深夜。
学園より要請を受けた撃退士達は、転移により近郊へと飛び、公園入口へと到着。
「協力者」より齎された情報より、学園側はある程度の敵性情報を纏め彼らに与えていた。
尤もディアボロは創造した悪魔によって能力に差異がある。配置なども現地で確認して臨機応変に対処を求められる。
彼らは出発前に確保した地形データを基に、合流は奥にある古教会と定め東西に班に分かれて索敵を開始。
●公園・西
「うー、ねむい。それに夜更かしはお肌の大敵だよ」
撃退士とは言え学生、普段は寝ている時間帯。下妻ユーカリ(
ja0593)は一つ欠伸をし、周囲に耳を済ませる。
しかし。
(でもっ!超絶イケてるヴァンパイアさんが出るって言うんなら話は別!
人と天魔、戦わなきゃならない運命にある二人だけど・・・・それでもっ)
いつの間にそういう設定なドラマティック。思考が真剣に明後日に向かって全力疾走中なり。
「・・・・何も見えないっ」
時折、樹木や建造物に駆け上って色々な場所で周囲を見回す。
天候は曇天、月も星もない夜は想像以上に闇が深い。ランタン程度では見通しきれない。
グラン(
ja1111)の双眼鏡も右に同じく。
だが闇の中で明かりをつけて歩くは、蛾を引寄せる外灯の如く。
探さずともあちらから出向いてくれる様だった。
前方から意外なほど俊敏な動きで迫る気配が一つ。
「へえ・・・・」
最初の標的を捉えた神喰 茜(
ja0200)の瞳が、楽しそうに細められる。
打刀の刃を凶殺の意思に濡らし、闇を切り取る光の中で妖しきオーラが尾を曳いて奔る。
澱み無く振りぬかれた切先は緋黒の斬線を虚空に刻み、すれ違う標的の首を撥ね飛ばす。
一拍遅れて噴出す鮮血が驟雨の如く彼女の周囲に降り注いだ。
しかし、回転しながら落ちてくる首が、彼女に喰らいつかんと中空で突如として軌道を変える。
「まだだ」
グランが発し、後方からスクロールの光弾がそれを撃ち砕く。
更に頭部を失った胴体は、ぎこちない動きで両腕の爪を鋭く伸ばし、近場の彼へと襲い掛かった。
「首を切り落としても簡単には死なないなんて、いいなぁ♪斬り応えがあるなぁ♪」
思わぬ獲物を前に、茜は唇に剣呑な弧を描き、駆ける。
班員から少し離れた位置にいた楯清十郎(
ja2990)は、襲撃を認め荷物からケミカルライトを取り出し、周囲へとばら撒こうとしていた。
その最中に別の一体の急襲を受ける。
「ちぃっ」
ケミカルは、内部の器を壊して二種の薬品を混ぜる事で発光する。つまり大量にばら撒こうとすれば、それだけ時間が掛かる。
咄嗟に顕現させるブロンズシールドに、ガチンとグールの牙が打ち付けた。
「こっちにも出たんだよ!」
音を頼りに駆けつけユーカリが苦無を放ち、受けたグールはよろめいて清十郎から離れる。
「助かります」
その隙にあるだけのライトをばら撒き終え、闇をささやかな光の領域が切り取る。
「怪談の季節にはまだ早いですよ」
スクロールの光弾は鮮やかな緑光に染まり、高速回転する円盤としてグールの手足を狙うが、切り落とすまでには至らない。
何故か。
彼らは闇の深さ影響を軽視していた。
基本、天魔の身体能力は一般人を遥かに凌駕する。種として鈍い類のグールでさえ、それは変わらない。
昼間ならともかく、超人域にある天魔と撃退士がその速度を遺憾なく発揮して戦闘する光景を想像して欲しい。
戦闘速度で激しくぶれるランタン、足元の一定領域しか照らし出さないケミカル。視界を確保する光量が、圧倒的に足りなかった。
対する天魔は、闇中の行動を想定して生み出された者。その為攻撃は当て辛く、深い傷となり難い。
ユーカリの攻撃で何とか天魔を縫いつけ、そこを清十郎が光弾で撃ち抜く事で段階的に動きを鈍らせ削っていく。
そして地力は撃退士側に分があった。
多少当て難くとも、負けるほどの相手ではない。
「あははははっ!」
閃く剣旋がグールの両腕を切り落とし、それをグランの光弾が砕く。
「ほらほら、まだ死なないよ♪死ねないよ♪」
ぞぶりと突き立てた刀身が、内から外へと天魔の肉体を切り裂く。
両脚を切り離した天魔を相手に、振り下ろし、撫で斬り、突き入れ、抉り出す。
刀越しに皮を裂き、肉を削ぎ、骨を断つ感触を茜は堪能した。
噴出す返り血に全身は濡れ、飛び散る臓器の肉片がこびりつくのも構わず細切れと刻む。
それはもう嬉しそうに。
「・・・・やれやれ」
後ろで見ていたグランは目を瞑って溜息をつき、片手で眼鏡の位置を直す。
「おーい、こっちもかたづ――うげっ!?」
「おつかれー♪」
「これは・・また・・」
血塗れの狂喜が、もう一体を片付けたユーカリと清十郎を迎える。
もし昼間なら、眼前にはさぞかし見事な光景を目にした筈だ。芝生と土に広がり往く血の池、最早部位が判然としない肉片が放射状に飛び散る様を。
夜の闇が幸いした。
青ざめ背を向けるユーカリの背中を、清十郎が擦る。
「あ、あっちにもいるー♪」
喜び勇んで駆け出す茜。残る一体が現れるも四対一。総じて多少の傷を負ったが問題になる程もなく、三体のグールは殲滅される。
「むぅ・・なんかただの作業になってきたー」
二つ目の血景色を公園に描き出した少女は、抵抗しない肉塊をつまらなそうに蹴り飛ばした。
●公園・東
「やぁれやれぃっと。厄介そうな相手だぁねぃ・・・・闇の帳が下りる先は逢魔が時・・ってかねぇ」
九十九(
ja1149)が鋭敏化させた視野に、闇の中を走る二体の影を捉える。
彼にとって、闇は障害となりえない。
「正面より11時と2時の方向からくるねぃ、気をつけるさぁ」
自身の強弓と呼ばれる長大な和弓を引き絞り、放つ。違えず捉えた右標的の胴を穿ち吹き飛ばす。
「闇夜を領域にするのは、そちらさんだけじゃないさぁねぇ」
淡々と、次の矢を番えた。
「心得ました」
地に現れた月の如く。煌きを纏いた妃宮 千早(
ja1526)が左方へ疾駆する。
闇に奔るツーハンデッドソードの軌跡は流美にして苛烈。血飛沫と共にグールの両脚が切り離され、ずり落ちた胴体が地に転がる。
それでも腕だけで這う様に動き回り、襲い掛かってくる姿。魂奪われて尚化け物と利用された人の形骸。
(哀れな・・・・)
天魔を見つめる冷ややかな瞳の奥、微かな憐憫を込めて彼女は大剣を振るった。
やや離れた場所で、六道 鈴音(
ja4192)が頭上に発現させる淡い光球が、周囲を十分に照らし出す。
「そこですねっ」
彼女は察知したグールと距離がある内に魔法書を開き、その手に生み出した雷球を放つ。
雷に焼かれ、彼女を目かげて突進する天魔は動きが鈍る。
「前座はサッサと退場してもらおうかな!」
後方へ下がって更に距離をとり、次に備えて構えた。
「まるっきりホラー映画だぜ!」
光の下に晒される、土気色をしたグールの姿。
側面から振り被られたハンドアックスが、蒼炎の如きオーラを纏いその左肩口を叩き斬った。
「死人は死人らしく大人しくしてなぁ!」
接敵するまで光纏を抑えていたマキナ(
ja7016)も、今や全開にして斧刃を振るい、天魔の手足を斬り飛ばす。
「おわっ」
倒れ込みながら噛み付いて来る頤をぎりぎりで避け、飛び退く。
「無駄な足掻きだ、大人しく土に返りな!」
地に伏せた頭部を彼の斧が叩き割る。割れた頭蓋から、脳漿と中身がぶちまけられた。
「グ・・、グロい・・・・」
トワイライトの照らす中、視界に捉えた鮮やかなその光景に。
頬を引き攣らせ、勝気な少女もちょっとだけ引いていた。
九十九の夜目のサポートと、鈴音の光明の魔法もあり、暗闇の影響を最小限に抑え戦う四人。
切り離されて尚、跳ねる様にして襲ってくる手足を雷が焼き、矢が縫いとめる。
行動を完全に封じた所で、前衛二人が切刻み、或いは叩き潰して完全に息の根を止めた。
「こちらは片付きましたね。西はどうでしょうか?」
白い肌と銀の髪を返り血に濡らし、千早が微笑む。
携帯で連絡を入れていた鈴音は、電源を切って振り向いた。
「向こうも三体でたみたい。情報では六体だったから、多分これで全部ですかねえ?」
隣に立っていたマキナは、どこからか匂って来るニンニクの匂いに顔を顰めていた。
「それじゃ、予定通りに向かうとしますかねぃ」
舞台は、古教会へ。
●夜の眷属
彼は闇の中で薄目を開く。
外に配していたグール達の気配が次々と消えていく。一瞬、今宵出逢った上位者の仕業かとも危惧したが、感じられる気配はない。
ふと、逃走を考える。知能を与えられた彼は、戦術的な物もいくつか持ち合わせていた。
この地に拘る必要はない。
しかし。
夜の食事を邪魔され空腹だった。欲求が、この場に留まり襲撃者達の血で喉を潤せと渇望する。
彼は己の存在を可能な限り薄め、待った。
「あらまあ」「ひゃっ、だ、大丈夫なの?」「こりゃまた凄いさぁ」「何やったんだ?」
合流一番、声をかけられたのは茜。
全身、血に染まりずぶ濡れといってもよい姿なのだから当然と言えば当然である。
「んー、別に怪我した訳じゃないよ?」
聞かれた当人は平然と答える。
「まあ、その事については後で」
清十郎の言葉に、ユーカリがこくこくと頷く。余り思い出したい光景でもなかった。
後ろでグランは我関せずと、教会を見上げる。
吸血鬼が潜むとすれば、残す所はここしか有り得まい。
(教会を塒にする吸血鬼ですか。中々に洒落が聞いていて興味深いですが、これも仕事です。さっさと片付けるとしましょう)
前衛が先に、後衛が後に教会の門を開く。
軋みを上げて外に開け放たれる扉の内側は、やはり濃い闇に覆われて。
(吸血鬼なんて超メジャー!! そんなのと戦える機会なんて、早々ないよね!!)
血気はやる鈴音と、グランが入口を潜ったその瞬間。
「皆、上さぁ!!」
闇を視線で探っていた九十九が、教会内正面に何も居ない事を悟り、声を上げる。
数人が阻霊符を発動させ、透過による地下からの可能性は低い。ならば尤も考えうるのは頭上。
「――っ!」
九十九に続き全員が見上げれば、まさしく、入口直上に逆さに立っていた吸血鬼が巨大な氷の槍を放つ。
狙われたのは鈴音。
「くぅうっ?!」
鉄槌の如く強襲する巨大な氷槍!
避けるタイミングを逸し、咄嗟に精神を集中、自身と周囲の霊力を結集させ白輝の紋様を、障壁となして受け止めた。
可能な限り無効化した余波が彼女の全身を叩く。
(な、なにこれ・・・・重っ)
想像以上の魔力に愕然とする。ダアトの彼女であればこそ受けきれた。他の者がこれに直撃されれば――。
「ちょっとこれ、洒落になりませんよ!? 皆さん、直撃は絶対に避けて!」
不意打ちを防がれた吸血鬼は、舌打ちと共に天井から身を翻し、軽やかに説法壇の上へと降り立つ。背にメシアの偶像を配して。
『クックックックッ・・・・』
陰々とした含み笑いが教会内に響く。囲みこむ前衛。グランは一旦室内の柱の影に身を潜め、持参した手鏡で相手を映す。
確りと姿は鏡に映った。天魔は所詮模倣の存在、伝承とは無縁である。
九十九と鈴音は二人で入口を塞ぐ様に陣取った。
先手は、背後からマキナのアウルを燃焼させた鋭い一撃!
「ちっ」
だが読まれていたのか、振り向きもせず右手から伸ばした氷の剣で逆手に受け止められた。
持参した十字架は、どうやら効果がないようだ。魅了魔法の情報もある為、胴体を視界に入れて飛び退く。
入れ替わり側面から振り下ろされる千早の大剣。だがこれもマントを浅く斬り裂いたに留まり、ひらりとかわされ説法壇を打砕く。
そこを対面から大きく振りぬかれた豪刃が、強かに天魔を捕らえた!
『グォッ』
「ひらひら避けるのもいいけど、こっちがお留守だよ♪」
寸前に氷の剣を形成し受け止めたものの、衝撃は彼の天魔を一時的に行動不能に陥らせる。
「今なら!」
体当たりする様に飛び掛る清十郎、押さえつけ、天魔の視力を奪おうと至近で光弾を撃ち込む。
しかし寸前でがくりと手応えを失い、彼の攻撃は床を焼いた。
霧状となって拘束から抜け出した天魔は、開いた扉から逃げ出そうと空を飛翔する。
「そうはさせん」「そいつは甘いさぁ」「逃がしませんっ」
光弾が、魔法力に変換された矢が、雷球がそれへと殺到し、天魔の擬態を解除させる。
『ウ、ヌ・・オノレ・・・・』
「蕩けるような眼差しに全てを委ねて見るのもありだけど・・・・仲間を傷つけるような恋はやっぱり違うよ!」
実体化した吸血鬼の視界をユーカリの術が塞ぐ。霧状となって纏わりつくそれは、一時的だが最大の懸念であった魅了を封じる切り札。
「辛いけど、これも私と貴方の運命だったのっ」
思考はやっぱり明後日の方向に向かっていた彼女。誰か突っ込んであげようよ。
「おいおい、逃げんじゃねーよ」
飛び掛るマキナの斧が今度こそ天魔を捕らえ、その右足を斬りおとす。
『ヌグッ、コ、コゾウ!』
反撃に繰り出された氷剣。まともに喰らのを覚悟したその時。
「そいつは当てさせないのさね」
飛来した強矢が、それを弾く。
「あぶね・・・・、助かったぜ!」
「下がって、マキナさん」
上から掛かる声。跳躍した千早の大剣が、吹き上がるアウルを纏い黒刃と為す。
「冥府の女神には、救いなど期待しないでくださいね。・・・・Persephone」
床ごと突き抜き、陥没させて天魔を縫い付ける大剣の刃から、黒き力が霧散していく。
もう一度霧化して抜け出そうとする吸血鬼。その目前に、笑みを湛えた緋黒の凶剣。
「楽しかったよ? バイバイ♪」
横一線に奔る切先。頭を失った首から、栓を抜いた様に吹き出す血泉が茜の膝までを真っ赤に染め上げた。
勿論、その後嬉々として、死に切らない天魔を細切れ肉片になるまで切刻んだのは言うまでもない。
「「うわぁわわわ・・・・」」
リアルタイムで広がる惨状に、ユーカリと鈴音が教会から逃げ出す。
「「・・・・・・」」
東回りだった四人は彼女の合流した時の姿を思い出し、全てを納得した。
「さようなら・・・・今回の眠りは、永遠ですよ」
外に出た千早は、一人そっと呟いた。
●
学園に連絡して事後処理を頼み、一同が公園を出た時。
何処からか何かが打ち合う、乾いた音が聞こえてきた。
「いやいや、派手に殺ったものだねぇ。中々見込みがありそうな諸君だ、うん」
振り向けば、恐ろしく冷たい美貌を備えた女性が一人、掌を打ち合わせていた。
「あんた何者だ」「貴女、だれ?」
マキナと鈴音が同意の問いを発する。
「ああ、そう構えないでくれたまえ。君らに情報を送ったのは、私なのだからね」
それでも警戒を解かない一同を見回して、苦笑する。
「ほら、この通り久遠ヶ原発行の身分証明書さ」
とIDカードを投げよこされる。
「チビの太珀ってのがいるだろう? あれと同類だよ」
夜を渡る悪魔は、そう言って微笑んだ。