●放課後の過ごし方
高等部3年教室。
購買で買ったおにぎりを片手に頬張るのは、『日本人なら米を食え』と平素から主張する鐘田将太郎(
ja0114)だ。
腹を満たした彼が次に向かうのは図書館。
中等部2年教室。
「・・ん・・」
樋渡・沙耶(
ja0770)は帰り支度を整え、教室を後にする。まずは自身が部長を勤める二つの部活へ。
部員や訪問者と挨拶を交わし、掃除を終わらせる。そして図書館へと足を運んだ。
心理学と天魔関係を納めてある書架から、将太郎は目的の書物を数冊選び出し席に着く。
眼鏡をかけ、二分野の書物を同時に開いて読み始める。心理学教授の父に影響された興味と、撃退士である自身が関わる天魔。
人が天魔と遭遇した時、どのような心理状態に陥るのかを脳内でシミュレート。
(民間人であればこう。では撃退士ならば何を思い考えるか)
想定できる状況は無限。時が経つのも忘れて没頭していく。
彼が座る机のすぐ脇を、眼鏡をかけたショートヘアの少女が通り過ぎた。
受付には貸し出しに訪れる生徒の姿。
「・・こちらの貸し出しを・・・・」
「はい、IDカードをお願いします」
数冊の本を抱き、その一人である沙耶は司書にカードを手渡す。一分程で手続きが終わって返されたそれを受け取り、再度部室へと向かう。
「そこのキミ、これからちょっと遊ばない?」
背中から掛かる軽薄な声。だが無視してすたすたと歩く。
「おい、ちょっと待てよ。――痛っ」
一見無口で大人しそうな彼女を与し易い相手だと侮ったか、無遠慮に肩を掴んできた。それを素早く払いのけ、振り返って相手を睨み据える。
眼鏡の奥から突き刺さる冷たい視線に怯み、軽そうな青年はぶつぶつ悪態をつき歩き去る。学園の者は極一部を除いて全て撃退士、一般的に力尽くでナンパとはいかない。
実力差や人数差がある場合、人目のある場所では、という注釈もありえるが。
部室に戻り、静かな空間で借りた本を読み耽る。内容は物理学。沙耶の夢は物理学者になる事。
その観点から天魔への興味も示し、いつか研究機関へ所属する為の経歴も兼ねて学園の門を叩いた。
視線も向けず傍らのカップを持ち上げ、コーヒーを啜り、休む事無く文字をなぞる。純粋で直向きに夢を追う姿があった。
「次のテストで成績が上がるように、頑張らないとね」
桜木 真里(
ja5827)、天音 みらい(
ja6376)、九重 棗(
ja6680)は勉強会を開いていた。
「一緒に頑張ろうね、みらい。今日はよろしくね。九重」
おだやかに言う真里。左耳に十字のピアス揺れる。
一方、みらいは「お兄様とのお勉強会、楽しみだ〜♪」と来ては見たものの。
(何で年下に教わらないといけないの・・・・)
他にも色々あって落ち込んでいたが、頑張る心算でここに来たのだと持ち直す。
(何で俺が教えんの?)
棗は棗で、どうして自分が年上二人に教える事になったのか分からない。ともかく教えるからにはみっちりやる心算ではあったが。
「覚えなきゃ赦さねぇぞ?」
始めは語学。これは特に問題もなく二人ともやる気を出して励んでいた。棗も大学入試の過去問題をこなす。
途中休憩に廊下に出た時、ナンパを一蹴している女生徒を見かけた。
だが理数系になった途端、目に見えて少女のやる気がなくなる。
すぱんっ。
「いたっ」
「この程度も出来ないでどうするよ?」
彼女のサボりを見抜き、黒い笑みで棗のハリセンが即座に飛ぶ。
「九重、俺なら構わないが、みらいにはもう少し優しく・・」
「そうだ〜!年上にはもう少し敬意を払え〜!」
「あんなぁ、勉強会で甘やかしてどうするよ?」
正論である。苦手を克服する為にやっているのだ。
「そっちは敬って欲しければ、俺より出来る様になってから言え」
「きーっ、数学なんて、無くなればいいんだ!!」
少女が癇癪を起こし、真里が慰める。
「少し休憩にしませんか?」
「たくっ、しょうがねぇな」
提案を受け入れ、紙パックのミルクティを啜る棗。目の前には何故かケーキがあった。
「・・なんで」
「店長にねだってきた〜♪」
すぱんっ。
「また叩いたっ」
「勉強会にケーキなんぞ持ってくんじゃねぇ」
「まあまあ。折角ですし、頂きましょうよ」
中々面白いトリオである。騒ぎすぎて司書に怒られたりするのも、お約束。
帰る途中、空腹を覚えた将太郎はコンビニに寄る。買うのは当然おにぎりで、ツナマヨ、鮭、梅と手に取り、序にポテチ一袋。
出る時に、悩んだ様子で入ってくる少年とすれ違った。
食堂で、夕飯にカツ丼大盛りを頼むアイアンストマック。買ったおにぎり食べた後である。更におかわり。
「よく食べるねぇ」
「ほめ言葉として受け取っておくよ」
本当によく食べる男であった。
(何か土産でも買っていくかなー?)
柊 夜鈴(
ja1014)は恋人がいる。
元々一部を除いて異性を苦手としていた彼が、想い人を得る過程はどのようだったのか。
その愛しい相手の住まいに向かう道すがら、考えていたのが先の事。商店街を歩きながら、店内外に視線を向ける。
途中で寄ったコンビニで、おにぎりを買い込んだ少年を見かける。
買った缶コーヒーのプルタブを缶を傾けながら。
「ん〜、お菓子がいいかな、花って言うのも捨てがたいけど・・ちょっとキザ過ぎるか?」
眼鏡に無表情で一見即決タイプにも見えるのだが、実は優柔不断なのだろうか。或いは、恋人に関してのみかは分からない。
結局、悩んで悩んでぐだぐだ歩いて気がつけば、いつも通り彼女の住居に到着。
「OK、俺は何も悩んでいなかったんだ、うん」
(さて、学校も終わりましたし、何をしようかな〜)
そう考えながら帰路につく風鳥 暦(
ja1672)は、途中でなんだか悩んでる少年とすれ違う。
どうせならいつもは出来ない事をと考える。
「あ、そうです!」
思いつき、収納から愛用の双剣『陰陽』を持ち出し道場へ駆け出した。
「久しぶりにやりますよ〜!」
魔具は現在、片手か両手の物ばかり。いずれ双剣型が出てきた時の為にも戦闘訓練をするのだ。
左右それぞれに剣を構え、仮想敵を設定。舞う様に手足が、刃が空を斬る。
武芸は時代の流れにおいて、民族の舞踊の中に取り込まれ伝えられる物がある。一心不乱に剣を振るう彼女の姿は、それらの舞姫に重なった。
「ふぅ〜、これくらいにしておきましょう!・・って、もうこんな時間ですか!?」
時も忘れて没頭していた為、我に返って過ぎ去った時間に大きな声を上げる。慌てて自室に戻るのだった。
「授業緒わりっと! よーし、行くぜ!」
元気よく小等部棟を飛び出した七瀬 晃(
ja2627)は寮の自室へ戻り、動き易い私服へと着替える。
趣味であり部活動でもあるインラインスケートを履き、久遠ヶ原を一周するロードワークへ繰り出す。
広大な学園は彼にとって絶好の遊び場だ。道行きがてら顔見知りを見つけると手を振り、挨拶を交わす。
途中で帰宅途中だろう、元気に駆けて行く少女と一瞬すれ違ったり。
「お、新作が出てる。・・・・うーん、まだベアリングの交換はいいよなあ・・」
ふと立ち寄ったスポーツショップでショーウィンドウを覗き、パーツやスケートボードを眺めたり。
調子よく滑り続けたが、今も敷地が広がり続ける久遠ヶ原学園。門限までの時間を考えると、流石に放課後だけでは足りなかった。
「しゃーねぇ、今度の休みにリベンジだな!」
拳を掌に打ち付け、来た道を戻る事にした。
寮に戻って夕食をとり、入浴を済ませて今日出された宿題に取り組む。
「くうっ、わかんねぇ」
何とかやっつけ、残りの時間をTVや漫画を読んで過ごす。やがて消灯時間になり、寮監が見回りの点呼にやってくる。
返事をしつつベッドに入り、心地よい眠りの淵へと沈んでいった。
「はぁぁ・・・・!」
夕暮れ時、とある神社の周りにある森から気合の声が響き渡った。一人の筋骨逞しい少年が木々の間を駆け抜け、飛び回りる。
古武術『中津荒神流』の伝承者、中津 謳華(
ja4212)だ。
そこには巻き藁や吊り丸太が配され、小さな修行場になっていた。
「はっ! はあぁっ!」
『牙(彼の流派で膝)』で薪割りの傍ら、同時に木々に釣らした木板も打ち抜いていく。
寸暇も無駄には出来ないと、修練と同時にこなしていた。
薪は世話になったこの神社の物。かつて風雨を凌ぐ軒先を彼に貸し与え、家族と呼んでくれた巫女へのせめてもの礼だった。
「ふう。これ位なら当分足りるか」
場を片付けて石階段を下りる。丁度下り切った所で、前の道路をインラインスケートで駆け抜けていく少年の姿。
自身とは無縁だった子供らしい闊達な姿を見送り、僅かに頬を緩める。
「・・さて、帰って皆の饅頭も作らんとな」
武の修練の終えた後は、食の修練へ。
「ふぅ・・・・何とか今日も終わりましたね」
今日は配達のバイトも無い、購買を覗いたら射撃訓練場に行こう。フェリーナ・シーグラム(
ja6845)は、行動予定を立てながら廊下を歩く。
そして到着した購買で売り切れが並ぶ棚を見て肩を落とした。
「パン争奪戦は、何処も同じ・・ですか」
売れ残りの不人気パンを仕方なく購入し、V兵器と愛銃XM8を持って射撃場へと向かった。
先客に軽く挨拶し、空いた場所を確保。耳当てをつけ構える。
「・・もっと、強くならないと」
引金を引きながら脳裏に浮かぶのは、祖国や失った故郷、肉親の記憶。強さへの渇望を胸に、彼女は訓練を続けた。
「ま、待ってくださいー!」
熱中しすぎた為、門限ぎりぎりに寮門へ滑り込む。苦笑する寮監に頭を下げて自室へと戻った。
後はいつもの様に夕食をとり、予習を済ませてから入浴、消灯時間の点呼に答えて就寝するのだった。
●休日の過ごし方
天気は折りよく快晴、気持ちのよい春の陽光が降り注ぐ。
九十九(
ja1149)はパオに身を包み、相棒と頼む三毛猫と島内を彷徨う・・と言うより迷子になっていた。
いつもの事で本人(達)も今更気にしていないのだが。
迷っている途上で、壁を駆け上がっていく忍軍らしい青年を見かけたりした。
何とか、学園の裏山に辿り着く彼と相棒。海と学園を一望できる絶景の場所だ。
「いい風だねぃ・・・・」
相棒を隣に腰をおろし、愛用の二胡を取り出し音を確かめ。
「・・さぁて、今日も弾きますかねぃ・・・・」
二本の弦の間を弓が滑る。
〜道を田返し友の笑顔〜遠き故郷、師父への愁い〜伝えたい、大切な想い人への愛〜
言葉にはせず、ただ楽の音に乗せて。この一時を二胡の演奏に傾けた。
「今日の演奏はどうだったさね?」
弾き終わり、傍らの相棒に語りかける。
『みぃ〜あ、みぁ〜お――』
「・・悪くないけど?・・・・なるほど・・相変わらず、お前さんは手厳しいねぃ」
彼を見上げて鳴く三毛猫。それに苦笑を返した。
(今日は予定もありませんし、さてどうしましょうか)
腕組み、筑波 やませ(
ja2455)は考える。
「ふむ、自主訓練と言う手もありますが・・・・少し歩きながら考えますか」
特に予定も決めてない為、とりあえず学園内を散策。ただの歩き回るでなく、忍軍の技を用いて修練も兼ねた
彼は風の当たる場所が好きなので、自然そういう場所に足を向ける。
「まずは軽く行きますか」
何やら校舎の壁に足をかけたと思うや否や、垂直に駆け上がっていく。常人なら、その光景に目を丸くして驚く所だが。
「・・ああ、忍軍だねぃ」
ここは久遠ヶ原。きっと何処でも見かける光景なのだ。多分。
歩く時は一切の足音を消し、海辺の道で海風の香りを楽しみ。かと思えば山へと向かい、木々を薙ぐ風に身を晒す。
何処からか弦楽器らしき音色が聞こえてきたので、暫く耳を傾けた。
「ん〜・・どれもしっくりきませんね。まあ、気長に探しましょう」
散策ついでに趣味に出来そうな事を探していたが、ピンとくるものが見つからない。自己が希薄な為、こういう事について捗捗しくいかないのが常なのだった。
朝。
住まう男子寮の内の一室で、鳥咲水鳥(
ja3544)は部活の部長から貰った十姉妹に餌をやっていた。
「・・・・ん、おはよう。シャイン」
甘える様に囀りを返す小鳥に微笑を浮かべ、ぐっと背伸びをする。
「んー、さてと。今日は遊びにでも出かけるかな・・」
昼になって訪れたのはプール施設。
この時期は温水プールに人が集まり、冷水プールの方には人が居ない。入念な準備体操をして、飛び込み何往復か泳ぐ。
体が軽く疲れる位で切り上げ、プールサイドにあるチェアに腰を下ろす。
「・・・・人が居ないと、気にせず泳げるから良いな」
息を整えながら、そっと背中の傷に触れる。偶に安全確認に来る監視員以外、人目と言う物がない。
コンプレックスでもある背中を隠さずに済むのは、気が楽だった。
泳いだ後の心地よい疲労に包まれながら、街中を歩く。普段はつけっぱなしのイヤホンも、今は外していた。
通り過ぎようとした店先で、学生達の会話が耳に入る。どうやらアクセサリーショップらしかった。
「ん、アイツに何かプレゼントするか・・・・。あんまり高い物は買えないけどな」
呟いて入っていく彼の後ろを、足音も立てずに歩く青年が過ぎ行く。
店員に話を聞き、自身でも確かめペアで買ったネックレス。これを渡したらどんな反応をするだろうか。
そんな事を考えながら、足を速めた。
公園で、柔らかな日差しに日向ぼっこ。
滅炎 雷(
ja4615)は頭に赤い目の黒猫を乗せ、のんびりと休日を過ごす。
近所の猫や犬などが訪れるのを見つけてじゃれあい、遊びに来た子供達にせがまれ一緒に遊ぶ。
平凡で、だけど大切な時間。
「今日はどんな面白いジュースがあるかな?」
よく変わったドリンクを並べている自販機の前に立つ。
「・・ドリアン風味白玉あんみつ汁粉・・ってこれどんな味なんだろ。想像できないや」
首を傾げつつ、迷わずチョイス。ベンチに戻って一口飲む。
味はご想像にお任せしました。
気がつけば夕方に。なんだか一時記憶が飛んでた様な気もするけれど。
「明日もこんな楽しい日が続くと良いな」
寮への帰り、口元を微かに綻ばせながら歩く。
『みぃあ♪』
頭に乗せた黒猫が、同意するように一声鳴いた。
道すがら、小さな買い物袋を提げた少年とすれ違った。
「む〜、コーヒーってどう淹れたらいいのでしょう?」
従姉妹に言われ、霧咲 日陽(
ja6723)は休日を使ってコーヒーや料理の練習をする。
「えーっと、豆をドリップ・・どりっぷってこう?」
『美味しいコーヒーの淹れ方』と言う本を参考に頑張るが、ごぼごぼ沸騰する正体不明のドロドロ液。
どうしてそうなった。
「バナナも入れてみましょう。あ、でも甘すぎるかもだから七味も入れて」
料理も本を片手に作るのだが料理下手の鉄板行動と言うべきか、目に付いた調味料や食材を思いつきで放り込む。
「・・あれ、塩の方がいいのかな? 塩も入れて・・・・」
そして加熱に使うのは火炎放射器・・?
ゴォオオオ――!
「・・・・澱んだ色の、シチュー?」
かくり。可愛らしく小首を傾げても、目の前の異臭を放つダークマターは答えない。
「ま、いっか♪」
出来た料理を食べて貰おうと上機嫌でメールを送り、知り合いを食事に誘う。
知り合いの無事を祈るしかなかった。
●喫茶店での過ごし方
放課後。
Rehni Nam(
ja5283)と紫ノ宮 莉音(
ja6473)は待ち合わせ、コーヒー喫茶『雨音』を訪れる。
「二人だと、デートみたいね♪」
一瞬女の子と見違えそうな彼が他意無く発した言葉に、彼女はボッと頬を赤らめた。
テーブル席で隣に座る彼女を切れ長の瞳で見つめて。
「お姉ちゃんには内緒よ」
すかさず耳打ち。囁かれた少女が、掛かる吐息にびくりと肩を震わせる。
彼女の憧れのお姉ちゃんは、時々悪さをする男の子に斧を振り回したりしていた。
ちょっと怖いので、先手を打っておくのである。
(ふ、普段は私がからかう側なのに・・・・なのです)
普段は無気力系少女も、こういう風に二人っきりの時は勝手が違う様子。誤魔化す様にメニューと睨めっこする少女。
「レフニーさん、どれ食べるー?」
注文を取りに来たマスターに、彼はカフェオレとシフォンケーキ。
「私はショートケーキと、コーヒーを頼むのです」
「お砂糖とミルクは、どうされますか?」
「あ、ブラックでお願いするのです」
「承りました。本日は可愛らしいカップルへのサービスデーとなっております」
にっこりと笑って半額のチェックを入れてみせる。照れる二人を残してカウンターへと戻るマスター。
暫く歓談していると、注文の品がトレイに乗せられ運ばれてきた。
「では、どうぞごゆっくり」
彼は彼女のケーキを見て歓声を上げる。
「わー、可愛い!ねー、半分こして♪」
その言葉で、お互いのケーキを半分ずつ分け合う事にした。
「リオン君のケーキも美味しいのです♪」
フォークを片手に、ふんわり甘いケーキに舌鼓を打つ。
「あ、莉音ってよんでくれた」
普段とは違う呼び方に気づく。
「で、デートなら、相手は恋人でしょう? なら、名前で呼ぶのが普通だと思うのですよ・・・・」
今日だけは、特別な呼び方をしたかった。彼女の想いを知ってか知らずか、彼は思い切り照れ笑いを浮かべた。
楽しい時間は瞬く間に過ぎ、会計を済ませに。割り勘しようとする彼女に、彼は二人分を払うと告げる。
「今日だけいいでしょ? デートなのよ♪」
「にゃう・・そんなこと言われたら、奢って貰うしかないのですよ・・・・」
仲良く店を後にする二人を、マスターは微笑んで見送っていた。
暫く二人で歩いて、やがて互いの寮へ別れる道。
「さんざんからかったお返しなのです」
不意に彼女が言ったかと思うと、彼の頬に唇をサッと押し当てる。
「――っ!?」
驚く彼が身を離した彼女を見つめると、真っ赤になった顔と出会う。
「じゃ、じゃあ、またなのですよ、リオン君!」
慌てて身を翻し、パタパタとかけていく背に。
「またねー♪」
彼は投げキスを返して見送った。
帰宅後、手料理を巨大な弁当箱に詰め、幼い妹を連れて外に出る。
エミーリア・ヴァルツァー(
ja6869)は、その足で喫茶『雨音』を訪れた。
「いらっしゃいませ」
入れ違いに、仲睦まじい二人の学生が店を出て行く所だった。
「義弟が、こちらの喫茶店が好きだと言っていたものですから」
「そうですか、嬉しいお言葉ですね」
カウンターに座り、妹はマスターが用意した児童用の椅子に座らせる。紅茶のカップを傾ける横で、ケーキと格闘する妹を微笑ましく見つめた。
「もうすぐ日本は、雨の時期ですのね・・・・」
「ええ。お客さんは減ってしまいますが・・私は、好きなんですよね」
ゆっくりと流れる静かな時間。不思議と、心の箍が緩くなりそうな雰囲気に戸惑う。
クリーム塗れになった妹の世話を焼きながら、呟いていた。
「あの子、天魔との戦いに一生懸命なのですわ・・・・私も撃退士、戦う事に否やはありません」
溜息を吐く。
「・・・・それでも心配ですの。でも心配を押し付けたくはありませんの。
出来る事は、共に戦う時は助け合う事、平時はその身が健やかである様支える事」
義弟の為に作ってきたお弁当箱に触れ、僅かに嬉しげな笑顔を浮かべる。
「あの子、食べる事が好きですから」
「そうですか・・、優しい義姉さんがいて、義弟さんは幸せですね」
彼女の笑顔に微笑を返し、マスターが小さな紙袋を手渡す。
「こちらはサービスとなっております。義弟さんに差し上げてください」
袋一杯に入ったクッキー。謝辞を述べて受け取った彼女は妹を連れ、義弟の元へと急ぐのだった。
●夜の街の過ごし方
昼間、講義をサボって悪巧みの準備に精を出す大人が一人。
加倉 一臣(
ja5823)は夜間の巡回部ついて、さりげなく聞き込んでいた。
直接的に聞く訳にも行かず大雑把な情報ばかりだが、集まらないよりマシかと整理する。
放課後、加倉はギィネシアヌ(
ja5565)、松下 忍(
ja5823)、小野友真(
ja6901)と合流。
「さて、も出かけるか!」
「今日は宜しくお願いしまっす!」
「便利屋休んで羽伸ばしだなぁ、カカッ」
「たまにはハメを外すのも悪くはねぇな・・」
四人で買い食い遊びまわりつつ、実は移動・逃走経路の下調べでもあった。最中、友真は皆をお勧めのたこ焼き屋へと案内する。
「外はカリッと、中はフワッと、旨いんやでー♪」
「偶にやぁこんなんもよいなぁ」
「ギィちゃん、熱いから気をつけてな」
「分かってるんだぜ!」
賑やかな年少組二人を気遣いつつ、年長組も焼きたてのたこ焼きに舌鼓を打つ。
「さっすが友真のお勧め、こりゃ旨いわ」
「へへーっ」
「お、ウメェじゃねぇかぁ、ナイスだ友真ぁ」
蓮っ葉な言葉だが満面の笑みで友真の頭を撫でぐりまわす忍。
「ちょ、髪がぐちゃぐちゃになるやんかー」
「カカカッ」
彼女はこうやって年下を可愛がるのが好きなのだ。
夜、門限前に一度戻った年少組。男子と女子の寮は別棟の為、一臣と忍が別れて迎えに行った。
裏口は普通の鍵だったので開錠できたが、電子ロックであればアウトだったろう。寮周りの見回りを何とか回避し合流、夜の街へと繰り出していく。
だが一つだけ致命的な事を忘れているのだが、今は語るまい。
今夜のギィネシアヌは、ちょいとお洒落にゴスロリを身に纏う。滅多に出来ない夜遊びに少し興奮しているのか、僅かに頬を上気させている。
友真は一臣からカーディガンやアクセサリー、香水を借りて、ちょっと大人っぽく装う。
「お、孫にも衣装たぁ、この事かねぇ」
「うん、似合ってるね、二人とも」
年少組を悪い大人も誉めそやす。
「ありがとうございます!」
「お、お世辞なんていらないんだぜっ」
素直な少年と強がる少女、対比的な反応を見せた。
「さて、ここからが本番だ。昼間の下見を無駄にしないように」
巡回部の行動を完全に読めている訳ではない。四人は慎重に夜の街を駆け、時に路地に身を潜めてやり過ごす。
「まじぃな、ちょいとそっちに隠れるぜぇ」
ホストクラブの前に来た時、前後から来るそれっぽい連中に気づいた忍が路地を示す。
丁度店の通用口から出てきた銀髪のホストとすれ違い、路地へと駆け込んだ。
「おい、確かにこっちなのか」
「あの男の話じゃ、見かけたらしいが」
奥に隠れた四人の元に、近づいてくる複数の足音。このままただ隠れていては見つかるだろう。
「一芝居打つか、忍ちゃん」
「あぁ? しゃあねぇかぁ」
薄暗い路地を電灯が照らす。光の輪の中に浮かぶ、人の影。
「おいおい、無粋だろ?」
「なんだよぉ、いい雰囲気だったのにぃ」
抱き合い重なる影は、勿論一臣と忍だ。
「こっちに中学生位のが二人、入ってこなかったか?」
「ん〜、俺は見てねぇなぁ。オミーはぁ?」
「俺も忍ちゃんしか見てなかったし、気づかなかったよ」
「そうか・・。手前の逸れた路地に入ったかな。まあいい、邪魔をしてすまなかったな」
気配が完全に遠ざかるまで抱き合っていた二人は、ようやっと息を吐いて身を離した。
「ふぅー、どきどきしたでー」
「何だ、ゆーま君、だらしないんだぜ」
そういうギィネシアヌも、かなり緊張して固まっていたのだが。
「もう少しで着くさ、慎重に行こう」
「しっかし、なんでぇこっちに来たのがばれたんだろなぁ」
何とか人混みに紛れ年長組の知り合いのバーに辿り着く。店に入ってしまえば見つかる事もないだろう。
「たまには羽目を外して夜遊びもよかろ」
「未成年はジュースで我慢しろよぉ? 酒は成人になってからだぁ」
ニッシシと笑う忍。流石に未成年に酒を飲ます訳には行かないと、そこは二人とも弁える。少女はミルクを、少年はジュースを頼み、大人二人はその特権を行使した。
普段は来る事が出来ないこういった店に、年少組は瞳を輝かせてあちこち眺める。
「フフフ、雰囲気だけでも酔ってしまいそうだぜ」
「わかる、そんな感じやな」
好奇心でお酒の種類を聞いていた少女は、ノンアルコールのカクテルに気づいた。
「なあなあオミ先輩、一杯だけ、一杯だけお願いだぜ!」
「うーん・・どうする、忍ちゃん?」
「まぁにゃぁ、ノンならいいんじゃねぇのぉ〜にゃははははっ」
「あ、ダメや先輩、忍さんもう出来上がっとる」
けたけたと笑う忍の姿に、三人揃って苦笑する。本人はとても幸せそうだったが。笑い上戸らしい。
「仕方ない、一杯だけな」
「お、やったぜ!」
この場の払いは全て一臣持ち、遠慮なく年少組は高い方を注文しておく。
「お前ら・・」
帰りは酔いつぶれた忍を一臣が背負い、少しスニーキングの難易度が上がり、年少組は危うく捕まり掛けた。
「忍さん、幸せそうな顔してんなぁ」
一臣の背中に背負われて、にへっと笑顔で眠る忍。昼間のお返しにと友真は頭を撫でてみる。
「じゃ、この辺で別れようか。二人とも気をつけて帰れよ」
「・・楽しかったぜ、うん。オミ先輩、送り狼になるなよー!」
「ありがとうございました♪ 先輩らも気をつけて」
年少組を見送り、一臣は背の忍をしっかりと抱えなおす。
「さて、酔っ払いお嬢を送り届けてきますか」
「むゅふふ・・ふにゃ」
それぞれ寮に戻った年少組も、鍵をこっそり開けて窓から自室に滑り込む。
今夜の事を思い返し少女は微笑みを浮かべ、少年は満足気に、やがて夢の世界へと。
日谷 月彦(
ja5877)は、昼の暇時には必ず一人カラオケに行っていた。
夕方になると部活に顔を出し、ダンベル等で鍛錬をしたり、シェイクスピア全集を読む。
そして夜になれば、ホストクラブにバイトをしにいく。ある意味マイペースな男だ。
「不不・・この綺麗な指を一本ずつへし折ったら、どんな声で泣いてくれるかな?」
「あぁ、なら折ってみて・・・・」
不気味な笑いでの接客が何故か名物の様に人気があり、罵られに来る指名客も多いと言う不思議。
女性と言うのもよく分からない。だが所詮は言葉遊びの世界、店を出てしまえば夢幻。
「ねぇ・・今度はお店の外で会わない?」
「む、いや、すまない。それは・・」
と言う風に迫られると、途端に焦る姿が可愛いのも一因だろうか。適当に罵りつつ、どんどん酒を薦める。相手を酔い潰した所で息抜きに裏路地へとでた。
「ん?」
その目の前を、四人の男女が走り抜けていく。通りには巡回部らしき人影が丁度来る所。
「不不不・・なるほど。おい、そこの」
四人組であるのは伏せて、未成年二人を見かけた事をちくっておく。
「ま、夜遊びにスリルは必須だろう?」
肩を竦めて、再び店のバイトへと戻るドSな彼だった。
●桜の下での過ごし方
雪平 暦(
ja7064)には、一つの計画があった。
(今夜、私は監視の目をかいくぐって、お花見にいくよー!)
何故今夜なのかは分からない。世界が彼女に囁いたのかもしれない。昼の内に変装衣装、ロープ、ブルーシートを購入、下見まで済ませておく。
「おー?」
その途中、桜の木の下で中学生が一人寝ているのを見かけた。
寮に戻ってお弁当作り。既に変装は終え、作業員なツナギと帽子、厚底の靴を装着。
後はロープを窓から垂らして準備は完了!
門限の21時。堂々と正門から出て行こうとした所で、寮監さんに呼び止められる。
「スプリンクラーの点検に来てましたー」
「今はその時期じゃない筈ですが。いつも一斉点検でしょう?」
「・・・・」
思いっきり怪しまれた。慌てて誤魔化す言葉を捜す。
「いやに声が若いですね?・・ちょっと帽子を取ってみましょうか」
にっこり笑って迫ってくる寮監さん。あえなく私は御用となった。
「だがしかーし、ここで諦めてなるものかー!」
こってりお説教を喰らったけど、まだ手はある。窓のロープは見つかっていなかった。こっそりそこから下り、見回りを警戒しつ壁を乗り越える。
脱出は成功した、次は目的を果たすのみ!
ザァアアア――・・・・
「うわぁ〜♪」
見事な夜桜だった。シートを敷いて、早速お弁当を広げてお花見としゃれ込む。
料理をつつきながら、のんびりとした時間を過ごす。まだ少し肌寒いけれど、澄んだ夜気に舞う薄桃色の花弁がとても綺麗で。
「・・うん、チャレンジしてよかったんだよ」
たっぷりと桜を堪能して寮に戻ると。ロープの下に寮監さんが待ってた。
普段通り、鬼無里 鴉鳥(
ja7179)は授業を適当に聞き流した。
放課後。
花見会場にふらりと足を伸ばす。平日だからか人が少ない。無人の野を行くが如く、桜一面の世界を歩む。
目指す先には、世界の中央に聳えるかのような桜の大樹があった。
独り、それに背を預け座す。目を閉じれば、葉擦れの音が耳に囁く。喧騒は遠く、日常は剥離する。
「・・・・花を愛でるも良いが、、真に愉しむはこうでなくては、な・・」
はらはらと、夢の欠片の如く舞い落ちる花弁。それを細目に眺めて。ただ静かに眺めて十分。それが風流なのだと――。
いつの間に寝入った少女を、ちらりと見かけて学生が一人通り過ぎる。
「・・む・・いかん。つい転寝が過ぎてしまったか」
随分と寝ていたらしい、立ち上がると身に降り積もる花弁が散り落ちる。大樹を見上げ、堪能させて貰ったと礼を述べる。
後は迷う事無く、帰路へとついた。
●番外・反省文の書き方
高等部棟・生徒指導室。
「あうあう」
「何でこんな目に遭ってるんだぜ」
一万二千字の作文用紙を前に、友真とギィネシアヌが絶望した様な声を漏らす。彼らの脱寮は確かに上手くは行っていた。
だが消灯時間の寮監の点呼に、代返を頼んでおかなかったのは失策だった。返事が無ければ室内を確認されるのは当然で。
「反省だけでこんな量書けないんだよ〜」
現行犯で抑えられた雪平も勿論一緒に。