、身に着ける手甲で斬撃を受け止め、弾く。
「くっ!」
即座に下がる犬乃。逆方向から、今度は脚部にメタルレガースを纏う革帯が、全身に口の様な紋様を浮かび上がらせて飛び掛る!
「うちは全ての食材を愛してるッ!だから悪魔も愛してるッ!故に喰うッ!」
この場に至って戦力の温存に意味はない。アウルを全開に燃やし、繰り出す渾身の蹴撃は強かに悪魔の太股を捉えるが、まるで地に根を張る巨木の如く、相手は微動だにすらしなかった。
「ほう、ネエチャン、いい心掛けだ。俺も愛してるぜ、テメェら人間の魂って食い物をよッ!!」
脳天目掛けて振り下ろされる斧刃。
それを地に伏せるほど身を低くしてかわした彼女は、全力で右方に飛び退って笑う。
「その武器も美味そうだ……是非喰いてぇッ!」
「ハッ、そんなに喰いたいなら避けんじゃねぇよ、ネエチャン!」
追撃に踏み出す悪魔。掲げた斧槍が、飛来した天光篭る銃弾の一撃に弾かれる。
「悪いが、俺にも撃退士としての意地って奴があるんでね」
冷静に、一定の場に留まる事無く、常に移動しながら射撃する大神が立て続けに銃撃する。
「つぅ〜ッ、今のは痺れた」
それを下がって避けながら、得物から手を放して腕を振る悪魔。大神が思っていた以上に、恐らくダメージが出ている。
彼の悪魔自身の魔属としての性質が、光の一撃を大きく増大させてしまうからだ。
そして更に追撃が、下がった彼の後ろから襲い掛かる!
「天のシリウスよ、悪を滅したまえっ!」
「うをっ?!」
眩い白光を放つ大太刀が真っ向唐竹割りに振り下ろされる!
「天狼斬!」
黒いダマスカスの斧槍の柄が、直撃寸前に彼女の白刃を受け止める。ギチギチと鍔迫り合いを交わしながら、橘は悪魔に向けて無理矢理笑顔を作って、笑う。
「少しは楽しんで貰えそうかしら?
まさか後ろからの攻撃が卑怯だとかは言わないわよね?」
「ああ、言わねぇさぁ。クッカカッカッ!
意外だったが悪くねぇな。残りモンに、まともに戦えるのが混じってたかよ。少し楽しくなってきたぜ」
「それはよかった、わっ!」
牙を剥き出して笑う悪魔に、応じて唇を吊り上げる橘。互いに武器を弾きあい、間合いを開いた。
一方で、大打撃を負った楯とリンデロートは、気を失ったままの大浦と天野を、傷だらけの身体で引きずって戦場から離していた。
今の状態で、まかり間違って一撃でも喰らえば、今度こそ絶命しかねない。
「…苦戦しているの、直ちにこっちに向かって」
血塗れの手でスマートフォンを握り、学園救護班へ連絡を入れる。
可能な限り大声で、戦う皆にも聞こえるように。
その隣で、楯は治癒の魔法で自身の傷を少しずつ癒していた。
「もう少し…けほっ…すれば、私も戦え…ます。持ち堪えて…下さい…」
戦場で必死に戦う四人を、じりじりと焦燥に苛まれながら見守り続ける。
彼の唇が、己を、そして戦う仲間を鼓舞するかのように、久遠ヶ原の校歌を口ずさみ始める。
「皆、聞こえたわね? 援軍が来るまで持たせるわよっ!」
実際には、そんなものはなかった。
だが、戦いを楽しむタイプに見えた悪魔に対して、何かしら効果はあるかもしれない。
仲間の意図を察した彼らは、それに応じるように気勢を上げる。
「了解っ! っと、へへっ、こっちだよ!」
悪魔の斧槍が、犬乃が創り出した分身を切り裂く。その隙に一撃を当て下がるが、余り効いた様子は無い。
(なんて防御能力…ディアボロとかとは、次元が違うじゃないか…)
大剣の柄越しに伝わる手応えに眉を顰めながら、それでも諦める事無く攻撃を続ける。続けるしかないのだ。
「ええ、せいぜい足止めに努めるとしましょうか」
大神も頷きながら、相手の気をそらす様に不意をついた攻撃を加えていく。
内心では、圧倒的な強者と対峙する戦いを、楽しみ始めていた。
「いい加減、うちに喰われなぁッ!」
足払いを繰り出して、堪えられたと見るや、その脹脛に噛み付く革帯。頭を踏み砕かれそうになって、慌てて転がり避けた。
偶に隙をついて、悪魔の身体を舐めたりする彼女。食欲もここまで徹底すれば、天晴れと言うしかない。
だが。
「ワリィな、ネエチャン。もうちっと強くなってから出直してくれや」
頭を掴まれたと思った瞬間、大地と激しい接吻を交わしながらめり込む顔面。
土の味を噛み締めながら、革帯は意識を手放した。
(援軍、ねぇ)
目の前の人間達の会話は勿論、悪魔の彼にも聞こえている。
(つったって、どうせ来るのはこいつらと同レベルだろ? それほど楽しめるとも思えねぇなぁ……)
捌き、避け、時には受けながら、のんびりと思考を巡らす。
必死に戦う学生らと対照的に、彼にはまだ十分な余裕があった。そもそもが備える地力に圧倒的な差がある。
四対一でも特に問題にならないほどに。
「待つのもいいが、いい加減飽きてきたしな……」
ぼそりと呟く。
斧槍が、灼熱したように輝き始める。
「離れてください!」
受けた傷をいくらか癒し、戦線に復帰してきた楯が、遠目に見て叫ぶ。
同時にそれの発動を防ごうと、スクロールの光弾を放つ!
「させない!」
橘もまた、渾身のアウルを注ぎ込み天狼の一撃を振り下ろす!
「遅ぇッ! 噴き来たれ、赫灼の大地!」
「ッッ!! 九十一式エクソダス☆シャドー!」
犬乃が、咄嗟に術を起動させ掻き消える。入れ替わり、その場に煙と共に現れるロングコートを纏った犬のぬいぐるみ。
今や眩いばかりの緋色に輝く斧槍が、悪魔の足元、踏みしめる大地へ深々と突き立てられた。
悪魔が放つ膨大なアウルが、地の底からマグマを召喚する。
平地に突如として現れたそれは、小規模な火山の噴火の如く、戦場を膨大な音と熱と焔に染め上げた。
「…こんな……」
「無茶苦茶、ですね……」
「………」
変わり身によって辛うじて避けた犬乃が、光弾を放った楯が、マグマの熱と光を遮るように腕を掲げる大神が、その光景を見つめる。
狭い範囲ではあったが、先ほどまで戦闘していた一帯の大地は、赤く、気泡を上げながら煮え滾っていた。
まともに爆発を喰らった橘は、遥か遠方へと吹き飛ばされ、倒れ伏している。
最後の一撃が天の属性だった為、受けたダメージも甚大だった。
「まー、雑魚にしちゃ、テメェら根性見せたじゃねぇか」
灼熱の泉に、熱に焼かれる様子も無く平然と立つ悪魔がにぃっと笑う。
「特に、あのガキ。避けようともせず斬りかかって来やがったしな。カカッカッカカカッ!」
よほど彼女を気に入ったのか、大笑い。
彼の背中には、橘の最後の一撃の後がうっすらと焦げ痕を刻んでいた。
「それと、あの食い意地の張ったネエチャンも、趣味だけは気に入った」
くるりと背を向けて、今も煮え滾る焔の向こうへと歩みだす。
「そういう訳で楽しいかは微妙だが、憂さ晴らしにはなった。今回は見逃してヤッから、帰ってママにでも泣きつきな」
言い捨てて去ろうとする、その背中に。
「……今は負けましたが、いつか強くなって必ず貴方に勝ってみせます」
乾いた血が残る拳を握り締め、告げる楯。
見つめる視線の先には、赤熱する大地が残されているだけだった。
●
――数日後。
「……そうか。何にしろ、死者、再起不能者が出なかっただけでも、幸いと見なければなるまいよ」
今回の件を任された男性教諭は、報告に来た犬乃、楯、大神に背を向けて、深々と溜息をついた。
「残されていた村の住人も、その子供も無事。
お情けで帰して貰った形ではあるが、正真正銘の魔族相手にこれ以上の結果を望むのは傲慢。
学園としても想定が甘かった。寧ろ君達は、善戦したと言ってもいい位だ」
傷の深かった橘、大浦、リンデロート、天野、革帯は、現在医療班の総力を挙げて治療中だ。
「任務、ご苦労だった。帰って、心と身体を十分に休ませなさい。戦いは、まだ続くのだからね」
何も言葉を発せず、一礼して部屋を辞する三人。
「………」
暫く、ただ静かに窓の外を、新しい学園の風景を見つめる教師。
「無理もない……今の学生達は、八年前の大襲撃を…あの時の絶望を、知らんからな………」
ポツリと、そう呟いた。