●秋は深まって
澄み渡った青い空。
心地よい風の中で時折感じるのは、金木犀の香り。
ここは久遠ヶ原のとある一角。周囲は落ち着いた庭園で、秋らしく紅葉や銀杏の木が鮮やかに色づいている。
「いい天気だ」
学園斡旋所スタッフの西橋旅人(jz0129)が、そう独りごちる。今日は芸術祭に相応しい、穏やかな陽気。
名簿を手にした彼は、集まった撃退士達を見渡す。
「ええと、これで全員かな」
旅人は芸術祭に参加するメンバーを確認していた。人数を数えながら若干足りないような……と思った時、彼の携帯が音を立てる。
見るとメールが届いていた。差出人の名は、橋場アトリアーナ(
ja1403)。
『あ……ありのままに起こったことを伝えるの。目が覚めたら、いつの間にか時空を超越していたの。何を言ってるのかわからないと思うけど私にもわからないの』
直後、再び鳴り響くメール受信音。送信者は夏木夕乃(
ja9092)だった。
『やばいっす! やばいっす! とにかく無理っす! やばいっす! やばいs』
二人のメールを読んだ旅人は、微笑みながら携帯をしまう。そして、報告書にそっと記載した。
『二名、寝坊により遅刻』
●俳句部門
祭の最初を飾るのは、俳句部門。一人一人の思いが短い言葉の中に込められる、日本古来の芸術だ。
会場となる屋外ステージには、既に多くの人が詰めかけている。
普段は謎の多い撃退士達が紡ぎ出す言葉を、皆楽しみにしているのだ。
トップバッターで壇上に現れたのは、イアン・J・アルビス(
ja0084)。
若干緊張した面持ちの彼は、それでもゆっくりとした足取りでステージ中央へと移動する。
濃紺無地のシンプルな着物が、彼の銀髪と青い瞳によく似合っていて。
イアンは観客の前に立つと一度深呼吸をし、句を詠み上げる。
秋の日の ものの乱れに 用心を
イアンはきりっとした表情で解説を始める。
「そろそろ衣替えの季節ですからね。だらしない格好をしていると風邪を引いてしまいます。くれぐれも体調管理には気を付けてください、という思いを込めました」
さすがは風紀委員。どんなときでも、風紀の乱れへの懸念を失わない。
五七五の中に皆が守るべき規範を示すとは!
イアンの熱い思いを知った観客は、なるほどとうなずきながら拍手を送る。とは言え彼らはほんの少し、内心で思っていた。
……それ、俳句じゃなくて標語……
どじっ子イアン君に萌えた人、正直に手を挙げなさい(全力挙手の背後)。
次に壇上に現れたのは小柄な少女、三神美佳(
ja1395)。
若草色の着物に、白兎をあしらった黄色の帯が鮮やかに映える。
人前に出るのが得意でない美佳は、傍目に見ても緊張しているのがわかるほど。
彼女は大きな瞳を何度も瞬かせながら、鈴のような声で句を詠んだ。
秋問うて 返し答えは 万華鏡
「あ……秋は色々な事柄も多く、千差万別に動いています。だから秋と聞いても、定まった答えが返って来ません。その様子を、万華鏡と例えました」
くるくると、移り変わる秋の空のように。
ほう、と言うため息が観客席から聞こえる。幼い彼女から紡ぎ出された美しい言葉に、皆感心したのだ。大きな拍手が挙がる。
美佳は嬉しそうに微笑むと、丁寧に頭を下げる。
その瞳は、まるで万華鏡のようにきらきらと輝いていた。
「アイアム、ニンジャニンジャ!」
そう言って元気よく飛び上がる金髪少女。ぴこんと飛び出たケモノミミが印象的な、レナ(
ja5022)だ。その身を忍装束(スクール水着込み)に包んでいる彼女は、得意げに皆を見渡し宣言する。
「忍装束は和服なのだ!」
\Yes,that's right! Japanese NINJA is justice!!/
謎の声援が飛び交う中、レナは大きくよく通る声で、句を詠み上げる。
しのんでも しのびきれない ニンジャかな
「秋はニンジャにとって大変な季節なのだ! 木に隠れてもすぐ葉が落ちてばれちゃうし、食欲の秋でお腹もすくのだ。だから忍んでいてもお腹ペコペコでぐ〜って鳴っちゃうのだ!」
どうやら彼女、この時期の任務にかなり苦労しているらしい。笑顔の下に隠された忍びの苦悩に、観客達は精一杯の声援を送る。
「ニンジャは正義! ニンジャは正義!」
「スク水は正義! スク水は正義!」
異様な熱気に包まれる会場。
この熱気の理由はよくわからないが、ケモノミミは正義だと思います。
次に壇上に現れたのは、影野恭弥(
ja0018)。
黒の着流しを身につけた彼は、表情一つ変えることなくステージ中央へと歩み進む。
恭弥の金色の瞳が、観客席へと向けられ――
響くのは、少し低い静かな声音。
芸術や 読書もいいが 食欲だ
語られる解説は一切ない。しかし彼が手にしている団子が、全てを物語っている。
恭弥と観客達の視線が交差する。
みな何も言わず、熱い拍手を送る。彼らの間に余計な言葉は必要ない。
抱える思いは、ただ一つ。
団子食いてえ。
「私のセンスを披露するときがついにきたようね!」
そう宣言するのは、六道 鈴音(
ja4192)。
緋色の着物を着付けた彼女は、まるで深く色づいた紅葉のように軽やかで。
大人しそうに見えて意外と勝ち気な鈴音。壇上でもしっかりとした声音で句を詠み上げた。
秋さんま 秋なすぶどう 焼きしめじ
鈴音は自信に満ちた表情で解説を始める。
「秋はさんまがおいしい季節です。焼いて大根おろしをつけあわせにしたら、もう最高!
秋はなすもおいしいですよね。焼きなすが好きです。あ、そう言えばぶどうもおいしい季節だった。
そしてしめじのホイル焼きも、やっぱり美味しいってことです!」
……え、そのままじゃね……?
と一瞬誰もが思い始めたとき。会場から低い笑い声が響き渡った。
「くくく……これがただ美味しいものを並べただけの句だと思っているのならば、とんだお笑いぐさだ」
声の主である謎の男は、周囲を見渡しながら眼鏡の奥を光らせる。
「考えてもみたまえ! 秋は全ての意識が食欲へと向けられる……これがどれほど恐ろしいことであるか」
ごくり、と鈴音を含めた全員が固唾をのむ中。
「つまりこの句に込められた真意は……秋の食べ物のせいで、世界は滅ぶと言うことだよ!」
な、なんだってーーーー!!
とりあえず、帰りにさんま買って帰ろう(結論:本能には逆らえない)。
ピヨッ♪ ピヨッ♪ ピヨッ♪
突然、謎の音が壇上に響き渡る。現れたのは小柄な身体に丸眼鏡の少年(訂正線)青年、字見与一(
ja6541)だ。
何の天啓に従ったのか彼は今、和服にねこみみとにくきゅうブーツを装備している。
しかも歩く度に「ピヨッ♪」と音が鳴るカスタマイズ済み。レベル高ぇな、おい。
そんな与一はステージ中央へとたどり着くと、観客席を見渡して一礼をする。
どう見てもつっこみ待ちです、本当にありがとうございます状態にも関わらず。
彼は格好のことには一切触れること無く、淡々と句を詠み上げた。
栞にと 燃ゆる紅葉を 忍ばせて
「外で本を読んでいる時に、ふと思いついた一句です。心地よい風と舞い落ちる紅葉。この時期外で読書するのは、とてもいいものですから」
少し困ったような、微笑を浮かべ。
「まあ実際に栞にすると、風情はあっても本にはあまり良くないので注意ですけどね」
そう言い終わると、与一は再び頭を下げる。
最後まで服装のことに一切触れない彼に、騒然となる観客。
落ち着いた物腰、風情満点の句。風になびくねこみみ、きらりと光る眼鏡(LV5)。
そして再び響き渡るのは、にくきゅうの奏で。
どういうことなの。
「俳句とはつまり、戦の前に心を落ち着かせる手立てと見たり、ですの」
そう言いながら壇上に現れるのは、十八九十七(
ja4233)。
黒地に落ち椿と言う、どう見てもSHINIGAMI(訂正線)意味深な和服を着用した九十七は、しゃなり、しゃなりと中央へ歩み進む。
観客に向かってにっこりと、微笑んで。
糞天魔 散らすその血ぞ 薄紅葉
「糞天魔が散らす血は、まるで乱れ散りゆく紅葉のようですの。そんな風情を歌った句ですの」
飛び散る血しぶきはHUZEIの証。
何故か水を打ったように静まる観客席に向けて、九十七は続ける。
「私、戦闘中はハイテンションで、ついつい言動行動諸々がヒャッハー……落ち着きを失ってしまいますの。けれど秋の静かな風情は、そんな私を落ち着かせてくれるのではとの思いから、この句を詠みましたのよ」
そして皆をゆっくりと、見渡して。
「気に入っていだけました、ですの?」
うおおおおと言う歓声と共に、大きな拍手があがる。
\九十七ちゃんまじ天使!/ \ファッ■ン■ソ天魔!/
そんな大歓声の中、しにが……黒服天使は満足そうに微笑んだ。
「んー、俳句かぁ。漢詩のが好きなんだがねぃ。まぁこう言うのは嫌いじゃ無いさね」
最後に壇上へと登場したのは、九十九(
ja1149)だった。
今日はいつものパオは身につけておらず、浅葱色の着物を身に纏っている。
ステージ中央に立った彼は、観客に向かって一礼をする。
顔を上げた彼が、微かに口元をほころばせた直後。
わあっと言う歓声と共に、何かが舞い上がる。
柔らかな香りをまとって降り注ぐのは、薄桃色の花弁。
ひらひら、ひらひらと。優しい風に乗って。
その花がコスモスだと観客が気付くと同時、九十九は穏やかな声で句を詠み上げる。
通い道 過る一年 秋桜
(かよいみち よぎるひととせ あきざくら)
毎日通う、通学路。その途中でふと見かけた秋桜に、この学園に入学して一年が経ったことを実感する。それはきっと、自分だけじゃないはず。
九十九は解説を口にしながら、思う。
この一年、本当に色々なことがあった。
楽しいことも、辛いことも。
心震えることも、心折れそうなことも。
けれどまだここは通過点。季節は巡り、そしてまた新たな一年が始まる。
来年も、そしてその先も。
また秋桜が見られることを祈って、彼は深くお辞儀をする。
耳に届く、盛大な拍手。
気がつくと、いつの間にか俳句参加者全員がステージに現れていた。
再び、全員で一礼をして。
個性豊かな句を披露してくれた撃退士たちに、会場は溢れんばかりの拍手がいつまでも鳴り響いていた。
●茶道部門
続いて開催されたのは、茶道部門。
ちなみにただの茶道ではない。アクロバティックな格闘茶道だ。
会場となる広大な武家屋敷には、既に十人の参加者達が集まっている。
全員着物ではなく袴姿。これももちろん、動きやすさを考えてのことである。
会場が異様な熱気に包まれる中、虚ろな表情で辺りを見渡しているのは冬樹 巽(
ja8798)。
「格闘茶道、ですか……。面白そうです……」
そう呟きながらも無表情な彼は、一見何を考えているのかわかりにくい。
紺の袴を身につけた巽は、手にしていた箱をすっと皆の前に出すと抑揚のない声で話す。
「秋らしいお菓子をご用意しました……。皆さん、召し上がってください……」
紅葉饅頭を振る舞うその表情に、相変わらず変化は無いものの。
皆へのお土産を準備してくるあたり、どうやら彼のやる気は満ちているようだ。
「わあっ紅葉饅頭ですね! ありがとうございます♪」
いち早く反応する鈴のような声。お菓子大好き小柄な少女、エヴェリーン・フォングラネルト(
ja1165)だ。
「袴って初めて着ましたけど、なかなか素敵ですね! 思ったより動きやすいですし」
袖と裾にレースがあしらわれた袴に、エヴェリーンはご機嫌な様子。だってこれだと小さな胸囲も気にならな……※削除されました※
とにかく、可愛ければよいのです!
そんな二人は、和やかなムードの中茶をたてはじめる。
巽はオーソドックスに、ひたすら丁寧に。
対するエヴェリーンは、濃茶を熱湯でいきなり泡立て始める。
「お茶碗の底にこれを入れます!」
手にしているのは色鮮やかな紅葉をイメージした上生菓子。それを茶碗の真ん中に押しつけて固定をした彼女は、そこにしっかりと泡立てた茶をそそぐ。
仕上げはなんと、フォームミルク。たっぷりと注ぎ込み蓋をすることで、温度が逃げないようにするのだ。
「名づけて『霧ヶ海のモミジ』です!」
自信満々に宣言する彼女。何だか若干違う気もするが、そもそもこの茶道自体色々間違ってるので気にする必要は無い。
茶を入れ終わった二人が、審査員への元へ行こうとしたとき。
彼らは自身の目を疑う。
何故か審査員が居る場所が、長い回廊を挟んだ遙か先にあるのだ。
「とりあえず……行くしかありませんね……」
そう言いながら巽が一歩、踏み出したとき。
ひゅん、と言う音と共に、何かが飛んでくる。とっさに身を翻した彼の目に映ったのは壁に突き刺さる矢尻。
……え、冗談きつく無いっすか?
見ていた観客達が騒然となる中。しかし巽とエヴェリーンは、まるでわかりきっていたかのように宣言をする。
「想定の……範囲内です……」
「これくらいの妨害、何とでもなります!」
さすがは久遠ヶ原の生徒やでぇ……と言う声が聞こえて来る中、次々と飛んでくる矢をかわしながら審査員席を目指す二人。
華麗に矢を避けていく様はさすがは撃退士といったところで。
時には茶碗を投げ上げて空中キャッチをしてみせるエヴェリーンに、観客席から歓声があがった。
その頃、周囲の様子をうかがっているのは、桐原 雅(
ja1822)。
コーラルブルーの袴姿である彼女は、長い黒髪を結い上げ、上品な印象を抱かせる。
「速さを競うレースじゃないし、まずは様子見だね」
しばらく観察をつづけていた彼女だが、今のところ周囲は大体(茶の味以外は)平和そうである。
「じゃあボクも、茶を点ててみようかな」
そう言って茶を煎じ始める雅。一つ一つの動作を丁寧に行うその姿は、凜とした淑やかさがある。
「うん、これを審査員の元へ届ければ終わりだね」
彼女がゆっくりと茶碗を持ち上げた直後。
突然雅の背や手首に、純白の翼が現れる。
それと共に増していく、闘気のオーラ。
完全に殺る(訂正線)やる気全開の阿修羅に、周囲の空気が圧倒される。
「さあ、行くよ!」
一気に廊下を駆け出す彼女。そこに現れる妨害者に次々と蹴りを入れていく。
「ん、この袴っていうのもなかなか良いね。蹴りの初動や軌道を相手の目から誤魔化すのに向いてるかも」
完全に視点が武人のそれであるが、まあ細かいことは気にしない。
鮮やかに敵を蹴り飛ばす大和撫子に、会場からは熱い声援と拍手が送られた。
一方、物珍しそうに自らが着ているものを見つめている青年がいる。西欧風の顔立ちをした、ルー・クラウス(
jb0572)だ。
「ハカマ? 日本人の服ですか? 学校ではあまり見かけませんでしたが……」
瞳の色に合わせて鮮やかな緑色の袴を身につけた彼は、浮き浮きした様子で友人の朱史春夏(
ja9611)を振り返る。
「ねえ、朱史。これ、似合ってるかな?」
「ああ。いいんじゃないか」
そう返す春夏は落ち着いた青色の袴を身につけている。それを見たクラウスは手にしたスマホを彼に向けながらおっとりと微笑む。
「でもやっぱり朱史の方がにあってるね」
最近スマホを手に入れたばかりのクラウスは、目新しいものをとにかく撮りたがる。袴を着こなす春夏の姿が、物珍しくて仕方がないのだ。
そんなクラウス。お茶を点てるのはもちろん初めて。
春夏に教えてもらいながらも、順調に行っているように見えたのだが。
唐突に、彼は袖から何かを取り出す。砂糖とミルクだ。それをクラウスは、自分の茶にざばざばと投入し始める。
「日本のお茶は苦いと聞いたので、サービスです」
いや待て、激しく色々間違ってるぞと周囲の顔が青ざめる中、隣の春夏が微笑みながら言う。
「まあ、抹茶ラテってあるしいいんじゃないか?」
しかしどう見ても入れ過ぎである。それでも見守る春夏の優しさ。優しさはバ●ァリンの半分だけじゃないと言うことだ。
「これも入れると甘くなるぞ」
更に余った黒蜜を勧める、黒い(訂正線)気遣いぶり。何も知らないクラウスは、嬉しそうに礼を言う。
「ありがとう。朱史もこれ使っていいよ」
「いや。俺はもう十分入れたからいいんだ」
丁重に断る彼が点てたお茶は、実は見事なものである。
きめ細やかな泡が茶の表面を覆い、その上には銀杏の形に薄く切った栗を乗せられている。
仕上げに回しかけた黒蜜がポイントだ。
そんな彼らの横で、鼻歌交じりに茶を煎じている者がいる。
「ふふふゥ…正々堂々、楽しい御茶会に致しましょうねェ……♪」
真っ黒な袴姿をした、黒百合(
ja0422)だ。
彼女は焦らず、慌てず、丁寧にをモットーに、茶をたてている。
その淑やかな姿は、まさに大和撫子と呼べる。かもしれない。いや気のせいだった。
「いい感じに出来たわぁ……」
そう言いながら微笑む彼女。その金色の瞳は、既に妖しい光を帯びている。
不穏な空気が漂う中。
「じゃあ冷めないうちに審査員の所へ持って行こうよ」
茶を無事に(?)入れ終わったクラウスが春夏と共に席を立った時。
地鳴りと共に突然床から巨大な手が出現し、二人に襲いかかる。
「うわっ」
春夏はすんでの所で難を逃れたが、クラウスは爛れた手に捕まってしまう。
「御茶は心を写す鏡、焦ってしまっては風味を損ねてしまうわァ……♪」
いやいや、焦ってないよ、全然焦ってないよ。むしろ茶が冷めるから急がないといけないくらいだよ!
そんな正常なツッコミ、キングGEDOUには無用。よいこのみんな、覚えておくがいい!(誰
「あ……あれ? 寒気と身体が……」
黒百合が出した手に押さえつけられたクラウスは、その場で動けなくなってしまう。
それを見た春夏は口惜しそうに。
「くそっ……すまない、クラウス。お前の無念は俺が晴らしてやるからな!」
そう言って彼は、茶碗を持って黒百合の追撃をかわし全力ダッシュを始める。
友を置いて自分だけが向かうことは、辛い。けれど……!
「まあ、あの茶の被害者が出なくて良かったのかもしれないな」
正論過ぎわろた。
「出たわね、黒百合」
どこからかかけられた言葉に、黒百合は振り向く。
「あらぁどこかで見た顔ねェ……♪」
挑発するように笑みを浮かべる彼女を、きっと睨み付ける強気の表情。唐沢完子(
ja8347)だ。
「あんたの出現に最大限注意してたのよ」
桃色の袴を身につけた完子は、にっと笑みを浮かべながら続ける。
「異物混入も狙ってたのかもしれないけど、おあいにく様ね! 身長が中学生なのに驚きの99センチしか無いあたしなら、茶碗を完全に抱え込める。そんな妨害は受け付けないわ!」
あれ……変ね、涙が……。
それを聞いた黒百合は、くすりと笑って。
「なるほどぉ……でも勝負はこれからよォ♪」
「望む所!」
互いに茶碗を抱え、散らし合う火花。
ただならぬ殺気が場を支配しようとしていた頃。
「ふむ、なかなかいいではないか!」
うぐいす色の袴を着てやたらとご機嫌なのは、ラグナ・グラウシード(
ja3538)。
殺気立った空気などもろともせずに、抹茶を黙々と立て続けている。
「こんな感じか?」
見た目がどう見てもかなり濃い気がするが……うん、まあ自分が飲むんじゃないからね。
聞き捨てならない内心の声を放ち、ラグナは早速審査員席へと向かう。
「ふん、ここまでは来られまいッ!」
妨害を避けるために華麗に空中移動を行い、無事に任務を果たせるかと思った矢先。
彼の前へと現れたのは、二人の男女。
「私たちのラブパワーで、妨害しちゃうぞ☆」
どう見てもカップルである二人。派手にいちゃつきを繰り返しながら、ラグナへと攻撃をしかける。
それを見た彼の、表情が。
燃えさかる、鬼神のように変化して。
ああ、神よ。
私は罪深き咎人だ。
全てを忘れ、己が心に従う愚かさ。
だが、神よ。私は、己を偽ることはできない。
それが罪だと言うのであれば、甘んじて罰を受け入れようではないか!
爆ぜる地表、吹き飛ぶ茶碗。
ラグナの瞳に、ありありと映し出される決意。
それは何人にも覆すことの出来ない、崇高なる誓い。
リ ア 充 滅 殺
会場が完全にカオスと化した頃、小田切ルビィ(
ja0841)は一人思索にふけっていた。
「幻の茶菓子――ってのは、一体全体どんな菓子なんだ?」
ほとんどの者がその存在すら忘れている物。この部門の優勝者に送られる商品に、ルビィは興味津々の様子。
黒と赤のコントラストが映える袴を身につけた彼は、紅玉の様な瞳をきっと細めて。
「此処はジャーナリストたる者、真実を確かめない訳には行かねェな!」
実は子供の頃から茶道については嫌と言うほど仕込まれている彼。今日も正式な作法にのっとり扇子、懐紙、楊子を持参する完璧ぶり。
馴れた手つきで茶器や茶碗などを清めると、茶碗をお湯で温める。
その後適量の抹茶を入れて湯を注ぎ、茶筅を使って手早く、しかし丁寧にかき回す。
「ま、こんなもんだろ」
彼が手にした茶碗の中には、美しい濃緑の液体が細やかな泡と共にたゆたっていた。
「さて、とっととこれを審査員の元へと持っていきたいところだが……」
そう呟きながら、ルビィはそっと視線を隣へと移す。
彼の目線の先にいるのは、橙色の袴に身を包んだ巫 聖羅(
ja3916)。
色素の薄い柔らかな髪を結い上げた彼女。猫のような大きな瞳は見る者をはっとさせる魅力がある。
「本当は袴じゃなくて、ちゃんとした着物が着たかったなぁ……」
そう文句を言いながらも、彼女の手つきも手慣れたもので。
ルビィと同じく扇子や懐紙を準備していた聖羅は、彼に負けないくらい流麗な動作で茶をたてていく。
その様は、幾度となく訓練を受けた所作そのものだ。
「何? 兄さん。じろじろと私のこと見て」
「いや、別に。たておわったんなら、さっさと審査員の所へ持っていくぜ」
「い、言われなくてもわかってるわよ」
実はルビィとは兄妹の関係である彼女。ライバル意識を燃やしている兄に対して、素直になれないでいる。
「私、先に行くからっ」
立ち上がった聖羅が、審査員に向けて茶碗を持っていこうとした直後。
いきなり地面から腐泥と血液が噴出し、聖羅目がけて一直線に迫り来る。
「きゃあぁぁなにこれ!」
「その手には乗らないってのよ!」
怒声と共に聖羅の目の前に瞬間移動してきたのは、完子。黒百合の攻撃を避けることで精一杯だった彼女は、聖羅がそこにいることに気付いていなかったらしく。
「いやぁぁぁ! せっかくのお茶がこぼれちゃう!!」
どういうわけか格闘茶道だと気付いていなかった聖羅。反応するのが遅すぎた。
二人がぶつかる寸前。
彼女たちの間に割って入ったのは紅銀のオーラ。
「おっと、危ねえな」
ルビィが二人の衝撃を上手く緩和させ、事なきを得る。
「ありがとう! 恩に着るわ」
完子はそう言うが早いが、黒百合に向かって素早く蹴りを叩き込む。
「あらぁ、あなたも殺る気満々ねェ♪」
「あんたには負けない!」
彼女たちの戦いは、もはや茶道と言う枠を越え異様な殺気と熱気に包まれている。
大歓声の中、ルビィは聖羅の手を取ると一気に廊下へと移動する。
「ちょ、ちょっと兄さん?」
「今のうちだ。行くぜ」
途中襲いかかる妨害者に、ルビィは衝撃波を放つ。あっという間に吹き飛ぶ妨害者の群れ。
無事に審査員席へと辿り着いた二人は、完璧にたてたお茶を渡すことに成功する。
「千利休の『四規七則』には程遠いが――ま、コレはコレで面白かったぜ」
そう言ってルビィは愉快そうに笑う。そんな兄の姿を見た聖羅は、うつむきながらぽつりと呟いた。
「――兄さん。有難う……」
結果的に、審査員の元へと届けられた茶碗は七。(ラグナの茶碗は吹き飛んだ後奇跡的に審査員の元へと運ばれ、黒百合と完子は時間中ずっと戦っていたためお茶を届けられなかった)
厳重なる審査の結果、見事優勝を果たしたのは小田切ルビィだった。
アクロバティックに他者へのフォローをしつつ、完璧な所作を見せたことが高く評価されたのだ。
「へぇ。これが幻の茶菓子か。案外普通だな」
送られたのは、和三盆で作られた砂糖菓子。
見た目は何てことのない、普通の菓子。だが試しに一つ頬張ってみたルビィの顔が、驚きの表情に変化して。
「……なるほど。確かに幻と言われるだけのことはあるぜ」
口に含んだ瞬間、一瞬で溶ける口当たりとほどよい甘さ。今まで食べたものとは違う、優しさに溢れた味だった。
ちなみに、アクロバティック賞として黒百合と完子に茶器セットが贈られたのは、久遠ヶ原ならではと言ったところである。
●生け花部門
芸術祭最後を飾るのは生け花部門。これもただの生け花ではない。求められるのは、演舞としての華やかさ。
会場は特設の屋内ステージ。
集まった観客は、最後を飾る壇上に向けて熱い視線を送っている。
鳴り響く、開始の合図。
同時に周囲の灯りが次々と落とされて、やがて何も見えなくなる。
真っ暗な、闇の中。
ぽう、と浮かぶ淡く白々とした光。
その中に現れたのは、一輪の青い花。手にするのは同じく青い衣装を身に纏った、雪室チルル(
ja0220)。
彼女はその花をそっと光の中央へと生ける。
ゆるやかな音楽と共に、彼女は一輪、また一輪と花を増やしてゆく。
ステージ中央に広がる、青の空間。
透き通るような花弁が、光の中で鮮やかに輝いて見えたとき。
音楽が、止まる。
そして雪が、降り出した。
粉雪が、しんしんと花に降り積もる。
けれど青い花弁はゆるがない。雪の中、更にその輝きを増して。
誇らしげなその姿は、まさに雪の花のごとく。
(冬でも元気に咲くのが、あたい!)
明るい音楽に切り替わる中、チルルはスポットライトを浴びて軽やかに踊る。彼女自身もまた、雪の中に咲く花のように。
まぶしいほどの笑顔を向けて。
次に現れたのは、二人の少女。
黒の衣装と白の衣装に身を包んだ、対照的な二人。紫鷹(
jb0224)と白蛇(
jb0889)だ。
透き通る水流のような花器に、紫鷹はゆっくりと花を生けていく。
淡い光の中で緑の濃淡が力強く、そしてつややかな輝きを見せる。
それはどこか、生命の鼓動のようで。
さあっと一迅の風が通り過ぎた後。
音楽のテンポが上がっていくと共に、白蛇の銀髪がたなびく。
(わし自身は、白き花よ)
生けられていくのは純白の花、花、花。
早いリズムに合わせてそれは次々に増えてゆき。
紫鷹が生けた柾(まさき)の周りをうねるように彩っていく様は、白肌の大蛇が地を覆うかのよう。
一瞬の静寂の後。
りん、と鈴のような音が響く。
白蛇が手にした真紅の花。
その花が、純白の群れに差し込まれ――。
大蛇の紅き瞳が、開く。
鈴の音はやがて不規則なリズムを伴い、彼女たちをとりまいて。
やがて濃緑の中に、色が浮かび上がる。
生けられていくのは、鞠のような菊の花。
(ただ、ありのままに)
紫鷹が生けた白や黄や桃色をした菊たちは、緑一色だった世界を、鮮やかに色づかせていく。
それはまさに、生命を賞賛する神の歓び。
直後、情熱的な音楽と共に、照明の色が切り替わる。
派手なスポットライトを浴びて登場したのは、藤白朔耶(
jb0612)。
官能的な紅いドレスを身に纏い、手にした真紅の薔薇を次々に放り投げる。
投げられた薔薇は規則的な弧を描き、宙に浮いた花器に見事生けられていく。
(自分をイメージした花が薔薇だなんて、美化しすぎかもしれないけど)
それでも彼女は、艶やかに、華やかにステージを彩る。大輪の薔薇の、圧倒的な存在感。
余計なものはいらない。ただ、そこにあるだけでいい。
見る者全てを魅了するその姿は、手入れを行き届かせた彼女そのもの。
突然、音楽が華やかなものへと変わる。
軽やかなドラムと管弦楽器の音が溢れかえる中、現れたのはフェルルッチョ・ヴォルペ(
ja9326)。
赤紫の衣装をはためかせながら、華麗にステップを踏む。
(芸術の秋だネ♪ るっちょも何だかアーティスティックな気分だョ!)
大ぶりな紫色と桃色の花を手にした彼は、花器の周りを舞うように移動する。
鮮やかなステップと共に、生けられていく二色の花。
段々と上がってくるリズムに合わせ、るっちょの動きも更に情熱的になっていく。
くるりくるり、くるくると。
軽やかに、あでやかに、まわるまわれ、燃えさかる炎の花。
沸き上がる歓声、鳴り響く拍手。
炎が持つ、温かさと激しさ。
自分が目指す阿修羅としての姿。
いつか、届くことができたなら――
一礼をした彼の瞳には、深い決意の色が映っていた。
全ての作品が出揃い、音楽と共に壇上の灯りが消える。
夢の終わりが告げられたと、誰もがそう思った時。
まぶしいほどの光が、ステージへと降り注ぐ。
そこに現れたのは、目が覚めるほどの鮮やかな色達。
皆の作品の中央にそびえる、大きな紅葉。
深く色づいたその姿は、散りゆく儚さの中に何故か力強さを感じさせる。その周りを無数の花々が、にぎやかに取りまいている。
大きさも、色も、形も全く違う花々が。
各々の個性を主張して、それでもどこかで繋がっているかのような一体感。
それはまるで、学園に集う生徒達のようで。
僕ら一人の力なんて、たかが知れているけれど。
だから僕らには、共に戦う友がいて。
それは花の命のように、儚いひとときかもしれない。
例え、そうなのだとしても。
仲間と呼び合える存在がいたのなら。
僕らはこの先もずっと、
強く生きていけるだろう。
溢れんばかりの歓声の中、芸術祭は幕を閉じる。
鳴りやまない拍手の中、旅人は満足そうに瞳を閉じる。
撃退士たちの輝きを、その目に深く焼き付けて。