※このリプレイはエピローグに当たる部分を、リプレイの途中に挿入しています。
流れと演出上の措置となりますので、ご了承ください。
”いつか”を確信したのは、いつのことだったろう
”いつか”を識ったのは、いつのことだったろう
これは偶然という運命
あまたの選択から生まれた想定外の開幕劇(イニッツィアーレ)
それはきっと――
●ouverture
「――やあ、これは壮観だねえ」
指定場所に布陣する冥魔勢と撃退士を見て、加倉 一臣(
ja5823)は微笑した。今回は通信役に徹している西橋旅人が、声をかける。
「他班も交戦を始めたようだね。何か動きがあれば報せるから」
「了解。そっちは任せたぜ」
そう告げる一臣の表情はいつも通りで、どこか気易くさえある。彼には指揮総括を任されたという重圧があるはずなのだが、それを感じさせないのは”らしい”というべきだろう。
とはいえ。
一臣の前に立つ夜来野 遥久(
ja6843)は、気心知っているが故に感じているものがあった。
背に伝わる気配に、いつもと違う濃さがあること。そしてその意味を知っているからこそ、敢えて何も言葉をかわさない。
「舞台開幕、…期待に応えてみせましょう」
そう呟きつつ、遥久は少し離れたところにいる親友を思い浮かべてみる。
きっと彼も同じように濃い気配を纏い…否、まき散らしていることだろう。
雨宮 歩(
ja3810)は上空待機する黒猫面の悪魔へ、愉快そうに言いやった。
「悪魔との共闘、か。ホント、人生って言うのは何が起きるか分からないねぇ」
「ふふ……だから面白いのでしょう?」
同じく愉快そうに瞳を細める相手へ、歩はまったくだと笑いながら。
「問いも語りも後回し。お互いにやるべき事をやらないとねぇ」
「君と一緒に戦えること、嬉しく思うよ」
そう告げる桜木 真里(
ja5827)の表情は、開戦前とは思えない落ち着きを見せている。
「大変な戦いだけど、不思議と負ける気はしないんだ」
そう言って微笑む彼に、悪魔も涼しげな微笑を返した。
「ええ。私もですよ」
「リロさんは俺が守りますからね! 安心してください!」
リロ・ロロイの近くに立つ若杉 英斗(
ja4230)は、きりっと眼鏡を光らせた。
「こうみえて、俺は久遠ヶ原でもまぁまぁの盾役ですから!」
英斗の言葉に少女は、紫水晶の瞳をほんの少し細めて。
「知ってる。ちゃんと”見て”きたから」
手に掲げるのは、彼女が見たものを記録し続けてきた”本”。
聞けば今までの記録が、共闘に踏み切るだけの説得力に繋がったのだという。
「ボクの記録がこういうふうに役に立つなんて、思いもしなかったけど」
でもどこかで、そんな可能性に本当は気づいていたのかもしれない。
「リロさん、今こそともに戦いましょうねっ」
力強い水無瀬 文歌(
jb7507)の呼びかけに、リロは目で頷いてみせた。
多くの言葉はなくても、大丈夫。私たちはもう何度も心を交わしてきたのだから。
「お姉ちゃん…一緒に…ガンバルゾー…」
ベアトリーチェ・ヴォルピ(
jb9382)も小さく拳を上げてみせた。
(暫くぶり…だし…抱き着いたり…したいけど…敵…撃退するまで…我慢…)
終わったら、めいっぱいぎゅっとしてもらおう。そのために、たくさん頑張るから。
そんな彼女達を見て、陽波 透次(
ja0280)は静かな闘志を燃やしていた。
(この作戦、必ず成功させてみせる)
己が生涯をかけて成し遂げると決めた『天魔と人とが共存できる未来』。きっとこの戦いは、大きな一歩になるはずだから。
透次の様子に気づいたリロは、そっと声をかけた。
「キミに報告したいことがあるんだ。この作戦が無事終わったら話すね」
「さて。文歌も頑張ってるし、俺もやらないと、ね」
水無瀬 快晴(
jb0745)はリロに指示を告げる妻を見守りながら、内心で強く決心していた。
己の命を燃やし尽くしてでも、彼女を護り、戦い抜いてみせる。
死を想う境遇だからこそ、生を護りたいという衝動が、常に彼を突き動かすのだ。
「ぱぱの友だちがいっぱいいるし、私も頑張らなくっちゃ!」
むんと気合いを入れた点喰 瑠璃(
jb3512)は、綿雪のような翼を背に広げた。
こんなに大きな戦いへ参加するのは始めてで、本音を言うとちょっと怖い。でも”ぱぱ”には信頼できる友人がいるから大丈夫と言われ、いくことを決めた。
「――天狼星、か」
そう呟く小田切ルビィ(
ja0841)は、敵陣再奥に立つシリウスを見て複雑な想いを抱えていた。
聞き覚えのあるその名、本人に確認してみたいこともある。
(ま、すべては決着がついてからだな)
Robin redbreast(
jb2203)は、天狼を見つめながら素朴な疑問を抱いていた。
(シリウスって、シスやミカエルとそんなに違うのかな)
あの時、殺されると思った。
でも彼は撃たなかったし、今だって悪魔や人間を憎んでいるようには見えない。
ロビンにはツインバベルを襲うシリウスの気持ちが、どうしてもわからないでいるのだ。
「未来の為に必死なのはお互い様でしょう」
樒 和紗(
jb6970)は天狼へそう告げると、真っ直ぐな言葉で言いやる。
「ですが形振り構わないのではなく、これが俺達の選んだ未来へ繋がる道です」
和紗に続いて、砂原・ジェンティアン・竜胆(
jb7192)がはっきりと言い切った。
「言っておくけど、乞われて助ける訳じゃない」
こちら向いたアイスブルーの瞳へ、ジェンティアンはどこかおどけたように。
「“僕”が“手伝い”たいから来ただけだ…間違いえるなよ、ワン公☆」
「だいたい悪魔だのなんだの関係なく大好きだが、悪い?」
「仲良しこよしで何が悪いのかなー。好きや友達に区別なんかないんだね!」
そう抗議するのは、雨宮 祈羅(
ja7600)と真野 縁(
ja3294)。彼女達は黒猫面の悪魔をちらりと見上げてから、きっぱりと。
「あの子が選んでくれたから、うちは守ることを選ぶよ」
貴方がこの世界を、愛してくれたから。
選び取った未来を、見たいと言ったから。
「縁は大好きなひとの願いを叶えに来たんだね! 勘違いしないで欲しいんだよ!」
愛が飛び交う女子パワーを見て、月居 愁也(
ja6837)はおかしそうにうなずきながら。
「あんたにはわかんないだろうな」
自分や友人が、どんな想いでこの場に立っているかなんて。
愁也はこちらを見つめるリロを振り向くと、頷いてみせる。
「俺も『助けを請われた』とか思ってねえから」
だって、君が選んだのだ。頼まれなくなって来るに決まってる。
「俺らは”彼”と”彼女”が大事にしているものを、一緒に護るために来た。そしてふたりを絶対に『裏切らない』」。
裏切りという言葉を聞いたとき、わずかにシリウスの瞳が反応したように見えた。けれど。
「あんたらの言いたいことはわかった」
届く声音に変化は見られない。天使は銃を構えると同時、上空を飛ぶサヴァを一瞬で撃ち抜いた。
「だがな。己の正義をわめくだけじゃ、俺には届かねえよ」
梟の悲鳴が響く中、大炊御門 菫(
ja0436)が成る程と呟く。
「正義を語るのなら力を示せか。分かりやすいと言えばわかりやすいな」
「そうだろ? 俺は口先だけの志なんざ、信じちゃいねえからな」
この威を阻むと言うのなら、力尽くでやってみせろ。菫は愛用の管槍を手にすると、改めて天使へ向き直り。
「いいだろう。この地に咲く意志の華、手折れるものなら手折ってみろ」
ここにいる者、いない者。境界無く紡がれる篝火が、燃え続ける限り。
「私たちは何度だって護ってみせる!」
刹那、人影が上空へ飛び上がる。それを見たサーバントとディアボロが同時に吼えた。
「あの時の嬢ちゃんか」
ナナシ(
jb3008)の存在に気づいたシリウスは、にやりと笑んだ。
「先日ぶりね、シリウス。私が考えたこの地形。百体程度で攻略できると思わない事ね!!」
周囲に広がる掘りや氷壁の数々。それらを見やった獣天使は、どこか愉快そうに牙を見せた。
「成る程、”らしい”じゃねえか」
それが交戦の合図だった。
●impromptu
0123456789
A■■□□□□□□□□
B□橋□□□□□□□□
C□■□□□□□□壁□
D□■□□□□□□□□
E□■□壁□壁□□□□
F□■■■橋■■■■■
G□橋□連合軍□□壁□
H■■■■■■■■■壁
I■■■天使軍□□壁□ ※■は堀
今回の戦場は、撃退士達の指示で初期状態から大きく姿を変えていた。
天使軍の進軍方向には大きな掘が横切っており、飛行可能なサーバントは難なく渡っていくが、そうでない黒狼と白澤は立ち往生してしまう。
「さーて、信頼をもらったからこそ、ここで好き勝手させるわけにはいかないですねー?」
狙撃銃を構えた櫟 諏訪(
ja1215)は、シリウスが間合いに入るのを待ちつつ動向を注視している。
彼の担当は対天使班への指示役。
最も動きが読めない相手への対応だけに、即座の対応力が鍵となるだろう。常に敵から距離を取れる彼はまさに適役と言えるかもしれない。
龍崎海(
ja0565)は阻霊符を展開させながら素朴な疑問を呟いていた。
「ジュライ・ダレスとのゲート戦では対象を天使だけにできたみたいだけど、規模の違いなのかな?」
身体に感じる、ゲート内特有の負担。今回は中で撃退士が待っているのを、察知されないためらしいのだが。
「まあ、シリウスの方が負担が大きいからましではあるけど」
紅香 忍(
jb7811)の表情は、普段の物腰とは異なり、任務遂行者の冷徹さを纏っている。
(奇妙な状況…だが…奴を殺る……それだけ)
蛇をも思わせる金色の瞳は天狼だけを捉え、微動だにしない。
忍はやや後方でアサルトライフルを構えると、狼の喉笛へ食らいつくタイミングを待つ。
対する獣天使は背に翼を広げ、一気に上空へ飛び上がった。
「ちっ…こいつらが掘りを渡るのは無理だな」
掘の深さは10m程度であったため、黒狼が白澤を土台にでもすれば登れたかもしれない。しかし掘の縁はオーバーハングの作りなっている上に、渡った先へ向け登り傾斜になっている。
加えて、あの布陣だ。
(なるほど、よく考えてやがる)
このまま堀を強行突破するのは難しい。
であれば飛べない種類は陸路から回り込むしかないが、そちらの方向は厚さ2mの氷壁でふさがれており、そう簡単に通れる状態ではなかった。
シリウスは氷壁の方へ向かうと、試しに撃ち抜いてみる。高威力の弾丸は壁を貫き、大きな穴を開けた。
「ふん。これを壊せるのは俺くらいか」
ある程度損傷を与えておけば、白澤なら何とかなるかもしれない。しかしそれなら自分で破壊した方が早いのも事実で。
その様子を氷壁の影から監視するのは、御剣 正宗(
jc1380)。
「きつい…けど、ボクは死んでも諦めないぞ…!」
ゲート内での負担は思った以上に大きく、装備の重さが通常の倍近く生命力を蝕んでいる。
この状態で戦うのは危険だったが、今できることを最大限やり抜く。そんな正宗をフォローするのは、彼を師匠と呼ぶ星野 木天蓼(
jc1828)。
(ミーも決して諦めないにゃ)
猫耳をぴこぴこと動かしながら、天使が間合いに入るのをじっと待つ。交戦が始まれば、正宗や仲間が攻撃を受けないようサポートするつもりだ。
シリウスが氷壁側のルートへ向かうのと時同じくして、飛行可能なホルスと一角馬は先陣切って堀を渡っていた。
直後、どこからか笛の音が響き、堀の影から複数の巨大魚が浮き上がってくる。
合図の正体は愁也が手にしたホイッスル。
冥魚は長い体躯を揺らめかせながら、素早く三角点を結んでいく。囲んだ敵に逃げる暇も与えず、強力な魔方陣が発動した。
「よーっし! 狙い通り!」
三角陣の中で収束したエネルギーが、漆黒の重圧となって一帯を飲み込んだ。巻き込まれた対象がのたうつのを見て、ナナシが感心したように。
「おお、噂通りの威力ね」
「だろ? あの技は身をもって体験してるからね」
かつて敵として戦ったリロが連れていたディアボロ。あの時の経験が生きたことを、内心で嬉しく思う。
「血溜まりで溺れるがいい、愚かな蛆虫ども!」
銃を手にしたエカテリーナ・コドロワ(
jc0366)は、向かってくるホルスへ弾丸を浴びせた。
凝縮したアウルがロケット弾のように射出され、鷲の胴部に直撃。着弾と同時、炸裂した弾丸が高い威力を持って生命力を大きく削る。
そこを狙って、付近に配置されていたディアボロが追撃を始めた。
「ふん。冥魔など信用に値しないが、今回ばかりは手足となって戦ってもらう」
有用であればどんな手でも使う。それが彼女のやり方だ。
「さーて、ちゃきちゃき働いてもらうよ−」
ジェンティアンは茶型のサヴァを前に出させ、空中戦を仕掛けていく。回復能力を持つ白型は後方で、味方への援護を指示。
大型の梟がすべるように空を駆けていく。
サヴァの体当たりで朦朧状態となった一角馬を、和紗が放つ滞空射撃が撃ち落とした。
「和紗ナイスアシスト!」
「これくらいは大したことないです、竜胆兄」
和紗はさらりと返してから、自身が担当する赤猫への指示を飛ばす。
「では皆さん、よろしくお願いします」
このディアボロが持つ能力支援が大きいため、前には出すぎず撃退士の合間を縫うように攻撃させる。
各フィールドまんべんなく配置していた甲斐もあって、最大限力を生かし切れていると言えるだろう。
「おっと、こっちへくるなら落ちてもらうよ」
海は近くへ飛んできたホルスへ向け、輝く鎖を放った。高命中のそれは避けようとする鷲の体躯を見事捕らえ、地上へと引きずり下ろす。
いかに機動力が高くとも、飛べなくなった鳥は死を待つのみ。
近くにいた赤猫の集中砲火を受け、瞬く間に燃やし尽くされてしまう。
「ピィちゃん、お願い!」
鳳凰を召喚した文歌は聖なる炎の護りを受けながら、サーバントへ向けコメットを放つ。
アウルで作りだした無数の彗星が、数体を巻き込み強力なダメージを与えていく。魔法攻撃力の高い、陰陽師ならではの威力だ。
「やるね、フミカ」
上空で声がしたと同時、文歌の攻撃に重ねるように時計針が舞った。一斉放射された時計針が次々に対象を撃ち落としていく。
「リロさん!」
互いに一瞬微笑み合い、すぐさま戦闘に集中する。
彼女達の表情に、一切の迷いも恐れもない。そこにあるのは、勝つという確信と自負。
「よし、今のところ順調だな」
戦況をつぶさに確認しながら、一臣は頷いた。
最初に飛行型サーバントを集中的に狙っただけあって、ホルスと一角馬はみるみるうちに数を減らしている。
「報告します、氷壁すべて破壊されましたっ!」
ヒリュウと視覚共有をしていた瑠璃が、シリウスの進軍状況を報せる。
氷壁側に回っていた天使とサーバントは、壁に開けた穴を抜けこちらへ到達しようとしていた。うまく射程外を移動されたこともあり、そう数を減らすことなくこちら側へ辿り着くだろう。
「瑠璃ちゃん報告サンキュ!」
そう言って一臣は愛用の銃を構えると、集中力を研ぎ澄ませる。
「ナナシちゃんが考えた作戦は、ここからが本番だ」
銃身に込めるのは、対象者の位置を追い続けるアウルの弾丸。
「ではそろそろいきますよー!」
一臣の合図を受けた諏訪が、対天使メンバーへ指示を飛ばす。
「まずは連携波状攻撃で、隙を作りましょうかー!」
彼の指示で中〜高射程魔具を手にしたメンバーが、一斉攻撃を始める。後方で潜んでいた透次が、同じく潜行中の快晴へ声をかけた。
「相手は回避が得意らしいので、その先を狙います」
「ん。じゃあ俺も援護する、よ」
天使側最前列にいた縁が、道化人形を掲げわざと派手に宣言した。
「縁の攻撃受けてみるんだよー!」
大切な悪魔を模した人形から、黒い刃が放出される。天使へ向け真っ直ぐに飛んで行ったそれを、シリウスは対抗射撃で軌道を逸らした。
けれど避けられるのも想定内。
飛び退いたところを狙って、透次と快晴がライフルを撃ち放つ。咆哮のような銃声と共に、弾丸が天使の鼻先をかすめた。
「――っ」
シリウスはなんとかかわしたものの、はずみで体勢を崩してしまう。そこを捉えたロビンが無数の光の剣を、忍がアサルトライフルを連射しようとしたその時。
「では私もいかせてもらいましょう」
ロビンと忍の攻撃に合わせ、黒猫面の悪魔が大きく大鎌を振り抜いた。
光の剣と弾丸に重なるように、巨大な衝撃波が轟音を響かせる。彼らの攻撃はまるで一体化したような威力とスケールをもって、獣天使へ襲いかかった。
「おおーナイス連携ですよー!」
シリウスは対抗射撃で威力を相殺させたようだった。しかし完全に避けきることはできず、その体躯は後方へ吹き飛ばさてしまう。
仲間が繋いだ好機は、確実に活かさねばならない。
それだけの自負を持ち特殊スキルを放つのは、高命中のインフィルトレイター。
「ここで当てなきゃ射撃手の名折れってね」
「絶対に当ててみせますよー?」
一臣がマーキング弾を、諏訪が装甲を溶かす特殊弾を、脅威の精度を乗せて撃ち放った。
対するシリウスも驚異的な反応速度でかわそうとするも、ここは彼らの命中力が勝った。
「ちっ…面倒くせえのをくらったな」
弾丸を受けた箇所から、徐々に装甲が溶け出しているのがわかる。もう一発はダメージが無いところを見ると、何か特殊な性能があるのだろう。
「よし、成功だな」
遥久は一臣が位置追跡を開始したのを見届けると、彼を背に庇う位置取りにする。
目前に立つ友人を見て、一臣はしみじみと。
「遥久につきっきりで護衛されるって、なんか新鮮だな」
指揮統括者を倒れさせるわけにはいかないと、自ら護衛を買って出てくれた。普段は無愛想な友人だが、こう言うときは心底頼りにしている。もちろん、本人には言わないけど。
「軽口叩いてる暇はないぞ、加倉」
遥久はそっけなく言いやると、こちらへ到達しつつある黒狼へ氷の刃を放つ。見れば回り道をしていたサーバントの群れがこちらへ向かってきている。
「ま、こっちもやられっぱなしのつもりはねえからな」
シリウスが銃を構えた直後、強圧のエネルギーが連続放射される。銃口の動きを注視していた菫が、いち早く反応した。
「来るぞ構えろ!」
弾丸の嵐が連続して撃ち込まれていく。
最前衛で射線に割り込んだ彼女は、威力を相殺するアウルの靄を纏った。
それはまるで、強大な敵への逆行。
弾丸を受けると同時、幻の月環が幾重もの光輪となって重なり合っていく。
「くっ…さすがに重いな」
シリウスの攻撃力は以前よりも増し、受けた衝撃の大きさに身体が大きく軋む。それでも飲み込まれずにいられたのは、盾役として重ねてきた研鑽の証。
広範囲に渡る弾丸の嵐は、瞬く間に付近にいたメンバーを巻き込んでいった。
東側にいた面々は防御が低いものも多かったが、同じく壁役となった海や縁の奮闘で、前戦の崩壊は何とか防ぎきる。
「凄い威力だったけど、何とか持ちこたえたね」
「回復急ぐんだよー!」
アストラルヴァンガード達はすぐさま体制を立て直すべく、回復スキルを展開していく。ぎりぎり難を逃れたロビンも、傷ついた仲間にライトヒールを施していた。
「やっぱりシリウスは物理攻撃型みたいだね」
ならば使ってみたいスキルがあるのだが、ここからでは射程が届きそうも無い。相手も高射程型であることを考えれば、懐に入り込めるタイミングを狙うしかなさそうだ。
「ふーなんとかなったわね」
上空から戦況を確認しつつ、ナナシは狙撃銃でホルスを撃ち落とした。飛行型サーバントの多くは直接堀を渡ってきていたが、恐らくはシリウスの指示だろう、数体が回り道ルートで進軍してきている。
「もう少し引きつけておきたいところだけど、この辺りが潮時かしら」
できれば飛行型を殲滅させておきたかったが、シリウスが本格的に攻撃態勢に入った以上、無理をするのは躊躇われた。
「俺も同感。そろそろいきますか」
一臣とナナシは頷き合うと、全員へ退却指示を出した。
●concerto
撃退士が布陣していた場所の北側には、もう一本の堀が通されており、そこを渡るための橋がかけられていた。
「中央退却急いで!」
橋に近い位置に布陣していたメンバーは、一斉に北へと向かう。
先陣切って橋を渡りきった真里は、できるだけ見通しのよい場所へと移動。
「ここからなら、どの橋も見渡せるかな」
このフィールド内には、全部で五本の橋が架けられている。そのうち三本は今自分たちが渡ってきたもの。
幅は狭く人一人通れるのがやっとであるため、三本並べて架けてある。
残り二本はフィールドの西側。西の端には周囲を堀に囲まれた離島ならぬ離れフィールドがあるのだが、そこに渡るためのものだ。
(今のところ、仲間の退却につられて皆中央の橋へ向かってるみたいだけど……)
ちなみに中央橋を狭い作りにしたのには、もちろん意味がある。
仲間が橋を渡る中、早々に渡っていたエカテリーナは近くの氷壁へ身を隠し、支援射撃を行っていた。
「ふん、おあつらえ向きだな」
見れば撃退士を追って来た黒狼が、狭い橋の上を連なって渡っている。銃を構えた彼女は、研ぎ澄まされた一撃を放った。
貫通力の高い弾が、連なる狼を次々に撃ち抜いていく。狭い橋で狼たちはなすすべもなく、無理に避けようとした一匹が堀の中へと落下していった。
「ええ。この場でこれ程相応しい技もないかと」
同じく支援射撃をしていた和紗も、エカテリーナに続くように黄金の弓を引いた。
輝く矢が容赦無く狼を貫いていく。
見事なまでの貫通っぷりは、いっそ清々しいほどで。
群れで行動する狼だからこそ、まとまって橋を渡るはず。彼女達の見立ては正しかったのだ。
サーバントが橋を渡りだしたのを契機に、囲い込み作戦が始まる。
文歌は自身も狼の足止めをしながら、リロを氷壁の上へ移動させた。
「リロさん、集まってきた敵の行動阻害をお願いしますね」
真里はなおも向かってくる黒狼に火球を撃ち込みつつ、群れの様子を観察していた。
(リーダーがいるなら、何かしら合図を出しているはず)
睨んだとおり、群れの中で行動のたびに鳴き声を上げているものがいる。
「あれがリーダーに違いないね。優先して狙おう」
「任せて」
上空で声がした瞬間、巨大な時計針が風切り音を立てた。真里が示す一体へ真っ直ぐ向かったそれは、悪魔ならではの強力な破壊力を持って討ち沈める。
「うん。ビンゴだね」
リロの視線先で、リーダーがいなくなった群れは一気に乱れていく。そうなれば、後は突き崩すだけ。
「降り注げ聖剣(ディバインソード)!」
英斗が手を挙げた瞬間、天空から無数の剣が降り注いだ。白銀に輝く刃が次々に対象を斬り裂き、断末魔が響き渡る。
持ちこたえた数体も、その半数が睡眠状態に陥ってしまい行動不能となっている。動ける一体が英斗へ向け襲いかかったが、難なくいなされてしまった。
「まあこれくらいは余裕です(きり」
参加者中1,2位を争う防御力だけあって、低級サーバントが少々攻撃した程度では、彼に重症を負わせることは難しい。
次々に殲滅されていく黒狼に、シリウスは舌打ちをした。
「ったく…面倒な罠を仕掛けやがって」
再び戦況を確認しようと上空へ飛び上がった瞬間、視線の端で影が動いた。足元に何かが絡まったと思った瞬間、大きく投げ飛ばされてしまう。
「ふふ……よそ見は禁物ですよ?」
黒猫面の悪魔が涼しげに微笑む先。強制移動させた地点では、潜んでいたルビィが一気に天使へと肉薄していた。
「隙だらけだぜ、シリウスさんよ!」
背には翼、手には愛用の大剣。
両腕に混沌のオーラを纏い、渾身の力で叩き込むのは防御無視の凶刃。
「っ……!」
強い衝撃に、シリウスの表情がわずかに歪む。冥の力を乗せたふいうちの一撃は、天使の肩を大きく斬り裂いた。
「今だ……!」
同じく死角に潜んでいた正宗が、天使がいる位置よりさらに上空から撃ち降ろすように攻撃を仕掛けた。
(確実に当ててみせる…!)
小太刀を手にした彼は、曲線的な動きを織り交ぜ軌道を読み辛くさせる。シリウスは咄嗟に避けようと身体を翻すが、ルビィから受けた傷でわずかに反応が遅れた。
激しい衝突音と共に、上空で火花が散る。
銃身で正宗の攻撃を受けた天使は、反動で体制を崩し落下する。しかしただでは落ちないのも、強者の所以。
落ちる寸前、シリウスは煙幕弾を撃ち放った。白煙が一瞬で辺りを覆い尽くし、視界が数秒遮られる。
(まずい…!)
透次はシリウスの落下地点へ突風を発生させる。巻き起こった風で部分的に霧が晴れるものの、天使の姿は既にそこにはない。
「皆さん、奇襲に注意してください!」
即座に位置確認した一臣が、声を張り上げた。
「落下地点から三時の方向!」
「攻撃来ますよー!」
彼らの警告で数名が離脱した直後、霧の向こうから弾丸の嵐が吹き荒れる。
諏訪と一臣が咄嗟に回避射撃を放ち、防御力が高い者はその場で何とか持ちこたえる。事前の警告で被害は最小限に抑えられたが、視界が効かない中での奇襲はやはり軽くはなく。
「負傷者退避、回復急ごう!」
すぐさま巻き込まれたメンバーへのフォローが始まる。
インビジブルミストで難を逃れた木天蓼は、重症の正宗を抱えて後方退避。
(もう一度攻撃されたら、師匠は持ちこたえられないにゃ…!)
ミストを正宗に使えれば良かったのだが、使用者にしか効果が及ばないため諦めざるを得なかった。
まだ戦いは中盤だ。ここで倒れさせるわけにはいかない。
東側で激戦が続く中、サーバント殲滅も佳境を迎えていた。
「そう簡単に抜けられるとでも思った?」
祈羅が追って来た黒狼の群れへ向け、ファイヤーブレイクを炸裂させる。
次々と撃ち込まれる火球に狼がひるむと同時、氷薔薇の影が飛び出した。
「さあ、まとめて逝ってもらおうかぁ」
敵陣深くへ飛び込んだ歩は、自身の肩口にある傷痕に触れる。刹那、血色の刃が次々に生み出され、周囲の狼へ襲いかかった。
「ナイス歩ちゃん!」
妻のサムズアップに手を挙げて応える。ふたりの連携攻撃で弱った狼を、赤猫やサヴァがそれぞれ追撃していく。
「さすがは夫婦ってやつだなー」
愁也は先に橋を渡る面々を援護しながら、感心したように笑う。
「さーて、こっちも負けてらんねえな」
視線先にあるのは、彼の指示で移動を終えた冥魚の姿。味方の退却に合わせて、北側の堀へ移動させていたのだ。
次々に橋を渡ろうとする黒狼の集団を、三角点で囲む。愁也の合図で、再び強力なエネルギーが広範囲を飲み込んでいった。
「ばっちりです、月居先輩凄いですっ!」
瑠璃がくりっとした瞳を輝かせると、愁也は照れくさそうに。
「やーなんか俺、バハムートテイマーにでもなった気分だわ」
「ほんとですね! よーし本職も負けないですよっ!」
ふんすと気合いを入れた瑠璃はヒリュウを召喚すると、橋付近で立ち往生する白澤の元へ向かう。
「思った通り、あの大きな身体では渡れないみたいですねっ」
象並の体格である白澤は、幅0.7mで作られた橋を渡ることができないでいるのだ。その苛立ちからか、殿で残っていた面々へ向け、攻撃を仕掛けてくる。
「ヒリュウお願い!」
白澤がブレスを吐き出すと同時、召喚獣が白い霧を発生させた。霧で視界を遮られた影響で、照準がぶれる。
難を逃れた瑠璃は、白澤が召喚獣に気を取られた隙にサイドに回り込んだ。
「これが本職の連携ですっ」
瑠璃色の扇子が宙を舞う。ふいうちを受けた白澤はその巨体ゆえ、体勢を崩してしまう。
そこを狙うのは、同じバハムートテイマーのベアトリーチェ。
「こっちも…ヒリュウ…ごーごー…」
瞬間的に力を解放した龍は、白澤とその周辺目がけて縦横無尽に攻撃を仕掛けていく。彼女が狙うのは味方の撃ち漏らしや、既に弱った個体。
こうした全体の穴埋めは、バハムートテイマーには適した役割だと言えるだろう。一人よりも二人だからこそ、行動の選択幅が広がるからだ。
同じく殿で残っていたジェンティアンは、白澤のブレスをシールドで受け止めてから、反撃へ転じる。
「あ、でもその前にアレがあるんだった」
次の瞬間、彼の周りにオーラが生み出され、ブレスを受けたメンバーの傷や状態異常を一斉に癒していく。
時間差で発動する聖なる祈り。
作戦の進行に合わせ、唱いあげておいたものだった。
「ってなわけで、遠慮無くいかせてもらおうか☆」
ジェンティアンは白銀の槍に強いオーラを纏わせると、白澤の巨体を勢いよく貫く。そこを狙って、仲間や冥魔勢の追撃が始まった。
橋を渡れない白澤たちは、集中攻撃から逃れるように西側へと駆けていく。
その先にあるのは幅5mで作られた大きな橋。後方からディアボロや撃退士が追って来ていることもあり、迷わずその橋を渡っていく。
「いいわ。計算通りね」
上空俯瞰からその様子を見ていたナナシは、にんまりと笑みを浮かべた。
中央橋を狭くしていたのは、白澤を西へおびき寄せるため。ほとんどの白澤が西へ渡ったのを見届けると、彼女は近くにいた真里と目で頷き合った。
「さあいくわよ!」
二人が向かったのは戦場中央に設置していた特殊フィールド。そこに仕掛けられた特殊陣を踏んだ瞬間、身体が一瞬にして移動する。
移動先は先ほど白澤が渡った橋のそば。南側をナナシが、北側を真里が抑え、ほぼ同時に橋板を破壊した。
「うん、成功だね」
頷く真里の視線先。完全に離れフィールドとなった場所で、白澤はなすすべもなく立ちすくんでいた。
見事白澤を隔離したことで、中央にいるサーバントの数は残り僅かとなっていた。
中央橋へと戻ったナナシは闇を纏い、シリウスの死角へと回り込む。
繰り出すのは、強い冥の力を乗せた一撃。しかし彼女は敢えて避けやすいよう隙を作った。
「……どういうつもりだ」
わざと外したのは、先日見逃してくれたことへの返礼。ナナシは天使と向き合うと、今の状況を告げる。
「シリウス、貴方の手駒はもうほとんどいないわ。悪いことは言わない、このまま撤退しなさい!」
彼女の警告に、天使は肩をすくめた。
「笑えねえ冗談だな、嬢ちゃん」
その顔はたとえ手駒がいなくとも、大したことではないと言っているようで。続いてルビィが切り出した。
「アルドラ、ミルザム、クルド、ムリフェイン――この名に憶えがあるか…?」
数年前の【神器】作戦の時に、学園に亡命して来た堕天使達。
「アンタは星の名を冠した堕天使達の嘗ての主だ。――違うか?」
彼の問いにシリウスは一瞬だけ手を止めたが、そっけなく答えた。
「その”シリウス”は死んだ。とうの昔にな」
「……どういうことだ?」
しかし相手はそれ以上語る気は無い様子で、銃弾を次々に撃ち放った。
「無駄口叩いてる暇なんざねえぜ?」
咄嗟に盾で受けたものの、至近距離で受けた威力は相殺しきれず後方へ吹き飛ばされてしまう。すぐさま体制を立て直しながら、ルビィはこれ以上の話は難しいと判断する。
(何か事情があんのかもしれねぇが…今は無理か)
シリウスの性格的そう易々と語るようにも見えない。閉じた内を開かせるにはまだ足りないのだろう。
「あたしも聞きたいことがあるんだけど」
シリウスは無視しようとしたが、問うてきた相手が先日見逃した相手と気づいたのだろう。軽く舌打ちをすると、続きを言えといった視線を向けてくる。
「シリウスとギジーは似たような境遇なの? 身分の低さから仕事で身を立てるしかなかったの?」
一瞬黙り込んだ天使は、アイスブルーの瞳を不機嫌そうに細めた。
「ミカエルから聞いたのか。なら答えるまでもねえだろ」
「そっか。でも岡山では子供を助けてくれたんだよね? この前だってあたしたちを殺さなかった」
「……何が言いたい?」
ギジーとミュゼットは悲しい結果になっちゃったけど、とロビンは前置き、その問いを口にした。
「シリウスはもう後戻りできないの?」
ほんのわずか、狼の瞳が軋んだように見えた。しかしそれも一瞬のことで、大きな笑い声が響き渡る。
「嬢ちゃん面白えこと言うな。俺はてめぇの都合で天王についたと、言ったはずだぜ」
「だから後戻りしないの?」
返事はない。
頑なに内を見せようとしないさまに、和紗が静かに切り出した。
「力で押え続けるしかない未来は、後悔しないと言えますか?」
返ってくる答えはやはりなく、代わりにシリウスの身体が強い光に包まれ出した。
あれは――
以前にもその”兆候”を間近で見た菫が、警戒の声を上げた。
「構えろ、巨大化するぞ!」
――お喋りは終わりだ
刹那、めりめりという音と共に、獣天使の体躯が一瞬で巨大化していく。
パンドラを開けた獣が宿すのは、暴虐の本能。
「ちょ…さすがにデカすぎじゃね?」
体長10mを越える巨大な狼を、愁也はぎょっとした表情で見上げる。
「話には聞いていましたが……。竜胆兄、くれぐれも気をつけてください」
警戒する和紗を、ジェンティアンは咄嗟に背に庇いつつ。
「任せとけって! ……そう簡単にやられてたまるかよ」
彼らの視線先で、凄まじい咆哮が大地を震わせた。
●symphony
「ふん。あれが本性というわけか」
獣と化した天使の姿を、エカテリーナは無感動に見やる。
「ならば害獣らしく蹂躙されるがいい!」
瞬間的に凝縮したアウルを、高い威力と精度を持って撃ち放つ。続いて他の撃退士も次々に攻撃を開始する。
シリウスは彼らの猛攻を受けながら、力任せに突進してくる。咄嗟に菫と英斗が前に出て後衛を庇った。
「何っ…!」
斬り裂くような痛み。巨大な牙が盾ごと腕を捕らえ、喰い千切らんとする。菫は咄嗟に顎を蹴りつけて難を逃れるも、力もスピードも格段に上がっているのがわかる。
「二人とも大丈夫?」
近くにいた海が即座にライトヒールを展開させる。その間にもシリウスは猛突進を続け、立ちはだかる面々を蹴散らしていく。
遥久は重症になったメンバーへ癒しの白薔薇を咲かせながら、わずかに眉をひそめる。
「このままでは戦線が突破されそうですね」
出雲で見せた力より、さらに高い威力。だが、と遥久は思う。
(あの巨体だ。いずれ必ず隙は生まれる)
それだけの経験を重ねてきたという自負もある。だからそれまでは、己にできることを尽くすのみだと。
そしてそのときは、想像以上に早く訪れる。否、彼らの繋ぐ意志がたぐり寄せたと言うべきだろう。
群がる撃退士やディアボロを薙ぎ払おうと、シリウスが前足を上げる。刹那、透次が地を蹴った。
「ここを狙えば…!」
うまく足元近くへ潜り込むと、手のひらに収束させた風を一気に解放する。巨体を吹き飛ばすには至らなかったが、下から突き上げる突風を受けた衝撃で、天使の体制は大きく傾いた。
(これで十分だ)
自分が作り出した隙は、必ず仲間が繋いでくれる。そう信じているからこそ、彼は迷わず懐へ飛び込んだのだ。
「グッジョブです、陽波」
「一気に畳みかけますよー!」
後方からは和紗や諏訪を始めとした狙撃手達が、精度の高い一撃を次々に放つ。鼻っ面目がけて諏訪が命中させると、ナナシや快晴が頭部目がけて追撃を仕掛けた。
「悪いけど、私たちは諦めないわ」
「貴方が諦めるまで、繋いでみせる、よ」
狙撃手の援護射撃に合わせて、他の面々も一気に間合いを詰めていく。
「使うなら今、かな」
ロビンは仲間の波状攻撃の合間を狙い、シリウスへ電撃を浴びせる。スタン状態になったところを、愁也が盾で殴り飛ばし、忍が視覚からの一撃を放つ。
撃退士の猛攻にシリウスは、苛立っている様子だった。地響きのような唸り声を上げながら、突進や薙ぎ払う動作をくり返してくる。
瞬く間に増える負傷者、カバーするのはアスヴァンを始めとした”unsung hero―謳われる事なき英雄―”たち。
ジェンティアンは戦況を見ながら、持てるスキルを最大限駆使する。
「……倒させるかよ」
回復手としての矜持。
状態異常や気絶による行動不能を防ぎ、傷ついた者を即座に回復させ、ときには盾となって立ちはだかる。
「ミスターもみんなも、傷つくのは見たくないんだね…!」
縁は自身も傷だらけにながら、それでも立ち続けることを諦めない。
「私は守る。私は護る為に、今、此処にしかない儚くとも輝かしいものを」
盾を構える菫の瞳に、心に、一際強い炎が宿る。
奪うと言うのならば、何度でも立ちはだかってみせる。
私は信じている
吼えろ
「私たちは負けない!」
――ちっ。このままでは埒があきそうにねえな
忌々しそうに呟くと同時、天使の頭部が光ったように見えた。
アウルを目に集中させていたを一臣は、いち早くその兆候に気づく。
来る。
彼の視線に、黒猫面が即座に反応する。
悪魔の身体を黒煙が覆うと同時、天使は輝く双剣を口に咥えていた。
神器ダーインスレイブ。
突進してきた狼の口元で、刃が一際強い光を放つ。一臣は黒煙から現れた懐かしい姿へ、ありったけの声を張り上げた。
「ミスターお願いします!」
道化姿の少年が、長い袖を大きく振った。
刃が届く寸前、巨大なトランプが一斉に現れ、自身とその周囲を覆うように障壁を作りあげていく。
「ミスター!」
たまらず叫んだ縁の前で、凄まじい衝突音が鳴り響いた。
一瞬の明滅。
神器を完全に止めた障壁は、マッド・ザ・クラウン(jz0145)の微笑先で砕け散った。
――まさか”これ”を防ぐとはな
シリウスの瞳には驚愕の色がありありと映っていた。
同じ神器をも貫く破壊力を、悪魔が防げるはずがない。その油断が致命的な隙を生んだことを、彼はまだ知らない。
「皆さん今ですにゃ!!」
木天蓼の声が響くと同時、潜行中だった快晴がシリウスの背に駆け上がった。
「大技使った後って、隙だらけだよ、ね」
悪魔が神器を防いだ瞬間は、必ず隙が生まれる。このときを待っていた面々は、仲間に呼びかけ、一斉攻撃を開始する。
快晴がその手に生み出すのは、強い冥の力を乗せた必殺の弾丸。我に返った天使は振り落とそうとするも、時すでに遅し。
至近距離から撃ち放ったそれは、恐るべき威力を持って猛獣の頭を直撃した。
悲鳴に似た咆哮が上がる。
快晴の強襲で動きが鈍ったところを、文歌が放つ電撃が捕らえた。
「私たちの愛の力を見せるときだねっ」
高い魔力が天使の脚部を見事に貫き、痺れさせる。夫が作りだした好機を妻が活かし、そして次へ繋げる。
「リロさん!」
次の瞬間、銀時計から巨大な鎖が飛び出し、天使の体躯を絡め取った。動きを押さえ込んだところに飛び出して来たのは、忍と正宗。
「殺る……」
銃を刀に持ち替えた忍は、一気に懐まで飛び込んでいく。疾風の速さで振り抜いた刃は首元にくい込み、鮮血を勢いよく散らす。上空からは正宗が、渾身の力を込めて刀を振り抜いた。
「このチャンスを逃さない…!」
黒輝の衝撃波が脚部を直撃し、動きを鈍らせる。そこを狙って、他のメンバーも次々に攻撃を加えていく。
「あの子が頑張ったんだから、うちらもやらないとね」
祈羅が薄紫色の光矢を撃ち放つそばで、歩の刀が血色のオーラを纏わせる。
「あいつにばかりいい格好はさせられないからねぇ」
抜刀の瞬間、紅き翼が羽ばたくように迷い無き剣閃が走る。紫と紅のコントラストが、白銀を斬り裂いていく。
――はっやるじゃねえか。
撃退士の猛攻を受け、シリウスはかなり消耗しているのが見て取れた。
血で汚れた白銀の毛並みは、それでもなお輝きを失ってはおらず。
荒い息を吐きながら、天使はどこか楽しそうに再び咆哮を上げた。
――だが、一度防いだくらいで勝ったとは思ってねえよなあ!
神器の刃に光が収束する。シリウスの視線が捉えるものに気づき、遥久が叫んだ。
「愁也! リロさんだ!」
即座に反応した愁也と英斗がすかさず間に割り込んだ。
「させるかよ!!」
「リロさんは下がって!」
彼らはいずれリロが神器で狙われると考え、常に庇える位置で動いていたのだ。
天狼が地を蹴る。
刃が届く寸前、二人の前に巨大な銀時計が現れた。
「シュウヤ! ヒデト!」
そこからは一瞬、時が止まったかのようだった。
凄まじいエネルギーがぶつかり合い、地を震わせ、辺りを飲み込んでいく。
光が収まると同時、その場に倒れ込んだ二人へ駆け寄る影。即座に遥久が愁也を背負い、ベアトリーチェが英斗を召喚獣に乗せ後方退避する。
「お前というやつは…!」
「傷…ひどい…」
状態を確認したベアトリーチェの顔がわずかに青ざめる。神器を受けた影響は深刻で、全身がずたずたになっているのが容易に分かるほどで。
でも。
でも――
追いついたリロも二人の呼吸を確認し、涙声を上げた。
「生きてる…!」
恐らく一度目の威力のまま直撃していたら、死んでいただろう。
使用が二度目であったこと。
銀時計が緩衝材の役目を果たした上に、シリウスがかなりの消耗をしていたこと。
「偶然が重なった…わけではなさそうですねー?」
諏訪の言葉に、クラウンがはっきりと頷いてみせた。
「ええ、もちろんですよ」
そう。これはたまたまなんかじゃない。
「あなた方が選び取った”運命”なのですから」
軽症で済んだリロは、バラバラになった銀時計を見おろす。
「ボクの武器はもう使えそうにないね」
だから、と彼女は愁也と英斗の魔具を借りることを申し出る。
「そう言えばマリーもこんなことやってたよね」
種子島での懐かしい記憶。二人の攻撃盾を借りた少女は、自身の周囲に浮遊させる。
紫水晶に宿る、かつてないほどの強い意志。
「キミたちが護りたいと言ってくれたから。ボクも最後まで一緒に戦う」
「最後まで…一緒に…ガンバルゾー」
握りしめたベアトリーチェの拳を、リロはぎゅっと握った。それを見ていたジェンティアンが笑いながら。
「OK。じゃあとっとと、あのワン公沈めないとね☆」
緩い言葉の奥にある、秘めた熱の強さ。この場で唯一それを知る和紗は、はっきりと頷いて。
「ええ。やりましょう」
「ねじ伏せるだけが道じゃない。…僕らがその証だって、思い知らせてやる」
――まったく、忌々しい奴らだぜ。
対するシリウスは、明らかに焦りの色が見て取れた。
二度の神器使用。払った代償の大きさは確実に身体を蝕み、蓄積されたダメージが重くのしかかってくる。
今がまさに好機。
そう読んだ一臣は、仲間へ総攻撃の指示を出した。祈羅は再び青年姿となったクラウンへ、改めて告げる。
「手足になって。うちもキミの手足になるから」
あなたの力を頂戴。私の力をあげるから。
人と冥魔の共奏舞台。
縁がクライマックスを告げるように、くるりとターンしてみせた。
「見せてあげるんだよ絆の力! なんて!」
透次と諏訪の瞳に強い意志が宿り、菫とルビィが魔具にその志を込める。
忍とエカテリーナが狙い定める前方では、海と真里が鍛え抜かれた魔術を編んでいく。
縁と祈羅が道化人形へありったけの想いを込め、遥久はここに立てなかった者の分まで、その信念を乗せる。
快晴と文歌がその絆を、正宗と木天蓼がその誓いを力に変え
ロビンとナナシは朗報を待つ天使を想い、瑠璃とベアトリーチェは大切な人たちへの祈りを繋いでゆく。
ジェンティアンと和紗が秘めた闘志をその身に纏わせ、リロが愁也と英斗の魔具へ重ねてきたすべてを込めた。
(ね、クラウン。ボクはやっとわかった)
きっとわたし達は
この世界の行く末を
共に臨み
共に生きるために
出会う運命だったんだ
天狼が一際大きな咆哮を上げる。
まるでこれが最後だとでも、いわんばりに。
「ボクらの縁はこれからも続く。その為に、この戦いを勝利で終わらせる」
歩の宣言を繋ぐように、一臣がいつかと願った未来を共に”選ぶ”。
「いきますぜ、ミスター!」
そう、ずっと
あの日から、こんな日を想像してた
「ええ。いきましょう、人の子たちよ」
望んだ未来、交わした約束
今がきっと、その『いつか』だから
「「始まりを謳うフィナーレを!」」
幾重にもかさなったエネルギーが収束し、放たれ、眩い光に一瞬目がくらむ。
人と悪魔が放つ巨大な閃光が、大地を飲み込んだ。
●Intermezzo
これは撃退士の知らない幕間劇。
その頃、ゲート最深部へ到達していたアルヤは、大広間でコアを護るレディ・ジャムと相対していた。
「なんかなんか、やっぱシュミが合わないよね」
足元に咲き誇る氷碧の薔薇を、興味なさそうに蹴っ飛ばす。蛇をも思わせる瞳の先で、ゲート主の悪魔は微笑みひとつ見せない。
「あーもう飽きてきたから、さっさと終わらせたいのにさー」
交戦開始してどれくらい経っただろうか。
既にどちらも傷だらけで、ジャムに至っては右目に深傷を負っている。
(もう少しなんだけど、こっちも正直キツイし)
悪魔から斬りつけられた腕が酷く痛む。
大規模ゲートの主だけあって、フルパワー状態のアルヤを持ってしても、そう簡単に落とせるものではなかった。
それにしても、とアルヤは思う。
いくら自分が早かったとはいえ、そろそろ他の面々が到着してもいいころなのに。
「……あれあれ? よく考えたら遅すぎじゃんねえ?」
崇寧真君は先に抜けた自分の代わりに撃退士達を相手にしたのなら、まあ仕方ない。
エステルは増援を送っておいたけど、自分と同じで細かいことが苦手だから、やらかした可能性はある。
でもシリウスが来ないのはおかしい。
アルヤの中でそれは”あり得ない”ことだったから。
その時、ジャムの元に伝令と思わしき使い魔が現れた。何ごとか報告を受けた彼女の口元が、この日初めてうっすらと笑みを刻む。
その表情を見て、急にアルヤは不安に襲われた。
「な……なんなの。何が起きてんの?」
氷碧の瞳が少女を一瞥し、信じがたいひと言を口にする。
「天使、諦めろ。お前達の大将は”負けた”」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
徐々にその意味を理解すると同時、わけのわからない感情が言葉となって溢れ出てくる。
「う…嘘だよ、そんなわけないじゃん!」
こんなの認められるはずがない。
「だってだってシリウスあたしよりずっと強いし頭いいし神器持ってるし! お前らなんかに負けるとかマジありえないし!」
嘘だ嘘だ嘘だ
あのシリウスが負けるなんて
咄嗟に念波を飛ばして確認しようとするも、妨害されているのかうまくいかない。
どうせ勝つと思っていたせいで、いちいち確認もしていなかった。
「なんで…なんでなんで誰も返事しないの?」
もう少しで
もう少しで勝てるのに
誰か一人でも来てくれれば、こんな奴ら蹴散らせるのに
「こんなのおかしいじゃん! ねえってば!!」
●postlude
時は少し遡り。
閃光が収まった氷碧の地で、撃退士の目が最初に捉えたのは、地に伏した獣の姿だった。
白銀の毛並みが紅く、紅く、染めつけられていく。
シリウスは人狼型に戻ると引きずるように立ち上がり、ひとことだけ口にした。
「――はっ。完敗だ」
刹那、安堵と歓喜が入り混じった歓声が戦場に咲き乱れる。
「ここまで追い込まれるとはな…あんたらを甘く見てたようだ」
吐き出した多量の血に、天使は敗因を思い知らされていた。
神器はその威力と引き替えに、撃退士が使用すればたった一度で重体状態に陥ってしまうほどの、強大なエネルギーを必要とする。
たとえ高位天使であっても、何度も使用するにはそれだけのリスクを負わなければならない。想定外の猛攻を受けた身で連発するには、負担が大きすぎたのだ。
「集団のぶつかり合いっていうのは、単純な戦闘力で測れるものじゃないわ」
ナナシの言葉に、シリウスは苦しそうに呼吸しながら笑う。
「そんくらい、わかってたんだがな。ま、裏稼業で生きてきたツケが回ったんだろうよ」
今まで表舞台に立ったことなどなく、大勢を任されたのも初めてで。
圧倒的な指揮力の差。
そして何より、数も力も越えてきた”結びの強さ”を読み切れなかった。
「無様なもんだぜ、まったく」
己を嘲笑うように言い放ち、シリウスは立ち去ろうとしてふと歩みを止める。視線の先にいるのは、今度は”見逃す立場”になったロビン。
天狼は再び、嗤った。
「嬢ちゃん、さっきの質問に答えてやるよ」
こちらをまっすぐ見つめる瞳へ、淡々と告げる。
「戻る場所なんざ最初からねえんだ。俺は」
「……ミカエルのところにも?]
ロビンの言葉にシリウスは僅かにかぶりを振る。それ以上の言葉を口にすることはなかった。
※※
シリウスが撤退してから程なくして、旅人から他戦域の報告が届いた。
「他の王権派天使も撤退したようだね。ゲートコアは無事だったそうだよ」
増援が来ないと知ったアルヤは追い詰められ、最終的に撤退を選ばざるを得なかった。エステルとの合流地点に辿り着いたときは、涙で顔がぐしゃぐしゃになっていたという。
「各戦域、踏ん張ってくれたおかげだね」
恐らくどの天使も、ここまで追い詰められるとは予想していなかったに違いない。ジャムが右目を失うという代償は負ったが、それでも十分な成果と言えるだろう。
「ふん。どうやら王権派に一泡吹かせられたようだな」
エカテリーナの反応に、旅人は頷いて。
「間違い無いね。彼らは撃退士への認識を今後、変えざるを得ないんじゃないかな」
このことが今後どのような影響を与えるかは、まだわからないけれど。
「とにもかくにも、勝ってよかったですにゃ!」
晴れ晴れとした木天蓼の背には、正宗が背負われている。大怪我を負ってしまったけれど、共に最後まで戦えたことを嬉しく思う。
同じく深傷を負った忍を、海が背負いつつ。
「やっぱりゲート戦はきついね。何とかなったからよかったけど」
ほっとした途端に、身体のあちこちが痛み出す。ジェンティアンもやれやれと座り込みながら。
「いやーさすがにきつかったわ」
「よく持ちこたえましたね竜胆兄。少し感心しました」
和紗のささやかな称賛に、ジェンティアンの瞳がぱっと輝く。
「え、ほんと? もっと褒めてくれてもいいry」
思いっきりスルーされるのも、お約束。
「お互い無事で良かったね、カイ」
文歌と快晴は、互いに命があることをしっかりと確かめ合う。
「うん。文歌が無事でよかった、よ」
妻のために、妻の友のために、戦い抜けたことを噛みしめながら。
一方、天界と関わりの深い面々は、これからのことを話合っていた。
「それにしても王権派があそこまでアテナに執着しているとはな」
菫の言葉にロビンも頷いて。
「今度は直接ツインバベルを襲ったりするのかな」
「可能性は高いんじゃねえか? シリウスとミカエルはそうで無くても因縁があるみてェだしな」
ルビィの言葉に菫も同意し。
「ああ。引き続き警戒するよう、ミカエルには改めて伝えておいた方がよさそうだ」
ロビンは作戦の成功を、すぐにシスへ報せようと思う。きっとまた、心配しているだろうから。
黒猫面改め、道化の悪魔の周りでは、数年ぶりの再会を喜ぶ者たちが集っていた。
「やったんだよミスター!」
待ち構えていた縁はダッシュすると、思いっきりハグする。やっとこの名で呼べる嬉しさに、自然と顔が緩んでしまう。
「お互いやるべきことを果たせたようだねぇ」
歩が笑う隣では、妻の祈羅が悪魔の頬をぷにっとやる。
「キミもお疲れさまだったねっ」
女子ズに好き放題されているさまを見て、真里がおかしそうに微笑む。
「こういう光景を見るのも、久しぶりだね」
また出逢えた運命に、そっと感謝と祝福を届けつつ。
そんな彼らの元に歩み寄る、挙動不審な影。
「みみみみすたーお久しぶりですね!!」
「一臣さん落ち着いてくださいよー?(」
噛みまくりな一臣を、諏訪や遥久が生暖かく見守る。
「まったく、作戦時とはまるで別人だな」
苦笑する彼らの視線先で、クラウンはいつも通りの微笑を浮かべていて。
「相変わらずですね、あなたは」
かけられた言葉に、一臣は何とも言えない表情を浮かべてから、やがてふっと笑みを零す。
「そりゃ、お互い様ってやつです」
その返しを聞いた道化の悪魔は、さも愉快そうに笑ってみせた。
「まったく否定できませんね」
その時、本部と通信を終えた旅人が皆を見渡した。
「今病院から連絡があった。若杉君と愁也君、意識戻ったって」
「よかった……!」
安堵の声が広がる中、瑠璃が興奮した様子で駆け寄ってくる。
「おにーちゃんたち凄かったですっ。瑠璃もちょっとは役に立てたかな?」
「もちろんだよ。この作戦は個々の能力が高いだけじゃ、勝てなかったんだから」
それよりも大事なことを皆が考え、行動できたからこその結果だった。
「そっか…ならよかったですっ」
健闘を称え合う撃退士に向けて、リロは改めて一礼をした。
「見事な作戦だった。ボク達からも礼を言うね」
「そんなかしこまった礼なんていらないわ」
ナナシは手を差し出すと、にこっと笑んで。
「私たちはもう立派な同志よ」
リロは彼女の手を握り返し、自分も微笑んでみせる。その様子を見守る透次の顔にも、穏やかな笑みが戻っていて。
「この前もらった花。ちゃんと兄様に渡したよ」
リロの報告を聞き、ほんの少し不安げに問う。
「ちゃんと話はできました?」
「最初はダメだった。でも少しずつ変わって来てると思う」
キミたちのおかげだと告げられ、透次ははにかむように小さく頷いた。
「お姉ちゃん…勝ったから…ぎゅーってして…いい…?」
おずおずと切り出したベアトリーチェを、リロはめいっぱい抱き締める。
「ありがと。一緒に戦ってくれて、ほんとに嬉しかった」
命を賭けてくれたあなたたちを、生涯この胸に刻んでおくから。
「あ、そう言えばさ」
祈羅がクラウンを振り向くと、気になっていたことを問う。
「あの壁って、52枚のカードを使うんだったよね?」
「ええ、そうですよ」
「切り札とも言える技なのに、あのカードがないなあって」
聞いていた真里も、ああと言った様子で。
「そういえばそうだね。どうしてだろう」
彼らの視線先で、道化の悪魔はふっと笑みを零すと、歌うように告げていく。
「――決まってるじゃないですか」
Dear my precious jokers
「私にとっての切り札(JOKER)は、あなた方なのですから」
with all of my love